ブルア廻戦   作:天翼project

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今回は原作195〜197話までの範囲でお送りします


百鬼夜行自治区結界─参─

 

「あの縫い目のお姉さん嘘ついた〜!百鬼夜行に来れば凄腕の本物の忍者がいっぱいいるって聞いたのに!」

 

 

───泳者(プレイヤー) 千鳥ミチル

 

 

「くっ、騙された…ここで全キヴォトス草野球大会が始まるんじゃなかったんですか…!」

 

 

───泳者(プレイヤー) 野正レイ

 

 

 

 

「「なんでっ…!」」

 

 

「馬鹿か貴様ら」

 

マコトの窮地に現れた意味不明な闖入者。

その正体はそれぞれマルクトが結界(コロニー)内の死滅回遊の泳者(プレイヤー)を増やすために単純そうな生徒を適当に選んで唆した内の2人であり、今この状況においては場違いとしか思えなかった。

そんなミチルとレイに、イズナに咥えらたまま思わずツッコミを入れてしまうマコト。

そしてマコトにトドメを刺そうとしていたところに突如現れた2人にイズナもまた困惑してポカンとしていた。

 

「えぇ…まあ全員殺してしまえば関係ありませんか…まずはあなたからですよ」

「ぐっ…」

 

しかし気を取り直したイズナさ顎に力を入れマコトを噛み砕こうとする。

ギシギシと骨が音を立てるのを聞きここまでかと死を悟ったマコトだったが…

 

 

 

「させっかよ!」

「なっ…不破!?」

「おや…おかえりなさいですよレンゲ殿」

 

そこに駆け付けたレンゲが剣でイズナの頬筋を切り裂き、開いた口からマコトを引っ張り出して離脱する。

一命を取り留めたマコトは、しかしまだ分かれてから約束の時間である5分が経過していないことに歯噛みした。

 

「おい貴様、何しに来た…!まだ3分程度しか経っていないぞ…!」

「そうか?せっかちなもんでね。アタシはカップラーメンは2分ぐらいで食べるタイプなんだ」

 

そう言うレンゲだったが、マコトはまだレンゲの息が整っていないことや手足に震えがあるのを見逃さず、それが強がりであることを察した。

明らかにまだ回復しきっておらず、今イズナに挑んでも先程の二の舞になるのは目に見えている。

勝ち目のない戦いで無為にレンゲを失う訳にはいかないと、マコトは今度こそレンゲを結界(コロニー)の外に逃がすことを決める。

 

「チッ…不破!やはりここは…!」

 

 

 

 

「あーー!!その武器カッコイイ!本物の刀だ〜!」

「「!?」」

 

そこに、蚊帳の外だったミチルがレンゲの持つ剣を見てはしゃぐように叫んだ。

今頃ミチル…そしてもう1人の闖入者であるレイに気付き戸惑うレンゲだったが、今の状況…イズナを相手に勝ち目の見えない現状を打破すべく、1つの可能性に賭けることにした。

今この圧倒的不利な盤上に欲しいのは…外からの異物。

闖入者が戦いの天秤を傾けうる力を秘めていることを願い、レンゲはミチルへとキキョウの形見といえるその剣を投げた。

 

くるくると回りながら弧を描いて飛んで行った剣は綺麗にミチルの手の中に収まり───

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

瞬間、その場にいた全員がミチルから発された圧倒的なプレッシャーに気圧された。

 

 

千鳥ミチルは映画・アニメ・グッズを網羅する生粋の忍者オタクであり、また忍者それそのものにも憧れを抱いて修行や忍者グッズの制作に励んだりしていた。

そこまではただの子供の真似事に過ぎなかったのだが…キヴォトスにおいて剣や刀は非常に珍しい武器である。

銃火器が主武装として流通しているため1部のアウトローの伝でも使わなければ手に入ることはなく、故にミチルもまた本物のそれら刀剣の類を手にしたことがなかったのだ。

 

だがこの日生まれて初めてレンゲの剣…刀を手にしたことで表面化したのは、ミチルの忍者としての圧倒的才能。

4人が気圧されたのは、殺傷力の高い得物を手にしたことで露出したその危険性、それにより煽られる危機感。

本人は無邪気にそれを扱っているようでも、少女に眠る天賦の才が実力者達にそれを実感させていた。

 

「わぁ〜!凄い凄い!なんか変な刀だけど本物だ〜!今の私ならちょっとは忍者っぽいかな!」

 

「…なんなんですか、あなたは!」

 

突然現れた何処の馬の骨とも知らぬ少女が自身を脅かしかねない程の脅威を孕んでいることを認められず、イズナは真っ先にミチルを排除しようと鋭い爪を振り下ろす。

イズナの目から見てもミチル自身の神秘の量は並以下…むしろ一般人に毛が生えた程度のものでしかない。

肉体の耐久力もそれに準じたものであり、この一撃を受ければ抵抗する余地もなく一瞬で引き裂かれるはずだ。

だが…

 

「うわっ!?何っ!?」

 

「…は?」

 

マコトやレンゲですら捉えるのが困難なイズナの振り下ろしを、ミチルは的確に刀を合わせて弾いてみせた。

ただ速いだけではなく、今のイズナのパワーをそう簡単に受け流すことは出来ない。

レンゲですら受け止めれば衝撃を殺しきれずに手が痺れる程のそれに対してミチルは驚いてはいたものの特に堪えた様子もなく平然としている。

つまり今の攻撃の衝撃を自身に響かせることなく完全に受け流したのだ。

 

「な、何今の!ねぇ!やっぱりそこになんかいるの!?」

「っ!?お前まさか見えてないのか!?」

「あ、やっぱりいるんだ!?お化け!?怖っ!」

 

その上、ミチルは特異体であるイズナの姿すら目視出来ていなかった。

それなのにイズナに反応できた理由は単純、イズナの動きによる空気の揺れや微かな振動音、また実体はあるが為にイズナのいる位置を避ける空気の流れや空気中の塵からおおよその位置や大きさ、形や動きを割り出していたのだ。

 

「ありえない…こんなの、ありえないでしょう…!」

 

「うわっ!?またなんか動いた!?」

 

イズナが天に向かって吠えると、その背後に無数の青い炎の球が浮かび上がる。

それは綺羅星のように瞬くと、一斉にミチルへと襲いかかった。

しかし肉眼では視認できないそれらも熱と空気の揺れから接近を察知したミチルは大袈裟に跳び退いて第一波を避け、続く第二波も足元の悪い壊滅した家屋の瓦礫の上を器用にぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして避けていく。

 

一向に当たらないことに痺れを切らしたイズナは足元に前脚を突き刺しておもむろに引き抜くと、ミチルの真下の地面が円柱状にくり抜かれたように隆起する。

なにやら叫びながら隆起した地面に連れ去られ、重力によって地面に押し付けられ身動きが出来ないところに青い炎の球が全方位から殺到して大爆発を起こす。

仕留めたとニヤリと笑ったイズナだったが───ミチルは爆煙の中から無傷で現れた。

 

「そんなっ…そんなわけ…!」

「あっつ!?ええい…!よく分からないけど、お化けなら切っても良いんだよね!これで私も忍者デビューだぁ!」

「あぎゃっ…!?」

 

自分目掛けて落下してくるミチルを迎撃しようとイズナは青い無数の炎の球を飛ばすが尽くが身体を捻ることで避けられ、或いは刀によって弾かれて直撃しない。

ならばと自ら前脚を振り上げて爪で引き裂こうとしてするが…イズナの前脚の指、その狭い隙間をするりと通り抜けたミチルは剣をイズナの首へと振り下ろし、深い裂傷を与えた。

苦悶に呻き二〜三歩下がったイズナは裂傷の跡から黒い液体を吹き出してミチルへとかけようとするが…ミチルが剣を縦に振り下ろすと、聖書の光景さながら濁流のように押し寄せる黒い液体が真っ二つに割れ、ミチルを避けて真横へと流れて行った。

 

「なにこれくっさ!?油みたいな臭いするんだけど!?」

 

「なんでもありかよあいつ…おいマコト、お前は下がれ。あいつとなら勝てる気がする」

「…そうだな。キヴォトスらしいじゃないか。そこらにいるのが訳の分からない力のある怪人奇人だなんて」

「まったくだ」

 

レンゲとマコトはミチルが作り出した好機に乗じて一気に押し切ろうとする。

そんな中、レンゲはあの刀を使ってイズナを押しているミチルの動きに…一振するだけで距離があるにも関わらず斬撃がイズナを、そしてその背後まで駆け抜ける様に何か特別なものを見出していた。

 

(…私が振ってもあれはあそこまでの力は引き出せない。あいつには何が見えてる?私には何が見えていない?あいつと…まるで、あの時の…)

 

レンゲの脳裏には、ミレニアムでの事変でハルカの領域に取り込まれた際に遭遇したあの女…狐坂ワカモの姿が思い浮かんだ。

ミチルの動きはあれにも良く似たもので…

 

(私とあの人…何が違う!?)

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

「!?」

「なんだ貴様は!」

 

思い悩むレンゲに、静観していたレイが声を張り上げた。

振り向くとレイは肩にバットを担いでおり、特徴的な青いキャップを整えるとバットの先をトン、と地面に置く。

すると───周囲の景色が代わり、レンゲの視界の先には広大な球場が広がっていた。

 

「これは…」

「せっかくここに来たんですから!私だってやりたいことやりたいんです!」

 

(こいつの仕業か?神秘解放…じゃねぇな。それよりグレードを落とした簡易的な領域か)

 

どこまでも続いているように見える球場を模した領域内は、目を凝らしてみれば客席部分で空間が途切れ結界の壁が見えた。

結界の強度や精度もそこまで高いものでは無いのだろう。

現在レンゲはピッチャーのポジションに、レイはバッターの位置に着いている。

 

「…なんでアタシだけ領域に入れた?」

「心配しなくて大丈夫ですよ。私のこの領域の中は外と比べて時間の流れが違うので。何百試合やっても外じゃ数分しか経ってませんよ」

「いやそういう問題じゃなくて…」

「それに!あなたのその仕上げられた肉体!相手するのに不足はありません!さあ────試合開始(プレイボール)です!」

 

「!」

 

気が付けば、レンゲの手の中には野球ボールが収まっていた。

レイの意図が読み取れず困惑するレンゲだったが、それを察したレイはバットを軽く素振りして構える。

 

「落ち着いてくださいよ。せっかくの筋肉がたるんでしまいます…野球は好きですか?投げてきてください」

 

レイの領域は、彼女が野球をするためだけに機能する。

野球に必要な機能以外の全てを削ぎ落とした領域。

ルールは招かれたピッチャーがバッターであるレイからストライクを取るだけの、単純な勝負。

神秘的な契約の要素を排除するために、領域は招かれた両者がルールを了承するまで完成しない。

 

「やりますか!?やらないんですか!?野球を!」

 

「…いいぜ、相手してやる」

(今の私には考える時間が必要だ…いや、違うな。考え過ぎてるのか。うじうじするのは柄じゃねぇ…まずはスッキリさせてからだ。私には何が見えてて、何が見えていないのか)

 

レンゲがレイの誘いを了承した瞬間、領域の壁の結界に映し出される球場のライトに光が灯ってマウンドを眩く照らす。

乗ってくれたことが余程嬉しかったのか、レイは表情をニヤけさせた。

 

「さあ!」

 

「…行くぞ」

 

レンゲは力の限り振りかぶって…ボールを投げ放った。

フィジカルギフッテッドの剛腕により投げられたボールは空気の層を突き破ったかのような唸りを上げながら真っ直ぐ飛んで…レイが振ったバットが芯を捉え、打たれたボールが高く上がった。

鋭い軌道で飛んだボールは領域の端まで届き、結界に映し出されたスピーカーからは甲高い音が響く。

 

「ホームランです」

「…マジか」

「やっぱり野球は素晴らしい…ですが、あなたはそんなものではありませんよね?立ち会った瞬間分かりましたよ。気を抜けば球を見逃すって。野球をするのに邪念は不要…何を悩んでいるんですか?」

「…」

「私は野球を楽しみたいんです。是非話してみてください。そして悩みを晴らして…楽しい試合(ゲーム)をしましょう!」

「私は…」

 

レンゲには、師と呼べる人物がいなかった。

拒絶していたわけでも、慢心していたわけでもない。

元より強くなる為に他人に頼るという発送がなかったからこそ、これはレンゲにとって初めての教授を願うという行動だった。

 

「…私は、あの忍者の奴がなんであんな風に動けるのか…私達みたいには見えてないはずなのに、一体何を見てあんな風に戦えるのか…それが理解出来ないんだ」

「なるほどなるほど…確かに傍目から見れば意味のわからない動きしてましたね、あの子。ですが…私には理解出来ますよ」 「む…」

 

自分が思い悩み苦悩することを軽く理解出来ると言ってのけるレイにムッとするレンゲだったが、レイは再びバットを素振りするとその先端をレンゲへと向けてきた。

なんだと首を傾げるレンゲは、いつの間にかまた手の中にボールが収まっているのに気付くとため息を吐いた。

 

「投げてきてください。私にはそれ以外の教え方は知りません!」

 

 

 

 

 

レンゲが投げる、レイが打つ。

ボールは高く上がり、領域の端に当たってホームラン。

 

 

───あなたは囚われすぎてるんですよ

 

───何に?

 

───自分、相手、神秘…いわゆる”人間”というものに

 

───野球ってそういうもんだろ?

 

 

 

 

レンゲが投げる、レイが打つ。

焼き直しのようにバットがボールの芯を捉え、高く上がったボールは見事にホームラン。

 

 

───確かにそうですね。今はこうして一対一での勝負ですが、野球は本来九対九のチーム戦。仲間と共に声を掛け合い協力し合う(ヘイロー)のコミュニケーション。ですが、人間はそんなマウンドの外で作られています。

 

───?

 

───マウンドの中の人間を突き詰めていくには、マウンドの外に出るしかないんですよ。本当に出るわけには行きませんけどね。

 

───はっ…なんだそれ…

 

 

 

 

レンゲが投げる、レイが打つ。

今回は、ボールを捉えたバットが軋むような音を立て、打たれたボールはホームランの軌道には入らず外野辺りに落ちた。

 

「…投げられたボールにはその人の(ヘイロー)、その想いが乗ります。それは振るわれたバットも同様…言わば野球においてピッチャーとバッターの対決とは、互いの魂のぶつかり合いです。ボールとバットがぶつかり合ったこの瞬間、マウンドに上がるまでの全てが、それまでに費やしてきたあらゆる努力が互いに流れ込んでくるものなんです」

「…」

 

既に1000を越えるボールを投げ、しかしレンゲはむしろ最初の頃よりも集中力が増し身体の震えが収まり、ここまでの披露がなかったかのようにレイを見据えていた。

対してレイは1000を越えるレンゲのボールを打ち、最初の頃は余裕で打てていたのに比べて今は打つ度に腕に痺れと痛みが生じ、次が最後のひと振りになるだろうと感じていた。

 

「良いですか。光を嗅ぐように、音を見るように、相手の全て、自分の全てが感じ取れる。そうなれば目の前の肉体は勝敗すら意味を成しません。忍者の子の動きはその真髄…どこまでもひたむきで純粋な憧れと想いが彼女を突き動かしているのだと思います。つまりあなたに本当に必要なのは───」

 

「フゥーーー…」

 

(…あとはもう、体感するしかありませんよね。野球を…!)

 

凄まじいまでに集中し、レンゲが投げる、レイが打つ。

これまでのどんな球よりも鋭く速く力強く投げられたボールをレイはバットの芯で捉えるが、ボールの勢いとバットの振りの勢いが拮抗して一瞬の膠着を生み出す。

だがそれもほんの微かな時間…ボールはレイのバットをへし折って貫通し、その奥の壁に突き刺さって領域の結界に亀裂を入れた。

レイはくたびれたように仰向けに倒れると、キャップを目元まで深く被って途切れていた話の結論を語る。

 

 

「───自由ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

レンゲが投げたボールによって領域の結界が崩壊し、その間外で暴れていたイズナとそれを抑えていたマコトとミチルが結界の方を振り返った。

通算1032回にも及ぶ投球、その間に外では1分程度しか経過しておらず、領域の中で何が起きていたのかを観測出来なかったマコトはレンゲの無事な姿を見てほっと息を吐くのと共に…領域に取り込まれる前と比べ、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしたレンゲの表情を見て目を見開いた。

 

そんなマコトが視界に入ったレンゲはおかしく笑うと、浮き立つような軽い身のこなしで駆け出すのと同時に呟いた。

 

 

 

「───絶好調だ」

 

 

 

 

(レンゲ…なのか…?この短時間でなにがあった…明らかにさっきまでと別物だ…!)

 

(あの人すっごく雰囲気が変わってる…あっちの野球少女が何かしたのかな…?)

 

明らかに変調したレンゲにマコトだけでなくミチルもまたその変化を感じ取り、仰向けに倒れているレイの方を見る。

レイはうっとりしたように折れたバットを抱き抱えて「やっぱり野球は素晴らしいです…」と言いながらサムズアップをする。

 

「だからっ、なんなんですかぁ!」

 

さらに1段階上のステージに上り詰めたレンゲを前にして、イズナは全天を埋め尽くすほどの青い炎の球を出現させる。

あれらが全て落とされれば防ぎようがなく、逃げ場もない。

マコトはせめてレンゲを守ろうと意識を集中させるが…そんなマコトの前にミチルと起き上がってきたレイが立ち、共に構えてイズナを迎え撃つ為に構えた。

 

「…なんのつもりだ貴様ら」

「打ち足りないんで」

「私漫画で見たことあるよ!忍者って化け物退治もするんだよね!ならあれ倒せたら私も忍者に近づけるかなって!」

「本当に…一体何者なんだ貴様らは…」

 

呆れたように言うマコトに、ミチルとレイは顔を見合わせると何故か意気投合したように頷きあってマコトの方を振り返った。

 

「自分が何者かなんて知りません!どうでもいいです!私はただバットを振って、ボールを打って、相手とチームの中と絆を深め合う…それさえ出来れば、私が何者かなんて周りが勝手に決めてください!」

「本物の忍者は闇に紛れて人に悟られず活動するものだからね!もっともっと忍者になる為に修行して、努力して、上り詰めるんだから!」

「良い考えですね。あなたも一緒に野球しませんか?」

「いや私はいいや…」

「ちぇっ…」

「って、話してる間に先越されてるじゃん!?」

「あれ?」

 

「…!」

 

ミチルとレイが言い合っている間、いつの間にか前に出ていたレンゲはイズナとの戦いが始まった頃とは比べ物にならないほどに運動の精度が増し、より身軽に、より滑らかに動き回ってイズナを翻弄していた。

空から降り注ぐ青い炎の球は踊るように避け、振るわれた爪は柔軟に身体を逸らして躱し、食らいつこうと迫る大きな口を軽々と避けると反撃に眉間に拳を叩き込む。

 

千鳥足になってよろめいたイズナは怒りに毛を逆立て9本の尾を扇状にピンと広げると、それらを揺らめかせて全天を埋めつくしていた青い炎の球を一帯に降り注がせた。

イズナの術によって円柱状に隆起していた舞台、それは積み重なった戦闘の衝撃とこの絨毯爆撃に耐えきれず、ついに崩壊してその上にあった家屋丸ごと地上へと雪崩落ちる。

 

傾き崩れる台地を駆けて安全な場所まで降りたイズナは、大きく立ち上った土煙の奥をじっと睨みつける。

 

「お前らしくないな。前のお前ならもっと器用に、それこそ技を重視した立ち回りが出来てたはずだ。それなのに今はそうやって力押し…お前、段々弱くなってんぞ?」

「煩い…!レンゲ殿程度が、頭に乗らないで下さいよ…!」

 

土煙の中から姿を現すや煽ってくるレンゲに、イズナは怒りに激情を燃え上がらせる。

相対するレンゲとイズナの間に青い炎の壁が吹き上がり、多少距離が離れていても届く熱がレンゲの肌をチリチリと焼く。

また炎そのものの眩しさも相まって目元を手で覆ったレンゲに…炎の壁の奥から突っ込んできたイズナが炎を纏って襲いかかった。

 

だがレンゲは地面に手を突き立てると、地盤を捲り上げて岩盤の盾でイズナの突進を止め、それを破壊して振るわれる爪を真上に跳んで避けるとその最中に舞い上がった岩を掴み上げる。

そして腕を、肩を、腰を、全身の筋肉を使って振りかぶり…あの領域でレイのバットをへし折った時のようにイズナへとその岩を投げつけた。

 

(そんなもの…炎で蒸発して届きませんよ!)

 

今のイズナは『火遁の術』で発生した炎を全身に纏っている。その熱量はマコトの放つ音速を超えた弾丸すらイズナへ届く前に融解し蒸発する程だ。

この岩も同じように自分へは届かないとイズナは構わず噛み砕こうと大きな口を開けて───岩は纏う炎すら掻き消す勢いでイズナの鼻先に直撃し、真上のレンゲを狙って飛び上がっていたイズナは衝撃によって撃ち落とされた。

 

「なっ…んで…!」

 

背中を地面に打ち付けたイズナは尾を振り払って突風を起こしてレンゲを空高くまで吹き飛ばし、背後に無数の青い炎の球を浮かべた。

空中ならば踏ん張るものもない以上身動きが取れず、盾になるようなものも持っていないレンゲは為す術なくそれを受けることしか出来ない。

ただ誤算だったのは…今のレンゲは、そんな常識すら超越する高みへと至っていた。

 

(今なら…なんでも出来る気がする。あいつの操る炎の動きも、あいつ自身の動きも、周りの全てが伝えてくれる…)

 

元々レンゲは天与宣誓の影響によって神秘が一般人並しかなく、自らの目で特異現象を視認することが出来なかった。

いつもは専用のコンタクトでそれを補っていたが、皆が見ているものが道具に頼らなければ見えないことに無意識に孤独を感じていたのだ。

だからこそ、キキョウのお陰で神秘から解き放たれあらゆる感覚が強化され、自分の目で特異現象が…皆が見ていた景色を見られるようになって満足していた。

しかしそれでは足りなかった。

それでは…狐坂ワカモのようにはなれないのだと。

 

(あの人ならあんな炎ものともしない。あの人なら一々迷ったりしない。あの人ならあいつの速さも捌けた。私にしか見えていないもの…あの人にしか見えなかったものが、あったんだ)

 

「もう、終わってください!」

 

青い炎の球が流星群のように四方八方からレンゲへと流れる。

例え動きのキレが増していようと、判断力や瞬発力が格段に向上していようと…そこまでに蓄積したダメージや疲労が残るその身体であれらが直撃すればもう耐えられない。

長い戦いもようやく終わるとイズナは唸るが───どういう原理か、レンゲは物理法則に反した不自然な機動で次々と襲ってくる青い炎の球の全てを回避した。

 

「っ!?」

(空中で避けた…!?どんな動き方をしたらそんな事…!)

 

 

(なんてことない。私達を取り巻く空気にも温度や密度の違いで”面”が点在していたんだ。その”面”を…捉えれば!)

 

このまま炎による攻撃を続けてもキリがないと悟ったイズナは最早頼れるのは自分の肉体のみと、地面が沈むほどに踏み込むと全身のバネを使ってレンゲの漂う高度まで一気に飛び上がった。

レンゲは先程と違って迎撃できるようなものは持っておらず、間合いに入れば自分の方が強いとイズナはレンゲの高度まで追いついたのと同時に爪を振るった。

 

「お前だって飛べるわけじゃねぇだろ」

「!?」

 

が、レンゲはまるで見えない壁を蹴ったのかのように空中を鋭角に飛び跳ねてイズナを避けると、背中側まで回り込んで地上に向けて蹴り飛ばした。

また叩き落とされたことに憤るイズナは、それでも特異体故に神秘のない拳で殴られた所でダメージは無いと何度だって同じような奇襲を繰り返しレンゲが力尽きるまで続けることを決める。

 

「私達の事を忘れてますよね?」

「あなたはっ…!?」

 

叩き落とされたイズナ、その落下地点に立っていたレイはバットの折れた部分を神秘を実態化することで補うと、全力で振り抜き…ボールでも打ったのかのように景気良く吹っ飛ばした。

更に打った方向では刀を携えたミチルが待ち構えていた。

 

「行っくよ〜!捌け、『地獄忍魔刀』!」

 

「おい勝手に名前付けんな私のだぞ!」

 

仰々しく技名を叫んだミチルは吹っ飛んでくるイズナヘ渾身の一太刀を浴びせ、肩から胸あたりまでをバッサリと切り裂かれ絶叫するイズナへ、再び空気の面を蹴って移動したレンゲがミチルに反撃しようとするイズナの脳天にかかとを落とし、直下の地面へと叩きつけた。

 

「なんで…なんで…ありえないありえないありえない…!」

 

倒れる自分の目の前に降り立つレンゲが、かつて見た狐坂ワカモと同様の威圧感と雰囲気を持っていることにどこまでもイズナの怒りが吹き荒れる。

思考を真っ赤に染め上げ血管の内で溶岩が煮え滾るかのような激情にイズナは自らの歯を噛み砕き────イズナの眼球が裏返った。

 

「なんだ…?」

「わっ!?なんかまた雰囲気変わってる!?」

「これは…ちょっとマズイかもですね…」

 

追いついてきたレイはイズナの雰囲気の変化に冷や汗を流し、ミチルも目に見えずともその異様な気配を感じ取ってあれ程までに強かったにも関わらずビクビクと震えていた。

レンゲはまたイズナが何かをする前にトドメを刺そうとするが───イズナの腹部がひとりでに裂け、そこから流れ出る大量の黒い液体を避けるために大袈裟に距離を取る。

 

さらに黒い液体と共に裂けた腹部からボトッと繭のようなものが零れ落ちる。

それは内側から破かれるように崩れて…中から手足を獣のように変異させた、しかしそれ以外は生前と同様の姿を持ったイズナが現れた。

イズナは、獣のような手で連続で組み替える不思議な掌印を結ぶ。

 

「そこに行くのは…イズナです…!あなたじゃない───

 

 

 

 

 

 

 

 

───神秘解放『飯綱不忍御殿』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




配役
河童…レイ
大道…ミチル
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