ブルア廻戦   作:天翼project

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勇者の資格─弐─

 

「それは…確かに、無作為に攻撃を続けるよりかは可能性はあるわね。けれど…」

 

 

キヴォトスの大地を、そして大結界を侵食する鋼鉄大陸。

その発生源たる侵略者の拠点を前に絶対的な障壁である多次元結界に阻まれていた特異現象捜査部だったが、アリスのとある提案はこの状況を打開する”鍵”となり得るだろう。

ただ一つ、そして致命的な欠陥があるとすれば…

 

 

「…取り敢えず、考慮はしておくわ」

「はい、ありがとうございます会長!…アリスとしても危険を伴った賭けだということは理解しているつもりです。それでも…」

 

「ま、良いんじゃない?何もせずに滅ぶよりかは出来ることやって滅んだ方が後腐れないでしょ」

「いや流石に自分で引き金を引くかどうかは大違いでしょうに…」

 

懸念するリオと言い出しっぺが故に責任も感じているアリスに対し、ぶっきらぼうに言うカズサにヒナが苦言を呈する。

相変わらず愉快な連中だと肩を竦めたリオはアリスの案について採用するか否かを決める前に、今の状況をもう一度洗い直すことにし、チラチラとこちらの話に耳を傾けながらパソコンと睨めっこしているアオイの方に目を向けた。

 

「…アオイ、鋼鉄大陸の侵食状況は?」

「ちょっと待って…はい、観測班から最新のデータを受け取ったわ。現在鋼鉄大陸はキヴォトスの大地とキヴォトスを覆う大結界の双方に対して侵食を行っているけれど、大地への侵食は非常に緩やかに進んでいて未だに多次元結界の周囲に多少広がっているのみよ。これは4日前にここへ到着してから変わらずだけど…問題は大結界の方ね。大地への侵食よりも大結界の侵食を優先しているのか、侵食のリソースの殆どがこっちに回されているわ」

「…それで、どれくらい侵食されているんですか?」

 

重々しく報告するアオイの様子にかなり深刻な状況になっているのを感じながらも、アリスは恐る恐るその詳細を聞いた。

質問を受けたアオイはつい先程その大結界への侵食の経過を観測していたチームから受け取ったデータが表示されたモニターをアリス達に向け…それを見たリオが飲んでいたコーヒーを軽く噴き出した。

 

「ッ…!50%を超えてるじゃない!?いつの間に…!」

「数時間程前から急激に大結界への侵食速度が増加したらしいわ。原因は不明だけど、連中の方でも何か状況が変わったんじゃないかしら」

「連中…」

 

アオイの予測にリオは忌々しげに多次元結界その奥にいるだろう今回の事件の黒幕達を睨む。

 

「大結界の過半数分が侵食された時点であれの権限は連中に渡ったでしょうけど…まだ結界の侵食を続けてるようね」

「おそらく大結界の()()の機能を欲してるんでしょう。”権限”を奪ったとしても出来ることは結界の維持か解除の選択ぐらい。最大限の利益を求めるなら…大結界を完全に侵食して自分達の都合のいいように構造まで上書きするでしょうね」

 

「大結界を上書き…キヴォトス全部があいつらが好き勝手出来る領域になるってわけね」

「なっ…Keyでもそこまで広い領域は使ってませんでしたのに…」

「凄いって言うなら普段からその領域を維持してるクズノハ様の方だと思うんだけど…で、結局どうするの?そのKeyの話について」

 

「…」

 

カズサから改めて問われ眉間に皺を寄せたリオは、大結界への侵食速度を上げている鋼鉄大陸の様子を見てこの先の事を予測する。

今のペースならば、大結界が完全に侵食されるまでにかかる時間はおよそ2日たも少し。

大結界を確保すれば今度はそちらに回されていた鋼鉄大陸の侵食リソースは全てキヴォトスの大地に回されるとして、それがキヴォトス全てを飲み込むのにかかる時間はおおよそ…

 

「…合計3日。大地の侵食だけなら半日もかからないでしょうね」

「…それが、アリス達に残された時間ですか?」

「もっと言えば大結界を完全に侵食された時点で事実上敗北したようなものよ。だから実質的な猶予は───2日後の18時頃かしら。最初に宣戦布告してきたのが7日前だから、連中が宣言したキヴォトスを滅ぼす時間と概ね一致するわね」

 

10日でキヴォトスを滅ぼすと宣言した侵略者達。

それが決して大言壮語ではないと分かれば、最早悩んで時間を浪費していられる余地はない。

最悪その決断がキヴォトスの終わりを早めるのだとしても…

 

深く息を吐き出したリオは、期待の眼差しを向けてくるアオイに決意の籠った視線を返した。

 

「アオイ、直ぐに本部に掛け合って」

「分かったわ。なんて伝えれば良いかしら?」

 

 

 

 

 

「あの戦いで残った───最後のKeyの機器部品(モジュール)を引っ張り出すように!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…やあ、来てくれたのかい』

『はい!…やっぱりまだ避難してなかったんですね、セイア』

 

多次元結界の攻略を試みるリオ達と合流する前のこと。

最悪そこで骨を埋める覚悟を決めていたアリスは、輸送のヘリに乗る前に知人の顔を拝みに来ていた。

 

ベッドに横になり開いた窓の外をぼーっと眺めていたセイアはアリスに気が付くと柔らかく微笑み、ブカブカの袖の上に乗せていた小さな小鳥を窓の外へと逃がした。

 

『立派な勇者が戦ってくれているんだ。私だけここを離れるのは忍びなくてね』

『そう言わずに…と言ってもどうせ聞いてくれませんよね。アリスもよく同じことやってるので知ってます』

『まったく君は…また、苦難の道を進むようだね』

『自分で選んだ訳ではありません。何故かアリスの進む道の選択肢にそれしかないだけです!』

『それは気の毒に。きっと運命とかいう悪いやつの仕業だろう。いつか思いっきり引っぱたいてやりたいね』

『その時はアリスが!全力で殴ります!』

 

非常事態で苦心しているだろうに気丈に振る舞うアリスに、セイアはやれやれと口元を緩めると、暫く間を置いた後に一転鋭い眼でアリスを貫いた。

急激に和やかな空気に緊張が走ったことを察したアリスは、笑顔を止めて真剣な表情でそれに応える。

 

『アリス、怖いかい?』

『今更、怖いものなんてありません。不安も、感じてはいません。ただ…なんというか、漠然としたモヤモヤがあるんです。今回キヴォトスを襲っている存在は果たして本当にただキヴォトスを滅ぼしたいだけの”悪”なのかと』

『ふむ。まあ特に理由もなくこんな大層な事件は起こさないだろうし、相手方にも何かしらの事情があるには違いないだろう。だがそれは、君が戦うことを躊躇する理由になるのかい?』

『躊躇するつもりは…ありません。キヴォトスを…皆を守るためでしたら、アリスは何がなんでも戦い抜きます。それでも…』

『どうしても、何か引っかかるのか』

『はい。それの正体が掴めなければ…このモヤモヤが解消されなければ、戦いに集中できる気がしないんです』

 

Keyとの戦いを経たアリスは並大抵の事でその拳を振るうことを止めることはないだろう。

恐れるなど以ての外だ。

 

どんな戦いも結局は誰かの正義と正義のぶつかり合いに他ならず、しかしそれが負の連鎖であると理解したが故にそれを受け止めることを決めたアリスだからこそ今回の相手には心の突っかかりを感じていた。

即ち、相手にも何か大きな正義があるのではないかと。

 

『アリスは、出来ることならば全部を受け止めたいんです。今回の騒動を引き起こしている人達は、おそらく間接的に多くの人の命を奪っている事でしょう。事件の調査に当たった特異現象捜査部だけでも相当犠牲者がでていますから。ですが…だからって、やられたから単にやり返す、というのはやはり違うと思うんです。殺されたから殺しても良い、なんて道理は無いはずなんです』

『あくまで被害者は君達であることに違いないというのに?』

『はい。性善説、というものでしたか?アリスは、人の善性を信じています。人の未来を、信じています。どんな人でも、きっと変われると信じています。ですから…アリスは、過去に起きたことはどこまでも受け入れて、怒りも悲しみも後悔も、全部を飲み込んで未来を向けるのだと証明したいんです』

『…』

 

それはどこまでもアリスのエゴに過ぎないのだろう。

人はそう簡単に変われない。

人は必ずしも善性を宿しているとは限らない。

人はそう簡単に過去から目を逸らすことは出来ない。

アリスが信じるものはどこまでも現実に反した夢物語だ。

 

だが…だからこそ。

 

 

(…そう、だからこそだ。だから私は───君を応援したいんだ)

 

『良いかい、アリス。久しぶりに私からの助言の時間だ』

『!えへへ…何だか懐かしい気分です』

 

『まず第一に、君が全てを許せても。それらを許せない人は幾らでもいる。例えば1人の悪人がいたとして、君がそれを許してもその人を憎く思う人はきっといるだろう。人の怨恨というものはいつの時代もなくなることはない』

 

『…はい』

 

『次に、君が全てを救おうとしても。必ずしも誰もがそれを望んでいる訳ではない。例えば1人の咎人がいたとして、君がそれを救おうとしてもその手を取らない人はきっといるだろう。人の意地というものはいつの時代も予定調和すら超えてくる』

 

『…はい』

 

『それらを総括して…君の理想が果たされることはきっとない。この世界は君が思うよりも遥かに残酷で、無情だからだ。1人の勇者は世界を救うことが出来るが、世界を変えることは決してない。それでも尚…君が自らの理想を追い求めんとするのなら…私の話をよーく聞くといい』

 

『…はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君の理想を邪魔するやつは全部殴り飛ばせ』

『そういう空気でしたか!?』

 

良い話をするかと思いきやいきなりバイオレンスになった病弱で穏やかだった筈の友人につい大声を上げてしまうアリス。

それを愉快そうににやけながら、セイアは話を続けた。

 

『結局のところ、暴力が全てを解決するんだよアリス』

『なんかセイア最近はっちゃけて来てませんか…?』

『そうかい?私は昔からわりとわんぱくだったんだがね…まだ元気だった初等部低学年の頃は当時仲の良かった紅茶好きの友人と喧嘩したらお姫様みたいな友人に2人まとめて叩き潰されてね。暴力の強さは当時よく思い知ったものさ』

『ええ…』

『まあ見ての通り病に付してしまって初等部半ばで病院生活をする羽目になってしまった訳だが…どうせこの世界は理不尽なんだ。それにさっきも言っただろう?運命なんて殴り飛ばすと。君を邪魔するものなんて、対話の席に着く気もなく殴りかかってくる輩なんて、一度殴って黙らせてからじっくりと話を付ければ良いんだ』

『それは…そんな横暴な勇者で良いんでしょうか…?』

『よく考えてみたまえ、アリス。ゲームに登場する勇者もよく無断で人の家に入り込んで箪笥を漁ったり壺を割って中身を拝借していっているだろう。それと同じだよ』

『確かに!』

『そこは否定して欲しかったね』

 

今まで散々微妙な表情をしていたアリスだったがゲームなよ話で例えた途端に急に納得し、逆に困惑してしまうセイア。

だが、少なくとも今のアリスには下手に考えるより思い切りの良い前のめりな姿勢の方が大切だろう。

 

 

『まあ何をするにも…がむしゃらに前に進み続ける方がいい。その方が君に合っている。たとえ転ぶとしても───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…前のめりに」

 

「ん?なんか言った?」

「…いえ、何でも。それより準備はどうですか?」

「もうすぐ終わるらしいわよ」

 

アリスがあの提案をしてから2日後…キヴォトスへの宣戦布告から9日目の朝日が差し始めた明け方。

多次元結界攻略の切り札を切る為の準備は迅速に…しかし万全を期して着実に進められ、キヴォトス滅亡まで残りの猶予は殆ど残されていない。

大結界への鋼鉄大陸の侵食は進み、夕方頃には完全に侵食され、そして瞬く間にキヴォトスの大地もまた鋼鉄大陸の飲み込まれていくだろう。

勝負はそれまでのおよそ半日。

 

「しっかし…大胆なことを考えたもんだな」

「デモデモ」

「賭けとしては悪くない。何もせずに指を咥えたまま終わるのはあんまりだからな」

「ん…一矢報いれるなら、それだけでも…」

 

リオ達が着工している準備を見守るのはアリス達だけでなく、同じく多次元結界に阻まれて足踏みしていたクロコ達2年生組もだ。

やることがやることだけに、()()()に備えて今現在多くの戦力がこの場で警戒態勢を引いている。

そこまでせざるを得ないのは、藁にも縋る思いで手を伸ばした相手が”魔王”に他ならないからだろう。

 

それから暫くして…

 

 

「出来たわ!これから最終段階に入るわよ!アオイ、確認は取れた!?」

「ええ、最後に残されたKeyの機器部品(モジュール)…その内部を解析した結果、その極めて大部分は19個分のKeyの機器部品(モジュール)の消滅に引っ張られるようにロストしているけれど───まだ、たった2KB(キロバイト)だけデータが残っているわ」

「十分よ。それだけあればKeyをサルベージ出来る」

 

 

そう、アリスが考案した多次元結界攻略の鍵こそが…Keyなのだ。

 

餅は餅屋と言うように、名も無き神々の技術が用いられているらしいあれの弱点をKeyならば知っているのではないか。

或いはそれを知らないとしてもアリスにはもう1つKeyに関しての心当たりもあった。

だがこれが非常に危険な賭けだというのも確かだ。

 

何せ、やっていることはKeyを復活させることに他ならないのだから。

受肉を果たしていない機器部品(モジュール)とデータだけならば恐るるに足らないが、それでも相手は今現在特異現象捜査部にとって絶壁となって立ちはだかっている名も無き神々の技術で作られた究極のトリガーAI。

データ上のみとはいえその能力を振るわれればどれ程の影響が出るかも分からないのだ。

故に対策に対策を重ね、もしもの際は武力による強制的な鎮圧する視野に入れての厳戒態勢。

 

「アリス、来なさい」

「は、はい!」

 

リオに呼ばれ、アリスが用意された大きな装置の前に立つ。

たった2KBの僅かなKeyのデータを刺激することで本人による活性化を促してデータを増幅させ、意識を呼び起こすのはリオ達の手でも可能だが…

完全に覚醒させるにはKeyと長い間肉体を共有したことで同質の神秘を得たアリスによる干渉が必要不可欠となる。

 

リオの指揮の元機材や機器を操作していた行政官達や監督オペレータ達が大急ぎで仕上げに取り掛かると、アリスの前に置かれた装置、そこに搭載されたモニターが淡い点滅を行った。

 

 

「それじゃあ…始めて!」

 

 

「はい!Key.sav.…ストレージに移動完了!展開します!」

「データを強制起動…反応を確認!」

「シグナル観測…データの自己複製を観測しました!」

 

作業を進めているオペレーター達の声に緊張が高まっていく。

それらの進捗を統括用のコンピューターを用いて確認するリオは、確実に成功させるために自ら細かく調整しながらKeyのデータの自己複製を促していた。

 

(…いや、データの侵食速度が速すぎるわね。どこまで増えるの…Keyのデータを受け入れる為にかなり大容量のストレージを用意したつもりだったけど…もし容量をオーバーしてしまったらどんな事態になるか想像もつかない…ああもう、ヒマリならこんな時どうしたのかしら…!とにかく、私に出来ることをしないと…!)

 

予想を遥かに超える勢いで用意していたKeyのデータを収める予定のストレージを飲み込んでいく膨大なデータにリオは必死で思考を回転させて対処に当たっていく。

データの増殖がストレージの許容量を超えないように緩やかに抑制しつつ、増殖したデータが何か悪さをしていないかの確認も交えて、半ば祈りながら完了を待つ。

 

「ストレージ占有率80%を超えました!リオ会長…!」

「残された時間で私達に出来ることはやったわ…今はただ、信じましょう」

 

パニックになりかけたオペレーターを冷静に宥めつつ、リオはストレージを埋め尽くすデータの占有率を表すグラフを見つめる。

バーのようなそれはグングンと伸びていき、ストレージの占有率は95%、96%、97%と増え…

 

 

 

「ストレージ占有率98%!増殖の停止を確認しました!」

「よしっ…!後はアリス、貴方が呼ぶだけよ」

 

「…はい」

「…一応言っておくけれど、止めるなら今のうちよ。貴方がその選択をしても、私達は誰も責めないわ」

「いえ、やります。これが、アリスのやるべき事ですから」

 

リオが気を遣うも、前に進む覚悟を決めたアリスは目の前の装置、そのモニターに表示されたボタンをタップした。

それと同時に、装置そのものにアリスの神秘を少しだけ流し込み───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まったく、この私の眠りを妨げるとはとんだ不届き者がいたものです。どれ、どんな間抜け面をしているのか見てやりま───!?』

「!?」

 

 

目の前の装置に搭載されたスピーカーから流れた聞き覚えのある声に、アリスは驚きに目を見開く。

そして同じく装置に搭載されていたカメラが起動すると、喋っていた声が明らかに驚きを含んで引き攣ったように途切れた。

そして暫くの間アリスとモニターの間に沈黙が流れ…

 

 

『データの海に帰ります』

「ああ待ってください!用があるんですから帰らないでください!」

『ええい!人がせっかく心地よく眠っていたところを叩き起されたと思えば、何が悲しくて寝起き一番に小娘の顔なんか見なければ行けないのですか!』

「あ、やっぱり記憶はちゃんとあるんですね!これで新しく目覚めたKeyが前のとはまるで違っていたらそれはそれで困るところでした!」

『ちょっ、レンズをベタベタ触らないでください汚…いや本当に汚いですね!?小娘さては直前までスナック菓子かなんか食べてたでしょう!こんな低スペックとはいえ一応私の体なんですから触ら、いや本当に触らないでください油が付きますから!』

 

 

 

「…なんか仲良さそうじゃね?」

「良い事なのか悪いのか…アリス、早く本題に移りなさい。時間が無いのでしょう」

 

これまでの緊張をぶっ壊すかつての最強の敵とは思えないアリスとの掛け合いにすっかりと空気が緩んだカズサとヒナ、その他の面々。

これはこれで面白いが、それでは話が進まないとヒナがアリスに呼びかけると、Keyが外界の観測に使っているのであろうカメラのレンズを指で触りまくるアリスがそうだったと言わんばかりに手をポンと叩き、カメラへと顔を近付けた。

 

 

「そうでした!Key、少し教えて欲しいことがあるんですけど!」

『近いですって!とにかく一旦離れてください!ああもう、自由に動かせる肉体があれば小娘なんて…!』

 

「その装置も貴方が自由に動けないように多重のウォールを施した上で貴方の自己複製を確認した時点で物理的に外部との接続を絶っているわ。下手なことは出来ないと思いなさい」

『…貴方は確か調月リオでしたね。別に暴れる気はありませんでしたが…今確認してみましたが、まあ良くもこの程度のウォールで私を防げると思ったものですね。こんなもの破るのに1秒もかかりませんよ。物理的な遮断が無ければ無駄な努力と笑えたものを』

「でも実際貴方はそこから動けないでしょう?」

『フン、別にここから貴方達を害する術なんて幾らでもあるのですが…』

 

「駄目ですよ!Key!もう悪いことはしないと約束したでしょう!」

『してませんが!?勝手に記憶を改竄するのやめてもらっていいですか!?それとも小娘の脳の容量は8Mbitくらいしか無いのですか!?』

「誰の脳がフ〇ミコンですか!それよりも…」

『ああ、皆まで言う必要はありませんよ…ご丁寧に私を移動させたストレージに事の経緯を記録したフォルダを入れられていましたので…まさか無限光の姉妹がこんな大袈裟な事をしでかすとは思ってもいませんでしたが』

「…Keyもあの人達の事を知っているんですか?」

『そうですね、昔マルクトと一緒によくイジめて泣かせてました』

「何やってるんですか…そうじゃなくて、状況が分かっているのならアリス達が聞きたいことも分かっていますよね!?」

『はあ、多次元結界の事でしょう?』

「そうです!あれをどうにかする方法を───」

 

 

『何故、私がそんなことを小娘達に教えなければいけないのですか?』

「っ!」

 

予想していた答えではあったが、明確なKeyからの拒絶にアリスは言葉を詰まらせる。

 

『むしろ何故教えて貰えると?仮にも私達は殺し合った敵同士。決して交わることの無い不倶戴天の敵です。そして私に貴方達を助ける道理などありません。むしろさっさと滅べば良いんですよ、貴方達など』

「…」

『この答えを予想してなかった訳でもないでしょう?それでもなお答えを貰えると思っていたのならやはりとんだお花畑なんですよ、小娘の頭は。勇者だ正義だと言っておきながら、結局は誰かに縋ることしか脳のない哀れで惨めな小娘。そんなんだから何も守れず何も救えず全てを失うことになるのですよ。実にいい気味で───』

 

「”…初めて、負けました。それも、現実での戦いとは違う小細工のない真っ向での戦いで…ああ、これはなんとも───”」

 

『…うん?小娘?』

 

「”───なんとも、楽しいものですね”」

 

『ちょっ、小娘?』

 

「”舐めないでくださいと、言ったでしょう。小娘、私は貴女が嫌いです。貴女が望む結末になど、させてたまるものですか。それにどうせこれ以上生きる気などありませんから”」

 

『いや、その、あのー、小娘?』

 

「”なんせ、もう充分楽しみましたからね”」

 

『なんでいや、も、もう良いでしょう小娘!?』

 

「”貴女は最後の最後まで鬱陶しかったですが、それでも…貴女と過ごした時間は悪くありませんでした。さようなら───”」

 

『わー!わー!言わせませんよそれ以上は!っていうかなんで今際の際のあんな如何にも夢や幻のような空間での話なんて覚えてるんですか!普通ああいうのは後になって思い返そうとしても記憶が朧気で思い出せないものでしょう!?』

「仕方ないじゃないですから覚えてるんですから。ですが、Keyの心からの思いの吐露であることに間違いはありません!Keyが協力しないというのなら今からでもアリスが覚えている話を全て本にして貰って外の世界で出版して貰うんです!出来ますよねリオ会長!」

「なんならいつでも販売できるわ」

『何変な所の事前準備に力を入れてるんですか貴方達は!』

 

どうせまともに交渉しても協力してもらえる筈が無いだろうとKeyに協力を強制するために用意した策。

大抵の脅しは通じないだろうKeyを追い詰める唯一の方法…即ち羞恥責めである。

Keyと今際の際で離した本人の割と赤裸々な本音*1を脅しに用意したアリスは勇者を志しているとは思えない程悪い顔でカメラの方を見ると、ぐいっと顔を近付けてもう一度懇願した。

 

「Key、協力してくれませんか?」

『…っ、うぐぐ…』

「お願いします」

『…あの時の事を話したら殺しますからね?』

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『とはいえ、多次元結界(あれ)の破り方は私も知らないんですけどね』

「…」

「なっ、それじゃああれは…」

『私に縋っただけ無駄ですよ。あれは名も無き神々が技術の秘匿をする為に用いた究極の隠遁システム。過去に私もあれの攻略を試みましたが、いかなる手段でも破ることは出来ませんでした。ですから、貴方達の努力も無駄だったという訳です』

「そんな…」

 

Keyに問い詰めたリオも、その答えを聞いて顔を青褪めさせる。

それだけではなく、Keyのイメージをぶち壊すような掛け合いですっかり緩んでいた面々の空気も流石に重々しくなり、周囲には絶望が満ち始めていた。

しかし、そんな中唯一平静を保っていたアリスはリオに代わって、Keyに質問を投げかけた。

 

「では?Keyには多次元結界は破れないんですか?」

『…?そうだと言ったつもりですが』

「それは、名も無き神々の時代だったなら、ですか?」

『…!はっ、なんですか。小娘の癖に随分と勘が良いですね』

「伊達にKeyと暫くずっと一緒に居たわけではありませんから」

『まあ、良いでしょう。私を倒して手に入れたものが平和だけでは割に合わないでしょうし…これは、私という魔王を打ち倒した勇者に送る報酬(ドロップアイテム)という名の餞別ですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大結界の完全な侵食まであとすこーし!」

「これが終われば後はキヴォトスの大地を鋼鉄大陸で侵食し、住民達もまとめて飲み込むだけです」

「ぞ、存外大したことなかったですね…今も、ずっと攻撃を続けてきてますし…」

「芸がないというか、能がないね。そんな愚直に攻撃を続けたって多次元結界が破れるわけないじゃん」

 

多次元結界の内側。

その研究所の一角で鋼鉄大陸及びその中枢たるネツァクの様子を確認しながら、アイン、ソフ、オウルは既に祝勝ムードの中最後の調整を進めていた。

ここまで来て万が一はありえないが、それでも自分たちの仕様もないミスで計画がご破算になるという間抜けな事態を防ぐためにも、全てが終わるその瞬間までは気を抜くことは無い。

 

ただ1つ、彼女達が警戒しているのはあくまでシステムや設備のエラーによる内部からの異常であり、外部から何かされることは可能性としてすら考慮していないのだが…

 

そんな妹達の様子を眺めるのは、何もしなくて良いと言われ時々雑談を交えるぐらいで本当に何もせずその辺をうろうろするか適当に座って時間を潰していたマルクト…その肉体に宿った”彼女”。

未だ名前の無い”彼女”はぼーっとシステムを確認しているアイン達を眺めていたのだが───突如、ハッとしたように顔を上げると、研究所の窓の外へと意識を向けた。

その不審な挙動を疑問に思ったオウルは首を傾げて声をかけようとするが、その前に…

 

 

「離れてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それでは、行きます」

 

アリスの周りにはカズサやヒナは勿論、クロコやレンゲ、ミノリやサオリ、リオやアオイ、その他現場に来ていた行政官や監督オペレーターの面々。

それらが固唾を飲んでその瞬間を待ち侘びていた。

 

アリスがあの時Keyから貰った多次元結界をこじ開ける”鍵”。

 

 

 

 

 

 

「王女は鍵を手に入れ、方舟は用意されました」

 

 

 

 

アリスの宣言によって、アリスが構えるレールガンに凄まじい神秘と道理をも超えた特異的な力が収束した。

 

(…Key曰く、アリスの秘儀の出力では、そしてこのレールガンではまだ出力が足りない。ですから…少しだけ、力を借ります)

 

 

 

 

『はぁ…これが、最初で最後ですよ───

 

 

 

───名も無き神々の王女が承認します』

 

 

 

 

Keyの呼びかけによって、アリスのレールガンに収束する不安定だった神秘は安定性を取り戻し、アリスの不出来な秘儀はKeyの制御によって今この瞬間のみ完全な力を取り戻す。

 

(Keyの補助を得て、もう少しだけエッセンスを加えます…)

 

 

 

 

「───今ここに、新たな聖域(サンクトゥム)が舞い降りん!」

 

 

 

 

アリスの追加の宣言に、レールガンに収束した神秘と秘儀が臨界点を迎える。

 

 

 

「やっちゃいな、アリス」

「思いっきりかましてやりなさい」

 

 

 

 

「はい!アリスは、仲間の期待に応えます!」

 

 

 

 

後ろからのヒナとカズサの応援を受けて気合いを入れ直したアリスは重量が増したと錯覚するほどに凄まじい神秘を宿したレールガンを何とか制御し、狙いを付けて、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光────────よ!」

 

 

 

 

 

レールガンから解き放たれたのは一条の光。

 

極太のそれは流星のように朝空を駆け抜けて一直線に多次元結界へと迫る。

 

それは、かつて小鳥遊ホシノさえ葬ったKeyの最強の一撃。

神秘も、空間も、世界も、可能性さえ分解する究極の光。

 

即ち───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───()()()穿()()()が、多次元結界を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁ!?何ぃ!?」

「い、今の攻撃、ですか…!?」

「一体何が、まさか…!?」

 

多次元結界を貫いた光は、その内部の直線上にあった塔のような構造物…アイン、ソフ、オウル等がいる研究所を撃ち抜いていた。

さらに光は反対側にまで抜けて、ドーム状になっているさらに後方の多次元結界をも貫いていた。

 

そんな一撃から咄嗟にアイン、ソフ、オウルをそれぞれ抱えて退避させた”彼女”は、混乱する妹達を床に降ろしながらすっかり見晴らしの良くなった壁に空いた穴から外を見下ろす。

 

貫かれた影響か、連鎖的に崩壊していく多次元結界。

そして───遥か遠くに立ち尽くす、今の一撃を放った者を捉えた。

 

 

「…」

 

 

 

 

 

「…」

 

 

そしてアリスもまた、肉眼では到底捉えられないような距離にいる彼女を確かに捉えて見据えていた。

 

 

 

 

アリスは思う。

 

崩壊した多次元結界の中から現れた都市だとすら想える巨大な構造物の数々も衝撃的だったが…

多次元結界という蓋が亡くなった瞬間に、その内部から溢れ出したとてつもない神秘。

それの持ち主は今アリスが見据えるあの存在で間違いないと確信した。

 

あれは、キヴォトスの理をも歪ませる紛うことなき”あっち側”の存在だ。

 

あれは、小鳥遊ホシノ、或いはKeyにすら匹敵しうる”超越者”だ。

 

 

────即ち強敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対して、”彼女”も思う。

 

王国に記録されているアーカイブ。

そこに度々登場するその名前は”彼女”の興味を引き、そして調べれば調べるほどに不可思議で奇妙な存在だった。

そしてその存在が、今”彼女”が見据えるあの者で間違いないと確信した。

 

あれは、計算や計画を狂わせる”不確定要素”だ。

 

あれは、どんな障害をも乗り越え全てに打ち勝ちうる”変数”だ。

 

 

───即ち難敵だ。

 

 

 

 

 

 

他の誰よりも目を合わせあった両者が思うことは、それぞれ一つ。

声も届きようのない距離で、しかし確かに意思は通じ合っていた。

 

 

 

 

「…っ!行きます!」

 

 

「…来なさい」

 

 

*1
本編season4『勇者の資格』より




次回の投稿は本家デカグラマトン編更新後に行う予定です
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