元SRTの生徒が暇な日常にぼんやりとする話 作:ふぁっしょん
シャワーの音が止んで、元後輩が出てきた。
私は視線だけやって、そのまま座り込み、靴にドライヤーをあてていた。
なにやら、彼女はもごもごと口をまごつかせていた。
しばらくみて、私はいくつか理解した。
けれどいうこともないし、いわれることもなく、やがて視線を逸らした。
彼女が着た制服はSRTのものだ。
私はヴァルキューレの制服だ。
そういう違いがあるわけだが、それで……
それがいったい何だ?
私は床に置かれた靴をみた。昔から履いている靴だ。SRTの頃から、ずっと履いていた靴だ。
ヴァルキューレに移ってからも、変わらず履いている靴。
昔は濡れようが、気にしなかった。
透湿性が高いからだ。急場で作戦行動があろうと、問題になるほど水気を持たない。
では、なぜいまは気にするのか?
濡れている靴を履いていると、濡れている靴下を履くと……
気分が良くならないから。
そういうことだから……
私は鼻を鳴らした。
失笑に近かった。
元後輩は今も立っている。私は彼女をみないまま、ドライヤーを付けたまま、靴を見続ける。
随分と乾いたようだった。履いても不快にはならないだろう。
それだけだ。
帰ったところで、私は変わらず暇だから、結局同じことだと思う。
ここでドライヤーをかけるのも、帰路をいくのも、寝床で横になるのも、同じように無駄だ。
そんなことははじめからわかっている。
だが、そんなものじゃないか?
やりたいこともないまま、やることをやって、今日が明日になっていく。
そんなものじゃないか。
「なあ、後輩……RABBITの、月白だったか」
ドライヤーを消して、声を出す。
視線を移すと、元後輩は緊張した面を見せて「ええと……はい」と答えた。
かかわりの薄い後輩だった。なにせ新入生だったわけだから、単純に後輩だった時間が少ない。
だからこそ、気になる。
「このあと暇なら、手合わせしないか?」
彼女はすぐに頷いた。
彼女とともに廊下を歩く。
居住区を抜けて、オフィス側にある訓練施設へ入る。
身体を慣らすと、いくつも違和感があった。随分と本気で動いていないからだろう。
元後輩の動きは良い。そこそこどまりでは、ない。
拳銃とナイフを互いにひとつずつ持つ。
私は構えた。後輩もまた、構えた。
元後輩がまず牽制を撃った。私はバイタルパートを避けつつ、軽く詰める。
微かに被弾する。後輩の動きへの読みは、どうやら鈍っていないらしい。
私は少し笑みが浮かぶの自覚した。
今度は私が撃ちながら、距離をさらに詰める。月白はやや引きぎみだ。被弾はそう多くないが、少なくもない。動きが鈍ったところを、私はさらに動く。
彼女は攻勢に出ることにしたのか、バイタルパートを腕で守りつつ、逆に接近してきた。
私もまた、応える。
生徒同士の至近距離での戦闘で重要なのは、気絶するほどの強力な打撃か絞め技だ。ではなぜナイフを使うのかというと、痛覚への反射を誘発するためである。
生徒に攻撃は通じにくいが、浅い傷であれば簡単に生み出すことができる。
そして浅い傷を生み出すと、動きはわずかに、しかし必ず鈍る。
その隙を突いて拘束するのは、ステルスミッションにおいて有効な戦術のひとつだ。
元後輩は組手の経験が浅いままのようで、間合いへの読みがやはり浅かった。
私は誘いを生み、出された動きを咎める。彼女はすぐ学んだ。
だんだんと、互いに動きが良くなっていく。
懐かしい感覚だった。
同じ部署にも、かつてのSRTの同輩はいる。
だがずっとこんなことはやっていない。なぜか?
みな気が抜けているからだ。
私も含めて、みんながみんな、やる気がない。
やることがないのに気もなにもない。それはまったくもって、当然のことだ。
まったくもって、面白くないことでもある。
元後輩は真剣な表情で果敢に挑んできている。
前は日常にあった表情だ。
だんだんと、なにかが戻ってくるのを感じた。
そして、ふと……
私は気が抜けた。彼女は訝しんで、動きを止めた。
慌てて返す。
「いや、ごめん。ちょっと、思うことがあってね……」
「思うこと、ですか?」
「なあ、月白は……」
私はそこで、喉を引き締めた。
その、飛び出しかけた言葉には迷いがあって、だから吐き出したくなかった。
もごもごと口を動かす。
ちょっとの静寂のあと、私は別の言葉を吐いた。
「最近、別に悪くはないか?」
彼女は笑みを浮かべて、肯定した。
曰く、大変だが充実している、と。
それを聞いて、私は「そうか」と笑った。
わかりにくいので加筆修正した。間違いは仕様