ヴァルキューレ警察学校
その名の通りキヴォトスにおける警察機関に相当し、キヴォトス内の様々な治安問題の対処に関わっている為、特定の自治区を持たない代わりに、各地に拠点が置かれている。
しかし、学園が存在する自治体にはそれぞれの自治権が認められているため、これを理由に活動が制限され、ヴァルキューレ単独で問題解決にあたることはあまりない。
また法執行機関というだけあって他の学校にはない優秀な装備を持つが、予算不足もあって弾薬を含めた全体の装備は不足気味という実態もある。
そんなヴァルキューレ警察学校だが、警察機関に腐敗は付き物とは誰が言ったか、残酷なことにヴァルキューレもそれに当てはまっていた。
連邦生徒会の腹に一物を持つ行政官を通じて大人の企業と繋がり、資金援助や武装の融通を受ける代わりに企業の開発予定地に住まう住民の公権力を振りかざした強制退去はザラにあること。
他自治区で行政官や企業の者の不正が暴かれた際も揉み消しや裁判での減刑、目撃者の口止め等を行い、時に無関係な者に罪を擦り付けるのに協力するなど近年は社会人の秩序を守るべき警察機関に有るまじき無法状態と化していた。
そんなヴァルキューレの実質トップに位置する公安局長である尾刃カンナは、懇意にする連邦生徒会の行政官からのパワハラに頭を下げ無茶な司令にも従い、企業からの賄賂や裏取引を黙認し、腐敗に染まるそんな日々。
かつての入学当初に見せたあの輝かしい芯の通った瞳はどこへやら、上の圧力と自らを慕う部下に板挟みにされ罪悪感と自責の念に押し潰されそうになっていたある日。
非番で街を練り歩いていたカンナは、何やら言い争う後輩の姿を見つけた。
当時どうやらその後輩は民間のセキュリティ会社と揉めていたらしく、その会社の2人のセキュリティガードが民間人に難癖を付けて取り締まっていたのだという。
その企業はヴァルキューレ上層部が裏取引の相手としている有力企業で、普段のカンナならば後輩の方を引きずってセキュリティガードに頭を下げその場を引かせただろう。
だが、この時カンナは見てしまった。
セキュリティガードがその後輩に手を上げ、横暴に振舞って痛めつけようとしているのを。
後輩はそれに反撃しようと一般生徒に支給されていた銃に手をかけようとするが…そこに駆け付けたカンナがそれを止め、代わりに文句を付けようとしてきたセキュリティガードを張り倒した。
『もう、いい…もううんざりだ。悪戯に罪のない者が苦しむのも、腐ったヴァルキューレも、私欲の限りを尽くす連邦生徒会も…私がこのキヴォトスの全てを作り直してやる』
その時、カンナは感覚的に、まるで天啓を受けたかのように”力”の使い方を理解した。
それを己のセンスに頼り行使したカンナは、秘儀を激昂し襲いかかってきた2人のセキュリティガードへと振るい────
(私の責任、私の信念。三流悪党の私に、出来ることを…)
「神秘解放『マッド・ドッグ・コート』」
「!」
アリスが臨戦態勢に入った途端、カンナは手元に出現させたガベルで空を叩くと、爆発的に神秘が広がり…周囲にはギロチンが立ち並ぶ裁判所のような空間が構築された。
それは紛うことなき神秘の真髄、神秘解放であり、秘儀を得てまだ数日である筈のカンナがその高みに辿り着いていることにアリスは驚愕する。
カンナが神秘解放を扱える理由の一つとして、体系というものがある。
神秘解放は太古の時代では現代と比べてスタンダードな技術で、それは当時では現在の神秘解放によって構築される領域に多い”必中必殺”という特性から”必殺”の部分が省かれていたことに起因する。
領域内の対象に自身の”
要素を積み重ねるということはそれだけ習得難易度が向上し、現代にはその”必中必殺”の領域というものばかりが伝えられたことで一般において神秘解放がより高度な技となっているのだ。
そしてカンナの領域はそんな比較的習得難易度が低い”必中”のみの特性を持つ領域だからこそ扱えていると言える。
どのような必中効果があるのか、身構えようとしたアリスはレールガンの電源が入ら落ちていることに気が付く。
故障かと焦るアリスだったが、そこにカンナがガベルで領域に構築されたテーブルを叩いてアリスの注意を引いた。
「この領域の中ではありとあらゆる暴力行為が禁止される。武器の使用や直接殴り掛かることもな。これからここで起こることを説明する。聞き逃さないように理解しろ」
「はい…?あ、秘儀の開示ですか!?」
「静粛に」
「は、はい…」
アリスを強面の鋭い眼光による睨みで黙らせたカンナは、この領域のルールの説明…必中のみの領域とする以外にも、より領域の成立を安定させる要素としての秘儀の開示…を始めた。
1に、カンナが神秘解放し秘儀を発動することでカンナの背後に浮かぶ天秤のような姿をした式神…”ジャッジマン”が対象の犯した疑いのある罪を発表。
2に、ジャッジマンからの証拠品が提出される。
3に、相手はかけられた疑いに対して自分自身を弁護し、その後に証拠品が提出される。
4に、カンナがその言い分と証拠品を踏まえた上で相手に反論を行う。
そして5に、最終的にジャッジマンが審判を下し、有罪を取られた場合相手には犯した罪に応じた罰が下る。
領域の景色の通りまさに裁判を再現したような領域のルールにこれまでアリスが見てきた領域…ホシノやアル、ムツキの単純に脅威的なものとはまた違った厄介さがあると眉を顰めるが、同時に単独でも何とかなりそうだと口元を綻ばせた。
「つまり裁判、ならアリスにだって勝機はあります!なにせ、アリスは『大逆天裁判』でこういったシチュエーションを勝ち抜いてきたのですから!」
「ゲームと一緒にするな、神聖な裁判をなんだと思っている。はぁ…では始めるぞ。ジャッジマン」
「!」
『天童アリスは18歳未満でありながら20XX年、7月16日。ミレニアム自治区のパチンコ店”カイザーベガス”にて客として入店した疑いがある』
「…あー、えっと…」
「陳述のチャンスはお互いに1度だけ、弁護の為の言葉はよく選ぶといい。ジャッジマンは領域内の全てを把握しているが、証拠品を除いてそれが私に共有されることは無い。そしてこの証拠品は必ずしも貴様の罪を確定するものでも無い。貴様に与えられた選択肢は主に『否認』、『黙秘』、『自白』の3通り。抜け道はしっかりと用意されているぞ」
「…」
(確かに中等部の頃にゲームセンター感覚で入って遊んだ記憶がありましたけど…無罪を主張するなら嘘を吐くことは避けられませんよね…なら大事なのはあの証拠の中身。もし証拠が入店を裏付けられない”スカ”なら否定すれば良いだけですが…裏付けるものならば言い訳を?入店だけでなく”遊戯”まで裏付けているものだった場合は自白で罪を軽くするのもありなのでしょうか?いや…)
何がドボンとなるか分からない現状、証拠の中身のパターンを3通りに分けたアリスはそれぞれにどう返答するのが1番自分に有利になるのか、どうすれば自分の不利を軽減できるのか思慮を巡らせ…そして数分の熟考の末に答えを出した。
「…っ、異議あり!アリスはその時御手洗の為に店に入っただけです!ですから無罪です!」
「『異議あり』は普通こういう場面では使わないぞ。そもそも私が何も主張してないからな」
「あ…そうですか…」
「さて、ではこちらの番だ。お待ちかねの証拠品の提示といこうか」
口角を上げ犬歯を覗かせたカンナは、ジャッジマンから受け取った封筒を開封すると…空中にモニターが出現し、それがとある景色を映し出した。
それは…『カイザーベガス』付近の換金所を利用するアリスの姿を映したキャプチャだった。
「…その…違うんです…」
「違わない。人相、背格好、間違いなく天童アリスのものと見て間違いないな?入店を認めた今このキャプチャを見る限り御手洗云々は信用するに値しない。やはり天童アリスは18歳未満でありながら遊戯目的でパチンコ店に入店したと見られる」
「それは、何罪ですか…?」
「店側は明示的に18歳未満の生徒の入店を拒否しているからな。建造物侵入に当たる。店と換金所は別の法人、今回問われていたのはあくまで『カイザーベガス』への入店のみだ。入店していないとシラを切ればこの結果は避けられただろうな…判決を」
『”
カンナがガベルでテーブルを叩くと、背後のジャッジマンがそう言い渡した。
その直後に裁判所の領域は解除され元のホールの景色へと戻り…それと同時にアリスは自分の神秘に鍵をかけられたように操作が効かなくなったことを察した。
「これは…」
「裁判所を出ればいつも通りのキヴォトスだ…後は分かるな?」
「くっ…!」
そんなアリスに、カンナは容赦なく拳銃を発砲する。
カンナの神秘の総量と出力はアリスからしても生半可なものでは無いが、それでもヴァルキューレの生徒に支給されているそれでは弾丸に神秘を込めて威力不足…なのは、アリスが普段通り神秘で自分を保護できた場合の話。
有罪のペナルティとして神秘の操作を奪われたアリスには、その神秘で強化された弾丸が一切の威力減衰もなく襲いかかる。
咄嗟に射線から逃れようとしたアリスだったが、そこへステージから飛び上がったカンナが一般的な木槌程度の大きさのガベルを固く握りしめると、ゲームに登場某大王ペンギンが持つような巨大なハンマーのように変形させ、それでアリスを殴り飛ばす。
ホールに並べられていた椅子を複数巻き込んで転がったアリスは、周りの椅子を払い除けながら立ち上がり口端が切れて滴る血を服の袖で拭うと、神秘による身体強化が出来なくなったことですっかり重く感じるレールガンを降ろしてから立ち上がった。
そんなアリスの様子を見てカンナは巨大化させたガベルを肩に担ぎ獰猛な笑みを浮かべた。
「…頑丈だな」
「それが取り柄ですので…!」
対して余裕の無いアリスは、神秘が無くとも素で頑強な自身の肉体にあれほどのダメージを響かせるカンナの攻撃に冷や汗を流す。
それこそ先に上げた神秘の総量や出力然り、そしてそれを効率的に操作し無駄なく力として変換する操作技術までもがアリスがこれまで見てきた生徒の中でも1級品と言えるものだった。
それもその筈、尾刃カンナは中等部からヴァルキューレでは有力視され相応の環境を用意されて優遇を受け、警察官としての才能を遺憾無く発揮。
高等部に上がる頃には幹部として時期公安局長の就任が内定するほど。
だが、彼女の中で最も光っていた才能の原石は───即ち、神秘の才能。
「せいぜい噛みちぎられないことだな」
「犬に手を噛まれるのは御免です!」
治安組織の長というだけあり、日頃から積み重ね鍛え上げてきたのであろう身体能力と瞬発力、運動能力はアリスをもってしても反応が難しいものであり、例え神秘の操作を奪われていなかったとしても苦戦することは必至だろうと考える。
カンナはガベルを右手持ったガベルをアリスへと振り降ろし、それが間一髪のところで避けられたかと思えば同時に振り上げていた左手にガベルを移すと今度はアリスが避けた方向へと振り降ろした。
それを連続で繰り返すことによる連撃にアリスも回避しきれず何度か腕で受け止めるハメになり、衝撃に肌に青痣が残る。
1度アリスは大きく距離を取って仕切り直そうとするも、間髪入れず間合いを詰めて横に振るわれたガベルをまた腕で受け止めようとして…その直前にガベルの柄の長さが変化し、槌部分がアリスの肘に引っ掛けられる。
咄嗟に外そうとするも、それより早くカンナがガベルを引いたことで引っ掛けられていた肘を中心にアリスはその場でひっくり返り、背中から床に打ち付けたところに振り下ろされたガベルを転がって避けた。
「うぐっ…やりづらいですね…!」
「こっちの台詞だ。1度有罪を取った相手に粘られたのはこれが初めてだ」
「それはどうも!」
尾刃カンナはまさに天才だった。
神秘解放がデフォルトで備わった自らの秘儀を解明することで結界術の基礎を同時に習得、結界術から逆算する形で神秘による身体強化の勘を掴み、術式かいかから僅か12日で1級の資格を持つ生徒と遜色ないレベルに成長している。
「…?」
「貴様、神秘を練れていないのか?」
「え…?あなたがやったのですよね?」
「”没収”のペナルティは一時的に秘儀の使用を不可能にするものだ。察するに…貴様は秘儀を持っていなかったということか」
「…」
図星を疲突かれ黙り込むアリス。
本来没収するべき秘儀がアリスにはない為に代わりに神秘の操作が没収されたというのが真実だが…それを見抜いたカンナは同時に恐ろしさも感じていた。
何故、その状態で自分と渡り合えるのかと。
(生来の肉体の強度だとでも言うのか?確かにキヴォトスの者は皆頑丈だが…神秘が込められた攻撃に神秘による防御も出来ず耐えられるとは到底思えない。ごく稀に産まれてくる他の者達と比べても極めて高い頑強さを持った類か、生物としての強度が恐ろしく高いな)
日頃秘儀を用いて戦う者は秘儀が使用できなくなれば長年の勘が鈍るが故に基礎的な神秘操作もグダグダになることが多い。
それより不利な完全な神秘の使用不可というペナルティを受けながらも、アリスがここまで戦えているという事実に悪寒が走ったのを感じたカンナはガベルの柄を伸ばして杖のようにして両手で構えた。
(並の連中が相手であれば最初の一撃で勝負が決まるところだが…油断すれば足元をすくわれかねんな。ならば…全力で潰すまで!)
「よく見ておけ。相手に食らいついて離さない、狂犬の牙を!」
「相手に口上があるとボス戦って感じがしますね、望むところです!」
冗談めかして言うアリスに、カンナは両手を巧みに使ってガベルの長い柄を自由自在に振り回し、息付く暇もない怒涛の連撃を仕掛ける。
それを直感を頼りに掻い潜りなんとかカンナの間合いから抜け出したアリスはステージの上に飛び乗ると、最初にカンナが浸かっていた浴槽をカンナへと向けて蹴り飛ばす。
それをカンナはガベルで粉砕したのと同時に中に入っていた水をアリスの方へと撒き散らし、水を被ってアリスが顔を腕で覆った隙に巨大化させたガベルを振り降ろした。
「…凄いじゃないか、まだやるのか。まるで壊れない人形を相手にしているようだな」
「んがっ、ぐぐ…!」
なんとかガベルを手で受け止めたアリスだったが、強烈な圧力をかけられ今にも押し潰されそうになり苦悶の声を上げる。
直ぐにでも神秘操作による身体強化を取り戻さなければこの状況から押し返す術は無く、神秘操作が戻るまでの猶予が分からない現状詰みとさえ思える窮地。
(マズイ、マズイ、マズイ…!何か、何かないのですか…!何か、この状況をひっくり返せるような…!…裁判…ひっくり、返す…?)
「っ!カンナ!『もう1回、やり直し』です!」
「む…」
アリスがそう発言した瞬間、カンナの意思に寄らず自動的に神秘が解放され、再び裁判所の領域が構築された。
それによって非暴力のルールが発生し、アリスはガベルによる圧力から解放される。
肩で息をするように呼吸を荒くするアリスはなんとか助かったと顔を上げた。
「よく気付いたな。ジャッジマンに有罪を言い渡され罪を課された対象は、罪を認めない限り2回まで裁判のやり直しを請求できる。ジャッジマンはこれを…二審を断れない」
「では、もう一度…」
「但し!」
『天童アリスは20XX年、10月31日。ミレニアム自治区にて大量殺人を犯した疑いがある』
「…」
「裁判の内容はその度に変わるがな。しかし、貴様もとんだ悪党だな───」
「はい、アリスが殺しました。これは嘘でも否定でもありません」
「!?」
アリスの迷いのない『自白』に、カンナは目を見開いて驚愕する。
しかし事態を飲み込む間もなくジャッジマンは目を縫い付けていた糸を引きちぎる程に力強く開眼すると、審判を下した。
『”
『…失望したか?これが貴官達が慕ってきた私の本性だ。不正に手を染め、悪事を黙認し、自分の為に誰かを貶める三流悪党だ。舞台から早く降りるべきだったのに、その機会を逃してしまっただけの…』
『…局長は射撃が上手で、書類仕事だって完璧ですし、いつも市民に優しいじゃないですか…!ヴァルキューレ生の憧れである局長が三流悪党だなんて…他の誰が認めたって、本官は絶対に認めません!』
『…そうか、もう二度と会うこともないだろう。願うならば、貴官はずっとそのままでいて欲しいものだ』
(私だって、幾ら努力したところで貴官のようにはなれない。そんなに真っ直ぐな目は、もう私には…)
「…『処刑人の剣』」
ジャッジマンが下した死罪のペナルティ。
科されるもっとも重い罰、それによってカンナが得るのはガベルが変貌した十字架のような光の剣だった。
その性質は単純明快、死罪を言い渡された対象はこの剣に触れると、例外無く問答無用で即死する。
死刑宣告で即時死刑執行される訳では無いのはアリスにとっては幸いだが、それでもカンナが圧倒的なアドバンテージを得たのに変わりは無い。
その上罪を認めたことで没収のペナルティは覆らず、再び裁判をやり直すことも出来ない。
(公的な規則…ヴァルキューレそれに従い、公正にあるべきだった。だが世の中は私が思ったほど公正ではなかった。汚い現場で、どれだけ妥協に塗れながら公務を処理していたか…それが社会であり、現実だ。手を汚さずに正義を掲げ続けることなど出来ない…)
「貴様もだ、天童アリス!どれだけ貴様が高潔な精神を持とうとも!この社会のあり方は変わらない!貴様のようなガキに、それが分かるか!いつかの決意さえドブに捨てる判断をしなければならなかった私の気持ちが!前を向いても先の見えない闇が、明かりを灯しても広がる眩しい虚無が!」
「アリスは…アリスは!」
「なっ…!」
カンナの慟哭に、アリスはホールに並べられていた椅子を乱雑に蹴り飛ばし、視界を覆うほどに巻き上げた。
神秘による身体強化も無しにこれだけの荒業を行うパワーにカンナは舌を巻くが、そんな椅子の隙間から動いた影は見逃さなかった。
背後の方に回り込んできた影目掛けてカンナは絶対即死の『処刑人の剣』を突き刺し────そこには、アリスが脱ぎ捨てた上着があるだけだった。
「信念を貫くことの大変さは、アリスもよく知っているつもりです!」
「クソッ…!」
「それでも…!」
上着を脱ぎ捨てシャツ1枚になったアリスはカンナの背後を取ると、振り向いてきたカンナに向けてさらに椅子を投げつけ目くらましを行う。
その間に足払いをかけるが…それを予測していたカンナは飛び上がってそれを避け、『処刑人の剣』を振り降ろそうとする。
だが…
「それでも、自分で判断し続けなければいけないんです!大変でも、辛くても、行先は…自分で決めるんです!」
「…」
(この社会は、そういうものだ。人の欲望が渦巻いて、権力のある者には下の者は逆らえず、そしてそれを言い訳に自らの罪から目を背ける醜い生き物…それなのに、何故だ。何故、罪を認めたんだ、天童アリス!)
…ジャッジマンから提出される証拠の情報は、開封前からでもカンナに共有されている。
あの時提出された証拠の正体は、アリスの中に巣食う悪魔…Keyについて。
あの時大量殺人を行ったのは、アリスではなくKeyなのだ。
アリスは、殺してなどいない。
(それなのに、何故だ…何故…!)
「っ…」
アリスがカンナに拳を振るうのと、カンナが『処刑人の剣』を振り下ろすのと、このまま行けば、アリスの拳よりも早くカンナの『処刑人の剣』がアリスへと当たる。
このまま続ければ、勝てる。
それでも…カンナは秘儀を解き、『処刑人の剣』を解除するとアリスのストレートが無防備なカンナの腹に突き刺さり、カンナは後方に吹っ飛ばされて荒れて散乱していた椅子の方へと突っ込んだ。
その衝撃に暫く咳き込み、アリスもやり過ぎたかと心配して駆け寄ろうとするが、それをカンナが手で制して止める。
「ゲホッゴホッ…弁識能力と制御能力のいずれかが欠けていると心神喪失となる。ミレニアムでの貴様は、Keyに身体を乗っ取られていた」
「…!何故Keyのことを…」
「つまり制御能力がなかった。自発的に制御能力を放棄した訳でもない。即ち───無罪だ。天童アリス、
「…ですが、やはりアリスのせいです。アリスが、弱かったから…」
「…そうか。お前は、そういう奴なんだな…」
無罪を突きつけたのにも関わらず自らに非があると言い張るアリスにカンナは苦笑して立ち上がると、適当に椅子を2つ向かい合うように並べた。
「カンナ…先程はどうして秘儀を…」
「初心に還ったんだ。天童アリス、お前のような者がまだまだこのキヴォトスにもいることを信じるとしよう」
「?」
「まあいい、座れ。100
アリスは先程囮に使った上着を回収して着直すと言われた通りカンナが並べた椅子の片方に座ると、カンナも続いてその向かいの椅子に座ってアリスと向き合う形になる。
と、カンナは手を組んで俯きながらアリスに質問した。
「なあ、天童アリス。自分の意思で人を殺めたことはあるか?」
「…あります」
そう答えて視線を落とすアリスを見て、カンナはあの日秘儀を手に入れ自らの激情のままに後輩を傷付けた2人のセキュリティガードを殺した時のことを思い出し、弱々しく微笑むと天を仰いで自分の事のように呟いた。
「そうか────最悪の気分だったろう」