「ダメっすよ!カズサさん!」
コユキに負わされた怪我の治療の為救護班に運ばれようとしていたイチカは、先程の大規模な何者かの戦いに危機感を感じてセミナー本部駅に向かおうとするカズサを止めていた。
だがカズサは足を止めることなく、振り返ることも無く進んで行く。
「ユウカ先輩も言ってたっスよね!それにセナさんのことを黙ってたのは…!」
「私がこういう無茶に出るのを防ぐためでしょ?救護の人達の到着が遅かったのもその為…それでも、あいつらが戦ってるのに私1人だけが帰るのは御免だから」
「ちょっ、ちょっと!カズサさん!」
イチカの制止を振り切り、カズサは足を早める。
チラリと、遠くに見える一切合切が更地になった地獄のような地帯を見て胸のざわつきを感じたカズサだったが、自分の信念の為に死地へと赴くのだった。
「ははっ、もうちょっと生かして残しておけば良かったかな〜?ハルカちゃんに力付けて貰うためとはいえ調子乗ったなぁ…ハルカちゃん…あー、ダメだなぁ…」
アリスとの激しい攻防の最中、独り言を零したムツキは自分で言っておきながら琴線を刺激され、より強く憎悪に駆られて攻め手を強めた。
袖から伸ばした肉塊を触手のようにして、地下鉄内の残り少ない生徒達を吊し上げ、それらを盾にすることでアリスのレールガンやその他行動を妨害する。
一人、吊るし上られていた生徒が投げられてアリスはそれを無下に扱うことが出来ずに優しくキャッチして身の安全を確かめる。
が…
「大丈夫ですか!?」
「…うん…だだだだいじょじょ…」
「っ!」
振り向いた生徒は既にムツキに改造されていたのか顔の原型を残しておらず、意味不明な言葉の羅列を発しながらアリスに襲いかかる。
どこまでも悪辣で非常なその戦い方に、アリスはとめどなく怒りを溢れさせた。
「ムツ、キィィ!!」
「あっはは!」
改造された生徒を払い除けようとしたアリスだが、その直前にムツキの操作によりその生徒が爆裂してアリスの体勢を崩し、水風船を割ったように飛び散った血が目にかかって視界も奪われる。
そこにムツキは肉塊で巨大な剣のようなものを形作り、それを容赦なくアリスへと振り下ろそうとした。
(こいつを殺して…更にアリスの心を折る)
セミナー本部駅に近付いてきたカズサを前に、邪悪な企みを実行する為にムツキの分身は袖から肉塊を溢れさせると、それを長い鞭のようにして薙ぎ払う。
カズサはムツキを撃ちながら施設の上にまで飛び上がり、その軽やかな動きにムツキもまたテンションを上げてより攻撃を激しくした。
「あっはは!良いねぇ!」
伸ばした肉塊の先端をハンマーのような塊にすると、遠心力で勢いをそれをカズサが足場にする建物に叩き付けて崩壊させる。
更に飛び降りてきたカズサに向かって手を伸ばし…カズサは銃身で腕を弾いて距離を取り直した。
(やたらと距離を離してくる…私の手を警戒してるってことは、1級ちゃん辺りから報告を受けてたのかな?)
「つれないなぁ」
ムツキの煽りにも乗らずに銃をリロードしたカズサは再び発砲するも、ムツキが突貫して強引に弾幕を突き抜けて飛びかかってきた為慌てて後ろに跳んで距離を取る。
(…でも私は分身。その精度も低くて、本体からあらかじめ分け与えられてる分の肉塊はともかく、生きた他人のヘイローを変形させる秘儀までは扱えない。その警戒は杞憂だよ)
「っ…!」
肉塊をハリネズミのように伸ばし、その一つがカズサの肩を浅くだが貫いた。
痛みに顔を歪めたカズサだったが、棘を撃って破壊するとグレネードを投げつけて牽制し、また距離を取った。
そこまで徹底した警戒はこのムツキにとってはむしろ勝手に神経をすり減らしてくれるアドバンテージでしかなく、その事実にムツキは内心ほくそ笑む。
爆煙の中から無傷で現れたムツキは、攻撃が聞いていない事をアピールするように身体を広げた。
「だ〜か〜ら〜、効かないんだって。私に触れられた時のこと分かってるなら、それも知ってるでしょ?」
「分かってても…やんなきゃいけない時があんのよ!」
「うぇ〜、アホくさ」
無駄な気合いだとムツキが馬鹿にするも、カズサは発砲して牽制、反撃が来る前に壁を駆け上がって天井の照明に掴まりぶら下がると、上からムツキを撃ち下ろす。
余裕でそれを受けるムツキはいい加減仕留めようと銃の照準を定めると、引き金を引く前にカズサは手を離して降りてきた。
(また降りて…何のつもり?)
「もういっちょ!『木天蓼』!」
「…!落ちた弾丸が…!?」
地面に転がっていた既に落ち終わった後の筈の無数の弾丸が独りでに浮き上がると、それらが一斉にムツキの方へ向き、放たれた時と同じ速度で殺到する。
予想外の奇襲に大きく仰け反り体勢を崩したムツキに飛びかかり馬乗りになったカズサは、その脳天に銃口を突き付ける。
「アンタの話を聞いた時からずっと考えてたよ!アンタにはこれが効くんじゃないかって!」
「はあ?」
「前に出てきた甲斐があったってものね…『共振』!」
「あ…っ!」
カズサの秘儀によって昇華された弾丸が、ムツキの額を撃ち抜く。
神秘を辿り相手にダメージを与える『芻霊秘術』の真髄、『共振』は神秘の源泉であるヘイローにまでダメージを伝え、その耐久値を直接削ることが出来るのだ。
加えて…神秘を辿り、その持ち主であるムツキの本体にもダメージは伝搬して反映され、アリスへ強烈な一撃を喰らわせられる絶好の機会が潰された。
それに気がついたアリスも体勢を立て直すが、様子のおかしいムツキにそれを成した友達に思い当たった。
「ぎゃっ…!?何っ…?」
「…?カズサ…?」
さらに、もう一つ。
今回作られたムツキの分身は、簡易的で人工的な、特異現象として発生する”ミメシス”を劣化させたものに原理が近い。
分身の自律性は低く、その分本体との結び付きが強いため…本体が受けたダメージは再び分身へとフィードバックされる。
「げほっ…うげ…ハァ…ハァ…やられた…!」
(まさか…まさか…!私の天敵は…天童アリスだけじゃなかった…!)
「…妙だね。離れたところで私の神秘が爆ぜた気配がしたし…特級に区分されるアウトローの癖に神秘が半端。その上さっき馬乗りになった時に幾らでも触れるチャンスはあったはずなのに私はこうして無事。となると…アンタ、分身か何かで秘儀の力を引き出せないんでしょ?」
「…正解」
勝ち誇ったように自分自身の考えを述べたカズサをムツキは肯定し、恨みがましく涙のように血を流す目を細め鋭い視線を向けた。
そんな一方、カズサの神秘による内側からのダメージを受けた本体のムツキは想像以上に尾を引いて残るダメージの余韻に身体の動きが格段に鈍り、アリスからの猛攻を受けていた。
アリスの剛腕を鳩尾にモロに喰らい、身体がくの字に曲がったところを更に顔面を殴り付けられ、レールガンの銃身を横っ面に叩きつけられて身体がその場で横に一回転し、地面に転がった所を顔面を蹴り飛ばされて柱に背中を打ちつける。
(秘儀の余韻が長い…!これマズイ…身体が思うように動かない…!)
「カズサ…ありがとうございます…!」
柱にもたれかかるムツキの腹へアリスは両腕を突き出し、あまりの威力にムツキは背後の柱を突き破って吹き飛んでいく。
「ぐぅ…っ!天童アリス…!」
(アリスには、誰も救えませんでした…皆の苦労も、台無しにしてしまいました。それでもアリスは一人ではないと、そう思わせてくれて…だから)
「それに応える為に、あなたは!アリスがここでここで殺します!」
起き上がろうとしたムツキに、アリスはレールガンを放った。
(『共振』が効く以上、もうさっきみたいにドカドカ攻撃は入れさせてくれないか…)
「ここからが本番ってところかな?」
「いや…逃げさせてもらうね〜!」
「…はあ〜!?待てや!」
より厳しい戦いになるだろうと気合いを入れ直すカズサだったが、予想に反してムツキは背を向けると、そのまま駅の中に逃げ込んでしまった。
(無視して地下に向かう?いや、ここで逃がす方が後々面倒だよね…あいつも地下に降りるの?好都合、ついでに倒してそのまま地下5階に向かう!)
「!?」
(分身した!?)
放たれたレールガンのエネルギーが直撃する寸前、肉塊をムツキが覆ったかと思えば、レールガンのエネルギーがそれに直撃すると破裂した肉塊の中から複数のムツキが現れ、それぞれ別方向に駆け出した。
(どれ?どれが本体?全部が同一に本体なんてことはありえない…本物は偽物よりも強い神秘がある筈!)
アリスは合計六体のムツキの中から特に強い神秘を持った個体へ向けてレールガンを放つ。
しかし…
「引っかかってんの!」
「なっ…!?」
(しまった…!釣られた!)
アリスが狙ったそれはダミー、本体よりも多く神秘を分けられた分身はその一撃で消滅するが、残りの分身と本体の神秘の総量はまだまだ余裕があった。
ムツキは分身を肉塊に戻し取り込んで分けた神秘を回収すると、アリスに背を向けて何処かへと駆け出す。
逃がすまいとそれを追いかけるアリスだったが、ムツキの逃げる方向からもう一人のムツキが現れたことで困惑を強めた。
(あれも分身?事前に作っておいて別行動してたのでしょうか?…まさか、あれも取り込んで回復するつもりですか?後出しの回復アイテムほど面倒なものはありません…!)
「光よ────っ!?くそっ…!」
分身と思われる方が本体と合流する前にレールガンを発射しようとしたアリスだったが、度重なる発射による連続使用で砲身がオーバーヒートしており、妨害に失敗してしまう。
また長丁場になると歯噛みするアリスだったが…ムツキは分身を取り込まずにハイタッチしたかと思えば、本体は奥の方へ、分身と思われる方がアリスへと向かってきた。
「何を…はっ!」
なんのつもりかと考えたアリスだったが…通路の奥に友達の顔を見て、思考が停止する。
それは…ムツキの分身を追いかけてきていたカズサだった。
「アリス?」
「…!カズサ!逃げてください!」
叫ぶアリス。
しかし、先程まで戦闘していた個体が神秘の力引き出せていなかったことで、既にカズサはムツキの手への警戒を解いてしまっていた。
向かってきたムツキにカズサは咄嗟に痛み分け覚悟で反撃しようとするが────ムツキの手のひらが、カズサの顔に触れた。
「ぁ…」
「くふふ、モロじゃん」
「邪魔ですっ!」
「!?」
本体に顔をさん触られているカズサを見て笑う分身だったが、その顔面にアリスの全力の殴打が叩き込まれ、吹き飛ばされて壁に衝突。
ダメージの限界を迎えた分身のヘイローが壊れ、肉体は崩れるようにして消失した。
分身を倒したアリスは顔を押さえ呆然と立ちすくんでいるカズサに駆け寄り、カズサの横を通り過ぎて距離を取っていたムツキは少し離れたところから様子を伺う。
(さて、あの時1級ちゃんは無意識にヘイローを神秘で守ってたからワンタッチじゃ殺せなかったけど…この子はどうなるかな?)
「カズサ!大丈夫ですか!?」
「…」
ドクンッ、と心臓の鼓動が鳴り止まない。
胸の痛みは全身に広がって、カズサは状況を理解した。
カズサの脳内を同級生達や先輩達、監督官の皆と過ごした思い出が走馬灯のように駆け巡る。
そして最期に思い出したのは────
『…またアンタか』
『何度だって呼ばれずとも!このみんなのアイドル、宇沢レイサが貴方を打ち倒してみせますよ!キャスパリーグ!』
中等部、2年。
1年の頃はグレにグレていたカズサは2年に上がってからは普通に溶け込もうと大人しく過ごしていたが、そんな時に懲りずに今日もやかましく勝負を挑むのは、アイドルやらスーパースターを名乗っては不良やスケバンを成敗して回る厄介者。
避けていてもどこからともなく現れてはこうして突っかかってくるレイサに、カズサは呆れたようにため息を吐いてそれを返り討ちにする。
『くっ…流石私のライバル…!』
『誰がライバルなのよ』
こっぴどくボコボコにされ、倒れ伏すレイサは自分を倒した相手に恐れも知らず巫山戯たことを言う。
いい加減このやり取りにも辟易としていたカズサだったが…今回の喧嘩は最初にレイサが突っかかってきた時と比べるとかなり拮抗していたものであり、少しずつ向こうも成長しているのだと痛感したカズサはなんとなく、”負けたくない”という思いが滲んでいた。
その後も何度も何度もレイサはカズサに勝負を仕掛けては返り討ちに会い、しかしその度に研鑽を積んで力をつけてくる。
カズサもまた追いつかれないように自分を高め、追い縋ってくるレイサを突き放す。
学生生活を諦観して勉強も努力も放り捨てたカズサにとってはそんな負けたくないと思える相手と切磋琢磨する日々は新鮮なものであり…次第にそれを楽しいと思えるようになっていた。
来る日も来る日もやかましい馬鹿が喧嘩を吹っ掛けてくることを待ち焦がれ、いつものように仕掛けてきた日にはノリノリで迎え撃ち、予定が合わずに来なかった日には落胆する。
レイサに何か重い感情があったのかは分からない。
だが少なくとも、”青春している”と思えるその時間はカズサにとっては堪らなく楽しいものだった。
ただ…現実というものは、世の中の非常さを押し付けてまたカズサを暗い淀みの底に引きずり込もうとする。
昔から、レイサは目立ちたがり屋で落ち着きがなく、そして負けず嫌いだった。
初等部の頃は周りもそんな無邪気な子供が多く、その調子ではしゃぎ回っても当然のように馴染めていた。
運動や勉強、勝負事の強さは周りの皆に認められ、これからも人の注目を浴びることを夢見ていた。
中等部に上がり、皆が大人に近付いていく中…途端にレイサは周りから浮くこととなった。
運動も勉強も、どれだけ優秀でも進学のためのステータスとして扱われる。
羨まれることはあれど、まるでヒーローを見ているかのようなあの頃の憧れの眼差しを向けられることはなくなり、冷めきった人間関係が自分が未だ子供のままであると突きつけてくる。
それでもめげず、人に認められたいと思ったレイサは自治区の治安を脅かす不良達を退治する自警団を名乗ることにした。
銃撃戦でも人に劣らず、持ち前のタフさで連勝を誇ったレイサだが…やはり周りはそれを子供のお遊びとしか思わない。
そんなことをしている暇があるなら勉強しろと、進路を明確にしろと言われ精神も疲弊し始める。
2年に上がってからは自警団としての活動も減り、何をやっても自分はもうヒーローとして憧れられることは無いのだと現実と向き合い、これで最後にしようと悩みを振り切るようにパトロールに出たレイサは…ある意味運命の出会いを果たした。
それは、自警団として不良達をとっちめて回っていた時に噂として聞いた、今は鳴りを潜めたらしくすっかり噂を聞かなくなった伝説のスケバン。
人呼んで泣くスケバンも黙る恐怖の怪猫”キャスパリーグ”…杏山カズサ。
その全てを諦めたような冷たい目に睨まれた時…レイサの中に熱いものが湧き上がる。
あれに勝ちたい、あれに認められたい…すっかり忘れかけていた自分の原点を思い出し、否応無しに突撃した。
『見つけましたよ!杏山カズサ!数々の不良を震え上がらせた伝説のスケバン!あなたは今日、この宇沢レイサが打ち倒してみせます!』
『…は?』
結果は…勿論敗北。
荒くれ者達を鎧袖一触にして伝説と謳われるその実力は伊達ではなく、レイサは敗北した。
これまで勝ち続けてきたレイサにとって、その敗北は悔しさよりも楽しさが勝った。
初めて味わった敗北の味は思っていたよりも清々しく、濁っていた執念が浄化した気さえする。
仰向けに倒れ天を仰ぐレイサは、眩しく照りつける太陽に手を伸ばしてその感情を噛み締めた。
その後何度も勝負を仕掛け、日々の戦いの中で勝負での差が埋まり始め段々と実力を伸ばしていることをレイサが実感していたある時、またカズサとの差が広がっている事に気が付いた。
最初の内は嫌々あしらっていたカズサだったが、それが自分に追いつかれないように為にあちらもまた成長しようとしているのだと分かって…レイサは歓喜した。
カズサが、自分に負けないように努力しているのだと。
自分を見て、自分を認めて、自分に負けたくないと思ってくれているのだと。
追い縋っては突き放され、追い縋っては突き放されのイタチごっこ。
いつまでも繰り返される日々は、しかしレイサにとってはこの上ない”青春”だった。
そんなある日、また敗北して倒れるレイサに珍しくカズサの方から声をかけてきた。
『ねえ、ちょっと時間もらってもいい?』
『…?』
そうして連れられたのは、カズサが行きつけだというスイーツが美味しいことで有名なカフェ。
カズサはショートケーキとカフェオレを、レイサはカズサにおすすめされたチョコレートケーキにブラックコーヒーを。
見栄を張ってミルクも砂糖も入れてないそれを顔を顰めながら飲んでいたレイサに、カズサはクスクスと笑いながら話始める。
『アンタさ、いっつも私の事追い回してくるけど…ぶっちゃけめっちゃウザイ』
『うぐっ…!?』
オブラートも何も無く言い放たれた言葉のショックでコーヒーを吹き出しそうになり、口の端から漏れ出たコーヒーをナプキンで拭い取ったレイサは声を震わせながら聞き返した。
『い、今なんて…』
『だから、いつもいつも絡んできてウザイ。はっきり言って迷惑だし、特に人前で昔の私の話すんのほんっとにやめて欲しい』
『…っ!』
認められたと思っていた。
向こうも楽しんでくれていると思っていた。
それが自分の思い込みだったのだと、レイサは失意に俯く。
しかし、カズサが『だから…』と続けたのを聞いて恐る恐る顔を上げる。
『来るなら出来れば事前に連絡して欲しいな。毎回突拍子もなく突っかかって来るせいで私の友達にも迷惑かかるし私も恥ずかしいし…来ないなら来ないでいつ来るのかって気を張っちゃうし。事前に連絡するならその心配もないしね』
『…私が、勝負を挑むことが、嫌なんじゃないんですか…?』
『時と場合によるかな。まあでも最近は楽しいと思えてるよ。人生のお供に騒がしい馬鹿の存在は必要だねって』
『…!では…もう1度やりましょう!今度は負けませんよ!』
『いや今から!?食べた直後にそんな動きたくないんだけど!?』
『私だって、あなたとの勝負が楽しいんですから!勝つまで続けますよ!もし私が勝ったら今度は私が待つんですから!』
『はあ?負けないし。一生そっちがチャレンジャーだから』
その日を境に、カズサとの仲が深まった気がする。
戦いを通じて得たものよりも、本音を打ち明けあった後の方がずっとお互いを理解出来る。
言葉の価値を甘く見ていたレイサにとって、それは思いもよらない絆の結び方だった。
それからというもの時に勝負を吹っかけては返り討ちに会い、時にスイーツショップやカフェに寄って話したり、時に家に上がり込んでゲームをして遊んだり…無為に費やしていた時間を取り戻すように青春を謳歌する。
ある時、いつものようにカフェで駄弁っている時にカズサが言った。
『私、トリニティ嫌いなんだよね。本当なら転校したいぐらい』
何気ない会話の種の1つでしかなく、当時は特に気にするような話ではなかった。
自分が周りから浮いているのは、自分に問題があると自覚していたからこそだ。
だが…レイサは陰湿な人の悪意というものを知ることになる。
『…』
『あ、ごめーん!そこ塗装が剥がれてたから塗り直すように頼まれてたんだけど、居たのに気付かなくってさあ〜』
『でも目立ちたがり屋のレイサちゃんならむしろ嬉しいんじゃないの〜?あっははは!』
『そ、そうですね…へへ…』
学校の廊下を歩いていた時、不意にすれ違った生徒にバケツいっぱいのペンキをかけられる。
その時はそんな事もあるのだろうと乾いた笑いで誤魔化したが…それからというもの、わざとぶつかられて突き飛ばされたり、上履きに画鋲を入れられたり、机の中に生ゴミを入れられたり…それが自分を狙ったイジメだと理解するのにそこそこ時間を要してしまった。
何故なら、理解できなかったから。
人に好かれないのは、分かっていた。
そのつもりがなくとも人に迷惑をかけるような性格だから。
それでも…何故こうもあの人達は、そんなに楽しそうに人を貶められるのかと。
何故こうも平然と人を傷付けられるのかと。
それがただの喧嘩なら、いつも不良達をとっちめる時のように力で解決すればいい。
トラブルが起きたのなら銃と拳で決着を着けるのがキヴォトスだ。
だが…力の及ばない、絶妙に証拠も残さないそれらに振り下ろす拳はなく、どうしようも無い感情の行き場は向かう先を失くす。
『…どうしたの?体調悪い?』
『っ!い、いえ…心配ありません!ただちょっと最近こうしてスイーツを食べることが増えたので太らないかって…』
『う〜ん、まあアンタと喧嘩してたらいい運動になるし、アンタも日頃からトレーニングとかしてるんでしょ?むしろ運動した分食べないとね』
『そ、そうですね!』
今、笑えているのだろうか。
勝負の後に、あんなにも楽しみにしていたカズサと食べるスイーツが、美味しく無くなっていた。
スイーツの問題じゃない、自分の問題なのだと細くなった食欲に気合いで口にケーキを詰め込んで飲み込む。
カズサが気を遣わなくて良いように、せめてカズサだけはそれを楽しめるように…
如何ともし難い人の悪意に晒されて、もう心から笑えなくなってしまった。
もし、その事をカズサが知ったらどうなるのか。
怒ってくれるだろうか。
悲しんでくれるだろうか。
それとも何も言わずにこんな日常を続けてくれるのだろうか。
少なくとも…自分はそれに耐えられないだろう。
暫くして、カズサがそれに気付く前に転校することにした。
その日がどんな天気だったのか、誰がなんと言ったのかは覚えていないが…別れの言葉もなく去ったことを、ずっと後悔している。
泣いてくれたら良いなと、もしくはたまには向こうから自分の元に来て怒鳴りつけでもしてくれたら良いなと、しみじみ思う。
「う〜ん…」
「レイサさんどうしたんですか?疲れているなら休んだ方が良いですよ?」
転校先のヴァルキューレ警察学校、その夜中のオフィスで椅子の背もたれに体重を預けぐるぐると回りながら唸るレイサに、同僚のキリノが体調を気遣う。
「いえ、ちょっと中等部の頃を思い出してただけですよ。これ終わらせちゃったら寝ますから」
「そうですか?明日も外回り…最近生徒の行方不明事件や怪死事件が増えて忙しいですし、休める時に休んでくださいよ。もう既に警備局と公安局はてんやわんやですから」
「ん〜…ミレニアムの方の騒動ですか…」
目元を擦ったレイサは、クロノスの報道部が中継しているミレニアムの映像を映したテレビをじっと見つめる。
画面の奥では、火の手が上がり広域に渡って更地になったミレニアムの街が広がっていた。
「テロでしょうか…?」
「ミレニアムの事ですしトンデモ発明品が暴走したとか…だとしてもあそこまで酷いとなると、死傷者は計り知れませんけど。何年か前までは先輩方も死体を見る機会なんて早々無いと言ってましたけど、最近に限って惨たらしい現場が多くて嫌になりますね」
「生活安全局ですからまだマシな方でしょう。とはいえ人手不足の問題もありますし、働き過ぎ注意はキリノさんもです」
「いやぁ、実は私は元々その警備局や公安局を志望してたんですけどね。レイサさんは中等部の途中から転校してきましたけど、そういった志望はなかったんですか?」
「…いえ、強いて言うならこんなつもりじゃなかったな〜って」
「?」
TVの液晶が目に悪いと画面を消すと、レイサは砂糖とミルクを入れたコーヒーをちびちびと飲み、ふうっと息を吐く。
そして壁に掛けていた昔から愛用の銃に目を向け、懐かしむように微笑んだ。
「中等部の頃よく喧嘩、というか勝負してた友達がいて…杏山カズサって人なんですけど、転校して以来連絡も取ってないんです。今更会うのも気まずくて…」
「というと、それこそ喧嘩別れですか?」
「いえ、転校する前にそれを伝えず挨拶も無く勝手に出てってしまって…私って本当に身勝手ですよね…」
「まさか!レイサさんの明るさと根性に救われた人だって沢山いるんですよ!我儘だって時に人の長所です!」
「そう言われると、少し照れますね…今の私は、笑えているでしょうか?」
「笑えて…?そういえば薄々気になってましたけどレイサさんの笑顔ってちょっとぎこちないですよね」
「そうですか…」
遠慮のないキリノの言葉にやっぱりとレイサは苦笑する。
しかしキリノに気付けてあの時カズサが気付かなかったというのも不思議な話だが…きっとそれ程にバレたくなかったのだろう。
当時は余程上手く演技できていたようだ。
窓の外の夜空を見上げたレイサは、キリノに聞こえないような声で呟いた。
「いつかまた、心から笑えるようになったら…今度こそは決着を着けますよ、杏山カズサ」
ムツキに触れられた顔を手で抑え、真っ白な心象風景の中カズサは思う。
(トリニティの連中は皆頭がおかしい…なんてことは無い。良い奴だって普通にいる。でもおかしい奴の声は大きくて、自分以外の全てに思えて土足で他人の心を踏みにじる…ってわけでもなかったなぁ)
思い浮かぶのは特異現象捜査部で出会った仲間達。
ゲーム好きで、いつも元気であいつのようにやかましいアリス。
堅苦しく生真面目で、融通は効かないが人を思いやる気持ちは人一倍あるヒナ。
自分にも他人にも厳しいが確かな優しさがあるレンゲ、掴みどころがないが仲間の為に身体を張る面倒見の良さがあるミノリ、どこか抜けているが訓練や相談に真っ向から向き合ってくれるペロロ。
馬鹿で怠け者でたまに尻に抱き着いてきたりなどセクハラしたりしてくるが、どこまでも強くてどこまでも後輩想いなホシノ。
そして、冷たかった日常に青春という温もりをくれたレイサ。
白い空間に多種多様な椅子が立ち並び、それらがカズサを中心として円を描く。
並ぶ椅子の真ん中に立つカズサは、ただ1つ横倒しになった椅子を見て瞳を潤ませた。
(ごめん、レイサ。笑わせてあげられなくて)
顔を抑えていた手を下ろしたカズサは、全ての後悔を棚に上げて澄み切った笑顔でアリスに笑いかけた。
「アリス、皆に伝えて────
────悪くなかったよ、って」
次の瞬間…カズサの顔の左側、ムツキに触れられたその部分が吹き飛んだ。