「私は一人っ子だけどさぁ…最高だよ、お姉ちゃん!」
「ミカさん…」
「ナイスファイト、後は任せて☆」
モモイがマルクトの手札を一つ暴いたのと同時に、空性結界…マルクトを迎え撃つ為に作られたこの空間…の一角が割れ、背後に細長い機械的な蛇のような式神を従えた”特級”を冠する生徒、聖園ミカが降り立った。
モモイはミカの到着により疲労と張り詰めていた気が緩んだことにより倒れ込み、割れた足元の空間に落ちてこの場から退場する。
「泥臭い子はタイプだよ。それに比べて…」
(聖園ミカ…”特級”が与えられている以上連邦生徒会は彼女の秘儀を把握してるものだと思ってたけど、結局なんの情報も得ることが出来なかった。取り敢えず小手調べかな)
「まあ待ちなよ。それ以上近付かないで欲しいね」
ミカが鋭い視線を向けマルクトへ歩みを進めようとすると、マルクトはそれを手で制し、背後に赤い法衣と荘厳な黄金の装飾を浮かべた大型実体を出現させる。
「”ヒエロニムス”。受肉した太古の教義、天と同様に地に結実した意志。人工の天使にして神性の怪物。ヒエロニムスの”神秘”と”恐怖”は概念にも絡む、突破不能な障害だよ。さぁ…御手並み拝見といこうか」
「”ビナー”」
敢えて己の虎の子の一つであるヒエロニムスの正体とその力を開示したマルクトは、ミカがどのようにそれを突破しようとするのかを見定める。
連邦生徒会にすら詳細の伝わっていない聖園ミカの神秘、聖園ミカが”特級”たる所以を。
そんな強大な怪物を前にミカは侍らせていた式神、”ビナー”の長い身体をギチギチと小さく巻き付けるようにまとめ球状にすると、それをヒエロニムスへと向かって蹴り飛ばす。
ソニックブームが発生する速度で吹っ飛んだビナーは…直撃したヒエロニムスを一撃で消し飛ばした。
「!?」
「私の秘儀が分からなくて近付けないの〜?なら教えてあげるよ…”質量”だよ☆」
ミカが振りかぶった拳、それを防ぐためにマルクトは咄嗟に両腕をクロスして受け止めようとするが、華奢な体躯から放たれるただのパンチの威力は想像を絶するものだった。
マルクトの神秘は半端なものではなく、それにより得られる肉体強度は並の銃火器では一切の傷を受け付けない。
そんな防御力を薄氷のように貫き、盾にした腕が千切れそのまま拳がマルクトの顔面を殴り飛ばす。
頭だけは守ろうと神秘を頭部に集中させたからこそ即死は免れたマルクトだが、吹っ飛ばされた速度も音速を超え、最終的には通常ならば無限の容積を誇る筈の空性結界内の循環定義が機能しなくなるほどに加速、循環定義が途切れた事で結界の端に衝突してしまう。
(空性結界の循環定義に綻びが生じるまで殴り飛ばされた…神秘対象の概念、その内包と外延に収まらない程の圧倒的質量か)
空性結界を突き破り黄昏宮の外壁とその内側にある空性結界の間の空間に出てしまったマルクトは、千切れた腕と陥没した頭を修復すると空性結界内部に戻りゆっくりと歩きながら追いかけてきたミカを見据える。
マルクトの考察は正しかった。
聖園ミカの神秘の正体、自身と遺物化した式神に仮想の質量を付与する、『星の祈り』
その力は文字通り星の質量に匹敵し、繰り出される拳の破壊力は星の落下によるそれと遜色ない。
それに加え、ミカがかつて鎮めた特級神名特異体『ビナー』を手懐けることによって式神に転じさせ、ミカが神秘を注ぎ込み続けることで神秘を同調させ、ミカ以外唯一の秘儀の対象…無限の質量を付与できる『遺物』となっている。
(聖園ミカの速度や動きに支障が出ていないのを見るに、付与した質量による本人への影響は無いと見ていい。加えて、概念を無視されるとなるとミレニアムで放出せず手元に残した高位の特異体は使えないね。だけど果たして私だけで…この猛獣を狩ることが出来るかな?)
マルクトがミカの攻略法を探る中、ミカもまたマルクトを打倒する方法を考えていた。
ミカにとっては例えマルクトがどれだけの特異体を繰り出そうとその全てを粉砕しマルクトを仕留められる自信と実感がある。
ならば後必要な警戒は、マルクトが隠し持つ未知の手札だ。
(さっきアイツが使ってたあの不思議な力場…あれは”重力”だった。話に聞く神秘操術とマルクトの肉体を渡る秘儀、それ以外にもマルクトは秘儀を持っている。それがあの”重力”…既に私に割れてる『ム為転変』を使ってこないのを見るに『うずまき』で抽出する秘儀は1回しか使えないはず。1度しか使えない秘儀を、恐怖で自分を回復出来るマルクトが無駄打ちするとは考えにくい。だからあの”重力”こそがマルクトの隠し持つ三つ目の秘儀。ストックは容量的な問題で多分不可能な筈。クロコちゃんみたいに外付けならまだしも…でも最悪四つ目の秘儀ぐらいは警戒しなきゃいけないかな?)
(”特級”を与える連邦生徒会の基準的に、聖園ミカにはそれこそ特級足り得る出力の高い切り札がある可能性が高い。こいつを相手にそれを切らせてしまえば、否が応でも勝負は決まるし、その場合こっちのリスクも高い)
((めんどくさ))
互いに相手の持つ切り札を警戒し、それが邪魔となって思うように戦闘の主導権を握れない。
膠着する長考の末先に動いたのは、ミカの方だった。
(取り敢えず、マルクトに神秘を解放せざるを得なくさせて、解放後の神秘の使用が困難な状態にまで追い込む。もし私の神秘が同じようになったとしても、ビナーがいる分私の方が有利。それを確実にする為には可能な限り削りを入れて神秘の出力を削ぎ落とす───)
「いやいや、お互いの秘儀が煙たいのに神秘を解放しないのは、神秘の押し合いに自信が無いって言ってるようなものでしょ」
「!」
しかし、そんなミカの思考を読んでいるかのようにわざわざ声に出して挑発したマルクトは反叉合掌の手印を作ると、神秘を解放した。
「───神秘解放『
マルクトの背後に出現する無数のケーブルらしきものが乱雑に伸びるタコやイカのようにも見える構造体。
それの目のような部位が輝くと、同時に強力な神秘が空間を満たしたのをミカは感じ取る。
(このタイミングで…癪だけど、頼むよ…クズノハ…!)
そしてマルクトが神秘を解放するのと同時に、彼女を打倒する為の策を遂行する為にクズノハが姿を現した。
マルクトはそれに気付くも、1度神秘を解放してからではもう遅い。
「クズノハ…?何のつもり…?」
『マルクトの領域を解体する?』
『奴の目的は妾の本体がある黄昏宮の最深部…そしてお主らが奴を迎え撃つのはその直上に用意した空性結界じゃ。結界術に長けたものであれば誰でもそれに干渉し構造を設定できる。マルクトほどならば自由に舞台を作ることもできるじゃろう』
『じゃあ私達が不利になるじゃん』
『そうマルクトに思ってもらうことが重要なのじゃ。ここは自分にとって居心地がよく地の利があると結界内に留まらせる。じゃがあくまで空性結界の主は妾…空性結界の内側で戦闘を進め奴に先に神秘を解放させる』
『空性結界の主のクズノハならその内側の領域の情報は筒抜けってこと?ああ、それでマルクトの領域を解体するって話ね。それってどれくらい時間かかるの?』
『10秒もあれば』
『逆に言えば私は神秘を解放せず10秒それを凌がなきゃいけないってことね…いや、わざわざあっちを待つより私が先に神秘を解放してマルクトに後出しさせた方が手っ取り早くない?私の秘儀が焼き切れてもこっちにはビナーとモモイちゃんもいるし』
『そうなるとお主の領域の外殻が外側に来てしまうじゃろうて。解体は外側からしか出来ん、マルクトの領域より先にお主の領域が消えて終いじゃ。マルクトに先に神秘を解放させる、妾がそれを解体して、お主が秘儀の焼き切れたマルクトを叩く。これが最善じゃ』
(領域の外殻を解体して強制的に神秘の解放を中断させれば、その時点でマルクトの秘儀も焼き切れる。そうすれば、聖園ミカでも押し切る事が可能なはず…じゃが…)
事前に打ち合わせた作戦、マルクトの持ちうるあらゆる手札を封殺し完封する為の唯一の方法。
しかし…ここで大きな誤算が発生した。
マルクトが展開した領域は、ミレニアムでKeyが見せた領域と類似したもの。
即ち…
(解体すべき領域の外殻が…無い!)
Keyの神業、『閉じない領域』
それと同等のマルクトの領域には解体すべき外殻がなく、クズノハの対応が一手遅れる。
そんな誤算が発生している事を知る由もないミカはユメの領域による影響を凌ぐため、『簡易領域』によって自らの身を守った。
しかしこの防御もマルクトの洗練された神秘、経験に裏打ちされた結界術、そして純粋な生物としての格によってみるみる剥がされていく。
(マズイ、想像以上に削られるのが早い…!)
このままでは耐え切れないとマルクトへダメージを与えて少しでも神秘解放による影響力を緩和しようと駆け出したミカだが、それよりも早く簡易領域が削り取られ、ミカの本体が剥き出しになり領域の影響下に晒されてしまう。
(クズノハ…私の領域の効果範囲の縁を領域の外殻として空性結界ごと消滅させることで領域を解体しようとしている?だけど…)
「私は、貴女と違って”学んで”きたんだよ!古来より続く、竜戦虎争、合従連衡の、崇高の世界を!」
クズノハに言い聞かせるように声高らかに叫んだマルクトは、上げた腕を振り下ろし、同時にミカに対して破壊的な重力が降り注ぎ、地面は粉砕され、衝撃は伝搬し広域に渡って亀裂が広がった。
「…歳相応の意地は見せたね。でも、もう遅い」
クズノハによりマルクトの領域は解体される。
しかし既に神秘解放による致命打を受けたミカは地に倒れ伏し、全身から血を流して最早まともに戦える状態とは思えない。
「せめて自ら神秘を解放して押し合っていれば、ここまでつまらない結果にはならなかっただろうね…アレを信頼した君が悪い。クズノハは君達に重要な隠し事をしているよ。死滅回遊の…っ!」
言いかけた時、マルクトはミカの式神であるビナーが消えていないことに気が付いた。
ビナーは長い身体を鞭のように使い尾を薙ぎ払うが、それを伏せて回避したマルクトは反撃を行おうとして、背中からの強い衝撃に軽く吹き飛ばされる。
そこには、血塗れの状態で内臓や骨にも致命的なダメージを負っているであろうはずのミカが拳を振り抜いていた。
(この子まだ意識が…でもまともに動ける状態じゃない。恐怖は…使えないことは無いか。式神を前衛にして治癒の時間を稼ぐつもり?いいよ、ならその間にこっちは神秘の回復をさせてもらうから…うん?)
式神から距離を取り焼き切れた神秘の回復に専念しようとするマルクトだったが、予想に反してミカはビナーの尾を掴むとそれを勢いよくマルクトへと叩きつける。
横に避けたマルクトへさらにミカ自身も肉薄すると、頭から夥しい血を流し腕も曲がっては行けない方向にひしゃげ、脚だって骨にヒビが入っているだろうにも関わらず、マルクトの横腹を蹴りつける。
(治すでしょ普通!)
(治さないよ!)
マルクトに回復の隙を与える間もなく次々と痛々しく損傷した全身を使い、痛みも堪えてミカは連撃を仕掛ける。
腕は右腕が潰れているので足技を主体に、ビナーによる援護を受けつつ隙を見てまだ動かせる左腕によるストレートで顔面を狙い、腕による防御の上から殴り飛ばして体勢を崩す。
だが、それでも限界は近い。
ビナーがユメの胴体に巻き付き動きを妨害したところにミカが頭部へと回し蹴りを決めるが、少し仰け反った後に直ぐに立て直したマルクトはミカの顎下を蹴り上げ、首を掴み地面に投げつける。
「おぇっ…!」
「はぁ…もう少し頭を使った方がいいんじゃないか?」
「…ふふっ…言ったでしょ…私は、泥臭い方が好みなんだよね…!」
「!」
その瞬間、マルクトの背後の空間が割れる。
そこから現れたのは───先程使っていたものとは違う、特殊な加工が施されたライフルを構えたモモイだった。
『あいつさえ倒せればそれでいいよ。私と…妹達と…皆の為に。そして───アリスの未来の為に』
3人が対マルクトに向けての対策を練っていたあの時。
モモイの自らを犠牲としたその決意にミカはため息で返すと、クズノハと相談していたマルクトの領域を解体するという作戦を伝えた。
この作戦を進めるならばモモイはその後に出た方が作戦の成功率は高いようにも思える。
それに納得しながらも、やはりモモイは先手を譲らなかった。
『確かに…いやでも、やっぱり駄目だよ。私が先に出ないと』
『えー、なんで?』
『ユズがいつも言ってたんだ、相手の手の内を知ってて、それを相手がまだ切ってない間は常に警戒し続けるものだって。だから、きっと伏兵を意識している間は頭のいい人ならわざわざリスクを冒して神秘を解放しないと思う』
『それは…そうかも…?』
『うん、私が1回マルクトに負けて…ミカさんと1体1をしてるって意識させる。そこを、私がもう1回狙うよ』
(くっ…重っ…!)
その奇襲を確実なものとするために、ミカはマルクトに巻き付いているビナーにも莫大な質量を付与し最大限機動力を奪う。
マルクトの脳天に銃口を突きつけたモモイはギュッと目を閉じて仲間達へと思いを馳せると、遂にその引き金を引いた。
(見てる…ゲーム開発部の皆…)
「先輩殺しいくよぉ!!」
回避不可能な至近距離から放たれた特製の対物ライフル。
生徒特有の神秘による防御力すら純粋な威力のみで貫けるそれを───マルクトは頭部の縫い目を即座に切り離し、頭蓋を回転させ弾丸を受け流すという荒業で致命傷を避けて見せた。
「!?」
「ドンマイ!」
「ははっ、何それ!おもしろくなっちゃってるよ!カプセルトイかな!」
(でも…あんな馬鹿げたことしてまで耐えてきたんだ。それだけあっちも追い詰められてる筈!)
直ぐに頭部を縫い直しているマルクトに再度肉薄したミカは蹴りをお見舞いし、モモイもライフルを捨て本来の武装であるアサルトライフルに持ち替えるとマルクトへ乱射して少しでも反撃の暇を潰す。
マルクトの領域によって受けたダメージで『星の祈り』の出力が下がっていなければ今の攻撃でも致命打を与えられたはずだが、中々どうして現実はそう上手くいかない。
だがモモイが加わりようやく僅かな余裕が出来たことで恐怖を運用して身体の治癒を行うミカだったが、それに意識が向いた事により今度はビナーに付与していた質量が弱まり、その隙を突いてマルクトはビナーによる拘束から抜け出してしまう。
(しまった…!)
「っ!ビナー!」
ミカはビナーを呼び戻すとその尾を掴み、鞭のように振るってマルクトへと叩きつける。
先程と同様にそれは回避されるが、先程との違いはモモイによる追撃。
回避の方向へ先回りしていたモモイ、距離を詰めた至近距離からの銃撃によって怯んだマルクトへ再びミカはビナーを叩きつけようとする。
「ミカさん!今の内に治して!」
「助かるよ、お姉ちゃん!」
そこにモモイもありったけの銃弾を浴びせようとして…
「フン…!」
「あぐっ…!?」
(ああもう!秘儀が回復してる…!)
神秘解放によって焼き切れていた重力の秘儀が回復し、それによってモモイとビナーが地面に叩きつけられた。
自立して行動出来るビナーはミカの手から尾を離させると、その尾でマルクトへと攻撃…しようとするもそれも重力の効果範囲に入り地面に落とされる。
(でも…今ので分かった、あの重力の効果範囲は2〜3m。そして持続時間は…約6秒)
モモイとビナーに掛かっていた圧力が解除されたのを見てその神秘の性質を見抜いたミカは再発動までのインターバルの間にケリを付けようとビナーを拾い上げ、時間を稼ぐためか飛び退いて複数のユスティナのミメシスを顕現させたマルクトを追う。
(秘儀インターバルは雑魚を出して凌ぐつもり?だけど私相手にそれは…時間稼ぎにすらならないよ!)
ビナーを振るいミメシス達を瞬殺したミカはマルクトの鳩尾に、顔面に、ガードしようとした腕に次々と豪腕を叩き込み休む間もなく攻め立てる。
恐怖と神秘解放を使わせて神秘を削り、モモイと共に体力と肉体も削り、重力の秘儀も回避できる目処が立った。
そしてマルクトの方はクズノハを手に入れるためにここで退くことは出来ず、ミカ達を突破する以外の選択肢は無い。
こんなチャンスは、慎重で狡猾なマルクトを相手には二度と訪れないだろう。
(攻める!ここで勝つ!)
マルクトの顔面を殴りつけ、大きく姿勢を崩した所にトドメの一撃を決めようとしたミカ。
しかし、決着を急いだが為に威力重視の大振りとなってしまったその攻撃が届く前に───マルクトは、身体で隠して溜めていた極小の『うずまき』を放出した。
「っ!?」
放出されたのは、大量の特異体を一塊にした純粋な神秘エネルギー。
それはミカの耐久力すら上回り頭部を焼く。
咄嗟に腕で顔を守り致命傷を避けたミカだったが、マルクトはがら空きとなったミカの腹に手を向けると、立て続けに極小『うずまき』を放出する。
既に多くのダメージを受け神秘を消耗しているミカにそれを耐えられるだけの防御力は残っておらず…放出された神秘エネルギーはミカの腹を抉り、風穴を開けた。
「ミカさん!」
(…あいつが、ミメシスを出したのは重力の神秘のインターバルを埋めるためじゃなくて、うずまきの気配を誤魔化すため…!?まんまとしてやられた…!)
マルクトはミカの頭を掴むと地面に叩きつけるように放り投げ、さらに今度こそ確実に息の根を止める為に重力の神秘を叩き込む。
ミカに強力な圧力が加えられ、地面が崩壊する勢いでその身体が沈む。
「…っ!ここしかないんだよ…私の命の使い所は!」
モモイが先陣を斬ることを決めたあと、ミカはモモイのとなりに潜り込むと人生の悩みでも聞くように話しかけた。
『ねえ、モモイちゃんはさっきはああ言ってたけど…アリスちゃんの未来に君は必要ないの?』
『…どういう意味?』
『どうもこうもそのままの意味だよ。妹の未来の為にその命を張っても、その未来に君がいないんじゃ意味がないんじゃない?』
諭すように語るミカの話を聞いたモモイは元気なく俯くと、湯呑みのお茶をちびちびと啜る。
気を悪くでもさせてしまったのかとミカは謝ろうとするが、それより先にモモイがミカへと問いかけた。
『ミカさんは…私にアリスと一緒にいる資格があると思う?』
『…』
『私は…そうだね。世間一般の定義ならアウトローなんだよ。本当ならアリス達に倒されるべき悪役…実際指名手配されて追い回されたりもしたわけだしね』
『それは…』
『私さ、本当に皆が大好きで、大切で…そんな皆で作った”
モモイが吐露するのは、自分達が作り上げた青春の結晶…”テイルズ・サガ・クロニクル”という作品が世に解き放たれ、その圧倒的クソゲーさによって人々の負の感情がモモイ達が管理するアルファ版に宿って特級遺物と化したあの時。
連邦生徒会によって回収され、それに激昂したモモイ達が取り返そうと連邦生徒会に喧嘩を売ったあの日のこと。
『でも、あれが間違いだったんだろうね。ミドリとユズだって初めは私を止めようとしてたし…それでも私は我儘言って、皆を巻き込んじゃったんだ。私なんかの為に、ミドリもユズも手を汚して…ミドリとユズを殺したのは、私なんだよ。それで、2人が死んだ時に私は何もかもがどうでもよくなっちゃったんだ。だからそれまでは躊躇うこともあったのに、自分でもびっくりするくらい人を殺すのに何も思わなくなっちゃった。あの時私がもっとしっかりしてればこんなことにはならなかったのに…なんで…なんであの時私は…』
自分の湯呑みに視線を落としていたミカは、ゆっくりと隣のモモイへと視線を向ける。
声の震えから分かってはいたが…そこには、大粒の涙をポロポロと零れさせ泣き腫らすモモイの姿があった。
手に持つ湯呑みの中のお茶がモモイの手の震えによって波打ち、その心情を表すかのように決壊しそうになっている。
『私は…楽な道を選んだんだろう…2人が、泣き寝入りするのを見たくなかったんだ…ミドリとユズが、そんなに弱いわけないのに…そしたら、まるで罰みたいにアリスが現れた。私達はきっと───4人で戦う運命だったんだと思う。私が楽をしたせいで、アリスを独りにさせちゃったんだ』
『…君が死んだらまた独りだよ』
『ミカさんは、優しいね。でも、駄目なんだよ。私はなんの信念もなく人を殺したから…これ以上、アリスと一緒には生きられない。アリスの青春に、
マルクトを倒す為には、ミカの力は必須。
故に少しでもこれ以上のミカへの追撃を妨害し、ミカが回復できる隙を作る為に己の全てを投げ打ってでもマルクトの気を引こうとモモイは駆け出した。
「こっちだよ!マルクト!…なっ!?な、なんで…!?」
「…アウトローとしてのモモイちゃんは、ここで確かに死んだよ…」
しかし、モモイが捨て身の特攻を仕掛けようとした直前、クズノハが空性結界を操作してモモイの足元の空間を割り、強制的にモモイは外へと放り出される。
「だから…生きて…モモイちゃん…今度は…アリスのお姉ちゃんとして…私が…貴女の為に、祈るから…」
落ちまいと虚しく虚空を掴もうとするモモイに言葉を送るミカ。
それをマルクトは無情に踏みつけ、その威力によってミカの胴体が千切れ上半身と下半身に別れる。
ようやくこの猛獣を仕留められたと息を吐くマルクトの前に、今度はクズノハが現れた。
この期に及んで目標がノコノコ目の前に現れたことにマルクトは若干戸惑うも、声に嫌味ったらしさを乗せて煽ろうとする。
「今更何しに来たのかな?わざわざ自分から私に取り込まれようとでも?」
「いや、ただ気を逸らせればそれでいいというものよ」
「…?…っ!?」
クズノハに皮肉を込めた笑みを向けるマルクトだったが、咄嗟に足元を見下ろすと、そこにはマルクトの脚を掴む上半身だけのミカがいた。
「はぁ…びっくりさせないでよ。そこは死んで置いて欲しいね、人として…」
既に死にかけの身で一体何ができるというのかと、侮蔑を込めて吐き捨てるマルクトだったが───次の瞬間、強烈な引力が発生し身体がミカへ向かって引き込まれた。
「な、にっ…!?」
「『星の祈り』で付与する質量に、私は影響を受けない…でも、それはある一定の”密度”まで…!」
『星の祈り』により付与される質量に、制限は無い。
最初に言ったように…それによって付与される質量は星にすら匹敵するのだ。
ならば、聖園ミカという生徒の小さな身体にそれと同様の質量が付与された時発生するものは…
「まさか、ブラックホール!?」
「重力を扱う割に…想定が甘いんじゃないかな☆重力も、質量も、時間も…突き詰めれば───!」
増大する質量は遂に臨界点を超え…生じたブラックホールは空性結界を歪め、周辺の地形は根こそぎ抉り取られ、一帯の全てが膨れ上がる暗闇の中に引きずり込まれた。
「…ふぅ」
瓦礫を押し退けて、マルクトが姿を現す。
本来ならば世界を巻き込む最強の自爆だが、当然マルクトを倒せても世界が終われば意味は無いと、ミカはその威力を可能な限り抑え込んだ。
またクズノハの結界によっても威力を緩和され…極めつけに、マルクトは重力の神秘を恐怖へと反転させることで生じる”反重力”によってブラックホールの影響を相殺する事で生き延びたのだ。
「驚いたよ、実際」
「…何故、生きておる…」
「前の身体の持ち主の秘儀でね。ちょっと使いにくいけど、あれば便利…こんな使い方は想像もしてなかったけど、ラッキーってやつだね。さて…とっても派手な余興だったよ。まるで、君の退屈な人生の贖いみたいな」
「待て───」
マルクトは驚愕し呆然とするクズノハに触れ、それによってクズノハはマルクトに飲み込まれる。
一息ついたマルクトはとある場所へと赴いた。
そこにあるのは、現世に存在するクズノハの”実体”。
乾いた枯れ木のように干からびた人だった頃の名残を僅かに残すそれを一瞥したマルクトは暫しの間物思いに耽ると、その場を後にした。
「じゃあね、懐かしい懐かしい…私の
明日の更新は作者多忙につきお休みとなります