異常な成長速度、異常な適応の早さ。
Keyはカンナに対して愉快な程に興味を掻き立てられていた。
(目を見張るは『展延』の切り替え。それそのものを会得したのも驚嘆に値しますが、展延は発動中は一切の秘儀が使用不可になってしまう。故に私も小鳥遊ホシノとの戦いでは死路虚の適応を進める際展延の発動中は適応が”無効”ではなく”中断”になるように細心の注意を払っていましたが…)
Keyの見立て通り、カンナは一度発動した秘技の効果である『処刑人の剣』が展延の使用後も途切れないように秘儀の”中断”と”再開”を行っていた。
それは即ち、Keyに近いレベルで秘儀の高度な運用が出来ていることに他ならなかった。
マルクトが目覚めさせなければ誰に知れることも無く埋もれていたであろう才能。
そのことをKeyはどうしようもなく『面白い』と思っていた。
(やはり、この世界は飽きませんね)
「尾刃カンナ、と言いましたか。貴女の器がどれ程か、試してみるとしましょう」
「っ!」
Keyはスーパーノヴァを持っていない方の手のひらをカンナへと向け、秘儀を発動させる。
放たれた波動は横に避けたカンナの後方にあった壁を崩壊させ、その奥まで一直線に風穴を空ける。
長い髪の端が巻き込まれて消し飛んだことを気にする余裕も無く、追撃を仕掛けてくるKeyにカンナは極限まで研ぎ澄ませた集中力に任せて『処刑人の剣』を振るった。
鋭い一閃を薄皮一枚の距離で躱したKeyはカンナの腹に手のひらを押し当てる。
「『解』」
「ぐぁっ…!」
ブシュッ、と血が吹き出す。
『展延』への切り替えが間に合わず直で分解を受け、神秘による保護で防いでなお皮膚が、その内側の筋肉までもが崩れる。
咄嗟にKeyを蹴り飛ばして距離を離したカンナだったが、当のKeyは済ました顔で着地するとポンと床に手を置いた。
「『捌』」
触れた位置を起点に、今カンナとKeyがいる廃墟。
その建物全体に分解が伝搬し、次の瞬間には元々砂で出来ていたのかのように崩れ落ちた。
足場が消失したことにより塵芥と化した瓦礫と共に空中に投げ出されるカンナとKey。
Keyはスーパーノヴァをカンナへと構えると、その砲口に神秘を収束させる。
「”王女は鍵を手に入れ、方舟は用意されました”───光よ」
「チッ…」
詠唱を加えることで”没収”により内包された秘儀を封じられ低下したスーパーノヴァの出力を補った一撃。
本来の威力には程遠くとも、カンナにとっては充分脅威。
それも踏ん張りの効かない空中では避けようが無く、カンナが光線に飲み込まれようとして───
「光よ───!」
「…つくづく煩わしい小娘ですね」
追いつくにはまだ距離があったアリスだが、廃墟が崩壊して外に投げ出されたカンナとKeyを見るなりレールガンを放ち、Keyの放ったスーパーノヴァの光線に横から衝突させることでその軌道を僅かに曲げてカンナへの直撃を防いだ。
横槍を入れたアリスに苛立ちを見せるKeyだが、その間に地面に着地し肉薄下カンナは今度こそ仕留めようと『処刑人の剣』を突き出すが、脇の下を通すようにしてそれを避けたKeyはカンナの顎に肘を入れ、仰け反ったところを先程の意趣返しでもするように蹴り飛ばした。
「カンナ!」
「貴女も、いい加減にしてください…『捌』」
ようやく追いついたアリスはカンナを案じながらもKeyへと殴りかかるが、その拳を掴んで止めたKeyは秘儀を発動させ…掴んでいたアリスの拳が血を吹き出す。
骨が覗くほどに手が崩れ、顔を顰めたアリスを腕を掴んだままKeyは振り回し、遠ざけるように放り投げる。
「つまらないんですよ、貴女は。興が湧かないんです…っと」
Keyの眼前を弾丸が掠める。
屋外に出たことでその位置を補足したサオリからの狙撃。
それにKeyが気を取られた隙に再度接近を試みるカンナだったが、やはり壁は厚く刃はそう簡単には届かない。
己の出せる全霊を乗せようと、持ちうる力を振り絞ろうと、純粋な実力差、戦闘経験の差、培った技術の差。
たった2ヶ月でこの成長、されどたった2ヶ月の蓄積ではそれらを埋めることは叶わない。
連続で振るわれる『処刑人の剣』を捌ききったKeyは反撃にカンナの顔面を何度も殴り、気合いでそれを耐えカウンターとして突き刺そうと振り下ろされた『処刑人の剣』を避けて一瞬でカンナの背後に回り込む。
それを察知したカンナは振り返りながら後方目掛けて『処刑人の剣』で切り払うが、Keyは宙返りしながらそれを避けるとスーパーノヴァを構えていた。
「”王女は鍵を手に入れ、方舟は用意されました”───光よ」
「クソッ…!」
詠唱で出力を補った光線が放たれる。
辛うじて回避は間に合ったものの、完全に避け切ることが出来ずにカンナの右腕が飲み込まれる。
ここまでの激しい戦闘と積み重なったダメージで既に息も絶え絶えのカンナは瓦礫の上に膝を着き、光線に飲み込まれて消失した右腕を見つめる。
そんなカンナにKeyはゆっくりと歩み寄ると、冷たく言い放った。
「治しなさい。治してみせなさい」
「ハッ…ハッ…ハッ…」
(…笑えるな。どんなに心が凍てつこうが、どんなに覚悟を決めてこようが…痛いものは痛い)
あれだけアリスに格好を付けたというのに痛みに悶え情けなく膝を屈している自分を自嘲し、そして心底腹も立つ。
そうではないだろうと、まだまだやれるだろうと、カンナはそう何度も自分に言い聞かせる。
そうして自分を奮い立たせようとするカンナを見たKeyは、無造作に腕を振って秘儀を発動。
直後、カンナの両足首と『処刑人の剣』を持っていた左腕が抉られるように分解された。
「がっ…」
「次は頭を飛ばします…恐怖ですよ。分かるでしょう?ほら頑張りなさい。治せなければ死にますよ」
カンナが殻を破る事を期待しているのか、Keyは遊ぶように焚き付ける。
「…」
『私の死が、お前達の明日を照らせるのなら。それはきっと私にとっての救いになると思うんだ』
(…私の役割、私の意味。立て、果たせ、全てを賭けろ)
痛い、苦しい、辛い、そんな弱音を噛み殺して、カンナは意識を集中させる。
より深く、より高く、自分の最奥を覗き込むかのように。
「…む?」
カンナが意識を研ぎ澄ませている間、待っていたKeyに血の噴出により加速した弾丸が飛来する。
迫るそれを秘儀で分解する事で防いだKeyが視線を向けた先には、廃ビルの上に登って狙撃してきたモモイの姿があった。
(あれは、小娘の(自称)姉…)
カンナを遠くに投げ飛ばして他の特異現象捜査部の者を引き離してからそこそこ時間が経ち、既に引き離した連中が合流してきててもおかしくない頃合い。
(…となると)
「こっちを見ろぉ!Key!」
カンナとKeyがいる瓦礫の山の頂上。
そこに駆け上ってきたフブキはKeyの注意を引こうと銃を乱射する。
これまでの正確さはない、半ばヤケクソ地味た弾幕はKeyの意識を逸らすにはまだ足りず、仕方なくフブキは自ら接近して銃床で殴りかかろうとする。
「邪魔です」
「う、わぁぁ!?」
「ちょっ…フブキせんぱ…!?」
流石に煩わしく思ったのかフブキの腕を掴んでそれを止めたKeyはそのままフブキを振り回して後から追ってきていたセリカの方へと投げつける。
投げつけられたフブキを受け止めたセリカはその衝撃を受け流しきれずに体勢を崩し、瓦礫の山を2人まとめて転がり落ちていってしまう。
それを鼻で笑って見下すKeyだったが…
「はぁっ…はぁっ…」
「おや、これまた惜しいですね」
神秘の反転に覚醒し、恐怖によって手足を再生させたカンナが不意を打とうと突き出された『処刑人の剣』はスーパーノヴァの銃身を盾にして防がれて、カンナの顔にKeyの手のひらが置かれた。
「存外に楽しめました。褒めて差し上げましょう…『捌』」
「…」
(私の、役割。私の、意味…私がやるべきことは…)
秘儀が、発動される。
カンナの頭が、分解される…その直前。
自分の死を悟ったカンナはKeyの背後から迫るアリスと目が合った。
それを見たカンナは小さく笑うと、『処刑人の剣』をアリスへと投げ渡し…その意識がプツンと途切れた。
アリスは、Keyに触れられたカンナが頭から崩れていくその直前に見た微笑み。
それを見て、かつて共に戦った頼れる先輩の姿を想起した。
『アリスちゃん。後は頼んだわ』
同じように、カンナもそう目で伝えていたような気がするとその現実を飲み込んだアリスは、投げ渡された『処刑人の剣』を掴むと、大袈裟にそれを振りかぶってKeyへと向ける。
託された思いを、その手に。
「貴女は、本当に…つまらないですね」
Keyは振り返りそれを迎え撃とうとする。
振るわれる『処刑人の剣』、問題なく捌ける、止められる。
つくづく気に障る小娘を屠ろうとして───
「…は…?」
Keyは殴り飛ばされていた。
煌々と輝く『処刑人の剣』…それを持っていない方の腕で。
「…最期まで、カンナらしいですね…」
『処刑人の剣』は、カンナの手を離れた時点で対象への必殺性を失う。
故にアリスはそれをKeyの意識を向けさせるための囮として扱った。
それが本命だと思わせて…Keyの注意から外れたもう片方の腕を振り抜いた。
それはKeyの顔面を捉え、清々しいほどに軽快に殴り飛ばして見せた。
それが決定打になる訳では無い、少しでもKeyにダメージを蓄積避けるための”繋ぎ”でしかない。
その”繋ぎ”の為に命を賭すことの、なんともカンナらしい真摯さだろうか。
(今のは、またですか…)
そして、殴られた直後にKeyは自身の内側で何かがグラッと揺れるような感覚を覚えた。
最初にアリスの打撃を受けてから警戒し続けていたその奇妙な感覚。
嫌な予感を感じたKeyは吹っ飛ばされながらもアリスへと手のひらを向けた。
「『解』」
「ぐっ…!」
腕で顔を守るが、その腕が筋肉が露出する程度に分解されその苦痛に呻く。
だが今更それだけでは止まらない。
アリスは一度瓦礫の山の下に降りて置いてきたレールガンを回収すると、一気に頂上まで飛び上がってKeyに狙いを定めた。
「光よ───!」
「───光よ」
Keyもそれをスーパーノヴァの光線で迎え撃つ。
双方の攻撃は衝突し…レールガンのエネルギー砲が、スーパーノヴァの光線を打ち破ってKeyへと降り注いだ。
「チッ」
(あの娘が死んだのにスーパーノヴァの出力が戻っていない…完全に持っていかれましたか。忌々しい)
カンナが死んでもなお”没収”によって封じられたスーパーノヴァに内包された秘儀が復活することはなく、詠唱を加えていないスーパーノヴァではアリスのレールガンに威力で劣る。
そんなカンナの執念に感嘆するKeyはふとカンナの死体が横たわっている方に目を向けると…
「あっ…」
「ココナちゃん早く!」
「は、はい!」
ノドカがカンナの死体を担ぎ、直後に慌ててココナはノドカとカンナの死体も合わせてどこかに消えてしまう。
(…まあそうでしょうね。いつの間にか小鳥遊ホシノの死体も消えていた。おそらくあの小さい娘の方が転移に類する秘儀を持っているのでしょう。念の為頭を消して正解でしたね。氷室セナだったか、あの娘によって蘇生されては面倒ですし)
消えたホシノとカンナの死体の行方について考察したKeyは、続いてアリスの方へと目を向けた。
やはり先程与えた腕の分解も回復来ており、今のアリスが恐怖を身につけ自身の肉体を治癒出来ていることは間違いない。
この1ヶ月での特訓、そこで得たのは単なる神秘での身体強化だけではなく、様々なものを駆使してKeyと戦うための手札を詰め込んできたのだろう。
(特異現象捜査部の連中が誰しもこのように強化されているとなると、最も厄介そうなのは狼の娘ですね。これまた攻略のしがいがある相手ですが…)
「…?」
(なんでしょう…Keyが、ボーッとしている?)
アリスは視線の先で、アリス達からも意識を外し1人考えに耽っている様子のKeyを見て首を傾げた。
それをアリス達がなにか企んでいるのではと深読みする中、そんなのもお構い無しにKeyは自分の世界へと浸る。
(何故私は苛立っているのでしょう?私は、先程の娘が死んだことに落胆している?他者に満たしてもらおうなどとは考えたこともありませんでしたし、目障りなら殺して面白ければ遊ぶこともある。それが私で、それはずっと変わらない。死ぬまでの暇潰しには丁度いい娯楽…そう、死ぬまでの暇潰し。そるが私にとっての他人だったはず…)
Keyは思い出す。
かつて真のアウトローになりたいなどとほざき、結果それを叶えることも出来ずに夢破れた少女を。
彼女に向けて自分が放った言葉を。
『理想を掴み取る飢えが貴女には足りない』
(私は私の身の丈で生きている。それを測れないのは私以外の者の問題のはず…いえ、考えたこともありませんでしたね。理想など、自分の身の丈以上の願いなど。対して…『私を殺す』、それが連中の今の理想。理想に殉ずる者を見て何故私は苛立っている?同じような者など幾らでも見てきたというのに。名も無き神々の時代と…あの頃と変わったのは私の方…?)
Keyの中では長い
そんな時、Keyの瞳がアリスを見据えた。
(…小娘…そうです、貴女です。あの頃は戦う相手は他人だった。他人の理由も理想も全て私にとっては真偽の分からない後付けの遺言だった。虚勢もあったのでしょう、自己陶酔していた者もいたのでしょう。ですが今回は違う…小娘に受肉して、同じ肉体に
アリスは自分に向けられたKeyの視線に気付くと、それをキッ、と睨み返した。
忌々しいほどに澄んだ瞳が、Keyの暗く輝く赤い瞳と交わる。
それがどこまでも、Keyの苛立ちを加速させた。
(…私よりも遙か格下の弱者が理想を貫く意志の強さのみで私と並ぶことを知ってしまった。私はそれがどうしようもなく不愉快だった。つまり私は、身の丈が大き過ぎるが故に理想とは無縁で、理想を嫌悪していたというわけです)
「…フフッ、小娘。貴女は何故私を殺したいのですか?」
「これ以上、誰も悲しませない為に…これ以上、誰の青春も奪わせない為にです」
「なら、私がどこかに引きこもって延々ゲームにでも興じるとでも言えばその鉾を収めますか?」
「…犯した罪は、償わなければなりません。やってきたことの責任は、取らなくちゃいけないんです。あなたも、アリスも」
「ほう?何故?」
「…これは、私達から始まった物語です。あの時、アリスがあの
「…そうですか。では成行きではなく、今一度───
リィン ゴォン
リィン ゴォン
「!?」
その時、キヴォトス全土に荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
同時に、アリスに憑いていたコガネが出現し、高らかに宣言する。
『
「ヒナ…?ってことは、Keyが…!?」
宣言された内容。
それはマルクトが用意していた保険。
クズノハとキヴォトスの民の融合は死滅回遊を終了させなければ果たす事が出来ず、死滅回遊のシステムによってその権限を得たとしても死滅回遊が終了すればそれも無意味に終わる。
では何故そのようなことをしたのか…
コガネから通達された内容に驚愕したアリスはKeyの目の前に出現していた胎児のような者を宿した小さな光が浮かんでいるのを見た。
Keyはそれを手で掴み───そして飲み込んだ。
「あれは…?」
「クズノハ…様…?」
「フブキ先輩?」
それに気が付いたのは、監督官としてそれなりの知識を有しているフブキだった。
Keyに投げられセリカと共に転がっていってからようやく復帰してきたところで見たその光景に、フブキは表情を青ざめさせる。
クズノハは腐ってもこのキヴォトスで最も偉大な神秘の体現者なのだ。
それを取り込んだということは…
「今一度、貴女達の理想を分解します。まずは貴女達を殺し尽くして、その後に死滅回遊の
「…責任から逃れさせたりなんてしません」
クズノハを取り込み、Keyはこれまで低下していた神秘の総量が幾分か回復してしまっている。
万全には程遠いが、それでも4分の1程度にまで減っていたKeyの神秘は半分弱にまで戻っている。
果たして、アリス達の奮闘は無駄だったのか?
否。
与えたダメージはヘイローに損傷を与え、ヘイローの損傷は自然的な時間経過のみでしか癒えない。
故に、低下した出力…即ち身体強化や防御力、攻撃力は落ちたままである。
その状態で
「お待たせ。少し梃子摺った」
「クロコ先輩!他の皆さんは!?」
「私を消耗させないように無理したせいで皆ダウンしてる。結局私しか来れなかった。ごめん」
「フン…」
Keyとアリスの間に割って入るように降り立ったのは、マルクトから溢れ出た嵐の如き莫大な特異体の群れを殲滅したクロコ。
クロコは予定より合流が遅れたことをアリスに謝ると、今度はKeyに視線を向け…そして即攻撃してきたKeyと鉾を交えた。
「せいぜい藻掻き抗ってください。私を殺さなければ、貴女達が守りたいと思うものを全て壊してしまうかもしれないのですから」
「ん、これ以上後輩にばっかり良い格好はさせない…来て、”センセイ”」
「!」
Keyの頭上に現れた大きな影。
それがKey目掛けて落下し、その巨躯を叩きつけた。
”私の大切な生徒を、傷付けるな”
「来ましたね、偉大なる大人」
神秘の権化と、神秘に祝福されぬ大人。
その邂逅が、今───