「それにしても、ヒナはそんなに髪伸ばして邪魔にならないんですか?」
「なによ」
3人で寮へと下校していた最中、藪から棒にそんな事を言ったアリスにヒナは訝しげに首を傾げた。
雪が降り頻り辺りには銀世界の景色が広がっているが、そんな話を寒さも気にせずアイスバーを片手に聞いていたカズサはクスリと笑う。
「ぷっ…確かに、あんた頭とか髪にまで雪積もってとんでもない事になってるよ?寒くないの?」
「うっすら積もるくらいなら毛がクッションになって頭皮まで寒さが来ないのよ」
「いや帽子被れば良いんじゃないですかね…」
アリスの最もなツッコミに「それもそうか」と頷きながら、話の流れを思い出したヒナはアリスの髪をチラリと見る。
少し前までは地面に着く程に長く伸びていたアリスの髪は、あの時の戦いの中でばっさりと失われてしまった為、今ではすっきりとしたショートで纏まっている。
自分は今まで気にしたことがなかったが、やはりあれ程長かった髪を切ったらかなり動き易くなったりするものなのだろうかとやや好奇心が擽られた。
「あなたも前まではかなり伸ばしてたけど、気に入ってたんじゃないの?」
「そうですね…何となく伸ばし続けてましたけど、こうして短くなってみると誰かと歩いてる時に髪を踏まれることがなくなったり、歩いてるだけで床を掃除しちゃって髪がゴミだらけになることがなくなったりで、かなり楽になったと思います」
「逆に私からしたらあんな髪伸ばしまくってたあんたらが理解出来ないんだけど。ていうか、ウチ髪長い人多過ぎでしょ。思い返してみたらクロコ先輩…その他2年の先輩方も揃いも揃って大分髪伸ばしてるし」
「なんならアツコ先輩とノドカ先輩も長かったわね」
「もっと言えばホシノ先輩とシュン先輩もですね。フブキ先輩も普段ツインテールで纏めてるので分かりづらいですけど結構長かった筈ですし」
「じゃあS.C.H.A.L.Eで髪短いの私とアヤネさんぐらい?どうしてこんな動きまくるところで皆態々そんな伸びしちゃうかな〜」
今振り返ってみれば中々引っかかってくる身内の長髪の割合に一同は苦笑する。
その中でも筆頭とも言えるアリスとヒナだったが、そのアリスがショートデビューを果たしたことでやはり行動を共にする機会の多いヒナもその所感が気になる訳で。
「…この際だし、私も髪を切ってみようかしら」
「お、イメチェンというやつですか?」
「あんたの場合は見ててむさ苦しかったしねぇ。むしろその毛量でよくもまあ、今まであんな動けてたなって」
「色々あった訳だし心機一転する意味でも良い機会だと思ったのよ。これまでは忙しかったり面倒だったりで美容室にも行ってなかったのだけれど…」
「あ〜、髪ぐらいならシュンさんとかに頼んだら切ってもらえるよ?私も前に一回伸びた時頼んだし」
「あらそう?じゃあ私も今度相談してみようかしら」
「う〜ん…」
「ん?どしたのアリス」
アリスのすっきりした様子を見て自分も髪を切ることに肯定的になっていたヒナだったが、話を聞いていたアリスは何故か顎に手を当てて悩ましそうに唸っていた。
何事かとカズサが聞けば、アリスはじーっとヒナの髪を見るとそれに積もった雪をパッパッと払い除け、毛布のような毛量の髪にふかふかと手を埋めた。
「…このふわふわが無くなってしまうのは少し惜しい気がします」
「えぇ…」
「まあ確かにヒナと言えばこの髪だもんね。明日いきなり短くなってたら皆びっくりするだろうし」
「別にいいじゃない。これまで無視し続けてたとはいえ私も流石にここまで長いと朝整える時とか髪洗う時も面倒だし、髪くらい好きに切らせなさいよ」
「うわーん!嫌です!たまにヒナの髪に頭から突撃してふわふわ触るのがこの頃の楽しみでしたのに!」
「人の髪をなんだと思ってるのよ!」
「まあふわふわとか言っておいてちょいちょいシナシナになってるしね」
「それは別にどうでも良くないかしら!?もう切っちゃうわよ!?私だってショートぐらい似合うんだから!」
両脇でボケ倒してくる同級生にツッコミ疲れたヒナは早足になり、アリスとカズサを置いて先に寮へと戻ってしまう。
残された2人は顔を見合わせ、流石に弄りすぎてしまったかと反省するものの、やはりあのトレードマークとも言えるモップ髪が失われてしまうことを名残惜しく思うのだった。
「まったく、何がふわふわの髪よ…第一常日頃からこれで面倒な思いしてたんだからもっと早く切れば良かったわ…」
寮の自分の部屋に戻ったヒナは、部屋着に着替えてベッドの上を転がっていた。
枕を抱きながらゴロンゴロンと寝返りを打ち、下校時に話した会話を思い返す。
こうして寝っ転がるだけでも髪を自分の体で踏んでしまって少し頭を動かせば髪が引っ張られ煩わしく、やはり早々に切ってしまうべきかと決意する。
しかし、逆に何故今の今まで切ってこなかったのか。
これまでも邪魔に思う機会は多くあり、例え忙しかったり面倒だったりでも日常生活や任務の邪魔になる可能性があるならば自分の性格なら直ぐに切っていた筈だと。
もし、頑なに伸ばし続けてた理由があるとすればそれは───
『委員長、随分髪伸びましたね?』
『ん…そうね。ここのところずっと忙しくて後回しにしちゃってたわ』
『ふむ…そう聞くと髪のケアもまともに出来てなさそうですが…それなのに凄く綺麗ですし、このもふもふ…というよりふわふわ感は凄いですね…』
『…何?』
『い、いえ!何でもありません!ただちょっと、もっと伸ばしたらどんな感じになるのかなと…』
『…伸ばして欲しいの?』
『そ、そんなことはありません。委員長が邪魔だと思うなら、切ってしまった方が良いでしょう。あまり髪が長いと手入れが大変だったりで困ることも多いと聞きますし。それに普段の業務に支障が出るかもしれません』
『ふうん?まあ良いわ。別に私も少し髪が長いくらいで仕事が疎かになんてなったりしないわ』
『そうですか…?いえ、やっぱり委員長が気にならない程度にはちゃんと切ってくださいね!?』
「…懐かしい。でも…」
まだ正式に特異現象捜査部に入部する前、ホシノに特異現象やら神秘のことについて学びながら中学校で風紀委員長を務めていた時のやり取りを思い出して郷愁に浸る。
しかし、それもあくまで過去の話。
美しい思い出も、いつまでも持ち続けていてはいざと言う時に前へと進めなくなるものだ。
かつて自分の髪を褒めてくれた後輩はもういない。
アリス達はヒナのせいではないと慰めてくれたし、実際にヒナの身体を使って彼女を手にかけたのはKeyだ。
だがそれでもそれはヒナが背負うべき業であり、責任でもある。
だからこれは、ある意味過去を精算し区切りを付けるという意味での自分への罰なのかもしれない。
「…切りましょうか」
そう決意したヒナだったが、肌寒さを感じて何となく財布を片手に寮の1階にある自販機までココアを買いに行く。
すると…
「…あら?」
「ですから、この寮もそこそこ古くなってきてますし…何処ぞの問題児達のせいでまあまあの頻度でボロボロになってその度に補修してはいるもののやはり建物の基礎から傷んできてますし…なんとかなりませんか?」
「全体的な改修をするのなら一度寮に住んでる皆さんの為にまた別の泊まり先を用意しなければいけませんが…こちらでもアヤネさん達と相談してみましょう」
「改修するなら今度はとびっきりに頑丈にして防音性も上げられませんかね?結界とかで上手くしたり…」
「そこまで細かな調整をしようとすると流石に専門家の分野になってくると思いますけど…」
そこで偶然寮長と何かを話しているシュンの姿を見つけた。
話の内容は…多分自分達がやんちゃした結果苦労してるという感じなのでヒナは聞かなかったことにして、とはいえ丁度良いとシュンへと声をかけた。
ちなみにヒナの顔を見た寮長はうげっ、と露骨に嫌な顔をしてそそくさとその場を後にした。
「すいません、シュンさん。話の途中で悪いけどちょっと良いかしら?」
「おや、ヒナさん。どうしましたか?」
「実は…」
「なるほど、髪を切って欲しいと」
「ええ、色々とすっきりさせたいし、良い機会だから頼もうかと…」
「…分かりました。ここの寮にも散髪用のスペースがあるのでそこに行きましょう」
「ありがとうございます」
(…これで、良かったのよね)
長く付き合ってきたこの毛量にも今日でお別れかと、気持ちに踏ん切りがついたヒナは内心不思議と晴れやかな気持ちだった。
似合うかどうかは切ってもらわないと分からないとはいえ…アリス達や先輩達には暫く弄られるだろうが、それを見越してもこれからは新しい自分として進んでいけるのかと思うと、それはそれで楽しみだとヒナは思うのだった。
「…なんか昨日よりボリューミーじゃない?」
「モップ感が増してますね。何があったんですか?」
「私が聞きたいわよ…」
翌日、登校途中にアリスとカズサに鉢合わせたヒナはにやけ顔の2人にそんな風に絡まれた。
現在、ヒナの髪は長さだけなら前よりも短くなっている…多少だが。
そしてそれ以上に、綺麗に手入れされたのかその白い髪はより艶を増し、全体的にふっくらと仕上げられたその様はさながらモップ…というより最早毛玉のようなシルエットになっていた。
2人の揶揄いを堪えながら、ヒナが思い起こしたのは昨晩シュンに散髪を頼んだ後のこと。
散髪が済んだと言うので鏡で自分の髪を確認してみれば、確かに以前より短くなってはいるが、よりふわふわになった白モップの姿。
『あの…オーダーと違う気がするのだけれど…』
『その髪を切ってしまうなんてとんでもないですよ』
『いやでも確かに足とかに引っかかりにくくてちょっと動きやすいけどもっと切っても…』
『その髪を切ってしまうなんてとんでもないですよ』
『けれど…』
『その髪を切ってしまうなんてとんでもないですよ』
結局そのままゴリ押しされ、なんなら『そんなに長い髪を自分で切ろうとすると失敗しやすいので絶対に下手に手を入れないようにしてくださいね?』と釘を刺されてしまっていた。
無論シュンもヒナのふわふわ髪を気に入っていたが故に散髪役としての立場を笠に着て圧力をかけたのは言うまでもない。
「はぁ結局髪はこのままか…」
「まあ良いんじゃないですか?ヒナはちっちゃいですし、髪まですっきりさせてしまったら見つけにくくなってしまいます」
「喧嘩売ってるなら買うわよ。普段ゲームで勝ってるからってリアルファイトでも上手くいくとは思わない方が良いわ」
「あーもう、やめなって。またアヤネさん達に怒られるよ〜?」
心機一転するつもりだったが、結局変わらぬ日常にヒナはがっかりしたような、しかしどこか安心したような心持ちで、またアリスとカズサ達と共に今日を過ごしていくのだった。