ブルア廻戦   作:天翼project

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今回は原作192〜14話までの範囲でお送りします


百鬼夜行自治区結界─弐─

 

百鬼夜行結界(コロニー)にて攻撃的なアウトローや特異体の制圧を行っていたレンゲとマコト。

そんな2人を突如襲ったのは、巨大な狐のような特異体───特異現象へと転じた、久田イズナだった。

 

吹き飛ばされ大岩に背中からめり込んだレンゲはそこから脱出しつつ、魑魅一座での一件でイズナを撃破した時のことを思い出す。

 

(そういやあの時剣でトドメを刺してなかったな…あのまま炎に飲まれて焼け死んでたはず。神秘の籠った攻撃で殺さなきゃ死の直前の感情が複製(ミメシス)されて特異現象が発生するんだったな。詰めが甘かった)

「大層な化け物になって登場しやがって、前の方がまだ愛嬌がある分マシだったぞ?」

 

「酷い言い様ですねぇ、レンゲ殿のせいでこんな姿になってしまったと言うのに謝罪もなしとは…とはいえ悪いことばかりではありませんよ?今もこうして───レンゲ殿を圧倒出来ているんですから!」

「チッ!」

 

まるで御伽噺に登場する化け狐のような姿のイズナ。

その全長は目測だけで10mは超えているが…その巨体に見合わない速度で前脚がブレて、咄嗟に屈んだレンゲの頭上を風切り音が掠めた。

振り返れば背後の大岩には巨大な爪痕が走っていて、今の一撃の破壊力がよく分かる。

 

続けて食らいつこうとしてきたイズナの牙を剣で弾くレンゲだったが、想像以上の力の強さと牙の強度にレンゲの手もまた弾かれて腕が痺れ、剣を取り落としそうになる。

そこへ容赦なくイズナが振り上げた前脚でレンゲを叩き潰そうとして───どこからともなく飛来した弾丸をイズナは身軽に跳び退いて回避した。

 

地面を穿った弾丸を見たイズナは、忌々しそうに唸る。

 

「血を込めて自在に軌道を操作していましたね…『赤血秘術』ですか。イズナはあまりその秘儀に良い印象が無いのですが」

 

(マコトか…ナイスアシストだが、危うく私にも当たりかけたぞ。勘で撃っただろ馬鹿)

 

 

 

 

「キキキ!当たらなくて何よりだ!貴様と違って今回の手合いは気配が分かりやすいからな!」

 

位置を変え直視不可能な山の反対側に回り込んだマコトは、放った特性の弾丸を操り山を周回させてイズナを狙うという離れ業を行ってみせた。

だが当然その程度では有効打を与えられないと分かっていたからこそ、直ぐに次の一射を放つ。

弾丸は内部に混ぜられた血によってマコトの干渉を受けて軌道を変え、ぐるりと山を何度か回ってイズナへと襲いかかる。

込められた神秘の量も中々、直撃すれば無傷では済まないと跳躍して逃れようとするが…

 

「んん!?」

「大人しく食らっとけよ馬鹿女狐」

 

イズナが跳躍した方向に跳び上がったレンゲはマコトの弾丸の軌道上に重なるようにイズナを蹴り飛ばした。

空中で身動き出来ないイズナへ弾丸が突き刺さり…直撃した箇所からプシュッと血が吹き出る。

 

「痛った…!こんのっ…」

「今度こそ確実に地獄に叩き落としてやるよ!」

「レンゲ…殿…!」

 

山の斜面を転がるイズナにレンゲが斬り掛かった。

それを辛うじて避けて反撃に前脚の鋭い爪で引き裂こうとするイズナだったが、今度はまともに受けることなく爪の軌道を逸らすようにレンゲは剣で受け流し、真横を通り過ぎようとした前脚に剣を突き立ててそのまま肩までを切り裂いた。

さらにガクンと体勢を崩したイズナの胴体に深々と剣を入れ、横腹に作られた大きな切れ目からは内蔵のようなものがこぼれ落ちる。

 

大抵の特異体ならば致命傷になるような傷を付けられ、大きくよろめいたイズナは横に倒れた。

 

(…やったか)

 

イズナの神秘が弱まったのを感じ取ったマコトはこれで終わりかと銃を下ろす。

しかし、目視でその姿を観測していたレンゲはその異常な様子に困惑していた。

 

(なんだ…あいつ…?何かが…)

 

「アハハッ…痛い…痛いですねぇ…とっても辛いです…イズナが殺してきた方々もこんな苦痛を味わってたのだと思うと、申し訳なくなってきます────なんてことはありませんけどねぇ!」

 

「っ!」

 

突如、イズナの横腹の裂け目から血の代わりにコールタール状のドロドロとした黒い液体が溢れ出る。

津波のように流れ出るそれは斜面の下の木々や民家を飲み込み、尽くを押し流して破壊していく。

その発生源となっているイズナはと言うと溢れ出る黒い液体にその全身が飲み込まれ、やがて黒い球体のような…卵のようにも見えるそれの中に収まると独りでに空中へと浮き上がった。

 

「ありゃ面倒だな…マコト!もう一度撃て!進化されるぞ!」

 

「何ぃ!?まだ終わってなかったのか!?ええい、何かされる前に仕留めてやる!」

 

様子を見に来ていたマコトはレンゲの呼びかけに空を見上げ、確かに神秘が弱まっていたはずのイズナが収まっている球体を確認して再び銃を構えた。

あの球体の強度や硬度は不明だが、下手な攻撃は弾かれる可能性が高い。

故にマコトは自らが持ちうる中で最も貫通力の高い技を選ぶ。

 

「ミレニアムでインスピレーションを受けたのだ…自分であの領域まで辿り着きたかったが、実用的ならば利用するまで!『穿血』!」

 

「それは…強くなってるのか…?」

 

マコトは、交流会での時に行っていたような手のひらから血を発射するのではなく…ミレニアムでの事変でモモイがやっていたような、銃口から放たれた極限まで圧縮した高圧の血液で弾丸を押し出し加速させるというもの。

同じ秘儀を自身より高度に運用していたモモイの姿は、マコトに屈辱よりも先に向上心を燃え上がらせていた。

 

高圧の血液からの推進力を得て音速を優に超える速度にまで加速した弾丸は空中に浮かぶ黒い球体へと直撃し…真っ直ぐに穿ち抜いて球体の外殻を粉砕する。

 

 

直後───球体の中からけたたましい絶叫のような声が響いて大気を揺らした。

 

「っ!…ふぅ…キキッ、ここで鎮められなかったらどうなる事かと思ったぞ…」

「…いや待て、まだだ」

「あ?何だと…?」

 

劈くようなそれに思わず耳を塞ぐレンゲとマコトだったが…2人は、崩壊した球体の中からずるりと落下したそれを見て息を飲む。

ドロドロとまとわりつく黒い液体を身体を揺すって振り落とすのは、一見先程とあまり代わりがないように見える巨大な化け狐のようなイズナの姿。

しかし明らかな変化が1つ…狐特有のもふもふとした印象を与える大きな尾が、九つに分かれて広がっていた。

扇状に広がる尾はただでさえ巨躯を持つイズナをより威圧的に見せる。

 

「…あれはマズイ」

「ああやべぇな。お前は逃げた方がいいんじゃないか?」

「馬鹿言うな、どこに逃げ場がある?それに今更───」

 

圧倒的に神秘が膨れ上がり結界(コロニー)内を重く強烈な神秘と殺意で満たすイズナ。

冷や汗をかきながらも軽口を叩いて緊張を緩和しようとしたレンゲは、話していたマコトがいつの間にか姿を消していたことに血の気が引いた。

 

「マコト…!?」

 

目を向ければイズナの姿も消えていて…さっきまでイズナが鎮座していた場所には踏み砕かれたようなクレーターが広がっている。

 

そしてマコトはと言えば、目にも止まらぬ速度で動いたイズナの突進の直撃を受け蹲っていた。

 

「がぁっ…」

「まったく、空気を読まないからそうなるんですよ」

 

マコトを排除したと思ったイズナは振り返り今度はレンゲを仕留めようとする。

が、先程マコトにぶつかった部分がヒリヒリと痛むのに気付くともう一度マコトを見やり…ギリギリで防御を間に合わせたことで思いの外ダメージを受けていなかったのかマコトが立ち上がっているのを見た。

 

「ふむ…思い出しました。以前だったか万魔殿の議長候補に上がっていた方ですね。場合によっては暗殺の対象になっていたそうですが、自分でその席を蹴ったお陰で逃れたようです…まあ議長候補に上がるだけはあるということでしょうか?」

「黙れ、今はそんなもの名誉とも呼べない。私は私だ、特異体。貴様もこのマコト様の前にひれ伏すが良い!」

「…威勢だけが良くても、ですねぇ。はっきり言ってここでは場違いなんですよ、あなた」

 

(…分かっている。生身の強度で受けられていた不破と違って私は毎回全力で防御しなければこいつに一瞬で殺られる。気を抜くな、瞬きもするな、全神経を集中しろ、羽沼マコト…!)

「『赫鱗躍動』」

 

マコトは体内の血液の循環速度を上げて身体能力を強化する。

また、いつかの戦いでモモイが行っていたような外眼筋付近にその効果を集中させることで動体視力も引き上げた。

だがそれでもまだ心許ない。

事実ここまでしてもなおイズナの素早さはマコトの手に余り、真っ直ぐ駆けて来るのを受けようとするが、目の前で突如軌道を変えて背後に回り込んでくるのに対応が間に合わずにいた。

 

身体の前方に防御を集中させていた分無防備な背後にイズナの凶牙が突き刺さろうとして…割り込んだレンゲが剣でマコトに迫っていたイズナの牙を弾き上げた。

頭が上に上がったイズナは恐ろしい眼光でレンゲを見下ろすと、前脚を地面に突き立てて浮いた身体を引き戻す勢いでレンゲを押し潰そうとする。

 

咄嗟にレンゲはマコトを抱えてイズナの身体の下から抜け出してそれを回避すると、離れた場所にあった民家の上に登って一息ついた。

 

「大丈夫か?」

「…ああ。礼を言う」

「そりゃどうも。まだやれるか?」

「舐めるな、私を誰だと思っている」

「なら良し、さっさと片すぞ」

 

「仲良いですねぇ…アハハッ!懲りないですねぇ、レンゲ殿も!幼馴染?友人?他人なんて邪魔にしかならないじゃないですか」

「ぼっちの言い訳にしちゃ苦しいな。もうちょい考えてから話せよばーか」

「貴様も貴様でガキみたいに煽るな」

 

辛辣な言葉の応酬に瞳を鋭く細めたイズナは、まるで何かを溜めているかのように背中をググッと丸めて踏ん張り始めた。

ろくな事をしないだろうと考えるまでもなく察しマコトは『穿血』を放ち、レンゲは一気に詰め寄って今度こそ仕留めようと剣を振りかぶる。

だがそれよりも早くイズナは()()を終え───

 

「忍法『火遁の術』」

 

「なっ…!?」

 

爆発するように地面から吹き上がった青い炎の壁がレンゲを阻み、マコトが放った弾丸も炎の壁に触れた瞬間に蒸発してイズナへは届かなかった。

対してイズナは炎の壁の奥から姿を現すとレンゲへ炎を纏った脚を振り下ろす。

今更そんなものを食らうものかと軽々避けたレンゲだったが…前脚が地面に叩きつけられた瞬間、纏っていた炎が爆ぜてレンゲを飲み込んだ。

 

「不破!」

 

「このくらいでっ…死ぬかよ!気を抜くな!」

「そうですよ、他を気にしている暇があるんですか?レンゲ殿」

「っ!」

 

炎の中からなんとか無事で抜け出したレンゲはマコトに注意を促すが、一定してイズナの狙いはレンゲに向いていた。

マコトはフォローしようと弾丸を放つもやはりイズナが纏う炎によって弾が蒸発して届かず、意にも介さなかったイズナは九本の尾を揺らすとその背後に無数の人魂のような青い炎の球が浮き上がった。

 

「忍法『狐火の術』」

 

その宣言に合わせ、青い炎の球が一斉にレンゲへと殺到する。

地を駆けそれを回避するレンゲだったが如何せん物量が多く、また山間部であるが故に炎が周囲の木々に燃え広がり段々と逃げ場を奪っていく。

マコトも足場にしていた民家が焼けた為場所を変え、これ以上ここで戦うのは地形的に不利だと悟りレンゲもまた山を降りて市街地の方へ後退する。

だが問題なのは、ここは百鬼夜行の結界(コロニー)

自治区の特色として建物は木造のものが多く、ここで戦えばその内結界(コロニー)内全体が火の海に包まれるだろう。

 

(一般人や無害な泳者(プレイヤー)結界(コロニー)の縁まで避難してるが…あんまり炎が燃え広がるとまとめて炙られて全滅だ。周りに注意しながら戦うしかないな)

 

レンゲを追ってイズナも市街地まで降りてくると、再び尾を揺すって背後に無数の青い炎を浮かべる。

 

「いよいよ本物の怪異っぽくなってきたな。区分としちゃ複製特異体なんだろうが、こうして見ると稲生特異体と判断に迷うところだ」

「呑気ですね、レンゲ殿も同じようになるかもしれませんよ?まあイズナが念入りに神秘を使って殺しますし、そもそもレンゲ殿には神秘が無いので特異現象に転じることはないでしょうけど」

 

イズナが天に向かって吠えると、背後に浮かんでいた青い炎が結界(コロニー)の上空を陣形を組むように幾何学模様を描き、見惚れる間もなく直下に落下して広範囲に火の手を上げる。

あからさまな絨毯爆撃にレンゲは気にしていることを見抜かれたのかと舌打ちをする。

炎で動ける範囲が制限されるだけでなく、生じる一酸化炭素にも注意を払わねば行けない。

 

「徹底的に潰しますよ」

「私のケツ追っかけてくるのは結構だが、ちょっとばかし執着しすぎじゃないか?」

「勿論恨みつらみ幾らでもありますので…なんです?」

 

余裕そうに語っていたイズナはどこからか放り投げられた赤い液体が入った包み…輸血パックに気が付いて青い炎の球でそれを撃墜しようとするが、その前にパックは弾け、中から溢れた血がイズナの周囲に渦を巻くように取り囲む。

 

「『赤縛』」

 

「おおっ?」

 

炎と煙に紛れ近くまで来ていたマコトは、イズナを取り囲んだ血を締め上げて巨体を拘束する。

今のイズナのパワーならば拘束は直ぐに解かれるだろうが、レンゲが攻撃を差し込むには充分な隙だった。

脚が封じられたイズナの頭部を剣でかち割ろうとするレンゲだったが…

 

「忍法『縄抜けの術』」

 

「何ぃ!?」

「チッ…なんでもありかよ!」

 

血の縄による拘束、それをイズナは液体にすら見える柔軟さで抜け出しつつレンゲの攻撃を避け、尾を振り払ってレンゲをマコトの方へと吹き飛ばす。

吹き飛ばされたレンゲはマコトを巻き込んで炎に包まれる民家に突っ込み、焼かれる前に慌てて民家を抜け出すと丁度今の衝撃で柱が崩れて民家が崩壊する。

 

炎と煙、喉を焼くような高熱の空気と、人が戦闘するにはとても適しているとは言い難い状況に2人は焦りを感じ始めていた。

 

「クソッ、なんなんだアイツは…おい不破!貴様さっきから何やら知り合いかのようにあれと話していたが、あれの正体を知っているのか?」

「魑魅一座の久田イズナの成れの果てだ。私が倒したのは知ってるだろ?」

「っ!名前に聞き覚えはあったが本人だとはな…特異体に転じた個人があそこまで自我を残すものなのか?砂狼のプレナパテスの方がまだ存在として納得出来る」

「生前に戦った時はあんな技使ってこなかったんだけどな。そもそもあいつ秘儀を持ってなかったのか使ってなかっただけなのか…なんにせよあの時よりずっと厄介だ」

 

民家を踏み潰しながら、燃え盛る街をゆっくりと歩むイズナを前にしてマコトは口の中が乾くのを感じていた。

レンゲはまだ落ち着いているが、今更あれを相手にマコトができることがあるのか…むしろ足を引っぱるぐらいならばレンゲが自分に気を遣わなくていいよう引いた方が良いのではないか。

 

(…否だ。ここで戦わずしてなんのために私はここに残ったと言うのだ。それにそんな臆病を晒して…イブキに顔向けが出来るものか!)

「やるぞ!不破ぁ!」

「ハッ、次は助けてやらねぇぞ」

 

「…何を盛り上がっているのかは知りませんが、終わりですよ。あなた達───忍法『土遁の術』」

 

イズナはおもむろに前脚を地面に突き刺し、そして大袈裟な動作で引き抜くと───辺り一帯の地面くり抜かれたように円柱状に隆起する。

一瞬地震かと思った2人はそれがイズナによって引き起こされた地殻変動だと理解し、次の手を予測して二手に分かれた。

 

高さ30m程にまで隆起した地面は直径200m程の範囲があり、結界(コロニー)の中央でステージのように聳え立っている。

マコトやレンゲならば飛び降りても支障は無いが、ここならば地上への被害を減らせると判断して敢えてここに残ることを決める。

 

イズナは二手に分かれたレンゲとマコトそれぞれに視線をやると、例によってレンゲの方を追いかけた。

九本の尾の内の1本で器用に側に転がっていた家屋の残骸の1つを掴み上げてレンゲの進路上に投げつけ動きを妨害し、僅かに移動速度が落ちたところを一気に距離を詰める。

 

「逃がしませんよ」

「逃げるつもりなんざ、ねぇよ!」

「!」

 

直ぐ背後まで迫ったイズナに、背を向けていたレンゲは反転して向き合うと振り返った勢いで剣をイズナの頭部へと振るう。

それを剥き出しにした牙で受け止めたイズナだったが、それを読んでいたレンゲはイズナの顎下を蹴り上げて体勢を崩したところに、頭上まで跳び上がって鼻先へ拳を振り落とす。

頭から地面にめり込んだイズナにトドメを刺そうと落下の勢いのまま剣を振り下ろそうとするが…イズナの体毛の下で身体に開いた裂け目、そこから吹き出た黒い液体に押し流されて失敗に終わる。

 

「くっ…なんだこれ、動きにくい…!」

「痛いじゃないですか…相変わらず乱暴ですねぇ」

 

身体にまとわりついた黒い液体はその重みと粘性によってレンゲの動きを阻害し、充分な機動力が発揮できなくなってしまっていた。

さらに、レンゲはその液体から漂う匂いに心当たりを感じていた。

 

(この匂い…まさか…!?)

 

「アハッ、気付きましたか?ですがもう遅いですよ───忍法『火達磨の術』

「っ!」

 

レンゲが嗅ぎ取った黒い液体の匂い。

それは所謂油やガソリンに近い匂いで───イズナの宣言と共に、イズナの足元から走った炎がレンゲを飲み込んで…まとわりついていた黒い液体が大爆発を引き起こし激しく燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

「…」

「しかし情けないですね…まさかイズナがこの程度の相手に負けたなんて」

 

爆発の中心地で激しく焼かれたレンゲはミレニアムで負った火傷跡に加えさらに火傷が広がっていた。

通常の人間ならば体表の50%が火傷すれば死に至るというが、それどころでは無い火傷を負いながら未だ息があるのは流石フィジカルギフテッドの強靭な肉体と言うべきだろう。

だが既に大勢は決し、ここから巻き返す手段など無いに等しい。

まだマコトがどこかに潜んでいるが、あれに自分をどうこうする力など無いと見抜いていたイズナは悠々と倒れるレンゲへと話しかけた。

 

「なんだか懐かしいですね。子供の頃に出来なかった事も、大きくなって成長したら当たり前のように出来るようになるじゃないですか?そしていざ成長すると子供の頃に出来なかった事も思い出せなくなる…あぁ、それとも子供の頃は落ちこぼれだったレンゲ殿はむしろ鮮明に覚えていたりします?」

「クックッ…お前がいつ成長したよ?くだらねぇ夢ばっか追いかけていつまでもガキのままなのはお前だろ?」

「そういうこと言っちゃいます?そうですね…ではキキョウ殿にも子供の頃の話を聞いてみたらどうでしょう?さんざんいじめられてたそうですしよく覚えているのでは?…あっ、申し訳ありません、キキョウ殿はもう死んでるんでしたね!」

「テメェ…!」

「おお怖い怖い」

 

抜け抜けと言うイズナにレンゲは痛む身体に鞭打ちなんとか一矢報いようと剣を振るが、今のレンゲにイズナを下せるだけの力を出せる訳もなくあっさりと避けられ、反撃に振り下ろされた前脚の爪が無惨にレンゲを引き裂こうとして…

 

 

飛来した弾丸がイズナの横腹に突き刺さった。

しかしそれを察知していたイズナは事前に神秘での防御を行っていた為傷は浅く、傷口から弾丸を排出してそれも直ぐに回復してしまう。

 

「ですから本当に空気が読めない人ですね…おっとと!?」

 

弾丸が飛んできた方向を見て呆れるように言うイズナだったが、一瞬意識が逸れたその隙を突いて起き上がったレンゲがイズナを蹴り飛ばし、飛ばした方向に回り込んだマコトは血の刃でイズナの首筋を浅くだが切り裂く。

傷口から吹き出した黒い液体を避けてレンゲの側まで下がったマコトは、張り合うようにどこからか大量の血液を自身の周囲に漂わせた。

 

(あの血量…さっきみたいな包みでの備蓄では無い…自分の血を直接使っているんですか?あれだけ血を流せば失血死して…いや、体外に出した血をまた体内に戻して循環させることで常に体内の血量を一定に保ってるというわけですか。恐らく”恐怖”での治癒も出来ない癖に無茶な運用をするものですね。ですが…)

「限界があるでしょう?そんな細かな操作に神経をすり減らして、いつまでも続けられるはずがない。何分持つでしょうね?早くその血を全部体内に戻して逃げないと死にますよ?」

 

「…不破。この局面貴様を死なせる訳には行かない。私が奴を牽制する。貴様は結界(コロニー)の外に出ろ」

「駄目だ。お前が死ぬ」

「このままでは2人とも死ぬ。その様子だと内蔵も痛めてるな?休んでどうにかなるものじゃないだろ」

「いや、大丈夫だ」

「話を聞いていたのか貴様…!」

「強がりじゃない。本当に大丈夫…分かんだよ。傷を治す、5分くれ」

「…勝算はあるのか?」

「8:2」

「2は?」

「私」

「なら充分だ」

 

何も充分とは思えないような勝算に、しかしマコトはそれを信じて舌なめずりするイズナの前へと歩み出る。

その後ろ姿に本当に前とは随分人が変わったようだとレンゲは苦笑した。

 

「…5分で死ぬなよ」

「約束は出来ん。そもそも…今の私にとって、私の生死は大した問題じゃないからな」

 

「お話は終わりました?では2人仲良く…逝ってください」

「!」

 

イズナの背後に無数の青い炎の球が浮かび上がる。

それらはイズナが吠えるのに合わせてマコトとレンゲへ降り注ぎ、爆撃のようなそれによって生じた炎と煙に2人の姿は飲み込まれた。

どうせまだ生きているのだろうと気を抜かずに煙の中を注視していたイズナは予想通り煙の中から飛び出てきたマコトが振るう血の刃を避け、マコトの後方から飛んでくる血の槍も爪で弾き返して尾を薙ぎ払ってマコトを側方へと吹っ飛ばした。

 

(…まだだ、まだ倒れるな…!もっと食い下がれ、貴様の意地はそんなものか、羽沼マコト!)

 

地面に脚を擦り踏みとどまったマコトは、煙の中のレンゲを狙おうとするイズナの首に飛び付いてしがみつく。

それを鬱陶しそうに振り払おうと首を振るイズナだったが、どれだけ激しく揺さぶってもマコトは離さなかった。

そして振り落とされないようにしながら体毛の奥のイズナの身体に触れたマコトは、手のひらを押し付けて秘儀を発動させる。

 

「『苅祓』!」

 

爪で自らの手首の血管を切ると、そこから吹き出した血が丸鋸のような刃となってイズナの首元を掻き切った。

直接ノコギリを押し当てられたような感覚に藻掻くイズナは少し移動すると燃える建物に向かって首にしがみつくマコトをぶつける。

熱と衝撃に段々としがみつく力が弱まっていくのをマコトは感じていたが、それでも力の限り離さずより多くの血を吹き出して刃を作り、より深くイズナへと突き立ててズタズタに引き裂いていく。

 

(ははっ…こんな情けなく足掻く私を、イブキはどう思うのだろうな…結局イブキにはキヴォトスに居場所を用意してやれなかった…外の世界はこことは違いが多いだろうが…どうか元気に───)

 

 

 

「はぁ、頑張り賞ってところですね…見くびってましたよ。あなたはよくやりました。ですが、これで終わりです」

 

何度も建物へと叩きつけられ、遂にしがみついていた手が離れてマコトは地面へと転がる。

そんなマコトにイズナは健闘を讃えると、大きな口でその身体を咥えて噛み砕こうとする。

 

(せめて、誰にも必要とされないのならせめて…私の灰が、仲間の為の礎にならんことを───)

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

死を覚悟したマコトの耳に、イズナの気の抜けたような声が聞こえた。

血が染みる目をなんとか開いて顔を上げるとそこには…アライグマのような耳と尾を持つ少女と、青いキャップとオレンジの髪が目立つ少女の姿があった。

 

 

 

 

 

「忍者ぁぁぁぁぁ!!」

「野球ぅぅぅぅぅ!!」

 

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