神は人を追放し、命の木に至る道を守るため、エデンの園の東にケルビムときらめく剣の炎を置かれた。
『聖書協会共同訳聖書創世記3章24節』より───
───”特級神名特異体、ビナー”
かつてキヴォトスに神出鬼没に現れては災害の如き被害を撒き散らしてきた凶悪な特異体。
何年か前に聖園ミカによって鎮められたことでその被害は無くなっていたが、それとほぼ同じ形をした災禍は再び現れてアリス達を追跡していた。
ビナーが接近したことで走行する列車もあれが引き連れてきた砂嵐に飲まれ、視界は一気に不明瞭になる。
そんな砂嵐の中で列車の上に乗ってビナーを見据えるアリスとヒナはそれぞれの武装を構えて迎撃体勢を取った。
そして襲撃者の正体を確認したヒナはノゾミから受け取った乗務員用無線で列車の先頭に向かわせたカズサ達にそれを伝える。
「あー、確認したわよ。襲撃してきたのは特級神名特異体ビナー、かなり早いわ。今の速度だと直ぐに追い付かれる」
『ビナー?』
『えー…』
『マジで!?あいつ来たの!?』
無線を受け取ったカズサはなんだそれ?と言った様子だが、同じく通信を聞いていたノゾミとヒカリが露骨に嫌そうな声を上げる。
『先輩達からの又聞きだけど、あいつ前に現れた時は何度も何度もウチの線路とか列車をぶっ壊してたらしいし、アビドスの鉄道が完全に止まったのもあいつに線路壊されたせいだから、ハイランダーにとっては怨敵みたいなヤツだよ!っていうか真後ろ来てるってことは絶対後方の線路ぶっ飛んでるじゃん!最悪!』
『でもー、聖園ミカに鎮められたんじゃなかったっけ〜?』
「私もそう聞いてたけど、どういう訳か目の前にいるのよ。特異体の中でも神名特異体はケセド以外にはこれまで鎮められた後に復活したことは無かったらしいのに。カズサ達はオペレーションルームに連絡を試して。取り敢えずは私達で迎え撃つわ。今は列車の速度を上げさせて、追いつかれないようにして」
『分かった、気を付けてね』
必要な報告を終えたヒナは話していた間ずっとビナーを警戒してくれていたアリスにアイコンタクトだけで礼を伝えると、改めてビナーへと向き直る。
凄まじい速度で泳ぐように砂上を移動するビナーは更に速度を上げた列車にも徐々に距離を詰め、ある程度距離が縮まったところで大気を揺らす程の爆音で咆哮を上げると背部に搭載されたポッドからミサイルを射出し、数十と発射されたそれらが一斉に列車へと殺到する。
「やるわよアリス!」
「はい!」
掛け声の後、ヒナは構えたマシンガンを乱射して迫るミサイルを全て撃墜する。
続けてミサイルの撃墜をヒナに任せていたアリスはその間にレールガンをチャージし、ミサイルの爆煙の向こうのビナーへと向かって放つ。
爆煙を突き抜けたエネルギー砲は一直線にビナーへと迫り───目の前に迫ったそれをビナーはその長い身体をうねらせて回避した。
「避けられました!?」
「嘘でしょ?ただでさえあのレールガンの速度を目眩しでタイミングを悟らせないようにした上で撃たせたのよ?」
「…今のを避けられるとなると、下手に撃っても当たる気がしません」
「なら上手いことチャンスを見つけて狙ってくしかないわね。私の銃で抜けるような装甲には見えないし」
「ついでに装甲の薄い場所も探ってみましょうか。あの巨体だと1発2発撃ち込んで倒せるとは思えませんし。そうなると…ビナーの周囲を走り回れます?」
「ウチのわんちゃんを甘く見ないことね
───『玉犬”渾”』」
脅威の回避性能を見せたビナーに迎撃の方針を定めた2人。
ヒナが玉犬──以前よりもより大きなもの──を召喚し、その上にヒナとアリスが相乗りする。
2人を乗せた玉犬は走行中の列車から飛び降りるとそれを追いかけるように走りつつ、ビナーと列車の中間に当たる位置を維持する。
Keyに乗っ取られたりと色々あったヒナだが、Keyがその肉体と神秘、そして秘儀をフル活用した結果、十種影法術を運用する上での神秘出力の上げ方が幾らか身体に染み付いた今のヒナが召喚する式神の性能は死滅回遊時のヒナのそれを遥かに凌駕しており、多数の式神が破壊されてしまっている今でも対応力こそ減れど総合的な戦力ではそう劣化している訳では無い。
故に玉犬の速度はやろうと思えば全速力で走行する列車すら追い抜ける程で、重装備のヒナとアリスを乗せても支障が出ないパワーも備えている。
そんな玉犬の背に乗せられるアリスとヒナはその速度と砂嵐の影響で凄まじい風圧を受けながらも列車を追跡し続けるビナーの方を振り返る。
アリスの前にヒナが乗っている形なので、もし遮光服の中に髪を収めていなかったら今頃アリスは後ろに靡くヒナの髪に埋もれているだろう。
そうして再びビナーを迎え撃とうとする2人だが、そこに乗務員用無線に連絡が入る。
応答したヒナに、無線の向こうからはカズサの気まずそうな声が聞こえた。
『あー…ごめん、オペレーションルームと連絡が繋がらないや』
「…なんですって?」
『ハイランダーの方のCCCにも繋がらな〜い』
『砂嵐の中に入ってから外部との通信機器が全部遮断されちゃってるんだよ!この無線が通じてるのを見るに、砂嵐の外周が電波を遮断する結界みたいになってるっぽい?』
「…なるほど」
ノゾミの考察を聞いたヒナは砂嵐を引き連れているビナーが近くにいる限り外部との連絡は困難だと判断する。
そうとなれば増援には期待出来ず、この場で、この戦力だけでビナーを対処しなければならない。
「まあ、元から半分そのつもりだったけどね」
「カズサ!アリス達はビナーを何とか引き付けて列車を守りますので、援護してください!」
『分かった…今窓から確認した。砂嵐で見えにくいけど…あの巨体だと私の武器と秘儀じゃ通用しないかも。サオリ先輩から予備の高火力な武器借りとけば良かったかな』
「最悪あいつがまた列車にミサイルとか撃って来たらそれを撃ち落としてくれれば良いわ。あなたが頑張ってくれたら私達もあいつの迎撃に集中出来るしね」
『おっけー、それなら任せて。ほら追いつかれるからもっと列車の速度上げて』
『人使いが荒い…殆どカーブの無いアビドス横断鉄道の線路じゃなかったらこんな速度出せないよ!』
『もっと速度上げるの〜?ならー…ヒドラジーン投入ー』
『後ろにアリス達がいるんだからやめてよね!?』
「変なことしてないで普通に速度上げてなさい!」
『えー?』
『んじゃあ、とにかくこっちは限界まで加速するからビナーの相手は頼んだよ〜』
破天荒なヒカリに調子の良いノゾミとハイランダーの生徒も本部の連中に負けず劣らず癖が強いことに呆れるヒナは、列車がさらに速度を上げたのを確認すると玉犬に少し速度を落とすように指示し、猛追するビナーとの距離を少し縮めさせる。
ある程度近付いた事でそれを警戒したのか、ビナーはアリス達を睥睨すると再び背部のポッドを開いてミサイルを射出する。
玉犬に乗るアリスとヒナを狙って雨のように降り注ぐそれを、再びヒナがマシンガンで撃墜する。
ついでにミサイルの内何本かは列車を狙った様だが、列車の上に上がったカズサがそれを撃ち落としている。
あれくらいの攻撃ならば充分任せられると信じ、ヒナはさらに玉犬に速度を落とさせて遂にはビナーの真横へと張り付かせるように並走させた。
「まずは私が色んなところを狙ってみるから、装甲の薄そうな部分を狙ってちょうだい」
「分かりました!」
簡単に確認したヒナは目視出来る範囲でビナーの装甲の薄そうな箇所…蛇のような巨体を構成する蛇腹状のその身体の節に当たる部分をまずは狙い撃つが───単発で撃った弾丸はビナーに触れる前に見えない何かに弾かれた。
「っ!?しくったわ!」
「今のは、バリアでしょうか?避ける動作もありませんでしたし、その必要が無い攻撃だと理解していた?」
「逆にあんたの攻撃を避けたのを見るにそっちの火力ならバリアを破られると判断したんでしょうね」
「ならやはりアリスがどうにかするしかありませんね!ヒナは援護をお願いします!」
状況に合わせて柔軟に方針と役割を変え、レールガンを構えたアリスはビナーの前方の進路に狙いをつけ、偏差を計算した上でレールガンを発射する。
動かしやすい頭部ではなく胴体に近い部位を狙ったエネルギー砲は…ビナーが放物線を描いて跳ね上がった事で軽々と回避された。
「あの巨体であんなに身軽に…」
「でもやっぱりわざわざ避けるってことはそれなら効きそうね。後はどう当てるかだけど…」
「…ヒナ、もう少し玉犬を寄せてくれますか?」
「良いけど…何する気?」
「勿論、絶対に当たる距離まで詰めるんです!」
「まさかとは思うけど…仕方ないわね」
アリスがやろうとしていることに当たりを付けたヒナは呆れつつも苦笑してそれを承諾し、出来る限り玉犬をビナーへと近付ける。
更に距離を詰められたことでそれをさせまいとビナーも抵抗を激しくし、背部から大量のミサイルを展開さるが、その尽くがヒナ…そして列車の上から援護してくれているカズサによって撃ち落とされた。
そして徐々に玉犬とビナーの距離は縮まり…
「…ストップです!」
「もう良いの?」
「はい、これ以上近付くと反撃が怖いですから」
もう目と鼻の先までの距離まで迫り、玉犬はビナーの直ぐ真横を並走している。
これ以上近付けばその巨体で直接体当たりでもされれば回避できないと接近をやめさせたアリスは並走するアリス達に視線を向けてきているビナーと目を合わせると、フッと笑ってその頭部へとレールガンを構える。
この並走の最中にもビナーはあれから更に加速している列車とかなり距離を縮め今にも追いつきそうになってしまっているため、なんとしてでもここで食い止めなければならない。
故にアリスはレールガンをチャージして…
「光よ────!」
エネルギー砲を放つ。
動かしやすい頭部を狙ったそれはこれだけ距離を詰めてなおビナーはひょいと頭部を動かして回避するが…アリスは、ビナーが回避行動を取った時にその巨体の重心がズレる事で僅かに減速していることに気付いていた。
その瞬間を狙って───アリスは玉犬の上から跳躍し、ビナーへと飛びかかる。
「ヒナの弾は弾けるようですが…アリスの拳ならどうでしょう!」
飛びかかりながらタイミングを図ってアリスは腕を振り抜く。
それは先程ヒナの銃撃を弾いた時に見たバリアの位置をドンピシャで捉え、拳はバリアを貫いてその内部にアリスの侵入を許し、そのままアリスはビナーの身体へと取り付いた。
接触を許してしまったビナーはなんとかアリスを振り落とそうとアリスがしがみついている部分を地面へと擦り付けようとするが、その前にビナーの身体を駆け上ったアリスは先程からビナーがミサイルを発射している背部まで到達すると、そこにレールガンの砲口を押し当て、チャージする。
「もう一度行きますよ…光よ────!」
ゼロ距離から放たれたエネルギー砲は他の部分より装甲の薄いポッドの蓋を突き破り、そのままビナーの内部に格納されているミサイルにまで誘爆して大爆発を起こす。
その衝撃でビナーの背部から吹き飛ばされたアリスだが、その落下地点へと先回りした玉犬とヒナにより回収された。
一方ビナーはかなりのダメージを負ったのか苦しみに悶えるかのような咆哮を上げると、頭部から地面へと潜り込んで姿を消してしまった。
「…逃げられましたかね?」
「いや…まだ下に神秘の気配があるわ…って、速っ!?」
砂嵐全体が神秘を持っていることで判別しにくいが、それでも本体の強大な神秘を頼りに砂中に潜ったビナーを追っていたヒナは、それが異常な加速をした事に気が付いて思わず声を上げる。
なにせ、その速度はあっという間に玉犬を突き放し、先程まで少しずつ距離を詰めていたのが嘘のように急に列車を追い抜かす勢いまで加速したのだから。
慌てて玉犬にも加速させたヒナだったが、既にビナーは列車の真横に移動しており追いつくのには時間が掛かる。
「っ…!アリス!先行きなさい!」
「分かり、ましたっ!」
「私は───」
玉犬の速度では間に合わないと察したヒナが合図を出すと即座にアリスも再び玉犬の上から跳躍し、一気に列車へと飛び乗る。
アリスが列車の屋根を転がりながら着地した頃にはビナーは砂中から顔を出して列車に並走しながら口内へと莫大なエネルギーの光を溜めていた。
「アリス!」
「カズサ、一旦中に入ってください!」
有無を言わさずレールガンをチャージしながら呼びかけるアリスの気迫に押され、返事をする間もなくそれに従ってカズサが窓から列車の中に飛び込んだ直後、ビナーが口内に溜めたエネルギーを解き放ったのと同時にアリスもレールガンを発射する。
双方のエネルギーが衝突し───アリスの方が若干押し負ける形で相殺し切れず拡散したエネルギーが列車へと降り注ぐ。
「くっ…カズサ!大丈夫ですか!?」
「なんとか…」
列車は至る所が破損して側壁や天井に穴が空いているが、奇跡的に動力部や車輪は無事なようで走行に支障は出ておらず、カズサと…運転台の方から割と楽しそうに元気な叫び声が聞こえていた辺りノゾミとヒカリも無事そうなのを確認したアリスは続けてレールガンをチャージする。
先程の光線を放った反動で減速したのか少し後方に下がっていたビナーだが、直ぐにまた急加速して今度は列車の斜め前に陣取ると、今度は列車の前方へと寄り始めた。
「列車の前…前方の線路を壊す気!?」
「なっ…!?」
壊れた列車の側壁から身を乗り出してビナーを観察していたカズサがその意図を見抜くと、アリスは途端に背筋が冷える感覚に襲われた。
そもそもアリス達が列車を守っているのは直接戦闘能力が低そうなノゾミとヒカリを地上で庇いながらビナーと戦える自信が無いからだ。
故にビナーから2人を遠ざけられる列車という手段を失ってしまえば無犠牲でこの状況を打開するのが非常に困難になってしまう。
もう二度と、手の届く範囲で誰かを失いたくないというのに。
(レールガンで妨害して…いえ、この距離では簡単に避けられてしまいます。どうすれば…!)
「アリス!大丈夫!?」
「!」
必死に思考を回転させなんとかビナーを止める手段を模索していたアリスに、追いついてきたヒナと玉犬が声をかける。
それを見たアリスは何かを閃くと、ヒナに持たせていた無線を奪い取るようにふんだくるとノゾミとヒカリへと繋げた。
「ちょっとアリス!?」
「ノゾミ!ヒカリ!もうアリス達は列車の上にいるので、”何をしても良い”ですからもっと速度を上げてください!」
『おー?良いのー?』
『マジ?じゃあ遠慮なく行くよ!しっかり掴まってな!』
アリスが連絡を入れノゾミとヒカリが了承した次の瞬間───列車が大きく揺れ、列車の上にいたアリスとヒナが後方に投げ出されそうになるが、玉犬がまだ残っている列車の天井に爪を突き立てて固定した身体で2人を受け止めた。
「ありがとうございます…何をしたんでしょう?」
「…ヒドラジン燃料。主にロケットの推進剤に使われる燃料ね。猛毒だから噴き出す煙でも吸ったり浴びたりすると危ないけど…」
何故かこの列車に搭載されているブースターから後方に黒煙を上げながら、急激に加速した列車はビナーが線路を破壊するよりも先にそれを追い抜かした。
ただでさえ危険域まで加速していた列車が更に速度を上げたことで車輪の方からかなり嫌な音が鳴り、列車そのものの揺れも尋常では無くなっているが不思議と脱輪したりする様子は無い。
「これだけ速度出してよく無事ねこの列車…」
『それはね!』
『私達の秘儀ー、”乗り物の加護”ー』
「乗り物の加護…?」
『そそ!私達が乗ってる乗り物は列車でも車でも飛行機でも、前に道が続いてる限りは正確に進路を辿れるの!その間は無茶な速度を出したとしても外部からの影響以外でその乗り物が破損することはないってわけ!』
『2人分の秘儀が働いてるから効力も2倍ー。元から乗り物に異常があったり線路…道が壊れてる場合はふつーに事故るけど、動力と走行に必要な部品が正常な限りは大丈夫ー』
「す、凄いですね…」
「…本当に大丈夫なのよね?」
『めいびー』
無線から得意気に語るノゾミとヒカリに感心するアリスとヒナだったが、後方から爆音が轟いたことでそちらの方を振り返ると、これだけ列車が速度を上げてもなおやはりビナーは着々と距離を縮めてきていた。
「…流石にこれ以上速度は出なさそうだし、次追いつかれたら逃げ切れないわね。カズサ、下にいるかしら?」
「いるよー。今上がるからちょっと待ってて」
列車の揺れに耐えながら屋根に飛び上がったカズサを玉犬が身体で受け止め、3人で玉犬にしがみつきながらビナーを眺めるというシュールな絵面が完成する。
至って真面目な本人達はビナーが次の攻撃を仕掛けてくる前にあれこれ相談し合い…そして作戦を決めると、今度はヒナが無線をカズサへと渡して列車の中に入り、アリスとカズサが屋根の上に残った。
「行きますよ!光よ─────!」
玉犬の背にレールガンの砲身を乗せ、さらにカズサにも支えてもらってなるべく安定させたその砲口から放たれたエネルギー砲はすっかり慣れて射撃の精度も上がったアリスの狙い通り真っ直ぐにビナーへと迫る。
しかしやはり距離があった為にビナーはそれをあっさりと横に避け、そこから更に加速して一気に列車の横にまで付けてきた。
(先程から感じていましたが、ビナーは直接列車に体当たりをする気がない…そこまで近付いてしまえばアリスのレールガンを避けられなくなるからでしょう。損傷を受けること承知でゴリ押して来たら…その時はその時です)
列車の真横に付いたビナーは横目でアリス達の方を見やると、再び列車の前方へと移動した。
これ以上の速度は出せない以上、もう線路の破壊を阻止する手段は無い。
さらにダメ押しとばかりに大量ミサイルを発射してアリス達に妨害させまいとしてくる。
一応一部のポッドは先程アリスが破壊した為にミサイルの数は減っているが…これら全てのミサイルと前方のビナーの両方を対処する余裕は無い。
故に…
「カズサ!」
「よし大丈夫!降りるよ!」
先程アリスがレールガンを撃った反動でそれを支えていたカズサは軽く吹き飛ばされそうになって列車の屋根にしがみついていたが、
2人が乗ったことを確かめた玉犬は列車の上を走り、先頭車両へと移動する。
「こっちは準備完了!」
『今出るわ。3、2…』
カズサが無線で合図を送ると、ヒナはタイミングを合わせるために数を数える。
もう列車の前方では今にもビナーが線路に身体を押し付けて破壊しようとその巨体を寄せている。
『…1!』
そして…先頭車両の扉を蹴破ったヒナがノゾミとヒカリを両脇に抱えて列車の外へと飛び出した。
それにぴたりと合わせて列車から降りた玉犬と、それに乗るアリスとカズサが飛び出してきたヒナ達をキャッチする。
今の列車の速度には流石の玉犬の走力でもあっという間に置き去りにされるが…無人の列車が進んだ先でその進路に自らの身体を割り込ませて線路を破壊したビナーに、列車は勢いよく衝突し───列車は砂嵐を吹き飛ばす程の大爆発を起こして爆炎がビナーを飲み込んだ。
「うおー」
「パヒャッ、めっちゃ派手じゃーん!」
「…いや利用しといてあれだけど、どんだけ可燃物積んでたのよ」
「ハイランダー支部特製の特異現象捜査部専用車両にはいざと言う時の自爆機能まであるからね!」
「ハイジャック対策はばっちーし」
「ヒドラジンごと爆発させたら大惨事でしょ…」
「あれは勝手に私達が積んでるだけだから普通なら大丈夫大丈夫!」
「あれ最悪アリス達も巻き込まれてますよね…」
「今回人選が良かったのか悪かったのか…」
あれだけ危機的な状況でも普通に盛り上がれてる2人にとんでもないのと組まされたと感じるアリス達だったが、あれだけ派手な爆発に飲み込まれてもその爆煙の内側から感じる強大な神秘は未だ健在であり、列車の爆風で一瞬吹き飛ばされた砂嵐も復活してしまう。
「…後はアリス達の仕事です」
「あなた達は玉犬に乗って近場の駅か砂嵐の外まで行ってきなさい。あれだけ速度上げて走ってたんだから近くになんかはあるでしょ」
「んー…大丈夫ー?」
「まあなんとかなるでしょ。ほら、お姉さん達に任せなー」
「歳はあんまり変わらないと思うんだけど…まあいいや。守ってくれてありがとね〜」
子供扱いするカズサに不満を漏らすノゾミだったが、遠慮はなくヒカリと一緒に玉犬を乗るとビナーを避けるように遠回りして先へと走って行った。
それをアリス達も少し追いかけ、ビナーが玉犬を追いかけようとしても阻める位置まで移動するとそこで足を止める。
砂嵐が先程の爆発で起こった煙の全てを吹き飛ばし終わると、長い身体を伸ばして倒れていたビナーもむくりと頭部を起こしてアリス達の方を睥睨し、少し這って近付いてきた。
3人とビナーの間に緊張感が流れ───ビナーは砂中へと潜行した。
「下から来る気?」
「…いえ、この速度は…玉犬の方を追おうとして?」
「勿論そんな事させませんよ!ヒナ、カズサ!離れてください!」
潜行したビナーはアリス達を無視して手出し出来ないであろう砂中を通り離脱しようとする玉犬達を追跡しようとする。
無論それを許す筈も無く、アリスの掛け声でヒナとカズサがその場を大きく飛び退き、同時にアリスも真上に大きく飛び上がる。
そして真下へと手のひらを向けた。
「アリスの最大出力───『解』!」
アリスが放った分解の力…Keyとの戦いを通して身に付けたその力は特異現象や生物に対してはあまり効果は無いが、物体への破壊力はかなりの威力を発揮する。
そして地面に向けられた『解』は、地表を消し飛ばして砂中のビナーを強引に地上へと露出させた。
剥き出しになったビナーへ『解』の範囲から離脱していたヒナとカズサは挟み撃ちにする様にそれぞれ射撃すると、先程の列車の爆発でバリアが完全に崩壊したのか弾丸は全てその装甲へと届いていた。
(でもやっぱり装甲が硬すぎてこの武器じゃ歯が立たないわね)
(となるとこれまで同様メイン火力はアリスに任せるとして)
「こっちを見てください!ビナー!
光よ───!!」
アリスの呼び掛けに反応したのかレールガンのエネルギーを察知したのか、真上を見上げたビナーに対して先程の跳躍から落下中のアリスがレールガンを撃ち下ろす。
それを横に身を投げ出して回避したビナーは再び砂中に隠れようとするが、その前にビナーの胴体に着地したアリスはそこに両手を触れた。
「『捌』!」
そして秘儀を発動し…アリスが触れた場所を中心にビナーの装甲が崩れるように大きく剥がれ、その内部が露出する。
その後ビナーが激しく身体をうねらせた事で取り付いていたアリスは空中に投げ出されるが、ならばと再度地面へ向けて最大出力の『解』を放ち、砂を消し飛ばしてビナーを引きずり出す。
だがこれまで一応上手く扱えるよう練習をしていたとはいえ、ここまでのレールガンの発射に加えて消耗の激しいこの秘儀の最大出力を連発した事で一気に疲労と神秘の枯渇が回ってきたアリスはそこで力尽き…伸びてきた長い舌がアリスを捉え、ヒナの方へと引っ張って回収する。
「…ありがとうございます、『蝦蟆』」
アリスは自分を回収してくれたヒナの式神に礼を言うと、後は2人に任せようと蝦蟆にぐったりと体重を預けて意識を手放した。
時を同じくして、アリスの回収を蝦蟆に任せたヒナとカズサは先程アリスが破壊し露出した装甲の剥がれた部分に向けて一斉射撃を仕掛けていた。
それは装甲を狙っていた時と比べて明確に効果を発揮し、内部が攻撃されたことで部品が傷付いたからかビナーの身体のあちこちで火花が上がって異常を来たしているのが見てわかる。
だがそれでもまだまだ完全に鎮めるには足りず、ヒナとカズサでは明らかに打撃力不足だった。
この2人では、ビナーを倒し切ることは出来ない。
ヒナとカズサに集中砲火されるビナーはアリスがダウンしたのを見るや、自分に致命的なダメージを与えうる存在はもういないと判断してノゾミやヒカリを追いかけるのをやめ、この場でこの3人を始末するプランへと切り替える。
まずはチクチクと装甲の下を狙ってくる煩わしいヒナとカズサを処理しようと、ビナーは尾を口内へと莫大なエネルギーを溜め始めた。
「チッ、マズイわね」
「さっきの見る限りアリスじゃないと防げなさそうなんだけど…」
それを防ぐ手段も中止させられるだけの火力も無い2人はそれを為す術なく受けることしか出来ず────
「────なーんてね、『共振』」
ペロリと舌を出して笑ったカズサは秘儀を発動させる。
すると、光線を発射する直前だったビナーは突然何か大きな力を受けたように仰け反り、頭部が上を向いたことで光線は空の彼方へと発射される。
そのままビナーは仰向けに倒れ、ヒナとカズサは容赦なく追撃した。
ビナーが突然ダメージを受けたカラクリはシンプルで、先程ビナーへと衝突した列車そのものがカズサの”秘儀の対象”になっていたからだ。
列車そのものにカズサの神秘が込められ、列車はビナーに衝突したのと同時に込められた神秘がビナーにマーキングを残した。
そして残されたマーキングはカズサが任意で爆ぜさせることで、列車が衝突した時の衝撃をもう一度与えた。
光線が不発となりさらに追撃を受けたビナーは、しかし未だ沈黙することはなく再起すると、自身に付着したカズサの神秘のマーキングが完全に消費されていることを自己スキャンで確かめ、今度こそ次を防ぐ手段は無いと口内にエネルギーを溜める。
ビナーのダメージは危険域に達しているが、それでもヒナとカズサの攻撃で破壊されるまではまだまだ余裕がある。
この場で強度でゴリ押してこの2人とアリスを始末し、そして逃げたノゾミとヒカリを追いかけてそちらも始末してからでも修復するのには十分お釣りが出る。
故にこの場に留まる判断をしてしまった。
しかし、それをするには…ビナーはあまりにも手間取り過ぎたのだ。
「…終わりよ」
───そして、ビナーを背後から突進してきた『貫牛』が貫いた。
「…はい?」
「…ねぇ、アイン。ビナーやられちゃったけど」
「え…え…?」
キヴォトスの果ての極地にある秘匿された研究所にて。
ビナーに搭載していたカメラから、3人の人影はその様子を呆然と眺めていた。
「えっと…致命傷の原因は?」
「背部からコアを貫かれたようですね。攻撃者は…この反応は、式神?空崎ヒナのでしょうか」
「え、あいつの式神殆どKeyに使い潰されてなかったっけ?」
「いえ、結構残ってた筈ですよ?確かに一部は完全に破壊されていましたが、『玉犬”渾”』と『蝦蟆』、『満象』と『脱兎』…そして『貫牛』は健在だった筈です。ビナーの最も硬いコア付近の装甲を簡単に抜いてきたのを見るに、貫牛の仕業でしょうか。ですがあれは長い助走を付けることで突進の威力が増すという特性。少し走らせた程度ではコアを抜けるとは…」
「あ、私分かった!ビナーが列車を追いかけてる時に玉犬に乗ってた空崎ヒナと天童アリスが一旦別れてたじゃん?あの時に貫牛を出して追従させてたんだよ」
「なるほど、出せるタイミングがあるとすればあの時だけですか。貫牛を置いてきぼりにしてかなり進んでたのなら、それに追いつくのだけでもかなりの距離走ることになりますし…その場合の破壊力ならコアを抜かれるのも納得ですね」
「…で、さっきから喋ってないけどアイン大丈夫?」
「ひ、ひぃん…ビナーちゃんが…せっかく前取った戦闘データから改良したビナーちゃんが…」
「…ドンマイ」
「自信満々にビナー達に敵はいないと言っていたのに、面白いですね」
「ひぃん…」
「死体撃ちやめなって!」
「ふぅ…完全へと至った預言者ですら撃破されてしまうとは…ですが、それでもビナーは役割を果たしました。私達は今は静観すれば良いのです。今も着々と、計画は進んでいるのですから」
”特級神名特異体、完全なるビナー”
聖園ミカに鎮められた時よりも装甲の強度は勿論、潜行速度や光線の破壊力が引き上げられ、ある程度の攻撃を弾けるバリアも搭載。
更には空間演算機能を用いた高度な高度な回避能力も有する上、内蔵する神秘も以前と比べて跳ね上がっており、その脅威度はKeyの
ちなみにこのビナーがミカと戦っても以前とあまり結果は変わらない。
彼女に対して物理方面だけ強化しても仕方ないという良い例である。
「完全なる(笑)ビナーじゃんね☆」と笑われるのがオチ。