『…んだよ、テメェ』
『やあ、こんにちは。私の名前はマルクト。君は美甘ネルで合ってるよね?』
『そうだが…連邦生徒会からの刺客か賞金稼ぎの類なら喜んで相手するぜ?』
『もう、そんな殺気を向けてこないでよ。私は今日君に提案しに来たんだ』
『…提案?』
『うん、君は戦いに飢えている…強者との戦いを渇望し、己が命を脅かすような難敵を望み、全霊をかけた死闘を…或いは圧倒的に自らを蹂躙する強敵を求めている。違うかな?』
『…否定はしねぇ。別に平和も嫌いじゃねぇが、戦いに身を投じる方が性に合ってる。そんでせっかくやるなら雑魚共を蹴散らすだけじゃつまらねぇ。今の私は…心底飽き飽きしてる』
『なら私がその渇望を満たしてあげよう』
『何だと?』
『今度、キヴォトス全土を巻き込んで死滅回遊というゲームを始めるんだ。そこで、各地で目覚める様々な強者、戦いを鎮めようと挑む乱入者…そして、そこにはキヴォトスの歴史上最強の存在である”Key”という人物がいる。聞いたことぐらいはあるだろう、戦ってみたくないかな?史上最強のトリガーAIと』
『…良いぜ、乗ってやる。ただし嘘ついたらテメェに代わりの相手になってもらうからな』
『おー、怖い怖い。死滅回遊の開始は11月の1日、巨大な結界を見つけたらそこに入りなよ』
『フンッ…食えねぇ奴だな』
D.U.第2
脚を1歩踏み出すだけで地面にヒビが入るほどに力強く爆走する2人は、鬼ごっこをするかのようにネルがアツコを追跡していた。
「このまま逃げ回る気かよ!時間が惜しいのはそっちじゃねぇのか!」
「うん、だから戦いやすい場所に変えてるだけ。このままじゃつまらない」
「同感だ!」
大気が振動するような走行音の中ネルと言葉を交わしたアツコは一気に加速して前方に見えるコンテナの裏側まで回り込むと、奥から追跡してきているネルの方へと殴り飛ばす。
その衝撃でコンテナはべコンと凹み中に積まれていた弾薬をばら撒きながらネルの方へと吹っ飛び…ネルもまた拳でそれをアツコの方へと打ち返す。
コンテナから零れる弾丸が雨のように降り注ぐ中、アツコは打ち返されたコンテナを蹴り飛ばして跳ね返し、戻ってきたそれを再びネルが殴って打ち返し…凄まじいラリーが数秒の内に十数回繰り返されると、最終的にギアを上げたアツコの渾身の拳がコンテナへと決まり、対処しきれない速度でネルを巻き込んで吹っ飛んでいく。
しかしネルも負けじとバラバラになったコンテナの鉄板を1つ掴むと、追撃しようと飛びかかってきたアツコの顔面へと叩きつけて仰け反らせ、回し蹴りで首を打ち据えて蹴り飛ばす。
地面に足を擦りながら後退するのを留まるアツコだったが、ネルは手元に電気のような特性を持った神秘をバチバチと弾けさせた。
(神秘はヘイローからだが、神秘の反転は頭で回す。どれだけ強力な”恐怖”での治癒が出来ようが、一撃で頭を消し飛ばせば関係ねぇ!)
先程の蹴りでアツコの頭に自身の神秘を流し込んだネルは、そこに蓄積した電荷目掛けて防御不可の雷撃を打ち込もうとする。
無限に湧き出る神秘でネルの神秘特性による麻痺をカットしてしまうアツコでも、こちらの放電の方までは防げないのは実証済み。
そしてアツコの不死身状態はあくまでどれだけの重症を負っても瞬時に回復するからこその事実上の”不死身”であり、一撃で即死させられるならばその限りでは無い。
ネルの手から放たれた雷撃がアツコの頭部へと迸り───
(やばっ…でも、壊れたそばから…治せばいい!)
「っ!」
雷撃はアツコの頭部に蓄積したネルの神秘に引き寄せられ直撃し、マスクが砕けて素顔が晒される。
さらに雷撃は頭の中にまで通電するが、雷撃によって血管や細胞が破壊されたのとほぼ同時にそれらを再生することでアツコは即死を免れた。
更に、追撃を避けるために勢いよく鼻を鳴らすと、吹き出た鼻血と共に頭部に蓄積していたネルの神秘を排出する。
必殺の雷撃に対して力技で対処してみせたアツコにネルは凶相を深め、稲妻のように駆けるとすれ違いざまにネルの2丁の銃を繋ぐ鎖、それをアツコの両脚に絡ませたまま爆走した。
当然鎖の繋がる銃の方はネルが持っているわけで、鎖が絡まったままのアツコはネルの速度で引き回されて何度も全身を地面へと引き摺り跳ねる度に打ち付ける。
しばらく引きずり回されたところでアツコが腕を地面に叩きつけると、それによって生じた破壊がネルの足元まで伝搬して走るための地面を崩れる事で駆ける足が止まった。
ネルが急停止したことで弾みで頭からぶっ飛んでいくアツコだったが、その一瞬の間に脚に絡まる鎖を外すと吹っ飛んだ勢いで電線に捕まり、力づくでそれを引きちぎると電線の端を持って振り回し、もう片方の端をネルの首元に巻き付けて引き寄せる。
電線と首の間に右手の指を挟めることで首が締まるのを防いでいたネルだが、逆に言えばそれは片手を封じられているのと同義。
残る左手だけで今のアツコの攻撃を捌き切れるはずも無く顔面に拳が入り、そのまま地面へ叩きつけられた。
割れた地面と拳に頭を挟まれるネルはそれでもまだ余裕を残しているようで、楽しそうに口を開いた。
「これで終わりじゃねぇよな?」
「勿論」
アツコは響き渡る『Kyrie』の演奏の終了…神秘解放での領域から得られるボーナスの終了が近いことを悟り、一気にケリをつけようと全力で倒れるネルの腹を蹴り上げた。
蹴りの衝撃で身体が浮いたネルは、起き上がる手間が省けたとそれを利用して空中で器用に身体を動かして両足で着地し、直後互いの蹴りが衝突して鍔迫り合いのような体勢になる。
「
「あなたもさっきみたいな雷撃は1回撃つ度に溜めがいるんでしょ?ならそれよりも早く…倒すだけ」
「うおぉっ!?」
脛で押し合う体勢だったアツコはより神秘の出力を上げて押し勝つと、真横に一回転したネルの腹を蹴り抜いて吹っ飛ばし、ハンドスプリングの容量で体勢を建て直していたネルへと迫り、的確に腕による防御の隙間を縫って身体へと拳を叩き込む。
応戦しようとするネルだが、アツコの速度と動きのキレは急激に増していきいつの間にか防戦一方に回ることになっていた。
(なんだこいつ…!さっきの領域でのゲームは第1段階と第2段階のボーナスをスキップしてた筈だろ!神秘出力と神秘操作精度への恩恵は受けられてない筈なのに…!いや、まさか…!)
「ここまで本気で戦うのは久しぶりなんだ。やっぱりブランクがあると鈍っちゃうよね…色々と」
「ぐあっ!?」
腕によるガードの上から叩き込まれた渾身の腕の一振は、ガードを突き抜けて顔面へとその衝撃を伝えネルは鼻血を吹き出しながら吹っ飛んだ。
通常アツコは領域でのゲーム、その各段階クリアによる段階移行時のボーナスを得たとしてもその1つだけでは本領を発揮出来ない。
第2段階への移行時に得られる単純な神秘出力強化のボーナスは身体能力や防御力の強化に繋がるが、突発的に膨れ上がるそれらにアツコ自身が制御しきれず十分には使いこなせない。
第3段階への移行時に得られる神秘操作精度の強化が加わることで初めて強化された出力を最も使いやすいように調整することが可能になる。
そして第3段階クリアによる『大当たり』で得られる無制限の神秘はこれらのボーナスを予め受けていた時に真価を発揮するのだ。
爆発オチエンドの『演出』で先2つのボーナスをスキップしたアツコが最後の無制限の神秘のボーナスだけ得てもせいぜい持久力と超回復が手に入るのみで身体の強さ自体には直結しない…が、実のところ無制限の神秘以外はアツコが領域によって何度もそのボーナスを受けたことで学習、自分自身の自力のみで引き出すことが可能となっており、ボーナス時の神秘出力や神秘操作精度をボーナス無しで扱うことが出来る。
しかし長い間強敵との戦いをしていなかった事でその感覚を忘れていたアツコだったが…久しく見る強敵を前にその感覚を取り戻し、出力、神秘操作精度共に高まっていく。
「ハッキリ言うと今の私に第1と第2のボーナスは必要ない」
「やっとトップギアってことかよ…!」
理不尽なインチキ地味たそのスペックに心底愉快そうに笑ったネルは続くアツコからの追撃をなんとか捌いていくも、段々と身体能力で引き離されて被弾が増えていく。
不死身の捨て身を惜しみなくぶつけてくるアツコを相手に一方的にダメージを受けて段々と限界に近付いてくるネルだったが…
ネルは2丁の銃、その片方を鎖ごと振り回して投げるが、アツコはそれを首を傾けて回避すると助走の乗った全力の蹴りを叩き込み───それを受け止めたネルの手のひらでパリパリと電気のような神秘が迸っているのを見た。
(なんで…もう溜まったの…!?)
(あたしが電荷を溜めてんのは、お前だけじゃねえよ!)
咄嗟に身を引いたアツコだったが、警戒するべきはネルの方ではなく…先程ネルが投げて後方に落ちた銃の片割れ。
それに溜められた電荷をネルは帰還電撃で引き戻すことでその直線上にいたアツコの胴体を穿った。
「ぁ…」
一直線に迸った雷撃に巻き込まれたアツコの胴体は大きく抉られて風穴が空き、そここら夥しい血液が流れ出て足元に血溜まりを広げる。
そして不運なことに…それと同時に『Kyrie』の
ガクンと膝を地に着けたアツコを見て、ネルは一気に熱が冷めたようにため息を吐いた。
「…終わりだな」
「───神秘、解放…『スコルピウス』」
「なっ…!こいつまだ…!」
しかしネルの予想に反してアツコは力を振り絞って掌印を結ぶと、決死の神秘解放をしてみせた。
領域が展開され、2人は結界の中に取り込まれる。
(…いや、こいつも満身創痍。あの状態からは攻撃に転じることすら出来やしねぇ。そして1度抽選を行うためには相手に攻撃を入れる必要がある。何もしなくても勝手に死ぬだろうな)
残る力を振り絞って神秘を解放したアツコはそこで力を使い果たして倒れ込んでしまう。
最早立ち上がる力すら残っておらず、第3段階クリアによるボーナスが無ければ”恐怖”による治癒も行えない。
故にネルはアツコが息絶え領域が解除されるのを待とうとしたが…
「ちょ、ちょっきん…」
「!」
仰向けに倒れるアツコは手でチョキの形を作ると、ネルの胴体を挟まこもうとする巨大な挟みが現れた。
完全に油断していたネルは飛び上がって切断されるのを避けるが、ハサミの刃は僅かにネルの脚を掠め切り傷を与えている。
つまり…
アリアリアリアリアリアリアリアリアリさんマークの引越し者の錠前サオリだ。
一日にこんなに演出で呼ばれたこともないからそろそろ小話のネタが尽きそうになって困っているぞ。
そういえばコンビニでバイトすると廃棄弁当が貰えるという習慣がある所もあるようだが、最近は衛生面の問題や故意に入荷の量を増やして廃棄を出すことで持ち帰ろうとする輩の防止の為に廃棄弁当を持ち帰れない店舗も増えているぞ。
持ち帰れるかどうかは店舗によるので、かならずお店の人に確認を取るように注意するといい。
それでは第1段階のゲーム、お馴染みのじゃんけんの開始だ。
ヴァニタスじゃんけんじゃんけんぽん!
私はパーを出したぞ。
勝っても負けても虚しいだけだ…
「勝った…」
「まじかよ…」
先程チョキを出していたアツコはそこから手の形を変える余裕すらなかったのか手の形はそのままだったが、それでもゲームをクリア。
ゲームは第2段階へと移行し、アツコには神秘出力強化のボーナスが入る。
だがその奮闘もここまでと言える。
何故なら次のゲームは…
「お、あたしはあいつは初めて見たな…」
領域内に、赤い身体と持つ狂い咲いた花のような頭部を持つ怪物が現れる。
第2段階はあの怪物に攻撃を入れなければ抽選は始まらず、そして今のアツコには指1本動かす余力しかない。
端的に言えば…詰みだった。
「…いっそトドメを刺すか、あの怪物に踏み潰されて終わるか────
────ここまで来たら、最後までやらなきゃつまんねぇよなぁ!」
頭を掻いて思案していたネルは、こんな終わり方では味気ないとアツコの奮闘を買い、自ら現れた怪物に飛び蹴りをかました。
蹴りの衝撃に怪物がよろめくと共に、撃破判定の抽選が始まる。
当たりの確率は5分の1、今回は演出は入らず単純な運のみで抽選を待つ。
結果は…
マダム撃破チャンス!
”Week”!?”Effective”!?”Normal”!?”Regist”!?or…”Critical”!?
hit…hit…
”C R I T I C A L H I T”
「ははっ!今回はあたしの運が良かったのか、テメェの運が良かったのか。どっちだろうな?」
倒れ伏すアツコにネルは声を高くして話しかける。
傍から見れば完全に死んでいるようにしか見えないが、未だ領域が続いているということはまだ息があるのだろう。
神秘操作精度の強化のボーナスがアツコへと入り、残るゲームは完全に運に身を委ねたもの。
動けないアツコは大当たりを祈ることしか出来ない。
「おっと、抽選を始める為には攻撃を入れなきゃならないんだったな…これで当たらなかったらもう付き合わねぇぞ」
倒れるアツコに近付いたネルは、力の籠らないアツコの手を取るとそれを自分の身体にコツンと当てた。
そしてそれが起点となり、最後のゲームが開始される。
雨の中、壁際で膝を抱える少女が1人いました。
少女は泣いていましたが、それは雨水と区別がつきませんでした。
少女は全てに救いを見出さず、全てが虚しいものだと思っていました。
そんな少女に、ペロロが好きな1人の少女が話しかけました。
ペロロ好きの少女は聞きました、『どうしたの?』と。
膝を抱える少女は答えました、『空は空、全ては空である』と。
ペロロ好きの少女はカバンから1つのペロロのぬいぐるみを取り出すと、膝を抱える少女へと渡しました。
膝を抱える少女は聞きました、『これは何?』と。
ペロロ好きの少女は答えました、『ペロロ様』だと。
ペロロ好きの少女は言いました、『たとえ全てが虚しいことだとしても、それでも努力が報われるようなお話が好きだと』
膝を抱える少女は顔を上げ、ペロロ好きの少女は手を伸ばしました。
膝を抱える少女は─────
私には、好きなものがあります!
平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!
友情で苦難を乗り越え
努力がきちんと報われて
辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……!
苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!
そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!
誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!
私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!
終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!
私たちの物語……
私たちの、
膝を抱える少女は微笑んで、伸ばされた手を取りました。
「青春、宣言だと…!?」
発生した演出は、第3段階に出た場合大当たり確率を大きく跳ね上げる『青春宣言』
そして抽選の結果は見事に一発大当たり。
なんという豪運だと自分で手伝っておきながら驚愕するネルだったが…同時に凶悪に笑ってアツコから距離を取った。
第3段階のクリアボーナスは『無制限の神秘』、つまり───
「…変な人。勝てたかもしれないのに、自分からそれを捨てるなんてね」
「ほざけ、勝負はこれからだろ?」
「…電気使いの攻略法って言えばこれだよね」
「あ…?…っ!?」
身体の内から溢れ出る無限の神秘、それによって身体が壊れないように反射で行われる強力な”恐怖”での治癒。
それによってネルの雷撃によって穿たれた胴体の風穴を完全に修復したアツコは、自ら領域を解除した。
そして…領域の外に放り出された2人は、海上へと投げ出される。
(こいつ!領域の座標をずらしてたのか!)
「しゃらくせぇ!」
領域内の空間は実際に展開された現実空間と同期しない。
二畳一間の狭い部屋の中で領域が展開された場合、領域の中は実際の空間よりも遥かに広い空間になっていることはザラにある。
その実際の空間と領域内の空間の広さのズレを利用し、アツコは現実空間に広がった領域の結界…ちょうど近くにあった海の方に突き出た部分から外に出るように領域内の空間を調整していたのだ。
そしてこのネルを海上に放り出すという判断は間違ってはいない。
電気と同質の特性を持つネルの神秘は海中に1度流れれば空になるまで放出は止まらず、ネルは海中で神秘が空になるまで放出を続けるか陸に上がるまで神秘を完全に断つことを余儀なくされてしまう。
だが…
「ここは結界の中、マルクトの奴は各
「!」
海中に落下しようとするネル。
そして…その神秘の気配を感じ取った大量の特異体が海中から現れ、我先にとネルを飲み込もうと襲いかかった。
現れた特異体のほとんどは等級の低い弱いものでそれらがネルにまともに攻撃を当てられるはずもなく、逆にネルはそれらの特異体を足場とすることで海への落下を防いだ。
「なるほど、面倒…でも今の私は調子が良いんだ」
「おい、マジか…!?」
しかしアツコもまた大量に溢れかえる特異体の内の一体に乗ると、背中から跳躍する勢いで足場にした特異体を潰し、跳躍した先の特異体に脚をかけると同様にその身体から跳ねる勢いで潰してしまう。
アツコはそれを繰り返すことで次々とネルが足場にできる特異体を潰して逃げ場を奪っていく。
なんとかそれを止めようと両手に構えた銃でアツコを撃ち落とそうとするネルだが、その圧倒的なまでの機動力を捉えることが出来ず、まぐれで当たったとしても1発2発では大したダメージを与えることもその速度を緩めることも出来ず、2分も逃げ続けている間に遂には最後の特異体が潰された。
特異体が完全に消滅する前に陸の方へ跳躍しようとするネルに先回りしたアツコは、海面に向けて蹴り落としてネルを海中へと鎮め、蹴りの反動を利用して海側へと突き出していたクレーンまで跳び上がり、クレーンのワイヤーに捕まってそれを見下ろす。
海中に落とされたネルは先程のアツコの蹴りを受けるために神秘で保護せざるを得ず、海中に落ちた時点でその解除が間に合わずに神秘が海水に放出され続けていた。
(クソッ!クソッ!神秘が溢れ出る…!止まれ、止まれ…!)
絶え間なくネルの身体から放出される神秘は海中生物を感電させ、巻き込まれた魚は海面にその死骸を浮かべた。
それを確認したアツコは海中に落とせば神秘を奪えるという予想が当たったことに軽くガッツポーズすると、いつ浮上してきても撃墜できるようにボコボコと吹き上がっている泡の様子を注視した。
それから観察は1分以上続き、未だ浮上してくる気配がないことにアツコは嫌な予感を感じていた。
(出てこない…実はカナヅチだったとか?いや、そんな…!?)
「オエッ…!」
その時、突如として胃から込み上げる嗚咽と酩酊したかのような気持ち悪さがアツコを襲い、ワイヤーを掴んでいた手の力が緩まって海中へと落ちてしまう。
力無く沈むアツコを、息を止めて海中を漂っていたネルが見つめる。
(強力な”恐怖”での治癒を使ってくる奴の殺し方…頭を一撃で消し飛ばすか、
アツコを襲った不可視の猛毒の正体。
それはネルが放出する電気と同質の神秘で海水が分解されたことにより生じたのは…人類初の化学兵器としても使用された”塩素ガス”。
単純な肉体の再生と異なり、毒に侵された場合は原因物質の特定と除去など、通常よりも高度な”恐怖”の運用が求められるため、かつてのミレニアム事変で無名の司祭がモモイの毒に苦戦したように、解毒するのは簡単では無い。
アツコも普段より毒物…ガスなどの弱点を意識してはいたが、今回の戦闘でマスクを失っていた為にその対策が出来ず、まともに塩素ガスを吸い込んでしまっていた。
そして領域でのボーナス獲得から既に4分近く、それが尽きれば今度こそもうアツコに勝ち目は無い。
(じゃあな。楽しかったぜ)
沈んでいくアツコに、ネルは名残り惜しそうに1人浮上しようとして─────カッとアツコの目が見開かれたのを見た。
(なっ…!?)
意識を取り戻したアツコは浮上しようとするネルの脚を掴んで引きずり下ろすと、顔面に向けて渾身の拳を入れた。
アツコの”恐怖”は全自動で行われており、アツコ自身の技量に関わらず体内の毒物の除去までもが無意識下で行われるのだ。
(…海水の温度が上がってる。この人の神秘のせいか…不死身が終わるまで神秘解放は出来ないけど、不死身が終わったらその瞬間に感電と熱湯でやられて神秘解放が間に合うかも怪しい。
もう後がないことを理解しながらも、守りの選択肢を捨てたアツコはさらにネルの鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。
『がぼっ…!?』
『
『がっ…
『!?』
しかしその一撃に耐えたネルはアツコの身体にしがみつくと…押さえ込んでいた神秘を敢えて全開で海中へと放出した。
それによって引き起こされるのは、急激な海水の蒸発───極大の水蒸気爆発が発生し、海上には巨大な水柱が立ち上った。