原作における米軍の下りは本作で再現するのが困難なので猫空間に消えます
「名も無き神々の王女、Keyです」
「「!」」
「?」
ミネがホシノ解放の協力を条件に提示したのは、まさに今アリスがその内に宿す神秘の権化…Keyを屠ることだった。
それを聞いた途端アリスとヒナはそれぞれ違った思いでお互いの顔を見合わせ、事態に理解が追いついていないカヤは不思議そうに首を傾げている。
(ヒナ…!)
(ダメよアリス)
「…?お二人ともどうかいたしましたか?」
「…いや、なんでもないわ。ちょっとその事でアリスと2人で相談したいのだけれど良いかしら?」
「もちろん構いませんよ。相手はKey…強制するつもりもありませんし、こちらでKeyを屠ることが出来た時私が無事であったのなら改めてそちらに協力することも吝かではありません」
「そう…アリス、黙って着いてきなさい」
「…」
あの時ミネの提案を受けて、アリスがKeyのことを告白しようとしていたのを見たヒナは眉間に皺を寄せてこの先の事に頭を悩ませた。
ホシノを解放するにはミネの秘儀は必要不可欠、協力条件はKeyを屠る、或いは居場所を伝える。
だがそのアリスはKeyの中にいて、実質的にミネの標的はアリスということになる。
1度廊下に出ると、ヒナは背中で扉を閉めてアリスをじっと見つめた。
(なんでこう次から次へと問題に…いや一番の問題は…)
(ミネにはきっと、Keyを復活の余地なく消し去ることが出来るのでしょう。
アリスならば自ら名乗り出て死を望むのも厭わないだろうと理解していたヒナは、どうやって諸々を解決しようか考える。
何を優先すべきか、何を天秤にかけるべきか…何を切り捨てるべきなのか。
ヒナが向こうの様子を確認しようと扉を小さく開けて覗いた部屋の中ではカヤが何やら自慢気に語っているようで、ミネは困り顔で相槌を打っている。
少なくとも今はまだアリスとKeyの関係に気付かれては居ないことに安堵するが、今回ばかりはアリスとよく話し合わなければいけないだろう。
「…アリス。私は肯定しないわよ」
「なんでですか?今すぐにとは言いませんが、アリスが犠牲になれば全てが丸く…!」
「確かにそれが一番合理的なのでしょうね。これは私の私情でしかないわ。でも…貴女は私の友達じゃなかったのかしら?」
「…」
「友達を悲しませるようなことしないで。Keyのことを言わないにしても言うにしても、行動する前には必ず私に相談しに来なさい。良いわね?」
「…はい、分かりました」
取り敢えずの釘を刺し、勝手なことをしないことを信じてヒナはアリスを連れて部屋に戻った。
まだカヤの話は続いているらしく紅茶を啜りながらそれを聞いていたミネはアリスとヒナの緊張したような面持ちに心配そうな表情を浮かべる。
「本当に大丈夫ですか?やはりどこか体調が優れていなかったり…」
「なんてことないわよ。一応私はもうちょっと寝るけど…アリスもゲームのし過ぎで疲れてるのよね?」
「え…?あ、はい…」
「あらあらヒナさんにアリスさんもお身体を大切にしないと、この超人の作るキヴォトスの民には健康優良児でいて欲しいのですから。それに…」
「なんでしょう…?」
「「「!」」」
アリスとヒナも巻き込んで話そうとしたカヤを遮って、突如として雰囲気をピリつかせたミネが何かを探るように目を閉じた。
流石に話せる空気ではなくなった事にカヤは残念そうにしながらも空気を読んで押し黙り、次のミネの言葉を待つ。
どれほどそんな時間が流れたのか、時計の針を見るに1分にも満たない重苦しい時間。
目を開けたミネの目には不快感が滲んでいた。
「…
「特異体が…?まさかそれって…」
「マルクト、でしょうか?」
「と、言うと?」
「ああ、確かマルクトって幾つもの身体を渡っているって話だったわね…今のあいつが使ってる身体が『特異操術』の秘儀を持っているのよ」
「なんと、あの魑魅魍魎の秘儀ですか…よりにもよって、厄介ですね」
「皆さんが何を話しているのかはよく分かりませんが緊急事態ですね?不知火カヤ、動きます」
「座ってなさい糸目ピンク」
「糸目ピンク!?」
さらっと繰り広げられる漫才のようなやり取りにちょっとツボったのか小さく吹き出したアリスは、何が起きているのかを把握するために一同に断りを入れてコガネを呼び出した。
「えーっと…確か弱い特異体は
「確認できてる限りではね。死滅回遊の
「はい!コガネ!10分程前からこの
『あいよ!』
景気よく答えたコガネはモニターを表示する。
そこに浮かぶのは…800を超えて今も増え続ける数字だった。
「はっぴゃ…!?秘儀を持つ特異体ってなると大抵準1級以上よ!?」
「私が気配で捉えられるのはこれよりも遥かに多いですが…太古から生き続け今の今まで特異体と契約し続けて来たというのならば納得出来ます。しかし、一体何がマルクトをそこまで駆り立てるのでしょうか…?」
「これは…無双クエストですね!」
「流石に無茶よ…」
「超人の出番ですね!」
「黙ってなさい」
「何故私にだけそんな辛辣なのですかヒナさんは」
ミネが言うには
既に
なんにせよ1箇所に留まるのも安全とは言い難く…
「…少し休んだら出ましょうか。一般人の生き残りもいる筈よ。避難誘導はまだ出来てないわよね?私達で可能な限り対処するわ」
「はい!救出クエスト…護衛クエスト?面倒なので無双してきます!」
「ふふふ…私の手にかかれば民間人の避難など雑作もありません。大船に乗ったつもりで着いてきてください!」
「救護の必要な場所に救護を!いざ参ります!」
「なんでどいつもこいつも我が強いのよ!」
アリスとカヤはともかく、特異体の大群がが
「7年前勘解由小路ユカリ以外に巫女はいなかったの?ああ勿論私は含めないでね」
「…勘解由小路ユカリ程の素質を持った者はおらなんだ」
「つまり、いなくはなかったって事だよね?」
かつてホシノとユメが守れなかった存在。
その話をするのは、和室のような空間でコタツに半身を詰めてぬくぬくと暖を取っていたミカとクズノハ。
ミカは寒いのならもっと着込めとクズノハの格好を見て思うが、そんな連中キヴォトスではザラにいるかと敢えて口にせず話を続ける。
問題なのは、あの時…勘解由小路ユカリが死んだ時に代わりとなる巫女がいたにも関わらずクズノハはそれらと同化しなかったということだ。
「なんで、リスクを冒してまで同化を拒否したの?まさか気に入ってた子が死んでどうでも良くなったわけじゃないよね?」
「拒否したのでは無い。現実を受容したのだ。巫女との同化により不死の妾は肉体を初期化し単純な加齢による暴走を止めていたのは知っての通りじゃろう。進化した妾がキヴォトスの遍く民の脅威とならぬ保証はあるまいて」
「じゃあ、なんで…」
「じゃが実際こうして今妾は…同化に失敗して進化の果て自我を肉体の外に伸ばしてもなお、結界術を利用しこうして理性を保っておる」
「…」
終始クズノハに対して苛立ちと嫌悪の感情を向けるミカは、クズノハが言わんとすることを察して目を細めた。
部屋の隅にあるストーブ、その上で熱せられていたヤカン内部の湯が沸騰し、空間に甲高い音を響かせる。
ヤカンを下ろし煎じたお茶をくいっと一飲みしたクズノハはコタツのテーブルに頬杖を着いて話を続けた。
「実の所自信があった訳ではないが、季節が移り変わるように当たり前に、いつかはこうなることが分かっておったのじゃ」
「…ふざけないで」
ティーカップをドンッと雑に置いたミカは堪えきれずにクズノハへ怒鳴り付ける。
本来今を楽しみ青春を謳歌するべき子供達に勝手に業を背負わせ、何度も歴史の中繰り返して利用し守ってきたものが理性なのだと言うその罪深さに。
あまつさえ失敗すれば「同化しなくてよくなった」というその身勝手さに。
「あなたのそれを理性と呼ぶのなら、私のことは大天使とでも呼んで崇めなよおばあちゃん」
「残念ながら今の妾は年齢がどうこうも超越しておる。単に生きてきた年数が多けれれば婆と呼ぶのならそうなのじゃろうが」
「あなたみたいなお年寄は難しそうな言葉を使えば煙に撒けるとか思ってそうだよね。盤星教が巫女の暗殺じゃなくて保護に舵を切ってたら、私は盤星教の味方をしたよ」
怒りの籠った、普段ミカが人に対してそうそう向けることの無いだろう罵倒にクズノハも思うところが無い訳でもないのか目を閉じてゆっくりと頷いた。
その態度がますます気に食わないのか、ミカは憂さ晴らしでもするかのように乱暴にティーカップに紅茶を注ぐとそれを一気飲みして舌打ちをする。
「チッ…昔の事をタラレバで語るのは好きじゃないんだよ私は…」
「…お主には聞こえておるのじゃろう?彼奴らの声が。妾には聞こえんよ…というより、聞こえるはずがないというのが正しいか。同化を果たした時点で彼奴らは妾なのじゃから。のう、聖園ミカ…彼奴らは、一体なんと言っておる?」
「もし本気で教えて貰えるつもりで言ってるのなら随分とおめでたい頭をしてるんだね。これだからボケ老人は困っちゃうよ」
「あまり年寄りを愚弄するでない」
「あっはは☆認めちゃってるじゃん!私だって世の中のおじいさんおばあさんがあなたと一緒にされる方が気の毒だよ。はぁ…クズノハとの同化が巫女にとってどんな結末になったのか、それを教えたらどうせ善かれ悪しかれ年の功でご立派な受身を取って悟ったつもりになるんでしょ?」
コタツの中でミカはクズノハの足を蹴る。
割と強めに蹴られたことで想像以上の痛みに襲われたのかクズノハはビクンと身体を跳ねさせてコタツから下半身を逃がした。
「させない、させないよ。あなたに楽なんてさせない」
「む…年寄り扱いするのならせめて老体をいたわらんか。それに寒い」
「あなたに出来るだけ苦しんで後悔してもらうことが、私の元巫女としての責任なんだから」
「…来おったな。もう少し、お主と話していたかったものじゃ」
「ふん…こっちはもう二度と御免だよ」
ミカとクズノハが居座っていたその空間に不吉な神秘が揺らぎ、空間は六角形のタイルが剥がれるかのように崩れ、その先には先の見えない無限の闇が広がっている。
それは危惧していた脅威の到来を意味し…ミカはクズノハに毒づきながらも自分の信念に従って崩れた空間の向こう側へと飛び込んだ。
───11月16日 00:00 黄昏宮直上
クズノハによって張り巡らされた黄昏宮を守る結界郡をいとも容易く突破して内部にまで侵入したマルクトは、それを見越して予め作られていたのであろう特殊な空間…でこぼことした足場が延々と続く空間、そしてその先に見える松の木。
その下に待ち受けていた少女を見て呆れたように肩を竦めた。
「困ったなぁ、君には用も興味はないんだけど」
「私には…これが興味なのかも分からないよ。ただとにかく、ひたすら心の底からあなたのことが嫌いなんだ」
マルクトの姿を見据え、静かに銃を構えたモモイはふぅと息を吐いて自身に警鐘を鳴らす心臓の鼓動音を強引に鎮める。
本能として湧き上がってくる、このままでは死ぬという警告から来る恐怖をマルクトへの怒りに変換して神経を研ぎ澄ませる。
「ふぅん…そこまで因縁があったとは思わなかったよ。その心は?」
「あなたが関わったから何もかも変わったんだよ…私達に非がないなんて言わない。でも、それでもあなたのことが許せないんだ」
「自分の無知と馬鹿を棚に上げて八つ当たりだなんて迷惑極まるね…クズノハはどこかな?」
「あの露出狂おばさんのことならあなたに会いたくないってさ。余程嫌われてるんだね」
事前に用意していた煽りを披露するモモイだったが、マルクトはそれを鼻で笑い飛ばすとここでは無いどこか…虚空の先の何かを見通すように明後日の方向に視線を向けると、パン!と手を叩いた。
「そういう君は使い捨ての前座ってわけだ!言わば相手の能力を測る為のデコイユニットってところかな?まあせいぜい踏ん張るといいよ。なにせ───死滅回遊は既に役割を終えたんだ。今キヴォトスにいる民の同化前の慣らしは済んだんだ」
「えっ…!?」
(どういうこと…!?早すぎる…!アリス達は無事なの…?)
思いもよらない発言に困惑するモモイに、マルクトは特徴的な糸目を薄らと開いてせせら笑って手を横に伸ばしてこの空間を構成する結界に干渉すると、結界を六角形のタイル状に分解し、再構成して景色を新しく作り変えた。
全てが光に飲まれるような感覚の後、モモイの目の前には巨大なスクリーンとそれを見るための客席が並ぶ空間…映画館のような場所にいた。
いつの間にかモモイはその椅子の1つに座らされており、少し空けた場所にマルクトも座ってスクリーンを眺めている。
「つまりここで私にクズノハを獲られれば君達の負けってわけだ。キヴォトスはおしまい…もしかしたら外の世界もね。特別に見せてあげるよ、そんな終わりの”可能性”を」
「これって…」
スクリーンに映し出されたのは、ミレニアム事変の際ミカとマルクトが話していた時の様子。
ミカが可視化された神秘で作り出した地球儀のようなものを掠め取ったマルクトがそれを破壊し、代わりに混沌を表す神秘の渦を作って見せたシーン。
「聖園ミカはミレニアムでクズノハとの同化…私の言う神秘の最適化を『神秘を扱えるようになる』ことだって指摘してたね。けど、私にとってそれは同化の手前…死滅回遊での検証に過ぎなかったんだ。前も言ったけど私はあの子と違って特異現象のない世界なんて目指してないしね」
「やっぱりそこでも嫌われてるじゃん」
「耳が痛いよ。けどキヴォトスの民が神秘的な資源として狙われる可能性まで懸念してたのには驚いたね。というより嬉しかったって言うのが正解かな?やっぱりあの子の考えは私に近いよ…っと、話がズレたね」
スクリーンの映像が切り替わり、今度はキヴォトスの地図が映し出される。
現状のキヴォトスを表しているのか、地図の特定の地点…丁度死滅回遊の
「私は昔から生徒の可能性と並行して、特異現象の可能性も考えてたよ。新しい神秘の形は、特異現象をもう一段階上の存在に昇華させることで生まれるかもしれないってね。だからまあ色々試したり実験してみたわけだけど…結局どれも失敗に終わったし期待外れの成果ばかり、皆普通過ぎるんだよ」
「それで、何が言いたいの?特に意味もないならこの無駄な時間も待たずにあなたを殺すよ?」
「はいはい、話を進めればいいんでしょ」
再びスクリーンの映像が切り替わり…そこには、マルクトのイメージらしき映像が映し出される。
描かれていたのは突如として肉体が歪み変異していくキヴォトスの住民達、彼女達はまるで何かに引き寄せられるように1箇所に集い、寄り集まったそれらは1つの巨大な影を形作った。
「進化したクズノハはヒトより特異体に近いからね。クズノハとキヴォトスの民の同化は何千万人分もの神秘を孕んだ存在になるって思ってるよ。『うずまき』みたいに何かしらの抽出も起こるかも。一体…どんな姿をしてるんだろうね?」
「…」
スクリーンに映し出される途方もなく巨大な影は、スクリーンの方にその影を向けると映像は激しくノイズが走って途切れてしまう。
今のはあくまでマルクトのイメージ…実際に同様のことが起こった時あれと全く同じものが生まれるという可能性はほぼないだろう。
マルクトは気が済んだのか映画館の空間を自ら破壊して元の空間へと戻ると、降り注ぐ六角形のタイル状の結界の破片を払い除けながらモモイの前方に立って向き直った。
「…あなたは、何がしたいの?」
「うん?今の話を聞いても理解できなかったかな?」
「違うよ…あなたは、そこまでして何が目的なの?何にあなたはそこまで突き動かされたの?」
「う〜ん…面白いと思ったから、かな?」
「っ…!」
「ふふ、気を悪くしたかな?でも大切なことじゃない?面白いと思ったことが、本当に面白いかは実現するまで分からないよね。もしキヴォトスの住民達を束ねた神秘の塊が抱腹絶倒のマヌケ顔だったらどうする?───」
───笑っちゃうよね!」
たはー、といい笑顔で笑うマルクトに、殺意を堪えきれなくなったモモイは先手を仕掛ける。
選んだ技は、自身の奥義であり極大の殺意を孕んだ怒りの一撃。
構えられた銃から放たれる、弾丸を高圧の血の噴出を推進力として利用しあらゆるものを貫く凶弾。
「『生苦』!」