ブルア廻戦   作:天翼project

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人外魔境鋼鉄大陸決戦─弐─

 

「お姉様…」

 

”世界を穿つ光”により貫かれた塔の穴から空を見上げるアインは、『王都』上空で乱舞する幾つもの光の軌跡を見て心配そうに呟く。

そんなアインにバタバタとあっちこっちを行き来していたソフが声を掛けた。

 

「アイン!お姉様が心配なのは分かるけど、今は信じよう!」

「そうです。名も無き神々の王女の器とはいえ、私達が遥か昔から準備を進め、最高に近しい器に最高に近しいAIを組み込んだ究極の存在であるお姉様に敵う訳がありません」

「そう…ですよね…じょ、状況は?」

「案の定特異現象捜査部の奴らが押しかけてきてる…砂狼クロコは預言者が4体係で足止めしてるけど、天与の娘とか名も無き神々の王女の器その2には侵入されてるし…」

「私はケセドの防衛に向かいます。”完全なるケセド”が健在である限り、鋼鉄大陸内でなら他の預言者は破壊されようと直ぐに修復出来ますからね。逆に言えばケセドを落とされると困りますので」

「じゃあ私は遊撃しに行こっと。アインは管制塔で全体の支援と指揮お願い出来る?」

「は、はい!2人も気を付けて!…あ、ちょっと待ってください…お姉様からメッセージが…『名前はAdonai Melekに決めた』…?」

Melek(メレク)…?なんか嫌なヤツ(Malkuth)に似てるのが引っかかるけど…」

「お姉様が真面目に考えて決めたのなら受け入れましょう」

 

特異現象捜査部への対応を決めた後、オウルは穴から外を見上げてアリスとの攻防を優勢に進めるメレクを確認して安堵の息を吐き、続いて『王都』の施設を破壊しようと次々に鋼鉄大陸へ降り注ぐ特異現象捜査部からの航空兵器を見回して嘲笑する。

 

(『王都』にある施設は殆どが後から中を詰めてく用にガワだけ作られたハリボテに過ぎません。重要な設備は大体地下にありますし、こんな見た目だけの総攻撃などこれっぽっちも痛くもなんとも無いのです…まあ連中の無駄な抵抗などどうでもいいですが)

 

天童アリスも砂狼クロコも侵入してきている特異現象捜査部も、誰にも鋼鉄大陸は止められない。

確かに多次元結界を破られたことはオウル達にとっても想定外であり最初は焦ったものの、そもそもの戦力差は隔絶しているのだ。

100%だった勝率が須臾ほど低下しただけ。

 

(小鳥遊ホシノのいない特異現象捜査部など私達の…そしてメレクお姉様の敵ではありません。連中にメレクお姉様への勝ち目は無い。ただ気がかりなのは───)

「…いえ、考えても仕方の無いことです。さあ、アイン、ソフ!各々行動を開始して、メレクお姉様にこの世界を捧げましょう」

「りょーかい!」

「は、はい!」

 

そうして、言いようのない違和感を抱えながらもオウルの呼びかけによってアインとソフも持ち場への移動を開始する。

今は、それが最善だと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、勝てると思ってるのですか?』

「…まだ居たのね。もう帰ればいいじゃない」

 

特異現象捜査部の総攻撃により航空兵器やミサイルの雨に晒されている鋼鉄大陸を双眼鏡で観察していたリオに、近くに置かれた古いテレビのようなコンピューターからKeyが茶々を入れるように話しかけた。

それに不機嫌に答えたリオは双眼鏡を置くと鋼鉄大陸の上空から地上付近にかけてを忙しなく飛び回り激しい衝突を繰り返す2つの光に目を細めながら、ドンとコンピューターを乱暴に叩く。

 

「観戦してくというのなら一応聞くけど、あなたは私達の勝率がどんなものだと思ってるのかしら?」

『さあ?今判別できる情報だけなら限りなく0に近いとしか。あーあ、このコンピューターにもう少し上等な観測器を取り付けてくれるなりネットワークに接続してくれるなりすればより精確な分析ができるのですが』

「調子に乗らないでちょうだい」

 

あけすけに言うKeyにリオはもう一度コンピューターを叩くと、もう一度敵の首魁と思われる者とアリスの戦いを眺め、口を固く横に結んだ。

 

実際、敵は想像以上に強大だった。

多次元結界さえ破れればなんとかなると思っていたのも束の間、露出した鋼鉄大陸から漏れ出た莫大な神秘の気配はリオにとって人生3度目となる恐怖による戦慄を覚えた程だ。

1度目は初めて小鳥遊ホシノと出会った時、2度目はあの時の戦いにてD.U.で待ち構えるKeyの気配を察知した時。

 

今アリスと激しい戦いを繰り広げている相手は…というより最早アリスでもまるで戦いにならず逃げ回ることしか出来ていないあの相手は、感じる神秘の総量で言えばあの時のKeyすらも上回っており、出力に関しても勝るとも劣っていないだろう。

ただ不可解なのはアリスに攻撃する為にあれだけ激しい攻撃を繰り返しているのに僅かでも神秘の総量が減少しているようには見えないことだが…

 

「まさか…無制限に神秘の供給を受けている?プレナパテスを完全顕現させた砂狼クロコのように…?」

『そのようですね。供給源はおそらく鋼鉄大陸…あーあ、もう少しこの私を閉じ込めるための檻としか設計していない安物のガラクタコンピューターをアップグレードしていただければ色々できるのですがね』

「白々しいわよ!それをやって貴方が余計なことをしない保証でもあるわけ?」

『ですがこのままでは間違いなく貴方達は負けますよ?名も無き神々の時代の技術を用いている無限光の姉妹に、現代の貴方達の技術力で太刀打ち出来る筈がありません。それが出来るのは…名も無き神々の王女である私だけです』

「…ふん、厳密に契約を結ぶというのなら考えなくもないけれど」

『ふむ、”特異現象捜査部に危害を加えない”、”妨害しない”、”嘘をつかない”、といったところでどうでしょうか?』

「…”全面的に私達の指揮下に入る”、”指示に従う”も加えなさい」

『では改めて契約完了ということで』

「どうせ契約の穴は用意してるんでしょうに…さっさと解析を手伝いなさい!このままだといつ全滅するかわかったものじゃ無いわ!」

『ええ、快く協力いたしましょう』

 

どうせ後で引っ掻き回してくるとは分かっていても、絶望的に戦力差がある現状Keyから差し出されたその手を掴まざるを得なかったリオは、せめてアリス達が無事この戦いを乗り切れることを祈って作業へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満象『渾』…嵌合獣───”蛟魑(ミズチ)”」

 

鋼鉄大陸地下通路、道を阻む”完全なるティファレト”を相手に苦戦を強いられていたヒナとカズサだったが、戦況をひっくり返す為にヒナが玉犬の代わりに召喚したのは『十種影法術』における破壊された式神はその能力を別の式神に引き継がせることができる、という特性を利用して作り上げた式神だった。

 

今や随分前に感じる古聖堂の任務にてKeyに破壊された『大蛇』

ヒナの肉体を乗っ取ったKeyが嵌合獣”除々御(ノノミ)”を作る為に破壊した『円鹿』

この2つの式神を『満象』に引き継がせて出来たのが、東洋龍のように長い身体とミスマッチな哺乳類的な皮膚と頭部、そして雄々しい角を持った不気味ながらもどこか神々しさのある”蛟魑(ミズチ)”という式神だ。

そして今回土壇場でこの式神を作り上げたヒナは内心で(やっぱりKeyがあんな綺麗な人型の式神作ってたのおかしかったんだ…)とツッコミを入れつつ、ティファレトとその周囲に展開している3体のロボを睨んだ。

 

「カズサ、蛟魑に近づいておきなさい」

「ん?…あ、凄い。元気出るかも」

 

ヒナから言われロボット達の動きに警戒しつつ蛟魑に近づいたカズサはここまでの戦いで蓄積した疲労が回復し活力が漲ってくるように感じていた。

事実として、蛟魑はその身体から恐怖を常時放出しており人は蛟魑に近づくだけで傷が癒え体力を回復できる。

恐怖のアウトプット能力を持つ式神『円鹿』が混ぜられているからこそ発揮出来る能力だ。

 

(とはいえ、正直この『円鹿』がかなり悪さしてるわね…この一体だけ混ぜるコストが異様に重くて長時間顕現させてたら直ぐに神秘が底を突く…となるとここからは短期決戦狙い…!)

 

方針を決め、ヒナが駆け出すと共に蛟魑も並走するようにそれに追従する。

対して、赤いロボがバリアを解除すると放射状に炎を放って広範囲を飲み込もうとする、が。

 

ヒナがハンドサインで合図を出すと、蛟魑は中途半端に伸びた鼻を膨らませ、勢いよく大量の水を放出して炎を相殺するに留まらずそのまま押し返して天井にコードで固定されているティファレト本体以外のロボット達をバリアごと部屋の端まで押し流した。

水は部屋の床にちらほらと空いている穴から流れ落ちるため足場が悪くなることもなく、続けて蛟魑は口を開くと部屋全体を覆い尽くす濃霧を発生させる。

 

ティファレトは視覚での観測が困難になったと見るや知覚方法を神秘の検知に切り替え、濃霧そのものが神秘を含んでいる為にヒナとカズサ、そして蛟魑の神秘が検知しにくくなっていることを確認すると今度は知覚方法を熱源感知と地面を伝わる振動の感知へと変更する。

そうしてようやく2人と一体分の体温の塊と振動を発見し、その情報をロボット達に共有することで攻撃を再開した。

 

青いロボがバリアを解除し、浮遊する光球を霧の奥へと撃ち出す。

それに続く形で黄色ロボがバリアを解除し、展開したポッドから複数のミサイルを放つ。

さらに他のロボがバリアを再展開したことを確認した赤いロボがバリアを解除し火炎放射を行おうとして───

 

「ばぁ!ってね」

 

ティファレトの知覚を逃れて突然背後から現れたカズサが赤いロボに組み付き、赤いロボは咄嗟にバリアを展開するものの自身の周囲を覆う形で展開されるそれはゼロ距離のカズサもバリアの内側に入ったままだ。

 

「はっ、ぶっ壊れなよ!」

 

そこにカズサはライフルを赤いロボの火炎放射器の放射口へと捩じ込み、引き金を引く。

内側への銃撃の乱射という直接攻撃を受けて赤いロボは煙を吹き上げ、バリアが解除されたためカズサは飛び退きながら秘儀を発動。

ロボの内側を暴れ回った衝撃が追加でもう一度ずつ発生し、耐えられなくなった赤いロボは爆発、木っ端微塵になって周囲にパーツが飛び散った。

 

味方が撃破されたことに慌てた他のロボはバリアを展開したまま警戒するが、その内青いロボが地面から伸びてきた蛟魑の尾によってバリアごと巻き付くように持ち上げられ、乱雑に振り回されてロボ本体がバリアの中で激しくシェイクされる。

堪らずバリアを解除して反撃に転じようとする青いロボだったが、その瞬間に機体に蛟魑が噛み付き、牙を通して直接アウトプットされた恐怖を流し込むことで機体を制御していた神秘が中和、そのまま機体を維持出来ずに停止した。

 

残った最後の黄色ロボはティファレトの近くまで下がろうとするが、足元が抜けたように突然地面へと沈み込んだ。

 

「十種影法術のメインは式神だけど…()()単体でも1つの秘儀として十分なくらいには便利なのよね」

 

影から浮上したヒナは黄色ロボのバリアの上に乗ると、げしっとバリアを蹴って黄色ロボごと影の中へと沈めた。

影の中に入った重量はそのままヒナが引き受ける必要があるが、Keyを宿したことで神秘の出力の上げ方が身についた今のヒナならば神秘の消耗を無視すれば気にならない程度の重量だ。

 

そのまま沼のような影を閉じたヒナは蛟魑に指示を出して濃霧を消し、ティファレトの知覚を欺く為に召喚してヒナとカズサ、そして蛟魑の形を取るように集めさせていた脱兎の群れを解除する。

振動と熱による感知では、影という現世から隔離された空間に潜ったヒナ達は捉えられなかったのだ。

 

「あと本体だけだけど…そのバリア解いて攻めてこないなら先に進んじゃうよ?」

 

そんなカズサの煽りを受けた訳では無いだろうが、バリアの中に籠っていたティファレトは刻々と心臓が脈打つような挙動を激しくさせていくと、遂に本体を覆っていたバリアを解除した。

その瞬間を見逃さずヒナはマシンガンで、カズサはライフルで、蛟魑は恐怖を全身から放ちながらその巨躯を活かした突進で総攻撃を仕掛け───ティファレトが全方位に放った衝撃波によりその全てが跳ね返された。

 

「っ…ぶないわね!」

「…何今の?ヒナの式神も吹っ飛ばされなかった?神秘の攻撃なら中和しながら突破出来るはずでしょ」

「多分…純粋な物理現象による衝撃波なんでしょうね。神秘の介在しない物理現象…なるほど、そういう能力なのね」

 

距離が離れていた為にたたらを踏む程度で済んだヒナとカズサだったが、接近していた蛟魑は衝撃波を至近距離でモロに浴びたせいで部屋の端まで吹き飛ばされ激しく身体が損傷している。

幸い恐怖によって瞬く間に回復していくため完全に破壊されるには程遠いが…

 

ティファレトは再び脈動すると今度は目のような部位に莫大なエネルギーを収束させ、高出力のビームとして放ってくる。

これを左右に別れて避けたヒナとカズサだが、ティファレトは周囲に散乱しているロボの破片を自らの周囲に引き寄せると、それらが凄まじい速度で滅茶苦茶に打ち出され、その視認することすら難しい速度と破片の数の多さにより避けきれなかったヒナの肩とカズサの脚を貫いた。

 

「痛っ…」

(おそらくあいつの能力は『エネルギーの増幅』…熱、運動、振動、磁力、そういった物理的なエネルギーを増幅、加速させて攻撃や防御に転用できる…増幅部分を神秘で行っているけどその後の放出自体は物理現象に基づいたものだから蛟魑の恐怖で中和して防ぐことは出来ない。クッソ面倒くさいわね)

 

蛟魑を呼び寄せ傷の治療をしたヒナは続けてカズサの方にも向かわせる。

だがその分ヒナが無防備になってしまい、式神の厄介さを認識したティファレトはそんなヒナへと焦点を当てて攻撃を集中させる。

再びビームを放ち、再度増幅させた電磁力で周囲のロボの破片を回収、運動エネルギーを増幅された破片が散弾のように撃ち出されヒナを襲う。

 

「ぐっ…この…」

(今は耐えるのが精一杯…神秘を解放するべき?幸い部屋はほぼ密室、領域の展開に支障はない…けれど…)

 

おそらく神秘を解放すればティファレトを押し切ることは可能だろう。

だがまだまだ跡が控えていることを考えれば、ただでさえ蛟魑の顕現で大量の神秘を消耗している現状、こんな場所でこれ以上の消耗は許容できない。

 

逃げ回り、室内の柱の後ろに隠れて攻撃をやり過ごそうとするも、ティファレトの絶え間ないビームや散弾による攻撃で柱も少しすれば破壊されてしまうだろう。

 

(どうすれば…)

 

やはり神秘を解放するしかないかと掌印を結ぼうとしたヒナだったが…ふと、ヒナが視線を向けるとティファレトに貫かれた脚を蛟魑に治癒してもらっていたカズサがヒナの方をじっと見ていることに気が付いた。

言葉はない、しかし何度も共に戦ってきた経験からカズサの目が見慣れた何時もの諦めの悪いそれと同じであると見て、無言で頷き返したヒナはマシンガンを手に取り自らの影へと潜った。

 

直後に柱が破壊され、ヒナの姿が消えていることからまた影に隠れたと当たりを付けたティファレトは自らの機体から勢いよく蒸気を吹き出し貯めていた熱エネルギーを排出すると、代わりに機体の側面を走っている光のラインの発光を強め、光エネルギーを増幅させることで室内の視界を真っ白に染め上げた。

強烈な光はティファレトの周辺から影を消し、ヒナからの奇襲を防ぐ役割を果たしている。

 

そこに、タンタン!と銃撃が数度ティファレトの装甲を叩く。

カズサのライフルの火力ではティファレトの装甲にはまるで通じないとそれを無視し、ヒナと蛟魑の動きに注意を払うティファレト。

しかし、そこでティファレトは蛟魑が室内にいないことに気付いた。

また影に潜ませたのか、それとも何らかの手段で感知をすり抜けているのか。

巡査したティファレトは大きく脈動し大量の高温の蒸気を吹き出すことで熱の壁を作り上げる。

 

そうして準備をしている間にもカズサからの銃撃は続いているがそれらは容易く装甲に弾かれて効果はなく、ティファレトは無視して対策を続け───

 

 

「自分でやっててなんだけど、流石にこうも気にされないとムカつくね…なら、無視出来ないようにしてあげるよ───木天蓼(マタタビ)

 

 

部屋を埋め尽くす閃光の中で、カズサは秘儀を発動。

ティファレトの装甲に阻まれたカズサの神秘によりマーキングされた弾丸は独りでに浮き上がり、再びティファレトを目指して再発射される。

だがそれだけならば再び弾かれて終わりだろう。

故に、

 

「ついでに、『共振』

 

『木天蓼』により射出された弾丸が衝突する瞬間に、タイミングを図ったカズサは攻撃した際に神秘でマーキングした位置にその攻撃と同じ威力の衝撃を発生させる技である『共振』を発動させる。

そして『木天蓼』の弾丸は最初に攻撃した位置と全く同じ位置を狙うように調整されており、それが着弾するのと寸分違わぬタイミングで『共振』を発動している。

すると何が起こるのか───

 

 

「名付けて…猫爆波(ネコババ)

 

 

弾丸が衝突する瞬間に一切の誤差なくマーキングされた神秘が爆発したことで生じる────黒閃

 

数十の弾丸が着弾するのと共に幾つもの黒閃が同時に発生し、ティファレトの全身の装甲にヒビが入る。

黒閃は元の打撃の威力が二乗にも引き上げられる強力な現象だが、元々の銃撃の威力が低いため極端な威力は出ず、あくまで秘儀により擬似的に再現した”モドキ”である為に黒閃の何よりの恩恵とも言える一時的な神秘センスの向上を受けられるわけではない。

 

だが事前準備が面倒とはいえ確かに火力不足に悩まされることが多かったカズサにとっては重要な手札であり、そして今この状況では趨勢を動かすのに十分に働く。

 

予想外の強撃を受けたことによりティファレトの放つ閃光が弱まり、一瞬その周囲に影が落ちた。

そしてその影から掌印を結びながら飛び出したヒナが召喚したのは、

 

 

「玉犬『渾』───狗顎爪(くがくそう)

 

 

否、召喚したのではない。

玉犬の爪を思わせる神秘のオーラがヒナの両手に纏われ、その内の右手をヒナはティファレトの目のような光の灯る部分へと突き入れた。

レンズか割れ、オーラの爪がそこへと刺さる。

 

ティファレトは絶叫するように機体を脈動させ、全身から蒸気を放って高熱でヒナを引き剥がそうとするも、それを気合いで耐えたヒナは更に空いた左手をカズサの攻撃によって出来たティファレトの装甲のヒビへ突き刺し、亀裂に沿って装甲を引き裂く。

吹き出される蒸気の量が増しヒナの肌を焼くが、それでもヒナは耐えて耐えて離れない。

 

そして───

 

 

「う、おりゃあぁぁぁぁ!」

 

 

先程ヒナが遮蔽物として利用してティファレトの攻撃を受け折れた柱。

それを担いだカズサがヒナが引き裂き装甲の内側が剥き出しになった部分へと向けて神秘で補強したその柱を突き刺した。

ティファレトの身体が更に激しく脈打ち、ティファレトは全方位へと向け衝撃波を放つことでようやくヒナとカズサを吹き飛ばす。

 

至近距離で衝撃波を受けたことにより壁まで飛ばされ全身を打ち付けた2人に、ティファレトは全身から液体を漏らしながらもトドメを刺そうとする。

 

 

「は、残念でした…『共振』

 

 

が、カズサが秘儀を発動し…ティファレトに突き刺さった柱。

それが突き入れられた時の衝撃が再びティファレトの内部で発生し…ティファレトは身体の脈動を弱め、ビクビクと痙攣するように弱く震えると、身体に灯っていた光が数度の明滅と共に消える。

 

ティファレトが沈黙したことを確認した事でヒナとカズサは気が抜けたように息を吐き、ヒナは仰向けに倒れながらなんとか掌印を結ぶと再び蛟魑を呼び出して、ヒナとカズサの治療をさせた。

 

「ふぅ…もう既に神秘がカツカツなのだけれど」

「私はまだ行けるけど…でもちょっと心許ないかも?番人1人に手古摺り過ぎたかな…あ、ヒナが影に沈めてたロボットどうすんの?」

「ああ…神秘で身体強化してないとさすがに重いけど、あれも神名特異体の1種なんでしょうね。見た目ほどの重量はないわ。せっかくだし持ち帰ってエンジニア連中のお土産にでもしようかしら…かなり深くまで沈めたから自力では登って来れないでしょうしね」

「ほんとその秘儀色々出来てズルいんだけど…最後の爪みたいなやつとか何?」

「Keyがホシノ先輩と戦ってた時に式神の能力だけを限定的に引き出してたのよね。あれの真似して玉犬『渾』の爪だけをこう…ちょちょいと…爪の破壊力が必要だったけど玉犬はまだ損傷から回復してなかったしね」

「うわぁ才能マンだ…」

「流石に身体に残ってるKeyの経験ありきよ」

 

蛟魑による回復を待ちながら息抜きに雑談に興じた2人。

神秘の残量に不安は残るものの、それでも進むしかないと2人は立ち上がり────停止していたティファレトが突然脈動を再開し、その身体に再び光が灯った。

 

「っ!?嘘!?」

「何で!?さっき確かに…」

 

力なく床に落ちていたティファレトは天井に突き刺していたコードを張り身体を持ち上げる。

よく見れば機体が受けていた損傷は少しずつ修復されていっており、時期に完全に回復してしまうだろうことが見て取れた。

 

現在、全ての預言者は”完全なるケセド”による支援を受けており、ケセドが健在である限り鋼鉄大陸内であれば預言者達はどれだけ損傷を受けようとケセドにより復元を受けることが出来るのだ。

それはケセドがいる限りは預言者達は不死身となっていることを意味する。

 

ここから更にティファレトの相手をするなど溜まったものではないと思いながらも臨戦態勢に入る2人だったが…

 

そこへ、2人が持っていた端末に緊急連絡を意味する特殊な警報音での着信が入った。

それに顔を見合せたヒナとカズサは、頷き合うとヒナがティファレトを警戒し、その後ろに隠れるようにカズサが着信を確認する。

連絡の送り主はリオ、内容は…

 

 

『こちらで作成した対預言者強制遮断プログラムを配布した解析装置に転送したわ。預言者はそれで停止出来る筈よ』

 

 

「対預言者強制遮断プログラム?…これか」

 

今回の作戦に当たって、鋼鉄大陸に侵入する特異現象捜査部の生徒達には内部でデータや設備を解析する為の小型コンピューターが配備されている。

トリニティ自治区に現れたシグナルを調査する際イチカがホドが展開したインベイドピラーの解除に使用していたモデルを改良したものだが…それでも本来ならば特異現象捜査部の技術力では預言者に組み込まれている高度なAIに干渉する力はない。

それが()()()()()()()()()()()()ならば。

 

「…ヒナ、これあいつのコアに接続したら止められるっぽいよ」

「そう?じゃあ全力で1発かましてやれば良いのね」

 

ティファレトを止められると聞いたヒナはそれを素直に信じ、全身に神秘のオーラを纏う。

オーラの形状は重厚で威圧的で、そして角のようなものが突き出ている。

 

 

丑貫角(ちゅうかんこく)

 

 

クラウチングスタートのように構えたヒナは暫くその体制のままタイミングを図り、そして床が割れる程の踏み込みと共に駆け出す。

それに合わせてティファレトも衝撃波を放って跳ね返そうとしてくるが…全力の身体強化と『貫牛』の能力を引き出したことにより得た突破力でそれを突き抜けたヒナはティファレトの装甲が完全に復元される前に装甲の禿げた位置へと突進し、今度はティファレトを正面から後方にかけてまでを一直線に突き破った。

それと一緒にティファレトの機体の中からコアを引き抜いており、ヒナは掴み取ったコアをカズサの方へと投げると、それを受け取ったカズサは取り出した解析装置をコアに近付け、リオから送られていた対預言者強制遮断プログラムを起動する。

 

すると、コアはその輝きを失い、脈動していた機体もまた停止して今度こそ完全に沈黙、ケセドにより行われていた機体の修復も止まった。

 

突進の勢いで壁まで駆けてしまい壁に正面衝突したヒナを起こしに行ったカズサは、この後も何回かこんなことをしなければならないような事態にならないことを願って、ようやく進めるようになった通路の先へと向かう。

 

「…で、残りの神秘どう?」

「最悪領域1回ぶちかまして直ぐトンボ帰りしてやるわ」

「害悪過ぎる」

 

 

 

 

 

 

 

そんなヒナとカズサの戦いが終わったのとほぼ同時刻。

鋼鉄大陸内を縦横無尽に駆け回り、その広大な領土を存分に使ってメレクから逃げ回っていたアリスは、ふと振り返ってメレクの様子を確認する。

 

(…これは、メレクの神秘の出力がほんの少しだけ減っている…のでしょうか?確信が持てないくらい分かりにくい変化ですが…)

 

 

(…ティファレトが殺された…いえ、遮断(シャットダウン)されている?我より劣るとはいえ、高い演算能力を持つ預言者達に特異現象捜査部如きの技術で強制的にあれらを停止させることなど…いえ、何度も奇跡を起こしてきた者達。状況を覆す何かがあったのでしょう。やはり時間を与え過ぎては足元を掬われかねませんか)

 

『審判の柱』

 

メレクは自らの周囲に浮かべていた光の内『VI』と刻まれた光が消えているのを確認して目を閉じると、今度は『Ⅴ』と刻まれた光に触れる。

するとメレクを中心として広大な範囲に突如として冷気と吹雪が吹き荒れ、さらに地上から何本もの氷柱が天高くまで伸びる。

 

凄まじい勢いで自分の進路を塞ぐように精確に伸びてくる氷柱を避けながら、そして4本の子機からメレクが絶えず撃ってくるレーザーを避けながら、向きを反転したアリスは歯を食いしばって追跡してくるメレクに手のひらを向けた。

 

 

「出力最大───『解』」

 

 

そうしてアリスが放った触れたものを分解する波動は…メレクが無造作に手を振っただけで弾かれて進路を逸らされ、メレクの後方にあった氷柱が崩れるだけで終わる。

先程放った時は腕の表面を崩し幾らか出血される程度には効果を発揮したが、今回は少しメレクの腕の皮膚が剥がれているだけでまるで効いておらず、

 

ガコンッ

 

と、メレクの頭上に浮かぶ歯車のようなヘイローが回転するとその腕も直ぐに回復している。

 

「やはり…」

 

試しにアリスはメレクから逃げ回りながら後ろに向かって『解』を放つ。

最大出力では無いとはいえ、今度はメレクはそれを防御することもせず涼しい顔で受け、そして無傷で突破して何事も無かったかのようにアリスの追跡を続けている。

 

あの回復の仕方と受けた攻撃に耐性をつけていく特性。

それとほぼ同じものをアリスは2度見たことがあり、ミレニアムでの事変とD.U.でのホシノとKeyの戦い。

 

”八握剣異戒神将死路虚”の代名詞とも言える『適応』

本人の言葉が正しいならば、メレクは自らの圧倒的な演算能力と解析力、そして鋼鉄大陸の支援を併用することでそれを擬似的に再現していることになる。

 

言わずとも、アリスにとってはとんだクソゲーである。

 

(なんでレイドボスクラスの敵があんなズルい能力持ってるんですか!Keyですら自前の秘儀自体はまだ対処出来る類のものでしたのに!)

 

元々勝てるつもりで挑みに来てはいない。

メレクを自由にさせれば確実に特異現象捜査部が全滅すると踏んだからこそ、あれと戦っても耐えうるであろうアリスが抑え込む役割を担っているのだ。

 

(もう『解』は攻撃手段にならない…戦いが長期化するほどこちらは不利になる…加えて…)

 

メレクを中心に生じている冷気と吹雪の空間は着実にアリスから体力を奪い、地上から伸びてくる氷柱を避けるのにも神経をすり減らす。

先程の砂嵐といい、メレクは複数の能力を使用することができるのであろう。

 

メレクの手札は未知数、しかしこちらはメレクと戦うために手札を切らざるを得ず、そして手札を見せれば見せるほどそれらは通じなくなっていく。

こちらが勝つには少ない手札で一気に削り切るしかないが、メレクの本体性能は神秘の総量ではKeyをも上回り出力もそれに近しいと来ている。

 

 

(…あれ、これ詰んでませんか…?)

 

 

そうして、アリスは他の仲間達が状況を好転させることを祈って勝機の見えない長い戦いへと身を投じることになる。

 




特級神名特異体”完全なるティファレト”
鋼鉄大陸『王都』の地下通路を守護する預言者の一体。
強力なバリアを展開する能力に加え、完全体は物理的エネルギーを増幅させる能力を持っており、それを利用した神秘の介在しない物理エネルギーによる攻撃は一部の特殊な防御や耐性を貫通することに秀でている。
さらに戦闘を支援する三体のロボットが常に周囲に配備されており、手数がなければこれをまとめて相手するのは困難。
総合的にKeyの機器部品(モジュール)7個分相当の脅威度。
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