ブルア廻戦   作:天翼project

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今回はアニメ11話までの範囲でお送りします。
閲覧注意


固陋蠢愚

 

時計の針が18時を回ったその時、ユウカの神秘が膨れ上がった。

これまでとは違う雰囲気にさしものムツキも緊張を隠せず、ツーっと背筋を汗が伝う。

 

「残念だけれど…ここからは残業よ。ツケは貴女に払ってもらうわ」

(残業…時間を利用した契約か!)

 

ユウカは、自分自身に”契約”を課している。

それは平時の能力が本来の80〜90%程度にまで落ちる代わりに、その日の労働時間が8時間を超えた時、120%の能力を引き出すことが出来る。

強敵との戦いにおいてその差は馬鹿に出来るものではなく、だからこそユウカは契約による恩恵を受けられるこの時間帯を選んでここへ乗り込み、そして契約の発動までの時間を稼ぐ為に律儀にムツキとの会話に興じていたのだ。

 

だがそれだけではまだ足りない。

故に、

 

「私の秘儀、『分率算術』は対象の長さを線分した時に88%になる点の位置を弱点にすることが出来るわ。線分する長さは全長やウィングスパンに限らず、頭部、胴部腕部、上腕部と、ある程度は部位を指定する事も可能よ」

「秘儀の開示…本気だね」

「そしてこの秘儀は、無生物にも有効なの」

 

自らの手の内を明かすという”契約”により、さらに能力を底上げする。

今のユウカならば、ムツキでも早々打倒することは叶わないだろう。

だがそれでもしばらくは負けないだけ、戦い続ければ先に限界が来るのはユウカの方であることに違いは無い。

 

「面白いね…じゃあその力を見せてもらおっか!」

「ふんっ…!」

 

ムツキが袖から溢れさせた流動する肉塊が蛇のように細長くうねりユウカへと食らいつこうとする。

それを契約で出力の強化された神秘が乗った弾丸で撃ち落とし、そこからさらにムツキを狙う。

 

(…これでも、きっとあいつは倒せない。私に勝つ方法があるとすればあいつの神秘が尽きるまで攻撃し続けることだけど…リソースの問題的にそれも厳しいわね。なら…)

 

ユウカはポーチを確認し、替えのマガジンが残り少ない事を確かめると勝負に出る為にここまでずっと片手に携えていた鞄を開き、そこから二丁目のサブマシンガンを取り出した。

 

「手数を増やすつもり…?良いよ、全部受けきって…!」

「残念、外れ」

「!」

 

新たに取り出したものと合わせ二丁のサブマシンガンをムツキではなくこの地下空間の壁へとユウカは向けた。

それを見てムツキはその意図を察し肉塊の触手を伸ばしてそれを妨害しようとするが、それよりも早くユウカが銃を乱射し…弾丸がこの地下空間の壁、その長さ88%の値になる位置に叩き込まれた。

 

「分率算術、拡張秘儀『Q.E.D』」

(弾がバラけやすいサブマシンガンで、的確に同じ位置に何度も当て続けた!?)

 

その離れ業に驚愕するムツキだったが、秘儀の条件を満たしたことにより強化された弾丸は壁を粉砕し…さらに崩壊が伝搬する。

勢いよく跳ね上がるように砕けた瓦礫はその全てが弾丸から伝わった神秘を纏っていて、故にその全てが()()()に有効な攻撃となる。

 

「やっば…!」

「逃がさないわよ」

「うぇっ!?」

 

あの物量を受けるのはまずいと退避しようとするムツキの脚を撃ち抜き、丁度秘儀が発動するように狙われたそれはムツキの足首を千切り飛ばした。

片脚を無くしたことでその場にへたりこんだムツキの横を抜けたユウカは、少し振り返り意趣返しかの如く悪戯に微笑む。

 

「早く治した方が良いわよ?もうここはおしまいだから」

「…気付いてたんだね、私が半分特異体みたいな存在になってることに」

「だって貴女あの映画館にいたんでしょ?なのに監視カメラに映ってなかったらそりゃね」

「あーあ…今回は君の勝ちだよ、1級ちゃん」

「どうせ死なない癖に…まあお互いに生きてたらまた会いましょうね」

 

次々と連鎖的に崩落する地下。

外へと向かうユウカの背中をじっと眺めていたムツキだったが、やがて真上の天井も崩れ、降ってきた瓦礫に押し潰される。

そんなムツキの死を確認しないまま…生きていると確信して…ユウカは地下を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今揺れましたか?」

「揺れたわね…震度2ぐらいかしら?」

「…それにしてもアヤネさん出ませんね…アリスが聞いた方が早いでしょうか…?」

 

夕暮れのトリニティ郊外にある河川敷、コハルを半ば強引に連れてきたアリスはアヤネと連絡を取ろうとしていたが、応答がなく焦り始めていた。

 

一方そのアヤネはと言えば、コハルの正体を確かめる為に使った2体の特異体の片方を未だ追いかけていたのだが…そんなことはアリスには知らぬ話。

 

(いえ、聞くにしても濁したりは…そもそもS.C.H.A.L.Eの事はどこまで喋っても良いのでしょうか…)

 

思案するアリスだが、同じくコハルも足りない頭を必死に回してその正体を考えていた。

コハルがこうしてアリスに警戒…或いは期待…どちらにせよ何かしらの興味を寄せているのは、以前ムツキに言われた事を思い出してのことだ。

 

 

 

『もし、強い神秘を持ってる生徒を見かけたら仲良くしてあげなよ。きっと気が合うと思うよ』

 

 

 

(ムツキの言うことは、全部正しいんだから…話すだけ話してみないとよね…私は、何も知ろうとせずに怖がってる馬鹿とは違うんだから…)

「あ、あの…」

「うわーん!もう面倒くさいです!」

「うわぁ何!?」

 

コハルが話しかけようとしたのと同時にアリスは頭を振りながら大声を出すと、コハルの両手を握りしめるとストレートに今回の件のことを聞くことにした。

 

「コハル!例の映画館で出た死人について何か知りませんか?この気持ち悪い鳥とかを見たのなら教えてください!」

「え!?い、いや…そのキモイのは見てないけど…」

 

アリスがポケットから引っ張り出した小さな特異体と”同じような”ものは見ていない。

嘘は…言っていない。

 

「ぁ…いやちが…」

「そうですか、それではもう聞くことはありませんね」

「…ぇ?」

 

咄嗟に出てしまった誤魔化しに何故か心がチクチクと傷んだコハルだったが、その答えを聞いて安心してしまったのかアリスは柔らかに笑うと握っていてたコハルの手を優しく撫でてきた。

小柄なコハルとそう身長も変わらない純粋そうに見える少女に隠し事をする事にいたたまれなさを覚えるコハル。

しかしそんな気持ちも露知らず、アリスはコハルにまるで友達かのように気軽な距離感で接してくる。

 

「そうです、もうしばらくすればアリスの上司…?のような人が来るのですが、その人が来るまで待っていてもらってよろしいでしょうか?」

「え?い、良いけど…」

「ありがとうございます!」

「んん…」

 

アリスは太陽のように笑う。

何故か、コハルはそれを直視する事が出来ずに顔を背ける。

 

「あ、コハルはあの映画でどのようなものを見たのですか?」

「そんなの、かなりマニアックなやつだから言っても分かんないわよ?それに私としても言うのはちょっと恥ずかしいし…」

「まあまあ」

「まあまあって…『桃色官能漫画家立志録』って奴よ。ほら分からないで…」

「それは!原作ゲームの各ルートをそれぞれ映像作品に仕上げた名作アダルト映画ですね!ストーリーは確かに評判ですがシリーズ化するに当たって全てのルートを1つの時間軸で作ってしまったせいで主人公がハーレム化したというあの!」

「なんで知ってんのよ!?」

「これでもアリス、ゲーム好きとしてギャルゲー方面まで網羅しています!」

「そんな純粋な目で言うことじゃないわよ!?」

 

純情な少女と思っていたアリスからスラスラと出てくるファンシーな語彙にコハルは生来の気質を刺激されてついツッコミを入れる。

自分でも思わず声を荒げてしまった為怖がらせてしまったのでは無いかと慌てて口元を抑えたコハルだったが、当然そんな事を気にするアリスではなく、話をどんどんと広げていく。

 

「ゲームに関連するものなら大体の知識はあると自負しています!良かったらコハルも、今度一緒に原作をやってみませんか?きっと映画で見るのとは違った発見があるかと思います!」

「それは…ちょっと興味あるけど…良いの?まだ私達会って1時間とかよ?」

「そうですか?ですが問題ありません!1度勇者のパーティに加われば以降はなんやかんや普通に一緒に行動できるものですから!」

「何の話なのよ…えっと、アリス、で良いのよね?」

「まだ自己紹介してないのに何故アリスの名前を知ってるんですか!?」

「一人称!!」

 

まるで人との壁を感じないアリスとの会話を通して、コハルは熱に浮かされたような気分になる。

感じたことの無い不思議な感覚、尊敬する先輩や、かつては仲良くしていた友達とも違う…言いようのない距離感。

それは心の棘が抜けていくようだと言えば良いのか、曇っていた目の前を鮮烈に照らす太陽のようだと言えば良いのか…生憎、それを的確に表現出来るだけの語彙をコハルは持ち合わせていなかった。

 

(…私って、こんな感情出して話せたんだ)

「ふふっ…何よ、面白い奴ね。良いわ、そこまで言うなら付き合ってやろうじゃない!」

「本当ですか!あ、一応言っておくとあの映画は原作と比べて映像にする分そういう表現がかなりマイルドにされてるそうなので気を付けてくださいね」

「…マイルド?」

「はい、マイルドです!」

「…あれで?」

「恐らく!」

「あれの原作って…どんだけ過激なことやってるのよ…」

「あ!?どうしましたか!?熱でもあるのですか!?」

 

コハルにとってあのシリーズは自分が知る中で1番過激なアダルト映画だと思っていて、ベッドシーンはいつも赤面しながら顔を手で覆いつつ指の隙間から見ていたのだが…それですらマイルドにされた方だと原作ではどんな事が行われているのかと1人妄想して勝手に頭から湯気を出す。

それを病気だと勘違いして呼びかけるアリスといつカオスな状況が出来上がっていた。

 

…そんな二人の様子を、離れた場所から眺めるフードを被った水色の髪の少女が1人。

 

 

「…大当たり、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスはなんでゲームが好きなの?」

「よくぞ聞いてくれました!それは、アリスがゲームから多くの学びを得たからです!」

 

あの後復活したコハルの質問に、アリスは待ってましたと言わんばかりに腰に手を当て胸を張って答える。

 

「学び?」

「はい!ゲームには人生における全てが詰まっているのです!RPGでは仲間との出会いや絆、喧嘩や離別、交錯する人間関係それだけではありません、知育ゲームならば知識と閃きを、シュミレーションゲームならば想像力を、アクションゲームならば瞬発力と判断力を!人はゲームをするだけで生きるのに必要なあらゆることを学べると言っても過言ではありません!」

「多分過言よ」

「そして何より、そこでアリスが得た1番の学びこそが”勇者”になるということです!」

「…勇者?」

「多くの人を助けて、救えて、笑顔にできる…そんな勇者に、アリスはなりたいんです」

「…助けて、救えて、笑顔にできる…ね。アリスは…立派なのね」

「そうです!端末は持ってますか?モモトークは?」

「え?や、やってるけど…」

「交換しましょう!連絡先!」

「…うん」

 

押しの強いアリスに負けて、コハルは端末を取り出してアリスとモモトークの連絡先を交換する。

連絡先の欄に『アリス』の文字が加わった端末をコハルは宝物でも見ているのかのようにキラキラと目を輝かせて眺めていた。

傍から見ても嬉しさが隠しきれていないコハルの様子をアリスも暖かい目で見ている。

と、そこへ…

 

「…コハル?」

「…!ハスミ先輩!?」

「む、知り合いですか…でっ…!?」

「そこの貴女今なんて言おうとしたのか聞いてもよろしいですか?」

 

そこに現れたのは…色々と大きい女性だった。

身長も、翼も…その他色々も。

そんな彼女を見てつい失礼な言葉が出かけたアリスに目ざとく目を付けた彼女は怖い笑顔でアリスに迫るが、コハルがそれを諌める事で事なきを得る。

 

「はぁ…珍しいですね、コハル。そちらの子はお友達ですか?」

「えっと…」

「はい、アリスはコハルの友達です!」

「ちょっ…あんた勝手に…」

「…違うのですか?」

「いや、友達…なの?」

「…ふふ、良い友達ですね。コハルと仲良くしてあげてください、アリスさん」

「! 何故あなたもアリスの名前を!?」

「だからあんた一人称!」

 

天然なアリスにコハルの緊張感はとっくに抜け、まるで長年来の付き合いであるとすら思わせるほど気軽な掛け合いをする2人を女性…ハスミは微笑ましく見守っていた。

ふと空を見上げ、日も落ちかけているのを確認するとじゃれ合うように言い合っているアリスとコハルを宥める。

 

「もう暗いですし…良かったら2人とも、私の家で晩御飯を食べて行きませんか?」

「え、良いの?」

「本当ですか!?」

「2人とも食べ盛りでしょうし、私が腕によりをかけてつくりますよ。私は少しで良いですけど…」

「もう、またハスミ先輩無理して食事減らそうとしてる。どうせ長続きしないのに…」

「コハル?あなた知らない間に図太くなりましたね?」

「いや、ちょっといろいろあって…」

「行きましょう!お夕飯イベントです!」

「ふふっ…嫌いな食べ物や食べれない物があったら言ってくださいね」

「大丈夫です!勇者は好き嫌いなんてしません!」

「あんたハスミ先輩とも打ち解けるの早いわね…コミュ強…」

 

誰にでも気軽に接するアリスの人柄故に早々に打ち解けた3人は、親子と間違えるような距離感で夕暮れの元河川敷沿いの道を並んで歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おっ?」

 

崩落したトリニティの地下にある空間。

そこに足を運んだ水色の髪の少女…ユメは、瓦礫を押し退けて現れた肉塊を出迎えていた。

蠢く醜い肉塊が瓦礫から這い出すと、やがて縮小し、肉塊の中から現れたムツキの袖の中へと収まった。

 

「ふぅ、見かけによらず無茶苦茶するね〜、あの子」

「随分派手にやったね、ムツキちゃん」

「ユメ!あいつ面白かったよ!色々勉強になったんだ〜」

「へえ?」

「…どれだけの圧力がかかっても、千切られてもバラバラにしてすり潰されても、ヘイローの形を保てば死にはしない。神秘の消費も自己補完の範疇で済むね。それにヘイローの形もどれだけ弄ってもノーリスクっぽいし、次は思いっきりやってみるつもり」

 

ムツキの特性…通常生徒は肉体へのダメージをヘイローに肩代わりして肉体の損壊を軽減し死を遠ざけている。

だが、ムツキは秘儀によってヘイローを本体と設定しているため、逆にヘイローへのダメージを肉体で肩代わりすることで事実上ダメージを無効化する。

そして、物理的な手段でヘイローに干渉する方法は存在しない故に、通常手段でムツキを殺す事は出来ない。

 

「まるで…無敵みたいな秘儀だね〜。ズルいったらありゃしないや。それに普通のアウトローと違ってムツキちゃんは半分特異体みたいになってるから無理な動きで身体を壊すこともないんでしょ?羨ましいよ」

「ユメのも相当だと思うけどねぇ。今度駒同士をぶつけ合って合戦でもしてみる?」

「そんな無駄な事に貴重な戦力を減らしたくはないかな〜。そういえば、相手の生徒はどうしたの?」

「多分逃げられたね。また遊びたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「下江コハルとお夕飯を食べてる!?なんでですか!?」

『話の流れでそうなりました!お鍋美味しいです!』

「味の感想は聞いてないですが!?」

 

逃げた特異体を捕まえたアヤネは、アリスからの連絡に慌てて車を出す準備をしていた。

ドジ踏んだ自分が悪いと自覚しているからこそこれでアリスの身に何かあっては行けないと責任感を奮い立たせ、伝えられた現場へと急行する。

 

「いいですか!何か違和感を感じたら直ぐに逃げてくださいね!…もう切れてる!?」

(…例え下江コハルが事件に加害者として関わっていたとしても、今のアリスさんならそう簡単にはやられたりはしないと思いますが…ホシノ先輩とユウカさんから任されている以上、私が頑張らなければ…!ああ、早く行かないといけないのに…!)

 

速度違反など日常茶飯事のキヴォトスにおいて生真面目な性格故に律儀に法定速度を守って走るアヤネ。

信号に引っかかり、道路を横断する猫の為に停車し、エンストして足止めを食らい、思うように進めずにいるうちにアヤネの端末が鳴った。

 

(ユウカさんから…怒られるー…)

「…はい、すみませんでした」

『え?』

 

アリスから目を離したのがバレたと思い初手謝罪するアヤネだったが、そんな話をしたい訳では無いユウカはそれを流して先程の件を報告する。

当然困惑するアヤネだったが、要件を手帳にまとめトリニティの特異現象捜査部に応援を要請できるように準備を整えた。

 

 

 

「それじゃあ、私は1度S.C.H.A.L.Eに戻ってセナさんに治療を受けて来るわ」

『って、治療!?大丈夫ですか!?』

「死ぬような怪我じゃないわよ」

 

ムツキとの戦いの後公衆トイレに寄ったユウカは、ムツキに触れられた箇所からの流血をハンカチで抑え、通話中のアヤネに怪我の程度を悟られないように声の震えを抑えて報告を終える。

 

『大した怪我では無いのなら…良かったです。では、私はアリスさんと合流したらそちらに向かいますね』

「…アリスちゃんと一緒じゃないの?」

『…』

 

勿論アヤネはこってりと叱られる事になった。

 

 

 

 

「んっ…うぅ…はぁ…」

 

報告と説教を済ませたユウカは呻き声を漏らしながら壁に寄りかかり、ムツキとの戦いのことを思い返す。

既にユウカでは決して勝つ事は出来ないだろう実力を身に付けていたムツキだが、それでも戦闘経験の浅さや詰めの甘さがあったからこそこうして自分は生きているのだと自戒する。

 

 

『実験台としては丁度いい。うん、私ってば運が良い、ね!』

 

 

(…あのアウトローは成長途上。あれだけ強力な秘儀を持ちながら、まだまだ貪欲に自分の成長を楽しんでいた…ホシノ先輩が戦ったっていうアウトローは神秘解放まで会得していたそうだし、あのアウトローがそのステージに上り詰めるのにそう時間はかからないかもしれない)

 

 

『た…すけ…て…』

 

 

(加えて、こっちの想像を遥かに上回る被害者の数。ああして改造されたり取り込まれている生徒が大勢いる。1秒でも早く鎮めないと、取り返しのつかないことになるわね)

 

ユウカもまた使命感に駆られ、これ以上の被害を食い止める為にまずは怪我を治そうと駅へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「それでですね!スミレ先輩が『風邪を引いたのならば良い治療法があります!』って言ってきたんですよ!」

「それで…どうなったんですか?」

「『そう!トレーニングです!』ってその子にスクワット30回を10セットやらせたらしいです!」

「あっはは!何よそれ!死ぬでしょ!」

 

ハスミの自宅に連れられて、3人は鍋をつつきながら談笑に花を咲かせていた。

アリスが話すミレニアムの変人奇人の話が特にコハルのツボにハマったらしく、文字通り腹を抱えて笑う姿をハスミは嬉しそうに眺めていた。

 

「コハルもそういう風に笑えるようになったんですね。いつも無理して大人びようと強がっているので、子供らしい一面が見れて嬉しいですよ」

「ちょっ、ハスミ先輩…それアリスの前で言わないで…」

「知ってます!コハルは最初に出会った時も高圧的でした!」

「それもハスミ先輩の前で言わないでよ!?」

「ふふふっ…私も知っていますよ。コハルが強がっていることは」

「もう…ハスミ先輩…」

「…コハルでも、ハスミさんには下手に接するのですね」

「言い方酷いわよそれ!でも、そうね。あんたにもハスミ先輩の凄さを教えてあげるわ!」

「先程の事は謝りますから恥ずかしいことは話さないでほしいのですが…」

 

賑やかな食卓に美味しいご飯。

最近何かと鬱憤の溜まることの多かったコハルにとってこれ以上ないほどに心安らぐ平穏。

新しい友達と、大好きな先輩と共に過ごす時間は、コハルにとっての癒しの比重を孤独よりも大きなものへと変え始めていた。

 

 

『安息も常識も平穏も、ぜーんぶ無駄!』

 

 

(…私にとっては、そうじゃないのかも…いや、でもムツキなら…)

「コハル?」

「…!な、何よ…?」

 

食事を済ませ、ハスミが洗い物をしている間リビングのソファで上の空になっていたコハルに、アリスがその顔を覗き込んで声をかける。

コハルはそれに驚いてソファから転げ落ちそうになるが、アリスが支えて座り直させられるとその横にアリスも腰掛けた。

 

「ハスミさん、良い人ですね」

「そ、そうでしょ!中等部の頃に迷子になってた私を助けてくれて、それ以来ずっと気にかけてくれるの。ハスミ先輩はね、優しくて、いつも助けてくれて、私の事を尊重してくれる…そんなハスミ先輩が、私は大好きなの」

「…良い絆ですね!」

 

「2人とも、何か気恥ずかしくなるようなこと話してませんか?」

「「何でも〜」」

「そうですか…?」

 

「…まるでコハルのお母さんみたいですね」

「お母さん…そうね。私にとっては実の母親ぐらい大切よ。じゃあ、アリスのお母さんはどんな人なの?」

「アリスの母親ですか?…それが、実は会った事が無いんですよね」

「…辛いこと聞いちゃったかしら?」

「いえ、気にしてません。それに、アリスにも昔から気にかけて、時々助言をしてくれる友人がいますから!…あ、すみません。電話に出ますね」

 

端末が鳴り、アリスがそれに出る。

そんな後ろ姿を見ながら、コハルはムツキとの会話を、助言を、肯定を…その中で自分の中に芽生えていた葛藤の分別を付けるために、通話を終えたアリスに意を決して問うことにした。

 

「…?どうかしましたか?」

「アリス…あなた、人を殺したことはある?」

「ありません」

「…でも、いつかどうしようもなく悪い人と戦う事になったら、その人を殺せる?」

「それでも、アリスは殺したくはありません。勇者は人を救いたいのであって、敵を殺したいわけではないので」

「…そっか」

 

その答えを聞いて気持ちの整理が付いたコハルの目は、アリスから見てとてもスッキリとしたものに見えたという。

 

洗い物を終えたハスミがリビングに戻った頃、アリスとコハルも帰宅の準備を終えていた。

 

「ハスミ先輩、今日はありがとうございます」

「ご馳走様でした。とても美味しかったです!」

「はい、また2人で遊びに来てくださいね。良ければ家まで送りますよ?」

「ひ、1人で帰れるわ!」

「はい、2人で帰るので大丈夫です」

「そうですか。ではコハルはまた学校で。アリスさんも、自由に訪ねてきていいですよ?」

「ではその時はまたよろしくお願いします!」

 

別れを告げて、アリスとコハルはハスミの家を後に、また2人で趣味の話やちょっとした言い合いをしながら楽しそうに帰路に着いた。

 

 

 

2人が帰った後、ハスミは部屋の掃除をしていると、いつの間にかテーブルの上に小さな機器部品が置いてあるのを見つける。

 

「…?コハルかアリスさんの忘れ物でしょうか?明日聞いてみないと…」

 

 

 

 

 

悪意は、人の安寧を無為にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────トリニティ総合学園での事件後。

羽川ハスミの自宅にて、Keyの機器部品(モジュール)が発見される。

羽川ハスミはKeyの機器部品(モジュール)によって引き寄せられた特異体に襲われたと見られ、遺体は腰から下が欠損していた。

 

現場には目視で確認可能な血痕は見られず羽川ハスミの遺体はベッドに横たわっており、掛け布団を捲るとあるだけの保冷剤と氷嚢が敷き詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は無力ですか?ユウカ」

 

一時的に拠点にしていた廃墟に戻ったアリスは、怪我をするユウカに詰め寄っていた。

それを顔色1つ変えずに真っ向から受け取るユウカにアリスは眉を顰めると、テーブルを叩く。

 

「”仲間が死にました。でもそこにアリスはいませんでした。何故ならアリスは子供だからです。”…そんなの、アリスは御免です。次はアリスも連れて行ってください」

「駄目よ。知っての通り例のアウトローは改造した生徒を使う。どうしようも無い奴ってのはいるものだわ。アリスちゃんも、いつかはそんな相手を殺さないといけない時が来る。でも…それは今じゃないわ」

「…!」

 

 

『それでも、アリスは殺したくはありません』

 

自分の意志を曲げる行為を突きつけられて、アリスは反論出来ずに口を結ぶ。

 

「理解してちょうだい。子供であることは悪いことじゃない。その責任を負うのは先輩の役目なのよ。アリスちゃんには、下江コハルの監視を任せるわ」

 

そう言ってまた1人で外へ出るユウカの背中を、アリスは黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた朝の空気、見慣れた通学路。

 

ただ違うのは…その道を行く堕ちた翼。

 

 

 

 

 

学校に行ってもハスミ先輩の姿はなく、心配になって帰りに家に寄った時に、それを見てしまった。

ムツキを頼ったが、もう手遅れだと言われた。

 

『これはね、Keyの機器部品(モジュール)といって、特異体を呼び寄せる性質があるんだ』

『なん、で…そんなものが…ハスミ先輩の家に…』

『S.C.H.A.L.Eに所属してなくても神秘を扱う連中はいる。私達みたいなアウトローは勿論、確認されてないだけでどちらにも所属せずにこっそり神秘を使う子だっている。まあなんにせよ、大方君が嫌いな人が君と仲の良い子を狙ったって所じゃないかな?そういう回りくどいやり方を好む連中をコハルちゃんは知ってるでしょ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日も良いお天気で、絶好のティーパーティー日和ですね」

「フィリウスの連中はゲヘナとの交渉の件で出払っていますし、サンクトゥスの連中も同様にミレニアムの方へ…残った私達は楽で良いです」

「睨んでくる相手も居ないことですし、今日ぐらいは気を抜きましょう」

 

トリニティの生徒会、ティーパーティーのパテル分派の行政官達は庭園の見えるバルコニーで優雅に紅茶を嗜んでいた。

パテル分派は武闘派で知られており、武力による政治を推進しているため他の分派からはよく牽制を受けており、裏で不良や反社組織と内通して操る事でその監視をくぐり抜けて好き勝手を行っていたのだが…

 

「…ん?あれは一体なんでしょうか?」

 

トリニティ総合学園、第4校舎であるそこの直上から半透明の幕のようなものが降りて、ドーム状に校舎を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「お、出来た出来た」

「いやぁ、助かるよ。私の痕跡を残したくはないからね〜」

 

校舎を覆った幕…結界を降ろしたムツキと、行動を共にするユメは離れた場所にある尖塔の物見台からその様子を眺めていた。

 

「これ結界の効果はなんなの?」

「内から外には出れないけど、外から内には入れるやつだね〜。あくまでも神秘の弱い生徒は、だけど。ここまで目立つ場所で事前告知もなく結界を降ろしたんだから、直ぐにトリニティ支部の特異現象捜査部が動くよ。それまでにムツキちゃんの目的が達成できるといいね」

「くふふ、大丈夫でしょ。コハルちゃんがKeyの器を引き当てた時点で流れはできてるんだから。2人をぶつけて天童アリスにKey有利の契約を課すことが出来れば…アウトローの天下も目の前だよ」

「アルちゃんもそれぐらい冷静だったら良かったんだけどね〜」

「あれはあれで素直で可愛いじゃん!…それより良いの?貴重なKeyの機器部品(モジュール)をあんな簡単に置いてきちゃって」

「うん、古聖堂のは直ぐに天童アリスが取り込んじゃったからコハルちゃんの方に仕掛けたのはS.C.H.A.L.Eに回収させたいんだ」

「くふふっ、面白そうな悪巧みしてるみたいだね?」

「まあね、それじゃあ私はここらでお暇させてもらうよ」

 

尖塔から飛び降りてそのまま姿を消してしまったユメの行方を気にするでもなく、結界に覆われた校舎を眺めるムツキはしばらく観察を続け、そして目的の人物が近付いたのを見て口角を吊り上げた。

 

「…あっはは!ユメも見ていけば良かったのに…お馬鹿さんが死ぬところ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が起こっているのですか!?」

「正義実現委員会は!?」

「連絡が繋がらない!?なんで!?」

 

そんな企みも露知らず、結界の内側にいた行政官達はパニック状態になっていた。

彼女達は知らないことだったが、この時この場の行政官達以外の生徒は意識を失っており、また結界の性質によって電波が遮断され外部との連絡も絶たれていた。

 

そんな状況の中なんとか助けを呼ぼうとする彼女達の前に…コツコツと、わざとらしく靴音を立てながら近付く小柄な人影。

 

「っ!あんた、なんでここにいるのよ!いや、まさか知ってるの!?何が起こってるのか!」

「…聞きたのんだけど、あれをハスミ先輩の家に置いたのはあんた達?」

「はぁ?何言って…あぁ!?」

 

小柄な人影…コハルに突っかかろうとした行政官の1人が、突如藻掻き苦しみ出した。

その代表には紫色の発疹が現れていて、どう見てもまともな状態では無い。

 

「な、なによこれぇぇぇ!?あんた私に何したのぉ!?」

「良いところのお嬢様なんでしょ?そんな汚い声出さないで」

「っ…!こ、こいつを…!」

「え、ええ!」

 

他の行政官は護身用の銃を取り出しコハルを撃つが、弾は見えない何かに当たったかのように空中で止まり、地面に落ちる。

何が起きたのかも理解出来ずにいた彼女達も1人、また1人と身体に発疹が出来て倒れていき、ついにはコハル以外の者は全員が無様に床を這い回ることしか出来なくなる。

 

「ぁぁ…!」

「あんた達は死刑よ。質問の答えがどうだったとしても、私にはそれが嘘か本当かは分からないし。そうされるだけの事をあんた達はしてきたんだから。せめて…最期ぐらいは誠意を見せなさいよ」

 

コハルがクイッと指を動かすと、それに合わせて行政官の1人が見えない何かに持ち上げられ、コハルの目の前に吊るされる。

彼女は苦痛に悶え、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに顔を濡らしながらも、死の恐怖に怯えコハルに屈した。

 

「ご、めんな…さい…」

「…で?」

「たすけて…」

「だからなんだってのよ!」

 

 

 

 

 

 

「何をしているんですか!コハル!」

 

バルコニーへの扉が勢いよく開け放たれる。

突入してきたアリスはコハルを目視するなりレールガンを構え、それをコハルへと向けた。

 

「…引っ込んでなさいよ、アリス」

 

吊るし上られていた行政官が床に放り捨てられ…コハルの背後を、紫と緑の体色を持つブヨブヨとした気味の悪い怪物が漂う。

 

 




配役
順平ママ…ハスミ
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