廃墟街に響き渡る轟音。
次々と廃墟が崩壊し踏み潰され、実在する動物をモチーフにしたような巨大な怪物達が逃げるヒナ達を追う。
「ミノリ先輩、大丈夫?」
「デモ」
「…来るぞ!」
現在ヒナ達を追い回している4体の怪物。
その内の先頭の一体が速度を上げヒナ達に喰らいつかんと大口を開き牙を覗かせる。
双方の距離は瞬く間に縮まっていき───逃げていた3人は一斉に反転して迎撃体勢を取った。
『休め!』
ミノリの言霊により怪物達の動きがピタリと止まった。
その間にマコトは両手を合わせ秘儀を発動する。
「『百斂 穿血』」
マコトの併合わせた手から血が溢れたかと思うと…手の先から細く吹き出た亜音速にも至る高圧の血が先頭の怪物を押し戻し、それによってバランスを崩したのか他の怪物も巻き込んで転倒した。
(なんて威力…あいつ私と戦ってた時は本気じゃなかったの?)
「行くぞ!どうせあれでも大して効かない!」
「…これ、いつまで逃げ回ってれば良いのかしらね。状況を打破するならあいつをどうにかするしかないと思うけれど…」
怪物達が起き上がってくる前に逃走を再開するも、いつまでも凌ぎ続けるのはまず不可能だと、ヒナは倒れた怪物達のさらに後方───怪物達の中でも一際大きい体長10mはあろう化け猫のような怪物の頭の上に乗りゆっくりと追ってくるアウトロー、カヨコを見やった。
(ミノリ先輩が止めて私達で攻撃して距離を離す…この繰り返しで結界の外に出て部長達と合流出来れば上々。けれどいつまでもこの均衡は保たない。ミノリ先輩曰く言霊の効きが悪いらしいし、あいつらが言霊の対処法に気付いたらその時点で終わる。本体を叩かない限り、勝ち目もない。厄介ね)
「そもそもあいつの目的はなんだ!?小鳥遊ホシノや部長達も来れないとなると、そっちも来れない理由があるのか!?」
「革命」
「…もしかしたら相手も人を分けて来てるのかもね。そうなると今は私達で対処するしかないけど…」
「ああ!アオイと…最低でもヒフミと合流しなくては!」
「…チッ、もう追いついてきたわ」
せっかく離した距離も、向こうの走力によって直ぐに詰められる。
その度に先程のような手法で時間を稼ぎ、ヒナは鵺を呼び出して、マコトも構えを取って今回も同じように対処しようとしたが…
「鵺、ミノリ先輩が止めてくれるわ。臆せず行きなさい」
『や…す…ゴホッ、ゴホッ…!」
「っ!?ミノリ先輩!?」
「こっちが限界か…おい、式神を下がらせろ!」
度重なる言霊の使用…それも格上を相手に使った事で、その負担が激しい吐血となってミノリに跳ね返る。
介抱しようとするヒナだったが、今のでミノリの言霊は効果を発揮せず、それを頼りにして突撃した鵺が怪物に叩き落されてしまう。
幸い一撃で破壊されることはなかったが、これ以上戦わせるのは不可能だと判断したヒナは鵺を影に沈めて戻す。
だがそうなれば今度は怪物を止める事が出来なくなってしまう。
「ええい…このマコト様を舐めるなよ!『百蘞 穿血』!」
「その調子よ頑張りなさい」
「貴様も頑張るんだよ!」
マコトの穿血が再び先頭の怪物を捉えるが、しかし今度はミノリの言霊が効いていない為踏ん張られ、先程のようには倒せない。
しかしそれでも穿血の圧力に減速させられたようで、急に前方を走ってる者が減速すれば当然後方はつっかえる。
結果として、後ろから走ってきていた怪物が減速した怪物にぶつかってしまい追ってきていた怪物達は仲良く全員転んでいた。
「キキッ!所詮畜生か、頭が足りんな!」
「確かに今のはちょっと面白かったけど───」
「ストライキッ!」
「…!マコト、避けなさい!」
「何…ぐおっ!?」
ミノリの注意により、ヒナはマコトの手を引っ張ってミノリと脇道の方に跳ぶ。
それとほぼ同時に…3人が元いた場所を巨大な足が踏みつける。
追ってくる4体の怪物の後ろにいたカヨコを乗せた化け猫が、転んだ怪物達の真上を飛び越えてきていたのだ。
化け猫の頭の上から、カヨコは脇道に逃れた3人を睨みつける。
「…マコト、生きてる?」
「黙れ…この程度で死ぬような私ではない…〜〜っ!」
「もう貧血で動けないんでしょ?大丈夫じゃなさそうね…ミノリ先輩は?」
「デモ…ゴホッ…」
「大丈夫じゃないわよね…」
(動きを止めること自体はそれほど強い言葉じゃない。それなのにここまで負担が大きいとなると…余程あのアウトローは格上って事ね)
喉を抑え口から血を流すミノリを気にかける間もなく、またあの怪物達が追ってくる音が響く。
カヨコを乗せた化け猫もゆっくりと3人の方を向き、巨大な前脚を振り上げる。
「…やるしかない、か…」
「ストライキ」
「…?でも、ミノリ先輩…それ以上は…!」
仕方ない…そう考えたヒナは掌印を結ぼうとする。
が、それをミノリが制すると、ヒナとマコトの前に出て限界まで声量を振り絞って叫んだ。
『転勤しろぉ!』
「うん…!?これはっ…!?」
ミノリが全力で行使した言霊。
それは前脚を振り下ろそうとしていた化け猫とそれに乗るカヨコ、そして迫っていた怪物達が不可視の力で浮き上がり、幾つもの廃墟を巻き込みながら結界の端の方まで吹き飛ぶ。
当然その跳ね返りも尋常なものではなく、ミノリは大量の血を吐き出して膝を着いた。
そんなミノリに駆け寄ったヒナは肩を貸し今のうちに結界から出ようとするが…
「言ったでしょ、無駄な抵抗だって」
「!」
「空崎!」
怪物達に頼ることも無く、一瞬で1人戻ってきたカヨコの回し蹴りがヒナの頭に迫り───間に割って入ったレンゲが上げた足の靴裏でそれを受け止めた。
「レンゲ先輩!」
「ウチの後輩に、何してんだ!」
「また煩いのが…」
後ろに下がったカヨコにレンゲは自分のものでは無い…ヒフミから強奪していた銃を乱射するが、戻ってきた化け猫の怪物がカヨコを庇い届かない。
「そんな産廃じゃ私の式神には効かないよ」
「なるほど、式神ねぇ…」
「レンゲ先輩避けて!」
「っと、相変わらず生意気な…」
「…そっちの銃は悪くなさそうだね」
「ふんっ、もっといいのがあんぞ」
ヒナがレンゲの背後から大型のマシンガンで撃ち込んだ弾丸は、ヒナ達の攻撃を一切受け付けていなかった怪物の体表に僅かながら傷を付ける。
だがそれでは足りない。
故に…ヒナは自分の影に手を沈めると、一丁の銃を取り出してレンゲに渡した。
「こいつを使うのは胸糞悪いけどな…」
「それは…特級遺物?」
神秘を宿し戦闘に用いられる遺物には、生徒や特異体同様4級〜1級までの等級が割り振られる。
勿論等級の高い遺物はその分強力で、戦闘においてはそれがあるだけで大きなアドバンテージとなりうる。
そして、そんな遺物の中でも特に希少性が高く強力な遺物こそが…
『特級遺物”百花繚乱”』
売れば5億クレジットはくだらないそのスナイパーライフルから放たれた弾丸は化け猫の怪物…改め式神の頭部に命中し、質量差を無視してその巨体をカチ上げ、続く射撃でさらに横方向に吹っ飛んで廃ビルに衝突し、倒壊した廃ビルが化け猫の式神を下敷きにする。
予想以上の特級遺物の威力に舌打ちして化け猫の式神の元まで後退しようとしたカヨコだが、庇ってくれる式神が全てカヨコの側を離れたことでようやく本体を狙えるようになったとレンゲは獰猛に笑って百花繚乱の銃口をカヨコに向けた。
「やばっ…!」
「5億の重みをくらいやがれ!」
百花繚乱による銃撃の直撃を受け、化け猫の式神より遥かに軽いカヨコの身体はミノリによる言霊を受けた時以上に吹っ飛び、その姿が地平の彼方へと消える。
廃墟街を覆う結界の外まで吹き飛ばされそうになったカヨコは地面から式神を呼び出してクッションとして自分を受け止めさせると、口の端から垂れる血を服の袖で拭った。
「これは…感覚としては悪くない。なんとなくムツキの言うことが分かってきたよ」
「『玉犬…』」
(また戻ってくる前に準備しないと…)
また直ぐに戻ってくるだろうと踏んだヒナは掌印を結び玉犬を呼び出そうとする。
しかしそれはただの玉犬にあらず、ヒナの秘儀である『十種影法術』で呼び出される拡張術式で呼び出すものを除いた式神は1度破壊されると二度と顕現させることは出来なくなる。
その代わり、破壊された式神の秘儀や力は別の式神に継承されるという性質があるのだ。
それによって呼び出されるのは、かつて古聖堂での任務の時に特級特異体によって破壊された白い玉犬の力を引き継いだ黒の玉犬。
「『…渾』!」
ヒナの影から飛び出た白と黒の体毛を持つ大型の犬の式神、玉犬”渾”は風のように地を駆け、ヒナ達の元へ戻ろうとしていたカヨコとばったりと鉢合わせる。
渾は咄嗟のカヨコの銃撃を躱すと、その鋭い爪でカヨコの横腹を切り裂き肌を薄く切り裂いた。
「痛った…!逃げるんじゃなくて迎撃を選んだの?あっちの式神使いは…まだ向こう?」
牙を剥き唸り声をあげる渾を警戒しながらカヨコはヒナ達がいるであろう方向に目を向ける。
と、次の瞬間瓦礫の上を駆けてきたレンゲがカヨコに向かって発砲する。
またあの特級遺物による攻撃を受けるのはまずいとカヨコはそれをギリギリ避けるが…着弾した弾が炎と熱風を発し、近くにいたカヨコを熱で炙る。
(さっきの武器と違う…じゃああれはどこに…!)
「こっちよ」
「上っ!?」
レンゲの強襲と背後でいつまた仕掛けてくるか分からない渾への警戒で意識が割かれ、まだ形を保っているビルの屋上から飛び降りながら狙っているヒナに気が付いた時にはもう遅く、百花繚乱の銃口が火を吹いて放たれた弾丸がカヨコの肩を撃ち抜く。
「うぐっ…!」
「レンゲ先輩!」
「おうよ!」
上手く衝撃を逃がして吹っ飛ばされる事を防いだカヨコだったが、それにより体勢を崩している隙にヒナはレンゲへ百花繚乱を投げ渡し、レンゲも自分の銃をヒナへと投げ渡して交換する。
2人はカヨコの横を駆け抜け…その際に両側から側頭部を撃ち抜いた。
「がぁっ…」
百花繚乱の銃撃による強烈な衝撃とレンゲの銃の特殊弾による熱によってカヨコはその場でぐるんと回って倒れ込む。
攻めるなら今しかないと2人は振り向き様に再び狙いを定め────ヒナの身体がびくんと跳ねて銃を取り落とした。
「ヒナ!?」
「なっ…!?」
(小型の式神…いつの間に…!)
ヒナのお腹に体長10cm程の影のようなもので形作られた小さい猫のような式神が喰らいついており、その牙は制服を貫通してヒナの肌に突き刺さっていた。
慌てて式神を掴んで引き剥がそうとするも、がっしりと食い込んだ牙は中々抜けず、抜こうと力を込めるほど逆にヒナの身体に激痛が走る。
「うっ…」
「下手に弄るな!これで消し飛ばす!」
レンゲは式神を剥がそうとするヒナの手を離させると、百花繚乱を式神に押し付け射線がヒナに被らないように注意しながら撃ち抜こうとし…その前に戻ってきた巨大に化け猫の式神の前脚がレンゲをはたき、ゴムボールのように跳ね飛ばされたレンゲが瓦礫の山に突っ込んだ。
「レンゲ、先輩…!」
(クソッ…私が油断したから…!)
「…あれでまだ元気があるみたいだね。直前で受け身を取ったのか…なんにせよ、あんた達は情が厚いらしい。仲間が傷付くと隙ができるのは良くないよ」
「『渾』!」
ヒナの命令を受けた渾が起き上がったカヨコに背後から飛びかかるも、化け猫の式神の長い尾が渾を叩き落とし、それだけで渾は破壊される1歩手前のダメージを負う。
完全に破壊される訳にはいかないと渾を影に沈めて戻したヒナだが、別の式神を呼び出そうにも未だ腹に喰らいつく小さな式神が与えてくる劇痛によってそれもままならずにいた。
「もう神秘は使わない方がいいよ。その子は神秘が好物だから、秘儀を使おうと神秘を流せばその子が吸い取ってより深く牙を入れて離れなくなるから」
「ご親切に…悪いわね…!」
「ちゃんと説明した方が効くのが早くなるらしいからね。そうなんでしょ?」
「クソッ!」
呑気にカヨコがヒナと話している間に瓦礫の隙間から百花繚乱で狙撃しようとしたレンゲだったが、最早油断を捨てたカヨコはそれを察知し首を傾けるだけで避けると、レンゲが潜んでいる瓦礫の山の中へ無造作に銃弾を撃ち…強力な神秘が込められたそれは瓦礫の山ごとレンゲを吹き飛ばす。
外に引きずり出されたレンゲは自身の身体能力にものを言わせカヨコに詰め寄って拳を叩き込もうとするが、カヨコは迫る腕の手首を横から叩いて拳の軌道を顔の横へ逸らし、逆にレンゲへボディブローを叩き込んだ。
「かはっ…」
「動きは良いけど…さっきみたいなキレがない。あんたも限界かな」
腹に拳を受けて蹲るレンゲを化け猫の式神が尾で絡めとって拘束し、小さな式神によって秘儀を使うことも困難なヒナ。
状況は既に絶望的で、誰がどう見ても敗色濃厚。
それでも、ヒナは諦めんと痛みを堪え強引に掌印を結ぼうとする。
(神秘を振り絞れ…お腹が裂けても…私は皆と違うから、守る人を選んでる私が…1番背負っていないから…だから先になんて倒れられない!)
「…ヒナ、やめろ!」
「止めないでください!『布留部───』」
「私達の役目はもう終わった、選手交代だ!」
「!」
「…次から次へと、どこからともなくまた湧いてくる…だからあんた達は嫌なんだけど」
光が走る。
尾を引き軌跡を残すそれは化け猫の式神に直撃し、それによって怯んだ事で緩まった尾の拘束から、直後に駆け抜けた人影が掻っ攫い救出する。
新たに現れた2人の人影…アリスとアオイは、ヒナとレンゲを庇いながらカヨコと対峙した。
「行けるわね、アリス」
「はい!」
その頃、フウカはなけなしの神秘で箒を操作し、ミノリを抱えて戦場から離れた場所へ避難していた。
ちなみにマコトは重量オーバーかつまだ本人が元気そうなので地上を歩いて離脱している。
「マコトとミノリがこんな簡単にやられるなんて…頼んだわよアオイ強さだけがあんたの取り柄なんだから…!」
「やめなさい、アリス…そいつは私達じゃどうにも…!」
場所は戻ってカヨコと対峙するアリスとアオイ。
実際にその目でカヨコの脅威を思い知ったからこそ立ち向かおうとするアリスを止めるヒナだが、アリスがカヨコに警戒を向けている間にそれを信頼してカヨコから意識を外したアオイは先程救出したレンゲを…すぐそこまで来ていたペロロに渡し、ヒナに喰らいついていた式神を掴むと握力で握り潰してしまった。
「頼んだわよ」
「任せろ。私はもう余力は無いが…武運を祈る」
「待ちなさい、貴女達本当にあれに…」
「こいつも連れてきなさい。フウカ曰くあの結界は対小鳥遊ホシノ用で私達は問題なく出入り出来るそうだわ」
「ちょっと、話を聞いて…」
「ヒナ」
「!」
幾らアオイでもあの化け物に勝てるとは思えない、故に何度でも引き止めようとするも、心配するヒナにアリスは優しく声をかける。
「大丈夫です」
「あっ…」
何かが、違う。
団体戦が始まって少し目を離した間に、またアリスに変化が起きていることをヒナは感じていた。
それは確かにアリスが成長をしているという何か。
その原因は…おそらくやたらアリスと距離が違うアオイのお陰…というかアオイのせいなのだろうとヒナは結論付けると、大人しくペロロに担ぎ上げられる。
「いいな?行くぞ」
「アリス…次死んだら私が殺すわよ」
「うわーん!もう少し穏便な激励があると思ってました!」
「だったら死ななければいいだけでしょう。アリス、私はまだ手を出さないから、今は自分の力で頑張りなさいよ。例え貴女が『黒閃』を決められずにどんな目に会おうと、私は手助けしないわ」
「何故尽く皆手厳しいのですか…いえ、分かりました!」
そんなアリス達に対して、カヨコもまた分析を進めていた。
(Keyの器…と、何あの女?雰囲気はあるけど…神秘の総量で言えば確実に私より弱い。なのにあの意味のわからないふてぶてしさ、余程の秘儀でも持ってるのか危機感を刺激される。その上あいつらの話に出てた『こくせん』?)
「…さて、どう出るのかな」
「…あなた、アウトローですよね?それならば1つ聞きたいことがあるのですが…あなたの仲間に白い髪と赤黒い装いの少女のアウトローはいますか?」
「へえ、いるって言ったら?」
「…光よ─────!」
カヨコの返答が引き金となり、アリスは早速レールガンを放つ。
極大のエネルギーがカヨコに迫り…その間に前脚を置いて庇う化け猫の式神だったが、その威力に前脚が弾かれて式神が体勢を崩す。
「私の式神でも防ぎ切れないか…って速…!」
「はあぁぁぁ!」
倒れ込む式神に気を取られた刹那の間に急接近したアリスは、ぐるぐると肩を回した勢いでカヨコの顔面を殴りつけ、続けて上段への蹴りを腕で防がせる。
(瞬発力はさっきの一本角の生徒以上…でも威力は大したことない)
(…と思っているのでしょうが、今のはわざと手加減して油断を誘う為のもの…胴体はがら空き、今全力で打ち込めば、『黒閃』を決められる!)
アリスの膂力を読み違え防御ではなくカウンターを狙おうとしているカヨコにアリスは渾身の力で拳を振り抜き…その瞬間、脳裏にヒナを傷付けた時の事や、コハルの泣き顔を思い出してしまった。
「!チッ…」
「っ…!外した…!」
一瞬アリスの激情により神秘膨れ上がった事でその拳をまともに喰らうのは危険だと悟ったカヨコは咄嗟に飛び退いてアリスの手の届く範囲から離脱する。
その結果せっかく振り抜いた拳は空を切り、攻撃は不発に終わる。
(近付くのはまずい…なら、離れたところから式神に攻撃させ続ける…!)
「いつまで遊んでるの…早く戻ってきて」
「怪物がまだ…!」
随分前にミノリによって吹き飛ばされた式神達がカヨコに怯えるように頭を垂れながら集まってくる。
化け猫の式神だけでも厄介だというのに、それよりは力が落ちるだろうが一体一体が強力なあれらを前にしてアリスの思考を怯えと恐怖が侵食し始める…が、そんなアリスの頬を静観していたアオイがビンタした。
「!?」
「…仲間割れ?」
「アリス、怒りは神秘を扱う上で確かに重要なトリガーよ。相手を怒らせてしまったばかりに格下に遅れを取ることもあれば…逆もまた然り、怒りで神秘を乱して実力を発揮できずに負けることも、ね。友を傷付けられて、何より親友である私との蜜月を邪魔されて貴女が怒髪天に陥るのはよく分かるわ。けれど、その怒りは貴女には余る。今は収めなさい」
「…!ふんっ!」
アオイからの言葉に、アリスは自分の頬を叩いて侵食していた恐怖を追い出すと、改めてカヨコへと向き直る。
そんなアリスの後ろ姿を眺めながら、アオイは腕を組んで静観を続けることにした。
「雑念は消えたかしら?」
「はい、今は曇り1つありません!ありがとうございます、相棒!」
(今なら、出来ます。打撃と寸分狂わない誤差で神秘が衝突した時に起こるという空間の歪みを利用した絶技、その威力は平均2乗だとかなんとか!)
(黒閃を狙って出せる生徒は存在しないけれど…黒閃を経験したことのある生徒とそうでない生徒では神秘の核心との距離に天と地程の差があるわ。だから…登ってきなさい、アリス)
「…ふぅ」
カヨコと、その背後に集まる強大な式神達を前にアリスは異様な落ち着きを見せていた。
本来、カヨコは神秘の性質により相手の恐怖を増幅させる事が出来るのだが…アリスにはその効果が上手く発揮されていない。
(いや…恐怖がないんだ。完全に恐れを克服して、極限まで集中してる)
「…」
「…」
互いに緊張感の中硬直が続き────先に踏み込んだアリスが一瞬でカヨコの懐へと迫る。
タイミングを測っていたカヨコはアリスが迫るのとほぼ同時に化け猫の式神の尾で自分を掴ませ、後方に放り投げさせてまたアリスの攻撃範囲から逃れる。
だが化け猫の式神は未だアリスの手の届く範囲にいて…故にアリスはそちらへと対象を切り替えた。
(これが、アリスの
────黒閃
打撃との誤差に寸分の狂いなく神秘が衝突する事による空間の歪みは、黒い閃光を生じさせる。
アリスの腕力から繰り出される黒閃を頭部に受けた化け猫の式神は…その一撃で身体の半分が消し飛び、完全に破壊される。
「嘘っ…私の式神が…!」
「ふっ…成ったわね」
「次はあなたです!アウトロー!」
「まあ一旦待ちなさい、アリス」
「アオイ!?何故止めるのですか!?」
「その感覚を覚えている内に説明したいのよ。貴女は今神秘の味を理解した状態。貴女は今までは口に入れたことの無いような食材をなんとなく鍋に入れて煮込んでいるような上体だったわ。けれど、黒閃を経験したことによって神秘等、食材の味を理解した今、シェフとして3秒前とは別次元に立っている…素晴らしいわ、シスター!貴女はもっと強くなれる!」
「何を言っているのか全然理解出来ませんでしたけど…ありがとうございます。ですが今の説明の間にあのアウトローが準備を終えてしまいました」
「なんですって!?」
アリスとアオイが馬鹿みたいなやり取りを繰り広げている間に廃墟街に散らばらせていた式神を集めたカヨコは、手持ちの中で最も強い式神が倒されたことに焦りを抱き始めていた。
(Keyの器はまだ未成熟って聞いてたんだけど…それに加えてあの訳の分からない女。その辺の連中とは何かが違う。楽な相手じゃ…ないか)
心の中で賞賛に近いものを2人に送ったカヨコは掌印を結び…立ち上ったオーラのようなものが蠢き、それが巨大な化け猫のような姿を取って再び顕現する。
「倒したのに、また…?」
「空崎ヒナのものと違って、自分の神秘で作り出すタイプの秘儀のようね。とはいえその分神秘の消耗も激しいはず。何度も式神を倒し続けていれば…いつかは新しく作れなくなるわ」
「でしたら…」
「ええ、式神を全滅させるか、その前に本体を叩いてしまえばそれでゲームセット。行きましょう、調理の時間よ」
「あんた達には経緯を払って本気を出す。だから…死んで」
「む…シスター!下よ!」
「下って…まさか!?」
カヨコが地に膝を着き掌印を結んだかと思えば…大地が割れ、途方もなく巨大な鯨のような式神が他の式神達やアリス達を乗せたまま空に跳ね上がった。
激しく揺れる足場の中、鯨の式神の背中に爪を食い込ませる事で安定して移動する式神達がアリスとアオイへと襲いかかるが、2人も直ぐにこの不安定な足場に順応し、次々と牙や爪、尾を振り回してくる式神達の合間を抜けカヨコへ向かって駆けていく。
「それにしても、この大きさはちょっとおかしくないですか!?」
「よく見なさい、こいつは大きくしすぎて逆に耐久力と速度が落ちてるわ。それに伴って他の式神もね」
正面から迫る体長7mはある式神…それをアオイは顎下を蹴り上げ、浮いた式神の頭上まで跳び上がって両腕を合わせハンマーのようにして叩き落とす2コンボで瞬殺する。
その後着地してアリスと共に鯨の式神の背中の上を走り、妨害しようとしてくる式神を蹴散らしながら着実にカヨコとの距離を縮めていく。
(このままじゃ神秘が足りなくなる…今回の一連の戦闘でちょっと神秘を消耗し過ぎた!)
「アリス!タイミングを合わせなさい!」
「承知しました!」
「くっ!」
ある程度カヨコとの距離が縮まった所で掛け声に合わせアリスとアオイは助走の勢いを保ちながら跳び上がり…同時にカヨコへと飛び蹴りを放つ。
割り込んできた式神は2人分の威力で身体を貫通された為なんの妨害にもならず、そのまま蹴りがガードするカヨコの腕へと直撃してクジラの式神の背中の上から弾き出されて宙へと放り出された。
着地した2人はさらなる追撃を繰り出そうと再び踏み込んで───足場としていた鯨の式神が突如として消滅し、足の踏み場を無くした2人は真っ逆さまに地上に落ちる。
「何故…!?」
「式神を消したのね。追い討ち来るわよ」
「平穏の有難みを噛み締めて、逝って」
カヨコ自身は巨大な鳥のような式神の背中に着地し、それより一回り小さい鳥の式神を2体作り出すと落下するアリスとアオイにそれぞれ真上からの急降下突撃を仕掛けさせた。
2体の鳥の式神は両方が鋭い嘴をもっていて、まともに受ければ身体を貫かれてしまうだろう。
それでも…2人はカヨコの想像を次々と超えていく。
「シスター!」
「はい…光よ─────!」
アリスは真横に向かってレールガンを放つと、発射の反動を利用して空中で軌道を変えて吹っ飛び、その方向にいるアオイも巻き込むことで直上からの鳥の式神の攻撃を紙一重で回避する。
地上との距離もあって鳥の式神は両方とも地面に衝突し自滅、揉み合いながらも無事に地面に着地したアリスとアオイは巨大な鳥の式神に乗って降下してくるカヨコを見上げる。
「あれも避ける…本当に面倒」
(…だけど、なんだろう…この気持ちは)
『カヨコっちはさ〜、もっと自分に正直に生きなよ』
『私は何も偽ってるつもりは無いよ?』
『別に嘘ついてるとかじゃなくて…カヨコちゃんが戦う理由は知ってるけど、他人が騒ぐのは確かに鬱陶しいかもしれないけど、自分で暴れるのって存外楽しいものだよ?せっかく皆殺しにするならさ、もっと楽しまないと』
『…ムツキは楽しいの?』
『まぁね〜。でもこの愉悦とか快楽が私が戦う動機になったのって結構最近なんだよね。気付けば騙して、誑かして、殺して、いつの間にか満たされてるんだ。好きに食べて好きに寝て好きに殺して…これがアウトローってやつの本能なんだろうね。私達は理性ある人だよ?だけど…もっと本能に従って生きようよ。アウトローらしく、ね?』
『アウトロー…』
『その為に名乗ったんじゃないの?ヘイローは理性と本能のブレンド、その割合とかは他人にとやかく言われるものじゃないんだろうけど…カヨコちゃんのヘイローはちょっと窮屈そうだよ。カヨコちゃんって…本当はもっと強いんじゃない?』
(大丈夫だよ、ムツキ)
「あれだけ式神を倒して、せっかく作ったあの大きさの式神も半ば無駄に消している。倒すなら今よ!」
「はい、ラストスパートというやつですね!」
巨大な鳥の式神から降り、それも消したカヨコにアオイとアリスは怒涛の連撃を仕掛ける。
アオイが主体となり、隙を見てアリスが打撃を差し込む今日出会ったばかりとはとても思えない見事な連携。
(…やはり化け物ね)
「ふんっ…!」
「あぐっ…!」
「アオイ!?」
「ぐっ…気にせず行きなさい!」
アオイからの蹴りを、アリスの拳を、絶え間なく行われる2人の攻めにカヨコは体術のみで対抗し、的確に捌き、カウンターを入れる。
この戦いで成長しているのは…アリスだけでは無かったのだ。
(ムツキ…私は今、戦いを楽しんでるよ)
カヨコからモロに食らったカウンターによろめくアオイに合流したアリスは、レールガンの排熱に気を遣いながらチャージを開始する。
「アオイ、大丈夫ですか!」
「ええ、問題ないわ…一気に決めましょう。私の秘儀を解放するわよ!」