学園都市であるキヴォトスに存在する闇。
連邦生徒会の介入が入らない無法地帯と言えるブラックマーケットでは日々怪しい取引が行われ、アウトローやそれに準ずる個人、組織が身を潜めている。
一時期は特異現象捜査部の投入も検討されたがあくまで特異現象捜査部の役目は特異現象の調査、鎮圧であり、ここに隠れ潜むアウトローの捜索についても神秘の秘匿を重視していたこの時期においては神秘と無縁な者も多いこの場所で派手なアクションを取ることもできず、結果として着々と悪の芽が成長する温床となってしまっていた。
そんな特異現象捜査部ですら介入を躊躇するブラックマーケットだが、その事情など知ったことでは無いと好き放題するアウトローもまた存在していた。
「と、止めろぉ!」
「駄目です!まるで効きません!」
「なんなのよあの化け物は!」
ブラックマーケットの一角。
寂れた廃墟街の路地裏で、一帯を牛耳るギャングとして君臨していた組織は現在たった一人の襲撃者によって混乱の渦中にあった。
組織の構成員の警備兵とて並の生徒に比べれば手練であり、その武力はブラックマーケットに君臨する他の大組織と比べても見劣りするものでは無い。
数々の抗争を勝ち抜いてきた土壇場の勝負強さもだてではないのだ。
ただ今回は───相手が悪かった。
「ブラックマーケットの一角を牛耳ってるって聞いたからどんなものかと思ったけど…
正面に陣を張る大勢の警備兵。
それらの掃射により出来た弾幕をものともせず前進するのは、大きなバッグを片手に、服の袖から溢れ出た流動するおぞましい肉塊をもう片方の腕に巻き付け手の先で傘のように開いたそれを盾にする小柄な少女。
肉塊の盾に阻まれた弾丸はボトボトと肉塊から排出され、如何なる火器をもってしても破ることは叶わず少女へは届かない。
「対抗手段を持ってこないのを見るに特異現象にも神秘にも知識は無いの?なーんだ、つまんないの。まあ…どっちにしろ私にとっては関係ないけどね〜」
芸もなく数で押すことしか脳の無い相手と見るや、少女は彼女達を嘲笑し持っていた鞄を下ろすと、そちらの腕にも袖から溢れさせた肉塊を巻き付けると大袈裟に振りかぶり───肉塊を伸ばして鋭い鞭のような触手に変形させると、それを薙ぎ払って前方を封鎖していたバリケードを警備兵達ごと薙ぎ払った。
その一撃で衝撃波により吹っ飛ばされた者もいれば、触手の直撃を受け胴体と下半身が分かたれた者、身体が抉られた者、人体があらぬ方向へ曲がった者など、いずれにせよ攻撃に巻き込まれた者達は死屍累々の状況だ。
「ひっ…」
「な、なんなんだよアイツは…!」
「無理だ逃げろ!」
「なんで躊躇なく、おえっ…殺せるんだよ、あいつは…!」
「逃がさないよお馬鹿さん達。今日はた〜くさん遊びたい気分なんだから」
まるで人間の所業とは思えない力、残虐性に警備兵達は戦意を失い散り散りになって逃走しようとするも、少女は夕焼けを彷彿とさせる紫の瞳で彼女達を捉えると肉塊の触手を自在に操り、2つ、3つと枝分かれさせるとそれらで次々と警備兵達を絡め取り、釣り上げるようにして捕獲していく。
やがて全員を捉えると、彼女達を締め上げたまま触手を切り離した少女は身動きが取れず地を這うことしか出来ない彼女達に1人ずつ手を伸ばして触れていく。
「ひっ、や、やめ…あごガッ…!?」
そして少女が触れた途端、触れられた警備兵は人としての形を失い、崩れ落ちるようにぐずぐずの肉塊と成り果て、ムツキの袖に吸い込まれるようにして取り込まれていく。
その様子を見た他の警備兵達は口々に泣き叫び命乞いをするが、そのどれもを聞くこともなく少女は無慈悲に彼女達に触れ、取り込んでいく。
「誰か、助け」
「はいはい助けなんて来ないからねー」
「ぁ───」
最後の一人を取り込んだ少女は手をパンパンと払って満足気に頷くと、彼女達がアジトにしていた建物に乗り込み、そこにあった金庫や物資を悠々と漁り持ってきていたカバンに詰め込めるだけ詰め込むと、一仕事を終えたことに年相応の少女らしく微笑んで汗を拭った。
「ふぅ、お仕事かんりょー。ぶっちゃけ今更お金なんて集めなくても全部力づくで奪えば良いと思うんだけどねぇ。アルちゃんってば変に律儀なんだから…まあそういうところが面白いんだけど」
「って訳で結構稼げたよー!」
「ひー、ふー…これだけあれば当分は活動資金として問題ないかな」
「さ、流石ムツキ室長…!」
ギャングから物資強奪の仕事を終えた少女…ムツキが帰って来たのは、以前他のアウトローとの交戦で勝ち取った近くに温泉がある山の上の隠れ家。
そこで成果を披露したムツキにカヨコは感心し、ハルカは尊敬の眼差しを向ける。
仲間達から褒められることはムツキにとっても嬉しいものであったが…1番褒められたい相手が現在不在にしていたことで機嫌はやや斜めだ。
「…アルちゃんいないの?」
「社長なら梔子ユメに誘われて色々打ち合わせしに行ったよ」
「一人で?ふ〜ん…あんな怪しい奴とねぇ。ハルカちゃんぐらい連れて行ってあげれば良かったのに」
「や、やはり私が頼りないからでしょうか…?すみません、こんな役立たず必要ありませんよね…死んできます!」
「よしよし、ハルカちゃんはちっとも悪くないからね」
自尊心皆無のハルカが自分を卑下し始めたのを見るや直ぐにその傍に駆け寄ったムツキはハルカの頭をわしゃわしゃと撫で回して落ち着かせる。
扱いがほぼ犬のようだがいつもの事なので突っ込む者はおらず、ハルカも目を回したままされるがままに撫で回されている。
しかしハルカを落ち着かせてもムツキの機嫌が治る訳でもなく。
「…結局本当にあいつの話に乗るんだねー」
「社長がやりたいことを尊重するってことにしたでしょ。もしもの時に備えて私達も目を光らせてるんだし」
「だからって一人であいつに合わせるのはなくない?何かあったら守れないじゃん」
「わ、私今からアル様の元へ行ってきます!」
「余計ややこしくなるからやめておきなって…社長だってあれでもかなり自立してるでしょ?今のムツキもだいぶ過保護だと思うよ」
「むぅ…」
アルとは幼馴染であるムツキは昔から彼女の行き当たりばったりさと純粋さを知っているが故にそれを支えたいという気持ちが強く今になってもアルの心配をし続けているが、カヨコの言う通り言う程今の彼女は騙されっぽかったり単純な思考回路をしている訳では無いのだ。
アウトローとして過ごして来た日々は間違いなく陸八魔アルという少女を本物のアウトローとして押し上げ、十分裏社会でも通用するだけの駆け引きを行える能力と度胸はある。
加えて、天性のセンスによる武力は例えあの最悪のアウトローと名高い梔子ユメを相手にしてもそう易々と潰されるものでもないだろう。
今のアルを客観的に評価しているカヨコといつまでもアルへの心配が抜け切らないムツキ、ついでにアルのことになると見境がなくなるハルカの三者三葉の信頼と心配。
それらは一重に全員がアルのことを思ってに他ならない。
「はぁ…最近一人でお仕事することも増えてきたし、また前みたいに皆で動きたいのになぁ。ムツキちゃんつまんなーい」
「今は事を起こす前の準備段階だからね。これ乗り越えたらまた自由にやれるって社長言ってたでしょ」
「分かってるよ…だからこそ私もちゃっちゃとお仕事片付けたいの。どうせアルちゃんいないと面白くないし、もう一仕事行ってくるよ」
「…そう。ならお使い頼まれてくれる?」
「いいよ、何してくれば良いの?」
「社長がこの先やっていく上でお世話になるだろうクライアントに挨拶してきて欲しいって───」
「んで、私の所にやってきたわけですか。にゃはは、貴女達の噂はかねがね聞いてますよ?」
「どーも」
そうしてムツキがカヨコに頼まれやってきたのは百鬼夜行自治区、その中においてのブラックマーケット的な立ち位置にある無法地帯、通称”羅生門街”。
名前の由来程寂れている訳ではなく、非合法な賭場や遊郭等が立ち並び、裏社会の住人達で日夜賑わう不夜城。
そしてその遊郭の揚屋の個室にてムツキに相対するのは、裏では名の知れた
アル達と共に少なくない修羅場を潜り抜けてきたムツキからしても一見飄々とした掴みどころのない彼女から感じる”凄み”は並大抵のものではなく、なるほど裏社会の大物と言わしめるだけのものはあると納得させられた。
「しかし、わざわざ挨拶に来るとは殊勝なものですね。最近は粗雑で力任せを好むアウトローも増えてきて私も話が通じる相手が中々おらず商売上がったりだったのですが…」
「ウチのリーダーがそういう悪い大人の会話って言うのかな?怪しい取引きみたいなのに憧れてるんだよね。だから、私達としてもそっち方面に詳しそうな人を当たりに来たってわけ」
「ふむふむ、浪漫は大切、よーく分かりますよぉ?遊び感覚で浸ろうとするにはこの業界を些か舐めすぎというか幼稚かと思いますが…おっと失言でしたね」
「くふふ、私達の方針としてどんな相手でも舐められたら潰していいってのがあるからね〜」
ムツキの言うリーダーとやらを揶揄したニヤだったが、それを口にした瞬間にムツキから感じる圧力が強まったのを察知して早々に非礼を詫びると、ムツキも腕に巻き付けていた肉塊を袖の中へと引っ込めた。
ムツキはニヤのことを値踏みするように観察すると、確かにその度胸と老獪さは中々のものだが、本人自体は大したことはないと評価する。
所詮彼女自体の力などたかがしれており、アルが気が済むまでそれっぽい取引の相手として付き合ってもらったら適当に処理しようと決めていた。
先程ムツキは決して手を引いた訳ではない。
例え冗談だろうと駆け引きの一環だろうと、ムツキはアルを馬鹿にし侮る者は絶対に許さない。
(ハルカちゃん程短気じゃないけど、カヨコちゃんでも同じだろうね。まあ、せいぜい私達の役に立って楽しませてもらおうかな)
そう考えて内心でほくそ笑むムツキだったが…
ムツキはアルを舐められたらことに腹を立てたが、ではムツキはどうだろうか?
彼女が相対するのは紛れもなく裏社会の大物と呼ばれ、幾多もの修羅場を潜り抜けて生き残ってきた天地ニヤである。
ムツキはそんな彼女のことを舐めていないと言えるのだろうか?
ニヤは力では決してムツキに敵わないが…年季の差、その1点で大きく上回っているというのに。
「時に…ムツキさん。私は先程貴女達の噂を聞いたと言いましたが…どんな噂かはご興味ありませんか?」
「…ふうん?どんなの?」
「というのも───
───私の取引先を尽く潰してくれた商売敵、と」
「…っ!?」
次の瞬間───ムツキ達がいた揚屋の建物が盛大に吹き飛んだ。
「ただいまー!結構楽しかったわよ!まさにアウトローって感じで!」
「別にちょっと今後の計画の説明とか下見とか一緒にしただけなんだけどね…」
「あ、アル様!おかえりなさい!」
「おかえり…梔子ユメも一緒か」
「露骨に嫌な顔するね。仲良くしようよー」
「そうよ、これからそこそこ長い付き合いになる予定なんだから」
貴重な体験が出来たのか、機嫌よく扉を開けてアジトに戻ってきたアルと、協力者である髪の分け目から微かに額の縫い目が見える女性、梔子ユメを出迎えたカヨコは隠そうともせず顔を顰める。
困ったように苦笑するユメを放っておいて、カヨコはアルに何か以上が起きてないかをざっと眺めてチェックするとため息を吐き、ようやく安心したようにソファに力無くもたれかかった。
なんだかんだとムツキに言っておきながら結局本人も心配していたことをカヨコは自嘲する。
それがどんな心境なのかを読み取れないアルは口を開けたまま首を傾げるが、ふとアジトの中を見回して顔触れが少ないことを疑問に思った。
「ねえカヨコ。ムツキはお仕事かしら?」
「うん。前に社長が裏社会で有名な
「そうなのね…」
「んー?なんの話ー?」
「ああ、ごめんなさい。裏社会で有名な
「天地ニヤ、ねえ。ふうん?」
「?」
その名前を聞いてユメは目を細める。
彼女は記憶から…そう、
「えーと…ああそうそう。彼女は確か手広く色んな方面と顔の繋がりを持ってたはずだよ。アウトローは勿論、神秘の絡まない一般のギャングやマフィア、企業や連邦生徒会の行政官まで」
「噂には聞いてたけどやっぱり凄い人なのね!まさにアウトローって感じだわ!」
「それに…」
そしてユメはアジトのテーブルの上に広げられていた札束や財貨、そして書類に目を向け…不敵に微笑む。
「そこの資料に乗ってる組織、とかね」
「…なんですって?」
「…待って、それって…」
「君達って結構自分達なりの美学とかポリシーを重視してるでしょ?だから物資を略奪する時はよく他のアウトローとか反社会的組織を狙ってるみたいだけど…その中には天地ニヤと懇意にしていた組織も結構あったと思うよ?」
「…カヨコ。それが本当なら私達が天地ニヤに会っても良いものなのかしら?」
「…良くは…ないと思う…向こうの面子的にも…」
「え?えっと…」
ユメの話に顔を青くするアルとその程度の情報収集を怠った自分の不甲斐なさに歯噛みするカヨコ、そして話がイマイチ掴めず困惑するハルカ。
暫く硬直は続いたが、アルは帰ってきた際に脱いでいたコートを羽織り直すと軽くお気に入りのライフルの調子を確かめるとアジトを飛び出した。
「カヨコ!ハルカ!貴女達はさっき言ってた仕事に言ってきなさい!こっちは私が様子を見に行くわ!」
「…式神を貸すからそれに乗ってって。気を付けて」
「?よ、よく分かりませんがお気を付けてくださいアル様!」
「う〜ん、仲間思いだねぇ。大丈夫だとは思うけど…或いは天地ニヤが
倒壊した揚屋の建物。
周囲からは悲鳴が上がり人々は建物から距離を取って逃げ惑う。
そんな破壊の中心で、木材や柱を押しのけて起き上がったムツキは一瞬状況が掴めず辺りを見回すと、向かいの建物の屋根の上を見て瞳を鋭く細め、腕に肉塊を巻き付けた。
「やってくれたじゃん…最初からそのつもりだったってこと?」
「こちらとしてもかなり迷惑をしていましたので…ついでに貴女達を危険視していた方と利害も一致したのでこの際雇ってみました」
控えめに見積っても天地ニヤの身体能力、武力は一般の生徒に毛が生えた程度のもの。
それがあの破壊を掻い潜りいつの間にあそこにいるのかと思えば、その絡繰は単純なもの。
一瞬で彼女をあそこまで連れ出せる協力者がいたからに他ならない。
そして、その正体は一目瞭然だった。
「ふむふむふむ、雑多な相手であればどうしたものかと思いましたが───その殺気や気迫、わざわざこんな依頼を受けた甲斐があるというもの」
「にゃはは、おたくとは昔から仲良くさせてもらってますからね。頼みますよ〜?」
「…これまた大物だね。それじゃあ、今回も───手解きしてもらおっか、
ムツキの言葉に、ニヤの傍に控えていた狐耳の少女は領域を使う訳でもないのに手で印を結び、そしていつの間にか手元に出現させたクナイを構え桜色のマフラーを靡かせてムツキを見下ろした。
「ニンニンニン!面妖な秘儀に残虐極まりない威圧感!より高みに登るための修行相手として不足なし!魑魅一座、”久田イズナ”、参ります!」
以前ムツキ達が四人がかりで苦戦を強いられた浦和ハナコ同様、現在のキヴォトスにおいて連邦生徒会より”特級”に区分された危険人物の一人。
当然ながら一人では敵う相手では無い筈だが…
(私ならまあワンチャンあるんだよね!)
ムツキはイズナが放ってきたクナイを腕に巻き付けた肉塊を操り盾のようにして防ぐ。
それを見たムツキは「ほう」と感心したように声をあげると、羽織りの内側から新たにクナイを四本、右手のそれぞれの指に挟むように持つと今度はそれをばら撒くように放った。
ムツキはその内自分に当たりそうなものだけを同じように肉塊の盾で受け止め…着弾と同時に、自身の左右に着弾したものと合わせて同時にそれらが炸裂した。
「うわっ!?あっぶないなぁ…!」
「なるほど」
小規模な爆発と飛び散るクナイの破片は込められた神秘で威力が底上げされているのもあり並の生徒ならば全身をズタズタにされて致命傷を負うところだが、ムツキは特に傷を負うこともなくそれを耐えきり、今度はこちらの番とでも言うように肉塊の盾の形を変え、伸縮自在の触手へと変形させそれを薙ぎ払った。
触手は前方にあった建物を次々と薙ぎ倒しながらイズナを追うが、それを人間業とは思えない身軽さで悠々と回避し、建物から建物へと飛び移って攻撃範囲の外まであっという間に退避してしまう。
ムツキもそれを追いかけようとするが…
「んー?痒いんだけど」
「なっ!?」
ムツキの背後から飛び出したお面の少女が2人、ムツキの背中に銃撃とクナイを浴びせる。
しかしそれを意に介した様子もなく振り返ったムツキは再び触手を薙ぎ払ってその2人を撃墜する。
流石に神秘を扱えないただのギャングと違ってその2人は神秘による肉体強化でその一撃を耐えたようだが、逃走や反撃の隙を与えることもなくムツキは打ちのめされた2人の頭へと手を置き、否応無しに肉塊へと変えて袖の中へと取り込んだ。
そしてムツキが改めて周囲を見回すと、辺りの建物の屋根の上にイズナや先程の2人の仲間と思われる仮面の人物達…魑魅一座の構成員がムツキを包囲していた。
「はー…めんどくさー」
「ふむ、手に触れたら終わりな感じでしょうか?厄介そうな秘儀ですね。それに…」
「舐めてくれるなあ、もうっ!」
三度触手を薙ぎ払い周囲の建物を吹き飛ばすムツキだったが、仲間の犠牲を利用して手の内を除いた魑魅一座達はそれを避けると四方八方から銃撃やクナイ、短刀の投擲をムツキへと加えていく。
「うざったいってば!痛いものは痛いんだからさぁ!」
しかしどれだけ攻撃を受けても堪えた様子のないムツキは強引に弾幕を突っ切って最も近かった魑魅一座に近付くと、反撃に振るわれた刀を手で掴み、そのまま握り砕いて頭へと触れ肉塊に変える。
続いて近くにいた別の魑魅一座は後ろに飛び退きながらムツキへとクナイを投げ、それらが命中して突き刺さった事にお面の下で口角を上げる。
…が、突き刺さったクナイは沈むようにムツキの身体へとめり込んでいき、少しの間を置いてムツキは自分の掌から身体に沈めたクナイを排出、それを手に持って飛び退いた魑魅一座へと投げ返した。
クナイは魑魅一座の身体を紙であるかのように易々と貫通して絶命させ、別の位置からロケットランチャーを撃ってきた魑魅一座を睨むと肉塊の触手で迫る弾頭をキャッチし、それを振り回して魑魅一座が数人密集している位置へと叩きつけた。
爆発に巻き込まれ混乱する魑魅一座達の中心へと飛び込んだムツキは、手近な魑魅一座に触れて肉塊に変えると散開した魑魅一座の1人に向けて触手を振り回し、その先端を棘付きの鉄球のような形に変えるとそれで魑魅一座を叩き潰す。
「五人目」
「怯むな!所詮相手は一人だ!」
相手の指揮官と思われる天狗面の叫びに従って他の魑魅一座も果敢にムツキへと攻撃を続けるが、そのどれもがムツキに通じることはなく、彼女達の猛攻を受け切ったムツキはそれで終わりかと冷笑すると両腕の袖から伸ばした触手を蜘蛛の脚のようにして自分の身体を持ち上げ、高所から魑魅一座達の位置を確認した。
そして、その中から一人に狙いを定めると触手を器用に動かして急接近し、至近距離からの射撃をものともせず強引に掴みかかって手を触れ肉塊に変える。
背後から殴りかかろうとしてきた魑魅一座には一瞥もくれることなく触手を振り払って首の骨を折る威力の打撃を加え絶命させ、視線を走らせ近くにあった壁目掛けて触手を突き出せば、壁の向こうに潜んでいた魑魅一座の腹部を触手が貫いた。
「八人目」
「クソッ!なんなんだアイツは…!おい!久田!早くアイツを…!」
「九人目」
「ガッ…!?」
いつの間にか姿を消していたイズナに怒号を飛ばす天狗面の指揮官だったが、一気に接近してきたムツキによって顔を捕まれ、そのまま肉塊へと変えられる。
まだ魑魅一座は十人ほど残っていたが、ここまでムツキが見せた一方的な戦いに尻込みし、指揮官を失って戦意を鈍らせているようだった。
そんな彼女達の恐れも気にすることなく、仕掛けられた以上は全滅させることしか考えていなかったムツキだったが───背後からの気配に咄嗟に触手を振り回すも、逆に触手は切り捨てられ、ムツキの傍に着地した彼女…イズナは振り向きざまに伸ばされたムツキの手を避けると回し蹴りでムツキの腹を蹴り飛ばし、強引に遠くへと吹き飛ばす。
「くっ…この、食べたもの吐いちゃったらどうするのさ…!」
「でしたら乙女の尊厳を傷付けてしまって失敬しました。でもまあ、今更そんなの気にする質では無いでしょう?」
「はっ、仲間がやられてるのを悠長に見てた癖によく言うよ」
「忍者たるもの情報戦は大事ですから!確実に相手の手の内を引き出して…殺します」
「…それはこっちの台詞なんだけど」
お互いに神経を研ぎ澄まし向かい合う。
ムツキは理解していた。
目の前の相手は他の魑魅一座とは比べ物にならない相手だと。
故に油断なく何時でも反撃できるよう構え───気付いた時にはイズナに背後を取られていた。
(速っ…)
「遅いですよ!」
振り上げられたクナイによってムツキの背中が斬られるが、ムツキにとっては大したものではない。
振り向いて反撃しようとして…振り向いた頃には既にイズナはムツキの後ろにいる。
「クソッ…」
「ニンニン!」
再びムツキは蹴り飛ばされ、遠くの建物の壁にぶち当たって止まる。
倒壊してきた瓦礫の下敷きになり、それを破壊して起き上がったかと思えば目の前にイズナは迫っており、更に蹴り飛ばされてムツキは地面を転がされた。
「こっの…!」
強い屈辱を感じだムツキは触手を地面に突き立てると力任せに地面を掘り返し、周囲に土煙をばらまく事で追撃を避ける。
その間に体勢を整えると、少し離れた位置まで下がっていたイズナ目掛けて急接近し必殺の手を伸ばして───手のひらを避けたイズナはムツキの腕を掴むと背負い投げの容量でムツキを地面へと叩きつける。
「っ…!」
「これはどうでしょう!イズナ流忍法、”爆裂手裏剣”!」
飛び上がったイズナは仰向けに倒れるムツキ目掛けて幾つもの手裏剣を投擲し、それらがムツキへと突き刺さり…そして爆発する。
普通ならば当然のように致命傷になる攻撃だが…咳き込みながら爆炎から現れたムツキにダメージは見られない。
「これも駄目ですか。となると…彼女の秘儀は…なら…」
「何やっても、無駄だからさぁ!さっさと諦めて死になよ!」
ブツブツと考え事をするイズナに苛立ち混じりに触手の先端の棘鉄球を振り回すムツキ。
しかしどれだけやっても当たることはなく、容易く回避したイズナは一人で頷くと再びクナイを構え、ムツキの懐まで踏み込んできた。
「だから、あんたらの攻撃なんて効かないって…!」
「───”シン・陰流 簡易領域 ”」
「なっ…!?」
ムツキを巻き込むようにイズナが広げたのは半径15m程の簡易領域。
それは簡易とはいえ領域は領域で、範囲内の他者の秘儀をある程度中和し減衰する力がある。
その上簡易領域に付随する結界は使用者の範囲内の知覚力や攻撃の精度を向上させる効果もあり…イズナの振るったクナイは、確かにムツキへとダメージを与えた。
「うっ…!?な、なんで…」
「最初は恐怖で再生しているのかと思いましたけど、私達が使うクナイって毒が塗ってあるんですよね。恐怖による再生は毒には効果が薄いですから。なのにそれもあなたはあまり効いた様子はありませんでしたし…なら、秘儀によって防御していると考えるのが自然でしょう?でしたら後は簡易領域で秘儀を中和した上で攻撃するだけ、実に簡単ですね。やけに困惑しているようですが…簡易領域の使い手と戦うのは初めてだったりします?」
「ふざけっ…」
口の端から血を流すムツキは怒りに任せてイズナに手を触れようとするが、逆にそれを恐れることなく飛び込んできたイズナは手を避けてムツキの胴に組み付くと、ムツキの身体を持ち上げた。
「イズナ流忍法!”飯綱落とし”!」
「がはっ…!?」
持ち上げた勢いでイズナの後方に頭から叩きつけられたムツキは視界が明滅し、久しく感じて来なかった苦痛と激しい胸の鼓動に襲われる。
それでも尚何とか立ち上がろうとするが…起き上がろうとするムツキの背中をイズナが足で押さえ付けた。
「ぐっ…」
「まあこれでもイズナも一応魑魅一座に所属してますからね。仲間を結構やってくれましたし、落とし前をつけてもらいましょうか。触れられたら終わりで普通の攻撃も効かない相手と戦える機会なんてそうそうありませんしら良い修行になりました。それでは、おさらばです!」
イズナは簡易領域により本来の秘儀の力を出せなくなっているムツキ目掛けてクナイを振り下ろそうとして───
「…うわっと!?」
───何処からか飛来した弾丸を咄嗟にクナイで防ぐも、その威力を受け止めきれずに弾かれるように吹っ飛ばされた。
「…?え…」
何が起きたのか掴めず顔を上げたムツキは…目を見開く。
目の前で、見覚えのあるコートが靡いていたのだ。
それは、どこか頼りないのに、ムツキ達にとってはこれ以上ないほどに頼りがいのある後ろ姿だった。
「大丈夫かしら、ムツキ室長…なんて格好付けてる場合じゃないわよね!?大丈夫!?ムツキが怪我なんて…ど、どうしましょう…!?」
前言撤回、やはり頼りなかった。
「アル…ちゃん…」
「と、取り敢えず生きてはいるわよね?治せそう?」
「…うん、大丈夫…なんとか領域から出てるから…うん、大丈夫だよ」
「良かったぁ…ムツキが会いに行った相手ってのが私達に恨みがありそうって聞いて慌てて駆けつけてきたのよ?」
「それに関しては私も迂闊だったなぁ…でも、ありがと、アルちゃん」
「…!良いのよ、社員の事を守るのも社長の役目なんだから!」
「…ふぅ、やってくれましたね」
アルとムツキの会話を空気を読んで眺めていたイズナは会話に一区切りついたであろうタイミングで姿を現した。
それを横目で捉えたアルは、ムツキに向けていた親しみのあるそれとは一転、冷たく敵意に溢れた眼差しを向ける。
ムツキは、カヨコは、ハルカは、アルを舐め侮る者を絶対に許さない。
それと同時に…大切な社員を、仲間を傷付ける者をアルは絶対に許さない。
「ウチの可愛い社員がお世話になったわね」
「お互い様じゃないでしょうか?こっちだって結構被害出てるんですから。それなのにそっちだけ損害を主張するのは虫が良すぎるのでは?」
「あら、知らなかったのかしら。真のアウトローっていうのは仲間を家族のように大切にするものなの。使い捨て前提のそっちとは同じにしないで欲しいわね」
(…生き残っていた皆さんがいつの間にかやられてますね。イズナが相手している間は皆さん屋根の上に退避してましたし、彼女ここに来るまでに全員撃ち抜いて来たんですか?ああ恐ろしい)
「社員が受けた借りはしっかりと返させて貰うわよ」
「望むところ、と言いたいところですが…」
「?」
イズナは冷静に思考を巡らせ…どうやら回復したらしく立ち上がってこちらを睨んでくるムツキと新手であるアルを交互に見て戦力を分析すると、くるりとその場を振り返った。
「割に合いません。今回はクライアントを回収して引き上げるとしましょう」
「…は?」
「あー!?アルちゃんあいつ逃げたんだけど!?」
「な、なんですってー!?」
文字通りしっぽを撒いて逃げ出したイズナに呆気に囚われたアルだったが、ムツキに背中を叩かれ慌てて追おうとするも、その圧倒的な身軽さに由来する機動力はアルを持ってしてもとても追いつけるものではなく、あっさりとその逃走を許してしまい、後に残るのは壊滅した羅生門街の一角で立ち尽くすアルとムツキのみ。
「に、逃げられた…」
「もう!あいつら絶対いつかぶっ殺す!」
「…仕方ないわね。気持ちを切り替えて、今日はもう帰りましょう。カヨコも心配してたわよ」
「うぅ…まさか私があんな…」
「無事でさえいてくれればそれだけで充分よ。ああ、本当に肝が冷えたわ…」
やはり慣れない単独行動なんてするものでは無いと、アルは余程のことが無い限りは皆で行動を共にしようと考える。
いや、それはそれで逆に成長する機会を無くしてふとした時に今回のような事態になってしまうのでは?と危惧もしてしまう。
そうして今後どうしようかとアルが頭を悩ませていると…
「…ねえ、アルちゃん」
「うん?どうしたの?」
「…ありがとう」
「…良いのよ。それにほら、言ったでしょ。社員のことを守るのは社長の役目だって」
「…私も、アルちゃんを…皆のことを守れるぐらい強くなるから」
「そう?なら楽しみにしておくわ。私にとって皆が成長するのも嬉しいことよ」
カヨコが移動用にアルへと貸した鳥のような式神に乗って帰還している最中。
俯き微かに涙ぐみながらそう告げてくるムツキに、アルはムツキの頭に手を置き優しく撫でながら帰路を共にする。
アウトローの道は酷く険しく、今回こそ間に合ったもののいつ仲間が道半ばで倒れるかも分からない茨の道だ。
故に、彼女達はより強くなろうとする。
いつか、目指した道の先にある終着点に。
全員で笑って辿り着けるように。
「う〜む、任務失敗ですかぁ…そもそも戦いもせずに逃げてきたのもどうかと思うんですけどねぇ」
「あれが一人なら、もしくは味方がもう少し残っていればイズナも戦うつもりでしたよ?貴女が依頼料ケチって二十人程度しか雇わなかったせいです」
「貴女一人雇うだけでごっそり持ってかれたんですが!?」
アル達から逃れたイズナとニヤは別の遊郭、揚屋の個室にて焼き鳥や刺身を嗜んで本日の反省会を繰り広げていた。
と言ってもその内容は責任の押し付け合いのようなもので最早反省会の体を成していないが…
「で、実際貴女から見てどうだったんです?」
「ふむ…かなり将来性はあると思いますよ?赤髪の子なんかは既に
「強さにストイックな貴女がそこまで言うとは…はぁ、虎の尾を踏んでしまいましたし、私も当分は潜伏するとしましょうかねぇ」
「ニヤ殿は色んなところに喧嘩を売り過ぎなんですよ。好き勝手するならそれを押し通せるほどの強さも無ければ。その点、ワカモ殿は凄かったのでしょう?他を寄せ付けない圧倒的な強さで…」
(にゃ〜…この人がワカモさんの話し始めると長いんですよね〜…)
結果ニヤは2時間ほどイズナによるワカモの話や強さ談義に巻き込まれたという。