「特異現象捜査部の規定に基づいて、貴女を鎮めるわ」
アリスにそう告げたヒナは己の神秘を発動させるための構えを取った。
しかしそれを聞いたアリスはポカンとすると、両手を上げてヒナにゆっくりと歩み寄る。
その様子は先程までの明らかにおかしかった時と比べると正気に戻ったようにも見えた。
「アリスは問題ありません!それよりも、ヒナの方が大怪我を…早く病院に行きましょう!」
(けど…今喋ってるのが遺物の方かアリスの方かこっち目線じゃ分かんないのよ…!どうすれば…!)
「ねぇ、今どういう状況?」
「「!?」」
どう対応すれば良いのか、必死に頭を回転させ思い悩んでいるヒナの背後から声がかけられた。
咄嗟にそちらを見るヒナとアリス。
そこに居たのは、ショットガンを背負い鞄のようなものと紙袋を手から提げている小柄なピンク髪の少女だった。
「ホシノ先輩!?」
「いやぁ〜、来る気無かったんだけどさぁ。ボロッボロだね〜。二年の皆に見せようよ」
そう言って携帯を取り出すと、カメラを連写しだすピンク髪の少女…ホシノに、ヒナは青筋を浮かべてマシンガンの銃身を叩き付けようと振るが、あっさりと手で受け止めたホシノは携帯を仕舞い辺りを見回した。
「流石に特級遺物が行方不明となると上もうるさいからね〜。観光がてら遊びに来たってわけ。で、見つかったの?」
「あの、すみません。それ、飲み込んでしまいました」
「…マジ?」
「マジよ」
恐る恐る手を挙げたアリスの告白に初めてほんわかとした笑みを崩して真顔になったホシノ。
ヒナがそれを事実だと肯定したことでう〜んと唸り、アリスに近づいて間近でその顔を覗き込んだ。
「え…?」
「ん〜…本当だ、混ざってる。面白いね〜…身体に異常は?」
「えっと、その…特に何も…」
「じゃあKeyと変われる?」
「けい?」
「君が取り込んだ遺物に宿る特異現象…神秘の権化のことね」
「えっと、恐らく出来ます」
「じゃあ10秒ね。10秒経ったら戻っておいで」
言うや否や、ホシノは背負っていたショットガンに手をかけて、持っていた紙袋を起き鞄のようなものを変形させ盾にすると、準備体操を始める。
唐突な提案に困惑するアリスだったが、言いたいことを察したのかホシノは何の気なしに言った。
「大丈夫…おじさん、最強だから。あっ、委員長ちゃんはこれ持ってて」
「…これは?」
「百夜堂の苺大福。百鬼夜行名物で、私のおすすめは抹茶クリーム入りね」
(…土産買ってから来たのね…人が死にかけてる時に…)
「言っておくけどお土産じゃないよ?おじさんが帰りの電車で食べる用だから。百夜堂は他のお土産とは一味…」
再び青筋を浮かべるヒナの怒りを知ってか知らずか、構わずに話を続けようとするホシノだったが、次の瞬間…神秘が爆ぜ、屋上を砂塵が覆う。
突如出現した凄まじい威圧感にヒナも臨戦態勢を取ろうとするが、直ぐに砂塵は晴れ…そこには四つん這いにされたアリス…の主導権を握ったKeyと、それに腰掛けるホシノの姿があった。
「それでね、中の苺が特産品を使ってて絶品なんだよ」
「っ!」
「おっと」
あの一瞬で何があったのか、事態を把握しきれていないのはヒナだけではなくKeyも同様。
ホシノを振り落とし立ち上がるが、気付けばいつの間にか背後に背中合わせでホシノが立っていた。
「後輩の目の前だからね。カッコつけさせてもらうよ」
Keyは振り向いて攻撃しようとするも、それよりも早くホシノがKeyの背中を神秘で強化されたショットガンで撃ち抜き、校舎の一部を抉る程の衝撃波を出しながらKeyを吹き飛ばした。
反対側の校舎の壁に突っ込んだKeyは口から血を吐きながらも、威勢を衰えさせることなくホシノを睨みつける。
(恐ろしく速い?いや、それだけでは無い…)
「まったく…いつの時代も厄介なものですね、生徒とは。だからどうという話でもありませんが…」
Keyの前に一瞬で移動してきたホシノにそう吐き捨てるKeyだったが、それとほぼ同時にその動きがピタリと止まった。
ホシノは携帯を確認すると、ショットガンを背負い直し盾も仕舞ってしまう。
「そろそろだね」
(…また乗っ取れない。このアリスという小娘は一体…?)
ドクン、と心臓の鼓動の音が木霊すると、アリスの瞳に光が戻り元の意識を取り戻しているようだった。
「…大丈夫、でしたか?」
「驚いた。本当に制御出来てるんだね」
「ですが…頭の中にあの人の声?が響いて少し煩いです」
「それで済んでるのが奇跡なんだよ」
感心したように頷くホシノは、少し考えるとアリスの額に指先を当てた。
何をするのか、そうアリスは聞こうとしたが、直後にその意識が奪われ、倒れ込みそうになった身体をホシノが胸に抱きとめる。
そこに、紙袋を持ったヒナが慎重に近付く。
「…死んでないわよね?」
「眠ってもらっただけだよ。これで目覚めた時にKeyに乗っ取られてなかったらこの子は”器”の可能性がある。さて、じゃあこの子はどうすべきだと思う?」
「…仮に器だとしても、特異現象操作部の規定に則れば死刑対象。でも、死なせたくはないわね」
「それは私情かな?」
「私情よ。だから何とかしなさい」
「ふふーん…可愛い後輩の頼みだからね。とーんと任せなよ」
「ってことで、改めて君。死刑だから」
「うわーん!回想と展開が全然合ってません!」
長々と聞かされていたアリスが気絶した後の経緯。
ヒナが庇ってくれたという感動を全て捨て置いてそう告げてきたホシノにアリスは涙目で抗議する。
現在アリスは後ろ手で縛られ椅子に座らせられていて、ホシノはもう一つの椅子の背もたれにだら〜っと顔を乗せて向かい合っていた。
やけに広い部屋の壁にはびっしりと御札や何かの機械やその配線が広がっていて、見るからに何かを封じ込めているようだった。
その対象は言うまでもなくアリスなのだが…
ホシノは指を立ててチッチッチッと振り、アリスを宥める。
「これでも頑張ったんだよ〜?死刑は死刑でも執行猶予付きね」
「執行猶予…今すぐでは無い、という事ですか?」
「そゆこと」
肯定したホシノは懐をまさぐると、小さな機器部品を取り出す。
それは、アリスが飲み込んだものとは形や構造や少し異なるが、刻み込まれている紋様はよく似たものであった。
「これは君が取り込んだのと同じ『Keyの
ホシノはそれを指でピンッと弾くと、弾かれた小さな機器部品は部屋の壁に当たり…触れた部分を中心にその周囲の御札や機械、配線がまとめて弾け飛び、激しい火花を散らす。
機器部品が床に落ちる前にいつの間にかそこに移動していたホシノがキャッチし、改めてアリスの前に戻ってくるとそれを目の前に突きつけた。
「見ての通りこれは壊せない。それだけ強い神秘なんだよね。日に日に神秘は強まってるし、現存の技術じゃ封印が追いついていない。そ・こ・で!君の出番ってわけ。君が死ねば、取り込んだKeyの
ホシノはショットガンの銃口をアリスへと向けるが、アリスは緊張に喉をゴクリと鳴らすものの臆する事はなく話に真剣に耳を傾けている。
その胆力に小さく笑ったホシノはショットガンを背負い、話を続けた。
「でもそんなの勿体ないよね」
「勿体ない、とは?」
「Keyに耐えうる器なんて今後生まれてくる保証は無い。だからこう提案したんだ。どうせ殺すなら、全部のKeyの
伝えられたのは、アリスにとっては残酷な話。
結局は、逃れることの出来ない死。
だがそれは、確かに今後のアリスの運命を大きく選択に違い無かった。
「君には二つの選択肢がある。今すぐ死ぬか、全てのKeyの
「!アリス…」
「井口先輩の具合は、どうでしょうか?」
カーテン越しに薄明かりが照らす病室、そこで頭を包帯でぐるぐる巻きにして寝込む白髪の少女…井口と、意気消沈とした様子でそれを見守っている眼鏡の少女…佐々木をアリスが訪ねた。
佐々木はアリスを見るなり目尻に涙を浮かべ、恐怖と困惑が入り交じった声で言葉を紡ぐ。
「大丈夫って…お医者さんは言ってたけど、まだ意識が戻らないの…私の、せいで…私が夜の学校なんか…信じられないと思うけど、変な化け物が襲ってきて…」
「信じます。あれらは化け物ではなく特異現象というそうです。あの機器部品…特級遺物というらしく、ああいった特異現象を呼び寄せたり強くしたりするのだとか。ですから…悪いのは、先輩ではなくあれを拾ってきたアリスです」
「…なんで、そんな事…」
「すみません。ですが、もう大丈夫です。明日には井口先輩を治してくれる人が来てくれるそうなので」
「アリス?ねぇ、待って…」
「…もう、行かなくちゃいけません。先輩、さようなら」
一礼したアリスは、遠慮がちに手を振って病室を後にした。
その後ろ姿に佐々木は思わず手を伸ばそうとしたが、何か恐ろしいものが取り憑いているような、アリスが別人に変わってしまった、そんな言い様もない不安感に駆られ、伸ばした手を引っ込めてしまう。
それが、佐々木にとって良い選択だったかは、誰にも分からない。
「それで〜?どうするか決まったの?」
人気のない寂れた公園で、アリスはホシノと並んでブランコで揺られていた。
錆びた鎖がギコギコと若干耳障りな音を立てる中、俯いていたアリスは深呼吸をすると、最後の確認をするために視線を上げる。
「特異現象による被害というのは…それなりにあるものなのでしょうか?」
「今回のは特殊なケースだったけど、被害の規模で言うならそうだね。特異現象に遭遇して普通に死ねたら御の字。ぐちゃぐちゃにされても死体が見つかればまだマシってものだよ。Keyの捜索をするとなればそういう凄惨な現場を見ることになるだろうし、君自身がそうならないとも言えない。まあ、好きな地獄を選びなよ」
「…」
『君は強いから人を助けるんだ』
アリスの頭の中で、病弱な友人からの助言が嫌に響く。
それは小言が多く話の長い、決して好きな相手とは言えなかったが…それでも確かにアリスの事を想ってくれた友人だ。
そして、アリスを大事にしてくれた先輩達にも、恩を返したいという思いは確かにあった。
「…Keyがいなくなれば、特異現象で苦しむ人は減りますか?」
「勿論」
「…あの機器部品、まだありますか?」
「あるよ〜、ほら」
ホシノが小さなそれを投げて寄越すと、受け取ったアリスは目を瞑って最後に一考し、そして次に意を決して目を開け、機器部品を飲み込んだ。
「うぐっ…ぐぐぐ…」
(さて、二本目…十分の一。どうなる…?)
その直後に喉を押さえ蹲るアリス。
その様子を見てホシノは背負っているショットガンに手をかけ万が一に備える。
アリスはしばらく悶えた後、落ち着いたように立ち上がって…
「ふ、ふふ…はぁ、こんな固くて角があるもの、飲み込むものでは無いと思います」
「そりゃそうだ」
(確定だね。肉体の耐性だけじゃない。Key相手に難なく自我を保てる。1000年生まれてこなかった逸材)
「…?どうかしたのですか?」
「いや、なんでも。それより、覚悟は出来たって事でいいのかな?」
「…未だに、何故アリスが死刑にならなければ行けないのかは納得出来ていません。ですが…困り、苦しんでいる人がいるのなら、それを助けない理由はありません。それが、勇者ですから」
「…勇者?」
「はい!アリスは皆を救う勇者になりたいんです!Keyの
「…ふふっ、良いね。君みたいなのは嫌いじゃないよ。楽しい地獄になりそうだ。着いてきなよ」
「…?何処に行くのですか?」
強く、真っ直ぐな目でホシノを見つめてそう言うアリスに、ホシノは心からの笑顔を見せるとブランコを降り、手招きをして歩き始める。
慌ててそれを追いかけるアリスは、道の先にあの時の事件で行動を共にしたモップのような白い髪の少女を見つけた。
「ヒナ?」
「行くのはD.U.よ」
「元気そうで良かったです!怪我は治ったんですか?」
「…お陰様でね。それより、貴女はこれから私と同じ学校に転入して、とある部活に入ってもらうわ」
「え?」
「…『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』、そこで特異現象の捜査や特異体の掃討を行う部活、『特異現象捜査部』へ」
「ちなみに一年は君で三人目ね」
「うわーん!少な過ぎます!」
ホシノの先導の下、ヒナと別れたアリスはD.U.の郊外、中心部と比べると人の賑わいの少ない街の片隅へとやって来ていた。
「凄い…田舎なんですね」
「うへ〜、そう言えるのが羨ましいよ〜。都会っ子は良いね〜。これでも砂漠とか森が生い茂った山奥とかに比べたらインフラも整ってて全然過ごしやすいものだよ」
「…ヒナはどうしていますか?」
「一応安静にしててもらう為に寮で休んでもらってるよ。今頃ぐっすりしてるんじゃない?」
「それは良かったです」
「それじゃ話の続きね。『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』、本校はキヴォトスの中でここの一つだけで、幾つかの大きな学園に『特異現象捜査部』の支部が配置されてるんだ。表向きには各学園の事件とか抗争に介入してそれを解決したり調停する連邦生徒会直下の下部組織って扱いなんだけどね」
ホシノが見つめる先にあったのは、学校と言うよりはオフィスビルのような高い建物。
しかし建物それ事態が何処か不思議な雰囲気を醸し出していて…丁度、キヴォトスのシンボルとも言えるサンクトゥムタワーが出しているものと近い雰囲気があった。
「卒業後も基本的には皆S.C.H.A.L.Eでの活動を続けてて、教育のみならずここを起点に各支部への連絡や情報の伝達、部員へのサポートを行う特異現象捜査の要なんだ。とりあえずアリスはこれから特異現象捜査部の部長と面談だよ」
「部長…」
「下手したら入学拒否られるから頑張ってね〜」
「ええ!?そしたらアリスは即死刑ですか!?」
突然の命の別れ道に思わず大声を出してしまうアリス。
苦笑してそれを見ていたホシノだったが、唐突にアリスから聞こえてきた電子音のような音にスッと背負うショットガンに手を伸ばす。
そして、アリスの片目にノイズのようなものがかかると、そこから機械音声のような声がホシノに話しかけた。
『なんですか、貴女が頭では無いのですか。力以外の序列とはつまらないですね』
「あ、すみません。時々出てくるんです」
「随分愉快な体になったね〜」
『貴女には借りがありますからね。小娘の体を物にしたら真っ先に排除してあげましょう』
「うへ〜、名も無き神々の女王に狙われるなんて光栄だね」
「その…やはり有名なのですか?Keyというのは…」
「おおよそですら測れない程の太古、かつて存在した神々だかその司祭だかが生み出した最強のトリガーAI。御伽噺でもなんでもない、確かに実在した神秘の権化だよ。『名も無き神々の王女』ってのはKeyの異名ね」
Keyが隠れたのかアリスの目が戻ったことを確認したホシノはショットガンから手を離し、S.C.H.A.L.Eの本部へ案内しながら話を続けた。
「神秘が満ちた太古の時代。名も無き神々に成り代わりキヴォトスの覇権を握ろうとしていたおじさん達のご先祖さま達が総力を上げてKeyに挑んで、そして敗れた。死後も遺物として残る死蝋さえおじさん達は消し去ることができなかった。正に神秘の『王女』と言うだけはあるね」
「ホシノ…先輩と、どちらが強いのですか?」
「う〜ん、力の全てを取り戻したKeyならちょっとしんどいかな〜」
「負けてしまう、のですか…?」
「勝つよ」
「遅いですよ、ホシノ。8分遅刻です」
「え?」
「責めるほどでもありませんが、その遅刻する癖を直せと何度も言っているでしょう」
ホシノに連れられてやってきたS.C.H.A.L.Eの本部、その一室。
エレベーターで登って来てかなり上階のその部屋で待っていたのは、全体的に色素の薄い印象の、車椅子に腰掛けた女性だった。
その周囲では幾つものロボットが掃除をしたり物を運んで忙しなく家事をしている。
「責めるほどじゃないなら責めなくて良いでしょ?どうせ1分も10分も気にするような性格じゃない癖にさぁ。で、この人が明星ヒマリ部長だよ」
「…その子が?」
「て、天童アリスです!好きなゲームはTSCです!」
「…どうやらその子は正気ではないようです。処理を任せますよホシノ」
「なぜですか!?」
「冗談ですよ…いや正気を疑ったのは事実ですが」
キヴォトスで知られる屈指のクソゲーを好きなゲームと言い張るアリスに口元に手を当てクスクスと愉快そうに一通り笑った車椅子の女性…ヒマリは、さて、と話を切り替えて本題を切り出す。
「何をしにここへ来たのですか?」
「え?その、面談に…」
「S.C.H.A.L.Eに、ですよ」
「…?神秘を習いに?」
「その先の話です。特異体を祓い特異現象を鎮める術を身に付けたその先に何を求めているのですか?」
「何、と聞かれましても…Keyの
「何故ですか?事件、事故、病気。貴女の知らない所で日々人が死ぬのは当たり前のことです。それが特異現象の被害となると看過出来ないと?」
「うへ〜、始まったよ…」
先程見せたユーモアはどこへやら、淡々と言葉を並べてアリスに圧をかけるヒマリに、ホシノは肩を竦めておどける。
一方そんな言葉を浴びるアリスは、その圧にまるで怯むこともなくはっきりと言い放つ。
「そんな細かいことは知ったことではありません!アリスはとにかく苦しむ人を助けて、勇者になりたいんです!」
「勇者?…ともかく、質問の答えになっていません。不合格です」
「!」
眉を顰めたヒマリはその車椅子…電動らしいそれに搭載されていたキーパッドを操作すると、周囲で家事をしていたロボットの内の一体がアリスへと襲いかかる。
ただの突撃だが鉄の塊による突進、その衝撃波は生半可なものでは無く、小柄なアリスを軽々吹っ飛ばして部屋の壁に叩き付けた。
「痛っ…」
「窮地にこそ人の本音が出るというもの。納得の行く答えが出るまで攻撃を続けますよ」
「ですから…アリスは、アリスの手の届く範囲で、そしてその範囲を少しでも広くして、傷付き苦しむ人を救いたいんです!それが、アリスの勇者としての使命です!」
再度襲いかかって来るロボットにアリスは拳を振りかぶり…一撃でそれを粉砕した。
華奢な体躯の何処にそんな力があるのかと一瞬驚きに目を見開かせたヒマリだったが、再びキーパッドを操作して他のロボットにも一斉にアリスに攻撃するようにけしかける。
「先程も言っていましたが…勇者?ゲームの話ですか?そんな創作物の話を現実に持ち出すと?特異現象捜査部は常に死と隣り合わせ、自らの死だけではなくその隣にいる者の死を横目に特異現象を鎮めなければいけない、不快な仕事です」
次々と襲い来るロボットをその身一つで迎え撃つアリスだが、数が多く、その上ロボットである以上恐れや痛みを感じることはなく破損も気にせずに絶え間なく突進やアームによる殴打をしかけ、徐々にアリスを追い詰めていく。
「ぐっ…」
「ここで活動する以上、確かな芯と高いモチベーションは不可欠。それを勇者などと言う曖昧な話で通じると思っているのならば甘いと言わざるを得ません」
「それでも…アリスは…!」
「貴女は調査の為だと勝手に人の家に押し入って、棚を漁ったり壺を割ったりするのですか?」
「む…痛い所を突かれました…確かにあのような行動は現実では出来ません…」
「ゲームと現実の区別とはそういうものです。貴女の目指しているそれはあくまで創作物の中の主人公。それそのものになるというのはその行動を全てトレースするということ。具体性、実現性、社会性、そして理性。それを理解させるのが特異現象捜査部の部長たる私の役目です」
「それは…確かに…ぐあっ!?」
突きつけられた正論に動きを止め、自分が目指した勇者とはなんなのかを思い返すアリス。
しかしその隙を容赦なくロボットは狙い、アリスの腹にアームによるアッパーが刺さり、アリスは真上に吹っ飛んでいく。
そこへ、ドローン型のロボットが突撃してトドメを刺そうとした。
「貴女の決意が如何程か、それを他人の視点で理解するのは難しいことです。ですがこれだけは断言できます。今のままでは貴女は決して貴女が目指すものになれないでしょう。特異現象捜査部の部員には、後悔のない死は訪れません。今一度問います。貴女は何故S.C.H.A.L.Eに来たのですか?」
「…」
空中に放り出された浮遊感の中、身体の痛みを忘れアリスは思いに耽る。
苦しむ人を助けられる勇者になりたい、その思いは決して変わらない。
しかし、運動も度々起こる戦いも人並み以上出来るアリスだが、一度たりともそれが自分にしか出来ないと思ったことは無かった。
「ふんっ!」
突撃してきたドローンを掴み取り、それをアッパーを食らわせてきたロボットに投げつけて両方を破壊したアリスは、天井から下がる太いケーブルを掴んでぶら下がると、それを強引に引きちぎって振り回し、襲ってくるロボットをまとめて薙ぎ払って見せた。
「Keyを取り込むことは、アリスにしか出来ません。死刑から逃げられたとしても、この使命から逃れたら…ご飯を食べて、本を読んで、友達と話して、しかしふとした時に”今頃もKeyのせいで人が死んでるのでしょうか”と思い出して、アリスには関係ないと言い聞かせるのか。そんなのは御免です。アリスが死ぬ時の事は分かりませんが、生き様で後悔したくはありません。その為に、アリスは
全てのロボットを破壊されもうこの場に動かせる駒が無くなったヒマリは、ふぅ…と息を吐くと車椅子を動かしてアリスに背を向けた。
「…ホシノ。アリスを寮に案内して差し上げなさい。それとARMSと壊れたものの弁償も」
「うえぇ!?なんでおじさんが!?」
「監督役は貴女です。責任を取りなさい」
「え〜…」
「えっと、その…ヒマリ部長?」
「…合格ですよ、天童アリス。ようこそ、S.C.H.A.L.E…特異現象捜査部へ」
「わ、わあ…広いです…!」
S.C.H.A.L.Eのビルの一角にある部屋に案内されたアリスは、その綺麗な内装と広々とした部屋、そして窓から見える見晴らしの良さに年相応にはしゃいでいた。
それを後ろから微笑ましく眺めるホシノは、外から大きな箱を担ぎ入れるとそれをアリスの前に置く。
「これは…もしかして」
「そのもしかして。言っておくけど、絶対にS.C.H.A.L.Eの中では使わないようにね?市街地でも使う時は細心の注意を払うこと。問題起こしたらまた没収されるから気を付けてね?おじさんだってこれ返してもらうのに苦労したんだから」
包装を解いた箱の中にあったのは、アリスが使っていた巨大な銃…レールガンだった。
アリスが拘束された時に回収され保管されていたのだが、ホシノ、そしてヒマリの計らいによって今回アリスの元へと返却された。
なおその前にその威力を調査する実験が行われて…想像以上の火力から危険視されたのだが、それを諸々の力でギリギリ正式に強奪したホシノは責められるべきか否か。
決して褒められることでは無いのは間違いない。
「さてと、後は他の皆と顔合わせぐらいかな。今は2年と3年は出払ってるからいないけど、近いうちに直ぐ会えると思うよ…でも、アリスちゃんが直接戦うことはないんじゃない?Keyの
「いえ、そんなのは勇者ではありません!」
「君がぐうたらしてる所にボロボロの委員長ちゃんが
ベッドに腰掛けるアリスの目の前まで近付いたホシノは、アリスの口元に指を当て小さい声で囁くように話す。
「そう簡単に見つかるならとっくの前に全部見つかるからね。Keyの
「…そんなに、親切なものでしょうか」
「そこはwin-winなんじゃないかな」
そんな風に話していた時、部屋の外で物音が響いた。
遅れて人の声、聞き覚えのある声だと思ってアリスが部屋の外に飛び出すと…以前会った時のような制服ではなく、普段着のヒナがいた。
「ヒナ!身体は良くなりましたか?」
「げっ…寄りによって隣?空き部屋なんて幾らでもあるじゃない…」
「賑やかな方が楽しいでしょ?」
「授業と任務で十分よ。ありがた迷惑極まりないわ」
「おぉ〜、ちゃんとしてます!アリス知ってます!優等生というものですね!」
「だから迷惑なのよ!」
「まあ良いでしょ。それより、明日はお出かけね」
「…何処によ?」
「三人目の一年生のお迎え、だよ」
「トリニティから電車で四時間…ようやくあのギスギス校ともおさらば。午後にはD.U.かぁ…今度こそ気楽にやれるかな」
心機一転、駅のホームを訪れた少女は特徴的な猫耳をピコンと揺らした。
本作における配役
五条…ホシノ
夜蛾学長…ヒマリ
呪術高専…S.C.H.A.L.E及び特異現象捜査部