ユメは『特異操術』を使い、3体のガスマスクを付けた修道女のような特異体と6体のくまのぬいぐるみのような特異体を出現させる。
くまの特異体の方は壁程度の役目しかないが、修道女の特異体の方はかつて存在したという戒律の守護者の『威厳』から生まれた特異体だけあって訓練された特殊部隊に匹敵する戦闘力を持つ。
まず最初にくまの特異体が見た目に反してと機敏な動きでワカモに向かって駆け出し、その後方から修道女の特異体、そしてユメ自身も銃撃を行いワカモを狙う、が…
「そんなに焦らないでください」
(速っ…)
黄昏宮本殿の立体的に入り組んだ構造物を利用した上へ下への異次元の機動。
跳弾する弾丸の如く周囲を跳ね回りこちらの銃撃が当たることはなく、一瞬でくまの特異体が全て切り裂かれて撃破される。
このまま攻撃を続けても無駄だと悟ったユメは1度攻撃を打ち止めどうしようかと考えるが、それを見計らったようにワカモは悠長に話し始めた。
「黄昏を覆っているのは『隠す結界』、警備を置くことはできません。ならば入口である鳥居の場所さえ分かってしまえば後はザル、その上外に大量の特異体を放ちましたので観測していた百鬼夜行の連中も神秘を持たないわたくしには気付けないでしょう。ただこの隠密手段には1つ問題があって、わたくしが遺物を持つとその優位性が失われてしまうのですが…おっと危ない」
「ちぇっ」
呑気に話している最中に不意を打とうと高速で小型の特異体を撃ち出したユメだったが、流石に通じず簡単に避けられる。
「続けてよろしいでしょうか?わたくしは物を格納できる特異体を飼っていてですね、遺物はそちらに入れています。ただそうなると今度は特異体の神秘で隠密性が保たれないのですが…特異体に自らの身体を格納させて小さくさせることで、わたくしの腹の中に仕舞ってあらゆる遺物を所持したまま結界にも反応されない透明人間の出来上がりというわけです。それに小鳥遊ホシノに奇襲するならば完全に神秘を悟らせない必要がありましたし…」
「もういい、天与宣誓でしょ?情報の開示で契約が生まれて能力が底上げされるのはあなたも同じのはず。それよりも聞きたいのは…どうして黄昏の入口に気付けたの?痕跡は消しながら進んだのに」
「…何も神秘由来のものだけでなくとも、足跡や臭いまでの隠滅は疎かでしたね。雪原というのもあって雪の乱れは特に分かりやすいもので、宣誓で底上げされた五感があれば察知するのは容易い」
「…一応聞くけど、外で待っていた雀の使用人の方はどうしたの?」
「はい?殺したつもりですが、生かす気も殺す気もありませんでしたし…まあ運が良ければ生きてるんじゃないでしょうか」
「そう…やっぱり死んで」
その返答を聞き怒りを強めながらも、出し惜しみをしていい相手では無いと冷静に判断したユメが切り札を切る決断をするのに時間はかからなかった。
次にユメが呼び出したのは、他の特異体とは違った雰囲気を醸し出すドス黒い巨大な犬のような狼のような特異体。
────特級稲生特異体 クロカゲ
さらに修道女の特異体を7体追加し、計10体による一斉射撃。
圧倒的な火力と弾幕により周辺の建物や構造物は次々と崩壊し、ワカモが移動に使う足場が減っていく。
機動力を削げれば手数で押し潰せると考えたユメだったが…
「なんで、当たらないの…!」
次々とワカモの足場となる立体物は崩れているというのに、壁を、柱を、天井を、あらゆるものを地面かのように駆け回る疾風を、修道女の特異体達は捉えられない。
勿論、ユメも銃撃を続けているが、一向に当たる気配が無い。
そのまま張り巡らされる弾幕をの全てを回避したワカモはユメの背後へと回り込み───
「クロカゲ、”神秘解放”」
「!」
ユメの指示に従ってクロカゲが神秘を解放し、周囲が影に落ちる。
辺り一帯が影に包まれた空間の中で、ワカモは面越しに影の奥にある無数の赤い瞳と目が合った。
(…動けない?なるほど、目が合う限りお互いに不可侵を強制する感じですか。本来なら目を閉じてその間に向こうだけが自由に動いて叩き潰されるのでしょうけど───)
「───まるで怖くありませんね」
ワカモは一瞬の瞬きと同時に手に持つ天逆鉾で周囲を覆う領域を切り裂き、強引にクロカゲの秘儀を突破した。
その直後を狙って修道女の特異体達やユメが掃射を仕掛けるが、ワカモはひらりとそれを躱すと疾風のように駆け抜けて身体に巻き付けた特異体からアサルトライフルを取り出すと、ユメの特異体達を撃ち抜き消滅させる。
(終わりですね)
(あなたがね!)
「!」
しかし、そうして出来た一瞬の隙に接近したユメの腕がワカモ…が身体に巻き付けている特異体へと伸びた。
(さっきからあいつがどこからともなく武器を取り出してるあの特異体、それを私の秘儀で奪い取って押さえる!)
明らかに見た目以上の質量が出ているあの特異体さえ奪えばワカモは武器の切り替えや補給が出来なくなり、後は手持ちの特異体による数の暴力でゴリ押し出来る。
そう考え特異体を奪う為に手を伸ばしたユメの腕は…まるで拒絶されるように弾かれた。
「えっ…!?」
ユメの秘儀による干渉が弾かれた理屈は簡単、ただ単にワカモが特異体に対しての『契約』を行い、正当な主従関係を得ていただけの話だった。
キヴォトスでは『契約』は強い力を持ち、それを外部から掠め取るような事は出来ない、それだけの話。
秘儀よりも優先される契約という事象についての知識が、経験がユメには足りなかった…それだけの話。
そして、特異体の取り込みに失敗したことによる衝撃と呆然で生まれたそれは致命的な隙となる。
クロカゲがユメをフォローしようと前脚を振り上げるが───それが振り下ろされるよりも遥かに速く、ワカモは天逆鉾でクロカゲとユメを切り裂き、さらにユメを追い討ちで蹴り飛ばし、戦闘中に出来た陥没した地面の穴底に落とした。
「ぁ…」
「…ヘイローを持つ生徒なら死なないような傷で抑えました。貴女が死んだ後貴女が溜め込んだ特異体がどうなるか分かりませんので…面倒事は避けたいのですよ」
穴の側にまで行ったワカモは、倒れ伏し血に塗れたユメの顔を見下ろし天逆鉾を特異体の口に仕舞う。
「秘儀に恵まれましたね。しかし、その恵まれた貴女達でも自分が空高く飛び立てると信じ、驕り、思い上がった。だから私のような”大人”にいいようにあしらわれるのです。雛は身の程を弁えて己が巣の中でぬくぬくと過ごせば良いものを…あ、そういえば────ヒナとは私が付けた名前でしたね」
軽妙な笑い声と共に、ワカモはその場を後にしたのだった。
────盤星教、本拠地
無駄に金のかかった大きなその施設を訪れていたワカモは、盤星教の代表役員である園田という老犬のような大人の元まで行くと、特異体の中に格納していたユカリの亡骸を吐き出させた。
「どうぞ、巫女…勘解由小路ユカリの遺体、五体満足でお届けしましたよ」
「ふむ…確かに確認しました。報酬にも受け渡しは手筈通りに、多少の色目も付けましょう」
「流石教祖様、腹が太いですね」
「それだと別の意味になりません?あと教祖様じゃありませんし」
ワカモの適当な煽てに一緒に来ていたニヤが思わずツッコミを入れる。
それはそれとして園田の態度が以外だったのか、ニヤは基本ずっと細めていた目を僅かに開いて園田を見やった。
「しかし意外ですね、必要経費とはいえかなり協力していただいたのに報酬を上乗せとは。正直かなりごねられると思っていましたよ」
「何、元々我々はダメ元で君達に依頼をしたんだ。盤星教はかつてクズノハ様が宗教の広まりと共に神秘を持つ生徒達というマイノリティーに対する道徳基板を説いたのが始まりだ」
部屋の脇にあるソファに座った園田が何か重要そうな話を始めるが、真面目に聞いてあげているニヤと違ってワカモは面の下で欠伸をし、ニヤが脛を蹴ってそれを咎める。
そんなアホらしいやり取りが行われているのも気にせず、園田は部屋にかけられた盤星教を象徴する紋様が描かれた旗を見つめながら話を続けた。
「キヴォトスと宗教法人の相性は最悪。その歪みから生まれたのが現在の盤星教であり、故に我々は神秘も持たない非力な弱者に徹しているのだよ。様々な越権を持たされているS.C.H.A.L.Eも、一般人には手を出せないからな。だが…時は来てしまった」
「巫女とクズノハの同化、ですか?」
「ああ!経典に示されたタブー!絶対的一神教へと成り果てた盤星教!その対象であるクズノハ様と穢れの同化!…教徒の手前同化を見過ごせば立ち行かなくなるのは道理だ。だが行動が過ぎればその時はS.C.H.A.L.E、或いは連邦生徒会によって潰されてしまうだろうからな。もうヤケクソだったのだよ、我々は」
園田はワカモが床に雑に転がしたユカリの遺体を白布で包んで担ぎ上げると、濁っていた瞳をギラギラと輝かせてそれを凝視する。
「だがどうだ!失うはずだった全てが、今や手中にある!財布の紐が緩むのも仕方あるまい」
「…もしクズノハが暴走すれば立ち行かなくなるのはこの社会…キヴォトスそのものかも知れませんよ?」
「彼の預言者と共に堕ちるのであればやむなし」
ニヤの忠告にも狂気染みた返答を返しユカリの遺体を施設の奥に運んで行く園田に、それまで適当に話を聞いていたワカモも頭の上で手をくるくると回し、パーッと広げて鼻で笑う。
ニヤは「お前がそれを言うか」とでも言いたげな目を向けるが、今更かと嘆息して外を目指した。
無駄に長い通路を歩く中、ワカモは思い出したようにニヤに質問する。
「そういえば、盤星教の協力とはロスト・パラダイス・リゾートの時の事でしたか?」
「ええ、そうですね」
「…何故あの時拐った使用人を殺さなかったのです?適当に遠くに連れて行って適当に殺せと言ったかと思いますが」
「あの時貴女のプランをなんとなく理解してたのでね。使用人救出失敗の緊張より成功の緩みの方が削りとして大きいと考えたまでです。上意下達をぶらしてこちらの狙いをぼかすのは散々やってきたことでしょうに。というか仲介屋をこき使うのもどうかと思いますけどね」
「そうですね…というか何故ロスト・パラダイス・リゾートに?」
「それは私も笑いました。捕らえた人を運ぶなら普通車ですよね?公共交通機関はリスクが高いでしょう。まあ今回はプライベートジェットを使ったらしいですけどね。なんと盤星教の会長の私有物」
「だとしてもでしょうに…金持ちは考え方のスケールが違いますね。わたくしも慎ましく生きることを考えたほうがよろしいでしょうか?」
「大金受け取っておいて面白い冗談も言えないようですね」
「ではその銭で料亭にでも行きましょう。接待に使ってる料亭にでも連れて行ってください」
「嫌ですよ、だって貴女奢ってくれないじゃないですか。貴女と関わるのは、仕事か地獄だけと決めてるんですよ」
施設の外に出て、ニヤはワカモに軽く手を振り別の道に進んで行く。
肩を竦めたワカモは雲の合間から光が降り注ぎ黄金にも見える神秘的な空色の下、1人帰路に着こうとして────
「…は?」
────そこには、先程殺した筈の少女が確かに両足を地に着けて立っていた。
「やあ、久しぶりですね」
「…冗談キツイですよ?」
「冗談じゃないですよ、現実です。これでも元気いっぱいですから」
ホシノの制服は血を吸って赤く染まり、顔や髪にも乾いた血がこびりついている。
決して助かる出血量ではなく、確かに脳も貫いた。
その上、天逆鉾によりホシノの秘儀による再生も乱されていた筈なのだ。
だが、ホシノが掻き上げた前髪の先には貫かれた跡が残るだけで、完全に傷が塞がり出血も止まっていた。
「…まさか、恐怖?」
「正っ解!私の神秘の真髄!あの時私はあなたに反撃することを諦めて神秘を反転させる事に集中しました。神秘は負のエネルギー、肉体の強化は出来ても再生まではできません。だから負のエネルギー同士を掛け合わせて正のエネルギーを産む。そうして生じるのが恐怖です。言うは易し、私も今まで出来たことはありませんし、出来る人も何を言っているのかさっぱりでしたが…その時に、死の淵で掴んだ神秘の核心!秘儀による再生がままならないのなら、神秘を反転させることにより得られる恐怖で身体を修復すれば良かったんですよ!」
両手を広げ、焦点も定まらず瞳孔を震えさせながら声高々に話すホシノにワカモは不気味さを感じていた。
(…聞いてもいないことをペラペラと…この方、ハイになってらっしゃる?)
「…あなたの敗因は、あの秘儀を解除する武器で私の首を落とさなかったこと。或いは私の両目を貫かなかったことですよ」
「ふふっ、敗因?勝負はこれからでしょうに」
「…そうです?そうかも、そうですねぇ!」
声高らかに天に向かって吼えるホシノに対して、ワカモは得意とする超高速機動で瞬き一度に満たぬ間にホシノの背後を取り、同時に腰に着けた袋から取り出した天逆鉾を振り抜く。
しかし───
「なっ!?」
天逆鉾を振り抜いた先に既にホシノはいなかった。
その行方を探すと、刃を宙返りで避けたホシノが地面に落ちる前にワカモに銃口を向けていた。
ホシノの神秘が、その愛用のショットガンに流れ込み、銃身は赤い光を纏う。
(ウジャトの目の神秘。再生の力。それを反転させて恐怖に落とし込むことで生じる、対となる破壊の力───)
「反転『宵』」
再生が反転することによる純然たる破壊の暴威が乗った弾丸は、直撃したワカモを遠方にある盤星教のオブジェに直撃して静止するまで吹き飛ばす。
「…っ!化け物じゃないですか…!」
瓦礫を押し退けて飛び出したワカモは多少の出血こそあれど骨や関節に異常が無いことを確かめると、特異体の口から鎖の端を引っ張り出し、それを天逆鉾に繋ぐ。
そして獰猛に笑い…跳躍で追いついてきたホシノを睨むと迎撃態勢を取った。
(ウジャトの目の純粋な力、常に肉体の状態を”再生”し続けることによって損傷を無効化することによる事実上の不変という名の無敵。そしてそれを反転させ恐怖を適応させたものが、先程の衝撃波のような破壊の力。全て───問題なし!)
ホシノはその知名度により、秘儀の詳細が裏社会にも割れていた。
知識として知るそれらと、先程受けたものからホシノの力を推定し…そして取るに足らないと判断する。
特異体の口から引っ張り出した鎖に繋げた天逆鉾を振り回し、風切り音が鳴り渡る。
感覚を研ぎ澄ませ、経験に裏打ちされた勘を頼り、肉体のコンディションは痛みによりむしろ活性化し、扱う武器である遺物は国宝級の逸品。
ワカモが負ける要素など、存在しない。
────違和感
「…」
「っ!」
ワカモは、爛々と妖しく輝くホシノの瞳と目が合った。
それは、かつてまだ幼かったホシノを面白半分で見に行ったあの時のような恐れを掻き立てられて…
「…いいえ、これで大丈夫…殺す…!」
喉の奥につっかえるような感覚を無理やり納得させ、振り回す鎖の速度を上げる。
キヴォトス最高の神秘も、無敵のウジャトの目も、天逆鉾の前には無力。
張り詰めた緊張の中、ワカモが鎖を操りホシノへ向けて先端の天逆鉾を振りかざす。
遠心力の乗った高速の斬撃を───ホシノは上体を逸らしただけで回避した。
しかし、回避されることを想定していたのか鎖が生きた蛇のようにのたうち、先端の天逆鉾が食らいつくように再度ホシノに襲いかかる。
それを飛び退いて避けたホシノの足元に複数の苦無が刺さった。
「へぇ?」
次の瞬間、苦無が爆発し衝撃に巻き込まれたホシノの身体が浮き上がる。
そこに鎖がその小さな身体を巻き取り、ワカモの操作によってホシノの身体が舗装された地面に叩きつけられ、石畳が砕ける。
だが直ぐに鎖からするりと抜け出したホシノは鎖を操るワカモの元へ一気に間合いを詰めるが、ショットガンの照準が合うよりも早く、ワカモは特異体の口から玉のようなものをばら撒き、それが爆ぜて煙幕が発生する。
ワカモの姿を見失ったホシノは、気が付けば上空に打ち上げられていた。
煙幕に紛れて接近したワカモによって真上に蹴り飛ばされたのだ。
空中で身動きが取れないだろうホシノを追い詰めるべく、極まった技巧で縦横無尽、変幻自在にどこまでも伸びるその鎖の遺物…片方の端が観測されない状態にある時無限に伸縮するという特性を持つ『万里の鎖』を操作するワカモ。
(…すみません、ユカリさん。私は今…あなたの為に怒っていない…誰も憎んではいない。今はただ…この世界が心地良い)
「天上天下、唯我独尊」
神秘を、恐怖を…そして崇高を理解した今のホシノは、まさに”到達点”へと辿り着いていた。
全能感に酔いしれるホシノの周囲を繭でも作るように囲い込み、覆い、完全に絡め取るつもりのワカモに対してホシノは冷静に空中で態勢を整え、鎖の隙間からワカモの姿を見据え、そしてショットガンを構える。
「っ!」
何かを感じ取ったのか、ワカモは一気に鎖を操りその先端に繋がった天逆鉾をホシノに向けて差し向ける。
今度は忠告通りホシノの強さを象徴するウジャトの目…つまりホシノの眼球を狙った必殺の一撃。
しかし───それが届くよりも早く、ショットガンの照準がワカモへと合わせられた。
(ウジャトの目、その神秘。再生を司る左の青い目。破壊を司る右の赤い目。その二つを掛け合わせたこの技は、私ですら初めて使うからこそ、一切その情報を悟られない)
ウジャトの目の再生と破壊の神秘と恐怖、それらが同時にショットガンに流れ込み、合わさった力が弾丸に込められる。
それは、再生の神秘と破壊の恐怖が混ざり合う事で生じる幽玄にして夢幻の力。
再生により作られる不変の神秘の塊を、恐怖で反転させる事で得られる破壊の衝撃で押し出す至高の一撃。
「───虚式『暁』」
銃口は紫色に光り、引き金に掛けられた指が動き…紫色の神秘が射出された。
放たれた神秘の塊はホシノを囲い込む鎖を粉砕し、ウジャトの目を貫こうと迫る天逆鉾を砕き、そして───ワカモを穿った。
───違和感。
(タダ働きなんて御免。普段ならそう言って直ぐに尻尾を巻いていた。しかし、目の前には覚醒し恐らく現代最強となった生徒。否定したくなった。ねじ伏せてみたくなった。私を認めなかった魑魅一座、キヴォトス、その頂点を───その時点で、私は負けていた)
ホシノの『暁』により、右腕と右胸にかけて、そして身体に巻き付けていた特異体の一部をも巻き込んで抉り取られ、その後方のオブジェや廃墟等の構造物にまで円形の穴がどこまでも続いている。
抉られた面から夥しい血を流しながら、ワカモは自嘲した。
「…ふふっ、何をやっているんでしょう、自尊心はもう捨てたでしょうに…自分も他人も尊ばない、そういう生き方を、選んだ筈なのに…」
ワカモの目に思い浮かぶのは、こんな自分でさえ受け入れ、導き、愛を誓ってくれた恩師。
何度もせがみ、求め、困らせて…それでも最後には折れてくれた、大好きだった『先生』
因果を断ち切り、理を犯した災厄の狐。
狐の面が落ち…覗いた素顔の目には、涙が浮かんでいるようにも見えた。
その命の灯火が消えかけようとする前に、ホシノがゆっくりとワカモの前に近づいてくる。
「…最期に、言い残すことは?」
「そんなもの、ありませんよ…いや…そうですね…2〜3年もすればわたくしの子がゲヘナの方へ転入するのですが…好きにしてください…ふ、ふっ…」
「…」
最期にそう言い残し、ワカモは立ったまま瞼を閉じて息絶えた。
自らを追い詰め、大切な先輩を傷付け、守るべきものを奪った怨敵の死に様を見届けたホシノは…それに歓喜することも罵詈雑言を吐くことも無く、日が落ち始めて茜色に染まる空を見上げたのだった。
「…」
百鬼夜行支部の生徒に救出され、応援に駆け付けていたセナによって一命を取り留めたユメは怪我が完治するのも待たずにホシノを追っていた最中、ワカモが身体に巻き付けていたものを格納する特異体を見つけた。
まるで自分を母だとでも認識しているように擦り寄ってくるその特異体を取り敢えず取り込んだユメはホシノの痕跡を追って盤星教の本拠地に乗り込む。
無駄に長い廊下を進み、施設の奥に続く扉を開け開くと───
────パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「…」
「…ホシノ、ちゃん…?」
そこには、白布に包まれたユカリの遺体を抱えるホシノと、ホシノへとありったけの拍手を送る盤星教の教徒である大人達の姿があった。
拍手の音が絶え間なく響き、ユメはその空間にいるだけでノイローゼになりそうな程に頭が揺れ溶けてしまうような感覚を覚える。
────パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「…遅かったですね、ユメ先輩。いえ、早い方ですか…盤星教の施設は幾つもあると聞きましたし…」
「ホシノちゃん…だよね…?何があったの…」
ユメは、本当に目の前にいるその少女がいつも自分と笑い、馬鹿をやって共に過ごしてきたあの小鳥遊ホシノと同一人物とは思うことが出来なかった。
雰囲気も、目の奥に宿る光も…まるで長らく会っていなかったかのようにすっかりと変わってしまっている。
「セナに会えたんですね」
「…うん、治してもらったよ。私は大丈夫…」
────パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
ホシノが抱える白布から、ユカリの遺体の腕が垂れ下がる。
それを見てユメは言葉を途切れさせ、瞳に影を落とした。
「私が問題なくても…仕方がないよね…」
「私がしくじりました。ユメ先輩は悪くありません」
「…戻ろうか」
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「…ユメ先輩、こいつら殺しますか?今の私なら、きっと何も感じません」
「…いいよ、意味が無いから。見たところここには一般教徒しかいないし、主犯の大人はきった逃げた後だろうから。それに懸賞金と違ってこの状況は言い逃れできない。元々問題があった団体だし、そのうち解体されるよ」
動揺と胸中に渦巻く感情により瞳を揺らし、一刻も早くこの場を立ち去りたいとホシノに背を向けたユメだったが…その耳に微かに届く程度の声量で、ホシノがポツリと呟く。
「意味、ですか────
────それって、本当に必要ですか?」
「…」
────パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「…大事な事だよ。私達にはね」
その日を境に…ホシノとユメの運命は歪みだす。