誰が言ったか、”人生とは選択の連続である”らしい。
なるほど、実に的を得ていると言える。
人は日々選択を迫られ、別れ道を判断して進んで来ている。
「あの時別の道を進んでいたら、いったいどうなっていたのだろう?」と考えたことがある者は多いだろう。
未来のことは誰にも分からないように、過去に選ばなかった選択の先を知る術もない。
人は自分の選んだ選択を受け入れ、それが過ちであったか否かを確かめることも出来ずに前に進み続けることしか出来ないのだ。
決して、後戻りすることは出来ない。
だからこそ、その選択を後悔してはいけない。
辿り着いた結末がどのようなものであれ、選び続けて来た数々の選択には、きっと自分の「信じよう」という願いが詰まっているから。
「『同じ状況、同じ選択』著:第十三代連邦生徒会長。彼の人が書いた論文の一節だね。要は自分の選択を大切にしよう!って話なんだけど…でもやっぱり別の方を選んどけば良かったー!ってなる事の方が多いと思うんだよね」
「聖園さんの場合間違え続けてナギサさんと疎遠になってますからね」
「あはは、可愛い冗談を言うのはこの口かな☆」
「いひゃいでひゅ…やめへくだはい…」
任務に向かう途中の鉄道で、最近読んだ論文についての話を対面に座る監督オペレーターに聞かせたミカは、割とデリカシーの無い返事をして来たその唇を掴んで容赦なく引っ張った。
涙目で抗議されて仕方なく手を離し、膝の上に乗せていた件の論文が乗った本を手に取ると、それを乱雑に隣の席の鞄に突っ込んだ。
「しかし…聖園さんがそんな字ばっかりの論文を読むなんてどんな風の吹き回しですか?頁の2分の1以上が文字だったら放り捨てそうなのに」
「君が私にどんなイメージを持ってるのかは後でこってり問い詰めさせて貰うとして、私だってたまには人の機微っていうのかな?他人がどんなこと考えてるのか、そういうのが気になることもあるよ。その時に本屋でたまに目に付いたのがさっきのだったんだけど、やっぱりああいうの書く人って気取った言い回し好きだよね」
「取り敢えず聖園さんがやっぱりそんなに真剣に読んでなかったことは分かりましたけど」
ミカに対しても容赦なく言うこの監督オペレーターは、中等部からミカの担当を続けてきており、本人の気質故かあまり人付き合いが続かず旧知の相手とのモモトークのやり取りも直ぐに途切れてしまうミカにとってはナギサに次いで付き合いの長い相手と言える。
そもそも顔見知りが気付いたら殉職していることの多い特異現象操作部で、直接前線に出る訳では無い監督オペレーターといえど付き合いが長い相手というのは貴重なものだ。
それで気付けばミカにとってはかつての親友以上に今ではよく話す相手になってしまったが、やはり寂しさや心残りというのはいつまでも消えないわけで。
「ねえ、ちょっと今度髪ベージュっぽく染めて見てよ。髪の長さも良い感じだし」
「ナギサさんっぽさ出して欲しいって意味で言ってるならドン引きですし、そっちも余計に虚しくなりません?」
「あ、でも前髪はちょっと長過ぎるかな…それ上手く見えてるの?あと身長も全然足りないし」
「よし喧嘩売ってるなら買いますよ。こちとら聖園さんの日頃の神を恐れぬ職務態度を上に報告するって切り札があるんですよ。減給は確定ですね」
「啖呵に対して仕返しがセコすぎる」
「ならもうちょっと真面目に仕事してください」
給料の話をされては堪らないと反論を諦め、ミカは列車の外の遥か遠くまで続く閑散とした砂漠の景色を眺める。
監督オペレーターも移動にはまだまだ時間がかかるともう暫くは仮眠を取ろうかと席に深く腰をかけるが、何を思ったのか突然ハッとした様子のミカに首を傾げ、次の発言を聞けばまた面倒なことになると察しながらも仕方なく問うことにした。
「…何ですか」
「これ私達何しに行ってるんだっけ」
「いい加減にしろ特級」
軽くキレた監督オペレーターは自分の鞄から取り出した資料をサイドスローでミカに投げつけ、あわよくば何処か悪い場所に当たって悶絶しろと思ったが、ミカはそれを軽く受け止めると「ふむふむ…」とそれっぽく唸りながら読み進めていく。
「最近発見された遺跡…『生徒会の谷』の調査と、遺物を見つければそれの回収と」
「前日に資料が配布されてる筈ですよね。何で読んでこないんですか?」
「めんどくさかったし移動中に説明してもらえば良いかなって思って、今頃ウチの鍋敷き代わりになってるよ」
「鍋敷きにするには厚みが心許ないと思うんですが…本当によくこの人これまで生き残ってこれましたね…これだから才能マンは…」
「グーパンするだけで消し飛んでく貧弱な特異現象が悪いんだもんね〜☆」
「だからゴリラ呼ばわりされるんですよ。腕を振り抜けば正面が消し飛んで、走れば正面の建造物に一直線に穴が空いて、最近なんかはくしゃみをすれば正面の地面が抉れるなんて噂も流れてますよ。っていうか正面に被害出過ぎでしょ。目からビームでも出てんですか?」
「そこまで行くともう人間じゃないよね?いつから私は特異現象になったの?」
「変な噂をしてる連中は今度ボコボコにするとして…」とミカは脱線していた話を戻すと、今回の件に対してふと引っかかりを感じた。
つい最近観測されたばかりだという遺跡、『生徒会の谷』
特異現象捜査部は監視衛星も保有しているので砂漠の何処かに埋もれているそれを偶然発見出来るのは良いとして、問題はその調査に態々特異現象捜査部の生徒として特級に指定されているミカを送り出した事だ。
そもそも特級という立場自体、特異現象捜査部…というよりその上の組織に当たる連邦生徒会が力ある個人の行動を制限し、飼い殺しにする為に存在しているようなもの。
昔は知らないが少なくとも今ではそんな扱いがされている存在に対してただの遺跡の調査に駆り出すものだろうか。
(未知の遺跡にはどんな危険や特異現象があるか分からないからそれなりの経験や実力がある人が送られるのはよくある事だけど、それでも大抵は1級〜準1級数人にチームを組ませる程度。私を指名して送り出した以上、そうせざるを得なかった理由が…特級案件になるほどの理由がある筈)
「ねぇ、この資料を見た限りでは大事な感じはしないけど、そっちは何か聞かされてる?」
「はい?…あぁ、ミカさんが呼ばれた理由ですか?それは私も気になってましたけど…砂漠、というかアビドスは変なの湧きやすいし、確実な処理が出来るようミカさんを派遣しただけじゃないでしょうか?」
「そうかな…陰謀、とまでは行かないけどなーんか腑に落ちないんだよね。過去数年の特異現象捜査部がアビドス砂漠でやった任務の記録はある?」
「ちょっと待ってて下さい…」
監督オペレーターは鞄からノートパソコンを取り出すと、監督オペレーター用のデータサーバーにログインして近年行われたアビドスで行われた活動についての検索を始める。
暫くその場にカタカタとタイピング音が鳴り響き…結果が出たのか、監督オペレーターが「う〜ん…」と声を上げながら画面をミカの方へ向ける。
「ここ三年以内でも『砂漠に逃げた特異体の追撃』『遭難者の捜索』『衛生から観測された砂漠に沈む巨大遺物の発掘』『特異現象観測装置のメンテナンスエンジニアの送り迎えと警護』の四件のみしか行われていませんし、どれも無事に完遂された案件ですね」
「直接アビドスに何かがある訳じゃない…?私を送るなら特級特異体でもいたのかと思ったけど…特級特異体…移動する、特級特異体?ねえ、最後に”ビナー”が観測されたのはどこ?」
「っ!すぐ調べます!」
何かに思い当たったミカがそう聞くと、意図を察した監督オペレーターも直ぐ様再びパソコンに向き合う。
特級神明特異体、ビナー。
それは何十年も以前よりキヴォトス内で観測される特異体の一体で、その圧倒的な戦闘力と頑強性、そして神出鬼没さによって特異現象捜査部が追い続けているものの幾度となく返り討ちにされ鎮めることが出来ないでいる厄介な存在。
特に数いる対処困難な特級特異体の中でも移動距離が長く、その頻度も短いという特徴があり、何処かの自治区に出現しては猛威を振るう最早自然災害とも言える被害を撒き散らしてきた。
何か確証があった訳では無いが、その可能性にミカが至れたのは伊達では無い特異現象捜査部での活動を通して得た経験則故か。
「…出ました!最後に観測されたのがトリニティ自治区の南部で6日前、その1つ前の観測がSRT特殊学園敷地内で2週間前です!」
「南下してきてる…進路にアビドスあるじゃん!連邦生徒会、ビナーと接触する可能性があると思って私送り付けたよね!?なんで教えてくれないかなぁ!」
「偶然ピンポイントで都合よく鉢合わせる確率の方が低いと考えてその可能性を切り捨てた、でもやっぱり怖いから念の為ミカさんを派遣したと。次いでにあわよくば無警戒なミカさんがビナーに消し飛ばされて目の上のタンコブが消えるのもそれはそれで良いって思ったんでしょうかね?」
「あっはは、連中はそんなに私にぶん殴られたいのかな☆サンクトゥムタワーのてっぺんから思いっきり拳振り下ろしてあげようかな☆」
「インフラに影響出るんで辞めてください…なんならこれ私まで巻き込まれるじゃないですか。勘弁してくださいよ」
色々と杜撰で腐敗している連邦生徒会と言えどその捜索能力とその為に動かせる権力の強さは1級品だ。
むしろ様々な計算をした上で行く先でミカがビナーと鉢合わせる確率の方が高いと確信しているまである。
ミカも結構上に対して横暴に振る舞い、たまに力をひけらかして余計な干渉をされないよう威嚇することもあるが、それを鬱陶しく思って最悪勝っても負けても良い戦場に送り込んだというところだろうか。
後に無事に帰れたとして、このことを追求しても知らぬ存ぜぬではぐらかされるに決まっている。
「…ふぅー、まあここまで来ちゃったからには仕方ないし、ビナーが長いことキヴォトスに迷惑を掛けてるのも事実だし…もし鉢合わせたらきっちり鎮めて皆の生活を守るとしようかな。特異現象捜査部としてね」
「ウチの生徒もあれに何十人、下手したら何百人規模で死んできてるでしょうし、その敵討ちにもなるでしょうかね…」
目に見えた面倒事にミカと監督オペレーターは揃ってため息を吐く。
しかしそこに悲観は無く、あくまで”面倒”止まりだ。
ミカは自分の強さを信じてるし、監督オペレーターもまた腐ってもミカの担当としての長い付き合いでその実力を信じている。
だからこそ、交戦してもなんやかんや必ず勝てると。
だが、こういった時にする楽観というものは、物事を余計ややこしくする”フラグ”であるというのは相場が決まっているもので。
「…まあそれはその時に考えるとして、本命は一応遺跡の調査でしょ?長いこと発見されてなかったなら砂漠のど真ん中だろうし、駅から歩くなら色々準備いるよね?」
「準備すると言っても既にかなり廃れているアビドスの自治区で物資を揃えるのは厳しいと思いますよ?水や携帯食料、列車内はクーラーが効いてますが外に出たら日光でクソ暑い上に砂嵐も吹くので対砂嵐機能のある遮光服も用意しなければ」
「…駅の売店とかで買えないかな」
「そう言うと思ってアビドスを横断する鉄道の駅には必ず売っているものをミカさんの分も買っておきました。その無駄に絢爛豪華な羽まで覆い隠せるやつですよ」
「さっすが!頼りになるね〜☆」
「調子良いですね…」
「特に砂嵐とか浴びると私の場合髪とか羽にめっちゃ砂がこびり付くから、手入れが大変なんだよね〜。昔はナギちゃんと砂遊びした時に砂場で転んで大惨事になったっけ…まあ今は天気が良いからそこまで砂嵐も強くならないだろうけど」
「天気が良い分更に気温も上がりますけどね…」
そうしてた雑談を挟んで2人は揃って先程見た時は燦然と日光が照っていた窓の外に目を向け────視界を埋め尽くすほどの激しい砂嵐を見た。
夜かと勘違いする程に荒れ狂う砂嵐は列車の窓に激しく打ち付け、チリチリとガラスが傷付く音がするかと思えば砂利が混ざっているのかそこそこの大きさの石が窓に叩きつけられて大きなヒビが走る。
「…おかしいよね」
「おかしいですね」
「明らかに自然の砂嵐じゃないよね」
「どう見ても超自然的な現象が働いてますね」
「…特異現象だよね」
「特異現象ですね」
「…ビナーだよね!?」
「ビナーですね!こっちと鉢合わせるんですかこんちくしょう!」
次の瞬間、列車全体が大きく揺れた。
衝撃で電灯が点滅し、車内にいた他の客──特異現象捜査部、ハイランダー支部が管轄する鉄道は場所によっては一般の生徒や住民が乗れることもある──や乗務員達は席から投げ出されたり転倒したりと酷い有様だ。
そんな中でも咄嗟に行動を開始したミカは、監督オペレーターから遮光服を受け取ると急いで羽織り、窓を蹴破って列車の外に飛び出ると、窓枠を経由してそのまま列車の上へと飛び乗った。
窓が破られたことで列車内にも砂が入り込むが、命を失うよりはマシだと諦めて貰うしかないとミカは割り切り、意識を巡らせて神秘の反応を探る。
(…この砂嵐そのものが強力な神秘で引き起こされてるから反応がぐっちゃぐちゃで分かりづらいけど…ビナー程強力な特異体なら、完全には神秘を誤魔化せない!)
気を張っていたミカは、再び列車が大きく揺れた瞬間に天井が凹む程の踏み込みで跳躍すると、5m先も見えない程の砂嵐…その奥から現れ今にも列車に食らいつこうとしているビナーの鼻先を秘儀…『星の祈り』を存分に込めた拳で殴り飛ばす。
少女の細腕から繰り出されたとは思えないほどの轟音をもって弾かれたビナーはその長大な巨躯をしならせ、後ろ向きに倒れるように砂嵐の奥へと消えた。
しかしまだ追い払えていないと直感により察知したミカは列車の上を走り回る。
案の定走り続ける列車に並走するように追跡して来ているのか再度攻撃態勢に入っているようで、一際神秘を強く感じた方向へとミカは拳を構える。
「ビームとか…怪獣じゃないんだからさぁ…!」
砂嵐の奥に綺羅星の如く光が瞬いた次の瞬間、列車に向かって放たれたのはビナーが口部より放つ極太の熱線。
地面を抉り融解させながら縦に薙ぎ払うように払われたそれはぐんぐんと列車へと迫るが、そうはさせまいとミカは秘儀を込めたっぷりと力を溜めた拳を振り抜き───その拳圧が一時的に砂嵐を吹き飛ばし一瞬の快晴を作り出すほどの威力を叩き出し、迫る熱線を打ち破りその先のビナー本体にまで衝撃が届く。
厚い装甲で覆われたビナーの全体が軋み、硬直したその瞬間を狙ってミカはビナーへと向かって跳躍する。
錐揉み回転を加えながら腕を振り回して遠心力を付けると、ビナーの頭上へと差し掛かったその瞬間、腕を振り下ろしてビナーの脳天を打ち据える。
頭部を真下に弾かれ顎を地面に打ち付けたビナーは、続く追撃を仕掛けようとしたミカに対して再び砂嵐を展開、同時に内蔵されたミサイルを放って牽制すると、砂中へと潜り込んで身を隠した。
「ああもう、面倒臭い!」
悪態を着くミカは追尾してくるミサイルを躱しつつ、その中の1つを起爆させないように捕まると体重をかけてミサイルの軌道を調整し、その推進力を利用して列車の上まで移動する。
飛び降りる直前、先程から追尾してきているミサイルの方向に自分が乗ってきたミサイルをロケットの推進力に逆らわせるように放り、激突して爆風により全てのミサイルが爆散する。
地面が揺れ、それが伝わって列車もまた揺れる。
あれだけやってもまだ戦意を見せてくるその頑丈さに呆れ果てるミカは、このまま迎撃を続けてもその莫大な耐久力を削り切る前に逃げられるのがオチだと危惧した。
弱点でもあればそこに最大火力をぶつけて一撃で破壊するのだがと息巻いていると、列車から飛び出る際に遮光服を着るのと一緒に念の為付けてきた無線に連絡が入った。
『ミカさん!大丈夫ですか!?』
「なんとか迎え撃ってるけど、呆れるほど頑丈で困ってるよ。そっちは?」
『揺れのせいで何人か負傷者が出てますが大事には至っていません。今は乗務員が一般の方を前の車両に集めて避難させています』
「前の車両…後ろの車両にはもう誰も乗ってないの?」
『まだ確認はし切れていませんが…』
「じゃあ直ぐに調べてきて。全員の避難が終わって他に誰も後ろに居ないのを確認したら何両目から後ろに人が居ないのかと一緒に報告して」
『…何となくもう嫌な予感はしますが、分かりました。お気を付けて』
「あははっ、私を誰だと思ってるの?」
『傍若無人な馬鹿たれ特級生徒、聖園ミカさんです』
「酷い言い草だね、給料上げてもらうよう交渉手伝ってくれないと許さないよ?」
『今更ですけどあなた良いところのお嬢様でしょ。なんで給料にそんな拘るんですか』
「やっぱり自分で働いて手に入れるお金の方が気持ちいいからね☆」
こんな非常事態にも関わらず軽口を叩き合うと、監督オペレーターはミカに任された事の確認の為に一度通話を切り、同時にミカも再び姿を現したビナー…列車の真下を通過したのか、反対側に出現して襲いかかってくるそれから列車を守るために迎撃する。
今度はミカではなく列車を狙って無数のミサイルが放たれる。
それを撃ち落とそうとするも、自分の銃を座席に置いてきてしまっている事に今頃気付いたミカは仕方なく足元を蹴り抜いて天井を貫通して車内に戻ると、誰かが置き忘れたアサルトライフルを拾うと窓を破ってそこからミカの強力な神秘を込めた弾丸でミサイルを撃ち抜き破壊していく。
全てを撃墜すると、今度は神秘の動きから本体が迫ってきていることを察知して列車の上に上がると、なんと先程のように食らいつこうとしているのではなく、その巨体そのものを生かしたボディプレスを仕掛けて来ようとしているではないか。
「も〜!自分一人だけならこんな気を使わなくて良いのに!」
真上に跳躍したミカは上昇する勢いも拳に乗せ、何処ぞのあんぱんのヒーローがするように腕を振り上げてビナーの胴体を打ち上げる。
流石にその重量を打ち上げるのは堪えたが、それでも純粋なパワーでは右に出る者は居ないと豪語するその威力はビナーを相手にしてもなお見劣りすることはなく、渾身の一撃で弾き返されたビナーは砂漠へと叩き付けられる。
列車の上に着地し、次はどこから来るのかとあちらこちらに視線を行き来させるミカ。
猛烈な砂嵐が視界を奪い、より強い神秘がそれに込められるほどにビナー本体の探知もしづらくなる。
故により気を張りつめ、全神経を集中させて次の一手に対応しようとして…列車の後方へと振り返った。
「ちょっ、前から来ない分マシだけどさぁ…」
ビナーは列車に追従するように真後ろに張り付いて…当然それまで列車が通ってきた線路を破壊しながら迫ってきていた。
前方に回り込んでこないのは単純にビナーの移動速度と列車の走行速度がほぼ同等だからで、僅かにビナーの方が速いが前方に回り込むことをミカが阻止している為なんとか防げている。
が、この過酷な砂漠でここまで敷くのに苦労したであろう線路が次々と破壊されていくのを見れば流石のミカとて心が痛む。
だがこれは逆にチャンスでもあるとミカは理解していた。
だからこそこの千載一遇この機会を逃すまいと徐々に迫るビナーを見据えると、敢えて車両の後方には走らずにそこで静止する。
「…」
砂嵐が更に強くなり、より視界が悪くなる。
微かに見えていたビナーの体表に走る光のラインすら見えなくなり、視界は完全に砂に閉ざされた。
神秘での探知もほぼ不可能になるが、それでも経験により培ってきた勘を頼りにその瞬間を待つ。
1秒、2秒と時間が経過するが、それが酷く長いように感じる。
「…」
まだ、まだと自分に言い聞かせる。
砂嵐の轟音に掻き消されているが、めずらしくミカは自分の心臓が激しく脈打っている事に気が付いていた。
(やっぱり、守るものが背中にあると緊張感が段違いだなぁ…)
『聖園さん!全員を列車の前方3両以内に避難させました!』
「了解!ドンピシャ、だね☆」
無線から監督オペレーターの連絡が入った瞬間、ミカは丁度スタンバッていたその位置…列車の3両目と4両目の連結部に降りてそこを破壊して線路の上に降りると、なんと腕力で4両以降の車両を受け止めて掴み上げ、豪快にそれを振り回し始めた。
4両から7両目まで連結された列車は四節棍のようにミカの馬鹿げた膂力によって一回転して、ジャイアントスイングされた車両は真後ろから迫っていたビナーの横っ面へと叩き込まれ、派手に崩壊した車両と共に真横に吹き飛ばされたビナーは砂中から全身を曝け出して砂上を転がった。
慌てて再び砂中へと潜り込み逃げようとするが…それは直ぐ様ビナーの最後尾へと回り込みそれを掴んだミカによって阻止される。
「まったく、君のせいで列車に置き去りにされちゃったじゃん。迎えに来てもらわないと自分で歩く羽目になっちゃうし…責任、取ってもらうよ☆」
列車に続き、今度はビナーの巨躯を掴み上げたミカはそれを先程と同じジャイアントスイングの容量で振り回す。
今度は一回転、二回転と何度も回転し、回転が徐々に加速して遠心力がより強くなっていく。
悲鳴をあげるかのように奇声の如き騒音を発するビナーだが、それを気にすることもなく振り回し続けたミカは充分に遠心力が着いたと判断したところで───一気にビナーを振り上げ、そして背負い投げのようにビナーを頭部から地面へと叩き付けた。
ミカのパワーで頭部を、そして全身を地面に打ち付けられたビナーは全身の機構が麻痺したのか、一時的に動作を停止する。
その様子にビナーの頭上でヒヨコが回転している錯覚を見たミカは、今の内にトドメを刺そうとビナーの上を駆け抜けて頭部の上に乗ると、砂嵐で誰も見える者が居ないからとスカートではしたなく足を振り上げて…ビナーの脳天へ秘儀を込めた強烈なかかと落としを直撃させる。
『───────』
その衝撃でビナーの頭部は陥没し、更に少し接地面が砂中へと沈み込んだ。
それと同時に、辺りを覆っていた砂嵐が晴れて快晴の空が姿を現す。
照りつける日光は急激に砂漠の気温を引き上げ、次いでにまともに浴びれば直ぐに日に焼けてしまうとミカは遮光服を着ておいて良かったと胸を撫で下ろした。
「…ふぅ。えーと…こちら聖園ミカ。こっちは片付いたよ」
『…本当に勝っちゃったんですね。それはまあ良いとして…車掌ブチ切れてますよ。なんで列車の後方が無くなってるんだって』
「命には代えられないでしょって宥めといて。あと出来れば拾いに来て欲しいな〜って」
『…歩いてこの先の駅まで帰ってきてください。聖園さんの脚力ならすぐでしょう』
「もう!意地悪!」
移動もその後待ち受けるだろう方々からの文句や説教に辟易とするミカは取り敢えず監督オペレーターと合流しようとビナーから飛び降りて───完全に沈黙していた筈のビナーの目が発光し、目線が合ってしまう。
「…えぇ、あれだけやってまだ鎮め切れてないの…?頑丈過ぎでしょ。そりゃあこれまでの皆が誰も鎮められてないわけだよ」
流石にこれ以上戦闘行動を行える程の余力は無さそうだが、それでも大勢の人の命を奪いキヴォトスを脅かし続けてきた特級特異体。
ここで完全に鎮めるべきだと今度こそトドメを刺そうとして…1つ、ミカの頭にアイデアが思い浮かんだ。
「…さっき振り回した時結構手に馴染んだし、私ももうちょっと使い勝手の良い遠距離の攻撃手段とか武器とか欲しいと思ってたし…ねえ君。君もこのまま消えたく無いよね?だったらちょっ〜とお姉ちゃんのお願い聞いて欲しいんだけど───」
「…何ですかそれ」
「じゃじゃーん☆さっき脅…交渉して調伏してきたビナーちゃんだよ☆」
「脅したんですね。前代未聞ですよ、特異操術ならまだしもそれに全く関係無い秘儀の生徒が特級特異体を調伏するなんて」
砂漠を走ってきて駅に辿り着いたミカを出迎えた監督オペレーターが見たのは、先程列車を襲撃した時より遥かに小型化してミカに付き従うように浮遊する機械で出来た蛇のような特異体…ビナーだった。
大幅に力は落ちているようだが、それでもそんじょそこらの特異体より遥かに強い力を残している事は監督オペレーターの目から見ても一目瞭然であり、それをペットのように連れ回すミカに「相変わらずとんでもない女の担当になってしまった」と心の中で独りごちる。
「いやぁ…どう説明するんですかそれ。また上がうるさくなりますよ」
「もう私のビナーだし、奪うつもりなら全力で抵抗させて貰うよ?沢山殺してきた分、沢山守ることに役立って貰わないと」
「…人命はともかく建造物への被害はこれまでと余り変わらなそうですけどね」
「う〜んそれは一体何が言いたいのかな〜?」
「さて色々ありましたが本来の私達の目的は遺跡の調査な訳で…」
相変わらず一言余計な監督オペレーターに笑顔で詰め寄るミカだが、それを無視して本来の任務の話をされたので仕方なく思考を切り替える事に。
ここまで苦労してもそもそも今回の目的のスタートラインにすら立っていないのはふざけた話だが、特級特異体から列車を守りつつ討伐するという激務に比べればこの後の事など楽な仕事だと早々に割り切ることに。
「遺物とか見つけたら回収だっけ。連邦生徒会の連中兵器にでも利用するつもりじゃないよね?」
「流石に穿った見方をし過ぎだと思いますけどね…」
「なんだかなぁ…また連中の腐った一面見ちゃったし、私達がやってきた事が本当に正しいことなのか疑問にも感じて来ちゃうよこんなの」
「それでも、やるしか無いんじゃないですか?上の思惑がどうあれ私達が働く限り一般の方々の生活は守れる訳ですし」
「そういうものかなぁ…」
「そういうものです。今は自分を信じましょう。ほらあの論文でも言ってたじゃないですか。選択を後悔してはいけない、信じようという願いを大切にするべきだって」
「書いたのも連邦生徒会長じゃん!やっぱり信用出来なーい!」
腕を振り上げてイヤイヤと喚く様は年頃の少女らしく、監督オペレーターもここまでの緊張が解れて思わず苦笑する。
なんにせよ、遺跡の調査や先程の件の後始末も含めて仕事は山積み。
それを1つずつ片付けるべく、今は目の前の目的に向き合うのだった。
「ところで線路思いっきりぶっ壊れちゃってたけど帰りは…?」
「…アビドスの奥地ですしタクシーやバスなんてありませんしね。歩いて帰ります?」
「絶対嫌だ!こうなったらナギちゃんに鬼電してヘリ飛ばしてもらうもん!」
「久しぶりにかける電話それで良いんですか…?」
「私はナギちゃんに迷惑をかけるっていう自分の選択を信じる!」
「かつての連邦生徒会長も呆れますよ」
時系列はミカとナギサの最後のティータイム(生前)の前ぐらい?(『短編:星と藤』参照)
監督オペレーターちゃん
見た目は正実モブだが、担当としてミカに振り回されすぎて個性が出てきた。(勿論『星の夢』に登場するモブとは別のモブ)
ミカとはかなり仲良さそうに見えるしそれなりに仲は良い方だが、それでもミカはナギサと絡めなくて寂しいと思っているので、監督オペレーターちゃんではその寂しさを埋めれていない。
ミカが1人で放浪するようになった後は登場しない。
もしかしたらどっかのタイミングで死んじゃってそれがきっかけでミカの擦り切れが更に加速したのかも。
ビナー
特級神明特異体の一体。
特異体の中でも桁外れの耐久力を持ち、その圧倒的な武力は特異現象捜査部による防衛戦も軽々突破する。
本作ではアビドスの砂漠からさらに活動圏を広げ、その範囲はキヴォトス全土に及ぶ。
長年キヴォトスを脅かし特異現象捜査部を返り討ちにしてきた難敵。
Keyの
ミカに制圧されてからは