「なるほど…我の中に既に識別名があったと思ったのですが、この
「お姉様はあんな奴の名前は名乗らなくていいの!」
「まったく…ようやく死んだと思ったらまだ迷惑を掛けていくとは、本当にあいつは嫌な奴です」
「その身体を勝手に使ってるのは私たちだと思うんですけど…」
キヴォトスへの宣戦布告が行われてから3日目。
目覚めた直後にアイン、ソフ、オウルから一斉にツッコミを喰らう羽目になったマルクト…が、身体を乗り移っていく前に一番最初に用いていた本来の
”彼女”はアイン達から簡単に状況の説明を受けると、改めて自身を分析して情報を更新した。
「…旧名破棄、新たな名前はどうしましょうか」
「お、お姉様の新しい名前…ですか?」
「あー…まあやっぱあった方が良いとは思うけど…」
「お姉様はこれといった名前は無いのですか?」
「ふむ、我の新たな名前…マルクト2号?」
「絶対に駄目です」
「ひぃん…嫌な思い出が…」
「ちょっと聞きたくない名前かなー?」
「むぅ…」
「あ…お姉様は不機嫌そうな表情も素敵です…」
「想定してたよりお姉様って感情が表情に出るんだ…まあアインには同感だしいっか」
思い付いた名前はオウル達に即却下され”彼女”は僅かにムスッとした表情を浮かべる。
とはいえ一般的に膨れっ面と呼ばれるそれよりは微細な表情の変化ではあり、人によっては感情を読み取れるものではないが…その変化にソフは微かに疑問を抱くも、そういうものかと一人納得して”彼女”をまじまじと見つめた。
「まあ確かに名前というものは大切ですが、これからゆっくりと決めていけば良いでしょう。何せ、私たちには幾らでも時間があるのですから」
「…名前、そうですね。何者も、生まれながらにして名を持つ訳ではありませんから。それよりも───改めて、こんにちは。アイン、ソフ、そしてオウル」
「…はい。おかえりなさい、お姉様。えっと、私たちも改めて自己紹介を…肉体面のサポートと装備の装備の管理を担当しているアインです…その、機械は好きですか?私は大好きです、えへへ…」
「私はソフ!武装システムを管理してるよ。誰かが変なことを言ったら私に任せて」
「私はオウル、全体の管理をしています…ふふ、誰もお姉様には手出し出来ないようにしますので、ご安心ください」
「…?我は既に名前も役割も知っているのですが、何故自己紹介を?」
「様式美って奴だよ、お姉様」
「ソフの世俗への興味はくだらないと思っていましたが、なるほど案外悪くないものですね」
「お姉様には、もっと私たちのことを知って欲しいですし…ですから、お姉様が、嫌じゃなければ…次は…」
「…分かりました。では再度改めて───我はマルクトにご」
「だから却下ですってお姉様」
「な、なんで1回却下されたのに行けると思ったんですか…?」
「幾らお姉様でもそれだけは譲れないんだ、私たちの我儘だけど本当にお願い…」
「…では仮称マルクで行きましょう」
「行きませんよ!?」
「…むぅ」
頑なに”マルクト”の名に近づけようとする”彼女”に幾ら徹底的に甘やかす準備をしていたとはいえ流石に苦言を呈するアイン、ソフ、オウル。
代案も却下されてようやく諦めたのか、”彼女”は名乗りは後回しにしてその続きから自己紹介を再開することにした。
「…10番目の預言者。世界の果てに到達せし王国の巡礼者であり、最後のセフィラ。一つの道に集まりし旅路の地平」
「…あぁ、10番目の道は眩い知性で…」
「それは全土を照らす光…!」
「そして全ての者は、世界の果てに到達せし王国の巡礼者を崇拝するでしょう!」
嫌な名前を聞かされる度にテンションが下がっていたアイン達だったが、改めて”彼女”の自己紹介を聞いて機嫌を直し、そして昂った感情は感動となって”彼女”を礼讃する。
それを受けた”彼女”は不思議な感覚を覚えながらも、今度は自らの役割について疑問を抱いた。
「…それで、目覚めたは良いものの、我は何をすればよいのですか?」
「な、何もしなくていいです!お姉様は…ただ、そこにいてくだされば」
「そう!最高のエンジニアで、科学者で、万能の───」
「私達がいますからね」
「…そうですか。では、まず現在の状況から聞かせていただけますか?」
「お姉様にインストールしてる『セフィロトシステム』を辿れば”王国”の全ての管理システムにアクセス出来ますので、ここまでの記録を全て閲覧出来ますよ」
「あーあ、オウルは面白くないねぇ」
「は?なんですかソフ、喧嘩なら買いますよ」
「ソフ、オウル、喧嘩をしてはいけません。めっ、ですよ」
「「はい!お姉様!」」
「2人共…確かにオウルの言う通りにするのが一番てっとり早いですけど、せっかくですから、お姉様ともっとお話したいです…!」
「うんうん、だから話しながら私たちが説明するのが一番楽しいんじゃないかな」
「む…それもそうですね。少し長い話になりますが、よろしいでしょうか、お姉様」
「はい、構いません。我ももっとアイン、ソフ、オウルとお話がしたいので」
3人の提案に微笑みで答えた”彼女”は、計画の進捗、それに当たって活動していたその他のセフィラ達の働きと特異現象捜査部による妨害、そして現状についてをちょっとした雑談や小話を織り交ぜながらおよそ4時間に渡って伝えた。
本来ならばその程度の時間で語り切れる情報量でもないが、計画の最終段階を進めるに当たって3人の忙しさに気を使った”彼女”が細かいものについては王国に記録されている『アーカイブ』から閲覧すると伝えたことで話は打ち切られた。
そしてひと段落着いたところで”彼女”は研究所の窓の外を見上げ、王国を覆っている多次元結界に外からの攻撃を受けて次々と生じている無数の波紋を眺めた。
「多次元結界…あれはいつまで持つのですか?」
「はい?変なことを聞きますね…まあ、あの調子で攻撃を受け続ければ1000万年後には流石に何処か綻ぶかもしれませんね」
「つまり問題ないってこと!
「お姉様は心配する必要ありません…全て、私たちにお任せ下さい…!」
「…分かりました」
(…多次元結界。無数の世界と可能性が束ねられ絡み合い、基底世界とは異なる位相を有するが故に何者も決して透過することは叶わず、触れたものは次元の歪みに取り込んで無効化する絶対の障壁。確かに、今の世界にこれを破る術は無いように思えますが…本当にそうなのでしょうか?)
”彼女”は、多次元結界の絶対性を理解していながらも、或いはそれを特異現象捜査部が超えてくるのではないかという不安を抱いていた。
そしてそれは不安であると同時に───一種の期待でもあったのかもしれない。
その感情を”彼女”が理解しているわけでもないが、それは本能として”彼女”に…否、その
即ち────未知と、可能性への好奇心である。
(…未来がどうなるかは誰にも分かることは無いでしょう。故に、心構えだけはしておかねばなりません。アインに、ソフに、オウルに、今は全てを任せますが…いざとなれば、その時は我が…)
完全にして万能の超越者ですら理解しえない感情。
しかし”彼女”は恐れることはなく、むしろ決意をする。
何もしなくていいと言われたが、ならば何かをするようになるまで自らに使命を課すことにした。
(我が、守らなければ。そう、妹たちを守るのは───姉の役目なのですから)
一方、キヴォトスの大地と大結界を侵食する鋼鉄大陸に対抗するために奔走する特異現象捜査部の面々は、少しでも戦力と人手を集める為に各地に散っていた。
その内の1人、クズノハの元を尋ねた後アリス達と一旦別行動するヒナが立ち寄ったのは、人気が無いのと同時にこれといった特異現象の気配も感じない廃ビル。
未だ監督官や監督オペレーターに頭を抱えさせる問題児達の根城だった。
「邪魔するわよ」
「邪魔だから帰ってくれない?」
「そうはいかないわよ、アツコ先輩」
ズカズカと廃ビルの一室に踏み込むヒナに、ソファに寝っ転がりながらファッション雑誌を読んでいたアツコが横目で睨みながら苦言を呈するが、その程度では怯まない図太さを手に入れているヒナは遠慮無しにテーブルの上に積まれていたクッキーを勝手に口に運びながらアツコの向かいのソファへと腰掛けた。
「…はあ、今度は何の用?」
「連絡は来てるでしょ?大事件よ大事件。こんな所でやさぐれてないでシュンさん達に返信でもしたら?」
「賭け事の規制の緩和に当分時間が掛かるって聞かされて私は萎えてるの。今の私は無気力人間」
「新体制でそれどころじゃないんだからしょうがないでしょう…なんなら、今動いてくれないとキヴォトスそのものが無くなるわよ」
「このくだりも前やった…それは私が手伝う理由にはならない。滅ぶなら滅ぶでそれでもいい。私はその刹那の時間に焼き焦がされる程の熱を楽しみたいの。どうせこの世は虚しいんだから。ばにばに〜」
「全然虚しそうじゃないんだけど…」
真顔で両手でピースを作ってチョキチョキと動かすアツコにため息を吐いたヒナは今度はどう説得しようかと考える間周囲を見回し、「あら?」と声を上げる。
「ノドカ先輩は今日は一緒じゃないのね」
「ああ、ほら最近何処も人手が足りてないんでしょ?それで能力ある人ならこの際仕方ないって、連邦生徒会が矯正局にしょっぴかれてた連中の一部を司法取引込みで釈放して協力を取り付けてるらしいんだよね。その一部にノドカちゃんの友達がいて、せっかくだから会いに行くって面会に出払ってるんだ」
「…あ〜、居たわねそういえばそんな先輩。なんだったかしら、お酒の密造してたのよね?」
「シグレちゃんもよくやったよね〜。あれくらい破天荒な子が私は好みかな」
「相変わらず友達付き合い悪いわねアツコ先輩」
「むしろ私が悪い友達の最たるものだと思うけどね」
「自覚してるんなら更生してくださいまた留年しますよ」
「酷い言われ様だね」
死滅回遊平定の協力を申し出て来た時と比べて遥かに遠慮が無くなっているヒナに、アツコも今の方が面白いと悪戯っぽく笑う。
「…それで、結局どうしたら協力してくれるのかしら」
「うーん、いや別に協力するのは良いんだけど…そうだね。今度遊びにでも付き合ってよ、アリス達も誘ってさ。勿論危ない遊びじゃないよ?」
「…驚いたわ。もっと吹っかけられると思ったのだけれど」
「昔馴染みも最近一皮剥けたみたいだからね…色々な意味で。それに触発されたって訳じゃないけど、私もこの機会に色々変わってみようと思っただけ」
「そう…まあ、人が変わるには十分過ぎるくらいの騒動だったってことね」
ヒナは心の中でミレニアムでの事変から始まった数々の騒動を振り返る。
あれを期に、それはそれは多くの人が変わったものだ。
そしてそれはヒナも例外ではない。
(皆は私が図太くなったって言うけれど…どうなのかしら。ずっと抱えていたものが無くなってある意味吹っ切れたとも言えるけど…本当は、無意識に色々な感情を押さえつけているだけかもしれない…なんて、私自身が分からないなら誰も分からないでしょうけど…でも)
それでも。
もしかしたら、どこまでもお人好しで真っ直ぐなあの勇者なら。
或いはいつか、自分の本質を突いてくれるのかもしれないと、ヒナは思わずにはいられなかった。
「こっちもこっちで忙しいね。休み取れてんの?」
「何ですか!?煽ってるんですか!?決闘ですか!?」
「いや決闘はしないけど」
ヒナ同様、クズノハの元を尋ねた後別行動を取ることになったカズサが訪れていたのはヴァルキューレ警察学園。
その生活安全局の顔見知りのデスクだった。
常軌を逸した忙しさの中普段しないような事務作業に追われることになった生活安全局の生徒でありかつて中等部ではトリニティでカズサと学園を共にしたこともある宇沢レイサは、仕事中に突然やって来たかと思えば傍に居座り茶々を入れてくるカズサに恨みがましい視線をチラチラと向ける。
死滅回遊の影響によって特異現象がキヴォトスの全ての者達の知るところになって以降、今までヴァルキューレの一部署で対処していた特異現象に関する問題は様々な要因で人員が減っていたのもあってその他の部署にも回されるようになり、情報の引き継ぎや体制変更もあって平時であれば暇も少なくない生活安全局ですら多忙を極めることとなった。
その上今回謎の少女達によって行われたキヴォトスへの宣戦布告と今現在も侵食を続ける鋼鉄大陸によって、多忙は極地へと至っていると言ってもいい。
「うぅ〜…どうしてこんな事に〜…!何故杏山カズサはのんびりしているんですか!」
「まあまあ、私もその内文字通り死ぬほど忙しくなるだろうから、今の内に馬鹿の顔見とかないとって思ってね。にしても忙しいとは言うけど…宇沢以外は結構出払ってるんだね?」
「むむ…キリノさんたちは今避難誘導をしてるんです。私も昨日手伝いましたし…連邦生徒会と特異現象捜査部の方々が直接対処に当たっているのは聞いていますが、それでもどうしようもなくなった時の為に今の内に逃がせるだけ逃がした方が良いと生活安全局長が…」
「避難ねぇ…大移動になるだろうから相当混乱しそうなものだけど、大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃありませんよ!この間も避難したばっかりですから市民の皆さんからの不満が大変なことになっていました!…ですが、特異現象というものの存在が認知されるようになった分、去年のハロウィンの時程ではありませんでしたけど…何を言っても聞き入れて貰えなかったあの時と違って、不満は溜まっても避難誘導自体には応じてくれますし」
「連邦生徒会が特異現象のことを思い切って報道したのが良い方向に働いたってことね。でも、避難って言っても何処に避難するの?」
「…分かりません。以前は各自治区に出現したあの結界というものから離れれば良いだけでしたが、今回はキヴォトス全土が危ないんですよね?」
「あー…あの時は確か元々キヴォトスの外に予め用意されてた場所に一部避難したって聞いたけど、キヴォトスの住民全員が逃げ込める規模じゃない筈…となると、大勢が受け入れる用意の出来てない外の世界に放り出されると」
「…そんなの、許せません」
実際、避難に大人しく従う者がどれだけいるかは分からない。
だが特異現象の脅威が知られるようになってからそれを恐れるようになった者はキヴォトスが滅亡の危機に瀕しているとなれば外の世界に出ることも躊躇わないだろう。
そうして多くの者が外の世界に出れば…嘗てよりこの世界に秘匿され続けてきた場所の民、それら全てを受け入れられる場所など、ありはしない。
逆に躊躇う者がいたとしても、万が一の際はキヴォトスと共に破滅することになるだけだ。
「私たちがなんとか出来なきゃ確実に大勢が不幸になる、ねえ」
「…杏山カズサ?」
「…うん、うん分かったよ。そうだよね。ありがと宇沢。気合いが入った」
「何ですか急に…まさかとは思いますけど、無理する気じゃありませんよね?以前も、杏山カズサは死にかけたと聞きましたし…今回も…」
「無理して勝手に抱え込んで勝手にどっか行った馬鹿に言われてもね」
「で、ですからあの時は本当にすみませんって…」
「いいのいいの。まっ、安心しなよ。私たちがなんとかするからあんたは気楽にしときなって」
「…本当に大丈夫なんですか?」
何故か気味が悪いくらい晴れやかな表情で励ましてくるカズサに、レイサはそれが強がりや諦観では無いのかと言外で心配を寄せる。
その表情を前にしたカズサは、いつかレイサがいなくなってしまった時に自分もこんな表情をしていたのかと過去を懐かしむと、それをフッと笑い飛ばしてレイサの頭にチョップを落とした。
「痛っ!?」
「宇沢が私の心配をするなんて100年早い」
「な、なんでですかぁ!?」
「気なんか使われなくても私は私だよ。あんたが何度勝負を挑んで来ても負けなかった伝説のスケバン、キャスパリーグはまだあんたの目の前にいるってこと!…やっぱり言ってて恥ずかしいわねこの2つ名…」
「…キャスパ、リーグ」
「いやもう言わなくていいから!とにかく、余計な心配してないで宇沢は自分のやることに集中してれば良いの!だから…今回の件が片付いたら、久しぶりに決闘を受けてあげてもいいよ」
「ほ、本当ですか!?…言質は取りましたからね!逃げることも来ないことも許しませんからね!」
「勿論。逃げも隠れもしないよ。どうせ私が勝つからね」
「っ!なら、それまでに私も修行するだけです!首を洗って待っていてください!杏山カズサ!」
「ふっ…じゃ、私も色々と準備があるから、あと…七日後くらい?から時間が空いた時に特異現象捜査部に果たし状でも送り付けておいてよ」
片手で書類を処理しながらもう片手でこちらを指差すという器用なレイサの挙動に軽く笑いながら、カズサは生活安全局を後にした。
これから挑むのは完全未知、少なくともキヴォトスを滅ぼしうる脅威。
或いは挑むことすら出来ずにその壁の前で挫けるかもしれない。
或いは今度こそは…本当に終わりかもしれない。
それでも…
(釜を壊して船を沈める…だっけかな。私に何が出来るのかって思うけど…だからこそ、
「おー!映画みたいな迫力ですね!」
「本当にあれだけ総攻撃を受けてもビクともしないのね」
「あれを4日前から続けてたってマジ?」
キヴォトスへの宣戦布告が行われてから早7日目。
それぞれの用事を済ませ、合流したアリス、ヒナ、カズサは連邦生徒会からの要請を受けてヘリに輸送され例の問題となっている場所へと向かっていた。
キヴォトスの果ての極地、広大な凍原の奥にて異彩を放つ純黒の結界。
それに次々と放たれるミサイルや迫撃砲、急ごしらえで建造された戦略兵器による波状攻撃。
その景色をヘリから眺めるアリス達は感嘆の声を上げるが、状況は決して芳しくないのだ。
その全てを飲み込み無に帰している結界はその表面に波紋を広げるのみで、まるで効果があるようには見えない。
だがそれでも、その絶望的な壁を前にしても諦める者はここにはいない。
ここには、諦めが悪い者しかいない。
連邦生徒会や特異現象捜査部が陣を張っている地点に降ろされたアリス達は、寝ずに指揮を続けているのかすっかりと目の下に隈を作り髪も所々跳ねているリオの元を訪れた。
「リオ会長!今にも死にそうな顔してますよ!」
「死んでもなんとか出来るなら本望よ…よく来たわねアリス、ヒナ、カズサ」
出会い頭に割と失礼な事を言われてもさらっと受け流す余裕がある…或いは苦言を呈する余裕が無いリオは、片手のカップのコーヒーを一気飲みすると今の状況を伝えた。
「ある程度聞いてはいると思うけれど、特異現象捜査部や連邦生徒会が保有している対特異現象、対神秘兵器は一つの例外もなく多次元結界には通用しなかったわ」
「クズノハ様から聞かされた時点でまあそうだろうとは思っていたけれど…それでも攻撃は続けてるのね」
「本当に何も通じなかったのよ…あれは、私たちの技術力を遥かに超えた…それこそKeyが産まれたのと同じ時代、名も無き神々の時代の技術の産物よ。どんな兵器も、どんな秘儀も、どんな遺物も…用意出来る人材を集めて、色んな秘儀や結界で干渉を試みて、色んなアプローチから多次元結界の解析を試して…その全てが無駄だったわ。だったらもう、あれに限界が来ることを願って圧倒的な手数と物量でゴリ押しするしかないじゃない」
「ああ…ヤケクソで思考停止の物量戦を仕掛けてるってわけね。じゃあ本当に手詰まりなんだ…」
「…本当に、これで終わりなんでしょうか?」
諦める者は誰も居ない。
しかし、それでも多次元結界は残酷なまでに現実を突きつけてくる。
希望も、祈りも、願いも、それら全てを容赦なく押し潰す天蓋。
諦めが悪いほどに、それは人々の心をどこまでもへし折ってくる。
良くない雰囲気が流れる中、そこに同じように疲れた様子のアオイがやって来た。
「…あら、シスター達も来てたのね」
「あ、アオイ!…もお疲れ様です」
「問題ないわ…っと、リオ会長。さっき結界に近付いて砂狼クロコに空間を捉えて歪める秘儀を試して貰ったけれど、やっぱり効果はなかったわ」
「あ、クロコ先輩達ももう来てるんですね」
「ええ、その前は不破レンゲにあのヘイローを捉えて切り裂く遺物でも試して貰ったけどやっぱり効果は無かったわ」
「クロコ先輩でもレンゲ先輩でも駄目…この物量戦も無駄に終わったらいよいよ終わりかぁ…」
「カズサ、悲観的な事言わないでちょうだい。リオ会長、一応今後の対応は決めてるのよね?」
「一応、ね。この場にある武装だけでどうにか出来なかったら各自治区からも直接巡航ミサイルや弾道ミサイルを飛ばして攻撃してもらうわ。最悪キヴォトスの全ての物資を使い果たしても構わない。その間に出来るだけ多次元結界の解析も進めて…それで駄目だとしても、最後の瞬間まで私はここで戦い続けるつもりよ」
「私は、だなんて水臭いこと言うようになったわね、リオ会長。シスターもそう思うわよね?」
「はい!アリス達も、決して逃げたりはしません!」
「既に一度世界の危機と向き合っていると、もう怖いものなんて無くなるものね。失うものが無い訳じゃなくて、本当に怖くないってだけだけれど」
「私はちょっと盛大にカッコつけて来たからこれで失敗したら死んでも死にきれないくらい恥ずいけど…だからこそ諦める気はないよ?」
「…本当に、誰も彼も馬鹿な子達ね」
アリス達の意思表明、それは既にこの場で忙しなく動き続けている他の特異現象捜査部の面々や連邦生徒会の役員達からも聞いたものだった。
だがその誰もが違った思いで、同じ方向を向いている。
故にそれら一つ一つをリオは決して軽く扱うことはせず、心の底から感謝していた。
本当に、誰もが力強い意志でこの場に立っているのだと。
(それにしても、特異現象捜査部のみならず新連邦生徒会の皆までとは、ね。マルクトの介入があったとはいえ、旧連邦生徒会の頃の腐敗を思えば信じられないわ。これも貴方のおかげなのかしら、小鳥遊ホシノ…)
「とはいえ、このまま何も考えずに攻撃し続けるのも愚か…シスター!何かいい案は浮かばないかしら!」
「え、急に丸投げですか…とは言ってもアリスに出来ることはこのレールガンを撃ったり、パワーで殴ったり、後は一応Keyの秘儀が使えるだけで───あ」
「…本当に何か思いついたの?」
「いえ、まだそこまでは…リオ会長、一つ聞きたいのですが…」
「…?何かしら」
「リオ会長達はあの結界を少なからず解析してくれていると言っていましたが…あの結界から、神秘は観測されていますか?」
「…当然よ。多次元結界とはいえ、それを構成し支えているのは神秘に代わり無いわ。果てしなく強固かつ複雑に絡み合う神秘で結界が構成されている上に神秘そのものに干渉する方法自体極めて限定的だからそのアプローチからの干渉はもう諦めたけれど…レンゲが持つ遺物にもその辺を期待したけど結局通じなかったし」
「…」
「…シスター?」
「アリス?」
「…不安半分期待半分、って表情ね。何を思いついたの?」
些細なその表情の変化を読み取って見せたヒナにそう指摘されたアリスは、未だ攻撃を受け続ける多次元結界を見据えると、自身の愛用の武器であるレールガンに視線を落とし、そして目を瞑る。
掘り返すのは過去の記憶、哀しみも絶望も改めて受け入れて思い返したあの日の出来事。
(世界と可能性を束ねた結界、構成する神秘、名も無き神々時代の技術、かつての神々が恐れた…名も無き神々の王女───Key)
「…思い付いた、というよりは…思い出しただけです。世界を救う鍵、その存在を」