『良いかい、アリス。君は強いのだから人を助けるんだ。救える人は救え。手の届く範囲でもいい、感謝されなくてもいい。とにかく一人でも多く救ってあげるんだ』
思い出すのは、友人からの助言。
体が弱くいつも病床に伏していて、頭が固くて難しい言葉ばかり使う困った友人。
思えばあれ以来もう長いこと会っておらず、そこまで仲が良い訳でもなかったが今回の1件が終われば久しぶりに顔を出そうかとも考えていた。
いつもの説教や小言のようなその助言は、しかし何故かアリスにとって胸の奥深くに響く大きな支えとなった。
その支えがあったからこそ、アリスは胸を張って”勇者”として多くの人を救いたいと言うことが出来た。
それなのに、その結果は───
コユキに背後から撃たれ、ここまでの消耗も相まってこれ以上戦うことは出来ない…どう足掻いてもここで死ぬのだと、ヒナは自分の終わりを悟る。
だが、少しでも未だに戦っている仲間達に何かを残す為に、自分に出来ることを振り絞ろうと考えた。
「ハァ…ハァ…私の秘儀の『十種影法術』は、最初に2匹の玉犬だけが与えられるわ…他の式神は、調伏を済ませないと使えない…手持ちの式神を増やしながら、調伏を進めていくことで…ようやく10種の式神を扱えるようになるのよ…」
「ふ〜ん…で、終わりですか?それにしてもさっきの子もそうでしたけど、あなたも強いですね〜。ボロボロなのに近寄る隙がありません…まあその出血なら私が何もしなくても勝手に死んじゃうでしょうけどね〜、にはは!」
秘儀を開示していくヒナに、コユキはそれでもヒナにまったく神秘が残っていないこと、出血多量で直ぐに死んでもおかしくないほどに消耗しているのを見抜き楽観する。
実際、今の状態で秘儀の開示などで契約による恩恵を得ようとしても神秘も枯渇し体力の無いヒナには何もすることは出来ないだろう。
「調伏はね、複数人でもできるのよ…けれど複数人での調伏の儀は無効扱いになる。つまり当人にとっては意味の無い儀式なの…でも、意味が無いなりに使い道はあるのよ…」
「ちょっと待ってください…なんだ、かなり遠いですね。派手に随分暴れて楽しそうですね、あっちも」
ヒナが話す最中、遠方で大爆発が起きたのを察知してコユキは警戒するが、爆発地点からかなり距離が離れていることを確認してほっと息を漏らす。
しかしヒナは「安堵してる所悪いけど…」と話を続けた。
「要は、式神は調伏しないと使えないけど調伏する為だったらいつでも呼び出すことが出来るのよ…」
「…えっ?も、もしかしてですけど…」
「過去文献に残る『十種影法術』の秘儀を持って生まれた者の中に、この式神を調伏出来た者はいないわ」
『委員長ちゃん知ってる?おじさん達が生まれるずーっと前に学園間同士で大きな仲違いがあって戦争に発展してた時期があるんだけど…その時に私達みたいな秘儀を扱う生徒は戦争における一大戦力として戦場に投入されてたんだよ』
『その時に猛威を振るい過ぎて終戦以降秘儀や特異現象の存在が一般に規制されて、情報の統制に当時の連邦生徒会が一苦労したってオチのやつよね。それがどうしたってのよ?』
『なんかさ、その終戦直前に行われた天下分け目の決戦?ってやつで、おじさんと同じウジャトの目と委員長ちゃんと同じ十種影法術を使う生徒同士で決闘が行われて、最終的にその両方が死んだから戦争が終わったらしいよ』
『…つまり?』
『おじさんの言いたいことが分かる?って話だよ』
過去に話したホシノとの会話を思い出し、相変わらず適当なことを抜かす人だとヒナは内心苦笑する。
過去に何があったかはどうあれ…
(私は、小鳥遊ホシノにはなれないわ。その時の『十種影法術』を使ってたっていう生徒も、こういう使い方をしたんでしょうね…)
「布留部由良由良────」
「む?」
「王女、如何なさいましたか?」
アルを葬った後、司祭と合流したKeyは色々と問い質したいことがあったが、遠方で感じた極めて強烈で特異な神秘の気配を感じ取り、その方角を見て口元を綻ばせた。
「急用が出来ました。私が自由になるのもそう遠い話ではありません。ゆめ準備を怠らないように…また話しましょう、司祭」
「御意に。お待ちしております」
その気配に勘づいたKeyは司祭に背を向け、気配の方向へと跳躍した。
街の灯りが落ちる。
煌びやかな繁華街は途端に夜の暗闇に包まれて…玉犬と蝦蟆の遠吠えに喝采されるようにして顕現するは、”狼の神”。
「────八握剣 異界神将 死路虚」
(やられた…あの女、私を巻き込んで調伏の儀を始めたんだ…!)
呼び出されたものの強大さとそれが存在するだけで空間を満たす”死”と”恐怖”を肌で感じ取ったコユキは、腰を抜かしてへたり込む。
現れたのは、狼のような耳を生やす銀髪の少女。
青い瞳は瞳孔がそれぞれ白と黒に分かれたオッドアイになっていて、頭上には特徴的な舵輪のようなヘイローが浮いている。
見た目だけなら年若く可愛げのある少女だが、十種の式神でも異質なそれの異界での呼び名は『
抗いようのない招来、冥府への案内人。
『分かってるなら良いわ。また後でね』
『はい!』
(ごめんなさい、アリス)
「…ほら、そこの貴女。私は先に逝くから、せいぜい頑張りなさい」
尻餅を着いて後退るコユキにヒナは底意地の悪い笑みと皮肉を送り───死路虚が持つ銃の銃身で殴り飛ばされ、勢いよく地面をバウンドしてビルの外壁に突っ込んだ。
その一撃でヒナは頭から大量の血を流して壁を背に力無くずり落ち、ピクリとも動かなくなる。
一連の動きを目で追うことも出来なかったコユキはようやくヒナが吹き飛ばされたことに気付き、動かなくなったヒナの方に目を向けて呆然とした。
だが死路虚は行儀良く待って時間をくれる容赦など無く…直ぐに調伏の儀に参加した者を全滅させる自らの使命に従って次の獲物へと足を進めた。
「待って…いや、いやいやいや…うあぁああああーなんでーー!?ちょっ…ふざけないでくださいよ!起きてくださいクソ女!」
恐怖でまともに動くことも出来ず、コユキはただこの事態を作り出したヒナに恨み言を零すことしか出来ない。
反撃すら出来ないような獲物に、死路虚はヒナにやったように銃身で殴り飛ばそうとして────
「へっ…?」
迫る死に目を閉じたコユキは、いつまでもやってこないその瞬間に目を開けると、自分がアリス…Keyに首根っこを掴まれて助け出されたことに気が付いた。
一方駆けつけたKeyは血を流し倒れるヒナ、掴んでいるコユキ、そしてヒナが呼び出したと思われる式神をそれぞれ見回すと、状況を把握してコユキを雑に降ろした。
「わわっ!?」
(空崎ヒナは仮死状態…なるほど、やはりこのゴミを助けたのは間違いではなかったようですね。大方道連れの形で調伏の儀に巻き込んだのでしょう。このゴミが死ねばその時点で儀式は終了、儀に参加した全ての者の死が確定すると)
Keyは倒れるヒナの頭にポンと手を置くと、恐怖を流し込んで肉体を治癒させる。
これも
「死なないでくださいね、空崎ヒナ。貴女にはやってもらうことがあるのですから…さあ、味見といきましょうか」
死路虚はコユキを殺すことを邪魔したKeyを敵対者と認識し、調伏の儀の参加者を守ろうとする者も排除するという行動プロセスに従ってKeyへと歩み寄る。
体格は元々小柄なKeyより幾らか大きい程度で、年頃の少女程度のタッパしかない死路虚。
しかし1歩踏み出す度に空間が歪むような威圧感が走り、側でそれを見守ることしか出来ないコユキはその度に身体をビクビクと震えさせる。
やがて死路虚はKeyの目の前に立ち…銃を剣に変形させると、それをKeyへと振り下ろした。
「…む?」
それを片腕であっさりと受け止め、地面が割れ足が沈む程の衝撃を受けながらも涼しい顔をするKeyはその剣から感じる違和感に疑問を持つ。
だがひとまずは小手調べと、死路虚の顎下を蹴り上げて軽く浮いた死路虚に手のひらを向けると、自身の秘儀を発動させる。
「『解』」
Keyがそう唱えると向けた手のひらから神秘が迸り、死路虚の胸を貫いてその背後の建物すら一直線に風穴を空ける分解を行った。
ぽっかりと胸に穴が空き、背中から倒れる死路虚。
普通なら致命傷に至るそれだが…不可解なことに死路虚の頭上の舵輪のようなヘイローが錆びたバルブのようにギギッ…ガコン!と音を立てて回った。
すると、死路虚は何事も無かったかのようにむくりと起き上がり、Keyの分解によって空けられた胸の穴は服ごと綺麗に復元されていた。
それに僅かに眉を顰めながらも興味深そうにしていたKeyだったが、次の瞬間に先程よりも速く動いた死路虚が両手でバットのように剣を振り、レールガンを盾にして受け止めたKeyがビル3棟をぶち抜いて吹き飛んでいく。
4棟目にぶつかってようやく止まったKeyは、建物の中からくすねたジュースとポップコーンをつまみ食いしながら外に出ると、死路虚に対して考察を巡らせる。
(あの剣、というより武器…対特異体に特化した対魔の性質を持っているようですね。神秘を反転させた圧倒的なまでの恐怖…私が特異体なら今の一撃で消し飛んでいたでしょう)
「…不味いですね」
それは状況に対してではなく、つまみ食いしたジュースとポップコーンに向けての言葉。
未だKeyは死路虚に負けるとは微塵も思っていない。
余裕綽々とした態度でKeyは指をピッと横にスライドするように動かすと、Keyを追いかけて跳躍してきていた死路虚の胴体が上下に分断されるようにして横一文字に分解される。
下半身から上半身が浮き上がり誰がどう見ても絶命したと思えるほどの損傷を負った死路虚だったが…再び頭上のヘイローが回転すると、不可視の力が働いて離れた上半身と下半身は勝手に繋がり、元の状態に復元された。
そして1歩、道の向かいのKeyに肉薄した死路虚はKeyの頭を掴むと、その後頭部をビルの外壁に擦り付けながらビルを駆け上がった。
ガリガリと外壁を削りされるがままに擦り付けられていたKeyだったが、その状態から向かいのビルに投げつけられて背中を強打したところでようやくやる気を出し、珍しく純粋な、玩具を与えられた子供のように笑った。
「ふふっ…今の一撃、私に効きの悪い恐怖ではなく神秘が篭っていましたね。この私とやりますか?」
傲岸不遜な物言いに死路虚は言い返すことも無く、壁を蹴って向かいのビルのKeyにまで迫ってくる。
それを上に跳んで避けたKeyは、直ぐに直角に登ってくる死路虚の横っ面にレールガンの銃身を叩きつけ、腕を振って秘儀を発動させ死路虚の右腕を分解させて消滅させた。
だがやはり頭上のヘイローが回転すると腕は瞬時に再生し、痛みで怯むことも無い死路虚はKeyを蹴り飛ばしてビルの向かい側まで吹き飛ばす。
ビルに空いた風穴を通って落下するKeyに追撃しようと死路虚が振り下ろす剣を、Keyはレールガンを盾に受け止め今度は吹き飛ばされないように絶妙な力で衝撃を受け流し、地面に墜落する直前に死路虚の腕を掴んで自分より下に引きずり下ろして死路虚を下敷きにする形で着地する。
腹に強い衝撃がかかって血を吐き出した死路虚だったが、裏拳で地面を叩くとその反動でKeyを吹き飛ばしながら起き上がり、改めて着地したKeyの眼前まで迫ると剣を振り回して攻撃する。
嵐のような怒涛の斬撃をKeyはレールガンを有効活用して的確に防ぎ、隙を見て逆にレールガンを撃って電柱までぶっ飛ばすと、その衝撃でちぎれた電線を器用に操って死路虚を電線に縛り付け、折れた電柱を掴んで槍投げのように遠方の建物に向かって投擲する。
電柱に縛られたまま建物に突っ込んだ死路虚だったが、突っ込んだ場所がたまたま屋内駐車場だったらしく、そこから拾った車をマシンガンのようにKeyへ投げつけた。
次々と飛来するそれらをKeyはレールガンと秘儀を駆使して弾き、分解して消滅させ、時に撃ち返して今度は攻めに転じて死路虚を追いかける。
車という名の残弾が尽きたのか投擲が止まった隙に一気に距離を詰め、Keyが腕を振って駆け抜けた分解の力が死路虚の顔の半分を消滅させる。
それも死路虚の頭上のヘイローが回転すると直ぐに元通りになるが…
(なるほど…段々分かってきました)
試しにKeyはもう一度腕を振って分解の力を飛ばすと…今度は死路虚はそれが自身に届く直前に腕を振り上げ、振り上げた腕が分解の力と衝突───分解の力の方が弾かれて上へと軌道が逸れた。
(反応できている…というより見えている。そして素手で弾いてなお皮膚が少し剥がれる程度で腕が完全な分解を免れている。次第に出力を上げていかなければ完全に防がれそうですね)
死路虚が保有していると思われる能力に当たりを付けたKeyは、肉弾戦を主体に死路虚と死闘を演じ、その余波で街に崩壊が伝搬する。
既に何棟ものビルが崩壊し、逃げ遅れた一般人がいるようならば確実に命を落としているだろう戦闘規模。
超越者と狼の神の縦横無尽の決戦は徐々にミレニアムに更地を広げていった。
死路虚の脚を掴み何度も何度も全身を振り回して地面に叩きつけるKey。
地面を割る威力で何度も全身を打ち付けられ体の正面がぐちゃぐちゃに潰れた死路虚は、再度ヘイローを回転させるとそれらの損傷を瞬時に復元して地面に腕を突き刺し、腕力だけで足を掴むKeyを逆に振り回して近くの建物まで投げ飛ばす。
壁に衝突する瞬間に力を逃がして貫通しないように踏みとどまったKeyは、腕を振るって分解の力を飛ばし死路虚の首を飛ばすも、跳ね上がった首を両手がキャッチして元の位置に合わせると、やはりヘイローが回転して何事も無かったかのように復元する。
「またですか。毎回以前のより出力を上げれば先程のようには防げないようですが…そうして何度も復元されるのも面倒ですね」
何度押されようと食い下がり、むしろ段々とKeyの攻撃に耐性を付け始めている死路虚は攻撃も鋭さを増し、駆け抜け様の剣の一振でレールガンで受けたKeyを彼方まで弾き飛ばす。
電車の発着場に着地したKeyは、電車の車両を持ち上げて数両繋がったままの状態のそれを追いついてきた死路虚に向かって投げつける。
それだけの質量の鉄の塊ですら死路虚はなんなく受け流すと、連結する車両を多節棍のように振り回してKeyへと叩きつけた。
それに動じないのはKeyも同様、叩きつけられた電車をぶち抜いて車両の上を駆け上がり、車両の端を掴む死路虚に接近する。
Keyが近付いてくるのを認めた死路虚は車両の外壁を蹴って後ろに跳ぶと、飛び蹴りをかまそうとしてきたKeyの脚を掴んで電車の中に投げ入れた。
あまりの戦闘速度に未だ端が浮いて傾いている車両の中を転がりながら、Keyは自分が投げ入れられた穴の奥から剣を銃に変形させ自分を狙っている死路虚の姿を目視し、レールガンを向ける。
「こうでしょうか…光よ─────」
死路虚の異質な神秘が籠った、神秘がそれなりに強いものでも一撃で貫通されるような弾丸の連射をKeyはたった1発のレールガンの発射で全て打ち破る。
弾幕を突き抜けた極大のエネルギーの塊は死路虚を飲み込み、遙か上空まで吹き飛んでいく。
車両の中から脱出し、地上に落ちて爆発する電車を尻目にKeyはエネルギーの塊に飲み込まれ全身を炭化させた死路虚が頭上のヘイローを回転させて復活したのを確認すると、打ち上げられた死路虚より更に高い高度まで跳び上がり、斜め下に向かって腕を振るう。
発された分解の力は死路虚の全身を巻き込み…そして地上の広範囲にまで及んで街に横一直線の谷を作り上げた。
「…今のはかなり出力を上げたつもりでしたが、もう出力を上げるだけでは削りきれなくなってしまいましたか」
今回の戦闘で最も出力を上げた分解は、死路虚の全身を巻き込んでなおその全てを分解し切ることは出来ず、辛うじて残った骸骨の上でヘイローが回転し肉が戻って元の姿に復元される。
(ですが確信しました、あの式神の能力は『あらゆる事象への適応』、1度受けた攻撃に対して適応することで耐性を持ち、相手に効かなかった攻撃は今度は効くように変化する。そしてダメージを負えば”損傷している”という事象に適応して身体を復元させる。それらの適応の起点となるのはあのヘイローの回転。布留の言とヘイローのモチーフと思われる円陣は完全な循環と調和を表していましたね。言わば最強の後出し虫拳というわけですか)
両者ともに地上に着地し、Keyは死路虚の近くにあったビルを斜めにずり落ちるように分解し、狙い通り崩れたビルは死路虚の上に落下する。
大質量のそれの下敷きになった死路虚だったが…瓦礫と土煙を突き破って飛び出てきた死路虚はKeyの目の前へと降り立った。
「もしこれが古聖堂のあの時に呼び出されていれば私も敗れていたかも知れません。魅せてくれましたね、空崎ヒナ…!実に面白いですよ────
────神秘解放『アトラ・ハシース』」
Keyの背後…その上空に、巨大な円環状の中心に塔のようなものが浮かんだ構造体が顕現する。
その全長は数百mにもなり、ミレニアム全域からその存在が観測された。
Keyが神秘解放で展開する領域、『アトラ・ハシース』は他と違い空間を結界で分断しない。
結界を閉じずに生得領域を具現化することは、キャンバスを用いず空に絵を描くに等しい、まさに神業と言える。
加えて、逃げ道を相手に与えるという契約でその効果範囲は拡大され、『アトラ・ハシース』の必中効果範囲は最大で半径1kmにまで及ぶ。
今回は空崎ヒナへが領域に巻き込まれないように考慮し効果範囲が半径600mにまで絞られたが…その範囲内には、戦場の移動を繰り返した結果近づいたミレニアム自治区の拠点となるの本校舎があった。
Keyが秘儀により起こす分解は2種類あり、指定方向に直線上の分解を起こす『解』と、指定した対象を神秘量の差で分解する『捌』に分けられる。
神秘を帯びたものには『捌』が、神秘がないものには『解』が、必中効果範囲内に『アトラ・ハシース』が消えるでの間絶え間なく浴びせられる。
街は消え、校舎は消え、一切合切が更地となる中、絶え間なく襲いかかる分解に死路虚はそれでもなお立っていた。
死路虚の唯一の破り方…初見の技にて適応前に屠る。
『捌』はその条件を満たしていたが、今回は死路虚が”分解”という事象そのものに適応していた為その限りでは無い。
だが、適応を行っても完全に無効化できる訳では無いのだ。
着実に耐性は付くが、絶え間なくそれを浴びせられれば僅かずつでも削られ、消耗する。
それもヘイローを回転させれば復元するが…その前に、消耗した死路虚にトドメを刺すべくKeyは最後の一手を打った。
「『■』『
Keyが腕を横に伸ばすと、それに倣って無数のレールガンが出現して横に整列する。
それら全てが適応を完了させようとしていた死路虚に向かい────一斉に放たれたのだった。
「…ふぇ?」
地獄を作りながら巻き起こった戦い。
それを倒れるヒナの近くで見守っていたコユキは、空に巨大な構造体が出現した後に2つあった強大な気配の内の片方が消滅したのを感じ取って立ち上がる。
霧のように一帯を覆い尽くす土煙の中から姿を現したのは、死路虚のヘイローを片手に持ったKey。
Keyがそのヘイローをコユキの横に放り捨てると、ヘイローからは色が抜け落ちて砕け散った。
つまりはKeyは、死路虚に勝ったのだ。
「…何を見ているのですか。消えなさい」
「っ!し、失礼しました〜!」
横を通り過ぎていくKeyに軽く一礼したコユキは、こうして生き延びたことに歓喜して軽い足取りでそこを離脱しようとした。
コユキの秘儀は、日常で目にした小さな奇跡を記憶から消すことで自身に蓄積するというもの。
そうして蓄積された奇跡は、コユキの命に危機が迫った時に放出され、彼女がその危機から守られるように働く。
だが、コユキが蓄積していた奇跡はユウカからの攻撃を受けた時点で既に使い果たしていた。
故に…もう、彼女を守るものは何も無い。
「やっぱり私は運が良いな〜!今日も生き残りましたよ───」
ただ唯一幸運だったのは、痛みも苦痛も恐怖もなく、あらゆる認識が働く間もなく全身がまとめて分解され塵となって消えたことだろう。
コユキを始末したKeyは、自分の腕が意思に反してピクリと動いたのに気が付くと口角を上げた。
「そろそろですね」
空に顕現した構造体と分解され消滅していく街を仮説医療所から呆然と眺めていたヒマリとセナは、不意に近くで聞こえた物音の方向に目を向けると、そこに倒れるヒナを発見した。
「ヒナ…!?ヒマリ部長、今のは…」
「…一瞬見えたあれは、アリス…いえまさか、Key…?」
ヒナをセナ達の元へ送り届けたKeyは、『アトラ・ハシース』で分解された元々街が広がっていた更地がよく見える場所に移動していた。
「せいぜい噛み締めなさい、小娘」
それは、アリスの善性をよく知るからこそ思い付いたKeyからの嫌がらせ。
Keyの
それが今、限界を迎えていた。
Keyはアリスの中に沈み、逆にアリスの意識が浮上して…目の前には更地となったミレニアムの街が広がる。
「…」
最初にそれを見て何が何だか分からずただ無言で混乱するアリスだったが、次第にKeyが自分の身体で行ってきた横暴が一気に頭に流れ込んできて────アリスは胃の中のものをぶちまけた。
「ぉ…おえぇっ…ぁぁ…あ、あぁぁぁ…!」
『…勇者?』
『はい!アリスは皆を救う勇者になりたいんです!Keyの
「なん、で…なんで自分だけが…それを決められると思ってるんですか…なんで、アリスは…なにがっ!勇者なんですか!なにを救えるって言うんですか!なんのために生きてるんですか!」
悲痛な慟哭が空に木霊する。
怒りが、憎しみが、嫌悪が…ありとあらゆる負の感情が胸の内で渦巻いて、自身に言葉としてぶつける度に頭を地面に打ち付ける。
だが早々に自傷などしたところで罰にもならないと考えに至ったアリスは、口元を濡らす吐瀉物を拭うとフラフラと立ち上がってセミナー本部駅を目指した。
立地と距離的に、あそこは『アトラ・ハシース』の効果範囲内には入っていない。
まだ…皆があそこで戦っているのだと、自分だけが逃げては行けないと言い聞かせる。
「行かないと…戦わないと…このままでは、アリスは───ただの魔王です…!」
「…」
アルの攻撃によって爆炎に飲まれながらも、生き残ったユウカは覚束無い足取りで地下を歩いていた。
生き残ったとはいえ、左目はハルカとの戦いの時に潰れ、その左半身はアルの攻撃による爆炎で焼けただれ皮膚が落ちて筋肉が露出している。
こうして立って歩いていることが奇跡のようにも思える中…ユウカはただ前に進む。
前に…前に…
通路の隅で膝を抱えて蹲っていたムツキは、そんな状態で自分にも気づかずに横切って行ったユウカに気付くとそっと顔を上げてその後を追った。
配役
魔虚羅…シロコ