アニメ一期の範囲は一通り終了したので、後日0 後編を投稿した後は少しの間お休みになるかもしれません。
ユズが、血で作られた翼のようなものを広げる。
トンボのような蝶のような、そんな造形の翼は鈍く月明かりを反射して幻想的な美しさを醸し出していた。
「…カズサ。あれに触れてはいけませんよ!」
「見りゃ分かるよ───っ!」
一瞬。
瞬き1つにも満たない間にユズの血の翼から伸びてきた血の筋がカズサの頬を掠める。
それに続いて、無数の血の筋がまるで生き物のように蠢いてアリス達へ襲いかかってきた。
まともにやり合っては勝てないと判断した2人はユズに背を向けて一目散に逃げ出す。
様々な軌道で追跡してくる血の筋は、地面に当たるとコンクリートが軽々粉砕される程の威力があるようで、直撃すればそれだけでも充分致命傷になりかねないだろう。
「カズサ、もっとスピード出せますか!」
「無理!」
アリスの走力ならば追ってくる血の筋を振り切ろそうだが、カズサの方はそうはいかない。
アリスより速度で劣るカズサに血の筋が集中攻撃し…アリスがカズサを担ぎ上げてギリギリで躱す。
アリス1人で走るよりも速度は落ちるが、それでもカズサが1人で走るよりは速い。
そして追ってくる血の筋と比べるとなると、僅かに向こうの方が速かった。
「アリス!そのまま走って!後ろは私が!」
「頼みます!」
アリスに担がれるカズサは銃を構えると、少しづつ距離を縮めてくる血の筋を迎撃し、次々と撃ち落としていく。
「…まずい、逃げられる…でも、まあいいか。ミドリちゃんが行ったし」
アリスの圧倒的な走力によって中々仕留められない事に歯噛みするユズだったが、アリス達が逃げた方向を確認すると本人も悠々と歩いてそれを追う。
1つ、2つ、3つ…そうして続けて居るうちにやがて追跡してくるものが全て無くなったのを確認すると、谷に面した道路に出た辺りでアリスは足を止めた。
「ふぅ…射程外でしょうか?」
「助かった。褒めてあげる」
「はい?」
「嘘だって、ありがと」
しかし、一旦の脅威は引いたもののまだ追ってくるだろうと谷に背を向けて自分達が逃げてきた森の方へ警戒を向ける。
いつ来るのか、それとも違う方角から来るのか…夜風で揺れる広告の旗がより緊張感を煽り、時間の流れを長く感じさせる。
「…来ます」
「分かってる」
森の奥からガサガサと草木を掻き分ける音が響き、その方向にカズサは銃を向け、アリスとレールガンをチャージする。
血の翼から飛んでくる筋の威力と数は確かに厄介だが、カズサの射撃精度ならば撃ち落とすことができ、アリスのレールガンの威力ならまとめてその全てを吹き飛ばせるだろう。
それぞれが引き金に指をかけてその瞬間を待ち────後方の谷底から駆け上がってきたミドリと呼ばれた少女が、アリスとカズサの背中を撃ち抜いた。
「下から…!?」
「クソッ…!アリ…ス…!」
ガードレールの上に立つ少女と森から出てきたユズに挟まれ、アリスとカズサは背中合わせになってそれに対応しようとするが、先程ミドリの弾を浴びた影響で露骨にカズサの様子がおかしくなっている。
背中越しに激しく鼓動する心臓の脈拍を感じたアリスには焦りが募っていた。
「し、心配しなくても、ミドリちゃんの銃弾を浴びても死ぬほど痛いだけです…私のだって、急所を貫かないと死ぬまでは行きませんし…ですけど、私達の秘儀はこれからです…蝕爛腐術 『朽』」
「「!」」
ユズは小指を立てると…それに合わせてアリスとカズサの顔や腕に薔薇のような紋様が浮かび上がった。
紋様からは内側から突き刺すような痛みが2人を苛む。
「これは…」
「ミドリちゃんの弾には本人の血が混ぜてて…私の血かミドリちゃんの弾を受けて、私達どっちかの秘儀を発動させると、触れた箇所から腐食が始まります。そっちの髪の長い子は15分で死ぬでしょうし、猫耳の子の方は10分も持たないでしょう…朝には骨も残りません」
(秘儀によるもの…となると、解除させることは出来そうですね)
「毒ってことね、ほんと陰湿」
「毒とは違いますよ…?結果有毒なだけで私達の秘儀はあくまで分解ですから」
自分達の秘儀の事を全て伝えたユズ。
そしてそれは同時に秘儀の開示という”契約”が生じ、腐食の進行が早くなることを意味する。
実際には伝えたよりも早い時間で2人は死に至ることになるだろう。
「では…どうしますか?」
(ユズちゃん、この人達大したことないよ)
ある時、ミレニアム学園での出来事。
技術発達により比較的歴史の浅い学園でありながらもメキメキと成長しキヴォトスでも三本の指に数えられるほどに大きくなったその学園には、数多くの部活が立てられ日々活動を行っていた。
そんな部活の中で、計3人で構成される『ゲーム開発部』という部活が存在した。
ゲーム開発部は文字通りオリジナルゲームの開発を目的とし、試行錯誤を繰り返しては失敗し、ハプニングにより台無しになり、1つゲームを作り上げるだけでも悪戦苦闘する。
そんな彼女達だったが、長い時間をかけて遂に完成したとあるゲームをミレニアムにおける技術披露の場、ミレニアムプライスに提出しそのお披露目を行ったのだが…ミレニアムプライスに入賞するどころか色々あってクソゲーオブザイヤー送りに、そのまま大賞を取ってしまうという喜び難い結果となってしまった。
興味本位でプレイしたいという人々の声によって複製が作られ、世に広まった訳だが待っていたのは苦情と罵詈雑言の嵐。
彼女達が青春を捧げて作り上げた者はゲーム史の汚点として扱われ、史上最悪のゲームとして悪名を轟かせてしまった。
それだけならば…まだ良かったのかもしれない。
悪かったのは、そのゲーム…『テイルズ・サガ・クロニクル』、通称『TSC』への人々の負の感情が募り、それらがゲーム開発部の手元にある『TSC』のアルファ版に集積され、特級遺物に変異してしまったのだ。
事態を感知したS.C.H.A.L.Eが介入、ゲーム開発部の抵抗を押し退け、強行的にそれが回収されてしまう。
自分達の青春の結晶が奪われた事に激怒したゲーム開発部は返還を求め連邦生徒会の総本山、サンクトゥムタワーへのテロ行為を行うも撃退、ミレニアムから追放されアウトローに身を落とす事となる。
その後も度々アルファ版を取り返そうと暴れ回るも上手くいかず、ゲーム開発部の執念は大きな激情となり彼女達の神秘を高めていった。
自分達の来歴を思い出しながら、ユズはアリスとカズサに内心で謝っていた。
(人を傷付けたい訳じゃない…『TSC』を馬鹿にした人達を憎いとも思わない。逆に楽しめさせて上げられなくてごめんなさいって思ってる…『TSC』が取り返せるならそれで良い。ただそれだけが目当てで、色んな人に迷惑を掛けたし傷付けてきた)
『あの人達に着いていこう!』
『でも…お姉ちゃん、あの人達胡散臭いよ?』
『あの人達が作ろうとしてる、自由な世界なら…きっと私達も好きにゲームを作れるよ!最悪あれを返して貰えなくても…私は、また皆とゲーム開発がしたい!』
『モモイちゃん…』
元々ユズが部長として集った部活ではあったが、いつでもその中心にいて太陽のように明るさを振りまくミドリの姉…モモイは、これからの未来に思いを馳せ、希望を込めた笑顔を2人に見せた。
『いい?皆。私はユズちゃんを支えて、ユズちゃんはミドリを支えて、ミドリが私を支えるの。私達は3人でゲーム開発部だよ!』
(仲間の為に。モモイちゃんがそう望むのなら…こんな私を仲間だと言ってくれる2人の為なら、私はそれに殉じるだけ)
「…あまり、苦しませたくはありません。抵抗しなければ、一瞬で死なせてあげますよ…?」
「…なるほど、当たれば勝ちの秘儀ってわけね。強いねあんた達…」
絶え間なく汗を流しながら、アリスと背中合わせのカズサがユズにそう言う。
今この瞬間にも刻一刻と2人は弱り、尽きかけている命だというのに…その表情には、どこまでも生意気で勝ち気な、絶望を一切孕まないつよい光が灯っていた。
するとカズサは銃のグリップを固く握り…一瞬の内にミドリとユズに銃弾を叩き込んでいた。
「えっ…!?」
「なんでっ…!」
恐るべき速射、反対方向にいる2人を即座に撃ち抜く精確さ。
そしてそれ以上に、それと同時に発動したカズサの秘儀がユズとミドリを侵食する。
「ぎっ…ユズちゃ…!」
「な…なに、を…!」
「我慢比べしよっか。痛いのは嫌でしょ?なら早く秘儀を解きなよ」
(これは…私達の神秘とあの子の神秘が結び付けられてる…いや、
芻霊秘術、『共振』
神秘の繋がりを辿ることで対象に干渉を行う『共振』
辿る神秘は他人のものにも適用され、自らの神秘を辿るのに比べ操作性は落ちるが、瞬間的な衝撃を与えたり神秘そのものにダメージを与え、相手の神秘を削ることも出来る。
これを利用して、カズサは自らの神秘とユズ、ミドリの神秘を繋ぐ事で秘儀の影響を共有したのだ。
(あっちの子にも効いたのは棚ぼただね。このまま死ぬくらいなら…道連れ覚悟、今更命なんか惜しむな!)
カズサの秘儀によって身体の内側から湧き上がる苦痛を受けるユズとミドリだったが、それでも彼女達の命まで届くことは無い。
我慢さえ出来るのならば、どう足掻いても先に死ぬのはアリスとカズサの方だ。
(せいぜい神秘と体力が削られるだけ…それに、『朽』の発動中は痛みでまともに動けは───)
「光よ─────!」
「やっ…!」
レールガンを持ち上げたアリスが、チャージしていたエネルギーをミドリへと放つ。
谷の方へミドリは吹き飛ばされるが、アリスは跳躍してそれに追いつくとミドリの足を掴み、直下へ向けて投げつける。
更に真上にレールガンを撃ち反動で真下へ向かって急加速し、ミドリが起き上がる前にその背中に加速したレールガンの質量を叩きつけ、追撃に崖上の元いた場所まで蹴り飛ばす。
(なんで…そんなに動けて…!)
木にぶつかって地面に落ちるミドリに駆け寄ろうとするユズだったが、崖上まで戻ってきたアリスによって殴り飛ばされ同じく背中から木にぶつかり肺の空気が一気に吐き出された。
「かはっ…」
「アリスは…痛みなどでは、止まりません!」
アリスは猛毒である”名も無き神々の女王”、神秘の権化Keyの器。
故にあらゆる毒物への耐性を持ち、分解による苦痛を気合いでねじ伏せ、その果ての毒はアリスの命を脅かすことは無い。
「うっ…ぐっ…ユズ、ちゃん…!」
「うるっさい!」
アリスとは違って痛みと毒により体内を蝕まれるカズサだが、それでも持ち前の根性で身体を動かすカズサはユズの助けに入ろうとしたミドリを銃撃で牽制し、そちらの相手へ向かう。
アリスは未だユズの前に立ちはだかり、ユズとミドリを完全に分断していた。
(瀕死のミドリをあっちの子に…まだ余裕がある私を毒が効いてないこの子が…分断なんて複数対複数の常套戦術なのに…!私が、油断したから…!)
「させない…させない…!」
「行かせません!」
「退いて!」
ユズは立ちはだかるアリスに銃を乱射しながら押し通ろうとするが、レールガンの巨大な銃身を盾にしてそれを防いだアリスはシールドバッシュの容量でユズを跳ね返す。
「秘儀を解いてください!アリス達の勝ちです!」
「嫌だ…負けない…!」
(でも…このままじゃミドリちゃんを助けられない!『朽』を使っている間は『翅王』は出せない…!だけど、あっちの子にミドリちゃんを殺せるだけの余力はあるの?いや、あの子より先に私が死ぬことは無い…絶対に秘儀は解かない…!)
確実にアリス達を倒すために、ユズは秘儀を継続しようとする。
今のカズサではミドリを仕留め切れるほどの神秘の出力は出せず、アリスの妨害を振り切ってミドリを回収さえすれば立て直せるとの判断。
だが─────
「ユズ…ちゃ…ん…」
「っ!」
『私達は、3人でゲーム開発部だよ!』
苦痛に悶え涙を流すミドリの姿を見て、ユズは合理的思考も戦術的判断も、その全てをかなぐり捨てて秘儀を解除してしまう。
これ以上、仲間に苦しんで欲しくないという一心で。
『朽』の腐食から開放された瞬間、瞬発力を取り戻したアリスはユズの両肩を掴み、渾身の膝蹴りを入れる。
ユズの小さな身体がくの字に曲がり、胃の内容物が口から吐き出された。
「ぁ…うぅ!『翅王』!」
「ぐ、まだっ…!」
掴みかかるアリスを身体を捩って強引に振り剥がしたユズは、再度背中に血の翼を作ると血の筋をアリスへと襲いかからせる。
縦横無尽に、蜘蛛の巣のように絡め取ろうとしてくるそれらをアリスは周囲の木を使って立体的に回避し、網の目を抜けるように隙間を潜り抜けてユズの目の前に着地する。
その手には、チャージが完了したレールガンが構えられていた。
同時に、カズサもまた腐食から開放されたことで後に引く痛みも堪えて立ち上がり銃を撃とうとするミドリに駆け寄り、敢えて持っていた銃を捨て拳を構える。
「光よ─────!!」
「うおらぁぁぁぁぁ!!」
アリスの放ったレールガンの極大のエネルギーがユズへと衝突し…
カズサの振り抜いた拳がミドリの腹へと突き刺さり…
─────黒閃
黒い光が迸り、文字通りの
「う、ぅぅ…あぁぁぁ!!」
「ミドリちゃん!駄目…!」
半ば半狂乱になったミドリはユズの制止も効かず背を向けたカズサに飛びかかろうとした。
だが、その周囲には先程カズサが発砲した時の弾が転がっており、独りでに浮かび上がったそれらが一斉にミドリの方向を向く。
「こっちはまだ見せてなかったね…『木天蓼』」
「あ…おね────」
マタタビに群がる猫の如く、それらの弾丸はミドリへと殺到して撃ち抜き────パキン、と甲高い音を立ててミドリのヘイローが砕けた。
「…え?」
「あ…!」
「ミドリ…」
それは…アリスやカズサにとっても予想外な事だった。
2人は元よりユズとミドリを殺す気は無かったのだ。
何故…その原因はダメージ管理の失敗、そして感覚の麻痺にある。
1つ目は、カズサの『共振』による腐食の共有と黒閃による強打が想像以上にミドリとユズのヘイローの耐久値を削っていたこと。
2つ目は…特にアリスが、以前カヨコという強大なアウトローと戦ったせいで、その時の相手の耐久力を基準にミドリとユズにダメージを与えていたこと。
ミドリとユズは…カヨコと比べればずっと脆いというのに。
それらの要因が重なり、2人は意図せずミドリのヘイローを壊して…殺害してしまったのだ。
「そんな…そんなつもりじゃ…」
「…」
「ごめん、なさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい…私が付いてたのに…私が、私が、私が…!」
ミドリの死体を見てアリスは気が動転し、カズサは呆然と、ユズは何度も自分を責め立てる。
戦闘は完全に中断され、誰もが動けなくなった状況で…通りかかった車が、異変を感じてそこに止まった。
「おい!お前たちこんな時間にどうしたんだ!?」
「…!」
「あ?なんだお前…ヒッ!?」
窓から半身を乗り出してアリス達を気にかける運転手の生徒だったが…ユズはその車に駆け寄ると後部座席の窓を突き破って車に乗り込むと、運転手に掴みかかって銃口を突きつけた。
「ま、待ってください…!」
「…追ってきたら、この人を殺します…早く出してください」
「わ、分かったから…!」
ユズに脅され車が急発進する。
人質を取られたまま逃げられるわけには行かないと、動揺を無理矢理沈めてアリスは走力のみで速度を上げる車に追い縋った。
後方を振り向き追ってくるアリスを見てユズはかつてないほどに高まる殺意を押さえ込み、アリスの足元を撃って足を止めさせる。
(あの2人は…特に猫耳の人は、絶対に殺す…弔って上げられなくてごめんなさい、ミドリ…仇は必ず討つから…待って、あの人は今何を────)
「最後まで、私は目を背けないよ…『共振』」
カズサが神秘を辿ることで行う干渉は、本来一度炸裂させればそれでマーキングは消える。
だが、腐食を共有した時のはあくまでカズサとミドリ、ユズの神秘を結びつけただけ。
カズサがミドリに…そしたユズに弾を撃ち込んだ時に付けたマーキングは、未だ健在だった。
『木天蓼』で1度撃った後の弾をもう一度放つように…ユズに弾が当たりカズサの神秘が付着した位置で、もう一度衝撃が発生する。
それは、カズサが黒閃を出した事でその威力が高められ───
「がぁっ…!?」
丁度心臓の位置で衝撃が発生し、ユズは口から血を吐く。
(死ぬ────)
それが迫ったのを感じ取り、ならばせめて少しでもあの2人に傷跡を残そうとユズは腐食の神秘を込めた弾丸で人質の運転手の頭を吹き飛ばそうとする。
だが、再加速したアリスは既に車の真横にまで追い付いていた。
「ごめんなさい…光よ────!」
「…そっ…か」
アリスはレールガンを放ち…横から撃ち込まれた極大のエネルギーはユズが乗る車の後部座席のみを巻き込んで消し飛ばす。
残った前方の方は制御を失い先にあった電柱に突っ込んだが、その程度ならキヴォトスの住人にとっては些細なもの、運転手は目を回すだけで無事なようだ。
対して腐食の共有と黒閃によってヘイローの耐久値を大きく削られていたユズに、もうレールガンの一撃を耐える余力はなく…
某所、ムツキとユメ、そしてゲーム開発部の居残りであるモモイはテレビゲームに興じていた。
だがそんなある時…モモイはゲームの手を止めると、その隙にムツキは画面の中のモモイのキャラクターを撃墜する。
「あっはは!どうしたの急に止まっちゃって、おトイレでも行きたくなった〜?」
「どうしたの?モモイちゃ…あ」
「ああ!ちょっと!コントローラー壊さないでよ!高いんだよ!?」
モモイは万力のようにコントローラーを握り締め、粉砕してしまった。
ムツキはそれを咎めるが、それに反応することも無くモモイはポツポツと目から雫を落とす。
「…仲間が、死んだ…」
「…そういうのって分かるんだ」
「えー?どういうこと?受肉したやつならともかく、あの2人が指1本取り込んだだけの特異体に負けるわけなくない?」
「ふーん…なるほどね」
ユメはコントローラーを置き耳元に手を当てると、1人うんうんと頷くとモモイに慈母のような優しい微笑みを向ける。
「報告が入ったよ。ミドリちゃんとユズちゃんを殺したのは…S.C.H.A.L.E、特異現象捜査部の天童アリスとその一派だね」
「…」
「天童アリスね…くふふっ」
モモイの頭の中では、そのアリスの名前が反響し…ムツキは出てきた名前に愉快そうに破顔した。
一方その頃、アリス達と連絡が取れなくなって以降ずっと帰還を待っていたもののいつまで経っても戻って来ず、最後の連絡から数時間経った事で気を立てていたイチカが車のアクセルを勢いよく踏んでいた。
「やっばり出ないっす!もうどこ言ったっすかあの子達はぁ!」
「カズサは大丈夫ですか?」
「うん、痛みはなんとか引いたかな。毒は…今から帰ったらセナさん起きてるかな?」
戦いの後、ヒナと合流する為に森の中を歩いていたアリスとカズサ。
アリスは俯きながらもカズサを気にかけ、カズサは明らかに元気の無いアリスにヤキモキする。
「…どうしたのさ、そんなうじうじして」
「カズサは初めてじゃないでしょうか…人を殺したのは…」
「…あんたは?」
「アリスは前に1度…いえ、あれを1度というのはズルですね…3人、殺したことがあります」
「私よりあんたのほうが大丈夫じゃないじゃん」
遠慮の無いツッコミにより1層アリスは気分を沈める。
そんな様子がまどろっこしくなったのか、カズサはアリスの手をそっと握った。
「…?」
「私はぶっちゃけそこまで思い詰めてないよ。だって先に仕掛けて来たのも殺しにかかって来たのもあいつらだし。それに、ヒナじゃないけど救える命には限りがあるものだし…私の人生の席って言うのかな?そこに座ってない人に私の心がどうこうはされたくないんだよね。私って冷たいと思う?」
「…」
上目遣いに聞くと、アリスは照れ臭そうに顔を背ける。
そんなウブな様をケラケラと笑うと、声をふざけたものから真面目なトーンに変えた。
「アリスは自分で椅子持ってきて勝手に座ってくるけどね…それにどっちにしろ捕まえたところであのレベルのアウトローを拘束し続けるのなんて無理だし、連邦生徒会のあんたへの嫌いっぷりを見たら、どうせあの子達も生かしておくわけないだろうし」
「ですが…あの子、泣いていました。目の前で仲間が死んで…アリスは、カズサが生きててほっとしています。ですが、アリスが殺した命の中にも涙があったのだと思うと…」
「…そう。じゃあ私達共犯だね」
しばらく手を繋いだまま、夜風で冷える手先を温めあって2人は大橋のかかる渓谷の底に戻り…そこで倒れるヒナを発見する。
最初に見た時は全身ボロボロで死んでいるのかと2人は焦ったが、身体が動かないだけでヒナの意識があることを確認すると大喜びして抱き着いた。
身体が痛むと引き剥がされ、ヒナは介抱を受けながら3人で並んで適当な場所に腰掛けると、虫の鳴き音だかが響く風情ある月夜を楽しんだ。
「…あ、そうだ。ヒナKeyの
「え、なんで貴女達がそれ知ってるのよ」
「長くなるからまた後でね」
「…取り敢えずイチカさんを呼んで早急に封印してもらいましょう。じゃないと特異体が集まってくるわ」
「アリスが食べましょうか?」
「その辺に落ちてるもの拾い食いするはゲームの中だけにしときなさいよ、勇者」
「貴女が取り込めるKeyの
「な、何度も言われなくても分かりますよ…」
念押に念押を重ねてヒナはアリスへとKeyの
「…」
「…食べないでって言ったじゃない!」
「うわーん!アリスのせいじゃありません!Key!あなた今回ろくに働いていないのに美味しい所だけ持っていくのやめてください!大体あなたが
『…私はそのようなこと一言も言ってませんが』
「…そういえば言ってたのはホシノ先輩でしたね…」
わざわざ答えてくれたKeyになんとも言えない感情を抱くも、適当なことを抜かしたホシノに今度何か奢ってもらおうとアリスは決意する。
と、上の方…渓谷の上にかかる橋の上で車が止まる音が聞こえ、橋からイチカがひょっこりと顔を覗かせてアリス達を見下ろした。
「あ!いたっす!今まで何してたっすか〜!電話も繋がらなかったっすよ!」
「やっべ、イチカさんキレてる…」
「…では、帰りましょうか」
「そうね…本当に今日は疲れたわ」
「なに笑ってるっすか!報告、連絡、相談!ホウレンソウは大事だって習わなかったすか!いつも…聞いてるっすか!?はやく上がってきてくださいっす!」
「お腹空きましたね。アリス、お寿司に行きたいです!」
「じゃあ”りっぱ寿司”行こうよ。あそこで出てるスイーツもちょっぴり有名らしいんだよね」
「よくそんな食欲出せるわね…私は軽めのならなんでも良いわ」
イチカからの説教をBGMに、心穏やかとは行かないまでも、それでも前を向く3人は思い思いに話したいことを話しながら橋の上まで登ったのだった。
「いや〜、
『オフの日に貴女と話したくないのですが…飲み会の幹事ですか?』
「うん、目星はついた?」
『まったくです…私含め忙しいので。生徒にも声をかけましょうか?』
「おじさんお酒弱っちいからノンアルで良いよ〜。それじゃあ引き続き声かけよろしく!」
S.C.H.A.L.Eにて、ホシノは今回の件に関してカホと連絡を取っていた。
話の内容は至って日常的なもの…だが、その会話には幾つもの隠語が用いられ、誰に聞かれても怪しまれないような暗号を使ったやり取りであった。
通話を切ったホシノはぐっと伸びをすると、別の連絡先を辿ってメールを打ち込む。
(生徒の中に内通者がいるとは考えたくないなぁ〜)
「はぁーあ。面倒くさいなぁ…後は頼んだよ、シュンさん」
事件が一段落し、S.C.H.A.L.Eに戻っていたアリス達。
そんな中ヒナはカズサを呼び出し、例の特異体との戦闘でヒナ気付いたことを共有していた。
「…それで、その『共鳴』の話はアリスにはしないでね」
「それって確定なの?」
「ほぼね。まあもう終わった話よ。気付くとすれば私達かイチカさんぐらい。アリスの受肉はあくまできっかけで、大橋に潜む特異体が特異現象を振りまくのはいつ始まってもおかしくなかったんだから。そもそも
「言わないよ。スケバン上がり舐めないで」
『貴女のせいですよ。貴女が私を取り込んだ、だから目覚めたんです、切り分けた私達の魂が』
一方、アリスはKeyに事の真相を聞かされていた。
Keyの声色はそれは楽しそうで、アリスを絶望させることを愉悦としているかのように。
しかし、それを聞きながらもアリスの内心は本人でも驚く程に凪いでいた。
『”たくさん人を助ける”ですか。小娘、貴女がいるから人が死ぬのですよ』
「Key」
『!』
「それ、ヒナには言わないでくださいね」
「特級は、生徒の格付けの中でも斜めに外れた位置付けよ。1級こそがS.C.H.A.L.Eを、特異現象捜査部を牽引していく存在だと私は考えているわ」
特異現象捜査部、百鬼夜行支部。
会議室にて、リオはアオイとシュンにそう語っていた。
「危険・機密・給料。準一級以下とは比べ物にならないわ。それを踏まえて今なんて言ったのかしら?」
「不破レンゲ、ペロロ」
「空崎ヒナ、杏山カズサ、そして私のシスターである天童アリス…」
「以上5名を春原シュン…」
「扇喜アオイの名のもとに…1級資格に推薦するわ」
ある日の昼下がり。
S.C.H.A.L.Eは休日で、アリス、ヒナ、カズサは3人で街に繰り出していた。
ショッピングやスイーツ店巡りを楽しみ、普段こういうことを好むイメージのないヒナも珍しく温和な雰囲気でそれに付き添う。
そうして街の散策を続けていた時、ヒナの端末が鳴った。
アリスとカズサにことわって電話に出たヒナら相手としばらく話すと、2人の方を向く。
「…どうしたんですか?」
「ホシノセンパイからよ。任務ですって、それも極秘の」
「はぁ?ついこのあいだ片付けたばっかじゃん」
「良いじゃないですか?ホシノ先輩が極秘任務というのですよ?きっと高難易度のクエストに違いありません!」
「あのひと割とそういうこと言うじゃん」
「しょっちゅう言ってるわね」
「…ホシノ先輩はいい加減身の振り方を考えた方がいいと思います」
相変わらず後輩からの当たりがキツイホシノの扱いに苦笑したアリスは、さんさんと照らす太陽の光を眩しがって手で遮り、S.C.H.A.L.Eの方向へ向いて歩き出し、ヒナとカズサもそれに続く。
「それでは…次のクエストへ、行きましょう!」
配役
脹相…モモイ
血塗…ミドリ