「え〜?それちょっと過激すぎないかな〜?」
「それは…そうだけど、でもそういうコトだけじゃなくて、普通にストーリーも面白いのよ!シリーズとして7作目まで出てるんだから!」
「こういうのってシリーズ化してシチュエーション毎回用意できるの?何か新キャラ出てきてその子と…っていうイメージがあるけど…」
「まあ…7作目で丁度主人公に10人目の彼女が出来たのよね」
「1作で複数作ってる回あるよねそれ!?」
トリニティの空き教室で、コハルは友達と雑談に花を咲かせていた。
話の内容は…年頃の少女には刺激が強い本の話だが、それでも話のタネとしては盛り上がり、気のいい友人だからこそコハルのそういった本の趣味にもよく付き合ってくれている。
これもまた、コハルの数少ない日常の癒しだった。
孤独を気楽と楽しめるコハルではあるが、だからといって人との関わりが嫌いという訳では決してない。
理解のある友人や尊敬する先輩の前では、ただ一人の女子高生として青春を謳歌出来るのだから。
「はあ?あんたら何でいんの?」
「「「!」」」
そんな癒しも、ここでは成り立つことすら難しい。
部屋に入ってきた4人の生徒…特徴的な制服からしてティーパーティーの行政官だろう…は、コハル達を一瞥してギロリと睨みつけた。
「ここ私達が使うから入るなって前に言ったよね?何考えてんの?」
「い、いや…随分前の話じゃない!それに、最近使ってないから良いのかと思って…」
「うるっさいわよ!さっさと出ていきなさい!…それに、こんな下品なもの清廉なこのトリニティに持ち込まないでくれる?」
「あっ…!」
コツコツとわざとらしく靴音を立てて威圧してきたその生徒はコハル達が机の上に並べていた本の山を乱雑に崩して床に散らかすと、その内の1冊を踏みつけた。
それらを拾おうとするコハルだったが、友達が肩を掴んでそれを止める。
「コハルちゃん…もう行こ?」
「そうよ、さっさと出ていきなさいグズ共」
「あーあ、あんたらなんかにトリニティが穢されたらどうするのかしらね?トリニティに相応しくないものを持ってきて風紀を乱してるってホストに言い付けても良いのよ?そうしたらあんたらの立場はどうなるのかしらね」
「あっはっは!職権乱用じゃーん、ひどーいwww」
「…」
散々に言う行政官達にコハルの友達は逃げるように教室を出ようとする。
しかし、コハルは床に散乱した本を拾い始め…行政官が踏んでいる本に手をかけた。
「…何?あんた?」
「…足、退かしてよ。持って帰るから」
「コハルちゃん、やめなよ…!」
「これ持って帰るから、退けて!…うあっ!?」
「…そいつら外出してドア閉めて」
友達の制止も無視して、コハルは強気に行政官を睨みつける。
それが気に食わなかったのか…行政官達はコハルの友達を強引に教室の外に追い出して扉を固く閉めると、4人でコハルを囲いこんだ。
「…!」
「調子乗ってんじゃないわよ、身の振り方も弁えられないお馬鹿さん」
教室の中からは、暫く激しい銃声と殴打の音が響いた。
コハルは、そんな出来事を思い出す。
あの1件をきっかけに、やたらとコハルに絡んで来る不良が増えた。
大方あの行政官達の嫌がらせなのだろう。
手元にあるトリニティの入学促進のガイダンスブックをビリビリに破き捨てながら、コハルは最近共に居ることが多くなった新しい友達であるムツキに愚痴を零す。
「何が清廉よ。何が優雅で善良な校風よ。私だけじゃない、陰湿なイジメもしょっちゅう、ティーパーティーの行政官が操る不良もいる、上では陰謀と騙し合いが常のギスギス校でしょ!初代のティーパーティーはちゃんと地獄に落ちたのよね!?」
「そこを責めるのは筋違いだとは思うけどねぇ?その頃から陰謀はあったとは思うけど、平和と調和を願ってたのには違いないと思うよ?」
「…自分の手を汚さずに遠回しに人を動かして嫌がらせする陰湿さも嫌になる。これなら堂々と喧嘩してるゲヘナの方が100倍マシよ!」
「あっちもあっちで確かに堂々とはしてるけど、陰湿にイジめるか堂々とイジめるかの差しかないけどね。それにコハルちゃんトリニティにも友達いたんじゃないの?」
話しながら苛々が増しているのか壁や地面を蹴って八つ当たりするコハルを、ムツキは落ち着かせようと諭す。
しかし、出した話題がいけなかったのか、コハルはより強い怒りを声に込めて叫び散らした。
「あいつらも私が嫌がらせ受けてるって知ってる筈なのに…あの後もう私に話しかけてくることもなくなったじゃない!私は頑張ってるのに…あいつらは怖いからって逃げて!助けるどころか気にかけてくれることもしないで!」
「う〜ん、それはちょっと残酷じゃないかな、コハルちゃん」
「えっ…?」
「言ったでしょ?あれ、言ってないっけ?ともかく、人は弱い生き物なんだよ。皆がコハルちゃんみたいに怖いものに立ち向かえる訳じゃないんだよ。そう思うのは…コハルちゃんが特別だから、他の人が普通じゃないと思っちゃってるんだ。コハルちゃんは…よく頑張ってるね」
コハルの後ろから首に腕を回して抱き着くようにしたムツキは、耳元で甘事を囁く。
疎まれ、傷付けられ、否定されてきたコハルにとってその言葉は何よりも求めていた肯定。
何よりも求めていた賛辞。
蜜よりも甘美な悪魔の囁き。
「…そう、よ。私が特別なのよね。私が、凄いのよね!」
「うんうん、私はコハルちゃんの全てを肯定するよ」
良い笑顔でそう言うムツキに照れ臭さを感じたコハルは、その感情を誤魔化そうとして…丁度聞こえてきた悲鳴について質問して話題を逸らした。
「さっきからやってるそれ…何、してるの?」
「うん?1人の生徒をどこまで大きくできるかっていう実験だよ」
コハルとムツキが落ち合うこの地下空間…その中にあるとりわけ拾い空間の半分近くを埋め尽くす程の肉塊。
恐る恐るコハルがそれに触れると、肉塊は声にならない叫び声を上げて地下空間内に木霊する。
この空間の構造もあり無茶苦茶に響いた絶叫に思わず耳を塞いだコハルはムツキを咎めるような視線を向けるも、悪びれる様子もないムツキは懐から小さなミイラのようなものをコハルに投げて寄越した。
「…これは?」
「それは逆に1人の生徒をどこまで小さくできるのかの実験してみたんだ」
「これが…生徒…?」
「…あんまり驚かないね?コハルちゃんは死体にでも慣れてるの?」
「いや…でも、これが私が尊敬する…いつも私を気にかけて相談に乗ってくれる先輩だったら、私は怒ってムツキに襲いかかって憎んでたかもしれないけれど…でも、それ以外なら…特別な私の足元にも及ばないそいつらなら、別にどうとも思わないわ。もう何も期待しないし、思うところも無いわ」
「ふ〜ん…尊敬する先輩ね〜…コハルちゃんはその先輩とやらに相談に乗ってもらってるって言ってたけど、本当に困ってる時に相談してるの?」
「え…?いや…そんな情けないところ見せられる訳ないでしょ…」
「…なるほどね」
「?」
会話の中で、一瞬コハルはムツキがいつもの無邪気なそれとは違う…明確に邪悪な、そんな表情を浮かべていたように見えた。
しかし瞬きの間に元のニコニコとした表情に戻っていて、見間違いかとそれを忘れてしまう。
コハルにとってはムツキは信頼し、尊敬する新たな友達。
今のコハルにとっての恩人で、それを疑うのは恥知らずの馬鹿の所業だと思っていた。
「時に、コハルちゃんは人に心があるって思う?」
「え?無いの…?」
「無いよ。人の…生徒の本質っていうのはさ、要は”ヘイロー”なんだよ」
ムツキは自分と、そしてコハルの頭の上に浮かぶ構造体を指差した。
ヘイローは、キヴォトスの生徒ならば誰の頭上にも浮かぶ不可思議な、主に円環を作る構造体。
その明確な正体は解明されていないが、生徒ならば誰にでも備わるし当然のように存在しているため今更それを疑問に思う者はいない。
しかし、ムツキはそれこそが生徒の本質であるという。
「私はね、この世で唯一ヘイローの構造を理解してるんだ。それに触って、生徒の形を変えてるの。喜怒哀楽は全部ヘイローの代謝によるものなんだよ?心と呼ぶには、あまりにも機械的なんだ」
「そん、な…じゃあ私の…!」
「人は知らないものを恐れる。前に話した通り、それは普遍的な潜在意識。でも、誰もヘイローの本質を理解してないのにそれを恐るなんて話は聞かないでしょ?それが常識っていう作用による…安心ってものなんだよ。だけど…
まるで踊るように、広々とした空間を利用してくるくると回りながらムツキは楽しそうに語る。
それは知り合ってそれなりの付き合いをしてきたコハルにとっても初めて見る表情だった。
まるで偏執に囚われているような、狂喜的な表情。
「安息も常識も平穏も、ぜーんぶ無駄!そんなの私達にとっては無価値で無意味で無関心!ヘイローの存在への今までの認識が崩壊したら、きっと皆怖がるに決まってる!自分達は、こんなにも弱い部分を晒しながら生きてたんだって」
「ムツキ…?」
「…だからこそ、コハルちゃんも好きにするといいよ。もうすぐ、キヴォトスの常識なんか壊れちゃうんだから。自由に、自分の心の行くままに…自分に正直に生きていいんだよ。その時がきたら、きっと誰もコハルちゃんを責められない。むしろ自分達が間違ってたってコハルちゃんを羨むんだ」
「私、は…」
「ふふん、お腹が減ったらご飯を食べるみたいに。憎いなら殺しちゃえば良い。その為の力を、君はもう持ってるでしょ?」
「あれ、ですか?」
「はい、間違いありません」
トリニティ自治区のとある住宅街。
車の中から外を見張っていたアリスとアヤネは目標の人物である下江コハルを見つけ、ゆっくりと車を動かして気付かれないように尾行していた。
のろのろとしたその運転は本人には気付かれずとも傍から見れば不自然極まりないものだが。
「学校帰りでしょうか?」
「そのようですね。あちらの方向に彼女の自宅がありますし」
「学校…そういえば、ヒナやカズサは元気にしてますか?」
「少し前に見かけましたが、元気そうでしたよ。今はどうやらS.C.H.A.L.Eの先輩にしごかれてるみたいです」
「そうですか。ヒナとカズサも頑張っているんですね…それで、どうやって調べるのですか?」
「これを使います」
「…これは?」
「4級にも満たない非常に弱い特異体です。生身の生徒にも痛痒を感じさせる程度の力しか持ちません。たまに突然頭や首周りが痒くなるのはだいたいこのような特異体のせいですね」
「そうだったんですか!?」
アヤネが車の後部座席から引っ張り出したのは、小さな檻の中に入れられた…弱々しい神秘を持った特異体だった。
目の焦点があっておらず舌を常に出した鳥のようなその特異体…どこかで既視感がある気がしないでも無い…その特異体の入ってる檻を揺らし、アヤネは手帳に描いた絵で作戦の説明をする。
「彼女が人気の無い場所に出たら、この特異体に襲わせます」
「えっ!?」
「第1に、彼女が特異現象を視認できない一般人の場合はアリスさんが助けてあげてください。第2に、彼女が特異現象が見えるだけで対処する術を持っていなかった場合、同じようにアリスさんが助けてあげてください。第3に…彼女が特異現象も見えて単独でこれを鎮める事が出来た場合…即座に拘束します」
「それは、力尽くですか?」
「力尽くですね。誤認だった場合は後で一緒に謝りましょう。ただ問題は…第4に、第3と合わせて彼女が2級以上のポテンシャルがある場合。その時は撤退します」
「2級、ですか?それでしたら何とかなるかと思いますが…」
「特異体なら、ですね」
「?」
その物言いに首を傾げるアリスに、アヤネは手帳に新しく絵を描いてその認識を訂正する。
「以前ヒナさんが言っていたかと思いますが、通常任務にはその特異体と同等級の生徒が当たります。言い換えれば、2級の生徒は2級の特異体に勝つのが当たり前。2級の生徒は1級の特異体に近い実力を持つ、ということになります」
「…何故アリスはそんな大事な情報を知らないのでしょうか?」
(ホシノ先輩がいい適当だから…)
その後細かい打ち合わせをして車を降りた二人はコハルの登下校に使う道から丁度良さそうな実行場所を探したのだった。
水路が流れ、壁に苔が生えたジメジメとした地下空間の中、銃声と悲鳴が響く。
やがてそれが収まると靴音が反響し、音の主…サブマシンガンと鞄を携えてそこへ踏み込んだユウカはそこで待ち構えていた改造された生徒を始末すると、不機嫌に言い放った。
「…出てくるならさっさとして欲しいわね。手遅れとはいえ、生徒を殺すのは…気分が悪いわ」
「いやー、良かったよ!小鳥遊ホシノが来てたら困るけどさ〜?あんまり弱っちいと実験にならないじゃん?」
影から現れたムツキは愉快そうに笑う。
ようやく今回の事件の首謀者と対峙したユウカは銃をリロードして戦闘準備を整えると、最近の調査で凝った肩を回して銃を構える。
「もう胃を痛めるのは懲り懲りだから…手早く終わらせるわよ」
「くふふっ、それが最後の言葉になるかもしれないよ?」
煽るや否や、ムツキは右手に持つマシンガンをユウカへと向けて乱射する。
迫る弾丸の雨を自分の神秘操作技術を駆使したバリアで防いだユウカはバリアの裏側からムツキを狙い、放たれた弾丸をムツキはマシンガンを盾にして受けようとしたが…
「…ありゃ?」
そのマシンガンの長さの88%の位置に当たる点に弾が命中し、ユウカの秘儀が発動して威力が引き上げられた弾丸はマシンガンを破壊してムツキの肩を貫く。
「おっかしいな〜?これの頑強性だけで十分なところを私の神秘まで込めて受けたのに…そういう秘儀だったりする?」
「そういう、っていうのは何かしらね?私、曖昧で抽象的な話は嫌いなの」
「ふ〜ん、それは良かったよ。お喋りが嫌いなわけじゃないんだね」
「相手にも寄るわ」
(…肌で感じるこの危機感。近付いただけで命が脅かされてると頭で警鐘が鳴らされてる。未確認のアウトロー…ホシノ先輩を襲ったって言う連中と無関係とは思えないわね)
「ねえ、君はヘイローと肉体、どっちが先に来ると思う?」
「は?」
「ほらあるじゃん?卵が先か鶏が先かってやつだよ。肉体がヘイローを冠しているのか、それともヘイローの下に肉体が構成されるのか」
そんな時、戦闘の最中だというのにムツキはユウカへそう問いかけた。
何が目的か、時間稼ぎのつもりか、様々な考察がユウカの脳内を駆け巡るが…腕時計を確認し、情報を引き出すと共に少しでもお茶を濁す事が最善だと判断する。
「前者」
「ざんねーん、後者だよ。いつだって、ヘイローは肉体の先にある。肉体はヘイローの形に引っ張られるんだ。これはね、治癒じゃないよ?自分のヘイローを強く保つ事で自分の形を保ってるの」
「!」
ユウカの弾丸に貫かれ穴が空いていたムツキの肩が、みるみると再生していく。
出血は完全に止まり、やがて傷跡すら残さずに穴が空いた服から無傷の白い肌だけが覗くだけとなる。
「もう分かったでしょ?私の秘儀はヘイローに触れてその形を変える。人の尊厳も、価値も、常識も何もかもを踏み躙って無為にする。だから────『ム為転変』」
「嘘っ!?」
ムツキは壊れたマシンガンを放り捨てると腕をユウカへと伸ばし…服の袖から溢れ出た流動する肉塊が濁流のようにユウカに襲いかかる。
真正面から受けるのは不可能と判断したユウカは壁を駆け上って作業用の足場に乗りそれを回避する。
肉塊が流れた場所は尽くがその圧力によって押し潰され、配管や壁から突き出た鉄の太い杭までもを容易くひしゃげさせていることからその破壊力がよく分かった。
「それ…まさかとは思うけど」
「そ、生徒をストックしてるんだ〜。結構難しいんだよ?一般人は形を変えちゃうと直ぐに死んじゃうから。じゃあさ…神秘の強い生徒はどうなるのかな?」
「…もう17時半。今日は10時から仕事に来てるから、18時までには何がなんでも帰ってゆっくり休みたいわね」
「うん?面白いこと言うね…まさか生きて帰れるとでも思ってるの?」
学校から帰宅していたコハルは、自宅の前に待っていた2人の生徒を見て足を止めた。
それは、以前コハルが仲良くしていた友達だった。
「…あんた、達…何してるの?」
「あ、コハルちゃん!心配したんだよ!最近学校で会えなかったから!」
「…は?」
「いつも1人でどこか行っちゃって、ハスミ先輩に聞いても普段どこに行ってるか分からないって言うし」
「もう、何か嫌なことがあったなら私達にも相談してよ!」
(何を…言って…)
逃げていたのは、彼女達の方の筈だ。
助けてくれず、あの時から話しかけることもせず、一方的に距離を取っていたのはそっちの方の筈だ。
(…あれ、私…あれから、1度でも自分から2人に話そうとしたことあったっけ…いや、違う。違う違う!助けてくれなかったのはこいつらだ!心配の声も今の今までかけてくれなかったくせに!)
コハルの中にノイズとなって鳴り渡る違和感。
何か思い違いをしていたかのような、そんな自分への否定。
『私は、コハルちゃんの全てを肯定するよ』
「…」
「…?ねえ、コハルちゃん聞いてる?」
「…さい」
「「?」」
思い起こす、本当に自分に必要な言葉。
自分を救ってくれる恩人からの肯定。
迷いを無理矢理振り払い、自分1人で納得しようとしたコハルは思わずムツキに教わった…手で印を結んで───
「待ってくださぁーーい!?」
「「「!?」」」
そこに、弱小特異体を捕まえたアリスが飛び込み、地面を転がって柱へと頭をぶつけていた。
突然の出来事にコハルも友達2人も呆然とするが、特異体を捕まえたアリスは咄嗟に3人の様子を伺う。
(…コハルという子。この特異体が見えてるようですね)
10秒時間を遡る。
『行きますよ、アリスさん!』
『はい!…あっ!他の人がいます!』
『ええ!?あ、あぁ!行っちゃいました止めてくださーい!』
『うわーん!グダグダです!』
「ふぅ、怪我させなくて良かったです…」
「な、何…?」
「新手の不良…?」
「あの子…って、え?」
特異体をポケットに仕舞ったアリスはコハルへと駆け寄ると、両手を握る。
状況が掴めないコハルとその友達の2人はただ困惑の声を漏らすが、そんなことはお構いもなくアリスはコハルへと詰め寄った。
「少し聞きたいことがあります!着いてきてください!」
「ええ!?」
(…!やっぱりこの子、ムツキさんみたいに…神秘?ってのが…)
「ちょっと待ってよ!」
「私達が話してるでしょ!あなた誰なのさ!?」
「い、いえ、大事な用があって…」
「コハルちゃんも困惑してるでしょ!赤の他人が出しゃばらないで!」
「…えい!」
「いや、ちょっ…!」
「何馬鹿なこと…!?」
「えぇっ!?」
コハルを連れていこうとするアリスを咎める2人に、面倒になったアリスは対人用の装備として持たされたフラッシュグレネードを足元に投げつけて起爆すると、モロに閃光を直視して2人…とコハルが混乱している間にコハルを担ぎ上げ、その場を逃走した。
最早行動が拉致犯のそれだが、これもまたキヴォトスの日常とも言えるのがなんとも言えないところ。
その後しばらく走った後、閃光から回復したコハルがジタバタと暴れだしたところでアリスはコハルを降ろした。
「ちょっと何よ!あんたも私をイジめる気!?」
「イジメ…?い、いえ違います!先程も言ったように聞きたいことがあったんです!」
「聞きたいこと…?そんなの、わざわざ連れ去らなくてもあっちで聞けば良かったじゃない。あいつらだってただ私とあんたが話すだけなら止めなかったでしょ」
「ですが…コハルはあの2人に怒ってるように見えました」
「何で私の名前…いや、それは…何でそう思ったのよ?」
「…?何となく…でしょうか?」
「はあ?」
「怒ってる相手の前で話すのも気まずいでしょう。取り敢えず、どこか静かな場所に行きませんか?」
「…分かったわ」
ユウカの銃撃を身軽に、まるで遊んでいるかのように避けるムツキは隙を見つけては袖から溢れさせた肉塊を操り、時に先程のように質量で推し潰そうとしたり、時に触手のようにして壁を切り裂く威力で振り回し、時に棘のように伸ばして串刺しを狙う。
「あっはは!あんたもよく動くね〜!」
「…」
形勢は、着々とムツキへと傾いていた。
凄まじい手数と広範囲での攻撃によって回避に神経を削がれ、反撃してもどれもまともな有効打にならず、一方的に消耗するのはユウカだけ。
「楽しいね」
「ふざけんじゃないわよ…!」
その上、ムツキの攻撃を押し返そうとしても、不定形なその攻撃に対してユウカの秘儀を合わせるのは困難を極める。
結果としてやはり回避するしかなく、体力が段々と底を突き始めていた。
「ハァ…ハァ…ハァ…うっ!?」
「おっと、惜しいな〜」
避けた方向に伸びてきた肉塊の棘を身体を逸らして回避したユウカだったが、その原型をまるでトドメない肉塊から露出した人の目と視線がかち合った。
よく見るとその近くに口らしきものもあり、それが確かに動いて微かな声を漏らす。
「た…すけ…て…」
「…」
『一度改造された人間はまず助かりません。襲われたら迷わず殺してあげてください。それが被害者のためでもあります』
セナから今回の事件の調査を続けるに当たって受けた忠告を思い浮かべたユウカはその醜い肉塊に変えられた生徒の目から流れる涙の雫を拭い取ると、それへ向かって弾丸を浴びせた。
「あ、容赦無いね〜。でも辛いのは辛いでしょ?いっぱい練習したから大きさとか変えてもそう簡単には死なないんだけど、その分脳?意識?の方はまだ精度が悪くてさ。そうやってヘイローの汗が染み出る事があるんだよね。それでまだ生きてるのに助けなんか求められちゃって…それを殺すのは、なんとも酷い人だねぇ。まあ私はどうとも思わないし、気にしなくていいよ」
「気にしてなんかいないわ。私は仕事には私情を持ち込まない主義なの」
「…くふふ!嘘が下手だね、ヘイローが揺れてるよ?」
見え透いた嘘を看破して大笑いするムツキにユウカは再度銃で狙うが、ムツキは袖から溢れさせた肉塊を壁にして弾幕を防ぐ。
「別に当たっても効かないんだけど…一切勝ち筋なんて与えないよ。徹底的にあんたを壊してやるんだから。えっと?あんた何級?」
「1級よ」
「そりゃ強いわけだね。実験台としては丁度いい。うん、私ってば運が良い、ね!」
「なっ…!?」
これまでの軽快で身軽な動きからその機動力の高さを感じていたユウカだったが、想像を遥かに上回る急加速を見せたムツキがユウカのお腹へと触れる。
咄嗟に脚で蹴り払って距離を離したユウカだったが、先程触れられた時に感じた全身を駆け巡る激痛と不快感にダラダラと冷や汗を流す。
「くふふっ、急にスピードが上がってビックリしたでしょ?自分自身のヘイローもそりゃ弄れるよ。そうすれば自分の性質も変えられる。パワータイプもスピードタイプもなんのそのってね」
「…随分便利な秘儀ね…それで胃の痛みでも直して欲しいものだわ」
「触らせに来てくれたら喜んで…って冗談は置いといて。普通は1回触れば充分なんだよ?でも神秘の強い生徒は意識しなくても神秘でヘイローを守る防衛機能が働くみたいだね。そうじゃなきゃ今頃あんたもこの肉塊の仲間入りだよ?」
「…」
「そう睨まなくてもあと2、3回触って直ぐに生徒を辞めさせてあげる!」
再び触れようと急接近し伸ばしてきた手をユウカは肘で撃ち落とすと、ムツキの腹に膝蹴りを叩き込み、衝撃で浮いた身体をさらに蹴り飛ばして地下の壁にめり込ませる。
そんな抵抗すらも楽しみ獰猛に笑ったムツキは肉塊を操り複数の触手を形作ると、それを縦横無尽に振り回す。
流石に避けきれないと判断したのかユウカは反転するとムツキに背を向けて逃走を図る。
当然逃がす気のないムツキもそれを追い掛け、背後から棘や触手で追い打ちをかけた。
しばらく追いかけっこが続いたが、振り回された触手の1本がユウカの足元を掠り、それによって足をもつれさせてユウカが転倒する。
「ふん…こんなものかな、1級ちゃん。よく逃げ回ったけど、色々ともう限界なんでしょ?」
「…」
ゆっくりと倒れるユウカに近付くムツキ。
死へ誘う足音が迫る中、ユウカは腕時計を確認するとスっと立ち上がりネクタイを締め直した。
「…?…うん?神秘が増大した?」
「残念だけれど…ここからは残業よ。ツケは貴女に払ってもらうわ」
諦観の会計による超克が、悪意へと報いる。