ブルア廻戦   作:天翼project

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今回は原作141話〜143話までの範囲でお送りします


うしろのしょうめん

 

廃墟となった街に激しく響き渡る銃声と破壊音。

 

”特級”を冠する生徒の1人である砂狼クロコに追われ、隔絶した実力差に追い詰められながらもユウカの遺言を思い出し覚悟を決めて対峙するアリスは、しかし気の持ちようでは埋まらない圧倒的な”神秘”に刻々と限界を感じ始めていた。

 

蹴りや突きを避けたと思えば避けた方向に銃口が置かれていて銃撃を食らう。

クロコ程の神秘が込められた銃撃は、耐久力に優れるアリスを持ってしてなお体力と神秘が大きく削られる程の威力を有していた。

格闘センスでも若干劣り、膂力でも神秘による身体強化の差で劣り、ダメージレースでも分が悪い。

 

(今までは多少の銃撃は怖くはありませんでしたが、クロコ先輩のは気を抜けば身体を貫かれかねませんね…まずはあの銃をどうにかしなければ…!)

 

「ぐっ、光よ────!」

「ん…引き金を引いてから発射までに若干タイムラグがある。その武器じゃ工夫しなきゃ当たらない」

「なんで当たらないんですか…!ちょっと、チート過ぎます…!」

 

クロコの猛攻を捌きながら背負っていたレールガンを至近距離から放つアリス。

しかしほぼゼロ距離で放たれたにも関わらず、クロコはアリスがレールガンの引き金を引くのを見てから回避を間に合わせてみせた。

 

アリスのパワーならばレールガンの発射により受ける反動を完全に押さえ込んで踏みとどまることが出来るが、それでも一瞬動きは硬直してしまう。

その隙を狙ってクロコの蹴りが入り、吹き飛ばされたアリスはどこかの駐車場に突っ込むと、追いながら銃を乱射してくるクロコから身を隠す為に近くにあった車の中に窓を突き破って転がり込んだ。

 

「うぅ…やっばり装甲車でもなければ抜かれますよね…うん?」

 

当然ほんの気休めにしかならず、車体の天井を貫いて車内に弾幕が降り注ぐが…その時アリスは車の中にとあるものを見つけた。

 

一方電柱の上からアリスが隠れた車を撃ち下ろしていたクロコは、車に隠れたところからアリスの動きがないことを疑問に思い、地上に飛び降りる。

そんなに呆気なく気絶ないし死亡してしまったのかと穴だらけになった煙を上げる車に近づいていくクロコに…その車が吹っ飛んで来て迫った。

 

「!」

(煙に紛れて外に出てたのかな。でも今更そんな…ん?この車はヴァルキューレの…っ!?)

 

吹っ飛んできた車を受け止めたクロコは、それがヴァルキューレ警察学校で用いられている車だと気付き…そして車の中にピンの外された手榴弾が転がっているのを発見した。

直後────手榴弾と共に車体が爆発炎上し、クロコを飲み込む。

 

作戦を成功させたアリスは油断することなくまた別の車の影に隠れ、クルマのサイドミラーを利用して爆発に巻き込まれたクロコの方を伺う。

案の定爆炎の中からは多少服や身体に煤を付けただけのクロコが現れるが、アリスの策はまだ終わっていない。

 

「ん…悪くない。使えるのものはなんでも使うべき。次はどうするの?」

 

「光よ────!」

 

アリスが隠れている方に目を向けたクロコに、遮蔽物である車ごと貫いてレールガンが放たれる。

それがアリスの最大の武器である以上常にレールガンを意識して警戒していたクロコはひらりとそれを横に跳んで回避するが…遅れて、1発の銃声が鳴って避ける方向を読んでいたように弾丸が…クロコの横を掠めて過ぎ去って行った。

後方にあった車に当たったのか金属音が鳴るのを振り返って確認することも無く、クロコは一瞬レールガンで車に空けられた穴から覗いたアリスが撃ってきた銃の正体を見抜く。

 

(第3号ヴァルキューレ制式拳銃か。あれもさっきの車に置いてあったものかな。あの程度の銃なら神秘が篭ってても当たったところでどうということは無いけど…それは向こうも分かってるはず。じゃあ何を狙って…あぁ…派手なのが好きなんだ)

 

銃に神秘を込めて撃つ場合その威力は込められた神秘量だけではなく銃の性能にも寄るが、ヴァルキューレで一般に支給されるあの銃の威力ではアリスの神秘を込めたところでクロコ相手にまともな有効打になることは無い。

その意図を推測しようとしていたクロコは…背後から聞こえる水音と、足元を濡らす液体の存在に気が付いて後輩の躊躇の無さに苦笑する。

 

先程クロコの横を抜けて行った弾丸は、クロコの背後にあったタンクローリーのタンク部分の側面に穴を空け、そこから燃料が漏れ出ていた。

それに気付いてクロコが距離を取る間もなく、アリスはもう一度タンクローリーを撃って火花を起こし…漏れ出た燃料に引火して大爆発を引き起こす。

 

並の生徒であれば意識を持って行って病院送りに出来るだろう程の爆発。

しかし────やはりクロコは無傷で炎の中から現れた。

 

「これが燃料じゃなくてサーモバリック爆薬でも積んでる車だったら危なかったかもね…で、次は?」

 

(もうありませんよ…分かってはいましたけど、本当になんで効かないんですか。仕方ありません…)

 

車の影から姿を現したアリスは、これまた先程のヴァルキューレの車からくすねたライオットシールドを片手にクロコと対面する。

搦手はこれまでかと少し残念そうにしたクロコは、すぐに気を張り詰めさせてアリスに銃口を向けた。

 

「行くよ」

「…!」

 

牽制に数発撃たれた弾丸を神秘を込めて強化した盾で受け流したアリスは、クロコが飛び込んでくる事を見越して足を後ろに引く。

そして予想通り盾を避けるように横に回り込んできたクロコへ引いた足で蹴り上げた。

 

それを銃身を盾にして受けたクロコはその足を掴もうとするが、その前にアリスが先程の拳銃でクロコの腕を撃ってそれを妨害し、足を下ろすと盾を突き出してシールドバッシュの容量で突き飛ばそうとする。

それを殴りで迎え撃つクロコだったが…想像以上に神秘で強度が底上げされた盾を打ち砕く事が出来ず、盾とぶつかるクロコの腕を支点にして梃子の原理でぐるんと上げられた盾の下部がクロコの顎下を打ち上げる。

 

「っ…よく神秘が巡らされてるね。この時期の1年の割に神秘操作の精度が高い」

「ありがとうございます。ホシノ先輩にも、アオイにも教わりましたから」

「だけど…」

「っ!」

 

これまでの戦いと黒閃を経験したことにより神秘の操作技術が格段に高まっているアリスをクロコは素直に賞賛する。

しかし逆接で言葉を繋ぐと、クロコとの間を隔てていた盾の側面を掴んで力づくで逸らし、がら空きになったアリスの腹に蹴りを入れて追撃に銃弾を撃ち込む。

 

今のだけでかなりのダメージが入った筈のアリスだが…アリスはクロコが弾を撃ち切った隙を見逃さずリロードされる前に銃を蹴り飛ばし、銃口を曲げて破壊した。

 

「…まあそうだよね。ホシノ先輩の後輩なんだし」

 

(武器をなくしたのならレールガンのあるアリスの方が有利!今のうちに畳み掛けてれば…!)

 

自分の動きを阻害して隙を縫うように追撃を入れてきた銃を破壊したことで勝機を見出したアリスは、先程アリスがしたようにどこかからか新しく銃を調達される前に押し切ろうとする。

廃墟といえどキヴォトスの街、どこに誰かの銃が放置されているかも分からないのだ。

 

ここから早期での決着を狙ったアリスはある程度殴り返されることも覚悟して前傾姿勢で打って出ようとして─────

 

 

 

 

 

”何してるの?”

 

「!?」

 

背後から現れた()()に頭を掴まれ、動きを止めざるを得なくなる。

頭を掴む腕からは異常な圧力がかかり、アリスのパワーをもってしてでも振り払えず、頭が固定されていることで振り返ってそれの正体を見ることもできない。

 

そうしてアリスが困惑している間、クロコはアリスの背後のそれに優しく微笑みかけた。

 

「ん、遊んでるだけ。少しだけそのまま抑えてて」

 

腕に抑えられ動けないままのアリスにクロコが腕を伸ばし───伸ばされた腕が、アリスの胸を貫いた。

 

「ぁ…」

「ごめんね、アリスちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、イズナとモモイの戦いは何度か戦場を移し、現在は高速道路の高架下で行われていた。

それは主に、イズナの常軌を逸した機動力と身軽さにモモイが翻弄された故でもある。

 

「シュババババ!」

「そんなふざけて…くぅっ!」

 

声を出しながら周囲を走り回るイズナに、これまで散々翻弄されたのもあって苛立ちを募らせるモモイ。

だが未だ攻略の糸口が掴めず、攻撃を当てることも叶わず苦無によって切り傷を、蹴りによって骨に響くダメージを、煙幕や閃光弾で集中力を削がれていく。

 

身を守ることしか出来ずにいたモモイに、走りを速め加速したイズナの飛び蹴りが直撃し、吹き飛ばされたモモイは背後にあった柱に勢いよく背中を打ち付けた。

その衝撃で柱に大きな亀裂が走る程の威力、それをモロに受けてこれまでかとイズナは足を止めたが…予想に反してモモイは倒れずまた起き上がった。

 

「意外にタフなんですね。何か秘訣でも?」

「簡単なことだよ…私達ゲーム開発部は家族であり姉妹同然。そして私はお姉ちゃんだからね────四人姉妹のね。『クリエイティブセンス』」

 

イズナの質問に誇らしげに答えながら、神秘での身体強化に加え自身の体内を流れる血流を加速させることで身体能力を底上げする。

モモイの雰囲気がまた濃く力強いものになった事に気付いたイズナは、ニヤリと笑うと低い姿勢で踏み込み…急加速してモモイの周囲を駆け回る。

 

疾風のような走りはまさに韋駄天。

かつてイズナが相対してきた暗殺対象(修行相手)は皆この圧倒的なまでの速度を捉えることが出来ず、一方的に嬲り殺されてきた。

果たして今回の相手はどうかと期待混じりに、イズナは走りながら土煙を上げてそれに紛れてモモイの背後から苦無で斬りかかった。

 

「っ!そこ!」

「おっ…とと、中々どうしてやりますね!」

 

振り下ろされた苦無を、モモイはイズナの速度に反応して血を纏わせて硬化させた腕で弾いた。

それを悔しがることも無く、楽しそうに跳び退いて1度距離を取ったイズナは経験則からモモイの反応速度が向上した種を推察する。

 

(確か以前殺した万魔殿の『赤血秘術』使いは血流を早めるどうのこうので身体能力を引き上げる『赫鱗躍動』という術を使っていましたね。あれはその応用…外眼筋付近にその効果を集中させることで動体視力を上げたというわけですか)

 

「気合いが入ってきましたね!ニンニン!」

「なんっ…!?」

 

その原理を看破したイズナはもう一度モモイの周囲を駆け回って加速し、もう一度苦無で斬りかかる。

先程の焼き直しのような戦術にモモイも同じように腕で苦無を弾くが…腕と苦無がぶつかる瞬間、イズナがあっさりと苦無を手放した事で若干の抵抗を見越して腕に力を込めていたモモイは、登りきった階段をもう1段あると思って足を踏み出してしまった時のようにバランスを崩してしまう。

 

その隙にさらに加速したイズナはモモイの背後に回り込み───モモイの背中に短刀を突き刺した。

 

「いっ…!」

「ですが残念!まだ本気では無いのにこれだと、これ以上の期待できそうにありませんね」

「ぐ…はな、れろ!」

 

腕を薙ぎ払ってイズナを振り払ったモモイは、刺された部分に意識を集中し恐怖での治癒を行う。

同時にモモイが恐怖という手札を持っていることをイズナに気付かれないように話で時間稼ぎと意識を逸らす事を試みた。

 

「…それにしても珍しいね。あなたは、そういう武器ばっかり使って銃を使わないなんて」

「うん?そうでしょうか?まあ確かに小物は皆さん活用していますが…苦無(これ)短刀(これ)を主として多用するのはイズナくらいかもですね。ワカモ殿のように強力な遺物でも使えれば良いのですが、どうにも手に馴染むものが手に入らなくて魑魅一座で支給されているものを使ってますよ」

「そっか…まあカッコイイとは思うけどね。ロマンがあって」

「あ、分かりますか?実際使える人が使うと銃なんか使うより強いですからね。皆さんワカモ殿を嫌って逆張りすることに拘っていて目も当てられません…拘りといえば、あなたは随分と姉妹に拘りがあるようですがその心は?」

 

既に勝負が決まったと思って油断しているのか、或いはここからモモイがどのような手を打っても勝てる自信があるという余裕の表れか。

どちらにせよ傷の治癒とその他準備を進めなければ勝ち目のないモモイは有難く話に付き合い、イズナからの質問に考え込み…少ししてから答えた。

 

「あなたには姉妹はいる?」

「…?いえ、イズナの記憶の限りはいませんが。まあいたとしても覚えていないということはとっくに死んでしまうぐらい弱かったんでしょうけどね。なら興味はありません」

「そうかな?もしあなたに昔に亡くした姉妹がいたとして…その姉妹のお陰で今のあなたがあるのかもしれないよ?」

「何です…?」

「お姉ちゃんがいたのなら、それは妹のお手本になるものだよ。お姉ちゃんが道を間違えたのなら、妹はその道を避ければいいし…お姉ちゃんが正道を進んだら妹はその後ろを着いてこればいい。あなたが強いのがあなたのお姉ちゃんが強いからだったらどうするの?」

「…やはり理解出来ませんね。イズナにこういった問答は向いていないようです」

 

興味をなくしたようにイズナはトドメを刺そうと右手に短刀、左手に苦無を構える。

それに対してモモイはどうせ持っていたところで邪魔になると、銃を捨てて己の身一つで向き合った。

 

「さっき私の事をタフだって言ってたよね。その理由を教えてあげるよ…皆のお姉ちゃんの私には、お手本がないから。だから何度も間違えるんだ。それでも…それでも妹の前を歩かなきゃいけないから。だから私は強いんだよ」

 

「!?」

 

言い切ったモモイは、イズナに向かって治りかけていた傷口からスプラッター映画さながらの大量の血を噴出した。

モモイが恐怖による治癒を行っている事に気付いていたイズナは治すと思っていた傷を自分から開いたその行動に意表を突かれ、慌てて後ろに下がる。

波のような血を目くらましに、その後ろから血の刃を飛ばす。

 

(これ程の血を恐怖による治癒を利用して作り出した…?ゆっくり傷を治しているかと思えば、恐怖の精度が高くないと思わせる為の引っ掛け(ブラフ)でしたか)

「これが俗に言う水遁の術というものですかね…面白いです!」

「クリエイターとして”面白い”って言葉程嬉しいものはないよ、ってね!」

「!」

 

しかしイズナはそれすら避け、モモイが放った大量の血を被らないように大回りで動こうとする。

 

が、それを予測していたモモイは自分からイズナの間合いに入って蹴りを放ちその動きを止めた。

それによって浅く広がった血の波がイズナの足元を濡らし…その血が固まってイズナの足を地面に固定した。

 

「なっ…」

「ご自慢の速さが奪われた状態で私とやり合うのはちょっと分が悪いんじゃない?」

 

意趣返しのように煽り文句を言ったモモイは先程投げ捨てた銃を拾い、その銃口をイズナへと向ける。

 

(いえ、射線が分かればイズナならこの距離でも避けられます!次の攻撃を避けて足元を割って脱出すれば…あれ?)

 

それでも冷静な判断で対応しようとしたイズナだったが…戦闘中にモモイが見せた血の噴出による推進力で弾丸を加速させるあの技が来ると思いきや、銃口から放たれたのは小さな血の塊だった。

何事かと困惑したイズナは取り敢えず血の塊の正面を避けてやり過ごそうとしたが───

 

 

 

「───『超新星』」

「あぐっ!?」

 

血の塊はイズナの横を通り過ぎる前に全方位に炸裂し、超高密度に圧縮された血の爆裂はイズナの身体を一部貫通して大ダメージを与える。

なまじ万魔殿の者が使う『赤血秘術』の知識があったからこそ、モモイが自身に秘儀に向き合って作り上げたその独創的な技にイズナは対応することが出来なかったのだ。

 

血の爆裂に貫かれ倒れたイズナを見下ろしモモイはさてどうしようかと考える。

拘束して連邦生徒会にでも引き渡すか、ここでトドメを刺して始末するか、それとも無視してアリスの元へ向かうか…様々な考えが思い浮かんだその時。

 

「…ふん!」

「ウソッ…!?」

 

倒れたと思い込んでいたイズナが元気いっぱいに飛び起き、ブレイクダンスでもするかのように地面に手をついて身体を回し、モモイに足払いをかける。

また転ばされる前に後方転回をしながら体勢を立て直したモモイは、先程の一撃を受けて未だイズナが余裕そうにしている事に驚愕していた。

 

「なんで…毒を混ぜてたのに…!」

「ふっふっふ、忍者を甘くみてはいけませんよ?当然毒への耐性ぐらいは持ち合わせていますので。それより…先程の血の噴射の為に恐怖を一気に回して…もう余力がないのはそちらの方ではないのですか?」

「…っ」

 

事実を指摘されてモモイは歯噛みする。

神秘を反転することによって出力する恐怖は、普通に神秘として出力さるよりも多くの神秘を消耗してしまう。

波を起こせる程の血を恐怖による治癒で生み出したモモイにもうこれ以上戦闘を続けられる程の神秘は残っておらず…それは実質的な決着を表していた。

 

「中々楽しめました。この戦いはこれからのイズナの研鑽の糧としますので、どうかご安心を───おや?」

「…?」

 

動くだけの体力すらままならないモモイに今度こそトドメを刺そうとしたイズナだったが…不意にその視線がモモイの後方に移った。

どうしたのかとモモイは後ろを振り向こうとして───手刀がモモイの首元をトンッと叩き、一瞬の内に意識が刈り取られた。

 

 

「ん、こっちも終わってたんだ」

「これはこれはクロコ殿。そちらも…終わったようですね」

 

 

それを行ったクロコは片手に胸元を夥しい量の血で真っ赤に染めたアリスを引きずっており、イズナも勝敗を悟る。

最も、そちらの結果は元より分かりきっていた事だが。

 

「…さて、どうしましょうか。今度はイズナとやりますか?」

「いや…今はそれより急ぎの用事がある。あなたに構ってる暇は無いから、代わりに取引に応じてくれたら見逃してあげる」

「…そうですね。イズナでも今の状態でクロコ殿に勝てるとは思っていませんので。それで、取り引きとは?」

「改めて、私の邪魔をしないこと。天童アリスとこの子を私に譲ること。今回はお互いに不干渉を貫くこと。これは契約」

「承知しました。ではまた機会があれば修行相手になってもらいますよ」

「その時が来たらこの契約も無効。ブタ箱を経由するまでもなく棺桶にぶち込んであげる」

「おー怖い怖い。それではイズナはこの辺りでドロンですよ!」

 

羽織の中から煙玉を取り出したイズナはそれを地面に叩き付け…巻き起こった煙が晴れた時にはそこにイズナの姿は無かった。

イズナが確かにこの場を去ったことを確認したクロコはアリスを地面に降ろして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古い、懐かしい記憶。

いつだったのか、すっかり前に忘れた温もり。

もういない…顔も覚えていないその人物。

 

確か、何か特徴的な…何かがあったはずだと言うのに、記憶には霞がかったようにそれを覆い隠している。

 

藻掻くように手を伸ばし、霞を掻き分けて手を伸ばし…そして辛うじて思い起こしたその人物。

 

ずっと前になくした筈の母親の顔。

 

 

 

 

その額には、縫い目があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!」

 

微睡みから目を覚ましたアリスは、視界の中に映りこんだ焚き火と、瓦礫に座っていたクロコが目に入って飛び起きる。

あれから何が起こったのか…イマイチ記憶が飛んでいることに混乱しながらも臨戦態勢を取ろうとするも、疲労かダメージの影響か、上手く立ち上がれず尻餅を着いた。

アリスが目覚めた事に気が付いたクロコはそんなアリスに歩み寄って…

 

 

 

「良かったぁ〜…」

「…え?」

 

へなへなとした緩い表情でクロコがへたりこみ、アリスは頭の上に疑問符を浮かべる。

そんなアリスを置いてけぼりにクロコはアリスの手を取って立つのを手伝うと、適当に瓦礫の上に座らせことの次第を説明し始めた。

 

「ごめんね、1回殺しちゃって。9月ぐらいだったかな…ホシノ先輩が会いに来てあなたの事を頼まれたんだ。それでやむを得ず芝居を打たせてもらった」

「芝居、ですか…?」

 

 

 

 

 

『ちょっと嫌な予感がしてさぁ。おじさんに何かあったら今の1年と2年のことをクロコちゃんに頼みたいんだ。秤ちゃんは…まあ大丈夫か』

 

 

 

 

 

 

「ってね。他に執行人を立てられたり情報を遮断されて消息を掴めなくなるよりかは、こうした方が良いって判断した。連邦生徒会も馬鹿じゃないから、執行人として認めて貰うために『天童アリスを殺す』って契約してきちゃったから、1度殺しちゃって本当にごめん」

「それはまあ…しかし、どうしてアリスは生きているのでしょうか?思いっきり胸を貫かれたかと思いましたが…」

「”恐怖”だよ。あなたの心臓が止まったのと同時に恐怖を流し込んで一気に治癒した。前にあなたが死んだ時の事を聞いて、私にも同じようなことができるんじゃないかって思ったんだ」

「…ですがちょっと楽しそうじゃありませんでしたか?」

「…後輩が思った以上にやるからちょっと調子に乗ったのは否定しない」

「えぇ…」

 

クロコが恐怖をそのまま外部にアウトプットして他人を治癒できることを知る者は少ない。

S.C.H.A.L.Eにすらそのような芸当が出来るのがセナ1人しか居らず、故にその存在が重宝されてきたのだ。

ともあれこれでクロコは『天童アリスを殺す』という契約を1()()は確かに履行したことになり、そうなった以上もうアリスの死を疑う者はいない。

イズナを見逃したのも、アリスが死んだと確実に連邦生徒会に思い込ませるため…連邦生徒会に魑魅一座と繋がっている事を見越した上での保険だった。

 

それを聞いたアリスはよく分からないが凄いことになっていたんだなと感嘆し…そして同時に疑問に思った。

 

「何故…どうしてクロコ先輩は、会ったこともないアリスのために、そんな危険を犯してまで助けてくれたのでしょうか?」

「それは…私が大切にしてる人達が、あなたを大切にしてるから」

「…」

「それに、私も先生っていう身に余る力に振り回されたことがあるから、あなたの気持ちはよく分かる。だからこそ言える…あなたが今背負ってる力は、あなたが自分自身で招いたものじゃない。だから───あなたは悪くない」

「そういう問題では…」

 

クロコからの言葉に、それでも自分の罪を重く見るアリスは悲観的に責任は自分にあると否定する。

 

と、2人の元に近付いてくる足音があった。

アリスが音の方向を見るとそこには…

 

「ヒナ…」

「さっさとS.C.H.A.L.Eに戻るわよ。今はS.C.H.A.L.E周辺の結界が緩んで監視が弱まってるから、直接顔を見られでもしなければ入り込めるわ。1度先輩達と合流して───」

「当たり前のように受け入れないでください…なかったことに、しないでください。アリスのせいで人がたくさん死んだんです」

 

(…『ここで死ぬわけにはいかない』って言ってたけど、それでも自分が存在していても良いのかまだ迷ってるのかな。さて、ヒナちゃんはどうフォローするか…)

 

2人のやり取りを見て自分が何を言っても無駄だと感じたクロコは、言葉を投げかけるのをヒナに任せることにした。

少なからず、アリスと共に戦い過ごしてきたヒナからの言葉なら或いは…

 

そうして、アリスの言葉を聞いたヒナは表情1つ変えず口を開いた。

 

「私達のせい、でしょ」

「…」

「私達を本当の意味で裁ける人なんていないわ。だからこそ、私達は存在意義を示し続けなきゃならないの。ただひたすらに、人を助け続けなきゃいけないのよ」

 

(アリスが隣にいる限り、ずっと苦しみ続けるのに…なんで…)

 

「…まずは私を助けなさい」

「!」

「始まったのよ、ホシノ先輩を封印して連れ去ったって言うユメの偽物が主催するデスゲーム───

 

 

 

 

 

 

────死滅回遊がね」

 

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