「ここ数年に渡ってキヴォトスを脅かしてきた梔子ユメは先日の百物語の際に打倒されましたが、私達が対処するべき相手は未だ数多く潜んでいます。本日は百物語での被害報告も合わせて、それら脅威についての再確認も行っていきたいと思います」
特異現象捜査部の本部であるS.C.H.A.L.Eの会議室にて、本部部長であるヒマリがそう述べて諸々の報告を始めた。
会議に出席しているのはホシノやフブキ、シュンを始めとした監督官。
アヤネやイチカを始めとした監督オペレーター。
その他各自治区の支部から、ミレニアム支部からはユウカ、百鬼夜行支部からはアオイ等の1級資格を持つベテランの生徒も集まっている。
D.U.と百鬼夜行自治区を襲った未曾有のテロ。
アウトローとしてだけでなくかつて特異現象捜査部の生徒としても特級に区分された…即ち、単独でのキヴォトスの転覆を成し得る怪物、梔子ユメか起こした無数の特異体を用いた”百物語”。
解き放たれた特異体は特異現象捜査部によって掃討され、主犯である梔子ユメも同じく特級の区分を与えられた生徒である砂狼クロコに敗北、その後小鳥遊ホシノによってトドメを刺され撃滅されたが、彼女に与するアウトロー達は未だ健在であるのが悩みの種となっている。
その上、あの事件をきっかけにその他のアウトローや特異現象の活動も活発化し始めているのだからたまったものでは無い。
あの事件による被害のまとめや状況の変化、今後の懸念点を話し合うために、毎度おなじみアヤネが胃をキリキリと痛めながらこの豪華面子の中央に立って進行を始めた。
「えぇ…では始めに今回の物的、人的な被害について───」
「先輩達は今会議かな…?」
「クソバカピンクがいねぇのはともかく、他の監督官も全員出払ってんのはおかしいだろうが。これじゃ訓練も出来ねぇし」
「そう言うな。安全の為なんだから仕方がないだろう」
「デモ」
雪降る寒空の下、S.C.H.A.L.E近辺に積もる雪を片付けるためにスコップを動かすクロコ達は建物の上階の方を見上げてそうボヤく。
単純な運動等の体づくりや射撃練習はともかく、試合形式の訓練や秘儀・遺物等を使った訓練は監督官の目が無いところで行ってはいけないという規則がある為、満足に訓練出来ないことで体力を持て余したレンゲは八つ当たり気味に乱暴に雪を掻き出して小高い雪山を作り上げていた。
「ん…それにレンゲ達はまだ激しい運動は避けた方が良いってセナさんが…」
「もう平気だよ。身体動かしてないと落ち着かないんだこっちは」
「休暇」
「だよね…?ミノリもそう言ってるし、レンゲは休み方を覚えるべき」
「休みならたっぷり病室のベッドで取らされたぞ…このままじゃ身体が訛っちまう」
「感覚を鈍らせたくないのは分かるが…少しはクロコの心配も汲んでやれ」
「…」
「ん…」
「…分かったよ!休めば良いんだろ休めば!」
ペロロに窘められクロコと目を合わせたレンゲは、そのうるうると潤むクロコの純粋無垢な瞳とその奥から伝わってくる本気の心配に罪悪感を感じ、根負けする形で忙しなく動かしていたスコップを投げ出し、自分で作り上げた雪山に背中から倒れ込む。
赤いダウンコートでしっかり防寒しているため寒さは遮断されぽすんと沈む雪はクッションのようで、とても寝心地が良さそうに見えたクロコは自分も手を止めてレンゲの横に背中から飛び込んだ。
「うわっ、お前もかよ…」
「ふぅ…気持ちいい。ペロロとミノリも来なよ」
「ストライキ?」
「いや、だが…」
「アタシだけ休ませるつもりか?こうなったら道連れだ、お前らもサボれ」
「…デモ」
「はぁ…見つかったら叱られそうだ」
ペロロはその巨体を雪山に深く沈め、その上にミノリがペロロをクッションにする形でのしかかる。
少し重そうに呻き声を上げたペロロだったが、確かにそっちの方が気持ちよさそうだと思い至ったレンゲとクロコは目を合わせると口端を上げ、2人揃って立ち上がるとペロロのお腹の上にダイブした。
「ぐっ…何故だ…!?」
「ペロロのお腹ふかふかしてるんだもん」
「デモ」
「中に色々武器入れて持ち歩いてる癖になんで特に硬さも無しにこんな反発力あるんだよ。バランスボールかテメェ」
「この外装そんな感じなのか…」
何故か自分でも驚いたような反応を見せるペロロはさておき、暫くクロコ、レンゲ、ミノリの3人は幅の広いペロロのお腹の上で仰向けになって空を見上げ、降り注ぐ綿のような雪が鼻にかかってレンゲがくしゃみをすると、それをクスリと笑ったクロコが追いかけ回されたりと微笑ましい一時を過ごしていた頃…
「…あれ、皆雪かきしてくれてんの?偉いねぇ〜」
「あ、フブキ先輩」
「あ?なんで先輩がここにいんだよ。監督官は全員会議じゃなかったか?」
「そこはまあ、お手洗いに行くって抜け出してきたところだけど」
「そろそろ本気で怒られそうだからやめておいた方が良いと思うぞフブキ先輩…」
「良いの良いの、なんだかんだ迷惑かけたことないし」
「プロレタリア」
「そういうの良くないと思う…」
全員から猛ツッコミを受け面倒くさそうにしたフブキはそそくさとその場を立ち去ろうとするが、思い至ったように駆け出したレンゲがその肩を掴んで止めた。
「ん、何?」
「訓練見てくれる人がいなくて困ってたところだったんだ。サボってるのフォローしてやるから付き合ってくれないか?」
「え〜?まあ見守るだけなら…」
「よし決まりだ!クロコ!鈍った身体を叩き起しに行くぞ!」
「え?私!?」
そうと決まるとレンゲはクロコの手を引き運動場の方へ引っ張って行ってしまった。
残された面々は呆れながらもその後を追い、あのレンゲの様子を見たフブキは感慨深げに呟いた。
「中等部の頃はあんなツンケンしてたレンゲがあんなに心開くなんてねぇ」
「デモ」
「そうだな。私達にもそれなりに心を開いてくれているとは思っているが、クロコが来てからはそれ以前より相当明るくなったと思う。それに私やミノリも…」
「ああいうのを人たらしって言うのかな?本人にその自覚は無さそうだけど」
「クロコにそれを言おうものなら謙遜されるに決まってる」
「ストライキ!」
ペロロとミノリはクロコが特異現象捜査部に入部してきた当時の事に思いを馳せる。
最初は色々あって、多くのトラブルや事件があったりもしたが、それも今となっては良い思い出と言えるだろう。
少し前の百物語のことだって…あれだけ強大な相手に、クロコ以外は軽くあしらわれたものの一丸となって戦った。
それだけ今の1年である4人の絆は深いものになっていたのだ。
「まあ仲が良いのは良い事だけど、自分の命も大事にね」
「悪いが、私は今は守るために戦っているんだ。自分の命以上に大切な仲間の為にな」
「…ミノリは?」
「デモデモ」
「ミノリは優しいからな」
「はぁ〜…私には無縁だけどね〜、そういうのは。だから私の授業はいっつも自衛の術について教えてるのに」
自己犠牲カルテットに呆れるフブキは歩いている内に運動場に辿り着き、先に邪魔な雪を退けて十分なスペースを確保しようとしているレンゲとクロコの姿を見つける。
すると何も言わずともペロロとミノリもその手伝いに向かい、フブキはため息を吐いて運動場の端にあるベンチ、その上の雪を払って寝っ転がり4人の様子を見守るのだった。
「…フブキちゃん帰ってこないね」
「大方今頃サボっているのでしょう…あら?運動場に…ああ、1年に絡まれているようです。今は訓練の付き添いですかね」
アヤネが会議を進行している間、お手洗いに行くと出ていったフブキの所在についてホシノが尋ねるとヒマリは手元の端末からS.C.H.A.L.E敷地内の監視カメラからフブキの位置を割り出した。
その様子を端末越しに覗いたホシノはフブキ…が見守るクロコ達4人が賑やかに組手等の体術の訓練や神秘操作や秘儀の練習をしている姿を見てフッと微笑んだ。
それはそれとしてサボるのが分かっていながらフブキを引き止めなかったヒマリにも甘い人だなとニヤつくと、ヒマリは咳払いをして誤魔化す。
「次に…ホシノさんとヒマリ部長聞いてましたか?」
「お構いなく〜」
「問題ありませんよ。続けてどうぞ」
「…頼みますよ2人共…では次に───」
「かーっ、良い汗かいた!」
「おじさんみたいなこと言うね」
「誰がクソバカピンクだ」
「2人共お疲れ〜。ココアで良かったらいる?」
「ん…ありがとう」
「なんだ珍しく…貰うけどさぁ…」
ギャグみたいな掛け合いをしながらクロコとレンゲが休憩しているところに、フブキは近くにあった自販機で買ってきた暖かい缶のココアを2人に渡す。
もう片方の手にも2つココアを持っていて、今組手に励んでいるペロロと実りの分も買ったのだろう。
「そうだ、フブキ先輩簡易領域教えて欲しい」
「それちょいちょい言われるんだけど専用の塾?に行って正式な手続きと専用の儀式をこなして初めて実用出来るようになる奴だから。余程才能があるか別のアプローチから研究でもしないとシン陰の門下生以外は無理無理」
「ハッ、アタシには関係無い話だけどな。アタシの神秘じゃ結界術なんて出来やしねぇ」
「レンゲは直ぐそういうこと言う。身体の動かし方とか格闘の立ち回りとか、いつも参考になってるよ」
「う…んだよ急に…そんなおだてられても何も出ねぇぞ!?」
クロコの言葉に頬を赤く染め分かりやすく照れるレンゲに(チョロ…)と内心で思いつつも、口に出したらど突かれる事は分かりきっているので心の内で留めるフブキ。
しかしそれはそれとして確かに神秘解放に対しての対抗手段は特異現象捜査部に所属する生徒にとっては課題とも言える問題で、フブキのように応用ができるようになればかなり便利な術であるため簡易領域の習得を目的としたシン陰への入門は推奨はされてはいる。
が、そもそもレンゲでなくとも簡易領域の習得には結界術の才能が大きく関わってくるため習えない人はやはり習えないのだ。
「まあ神秘解放が出来るような相手と戦う機会なんて普通に任務に当たってたらまず無いし、あったとしてもその任務が割り振られるのは相応に実力が高い人だけだから今の君達が気にすることじゃないよ」
「そりゃそうか…」
「神秘解放…必殺技みたいなやつだっけ?」
「それはどっちかと言うと『極の番』の方かな。こっちも大分使用者が少ないけど…神秘解放で展開する領域も結界術の才能が深く絡むから、この辺に関してはホシノ先輩に聞いた方が良いと思うよ。あの人も神秘解放が使える貴重な一人だし。後はミカさんとかにもその内会えたら聞いてみたら?」
「ふ〜ん…ミカさんか…その人も特級なんだっけ」
「そ、ホシノ先輩よりもさらに先輩だよ。普段色んなところほっつき歩いてるから中々こっちから会いに行くのは難しいけど、クロコだったらその内向こうが興味持って会いに来てくれるかもね」
「1回会ったことあるけどアタシ苦手なんだよなあの人。トリニティ出身らしい取り繕った感じがなぁ」
知らぬところでディスられ何処かで星の巫女がくしゃみをしたことはさておいて、特級といえばとフブキは気になっていたことをクロコに問いかけた。
「そういえばクロコってプレナパテスがいなくなってから特級の資格剥奪されたんだっけ?今4級なの?」
「ん…別にそれ自体はどうでも良いけど、やっぱり神秘とかは前みたいには使えなくて…」
「だからアタシとしても訓練付けさせて任務に出ても大丈夫なようにしてやりたかったんだよ」
「ああそういう…だったら特異体を使役…とはちょっと違うかもしれないけど、その感覚がまだ残ってるなら式神術とかに手を出しても良いかもね。神秘の運用リソース的な問題で秘儀持ってる子にはあんまり人気ないけど、今のクロコなら役立つと思うよ。その辺はちょっと分野が違うけどヒマリ部長とかシュンさんからは参考になる話が聞けると思う」
「ん…フブキ先輩ありがとう」
「お前今日いやに世話焼くな」
「私の事なんだと思ってるのさ…別にいいでしょたまには。頑張った子へのご褒美が出来ない程余裕がないつもりはないよ…」
少し親切にすれば訝しげな視線を向けてくるレンゲに流石に失礼だとやんわりと注意したフブキは組手を終えこちらに向かってきているペロロとミノリにもココアを投げて寄越し、席を開けて2人もベンチに座らせる。
ペロロの占有率によりかなりの圧迫感が出ているが、なんとか5人全員ベンチに座れている状態になった。
ペロロとミノリは先程話していた内容が気になっていたようで、その事について話すと2人も快くクロコのリハビリに付き合うと胸を張った。
そうこうして小休止がてらの雑談をしていると、話の流れは今ホシノ達が集まっている会議についてへと移った。
「フブキ先輩が抜けてくる前はどんな話題があったの?」
「ん〜とね、この前の事件の被害とか犠牲者のまとめとそのフォローとかね。後はここ数年暴れてるアウトローについての懸念とか」
「…例の連中か。たまに小競り合いをしているという話も聞く」
「労働」
「例の連中…?ペロロとミノリは知ってるの?」
「逆にお前はこの数ヶ月過ごしてきて知らねぇのかよ」
「例の連中って言ったら、連邦生徒会と特異現象捜査部が最重要ターゲットにしてる特級区分のアウトロー達のことだね」
「また特級…」
「と言ってもアウトローに与えられる特級の区分は特異現象捜査部の生徒に与えられるそれと違うんだけどね。アウトローに割り振られる区分は特異体と同じように同じ等級なら問題なく対処出来ることを表してて、特級のアウトローには1級の生徒でも勝てる人は勝てる。でも特異体と違って明確に知恵を持ってるのが厄介なんだけど」
「それがあの事件と何の関係があるの…?」
「その特級アウトローの中に特に情報戦に強くて面倒なのがいてね〜。百物語の舞台の片方が百鬼夜行自治区なのもあって、あっちを本拠地にしてるそのアウトローとその一派が工作を仕掛けてくることを警戒してるんだよ。勿論特異現象捜査部が百物語で消耗してる所を他のアウトロー達が狙ってくるかもしれないし…色々な意味で話題性抜群のクロコは特に気を付けないとね。今の君がまた狙われたらひとたまりもないよ〜?」
「ん…」
「上等だ、今度はぶちのめしてやる。クロコさんが」
「特級だとしてもちょっかいをかけてくるなら容赦はしない。クロコさんが」
「デモ」
「その流れ前もやった…」
悪ふざけを始めるレンゲ達に困ったようにクロコは頬を掻く。
と、その時チャイムの音が鳴り響き、そろそろ潮時かとフブキは立ち上がってS.C.H.A.L.Eに戻ろうとする。
「あ、フブキ先輩…改めて、今日は付き合ってくれてありがとう」
「普段の授業の時もこれぐらい真面目に相談に乗ってくれたら良いんだけどな」
「というか会議には真面目に参加した方がいいのではないか?」
「プロレタリア〜」
「う〜ん素直に感謝してくれるのがクロコしかいない。いつもだって聞かれたら答えるぐらいはしてあげてるでしょ。これでも皆を支えて導く監督官なんだから。暇ならまた雪かき手伝ってね〜」
好き勝手に言うレンゲ達に反論しながら、フブキは後ろに軽く手を振ってその場を去っていった。
残ったクロコ達はどうしようかと目を合わせ、まだ日が出ているのを見ると言われた通り雪かきの続きをしようということになったのだった。
「やあやあ皆、精が出るね」
「げっ、今度はクソバカピンクかよ…」
「レンゲちゃんは後でお話があるとして、クロコちゃんに用があるんだけど…ちょっと良いかな?」
「?」
その後ある程度の範囲の雪かきを終えて寮の談話室で4人仲良く話に花を咲かせていると、会議を終えて来たホシノがそう言ってクロコを連れ出した。
寮の玄関まで呼び出されたクロコは何事かと首を傾げると、ホシノはすぅっと目を細める。
「クロコちゃん。プレナパテス…君の”センセイ”について話があるんだけど」
「…」
「興味があるみたいだね。会議の途中でプレナパテスの話題も勿論出たんだけど、その時にちょっと気になったことがあったんだよね」
「それって…」
「クロコちゃんにさ、銃にプレナパテスの神秘を移してもらってたでしょ?あれに使った銃は今はどこにあるの?」
「!あれなら…私の部屋に…」
「じゃあちょっと見に行こっか」
そうしてクロコの部屋に行き、そこで大切そうにガンケースに保管されていたクロコが愛用しているアサルトライフル…ユメとの戦いで破損してしまっているそれをじっくり眺めたホシノは「やっぱり…」と呟いた。
「これにはまだプレナパテスの神秘が残ってるし…そのパスがクロコちゃんが持ってた”大人のカード”に繋がってる」
「つまり…どういうこと?」
「まだプレナパテスの力を引き出す余地があるかもしれないってことだよ。本体は成仏したからもう顕現させられないけど、その力の残滓を形として具現化出来るかもしれない。多分感覚的には式神の使役とかに近い形になると思うけど…」
「あ…ならヒマリ部長かシュンさんに聞いてみようかな」
「うん?それは良いと思うけどなんでそのチョイスが出て来て…あー、フブキちゃんになんか教えてもらった?」
「ん、学びを得た」
「そっかそっか…なら話は早いね。実際に顕現を試す前にその辺の制御の感覚についてじっくり教えてもらってからおじさんと一緒にプレナパテスの力の残滓の具現化に挑戦してみようか」
「ん!」
「あ、それと…」
「ん…?」
プレナパテス…”センセイ”の置き土産、それがまだ自分の力になるかもしれないという事実に気合いを引き締めていたクロコだったが、そこにホシノはもうひとつ予定を加えた。
それはクロコが想像していたものの斜め上方向に予想外なもので…
「この前の百物語の時にすっごく強い子を見つけたから、クロコちゃんにはその人に師事してもらいながらお使いを頼みたいんだ」