9月も末、過ごし易い気温が続く中教室に集まるクロコ達1年生の前で教壇に立った監督官のフブキは、モニターに移した画面をバンバンと叩いた。
「ってな訳で、百鬼夜行支部との交流会に行くよ〜」
「交流会…?」
「それって参加は2年じゃなかったか?」
「デモ」
「どういうことだ、フブキ先輩」
「はいはい取り敢えず話聞いてね」
そもそも交流会自体初耳なクロコはともかく、レンゲ達から上がったのは当然の疑問と言える。
D.U.のS.C.H.A.L.Eに本部を置く特異現象捜査部は各自治区に支部を置いているが、その中でも本部に次ぐ規模を誇る百鬼夜行の支部とは毎年生徒同士の交流会…互いに親睦を深めるだけではなく鍛え上げてきた秘儀や技術を競い合う事で神秘や特異現象に対しての理解、知恵を共有し合う貴重な年間行事を行っている。
しかしその内容の危険性から本来は2年生からのみ参加出来るのだが、ここに集まっているのは1年生であるクロコ達だった。
「というのも、ホシノ先輩が『クロコちゃんなら大丈夫でしょwww』って言って参加を推薦してきたんだよね」
「えぇ…」
「何やってんだあのクソバカピンク」
「ストライキ」
「神秘の総量やプレナパテスの強大さはともかく経験の伴っていないクロコを行かせるのはどうかと思うが…」
「その経験を積むって意味での参加でもあるんじゃない?今年は百鬼夜行側にも有望な相手が来てるらしいし、手解きしてきてもらいなよ」
「えっと…S.C.H.A.L.E側の引率はホシノ先輩ですか…?」
「まあね。流石に私じゃクロコちゃんに何かあった時対処出来ないし」
「…お手数かけてごめんなさい…」
ただでさえキヴォトスにおいて4人しかいない特級に区分される特異現象捜査部の生徒で本来相当忙しい筈であるホシノの時間を取る事に、勝手に責任を感じて項垂れるクロコ。
そんな自分を卑下する様を見飽きたと言わんばかりにレンゲはため息1つ吐いて立ち上がると、クロコの座る椅子の裏面を蹴り上げた。
痛みを感じた訳では無いがそれに驚いたクロコはぴょんと跳ね上がり、椅子から転げ落ちそうになる。
「な、何…」
「交流会の推薦も一応あのクソバカピンクの好意だろ?なら素直に受け取って、アタシ達が参加出来ない分活躍して来いってんだ」
「い、いや私よく分からないのに…」
「2年と3年の先輩方も着いているし、大丈夫だろう。それにあくまでレクリエーションのようなもの、最悪死にはしない筈だ」
「最悪の基準が高過ぎる…」
「まあ実際交流会で大怪我なんてザラにあるし、せいぜい入院1ヶ月以内で済むように頑張りなよ〜」
「デモ」
「入院すること前提なの…!?」
「去年は秤先輩が寝坊して不参加だったせいで負けて、今年の会場は百鬼夜行になったからな。私達は行けないけどせいぜい気張れよ」
あまり励みにならない激励を受けて不安は拭えないまま、それでも決まったことは決まったこと。
しかしクロコは覚悟を決める間もなく交流会は当日を迎え───
「…その…こんにちは…秤先輩と、天見先輩…?」
「なんで疑問形?まあいいや。よろしくね、クロコちゃん」
「あなたがクロコちゃんですか?よろしくお願いします!」
交流会初日。
今年は百鬼夜行支部の方で行われることになっており、クロコはホシノの案内で百鬼夜行へと向かうバスへと連れてこられていた。
そこで待っていたのは、白いフードの少女と厚着をした少女の2人。
S.C.H.A.L.Eに所属する特異現象捜査部の3年生の先輩…秤アツコと天見ノドカだった。
予め名前だけは聞いていたクロコは人見知りが発動しながらもどちらも優しそうな雰囲気なことに安堵するが…改めて周囲を見回して異常に気が付く。
「…え?これだけですか…?」
「そうだよ〜。今年はかなり忙しいからね。ウチの2年生はスケジュールが合わなくて不参加なんだ。でもその分百鬼夜行支部の方も同じようにスケジュールの都合で人数が少なくて、参加者はこっちと同数だからその辺の差はあまり心配しなくていいよ」
「こういう時って忙しいの普通3年の先輩方の方じゃ…」
「あはは、耳が痛いね」
「も〜、アツコちゃんのせいだよ〜!」
「いや天見ちゃんも結構やらかしてるけどね…」
クロコはS.C.H.A.L.E側からの交流会への参加人数の少なさに絶句した。
一応4年の学業を終え卒業済みの生徒もそのまま特異現象捜査部として活動しているためS.C.H.A.L.E本部としての所属人数はそれなりに多いものの、その1〜4学年における1学年ごとの生徒の数は極端に少なくS.C.H.A.L.Eの所属人数、百余人に対して学生が10人以下という事態に陥っていたりする。
その上で揃って問題な今の3年生組は連邦生徒会からあまりよく思われて居らず、任務を宛てがわれる事があまりない。
実力は確かなので余程の緊急時なら流石に声がかかるが…といった所だろう。
まあそれもこれも問題行動を起こす2人が悪いのだが、それを反省した様子もなくホシノは呆れたように肩を竦めた。
「クロコちゃんを呼んだのはそんな暇人の2人に加えた人数合わせの意味もあったんだよね。あんまり少ないと盛り上がらないしいっそのこと1年生も全員参加させようかって話もあったけど…こっちはまあ、色々準備とかもあるし実際にやるとしたら来年以降になるだろうね」
「そうなんだ…」
「まああまり肩肘張らずに気楽にやりなよ。困ったことがあったら私達を頼って良いからね」
「そうですよ!これでも先輩なんですから!」
「う、うん…」
なんだかんだで先輩風を吹かすアツコとノドカにクロコも初見の印象のままに安心感を覚え、この人達となら仲良くできそうだとこの先の出会いにワクワクし始める。
そんなクロコにホシノは「大丈夫だろうか」と逆に不安に駆られるが、最後には「まあ何とかなるだろう」と結局楽観視して一同をバスに乗せるのだった。
ちなみに運転はアヤネが担当している。
「へ〜…間宵先輩今いないんだ…」
「お酒密造してるのがバレて矯正局にしょっぴかれちゃって停学しててね。時々缶ポットの差し入れをしてるよ」
「いやそれはアウトじゃ…」
「本当だよ!もう!」
移動中、バスに揺られてそれぞれの自己紹介や世間話などで仲を深めていた3人。
今は停学になっているというもう1人の3年の話をしたり、アツコやノドカにも噂として届いているクロコに憑く特級特異体…プレナパテスもとい先生の話など。
それなりに盛り上がっているようで、アツコとノドカの人当たりの良さも相まって早々にクロコは打ち解けていた。
そんな3人の会話の途中、道の先の景色を確認したホシノはクロコ達にそろそろ降りる準備をするようにと声をかけた。
「ん…百鬼夜行の人達…どんな人だろう…」
「今年は百鬼夜行支部は3年生が忙しくて出られないって話で2年生の3人って聞いたね」
「今の2年生って事は去年私達が出た時は参加してなかったよね?じゃあ会ったことないかな…」
「私はリオ部長との打ち合わせの時に会ったけど、中々濃ゆい面子だったよ。1年生も含めて、ね」
悪戯っぽく笑いながらそういうホシノにクロコは緩んでいた緊張感が戻り、無意識に背筋を伸ばしていた。
果たして向こうの生徒はどんな人達なのか、期待と不安に胸を膨らませたクロコはホシノの案内に従って停車したバスから降りると───
「来たわね、S.C.H.A.L.Eの生徒達…早速で悪いけど聞かせてもらおうかしら。人の気質ってものはその人の性癖に現れるわ───
───どんな女がタイプかしら?あ、ちなみに私はケツとタッパがデカイ女が好きよ」
降車口の前で待ち構えていたのは、青い髪とエルフのように尖った耳が特徴的な少女。
そんな少女は開口一番意味不明なことをクロコ達へと問いかける。
それを聞いたクロコは瞬間、脳内に「帰りたい」の4文字が思い浮かんだ。
「…」
「見た目クールなお姉さんでしっかり系かつ性知識が小学生レベルだと嬉しい」
「秤先輩!?」
「業が深い。まあ良いわ、そっちは?」
「え?私ですか?そうですね…おっとりしてて、もふもふ要素のある子とか…」
「良いじゃない。え〜、ひ〜ふ〜…そっちが噂の1年生ね。答えは?」
「え…?」
何故か動じずに答えている先輩2人に呆気に取られていたところ、その質問の矛先が自分へと向いてクロコは言葉に詰まる。
一向に答えないクロコに質問者である少女はふむ…と顎に手を当てて少し考え込むと、改めるように自分の胸に手を当てた。
「私は百鬼夜行支部2年の扇喜アオイよ。貴女名前は?」
「え…っと、その…砂狼、クロコ…」
「そう、クロコ。これで私達は知り合い。もう気兼ねなく話せるわね。じゃあ改めて聞くけど好きな女のタイプは?男でも構わないわよ」
「何を改めたの…?」
「それで、答えは?」
「え…えっと…私は…」
改めて聞いても初対面の相手に聞くことかと困惑するクロコだったが、これに答えない限り一生話が進まないだろうことを悟って答えを探す為に目を瞑りそして暫く模索した後、冷静に考えればこれしかないだろうとゆっくりと目を開けて自分の中の答えを出した。
そしてそれに合わせてクロコの背後に莫大な神秘を宿した強大な存在が顕現し───
「私が大好きなのは、先生…それだけ」
「…」
クロコの背後に立つとんでもない威圧感を放つ巨躯をアオイは真顔で見上げる。
ノドカは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、アツコですら緊張に息を飲むそれ。
アオイも怖がらせてしまったかと思ったクロコはプレナパテス…先生に姿を消すよう頼もうとすると…
「…良い男じゃない。なるほど、流石は入部時点で特級に区分されるだけの器だわ」
「…え?」
「このガタイ、気迫、執念…おめでとう、貴女の道は開かれたわ。この私が直々にその未来を祝福して上げましょう」
「助けて先輩」
「後は頑張って」
「あはは…」
「さっき頼ってって言ってくれたのに…!?」
「…止めなくて良いんですか?」
「それはこっちの台詞。まあ大丈夫っしょ」
クロコとアオイのやり取りを傍らから面白おかしく眺めていたのはホシノと百鬼夜行支部の監督官…桑上カホだ。
カホとしてはアオイのあの性格を知っているからこそあまり他所の生徒に迷惑をかけて欲しくは無いが、それはそれとして自分も巻き込まれたくないのであまり口を挟む気にはなれていなかった。
それをいいことにホシノは心ゆくまでアオイに絡まれアツコ達にも見放され涙目で困惑しながら助けを求める視線を送ってくるクロコの姿を楽しむと、時間も押しているということでようやくアオイを諌めて別の場所で待っている今回の交流会の相手の元へと案内するのだった。
「キキッ、早々に特級に区分されたと聞いてどれ程の豪傑が来るのかと思えば、随分と辛気臭いじゃないか!」
「やめなさいよ、マコト。ほんとあんたは初対面の相手にも気を遣わないわね…あんたもよ、アオイ」
「何よ、文句を言いたいなら貴女も自分の性癖ぐらい語れるようになってからにしなさい」
「嫌に決まってるでしょ!」
「…」
案内された待ち合わせ場所で待っていたのは、立派な4本の角が目立つ銀髪の少女と同じく立派な角を持つ長い黒髪の少女。
百鬼夜行支部2年、羽沼マコトと愛清フウカ。
マコトは顔を合わせるやいなや嫌味な口を叩き、フウカは先走ったアオイ諸共注意していた。
既にマコトに苦手意識を、アオイに関わりたくないという意識を持っていたクロコにとって見るからに…実際に…苦労人でしっかり者なフウカは現在クロコが持つ百鬼夜行支部に対して持った負の印象の中に輝く唯一の光であり、あの人とは何としても仲良くならねばならないと心の中で決意する。
あまり揉められてこれ以上話が進まないと本当に困るということで渋々カホが仲裁しつつ、今回の交流会についての説明を始める。
初日は団体戦ということで会場である廃墟街に解き放たれたターゲットとなる2級の特異体を時間制限内で先に鎮めた方が勝ちというシンプルなもの。
制限時間以内にターゲットを鎮められなかった場合は、同じように会場に解き放たれている低級の特異体を鎮めた数が多いチームの勝ちとなる。
「今回は人数も人数だしいつもより狭めの会場を使うから、あんまり大規模な破壊行為は慎むようにね」
「互いのチームに対しての妨害はご自由に、ですが勿論節度を持って、殺傷や後遺症を残すような怪我を与えることは厳禁とします」
ゲームにおける注意事項を伝えた後はそれぞれのチーム毎に用意された廃墟でのミーティングを行い、作戦を立てた上で別のスタート地点からゲームが開始される。
互いにスタート地点に着き、恒例のグダグダな開始前挨拶を挟み───遂に戦いの火蓋が切って落とされた。
「キキキッ!今回の交流会も、勝利を掴むのは我らだ!」
「ぐわぁぁぁぁ!?やめろぉぉぉぉ!私の脳にゴミのような情報を流すなぁぁぁぁ!!」
「ふっ、これが”愛の力”…敵わないわね…」
「いやぁぁぁぁ!化け物に捕まるのもマコトみたいになるのもいやぁぁぁぁ!!」
「ん、勝った」
「口ほどにも無いね」
「私要らなかったですかこれ…」
マコトはアツコの領域によって惨敗、アオイは顕現したプレナパテスによって玉砕、フウカは手持ち無沙汰になった両方に追い回されて白旗を上げ、初日はS.C.H.A.L.E側の圧勝となった。
一切の妨害の無いまま2級の特異体を悠々と仕留めたはいいもののほとんど出番がなかったノドカはともかく、この調子だと明日の個人戦も普通に力比べでもしようとすれば一方的なゲームになってしまうだろうとカホは頭を抱えた。
「ヒマリ部長も一応来てるんですよね?明日のゲームを今日の結果を考慮した、もう少し公平性のあるものにしていただけないでしょうか…」
「リオ部長も苦い顔してそうだし、後で交渉しに行こっか。流石に明日も圧勝しちゃうとこっちとしても面白みがないしね」
「ぐっ…」
ホシノの言い方に屈辱を感じたカホだったが、事実である以上反論も出来ずにすごすごとヒマリとリオが観戦しているであろう会議室の方へと提言しに向かう。
一方的クロコ達はと言えば…
「やるわね、クロコ。また今度…いえ、明日またやりましょう。そしてお互いに高め合いましょう!」
「え、いや、もういい…」
「ぬおぉぉ!次は絶対に負けんぞぉぉ!」
「そこまで言うなら開くまで相手してあげてもいいよ───悟りをね」
「…お茶美味しいね」
「百鬼夜行の名物だしね…」
もう滅茶苦茶な状況の中、端っこで現実逃避をするようにフウカとノドカはお茶を啜るのだった。
「で、なんやかんやあって爆発オチで2日目も終わった」
「起承転どこいった。結だけ寄越すな」
交流会から帰ってきてその時の出来事を聞いたレンゲ達は一旦は詳しい内容を求めようとするも、その後にクロコが「本当に聞きたい?」と意味深な忠告をするもので、これ以上聞くと脳のキャパシティに異常が生じることを危惧してこれ以上の詮索を諦めた。
「デモ」
「だが楽しめたようで何よりだ。秤先輩と天見先輩はどうだった?」
「ちょっと変わった人だったけど…でも優しかったよ。それに頼りになるし…」
「本当か?」
若干疑問は残るもののクロコがそういうのならそうなのだろうと取り敢えず飲み込むレンゲ達。
その後は百鬼夜行からの帰りでホシノ達と買い漁ったお土産を配ったりして、交流会はプレナパテスに頼りきりになってしまったということもあって今日もまたレンゲ達との訓練に精を出すのだった。
備考
時系列
『0』において、小学校でのレンゲとの任務〜商店街でのミノリとの任務の間における3ヶ月間となっています
アツコ・ノドカ…百物語の際問題を起こして停学、留年している為当時から3年生