百鬼夜行の歓楽街は夜も賑わう祭りの都。
そんな街中を、鶯色の着物を羽織り編笠を被った女性と薄紅梅の着物に和傘を差した狐耳の女性が付き添うように歩いていた。
一見両者見目麗しい美女に見えるが…その身から漂う危うさと胡散臭さは自然に周囲の人を避けさせる。
「にゃっはっは、心外ですね〜。私達ってそんなに悪目立ちするでしょうか?」
「これでは変装する意味が無いではないですか。おめかしして損しました」
「またまた〜、結構ノリノリだったでしょうに。百鬼夜行のお祭りに来るなんて久しぶりなんじゃないですか?」
「まぁ…こんな機会でも無ければわざわざ来ませんので」
編笠の下でケタケタと笑いワカモを揶揄うニヤ。
そんないつもの調子のニヤにワカモも肩を竦めるが、一応は太い繋がりを持つ上客である為に受け答え自体は丁寧に行った。
それはそれとして、今の状況でも人の気が多い祭りに来るのは危機感が欠如しているのではないかと呆れ返る気持ちが大きい。
「おや?なんですかその顔は」
「別に何も問題はありませんよ」
「冗談ですよ。今日は頼りにしてますからね、狐坂さん」
「はいはい、お任せなさいな”
裏社会で有名な何でも屋。
飼い猫探しから要人の暗殺まで金さえ払えばどんな依頼も遂行すると悪名高い狐坂ワカモと、普段は依頼の
だが今は、一時的な依頼人と請負人という形での主従関係が築かれていた。
時は遡って昨晩。
百鬼夜行某所の料亭にて、ワカモとニヤは個室の部屋で席を共にしていた。
「…良いお店を知っていますのね」
「でしょう?ここ私のお勧めなんですよ。おいなりさんも出ますよ」
「では後で注文するとしましょう…会計は」
「勿論別で」
「…たまには奢っていただいてもよろしいのですよ?」
「嫌ですよ。どうせまた賭博でお金溶かしてきたんでしょう?いい加減楽して稼ぐの向いてないって理解したらどうですか」
「ただでさえ退屈な日常ですので、私自身の力がどれだけあっても先の見えないような賭け事は気軽に心を燃やせるのは良い娯楽にもなるんですよ?」
「燃えてるのは懐の間違いじゃないですか?」
「やかましいですわ」
余計なお世話だとワカモがツッコむと、ニヤは「にゃはは」と笑って誤魔化すようにお茶を口にした。
暫くして注文した料理…ニヤは鯖の定食を、ワカモは稲荷寿司セットを、途中ニヤが稲荷を1つねだったり自分の分はもう飲み干したと勝手にワカモの分のお茶に手を付けたりと散々ニヤに翻弄されたワカモだったが、手が出そうになるのを堪えて何とかそれぞれが頼んだものを食べ終えるとようやく話は本題へと移った。
「さて…ではそろそろ”お仕事”のお話でもしましょうかねぇ」
「さっさと喋ってくだされば部屋を変えて1人でお食事を楽しみましたのに」
「まあまあそう言わず、人付き合いはこの業界では大切ですよ〜?」
「貴女がそれを言いますか…で?」
「まずお仕事の内容ですが…先に伝えておくと依頼主は私です。それでお願いしたいのが『当面の私の護衛』といった所でしょうか?」
「…どう言う風の吹き回しですか?」
「いやぁ、前に色々お仕事の仲介をしていた時になんととある競合する2つの組織から同時に依頼が来たことがありましてね。お互いを潰し合うような依頼内容でしたが…その時に金払いの良い方を受けてもう片方を蹴ったら、その蹴った方の組織が怒って刺客を差し向けて来たんですよ、にゃっはっは!」
「笑い事じゃないですよ何やってるんですか」
「こういうこともたまにあるから
自分の命がかかっているというのに呑気に笑うニヤに、本日何度目かの呆れ顔を見せるワカモ。
出会った当初から変わらないようなその気質は決して嫌いな訳では無いが、傍から見ると嘲笑を通り越して心配にさえ思えてくるのだから困ったものだと思った。
「さてさて、それで事が収まるまで狐坂さんには私の護衛を任せたいという話ですが…」
「事が収まるとは、どういった時期を想定しているのですか?」
「知り合いのツテを頼って連邦生徒会に例の組織を解体してもらうんです。そうなれば私に構っていられる余裕も無くなるでしょうから。もしくは狐坂さんが直接乗り込んで殲滅して来ます?」
「まあ無理とは言いませんが…流石に面倒です。それで、報酬は?」
「なんやかんや私自身の命がかかってますからね。前金合わせて護衛の期間に応じて相応の額を払いますよ〜」
「仕方ありませんね、まったく…構いませんよ。その依頼、受けて差し上げましょう」
「流石狐坂さん!ではさっそく今からお願いしますね!」
調子よくおだててくるニヤにワカモは狐の面を付けてその奥でため息を吐くと、食事のお会計を済ませて共に店を出たのだった。
そして時は戻りその翌日の晩。
今朝から奔放に街を歩き回るニヤに付き合わされたワカモは、普段大っぴらには出歩かないのもあって良い機会だとそれを楽しみつつも周囲への警戒は欠かさず、だというのにどんどん人混みへと入って行こうとするニヤに心労が絶えなかった。
「次は何処に行きましょうかね〜…お化け屋敷とかどうです?」
「私達が行ってはお化け役の方の方を驚かせてしまいますよ」
「そろそろ自分達の雰囲気の怖さを自虐ネタに出来る段階に入ってきましたね。良い成長です」
「こんな成長したくありませんでしたよ。役に立つのなら何でも良いですが」
「ぶっちゃけ話のタネにしかならないでしょうけど。まあ威圧感が滲み出るのはさておいて、私達って結構外面は良いと思うんで結構イケてるんじゃないですか?どうしましょうか、デートでもしてるって間違われたら」
「オッエェ」
「流石に酷くありません?」
「寒気が走りましたわ」
「冗談ですよ…ただでさえ貴女となんて仕事以外では関わりたくないんですから」
そんな話をしながらも屋台で買ったたこ焼きやりんご飴を食べ歩いたりとなんだかんだ祭りを満喫していた2人。
しかし、ここは安定のキヴォトス。
予想外のことが起きるのは常のことで…
「おや?あちらの方が騒がしいですね」
「銃声…?また誰かが乱痴気騒ぎでも起こしているのでしょう。面倒事だったら巻き込まれた時に堪りませんし離れるとしましょうか」
「え〜?せっかくですし野次馬しに行きません?」
「何がせっかくなんですか…自分の立場を分かっているのですか?」
「今日は、私が”依頼主”ですよ」
「…」
ビジネスの関係は大事にするワカモにとって痛い所を突かれ、渋々ニヤの我儘に従い騒ぎの方の見物に行くことに。
他の野次馬で人だかりが出来ていたが、ワカモはニヤを担いで適当に近くの家屋の屋根に飛び上がりその方向を見下ろすと、そこには水色の羽織を羽織った少女が何やら撃ち合いに興じているようだった。
どうやら立会人らしき者もいるようで、試合のようにも見える。
「あれは…」
「おお!百花繚乱の継承戦じゃないですか!」
「継承戦?あぁ…では立会人は陰陽部でしょうか。初めて見ましたわ」
「一年に一度ぐらいしか機会がありませんし、時間も場所も不定期ですからねぇ」
百花繚乱の継承戦。
百鬼夜行自地区の治安維持組織である百花繚乱紛争調停委員会において、委員が委員長などの座をかけて一騎打ちを申し込むシステムのことを言い、成立には幹部一名の承認と外部の立会人が必要。
今回はその百花繚乱の委員と委員長の一騎打ち、立会人は百花繚乱の幹部と百鬼夜行自地区の実質的な生徒会である陰陽部の幹部が務めているようだ。
流石に治安維持組織、その実力は双方共に高いものであり野次馬達はその戦いに見入っていたが…その様子を眺めていたワカモの関心は別のものに向いていた。
「あの立会人が持っている銃は?」
「ふむ?えーと、あれは確か…『百蓮』と『百花繚乱』ですね。どちらも特級に区分されている遺物です」
「何故特異現象捜査部でもない治安維持組織がそのようなものを…」
「歴史は古く遡って、特異現象捜査部が発足する以前。当時現れた特異体に対してかつての人達は極めて無力でした。まだ神秘に関する技術が発展していなかった時代ですからね。特異現象についても見識が浅かったでしょうし。そうして彼女らが特異体に蹂躙される中、名も無き神々の時代のとある遺物が掘り起こされました。それが…」
「あの2つの銃、というわけですか」
「ええ。あれらを用いて当時猛威を振るっていた特異体が鎮められ、あれらを解析して当時の人達は神秘を紐解いていったんです。その時あの2つの銃を用いて特異体に立ち向かったのが今の百花繚乱の元となった組織であり、以来こうして受け継がれていっているという訳ですね」
「随分と由緒あるものなのですね…私の武装に加えたいところですわ」
「辞めた方がいいですよ〜?あれについては連邦生徒会が特例で保有を認めているんです。それに手を出せば、連邦生徒会の面子にかけて潰しに来るでしょうし。ま、そんな馬鹿いるはずが無いですけどね〜」
「それは残念…あら、決着が着いたようですわね」
ちょっとした歴史の授業をしている間に継承戦は委員長の勝利で幕を下ろしていた。
その結果自体には興味無さそうに鼻を鳴らしたワカモは、目立たない内に再びニヤを担いで地上に降りる。
が、当のニヤは何故か複雑な表情を浮かべていた。
「…なんですかその顔」
「いえ、そんなひょいひょい持ち上げられるのもなんだか恥ずかしいなと…」
「思いのほか重かったですね」
「思いだけにって?はは、褒賞金減額しますよ」
「今すぐ帰ってもいいんですよ」
「この…」
揶揄うつもりが言いくるめられ、黙らされてしまったニヤは拗ねたようにそっぽを向く。
そのまま暫く2人は黙って往来を進み…特に言葉を交わすこともなく示し合わせたように近くの路地裏に進路を曲げた。
賑やかで騒がしい祭りの夜も一転、路地裏に入れば怪しい雰囲気の漂う不気味な空間に早変わり。
ただそう感じるだけなのか、この地の神秘に由来するものなのかはともかく、不意に特異現象にでも出くわしてしまいそうな薄暗いそこを進んでいた2人はある地点でピタリと足を止めると、ワカモは和傘を閉じて肩に担ぎ、空いている方の手で懐から…明らかにそこに隠し切れるとは思えない銃剣の付いた立派なライフルを取り出し、ニヤを庇うようにその背後に立った。
「お客様は?」
「12人。結構来てましたね笑えます」
「笑えませんよにゃっはっは」
「笑ってるじゃないですか」
「おいお前達!私達を舐めてるのか!?」
屋根の上や脇道から次々と姿を現したのは、おかめの面を付けた武装集団だった。
その装備に見覚えのあるワカモは、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
そんな中集団の指揮官らしき天狗の面を付けた者がゆっくりと歩み出てきた。
「貴女方…魑魅一座ですね」
「お、私達を知ってるのか?大方そいつの用心棒ってとこか…私達が用があるのはそっちの角の女だが、見られたからにゃあ生かしちゃおけないな!」
「ですって」
「草」
「何草生やしてんだてめぇ!お前らやっちまえ!」
舐め腐った態度を取るワカモとニヤに、天狗面は部下達をけしかけた。
キヴォトスにおいて特に巨大かつ危険な指定アウトロー集団、魑魅一座。
厳しい修行を強要し末端まで鍛え上げられたその組織力は他のアウトロー集団を凌駕し、長年連邦生徒会及び特異現象捜査部の悩みの種となっている。
その武力は言うまでもなく、諜報や工作にも長けた構成員達の実力は最低でも3級レベル、特に天狗面の指揮官は準1級レベルの能力を持った魑魅一座の中でもエリートに分類される実力者であり、本人の資質は勿論その指揮能力によって抜群の連携を取るこの部隊はこれまで数々の任務をこなしてきた選りすぐりの精鋭だ。
しかし───今日ばかりは相手が悪かった。
「あれが?」
「いいえ、例の組織が雇ったんでしょうかね?なにはともあれ頼りにしてますよ」
「まったく…あの連中にはもう関わりたくなかったんですけど」
気怠げに首を回して軽くストレッチしたワカモは挟み撃ちにするように同時に飛びかかってきた構成員3人…その中でもニヤに近かった構成員を凄まじい速射で撃ち抜くと、残る2人の構成員は先程の射撃時の反動の勢いを利用してそのまま振り回し、片方の喉元を銃剣で切り裂きもう片方は硬い銃床を脳天に叩きつけて沈める。
「…は?」
「あら格好良い」
その一連の早業にニヤは感心するように声を漏らし、対して天狗面の指揮官は何が起きたのかを理解出来ずに困惑している。
周囲に潜んでいる他の構成員達も混乱しているようで、直ぐに追撃してくる様子は無いと判断したワカモはライフルを地面に突き刺すようにして置くと続けて着物の懐から鎖を引っ張り出し、それを手足のように自在に操り近くの建物の屋根に隠れていた構成員の脚を絡め取った。
「きゃっ!?」
「っ!お前ら!動け!これ以上殺らせるな!」
天狗面がそう指示を出すと隠れていた構成員達も慌てて動き出すが、ワカモは鎖で絡め取った構成員を軽く振り回すと建物越しに壁を突破ってその奥にいた構成員にぶつけ、2人まとめてダウンさせる。
次に頭上から飛びかかってきた構成員のニヤを狙った狙撃に対して開いた和傘で弾丸を弾き、直ぐにそれを閉じるとそのまま投擲し、傘の先端が構成員の腹に突き刺さって撃墜する。
そこに天狗面が閃光弾を転がしてくるが、ワカモはニヤが被る編笠に手をかけてそれでニヤの顔を覆うように下ろし、自分は着物の袖で顔を隠すことで閃光弾から身を守る。
その隙を突いて離れた位置にある物見櫓の上から構成員が狙撃して来るが、迫る弾丸を着弾よりも先にワカモの視線が捉え、なんとそれをキャッチ、逆に投げ返して狙撃手の額に着弾しダウンさせた。
「護衛のお仕事としてここにいる以上、”
「よっ、流石!そのままやっちゃってください!」
「気が散るので耳元で大声出さないでくださいます?」
「なん、なんだよアイツは…!ふざっけるなぁ!」
12人いた部隊が既に7人ダウンさせられ、確認できる限り内2人は即死させられている。
いつものように対象を暗殺して大金を貰うだけの仕事…だったはずだと言うのに、気付けばターゲットの護衛に圧倒されている事実が信じられず、天狗面は歯軋りをすると自らワカモへと襲いかかった。
それに合わせて他の構成員達も各々ライフルやロケットランチャーで一斉攻撃を開始し、ワカモ達を追い込もうとする。
対して、小さく息を吐いたワカモは鎖を大きく振りかぶり────直後に周囲を嵐のように駆け巡った鈍い銀色の光が近くの家屋をもまとめて粉砕しながら魑魅一座を薙ぎ払い、辺りどころの悪かった者は内臓や頭蓋骨が砕けてヘイローが壊れる。
指揮官は自身の天狗面が砕けながらも、得物を振り回す目の前の敵の冷えきったような瞳を見て、普段のトレードマークとも言える狐面を着けていなかったから思い至らなかった、その正体を察した。
あれはまさに…”災厄の狐”だと。
嵐の中心、その一瞬の破壊を行ったワカモと、台風の目にいたようにその中で五体満足で立つニヤは刺客が一蹴されたことを確認するとパチパチと手を叩いた。
「いやー、何度見ても圧巻ですねぇ。あの魑魅一座をこうも容易く蹴散らすとは」
「せいぜい下っ端ですもの。組織の上級幹部ともなれば貴女を守りながら立ち回るのは厳しいかもしれませんし」
「またまた謙遜を!」
「…やけに私のことを信頼していますのね?」
「む…そこに引っかかりますか?そうですねぇ…少なくとも貴女の武力も作戦遂行能力は他の誰よりも信頼していますよ。それこそビジネスパートナーだと捉えているつもりですし」
「貴女に信頼されても別に嬉しくありませんわ」
「お、ツンデレですか?」
「死にますか?」
「さっきから反論の尖りが凄いんですよ。もっと
「敬われるような言動をしてくださいな」
「うぅ…」
ある意味命を握っているのをいいことにズバズバ言ってくるワカモに苦笑したニヤ。
と、あれだけ騒げば如何に皆が祭りで浮かれているとはいえ目立ったのか、遠くから人が複数集まっている気配を察知下ワカモはまたもやニヤを担ぎ上げようとする。
「いやちょっと待ってください!肩で担がれると貴女の動きで揺らされて腰とか痛くなるんですよ!?」
「我儘ばかり…ではこれで良いでしょう?」
「えっ、ちょっ、これはこれで恥ずっ…にゃぁぁぁぁ!?」
ならばと背中と膝裏に手を回して抱き上げる…言わばお姫様抱っこでニヤを持ち上げたワカモは、軽い身のこなしで少し離れた建物の上に飛び上がると、屋根伝いにその場をさっさと立ち去るのだった。
「もう二度と貴女に依頼なんて頼みませんからね!結構ぼったくられましたし!」
「サービス料金ですよ」
あれから3日程して。
ワカモとニヤは依頼の話をした時の料亭で再び席を共にしていた。
あの後あの戦いで生き残った魑魅一座は駆けつけた百花繚乱に拘束されるものの、外部の助けを得て脱走。
その後組織に持ち帰られた情報から魑魅一座の幹部は今回の件にワカモが関わっていることを知ると、揃って手を引くことを決定。
魑魅一座という強力な武力を雇えなくなってしまった例の組織はめげずに他の傭兵をニヤへと差し向けるも、精鋭揃いの魑魅一座が軽く制圧される相手に雑多な傭兵が敵うはずもなし。
尽くを返り討ちにされ、その間にニヤが色々と手を回して例の組織は解体されてしまった。
「それで、結局例の組織ってどこなのですか?」
「モロモロン」
「ああ今朝不正が発覚したと報道されてた…となると、その競合相手というのはもしかしてモモフレンズのところですか?」
「話題のマスコットブランドも裏に通じてる時代ですよ」
「私が言えた口ではありませんが裏社会って怖いですね…」
あの間抜け可愛いグッズを展開している会社が実は裏でこんな血みどろの抗争をしていたと考えるとキヴォトス中のファンの夢が壊れそうだと考えたワカモは、暇な時に密告して大荒れさせるのも悪くなさそうだと悪い企みをする。
個人の暇潰しにそんな混乱を起こされては堪らないとニヤは思うが、ワカモがそういう奴だというのはそこそこの付き合いの間に分かっていることなので敢えて諌めるようなことはしなかった。
「まあなんにせよ、貴女には自由が似合ってますよ。お金を稼ぐのも溶かすのも、娯楽を楽しむのも気に食わないことがあれば暴れるのも。私にさえお鉢が回ってこないのならご自由にどうぞ」
「まさか、私に声を掛けてきたのは貴女でしょう?地獄まで付き合っていただきます」
「にゃはは!私なんて連れ添っても楽しくなんかありませんよ。そうです、良い人見つけたりなんてしても良いんじゃないですか?」
「はてさて、私のお眼鏡に叶うような殿方など存在するのでしょうか」
会社の同僚と話すような、気楽な会話。
ニヤはワカモを信頼していると言うが、ワカモも相応にはニヤを信頼し心を許していた。
言うなれば、その関係はビジネスパートナーであり、情で表すならば悪友と言う他ない。
そんな深いようで浅い、そして不誠実な関係性だからこそ人間不信を拗らせていたワカモにとってニヤは気楽な相手であることこの上なかった。
「さーて、私もようやく自由に行動できることですし、今度は山海経の方にでも足を伸ばして見ましょうかね」
「あっちもあっちで裏で組織の抗争が激しい自地区じゃないですか。命が幾つあっても足りませんよ」
「命を気にしてなんていたら稼ぐことなんて出来ませんよ。勿論命の方が大切ですが、私にはとっても心強いビジネスパートナーがいますので」
「あら、もう私に依頼を頼まないのではなくて?」
「必要になれば都合の悪いことを忘れる、これ裏の世界の生き方ですよ〜?馬鹿のフリも猫被りも世渡りの術です」
「あらまあ、流石狐の威を借る鬼さんは言うことの情けなさが違いますわね。ふふふっ」
「言いますねぇ、にゃははっ!」
料亭の一室から、傍から見れば胡散臭さと危うさしか感じない笑い声が外に響く。
頼まれていた品を届けようとしていた店員は、扉をノックする直前に命の危機を感じたとかなんとか。
時系列はワカモが魑魅一座を出奔した後、先生と結婚する前