────ミレニアムセミナー本部駅近辺
燃え盛る街、瓦礫の山と化したミレニアム。
主にアルとKeyの戦いによって一帯が焼け野原になった区画で、ペロロは瓦礫の上を歩いて辺りを見回していた。
「…む、見つけた」
少し離れた場所に見知った神秘の気配を発見したペロロはそこへ近寄り、大きな瓦礫を持ち上げて退ける。
その下には、身体を丸めて銃を握っていたフブキが寝っ転がっていた。
「大丈夫か?」
「あ〜うん、大丈夫大丈夫。そんな私ばっかり探さずにもうちょっと他に巻き込まれた人が居ないか探してこれば良かったのに」
「…?それは確かにそうだが…この辺りは散々フブキ先輩と見回して人がいないことを確認したからな」
「チッ」
このまま瓦礫の下で戦闘に巻き込まれないように隠れていようかと考えていたフブキは、しっかり自分を見つけてしまったペロロに遠回しに皮肉を言う。
天然なペロロはその意図に気付かずもっともな事を言ってフブキに舌打ちされるが、どうせ時間の問題だと切り替えたフブキは瓦礫の上に腰掛けて銃のメンテナンスをしながら重々しく話した。
「…ペロロちゃん、話が随分違うじゃん」
「それは…」
「天童アリスのこと」
「…!いや、あれはKeyで…」
「肉体の主導権は天童アリスにあるって話だった。先に言っとくけど、ホシノ先輩がいなくなって今後天童アリスにどんな処分が下っても、私はそっちの味方はしないからね」
「…」
「私は天童アリスの処刑に賛成だから」
庇おうと思っても、客観的にそれが致し方ない事実だからこそペロロは反論出来ず黙りこくることしか出来なかった。
────山海経 梅花園
ユメとの戦いで敗走しココナの秘儀によって山海経に撤退していた2人。
児童を集め誘導し、荷造りをさせて出立の為の指揮をするココナを見守りながら、シュンは片手でパソコンを弄り各所へ連絡し、もう片手の端末で通話を行っていた。
「はい、今梅花園で子供達の疎開の準備を…」
「シュン姉さん!こっちの荷物はどうしますか!」
「失礼…あまり嵩張っても仕方ありませんし、日用品以外は極力置いていきましょう。ぬいぐるみなどは持ち出すにしても小さいもので。どうしてもというのなら後で知り合いに融通を効かせてもらいますので」
「分かりました!皆に伝えてきます!」
「…もしもし。はい?山海経で疎開ですか?ええ、ここいらも安全とは言い切れなくなりましたからね。オデュッセイアに預けて海外に連れ出していただくつもりです。はい、少なくともミレニアムに隣接する学園は余波を受けると思った方が良いですよ。ああそれとこの後私も直接赴きますが、自衛能力の低い12歳以下の子達の避難誘導は徹底して下さい」
キヴォトスに君臨する1つの大学園の崩壊を見越し、自分に出来ることを成すためにシュンもまた奔走する。
敵を倒すことだけが戦いに非ず、シュンは裏方の戦いにおいてもベテランだった。
『というわけで、今からリアルファイトに行くよ!』
『えぇ…というか、わ、わたしも…?』
『…私も、ですか?』
突拍子もなくそんなことを言い出すモモイに困惑するアリスとユズ。
その隣でミドリは呆れたように眉間を押さえていた。
『もっちろん!まあリアルファイトっていうかリア凸っていうか、別に銃は使わないし、対面で試合するだけだけど…こういう時に大事なのは、何よりも勢い!どうせゲームしてばっかのオタクに違いないんだから皆で行けば怯えてすぐに謝ってくるはず!』
『前半部分に関してはこっちも同じだと思うけど…』
『ねえお姉ちゃん、たかが1回ゲームでからかわれただけで、ここまでする必要ある…?』
『たかが、じゃないよ!これはゲーム開発部としてのプライドに関わる大事件!私がせっかく優しい言葉をかけたのにあんな言い方をするわ、私のことをおばあちゃん呼ばわりするわ…!絶対に…絶対に許せない!』
『後者の方が本音っぽいけど…』
頭を搔いて怒り散らすモモイをミドリが冷静に諭す。
少し窘められて落ち着いたのか、肩を上下させながらモモイは話を続けた。
『そもそも、あんなマナーのなってないゲーマーを放置するわけにはいかない。あんなユーザーがいると、この界隈に入ったばかりの人とかが不快な思いをして、どんどん廃れて言っちゃうでしょ?良い環境作りのためにもああいうマナーの悪いユーザーにはしっかりお仕置きしないと!』
『それはその通りだと思います。アリスも昨日始めたオンラインRPGで、レベルMAXのユーザーにPKされた時にはもうプレイをやめようかと思いました…勿論1日でそのレベルまで追いついて、すぐに仕返ししましたが!』
『1日にレベルをMAXに…凄い執念だね…』
「…行かないと」
脳に溢れ続ける存在しない記憶の数々に人のいない狭い場所で頭を抱え悶えていたモモイは、現実と向き合うために立ち上がる。
天童アリスが何者なのか、それを知る為に…そして、自分自身を知る為に。
「助けてあげようか?ムツキ」
「ユメ…!」
(ユメ?それって…!)
アリスに追い詰められ、這いずって逃げようとするムツキの前に姿を現した、ユメの皮を被った女。
ムツキはその女を目にして一瞬笑みを浮かべたが、女の微笑みが孕む意図に気付いたのか、はっとして顔を青くした。
一方その姿と名前をメカペロロから聞いていたアリスは、目の前の女こそホシノを封印した人物だと思い至る。
「…返してください!ホシノ先輩を、返してください!」
「…古来より、全ての感情にはその原初たる『根源の感情』が存在し、ありとあらゆる感情はそれを複製する形で現れるのだという。幸せ、歓喜、熱望、怒り…いずれも根源の感情のレプリカ。かつての多くの幸せと歓喜の残滓…そのレプリカ。漸く意味が付与された捨てられしドール────特級複製特異体『シロクロ』」
偽ユメの背後に出現した玉乗りのような2体の人形。
それが顕現した瞬間、偽ユメに突撃しようとしていたアリスの身体がピタリと止まった。
「っ!?なっ…」
(何が起こって…?)
「動けないって思ったでしょ?正確には君が遅くなっただけ…神秘操術の強みは手数の多さだよ。準1級以上の特異体を複数使役して、それらの秘儀を解明、攻略されてもまた新しい特異体を放てばいい。勿論その間を与えずに畳み掛けるのも良いだろうね」
「ぐあっ!?」
シロクロという特異体が発生させる不可思議な力によりまるで止まっているかと錯覚するほどに動きの遅くなったアリスに対して、偽ユメは無数に顕現させたユスティナの特異体による銃撃で集中砲火を加える。
圧倒的な弾幕に押され倒れ付したアリスを見下ろし、偽ユメは自分の胸にポンと手を置いた。
「もし去年の百物語で戦力をD.U.と百鬼夜行に分散させていなければ、勝っていたのは彼女だったろうね…まあ君には関係の無い話か」
「…返して、ください…!」
「…それにしても、我ながらと言うべきかな。流石keyの器、タフだね」
起き上がろうと踏ん張っていたアリスに近づこうとした偽ユメだったが…その時不意を突くように背後からムツキの手が伸びた。
「おっと」
しかし偽ユメはそれをあっさり躱すと、ムツキの頭に手を置く。
「ムツキちゃんって、自分のヘイローを弄りすぎて半分特異体みたいになってるんだったよね?」
「…」
余力の無い現状、ユメに触れられた事でそれが意味する事を知るムツキは終わりを悟ったような表情でもう戻らない過去を追憶する。
アルをからかって、ハルカを焚きつけて、カヨコとフォローに回って…
(ああ、そっか…私が本当に目指したのは…私が本当に欲しかったアウトローとしての”自由”は…)
「ただ、皆と一緒に…」
有無を言わさず、ムツキのヘイローがぐにゃりと歪んでそれと共に実体諸共偽ユメの手の中に吸い込まれ、小さな球体としてまとまる。
それを一口で飲み込んだ偽ユメは、倒れるアリスの前まで近付くと口元を舐め取りながら妖しく微笑んだ。
「なーんだ、ムツキちゃんはアルちゃん達と一緒に居たかったんだ。でも…残念だね。人が特異体に”成る”のは、あくまでその感情の複製に過ぎないから本当なら関係ないんだけど…君自身が直接特異体に”成っちゃった”のなら後は鎮められるか消費されて消えるだけ…あーあ、可哀想なムツキちゃん!そんなに好きだった皆に、もうあの世に行って会うことすら出来ないなんて!…さて、続けようか。これからのキヴォトスの話を」
「…っ」
「そうだね、何から話そうか…”極の番”っていうのを知ってるかな?神秘解放を除いたそれぞれの秘儀の奥義みたいなものだよ」
手元からムカデのような特異体を出現させて腕に巻き付けながら語る偽ユメ。
なんとか隙を伺うアリスだったが、単純な実力差に加えムツキとの戦いで消耗を重ねた今のアリスには例え隙を見つけられたとしてもそれを突く余力すら残っていない。
何より…幾度の戦いを経た筈のアリスをしてなお、目の前の女はとにかく恐ろしかった。
「『特異操術』の極の番『うずまき』…取り込んだ特異体を1つにまとめて超高密度の神秘を相手にぶつけるんだ…ふふふ、あっはっは!」
「何を…笑っているんですか…!」
「ふふふ、ごめんね?いや何、柄にもなくらしいことをしちゃったと思って…『うずまき』の話だったね。この技は確かに強力だけど、『特異操術』の強みである手数の多さを捨てることになるんだ。だから正直初めはあまりそそられなかったんだよね。ただの低級の特異体のリサイクルだと思ってたんだ」
「…!」
とユメが話している途中、アリスは何かに気付いたように眉をぴくりと動かした。
偽ユメは腕に巻き付けていたムカデのような特異体を今度は身体に這わせ、地面に降ろして自分を守らせるように配置する。
代わりにユスティナの特異体を小さな球体にして回収すると、天を仰ぐ。
「でも違ったんだ。その真価は準1級以上の特異体を『うずまき』に使用した時に起こる、秘儀の抽出なんだよ!…お馬鹿だね、君が気付いた気配に私が気付かないとでも思ってたの?」
アリスの反応から察したわけではない。
ただ上空の気配を感じ取っていたユメは空を飛ぶ箒に乗った…フウカがランタンのようなものを振っているのを目にする。
そしてそれを合図に、駆け付けていた百鬼夜行の面々が総攻撃を開始した。
(標的は愛清の真下…!)
離れた場所で待機していたマコトはフウカの合図を元に銃弾を放ち、斜め上に向かって放たれた弾丸…マコトの血が混ぜられたそれは秘儀によって直角に軌道を変えて偽ユメの脳天を狙う。
偽ユメはそれを指で摘んで受け止め…超遠距離からの狙撃も周囲に待機させていたムカデの特異体を盾にして防ぐ。
「チッ…!」
狙撃したキキョウはそれを防がれたら事に舌打ちするも、偽ユメは楽しそうに撃ってきたキキョウの方を見て笑った。
「目測1kmぐらいは離れてるのに、いい腕だね。スナイパーライフルってのも趣深い。私も距離が離れてるのなら近付かれる前に一方的に狙撃するべきだと思うよ」
キキョウの方を見ているユメの背後に潜んでいたヒフミが飛び出す。
アサルトライフルを構え、簡易領域を発動させその射撃の精度を高めたヒフミはかつて自分が特異現象捜査部に入部した時の事を思い起こす。
(ひたすら銃の腕を鍛えた。皆の邪魔になりたくなかったから…ひたすら練習した…死にたくなかったから…!)
「『シン・陰流…』」
「おや?」
(乗せる!これまで積み上げてきたものを全部使って…もう二度と、銃を握れなくなったとしても!)
脊髄反射による神速の早撃ち。
一定の間合いにおいては無類の制圧力を誇る絶技は───偽ユメによって銃身を掴んで強引に射線を外され、その上で銃身を握り潰される事で無為に終わった。
「あ…」
「ふふん…極の番『うずまき』」
渾身の攻撃を捌いた偽ユメは背後に高密度の神秘の渦…ムツキの面影がある顔が絶叫しているようなそれを、呆然と固まるヒフミへと向けた。
「待って…!」
「くっ…!」
ヒフミを救おうとアリスが、そして上空から見下ろしていたフウカが助けに向かうが、とても間に合うはずもなく『うずまき』の神秘が解き放たれて───
「…シン・陰かぁ…少しは蘊蓄がある子が来てくれて良かったよ」
「ね、合歓垣さん…!」
「うぅ…なんでこんなことに…」
その直前、ヒフミと『うずまき』の間に割って入ったフブキがそれをいなし、一緒に駆け付けていたカホとヒフミを守った。
少し遅れて降りてきたフウカは、カホとヒフミを庇うように前に立つ。
「もう、カホさんが前に出てきたら意味無いでしょ!」
「仕方ないでしょう!」
「アリス…で良いんだな?」
「…!ペロロ先輩…!」
「フンッ、世話の焼ける奴だ」
カホがヒフミを連れてこの場を離脱している間、倒れるアリスの元にもペロロとマコトが駆け寄ってアリスを保護する。
アリスを偽ユメから庇いながら、2人もまた殺気を滾らせた。
「あの女が小鳥遊ホシノを封印したという特級遺物を持ち歩いているのか?」
「そうらしい。あんな公害を好き好んで持ち歩く者がいるとは驚きだがな」
「あれは一体何者なんだ?」
「さあな。ガワはユメだが、中身までは分からない」
次々と集まる戦力に偽ユメは未だ余裕を崩さず…その場の誰とも違う方を見ると、そちらから唸りながら歩いてくる少女に気さくに笑いかけた。
「やあ…モモイちゃん」
「ぐ…うう…!…うぐっ…!」
「あの人は…!」
その姿を見てアリスは冷や汗を流す。
直接交戦し…敗北したからこそその恐ろしさを知っている。
今ここにいる皆でも偽ユメとあれを同時に相手するのは分が悪いと注意を促そうとしたアリスだったが、どうにもモモイの様子のおかしさから首を傾げた。
(私達を否定して…私達を弄んで…私達を馬鹿にした…)
「お前は…あの時私とマッチングしたゲームで煽り散らかしてきた、sukeban312!!」
「…ごめんそれは本当に知らないんだ」
「…よくも、よくも私にアリスを…妹を殺させようとしてくれたね!」
「え、勢いで乗り切るつもり?」
割と理不尽に激昂したモモイは銃口を困惑する偽ユメへと向けるが…その目の前に、白い法衣を纏った人物が現れた。
その人物の登場により、その場の空気はより一層重みを増す。
「全く…引っ込むがいい、三下。これ以上我々を待たせるな」
「どいて!私はお姉ちゃんだよ!」
(分かるんだ…直感で。特に繋がりの深い大切な仲間程、嫌な予感っていうのはよく当たる…死ぬことは、きっと生き物の中で1番大きな異変だから。ミドリと、ユズが死んだ時に感じたあの悪寒を…私はあの時に感じちゃったんだ。つまり…天童アリスも私達”ゲーム開発部”の仲間…即ち私の妹も同然!)
自分の頭の中で物事を完結させたモモイは、それを自覚した今ただ1人残った仲間…妹でえるアリスを守るために戦う。
偽ユメとそれに同調する人物…無名の司祭を敵とみなして、決意を新たにする。
(私は…全力でお姉ちゃんを遂行するんだ!)
「っ!?『赤血秘術』だと…!?」
モモイの周囲に浮かび上がる血の球体を見て、マコトはそれが自身と同じ『赤血秘術』による御業だと看破する。
そしてそれ以上に…それが自身ではまだ出来ないほどに高密度に圧縮された極めて完成度の高い術であることに驚愕した。
幼い頃から秘儀を鍛え上げ上り詰めたマコトと違い、モモイは天性のセンスで『赤血秘術』を極めていたのだ。
そして、浮かび上がっていた血の球体はモモイが構える銃の中に入っていくと───その圧力の解放により放たれた弾丸に推進力が加わって、音速を遥かに超えた速度で無名の司祭へと迫った。
(速い…!)
その超速の一撃に無名の司祭は避け切ることが出来ず腕を貫かれ、さらに大回りな軌道で回り込んできた血の球体が真横で炸裂して吹き飛ばされる。
障害を退けたモモイは続いて偽ユメを狙って波のような血を生み出し飲み込ませようとするが、偽ユメはそれを跳び上がって回避する。
ならばと空中で身動きが取れないだろう所に再び圧縮された血の解放を利用して推進力を上乗せした弾丸…モモイの得意技である『生苦』を放つも、偽ユメは空飛ぶマンタのような特異体に自分を乗せてもらって射線から逃れた。
さらに巨大な岩のような特異体をモモイに落下させる。
「くっ…」
「無理しない方がいいよ。疲れてるんでしょ?」
「っ!」
なんとかそれを避けるモモイだったが、いつの間にか背後を取っていた偽ユメに腕を捕まれて地面に投げられ、飛び起きる勢いで放った蹴りも容易く避けられて胸に肘打ちを食らう。
よろめいて後退るモモイだったが、アリスとの戦いでのダメージと疲労が抜けていないにも関わらず動きの精度は段々と鋭くなっていた。
「疲れてるから、なんだって…?それが、妹の前で命を張らない理由になるもんか!」
「あっははは!」
食い下がるモモイに偽ユメも愉快そうに笑った。
そんな壮絶な死闘を目の前に、よく知らない人物が自分の為に戦っている状況にひたすら困惑するアリスは、ペロロにポンと肩を叩かれた。
「…良かったな、アリス。姉が出来て」
「いやいやいや!?」
「どう見ても他人だろう…他人だよな?」
「1回殺されかけてますからね…」
「キキッ、アオイといいアイツといい貴様何か変なフェロモンでも出てるんじゃないか?」
モモイと偽ユメの戦いは軽く地形が変わるほどに激しさを増しているが、この状況はアリス達にとっては好機でもある。
目まぐるしく移り変わる状況によって場が乱れ、本気ではないにしても偽ユメとある程度渡り合えるモモイの乱入により小鳥遊ホシノの奪還がようやく現実味を帯びてきたのだ。
「…やるか。この機に乗じるぞ」
「はい!」
「ならば私が前に出よう。2回までなら致命傷にも耐えられる。全員でかかれば隙も出来るだろう。なんとしてでもホシノ先輩を奪還するぞ」
マコトが率先し、ペロロが前衛を買って出て、さらに様子を伺っていたフウカやフブキもそれを見て合わせようとして───先程モモイに吹き飛ばされていた無名の司祭が復帰した事に気が付いた。
「『
無名の司祭が片手に浮かべた黒い立方体。
それが妖しい輝きを放つと、突如として周囲に冷気が満ち…アリス達を巨大な氷塊が飲み込んで身動きを封じる。
(氷の秘儀…!?いや、遺物か…!)
(くっ、これは…下手に動けば身体ごと割れるな…)
「もう、殺さないでよ。メッセンジャーは必要なんだから」
「それは全員生かす意味が理由になるのか?」
(”恐怖”による治癒…神秘のスケールが違い過ぎる…帰りた〜…)
無名の司祭がモモイに穿たれた腕を治しているのを見て相手が天上の怪物だと悟りフブキはここに来たことを後悔する。
凍結に巻き込まれた者は誰もその場を動くことが出来ず、しかしモモイは全身に高速で血流を巡らせることによって生じる熱で氷から抜け出そうとする。
しかし、無名の司祭はそんなモモイの目の前に近付くと立方体を目の前にかざした。
「よくもやってくれたな…」
「ぐっ…」
立方体がかがやき、身動きの取れないモモイを殺害しようとして────誰よりも早く氷を砕いて脱出したアリスが氷を蹴り砕いてモモイを突き飛ばす。
標的にしていたモモイを離され代わりに目の前に出てきたらアリスに無名の司祭は不機嫌に鼻を鳴らした。
「貴様…誰の身体だと思っている」
(アリスだけ氷結が甘かった…あの口振りから察するにおそらくKey絡みでしょう。ならばそれを存分に利用するとして…)
「今は味方で良いんですね!?」
アリスは自分を守るために戦っているらしいモモイに確認を取った。
あれだけ強かったモモイと協力できるのならば、まだ勝機はあると信じて…しかし、
「違うよ!」
「はぁ!?」
「私は…お姉ちゃんだよ!」
「真面目にやってくれませんか!?」
「取り敢えず1回呼んでみてくれない?『お姉ちゃん』って」
この状況にも関わらずコントのようなやり取りを繰り広げる2人に何とも言えない微妙な空気が流れるが、それに偽ユメと無名の司祭が気を取られて居るうちに上空からフウカが攻撃を仕掛ける。
「『付喪操術』…『鎌鼬』!」
箒の尾を振って放たれた鋭い神秘の風は…無名の司祭は蝿を払うかのように手で弾き、ユメは軽く身体を反らすだけで見向きもせずに回避した。
(そんな簡単に捌かれるとへこむ…)
「けど、アリス!今動けるのは私達だけよ!カホ先輩の準備が出来るまで時間を稼ぐわよ!」
「はぁ…メッセンジャーなど、1人いれば足りるだろう!『直瀑』!」
「きゃっ…!?」
「またっ…!」
威勢よく挑もうとしてくるフウカ達に無名の司祭は大きく嘆息すると、黒い立方体が再度妖しい輝きを放って周囲を冷気で満たす。
直後生じるのは、吹雪のような冷たい暴風とそれに乗って飛来する鋭い氷柱の数々。
フウカは身体にまとわりつく氷によって地上に落とされ、モモイも氷結を受けて再び行動を封じられる。
冷気によって身体が悴んで身体を上手く動かせず、防御することさえままならないアリス達を無数の氷柱が刺し貫かんと迫り────アリス達の前に現れた人物によって氷柱と冷気は裂けるようにアリス達の真横に逸れていった。
「…?」
「久しぶりだね、ユメちゃん。あの時の答えを聞かせてもらおっか」
それは、キヴォトスに存在する絶対的強者。
特異現象捜査部に所属する生徒の中でも、一線を画した到達者。
実質的な特異現象捜査部の最高峰である1級の生徒よりも、斜め上に外れた盤外の逸脱者。
4人存在する、”特級”を冠する生徒の1人。
その女性を前に、偽ユメは口角を上げてその名前を呼んだ。
「どんな女の子が好みかな☆」
「聖園ミカ!」
配役
九十九…ミカ
裏梅…無名の司祭