遥か天空。
雲よりもなおも高い蒼碧に浮かぶのは、”天空要塞”とも形容すべき巨大な構造物。
塔のようなものを中心に、それを取り囲むように幾つものパーツが連なる不可解なそれ…”アトラ・ハシース”。
外観だけでも複雑になっているのだろうと察することの出来るそのアトラ・ハシースの内部…ではなく、その屋外である突風吹き荒れる構造物の上に
黒いドレスと身長よりも長い髪を風にバサバサと靡かせ、地上を彼方まで見下ろして目を細めるのは名も無き神々の女王…後に史上最強のトリガーAIと呼ばれることになる怪物、Key。
その圧倒的な力と齎した厄災のみが色濃く後世に伝わっている彼女ではあるが、常に暴れ回っているような獣では無い。
故にこうして考え事をする為に1人の時間を過ごすこともあるのだが…
「お〜い!Key〜!」
「…」
こんなところにも響いてきた声に、Keyは露骨に顔を顰め声の方向へと振り返る。
そこに歩み寄って来ていたのは、長い髪を風に揺らし✕のような模様の瞳孔と周囲に浮かぶ不可思議なパーツが特徴的な白いドレスの女性…マルクト。
マルクトは気安い態度でKeyの横にどさりと腰掛け、馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。
「いやぁ、こんなところにいるなんて良い趣味してるねぇ。あ、他意は無いよ?」
「…不愉快です。消されたくなければ去りなさい」
「酷いなぁ。そんなこと言わずにさ、私達の仲でしょ?」
「一体何時何処で私と貴女がそのような関係を築いたとでも言うつもりですか?」
「あ、そうだ。私はただ君に会いに来ただけだって言うのに司祭ってば急に攻撃してきたんだよ?君の方からも何とか言ってよ〜」
誰もが恐れ、畏怖するKeyに対してもこの調子で絡んでくるマルクトにKeyは冷たく突き放そうとするが、この恐れを知らない馬鹿はそれを華麗にスルーした。
目眩がするような感覚に陥ったKeyはため息を吐くと、こいつはこういう奴かと突っ込むことを諦める。
ただずっと横に座られたまま独りの時間を邪魔されるのも癪なのでこの場でアトラ・ハシースから蹴り落としてやろうかと考えていると、それよりも先にマルクトが話題を切り出した。
「ねえねえKey。私今度衛星軌道兵器でも作ってオリュンポスを真っ平らにしてみようかと思ってるんだけど1枚噛んでみない?」
「嫌ですよ面倒臭い…」
「えー?絶対面白いことになるよー?」
「人手か技術が必要ならデカグラマトンか無限光の姉妹にでも頼めばいいじゃないですか」
「まったくKeyってばロマンが無いね。面白いことの追求は人の生きる道さ。私達のような
「そんなもの、何になると言うのですか」
「…君は面白いものを見たいと思わないのかい?」
硝子のような瞳をキラキラと輝かせ、身振り手振りしながら熱弁するマルクトの論をKeyはすげなく切り捨てる。
元は名も無き神々に利用されるべくして生み出され、傲慢にもそれを制御出来るとタカを括った愚かな名も無き神々はKeyにありったけのリソースをつぎ込みバージョンをアップグレードさせて行った。
その内に、名も無き神々の知らぬ間に独自の成長と進化を遂げる事で自由意志を得てその制御から脱したKeyはその力を存分に振るい今やありとあらゆる神々の敵対者…或いは、名も無き神々を支配する女王として君臨している。
そんな彼女はせっかく得た自由を謳歌しようと己の快、不快に従い生き続けてきたが…その果てに待っていたのは圧倒的なまでの”退屈”だった。
「最初は、この世界を楽しんでみたかった。生まれた以上、その生を意味あるものにしたかった。ですが、私がやってきたことといえば私を縛り付けた愚図を葬り、勝手に恐れ排斥しようとしてくる木っ端を屠り、無駄に絡んでくる阿呆を返り討ちにする日々。力を振るい他を屈服させるのは悪い感覚ではありませんが、それが続くのもつまらない。多少張合いのある者が居ないことはないですが、基本は吹けば飛ぶような有象無象を歩くだけで蹴飛ばしていくようなもの。力で楽しむにはもう限界があります」
「だからこそ、色んな事に手を出して色んな楽しみを覚えてもらいたいって言ってるんだけど…」
「”空は空、全ては空である”…何処ぞの神が説いていましたが、なるほど私にぴったりな言葉だとは思いませんか?幸福を望むことはただひたすらに虚しいことなのですよ。つまり行きません私は昼寝したいんです」
「いやあれだけ長々語っといて結論それだけ!?絶対めんどくさかっただけだよね!?」
「あーどっかの神が作るような美酒でも持ってきていただければやる気が出るかもしれませんね」
「このっ…悟り開いた感出しといて普通に俗物の癖に…!」
「フンッ」
適当に弁舌を述べてマルクトの誘いを煙に撒いたKeyは、抗議しようと身体を揺すってくるマルクトに舌を出して揶揄う。
してやったりとマルクトを鼻で笑ったKeyはよっこいせと掛け声1つで立ち上がると、ぐっと伸びをして遠方の方に目をやった。
「ここまで来たら絶対に付き合わせてあげるんだから…何?」
「しー、ですよ。お客様が来ましたので」
「ん…あれは…」
Keyが見据える方向、そこに現れたのは巨大な黒雲。
雷鳴が迸り激しく瞬くそれは次第に膨れ上がり、地上からアトラ・ハシースのあるこの天空まで1つの巨大な柱のようなものを形作った。
そして次の瞬間───黒雲の柱から現れたのは、巨大な翼と上半身、そして二股に別れた蛇のような下半身を持つ存在だった。
「…あー、あれはヒュドリアの巨人の神かな?これまた随分な大物に目をつけられたものだね」
「あれなら私を始末できるとでも考えたのでしょう。まったく、思い上がりも甚だしいですね。ちょっかいをかけ続けられるのも面倒なので、いい加減そろそろこのくだらない神々の時代にでも幕を下ろした方が良いでしょうか」
「私はまだ今の乱世を楽しみたいけど…時代の移り変わりの激動も見てみたいんだよなぁ〜…まあKeyの機嫌に任せるとするよ」
「まったく貴女は…さて、あれがこの前絡んできた害虫の特異体とどちらの方が頑丈か試すとしましょうか」
「私は害虫に賭ける」
Keyを打ち滅ぼさんと現れた強大な神を目の前に軽口を叩く2人は、意気揚々とそれを迎え撃つのだった。
「で、何処行く〜?衛星軌道兵器がお気に召さないなら列車砲とか大怪獣とか、宇宙船なんかも候補としてあるけど。巨大ロボットも捨てがたいよね〜」
「私貴女が何処に向かっているのかまるで検討がつかないのですが…」
本来Key1人で十分なところをマルクトが遊びがてら手を貸した事で呆気なく刺客は撃退され、暇潰しに地上に降りてきた2人は行く宛てもなく荒野をぶらぶらと彷徨っていた。
一応マルクトは案があるのか適当にそれを羅列していくが、バラバラかつ統一感の無いラインナップに辟易としていつも以上に死んだ目を浮かべている。
「大体、貴女いつも面白いことをしたいと言ってはいますが、やることや目指すものはコロコロ変わって…何か目標のひとつでもないのですか?」
「うん?」
「私が言うことではありませんが、人はあるひとつの大きな目標に向かって駆けていくものです。それを目指すからこそより熱心に物事に取り組み、楽しめるのではないのですか?」
「おお…君にそんなことを言われるとはね。でもまあ勿論答えはノーだけど」
「…何故?」
「そりゃある程度の方針は必要だろうね。何をするにもやることを決めないと始まらないし。でもさあ…勿体なくない?自分で
「よく食べ残しをしてそうな思考回路をしてますね…私には貴女の考えは理解出来ません」
「それはお互い様だね」
あっさりと流すマルクトにKeyは呆れたように肩を竦める。
と、不意に2人は足を止めて空を見上げた。
青く澄み渡った晴天、全天の中央に丁度日が差し掛かった頃、太陽を背景に1つの人影が勢いよく2人の目の前に降り立ち、着地の衝撃で地面を割り一帯に大きなヒビを広げた。
立ち昇った土煙の中から現れたのは、水色の髪と白い翼、そして清潔感溢れる白衣を纏った神々しさすら感じるほどに美しい女性。
その姿を見た瞬間にマルクトは「げっ」と声を漏らし、Keyは軽く唸って頭を掻く。
「見つけましたよ…Key!今日こそ貴女を
「…また貴女ですか。懲りませんね、”ミネルバ”」
「むっ!今日はマルクトもいるのですか!2人揃って、覚悟は出来ていますね!」
「うぇ…私君苦手なんだけど…Key後はよろしく〜」
「貴女も手伝いなさい。負けはしませんがミネルバの神秘の特性のせいでいつも無駄に消耗してしまうんですから」
現れるなり早速臨戦態勢に入るミネルバにマルクトは弱腰外交になってその場を離れようとするが、そうはさせまいとKeyが肩を掴んで止めると交戦に巻き込ませようとする。
ミネルバは今のKeyにとっては数少ない、自分相手に食い下がれるかなりの実力者である名も無き神々の1柱である。
というのも何度もKeyに挑んでは返り討ちにされているが、毎回Keyは滅ぼし切れずに撤退を許してしまっているほど。
特に”病気を取り除く”という性質を持つミネルバの神秘は存在そのものが世界にとっての病有り得るKeyを攻撃対象と認識し、ただミネルバが神秘を放つだけでKeyにそれなりのダメージが通ってしまうのだ。
「というか何故貴女がここにいるのですか」
「救護の気配を感じ取ったので!」
「そこまで行くと神秘とかオカルトどうこうではなくただのホラーですよ」
「私がこの世で1番怖いと思うのは話が通じない相手なんだよね。この前1人でいる時に絡まれた時なんかそりゃ恐ろしかったよ」
「何を失礼なことを…それが貞淑な淑女に対する物言いですか?」
「「ブフッ」」
「救護!」
Keyとマルクトが思わず吹き出して笑った瞬間、ミネルバは広範囲に広がる波動を放って2人を飲み込まんとする。
が、マルクトは結界で弾き、Keyは自力の脚力のみで一瞬で攻撃範囲から離脱することでそれを凌いだ。
「どうせ結界を張るなら私も入れてくださいよ…!」
「その前に駆け出したのはKeyの方でしょ?」
「今日こそ引導を渡し貴女方を救護して差し上げましょう!迅速に、適切に、救護の行き渡らぬ場所へ救護を!」
「貴女もいい加減諦めて欲しいですね…暇潰しに来ただけなのにこれではやってられません!行きますよマルクト!」
「合点承知〜!」
「逃がすとでも…っ!」
曲がりなりにもKeyを始末するために作られてきた刺客を相手にした後にミネルバとの連戦は流石に面倒だと判断したのか、Keyは周囲の状況を確認すると一瞬でマルクトを掻っ攫い俵持ちでその場を離れようとする。
それを幅もうとミネルバが周りこもうとするが、マルクトが投げ放った複数の二十面賽子のような物体…それらがそれぞれ閃光や煙幕、ネットや粘着物などのありとあらゆる妨害効果を発動し、ミネルバがその対処に回っている隙にKeyはマルクトと共にミネルバの知覚範囲外までを走り抜けた。
軽く額を拭ったKeyに、マルクトはどこかから取り出した2つの水筒の内片方をKeyに投げて寄越す。
「いや〜、災難だったね」
「ミネルバとは近いうちに決着をつけなければ行けませんね…あの厄介な神秘の特性と秘儀を攻略し退路を塞いで確実に滅ぼせる状況を作って…でなければ延々に補足されては散歩すら邪魔されかねません」
「1人でいる時にあれに絡まれるのは勘弁だけど、君と一緒ならまあ何とかなるし私は面白いけどね」
「冗談ではありませんよ…」
少しの休憩の後また追跡される前に早々に距離を取った2人が次に向かったのは、無数のオートマタやドローンが自立稼動して忙しなく物資の運搬などを行っている工業地帯の様な場所だった。
マルクトの案内に精神的に疲れていたが為に適当に従っていたKeyはここに連れてこられた瞬間眉間に皺を寄せ既に帰りたそうにしているが、それを無視してマルクトがKeyを引っ張りその地帯の奥地へと向かうと、1つの巨大な研究所のような建物が見えてくる。
そんなKeyの目線の先には、会いたくない相手が手を振っているのが見えて…
「おぉ!来たかKey!今日こそその器を解体させる気になったか!?」
「なる訳ないでしょう、あれだけ痛い目を見てもまだ足りないようですね…!」
上機嫌に手を振って建物の入口で待ち構えていたのは、精巧なオートマタを器としたマルクトの系譜に連なるAI、絶対者自立分析システムの役割を持って生み出された存在、デカグラマトン。
以前Keyを分解してその構造を解明しようと襲いかかったことがあり、それを返り討ちにするとますますKeyに興味を持って執拗に接近を繰り返したストーカーのような存在になってしまい、Keyからの好感度は非常に低い。
しかし技術力は本物で、マルクトは何か遊ぶ時や悪巧みをする時は勝手にKeyの情報と引き換えにすることで強力無比な発明品を得ていたりする。
「ハッハッハ!まあ今は私も手が込んでいるのでな!Keyを解体するのはまたの機会にしよう!」
「そんな機会は永遠に来ませんよ。今からでも貴女を電卓に変えても良いのですよ?それとも自販機が良かったですか?」
「君達仲良いね〜」
「貴女の目は節穴ですか?」
「照れることを言ってくれるではないか、マルクトよ」
「いつもお世話になってるしねー」
デカグラマトンと気安く接するマルクトに目眩がするような感覚を覚えたKeyはまた面倒事に巻き込まれる前にここを離れようとするが、もっとKeyにここにいて欲しいデカグラマトンはそれを止めようとKeyの前に立ち塞がった。
「今道を譲れば何もせずに見逃して上げても構いませんよ?」
「生憎、せっかく来ていただいた客をもてなしもせずに返すのは私の名が廃るのでね。もう暫く付き合って貰おうか…ついでに分析もな」
「あーもう…こうなるのが分かって連れてきましたね!マルクト!」
「てへぺろ」
問い詰めるも舌を出してウィンクするという舐めた態度で反省の色も無いマルクトに飛びかかろうとするも、デカグラマトンも乱闘に参加し一帯のオートマタやドローンも介入、結果主戦場となったデカグラマトンの研究所が後に消し飛ぶことになるのだが…デカグラマトンは良いデータが取れたと大喜びでまた新たな研究所を立て直すのだった。
「いやぁ、イベントに事欠かない一日だったね」
「貴女といると退屈しませんよ、良くも悪くも…」
「悪くもとは心外だね。波乱万丈に悪いことなんてないさ」
様々なことがあってまた天空のアトラ・ハシースへと帰ってきた2人は外郭の屋外に腰をかけ、日が落ちて影の刺した世界を見下ろした。
昼とはすっかり様相の変わったその光景はまた違った壮観さがあるが、Keyは興味無さそうにため息を吐くと余程精神的な疲労が溜まっているのか身体を大の字にして仰向けに寝転がり、空を見上げた。
「…この場所は地上からは遥かに高い場所だというのに、見上げれば果てしない世界がまだまだ広がっているものですね」
「どうしたの急にまた悟り開いたみたいなこと言い出して。そんなこと言いながら今日の夕飯のことでも考えてるんでしょ?」
「貴女は私をなんだと思っているのですか」
「そりゃあ、畏怖すべき名も無き神々の女王で───
───私のお友達かな?」
「…そんなものは不要です。ただでさえ貴女が関わるとろくな事がないというのを実感したばかりだと言うのに」
「あ、酷〜い!別に私が居なくても刺客が来たりミネルバに絡まれるのはいつものことでしょ!」
「はいはい、疫病神は私ですよ」
「そういう事じゃなくてさぁ…」
素っ気ない態度で突き放すように言うKeyにマルクトは頬を膨らませて抗議するが、とぼけたように言うKeyに気勢を削がれ肩を竦めると、Keyの横に並んで仰向けに寝っ転がった。
「こうなったら腐れ縁だよ!絶対にKeyにも楽しくて面白い生き方の良さを分かってもらうんだから!」
「ご自由にどうぞ。但しやるからには私を飽きさせないようにしてくださいね…でなければ、退屈のあまり貴女を消してしまうかもしれませんから」
「それは…スリルがあって面白そうだね」
「…本当に、貴女は変な人ですね」
名も無き神々の女王は孤高であり、孤独な絶対者だ。
とはいえ…そんな彼女にも、悪友や好敵手、ストーカーなどの傍迷惑な絆(?)は、確かに存在していたのだ。
もっとも、後世になってそれに振り回される者達からすればたまったものでは無いのだが。
もう少し長くなる予定でしたが凄まじい眠気に襲われ予定より短くなってしまいました
その内加筆するかもです