朝の薄ら寒い空気の中、閑静な街中を走っていたバスがある場所で停車し、バスからは大きなリュックとキャリーケースを携えた小柄な少女が降りてくる。
そんな少女を出迎えたのは、電動式らしい車椅子に腰掛けお手伝いロボットとドローンを一機ずつ従えた真っ白という言葉が良く似合う女性だった。
「はじめまして、小鳥遊ホシノさん。私はあなたの監督官である明星ヒマリと申します」
「…どうも」
「さあ、まずは荷物を整理しに行きましょうか。寮に案内しますので着いてきてください」
「…」
ウィーンと駆動音を立ててスムーズに進んでいくヒマリの姿はなんともシュールだが、敢えてそれを口に出すことはせずショートのピンク髪にオッドアイが特徴的な少女…ホシノもその後を追う。
一帯は普段部外者を立ち入り禁止にしているだけあってキヴォトスとは思えない程に静かで、都心部の方の喧騒を知っているホシノはなんとも過ごしやすい場所だと関心しながら周囲を見回す。
そして暫く歩いた後、落ち着いた雰囲気の寮に案内されたホシノは指定された自室に荷物を運び込み、休憩がてら寮の中を探索しようと部屋を出ると…
「…おや、はじめましてでしょうか?」
「うん…?君は…」
「噂は聞いていますよ、小鳥遊ホシノさん。私はあなたと同じ特異現象捜査部中等部1年、氷室セナと申します。同期としてよろしくお願いしますね」
「そ、そう…」
部屋を出てホシノがばったりと出会したのは、2本の角と白い髪が目立つ端麗な少女、氷室セナだった。
セナの挨拶に会釈で返したホシノは、少し間を置いて引っ掛かりを覚える。
「…噂?私何かしたっけ?」
「界隈では有名ですよ。生まれた時点でその膨大な神秘を特異現象捜査部が感知して囲い込みに走ったと。同期にこんな天才がいると自信をなくしてしまいそうです」
「えーと…ごめん?」
「別に謝る必要はありませんよ。私自身人助けが出来ればその辺の拘りなんてありませんし」
嫌味でもなくそう言ってのけるセナにマイペースな人だなと若干困惑したホシノだったが、特に反りが合わない相手でもなさそうなのでこれなら特異現象捜査部での活動も問題なさそうだと、今はこれからの事に目を向けることにした。
1度セナと別れてから寮内の探索を終え、暫くしてヒマリがセナと共にホシノを呼びつけて次に案内されたのは、特異現象捜査部の本部となりこれからホシノが特異現象や神秘を学ぶ場となるオフィスビル…S.C.H.A.L.E。
「平日は毎朝ここに登校してくださいね。お2人は初等部の頃からスカウトを受けてある程度の知識は身についているかと思いますが、実際に任務を受けるに当たっての心得は幾ら積み重ねがあっても足りませんので」
「特異現象捜査部の本部と言うくらいですからどれほどのものかと思いましたが、案外普通のビルって感じですね」
「設備とかケチってませんよね?医療器具とかろくに取り揃えてないようでしたらデモも辞さないですけど」
「初日からここまで生意気な生徒も久しいですが…まあ良いでしょう。人命に関わる場なのでセナさんの懸念は問題ありませんよ。さて…では中を案内しましょう。これからのお2人が過ごしていくS.C.H.A.L.Eを」
ズケズケ言ってくるホシノとセナにまた面倒くさそうなのが入部してきたと眉間を抑えるヒマリ。
今後頭を抱えさせられることになりそうだという予感を感じながらも、可愛い後輩を導くのも監督官の務めだと決意を新たに、2人の案内を続ける。
その後は建物内の様々な施設や部屋…教室は勿論購買から医務室、監督オペレーターの管制室や休憩所までを一通り見て回ったところでまた教室に戻り、ヒマリは2人を席に着かせると自分は教壇の前に移動した。
「では初めに、ホシノさん。特異現象とはどういうものなのかはご存知ですね?」
「はい。多くは人の肉体から抜け出した激情が神秘を取り込んで具現化したもので、そういったものは複製特異体と呼ばれています。今現在キヴォトスで発生する特異現象の中でも最も多いものがこれですね」
「その通り。キヴォトス各地で発生する変死体や行方不明者の大半は特異現象による被害を受けたものとされており、その発生は近年増加傾向にあるとされています。これは人口増加などが起因しますね。では次にセナさん、こうした特異現象に対して私達特異現象捜査部がどのような活動で抑制しているかは知っていますか?」
「神秘で形作られる特異現象には同じく神秘で対抗する。ここの方々が特異現象と戦い、神秘を用いて鎮めることでそれを行っています」
「はい、よく出来ました。そんな神秘をもって特異現象に立ち向かうこの特異現象捜査部にお2人は入部した訳ですが、当然ながら中等部の内は任務に赴くことが出来ず基本的な運動能力の工場や神秘の取り扱いについてを学ぶ時期となります…本来ならば、ですが…」
「…というのは?」
特異現象捜査部で活動するに当たっての確認をしたヒマリは次に任務についての説明を始めようとするが、何か思うところがあるのか言葉を濁した。
その様子に疑問を持ったホシノとセナは顔を見合わせて首を傾げ、業を煮やしたセナが何事かと問いかける。
問いを受けたヒマリは険しい表情で眉間を揉むと、おずおずと話題を切り出した。
「特異現象捜査部の規定において実際の任務を受けられるのは高等部から…或いは中等部でも4級の資格を与えられると様々なサポートの元で任務に赴くことが出来るのです」
「ああ、それなら聞いたことはありますよ。例のトリニティの方の”特級”も中等部から活躍していたと聞きますし」
「えぇ、才能の世界ですから珍しいことではありますが、現れる時は現れるのでこちらも柔軟な対応を取っています。問題なのは…連邦生徒会より、ホシノさんには既に1級の資格が与えられている事です」
「「!」」
ヒマリの懸念に、ホシノとセナも流石に驚きを隠せなかった。
斜め上に外れた力を持つ特級は置いておくとして、特異現象捜査部における生徒に与えられる”1級”とは実質的な最上位の資格だ。
それを入部したての中等部の生徒に与えるなど正気の沙汰ではない。
「何より私が憂いているのは、1級の資格を与えられたということは割り振られる任務もそれに相当した危険度のものになるということです。万年人材不足ですから、強い生徒には出来るだけ危険な任務を当て、未熟な生徒にそのお鉢が回らないようにという配慮ですが…流石に今のホシノさんにそれを背負わせるのはあまりにも…」
「…まあ、私は別に構わないですけどね」
「…良いのですか?何があるかも分からない死と隣り合わせの活動、幾ら腕に自信があっても死ぬ時はあっさりと死ぬものです」
「死にませんよ、私は」
「…分かりました。では早速明日ホシノさんに指名する形で連邦生徒会から任務の指令が出ています。大方早期にその力を把握しておきたいのでしょう。一応確認しますが神秘を取り扱う訓練は?」
「初等部の内に粗方」
「結構。こちらもサポートしますし、手が空いている方を同行させますので、適度に気を抜きながら挑んでくださいね。さて…次はセナさんの方ですか。確か後方支援を希望でしたよね?」
「はい。医療知識には一過言あるつもりです。それに、これでも一芸もありますし」
「私達としてもセナさんのような才能はホシノさんとはまた別の形で非常に貴重な人材ですので、それを活かせるような環境を整えさせていただきます。それと…明日のホシノさんの任務、良ければバックアップがてら見学してみますか?前線に出す訳では無いですけど、現場の空気感を知るのも良い経験になるでしょうし。勿論手厚く保護しますよ」
「…そうですね、ホシノさんの神秘や『ウジャトの目』には興味がありますしね。こういった経験は早い内に積んで起きたいとは思ってましたので、宜しければ同行させてください」
「この秘儀もそんな面白いものでも無いと思いますけどね…」
妙な期待がかけられている気がしてホシノは面倒臭そうにボヤく。
そんな確認や今後の活動内容、その他説明等を一通り受けた所で午前が過ぎたホシノとセナは、今日はゆっくり休んで明日に備えるように寮に返され、用意された昼食を食べ終わった2人は特にすることも無く談話室で過ごしていた。
ホシノは広い床に持ってきていた装備を広げてそのメンテナンスを、セナはその様子が気になるのかチラチラと横目に見ながら医学書に目を通している。
ホシノの作業音とセナが本をめくる音だけが静かに部屋に響く中、先に口を開いたのはセナだった。
「…ホシノさんは何故特異現象捜査部に?」
「…さっきヒマリさんが言ってたみたいにスカウトがあったからですよ。まあ厳密には、ここに入る為に育てられてきたみたいなものですが。小さい頃からですね、知らない人がよく周りにいて、親がいない時はその人達が代わりに私の世話をしていました。初等部になると神秘の取り扱いについて厳しく指導されて、小学校には通えてましたが放課後友達と遊ぶ時間なんてありませんでしたよ。誰も彼も私の秘儀がどうたら神秘がどうたら…それにしか興味が無いんです。それはあなたも、じゃないですか?」
「…否定はしません。そもそも小鳥遊ホシノと言えば無敵と謳われる秘儀である『ウジャトの目』と生まれながらにしてキヴォトスでも
「まあそうでしょうね。今のは私が意地悪な言い方をしました。気を悪くしたらすみません」
「お気になさらず。あなたほどではありませんが私も周囲に特別視されて生きてきましたからね。その気持ちが分からない訳ではありませんよ」
話に興が乗ったのか、セナは読んでいた医学書に栞を挟んで横に置くとホシノの方へと向き直る。
ホシノも装備を弄る手を止めて、これから短くない付き合いになるだろう同級生のことを少しづつ知っていくためにそれに付き合ったのだった。
「昨晩はよく寝れましたか?入部早々連邦生徒会の下水道役人達のせいで大変でしょうが、どうか無理のないように励んでくださいね。あの連中は現場を見下す癖に小言ばかりは一丁前なんですから…」
「ヒマリさんストレスが溜まっているのなら誰かしらに相談するなりして発散することをおすすめします。有名なカウンセラーでも紹介しましょうか?」
「そんなにカッカしてると肌荒れしますよ」
「余計なお世話です。これでも毎日美容には気を使ってるので…ではなくてですね」
翌日、早朝から集まったホシノとセナは説明の最中に茶々を入れたりと生意気な態度を取るも、ヒマリはそれを2人が得に緊張していないからこそだと認識して話を続ける。
移動は監督オペレーターが操縦する車で行うこと、現場に降ろす結界について、今回の特異現象とその被害について…そして、今回2人のサポートをする同行者について。
「お2人の先輩となる方を呼んでいますので、到着後はセナさんは監督オペレーターの方に従って待機、ホシノさんはその先輩の方に従いつつ現場に踏み込んでください」
「先輩…ですか。まだ姿が見えないようですが」
「…遅いですね。まあ少し気が抜けた子なので寝坊か何かでしょう…っと、噂をすれば」
ヒマリがホシノとセナの後方を見遣り、それに釣られて2人が振り返ると───
「ごめんなさあぁぁい!」
バタバタと騒がしく駆けてきたのは、緑がかった薄い水色の長い髪が特徴的な少女…というには、やたらと発育の良さが目立つ人物。
少女はホシノ達の目の前で地面を靴底で擦るように急ブレーキをかけて止まると、勢いよく腰を折り頭を下げた。
「ごめんなさいヒマリさん!目覚まし時計のセットを忘れて寝坊しました!」
「まあまあ、まだそこまで大きく時間をオーバーしてるわけでもありませんし、ホシノさんとセナさんへの説明の時間も含めれば丁度いいぐらいですよ。それより、急ぐのは良いですけどちゃんと準備はして来れましたか?」
「は、はい!装備とか荷物とか…ご飯もベーコン入りの卵焼きとお味噌汁を!」
「ちゃんとご飯も食べれて偉いですね…偉いですけど普通そういう時は食事を抜かしてでも急ぐ場面だと思うんですけどね。いや良いんですけど」
「ひぃん…」
一見穏やかな笑顔で諭すヒマリだが、その奥に熊でも怯みそうな威圧感を孕み、それを感じ取ったのか少女は助けを求めるようにホシノとセナの方に視線を向けるが、当然のように顔を背けられてしまう。
その様子を見たヒマリは嘆息すると、空気を切り替えるように手を叩いた。
「お説教はまた後でするとして…まずは自己紹介から初めては如何ですか?」
「そ、そうですよね…おほん!えっと、私は特異現象捜査部の中等部2年生、”梔子ユメ”だよ!よろしくね!」
「…中等部?高等部の方じゃないんですか?」
「ホシノさん、確かに中等部の方とは思えないような発育の暴力ですけどいきなりそんなことを聞くのはどうかと」
「いやそういうことを言ってるのではなくて…!」
「そ、そんな…私だって気にしてるのに…」
「ですから違いますって!普通引率の先輩が来るなら高等部の人なんじゃないかって話です!」
「ユメさんもホシノさんと同じく中等部時点で任務を受けられるだけの資格を得てる優秀な生徒ですからね。こんなのでも」
「それは凄いですね。こんなのでも」
「まあしっかりしてくれるなら誰でも良いですけど…こんなのでも」
「皆酷くない!?」
登場早々息のあった弄りに既に涙目を浮かべ頼りない雰囲気を醸し出している少女こと梔子ユメ。
しかし日頃からこの調子なのか扱いを熟知しているらしいヒマリは咳払い1つで空気を流すと、ユメからの抗議を無視して話を進め、装備をトランクに詰めると3人を車へと押し込んだ。
まだ何か言いたげなユメだったが勢いに流され渋々大人しくシートベルトを締め、全員の準備が出来たことを確認した所で操縦席の監督オペレーターは車を発進する。
暫く車に揺られ無言が続き気まずくなっていたところに、空気を読んだユメはまずはホシノ達と仲良くなりたいと声をかけることにした。
「えっと…その、ホシノちゃんとセナちゃんだったよね…?噂は聞いたよ!2人とも凄いんだってね!」
「そうですか。噂とは凄いですね…はぁ…」
「あ、あれぇ…?」
「ユメ先輩、その下り昨日私がやりましたので変わり映えのある話をしていただけると…」
「それって私が悪いの!?」
「別に気にしてませんよ。それよりも、私は先輩の話も聞きたいですけどね。あまり他人に興味がなかったのでその辺の話題に鈍いんです」
「そう…じゃあ、好きな物の話とかしよっか?私は可愛いものかな!」
「今の時代初等部でもそんな話題振られても気まずいですよ」
「ご、ごめん…」
(…私が1番気まずいわ!)
と、運転している監督オペレーターが後方の空気感に内心ツッコミを入れる。
ユメも話題に困りオロオロとしている中、車窓の外を眺めていたセナが仕方がないと口を開いた。
「…私は医薬品や医療器具でしょうか。人の命を救うことが出来る素晴らしい発明です」
「っ!そうなんだ!セナちゃんは今回サポートなんだよね?ってことはお医者さんとかの志望なの?」
「まあ、はい。自分の命を危険に晒してまで多くの方を守るために活動する特異現象捜査部の方々は尊敬していますので、そんな方々が怪我をした時に治療してあげたいと思いここに入部しましたので」
「そっかぁ…セナちゃんは立派なんだね!もし私が怪我したら、その時はよろしくお願い!」
「まあ、誰も怪我しないのならそれに越したことはありませんけど」
「…私は水族館に行くのが好きです」
「…!ホシノちゃんっ!」
「うぶっ…いや答えただけなのになんでっ…!?」
セナの話を聞き何故か自分の事のように嬉しそうにするユメ。
そんな2人の交流を横で聞いていたホシノは意地悪に振る舞う自分を馬鹿らしく思ったのか、ホシノも改めてユメの質問に答える。
すると、何が琴線に触れたのか感極まったようにユメはホシノに抱き着き、豊かな胸部にホシノの顔が埋められる。
「ちょっ…近っ、これ苦しっ…離して、離してください…!」
「そのくらいにしてあげてくださいユメ先輩」
「はっ!?ホシノちゃん大丈夫!?酷い…誰がこんなことを…!」
「鳥頭かなんかですかあなたは…」
セナに指摘されてようやくホシノを解放したユメだったが、すっとぼけたことを言い始めるのでホシノが顔を真っ赤にして睨みつけると、冗談だとでも言うようにユメはクスッと笑った。
車内の空気が柔らかくなってきたことに運転手の監督オペレーターは胸を撫で下ろすと、安全運転を心がけながらも車の速度を上げて目的地へ急行するのだった。
車で移動すること小一時間。
その間もお互いの身の上話や世間話で3人が交流しある程度の理解をしあった所で目的地に到着し、降車した先にあったのはD.U.の郊外にある廃墟街だった。
スラムやブラックマーケットでも見ないような寂れた様子にセナは若干身を硬くするが、現場経験は確かに踏んでいるユメと元より肝が座っているホシノは少し進んで周囲の様子を確認し始める。
さっさと奥まで進んで行ってしまいそうな2人に、監督オペレーターは慌てて声をかけた。
「まだ結界を降ろしてないんで進み過ぎないでくださいよー!?」
「分かってるよ。可愛い後輩がいるんだから、安全確認はしっかりとしないとね!ホシノちゃんも待ってて良いんだよ?」
「先輩トロそうですし私が着いていた方が確実かと」
「え…私ってそんなに信用なさそうに見える…?」
「そりゃあなんだかんだ第一印象が寝坊の人ですし」
「ひぃん…」
「大丈夫でしょうか、あの2人」
「まあユメさんもまだ中等部2年とはいえそれなりの回数任務に出て場馴れしてますし…ホシノさんはあの『ウジャトの目』を持つ方ですから大丈夫でしょう」
「…」
「っと、私も仕事をしなければ…セナさんは私から離れないように。前線の方ほどではありませんが、低級の特異体ぐらいからならばお守りしますよ!」
「そうですか…でしたら怪我でも精神疾患でも何かしらを患ったら私に相談してくださいね」
「あはは…ではその時に…ユメさーん!もう良いですかー!?」
「あ、うん!今戻るよ!ホシノちゃん、一旦このくらいにしよっか」
「…はい」
少し先の様子を見てセナ達に危険が及ぶようなことはないことを確認したホシノとユメは一旦合流すると、改めて監督オペレーターが廃墟街を包み込むように結界を降ろす。
これにより外部からは結界内の特異現象や神秘を知覚することが出来なくなり、万が一にも内部の出来事が部外者に漏れるリスクを低減することができ、結界内に潜んでいる特異現象を炙り出す効果も発揮する。
「今回はセナさんには現場の雰囲気や活動の様子を知ってもらうためにモニター越しに見学していただくので、ユメさんは事前に貸し出されたカメラを起動してください」
「うん…よし、オーケーだよ!」
「ホシノさんは何かあった時は遠慮なくユメさんに頼ってくださいね」
「分かりました…では行きましょうか」
「あ、ホシノちゃん待って〜!?」
監督オペレーターからの最終確認が済むや否や、早足で廃墟街の奥の方へと進んで行くホシノをユメも慌てて追いかける。
そんな2人の後ろ姿を見送った瀬名と監督オペレーターは一抹の不安を覚えながらもモニターからその様子を見守ることにした。
「それにしても、ホシノちゃんは怖くないの?私なんて最初任務に駆り出された時はビクビクしっぱなしだったのに…あの時はシュン先輩が引率だったから終始世話されっぱなしだったなぁ」
監督オペレーターが降ろした結界、それにより炙り出された特異体の気配を追って廃墟街を進んで行くホシノとユメ。
ユメは警戒はホシノに任せても良いと判断したのか、気楽な様子でそう話題を振った。
「特異体を鎮めるだけなら初等部の頃から経験自体はしてますからね。失礼を承知で言うと私の方が先輩より強いですよ」
「う〜ん、それはどうかな?確かにぶっちゃけちゃうとホシノちゃんの方が神秘も多いし秘儀も多分…だけど、私はホシノちゃんに出来ないことが出来ると思うんだ」
「?」
「得意分野がバラけるのは良いよ〜?私とホシノちゃんがコンビなんて組んだら無敵かもね!」
「今回だけの付き合いでしょうに…いえそういえば、先輩の秘儀って結局なんなんですか?」
「お、良く聞いてくれたね!なんとなんと〜…あの『特異操術』だよ!」
「…!」
胸を張って答えるユメに、ホシノは素直に驚嘆した。
『特異操術』といえば特異体を調伏して取り込み、自分の手駒として使役することが可能になる秘儀で、使いようによっては無限に戦力を拡充し単独で軍隊規模の特異体を所持できるようになるという希少かつ強力な秘儀の1つだ。
「…なんでしょう、先輩がそれを使えても逆に使役する特異体にこき使われてるイメージが思い浮かんで来るんですけど…」
「なんでぇ!?」
しかしやはりユメの頼りない雰囲気からイマイチその凄さが理解出来ないホシノはここは自分がしっかりしなければと、先輩後輩の立場はどこへやら、自分がリードして行こうという責任感を抱き始める。
逆にいつまで経っても尊敬してくれないホシノに自分自身へ危機感を覚えたユメは先輩らしいところを見せようと躍起になり、どうやって凄さをアピールしようかとシュミレートを始めた。
そんなこんなですれ違う2人は暫くして特異現象が潜んでいると思われる1つの廃ビルへと辿り着いた。
「…2級の特異体でしたっけ?」
「そうだね。まあ問題ないよ、さっさと終わらせちゃおう!ちょっと待っててね…せーの!」
「!」
廃ビルへと突入しようとしたホシノだが、それより先にユメが秘儀を発動した。
そうして現れたのは…ガスマスクを着けた修道女のような姿をした10体程の特異体。
主にトリニティに現れるという複製特異体の一種、『ユスティナ』だった。
ユスティナの特異体はユメが口頭で指示を出すまでもなく廃ビル内へと踏み込んで行き、内部の探索を始めた。
「これが特異操術…」
「人海戦術で私の右に出る人は多分居ないよ。ホシノちゃんだって、分身でも出来なければ真似出来ないでしょ?」
「それはそうですが…あれらへの命令は殲滅ですか?」
「ううん、せっかくホシノちゃんが頑張りたそうだし外に誘き出して貰うんだ。危なくなったら助けるけど、1人で頑張れそう?」
「…問題ありません。お返しに私の凄さも見せてあげますよ」
そう言うとホシノは元々片手に構えていたショットガンに加えもう片手にハンドガンを持つと、廃ビル内から銃声が聞こえたのを確認して腰を低く落とす。
それから少しの間を置き…
「ふんっ!」
ロケットのように跳躍するホシノ。
その先には、ユスティナの追撃から逃れるために壁を破壊して廃ビルから脱出した巨大な蝿のような特異体が姿を現した。
その直後に跳躍したホシノが特異体に飛びつくと、特異体は暴れて身体を揺するもそれをものともせず、足の力だけで特異体の身体の突起に捕まりぶら下がったホシノは両手の銃の銃口を直接特異体の身体に押し当て、引き金を引く。
通常の銃火器ならば特異体へダメージを与えるには有効では無いが…現在のキヴォトスにおいて最強と称されるホシノの神秘。
それが込められた弾の威力は推して知るべし。
放たれた弾丸は特異体の身体を簡単に貫通すると、身体の反対側までに突き抜けて体内を破壊した。
苦痛に悶える特異体は空中で身を捩り身体を振り回し、ホシノと共に地上へと落下する。
その衝撃で勢いよく土煙が上がった場所に駆け寄ったユメは周囲にユスティナを呼び戻して警戒させつつ土煙の奥に注意を凝らし…
「…なんてことないですね」
土煙が晴れた先にはボロボロと崩れるようにして消滅する特異体と、無傷のホシノが現れる。
その姿を見てホッと息をついたユメはユスティナ達に構えを解かせゆっくりとホシノに近づいた。
「あの高さからあの勢いで落ちても身体どころか服にも傷がないなんて、凄いね」
「『ウジャトの目』の再生を利用した擬似的な不変です。まあそっちがなくてもあれくらいなら神秘での強化だけで十分でしたけど」
「神秘の取り扱いももうそんなに…すっごく頑張ってそこまで鍛えたんだね、ホシノちゃんは」
「…」
「うん?どうかしたの?」
「いえ、何でも…確認されていた特異体の数は一体だけでしたし、他に気配もありませんし…戻りましょう」
「う、うん」
純粋な賞賛を口にするユメに、しかしどこか浮かない表情を浮かべるホシノ。
その様子を疑問に思うユメだったが、セナや監督オペレーターと合流しようとするホシノに着いていこうとして───
ズドンッ
「「っ!?」」
突如として、廃墟街全体を揺らすような地響きが襲い掛かる。
それにより転びそうになったユメを支えつつ周囲に警戒を張り巡らせるホシノは、地面の揺れが段々と激しくなっていることから巨大な
「先輩、何でもいいから周囲にばらまいて監視させてください!」
「い、今やってるよ!でも、これって…」
「…っ!まさか、下…!?」
接近してきている存在の正体を探るためにマンタのような特異体を上空に飛ばしたユメだったが、特に何も引っかからないことから接近している存在の位置を察し、同じくホシノもそれに気が付くとユメを抱き抱えて咄嗟にその場から飛び退いた。
そして次の瞬間───地面が裂け、その狭間から伸びた爪が大地を割って、巨大な存在が姿を現した。
現れたのは、全身機械の巨大な体躯にパイルバンカーや大型の砲台、ミサイルポッドやその他多数の武装を搭載した四脚の特異体。
それが現れたのは、本当にただの偶然に過ぎない。
キヴォトス各地を神出鬼没に移動し、突如現れては周囲の全てを壊滅させる災害の如き存在。
その災害が、たまたま2人に降りかかっただけなのだ。
「あれは…」
『2人とも!直ぐに撤退してください!そいつは特級神名特異体、”ゲブラ”です!特異現象捜査部が存在を把握しながらも鎮める事の出来なかった怪物!あなた達の手に負える相手ではありません!これは命令です!今すぐ撤退してください!』
無線から、ユメが持っていたカメラを通して状況を見守っていた監督オペレーターの声が響く。
それを聞いたホシノとユメは、しかしそれを無視して戦闘態勢に入った。
「あれは…ヤバいですよね?」
「特異体の中でも特級を冠してるやつだからね。安定して鎮られるとしたら同じ特級の人…今だと聖園さんぐらいかな?でもあの人基本連絡取れないらしいし…ここでなんとかするしかないかもね」
「いや先輩は引いて構いませんよ。私だけで大丈夫です」
「そうはいかないよ!私だって先輩だもん!ホシノちゃんだけに任せて逃げるなんて情けないこと、出来るわけないでしょ!」
「…邪魔なんですよ」
「!」
目の前の怪物…ゲブラと戦う気満々のユメに、ホシノはそう吐き捨てる。
それを聞いたユメは一瞬驚いたように肩を跳ねさせたが、直後にゲブラの方から響いた駆動音にそれどころではなくなってしまう。
ゲブラは右肩に当たる部分に備えた巨大な砲台の先に光を収束させると、それを解き放ち直線上の廃墟街を尽く凍結させてしまった。
ホシノとユメはそれぞれ左右に避け、最初にホシノは跳躍するとゲブラの頭部と思われる部位まで飛び上がりそこに銃弾を打ち込もうとして…ゲブラが搭載するミサイルポッドから放たれたミサイルがホシノに直撃し、向かいの廃ビルまで吹き飛ばしてしまう。
「ホシノちゃんっ…!この、悪い子はめっ!だからね!」
続いて次々と放たれてはユメを狙って追尾してくるミサイルを、マンタのような特異体に足をかけ上空に飛び上がることでユメは逃れようとする。
それを追って追跡してくるミサイルは拳銃で撃ち落として対処すると、ゲブラの真上まで移動し新たな特異体を呼び出した。
「行っけぇ!大鼠ちゃん!」
ゲブラに向けて直上から落下させたのは下手な小屋より大きい巨大な鼠の特異体。
それはただ落下させるだけでも十分な破壊力を発揮する質量爆弾としてゲブラの頭上に直撃し、ゲブラの巨躯を傾けさせる。
そこに追撃させようと、地上に残していたユスティナ達に一斉攻撃を思念で命じさせた。
が…
「…やっぱり、この程度じゃ駄目だよねぇ…」
ゲブラの強靭な装甲にはユスティナ達の射撃ではまるで歯が立たず、ゲブラは重量をかける鼠の特異体を振り落とすと搭載していたパイルバンカーの一撃で粉々に粉砕する。
更に再びミサイルを発射し、周囲を取り囲んでいたユスティナもまとめて消し飛ばした。
このままでは削りきれないと頭を悩ませるユメだったが、そんな時ホシノが吹き飛ばされていた廃ビルが崩壊したのを目にした。
「よくも、やってくれましたね…!」
「ホシノちゃん!無事!?」
「こんなやつの攻撃効きやしませんよ!」
ビルを崩壊させる程の跳躍で意気揚々と復帰してきたホシノはゲブラの足元を狙って射撃すると、ゲブラが掘り進んでいた為に地下に空洞ができ脆くなっていた地面が崩れてゲブラの体勢が崩れる。
その隙に一気に距離を詰め、ホシノはゲブラの背中へと飛び乗った。
そして懐から取り出した3つの爆弾…磁力で相手の兵器等に張り付く機能を持った爆弾をゲブラの背中の武装に取り付け、それらを起爆させる。
爆弾にもホシノの神秘が込められており、引き上げられた威力はゲブラの武装を幾つか破壊して見せた。
だが、それでもまだ足りない。
爆発に怯んだゲブラだったがその巨躯からは考えられないアクロバティックな動きで飛び上がると、背中から近くの廃ビルへと突撃しホシノを押し潰そうとした。
対してホシノは自分から廃ビルの内部に突入するとゲブラの衝突によって崩壊しながら傾く廃ビルの内部を駆け回り、真下にショットガンを放って階層を下の方までぶち抜くとそこを降り、外壁を滑るようにしながら地上に着地したゲブラの真正面辺りに出るように廃ビルから脱出すると、ゲブラの頭部に連続で射撃を叩き込んだ。
「っ…!全然倒し切れる気がしませんねこれ…!」
ホシノの射撃は確かにゲブラの強靭極まりない装甲にダメージを与えることには成功しているが、それでもあの巨躯からすればその損傷は微々たるもの。
ホシノは自分の実力には自信を持っており、どんな相手にだって負けないつもりでいた。
そして実際、ホシノがこのまま戦闘を継続してもゲブラに敗北することはないだろう。
だが逆に、ホシノがゲブラに打ち勝つことも難しい。
秘儀によって持久力、耐久力においては中等部1年にして既に無敵とも呼べるほどに極まってはいるが、今のホシノにはゲブラの耐久度を一気に削れるだけの火力を出す手段が無いのだ。
「…良いですよ、持久戦上等。死ぬまで付き合ってあげます!」
「ホシノちゃん!私を、頼って!」
「!?」
泥仕合覚悟でゲブラに挑もうと覚悟を決めるホシノだったが、そこにそこにユメが割り込んだ。
「何やってるんですか!先輩私より弱いじゃないですか!私が戦うのに邪魔ですからさっさと撤退してください!」
「確かにホシノちゃんならあいつに勝てるかもしれないけど…私はホシノちゃんの先輩だよ!だから…もっと私を信じてよぉ…!」
「…ユメ先輩の攻撃だって対してあいつに効いてなかったじゃないですか。無駄に使役する特異体を消費するぐらいならここは私に任せてください…っ!」
話の最中にもゲブラは容赦なく武装を展開し、大型の砲台からは直撃したものを凍結させる光線を、ミサイルポッドからは雨のようなミサイルを、両肩の機関銃を掃射して圧倒的な面制圧を行おうとする。
ホシノは凍結する光線だけ回避すると残りは被弾を無視しながら反撃し、ユメは近くの廃墟の陰に隠れ弾幕を凌ぐ。
「私だってね、ホシノちゃん…先輩としての責任があるんだから!私だって…凄いんだから!」
「何を…!?」
マンタのような特異体に乗ったユメは廃墟を遮蔽物に弾幕を回避しつつ移動するとゲブラの背後まで回り込み、足元を潜り抜けるように突っ込むとゲブラの真下を通過する直前、ユメは秘儀を発動し複数の妖怪のような姿をした特異体…稲生特異体を呼び出すと、それらをゲブラの腹部に当たる部分に張り付かせ…自爆させた。
爆発によって再び体勢が崩れ腹部から地面に倒れ込むゲブラに、ユメは更に無数のユスティナ、更に熊の着ぐるみのような姿をした複製特異体をありったけ展開すると、100は超えるであろうそれらに一斉射撃を命じる。
「いっけぇ!」
ユスティナが、熊のきぐるみのような特異体が、それらが持ち寄る武装が一斉に火を吹きゲブラを滅多打ちにして行く。
1発1発ではまともなダメージを与えられずとも、これだけ攻撃が積み重なれば確実にゲブラにもダメージを与えられる。
そうしたユメの奮闘に呆気にとられていたホシノは、我に返って今はゲブラを鎮めることが優先だと攻撃に加わった。
しかし、絶え間ない銃弾の嵐を煩わしく思ったのかゆっくりと体勢を立て直したゲブラはその怒りを解放するように周囲へ滅茶苦茶に武装を展開し、ミサイルや機関銃で一帯を吹き飛ばし、更地へと変えていく。
狂ったように暴走するゲブラの猛威に耐え兼ねたユメは一旦まだ鎮められていなかった特異体を回収すると、ホシノの元まで行きマンタのような特異体の上に乗せて一緒に上空へと飛び上がった。
「…便利ですねこれ」
「えへへ、そうでしょ?さっきも言ったみたいに、私にはホシノちゃんが出来ないことだって出来るんだから。だから、もっと私を信じて、頼って欲しいな」
「…分かりましたよ。そういえば監督オペレーターからの指示がさっきから来てないみたいですが…」
「あ、ごめん。煩くて通信オフにしてた」
「…そういうとこです。後で2人でたっぷりと怒られるとしましょうか」
「ひぃん…」
「さっきから思ってましたけど鳴き声が何かですかそれは…ほら次来ますよ!」
「う、うん!」
一帯を薙ぎ払ったゲブラは少しの間視線を巡らせると、上空にいたホシノとユメを感知してそれを撃墜しようと上空に武装を掃射する。
ユメはマンタのような特異体に指示を出し上手く避けさせつつ、回避しようのない攻撃はホシノが迎撃することでなんとか捌く。
しかしこのままでは決定打に欠くのは事実、とっくに監督オペレーターが救援を要請しているだろうが、ヘリで急行してくるにしても直ぐには来られないだろう。
勿論それまで耐え抜くのも良いが…
「ぶっちゃけ何人来たところで変わりませんでしょうし、私達で勝ちますよ、
「…うん!やろう!ホシノちゃん!」
初めて名前で呼ばれたことに気を良くしたユメはマンタのような特異体に自分の神秘を送って強化すると、速度を上げさせて縦横無尽なアクロバットの如き飛行でゲブラによる弾幕を潜り抜けていく。
その回避能力に自分がゲブラの攻撃を迎撃する必要が無くなったと判断したホシノは無茶苦茶なユメの移動にもピタリと合わせ、振り落とされないように注意しつつ的確に打ち下ろしてゲブラに攻撃を繰り返す。
「ですが、この調子だと日が暮れますね…!」
「やっぱり一発ドカンッ!ってやらないと駄目かな…仕方ないや、ホシノちゃん!あいつの動きを暫く固定させることって出来る!?」
「…任せてください。大きな隙を作れば良いんですね?」
何をするつもりなのかは分からずとも、ユメを信じることにしたホシノはマンタのような特異体から飛び降りるとゲブラの弾幕を受けつつその背中に飛び乗ろうとする。
だがゲブラも学習し、そうはさせまいと軽快な動きで後方に飛び退き、ホシノの着地点を狙って触れたものを凍結させる光線を放とうとした。
「やっべ…」
単純な物理攻撃には無敵でいる自信があるホシノだが、凍結ともなれば未だ食らったことが無いのでどうなるかは分からない。
死にはしないだろうが、身体の表面を固められると動きを止められてしまいかねず、そうなるとユメのサポートが出来なくなってしまうかもしれない。
そんな懸念がありつつも空中では避けることも出来ないとそれを受けるしかなくなり───
「ホシノちゃん!受け取って!」
「!」
そこに、ユメはずっと背負っていた鞄をホシノへと投擲した。
それはホシノの元へ向かう空中で変形すると、ホシノの小柄な身体をすっぽり覆えるほどの盾へと姿を変える。
ホシノはそれを受け取りその裏に身を隠した直後、ゲブラが光線を発射した。
一直線に全てを凍結させた光線を受けたホシノ。
ゲブラは確実にホシノを止めるために光線の出力を上げていく…が。
「うおりゃあぁぁぁぁ!」
盾を構えながら光線を突っ切ったホシノはゲブラの頭部にしがみつくと再び爆弾を貼り付けて起爆し、ゲブラが怯んだ所に莫大な神秘で強化した身体能力に任せたかかと落としを叩き込んでその巨躯を震わせる。
前のめりに体勢が崩れたゲブラに、今がチャンスだと上空に陣取っていたユメは秘儀を行使した。
「ナイスだよホシノちゃん!───極の番『うずまき』」
「極の番…!?」
それは、ユメが取り込んでいた特異体全てを神秘に変換し放出して相手にぶつける特異操術の奥義。
現時点でユメが取り込んでいる数百にも及ぶ特異体を一塊にしたその破壊力は言うまでもなく、ゲブラに対しても十分に有効なダメージを与えられるだろう。
だがそれは逆に特異操術の何よりの強みである手数を失うことになる諸刃の剣であり、まさに”切り札”。
ユメの背後に今まで取り込んできた特異体が渦を巻くように現れ、その中に濃密な神秘が集積されていく。
そしてそれがホシノに体勢が崩されたばかりで直ぐには回避行動を取れないゲブラに向けて放たれ───攻撃を察知したゲブラはバリアを展開してそれを防ごうとした。
「うっそぉ!?」
「いえ、私が破ります!」
『うずまき』ならばそのバリアも破れるだろうが、緩衝材となって威力が減衰されればゲブラを倒しきれないかもしれない。
そんな最悪の事態を避けるために、ホシノは展開されたバリアの上に飛び乗ると降下してくる『うずまき』がバリアに直撃する前に、自分が持っていた全ての爆弾を起動し…自分諸共巻き込む極大の爆発でバリアを粉砕した。
「ホシノちゃん!?」
「私には効かないので、自爆し得なんですよね」
何事も無かったかのように爆煙から離脱するホシノ。
そしてホシノが破壊したバリアを素通りした『うずまき』はようやく身を起こしたゲブラへと直撃し───ホシノの自爆を上回る特大の大爆発を起こし、破壊が伝搬して周囲の地盤をまとめて捲り上げた。
「…やった、かな?」
「それフラグなんですって…まだ気配はありますが、もう虫の息ですね。トドメを刺しましょう」
巨大なクレーターの底を見下ろすホシノとユメ。
その先には全身から煙を上げまともに動ける余力も無さそうに身じろぎするゲブラの姿があった。
今なら簡単に仕留められるとクレーターを降りようとしたホシノだったが…それをユメが肩を掴んで止めた。
「…ユメ先輩?」
「ホシノちゃん、ここは私に任せてもらっても良いかな?」
「は、はい…」
代わりに倒れ伏すゲブラの元まで降りたユメはその巨躯に手を触れ、確かめるようにペタペタと弄ると確信を持って頷いた。
「…うん、行ける!」
「…もしかしてですけど」
ユメが行ったのは、ホシノの予想通り”ゲブラの調伏”。
万全の状態ではどうしようもないが、ここまで弱らせれば特異操術によっての拿捕が可能となる。
そしてユメが秘儀を発動したことにより、あれだけの巨体を誇ったゲブラが小さな…野球ボールより一回り小さいぐらいの球体へと姿を変え、ユメはそれを自分の口に放り込んで飲み込んだ。
「…それ、喉に詰まりそうで見ててヒヤヒヤしますね…」
「ひゃひゃほへっほ」
「なんて?」
「んっ…ふぅ…大丈夫だよ。詰まるの
「そうですか…」
「それよりも、だよ!ホシノちゃん!」
「?」
急に語気を強めたユメにどうしたのかとホシノが聞こうとしたその時…ユメはホシノに飛びつくと、ぎゅーっとホシノを胸に抱きしめた。
「ひゅっ…ゆ、ユメ先輩…!?」
「やったよホシノちゃん!私達勝ったんだよ!」
「わ、分かりましたから離してください…!」
「特異現象捜査部がずっと勝てなかった特異体なのに!私達2人ならどんな相手にだって負けない…最強だよ!」
「…2人なら、最強…ですか…」
「…うん?どうしたの?」
胸に顔を沈められ藻掻いていたホシノだったが、それを聞くと途端にしんみりしたようになって抵抗する力が抜けた。
それを感じ取ったユメは1度ホシノを解放してそう聞くと、ホシノは昨日セナに話したものと同じ内容を語った。
自分の力だけが求められて、才能だけが価値と見なされた境遇を。
「私は…この力だけを認められて、今まで生きてきました。ですから、私はもし何かに力で負けるようなことがあればその存在を否定されてしまうんです。ですから、私は最強でなくちゃいけません…そんな私に、ユメ先輩は2人で最強だなんて言ってくれるんですね」
「…私はね、ホシノちゃん。例えホシノちゃんがか弱くても、大きくて怯えてばかりでいるような子でも、今と同じぐらい大好きになってたと思うよ」
「…今私の真逆で例えてました?誰がチビですか」
「ご、ごめん…えっと、とにかく!私はきっとどんなホシノちゃんでも大切で可愛い後輩で、先輩としての責任を果たす為に一生懸命に戦ったと思うよ」
「先輩としての責任、ですか?」
「うん。後輩を守って、導いて、元気でいてもらえるようにする…そんな先輩としての責任。せっかく仲良くなった子がいなくなっちゃうのは、嫌だから…」
「…いなくなったりなんてしませんよ。私達は”2人で最強”なんでしょう?誰にも負けませんし、ずっと一緒にいるでしょうし…それがきっと当たり前に続いて行きますよ」
「…ありがとう、ホシノちゃん」
ホシノの言葉に、改めてユメは感謝を伝えるように抱きしめた。
我ながらクサイことを言ってしまったと気恥ずかしくなったホシノはその抱擁に抵抗する気力も湧かず、黙ってそれを受け入れるのだった。
それから暫くして。
「さて、では監督オペレーターと合流しましょうか。そういえばユメ先輩、怪我とかは…ちょっと擦り傷がありますね。後でセナさんに処置してもらってくださいね」
「えへへっ、怒られるだろうなぁ、心配させちゃうだろうなぁ」
「こういうの初めてですけど、帰ったら反省書とか書かされるんでしょうか…ここは監督不行届って事で全部ユメ先輩のせいに出来ませんかね?」
「ホシノちゃん!?」
そんな馬鹿な会話を挟みつつセナと監督オペレーターが待っている場所に向かっていたホシノとユメだったが、その時今やすっかり壊滅した廃墟街を覆っていた結界が上がったのを確認した。
そしてその奥から、次々と飛んでくるヘリの姿やあちこちで聞こえるサイレンの音も。
「…大事になってるよねぇ…」
「まあもう解決したんですけど…中等部2人で特級の特異体を鎮められたとか普通思いませんでしょうし…あ」
「…ひぃん」
ホシノとユメの視線の先に待っていたのは、一見ニッコリとした表情の裏に般若の如き威圧感を孕み今にも殺しにかかってきそうな程の怒りが滲み出ているヒマリと、その横でオロオロとしている監督オペレーターだった。
ちなみにその後方でセナは呑気に水筒を啜り、ホシノ達の方を見て鼻で笑っていた。
その仕草にイラッとしたホシノだったが、そちらを気にする余裕もなく物凄い勢いで車椅子を走らせて詰め寄ってきたヒマリに気圧されて思わず後退りしてしまう。
「お2人とも、自分が何をやったのか分かっているのですか?」
「え、えっと…ユメ先輩、今こそ先輩としての責任を果たす時ですよ」
「ホシノちゃん!?」
「2人ともっ…!」
「「は、はい!」」
ヒマリにしては珍しい大声に思わず背筋を正したホシノとユメ。
このまま当分お説教コースに突入かと2人は身構えて───
「良かった…本当に、無事で安心しました…!」
「…ヒマリ、さん?」
「え、えっとぉ…」
車椅子を進めて近づいたヒマリは、両手で2人を抱きしめるようにして声をうわずらせていた。
その普段からは考えられない様子に困惑したホシノとユメだったが、少しして2人を離したヒマリは2人に見せないように顔を背けながら目元を拭うと、一息ついて向き直る。
「本当に、心配しましたよ。何故監督オペレーターの指示に従わずに交戦を続けたんですか?」
「そ、それは…」
「最初からあれは私達を攻撃するつもりで出現していました。もし逃げていても追撃を受けて余計な被害を増やしていただけでしょう。私は今回の判断が間違ったものでは無いと確信しています」
「…まあ、そうでしょう。何も考えずに撤退しなかった事は正解です。ですが、どれだけ理路整然とした判断だったとしてもそれを案じる人がいるということは忘れないでください」
「…はい」
「ごめんなさい…」
「はぁ…ホシノさんは…本当に無傷ですね。ユメさんは少し怪我がありますか。特異現象捜査部お抱えの医療班も来てますし、せっかくですからセナさんの現場実習の為にも応急処置ぐらい受けてきてくださいね」
「わ、分かりました…その、また後でね、ホシノちゃん」
「はい、ユメ先輩」
軽い擦り傷ではあるが念の為処置を受けに行ったユメを見送るホシノ。
そんなホシノの様子を見て、ヒマリは何か面白いものでも見たかのようにクスリと笑った。
「…なんですか?」
「随分、ユメさんに心を開いたように見えますね。今回の任務の間に何か…まあ、共に力を合わせて特級特異体を鎮めたとなれば絆が芽生えるのも不思議ではありませんが」
「…そんなものじゃ、ありませんよ。ただ、そうですね…」
「…?」
「ここに”最強”が爆誕したってだけですよ」
これまでの仏頂面から、少し茶目っ気のある、年相応の悪戯っ子のような笑みを浮かべてホシノはそう答えたのだった。
備考
ホシノ…この時点では反転や領域も無く、本編のような身体能力も引き出せないので圧倒的火力不足。
一応ずっと戦っていればいつかはゲブラにも勝てるが、その前にゲブラが撤退して逃げられる。
ちなみにこの頃は秘儀の対象も自分と身につけている衣服や武装にしか設定出来ず、まだ他人を再生したりその辺のものに不変を付与することも出来ない。
ユメ…この時点では相応に実力を見込まれてはいたがまだそこまで重要視されていなかった。
特級であるゲブラを取り込んだことで一気に重要度が跳ね上がり、直ぐに1級にまで階級が引き上げられる。
この後はホシノと共に任務に出て消費した特異体を集め直しつつ着々と特級への道を登っていく。
セナ…割と本編でも陰は薄いがホシノとは結構仲が良く、出会った当初からそれなりに打ち解けていた。
この頃はまだお茶目な1面もそれなりに多く見せる。
ヒマリ…当時は1年の担任である監督官。
現役時代の怪我で一線を退いたので、この頃から車椅子生活。
ところで本編のヒマリって何歳(ry
監督オペレーターちゃん…名無しのモブ。
今回割と苦労していた。
多分正実モブみたいな見た目してる。