「謎の人物現る!…かぁ」
溜め息を零す。ここ最近の仕事の多さも相まって、溜め息が出ない日はなかった気がする。
アビドスに関しては私個人から首を突っ込んだので
仕方ないと思っているし、大人としての責任もある。問題は、他だ。
勿論、問題に優劣を付ける事は良くない事だろう。ただ、色んな主要学園からの依頼に連邦生徒会関連の書類。その内容は多岐に渡り、とても今のシャーレでは手が足りない。色んな学園から希望する生徒による当番制を導入してからは多少楽になったものの、まだまだ手が回らないのも、現状。
それに加えてのこのニュース。正直、勘弁して欲しいとは思ってしまう。ミレニアムから始まり、最近ではゲヘナで目撃された謎の人物。
一体何者なのか。私の頭脳では、どうも有益な結論に至れる気配は無かった。そもそも、敵なのか味方なのか。どこの学園所属なのか。
「はぁ……休憩しようかな」
束の間の休憩。座り心地の良い椅子によりもたれかかり、身体の力を抜く。このまま目を閉じれば、すぐさま意識を手放せそうだ。……目の前の書類の山が無ければ、そうしたかったんだけど。
幸い、今日はまだ少ない方だ。午前の調子で進めていけば、16時を回らずに終えられそうな量。生徒との用事も無いので、今日の夜は身体を休めたいところ。
……そういえば、ご飯を食べてなかったような。静かな執務室で鳴るお腹の声によって、その事実に気付く。意識するにつれ、次第に空腹感も増してきた。
カップ麺、あったかな。
「休息を摂っていましたか、これは失礼」
「ッ!……黒服、何しに来たのさ」
身体が強ばる。つい先日、何とも非道な交渉を持ちかけてきた、私達の敵。ゲマトリアの、黒服。
何故ここにいるのか。どうやって突き止めたのか。今日は何を持ちかけに来たのか。先程まで緩んでいた脳が、驚く程に活性化する。
自然と、眼光も鋭くなる感覚を覚えた。
「あぁ、そう身構えないで下さい。今日はあの件とは全く別の話ですので」
そう言われて敵の目の前で警戒を解く奴が、何処にいるんだか。油断した隙をいつ掬われるか、分かったものではない。特に、コイツは。
「簡潔に済ませましょう。先程の報道についてです」
「……謎の人物の?」
「ええ、その認識で問題ありません」
少し、驚いた。
ゲマトリアは謎に情報を掴むのが速い。私が知っている情報の凡そ数段も詳しく、そして多い量を。そんなゲマトリアでも、まるでまだ掴みきれていない様な言いぶり。
……また何かを企んでいるのではないかと、勘繰ってしまう自分は悪くないはずだ。
「お恥ずかしながら、我々もまだ掴みかねていましてね。貴方が何か情報を持っていないかと思ったのですが……」
「私も同じだし、仮に知っていたとしても教えるつもりは無い」
「クックック……そうですか」
不気味な笑み。これだから、気が抜けない。何を考えているか分からないその顔に、敵でありながら友好的そうに振る舞うその姿。
奇妙さや苛立ち、様々な感情が入り交じる。
「先生、この件について優先的に考えるべきですとだけ言っておきましょう」
「……どういう事?」
「
その一言から、私は焦りを覚える。
この言葉は、単にゲマトリアがあの人物に対してどんな特徴を持つか掴んだ、という意味には収まらない。
それは、不味い。仮に本当にどこかの生徒であった場合、私が守らなければいけない。でなければ、先生失格だろう。それだけは。
それに、ゲマトリアは実験対象に対して容赦が無い。それは、ホシノに対する実験の内容を聞いて確信した事。あっちの手に渡る事だけは、何としても避けないと。
「アビドスの件については、素直に賞賛しましょう。正直、勝てるだろうと思っておりましたので。ですが……」
─我々は、そんな事では諦めませんよ?
非常に冷たい、悪寒が走った。気付けば、黒服の姿は無かった。
────────
「……やはり、前例がありましたか」
黒服との話を済ませた私は、自分の拠点に戻って文献を漁っていた。彼の者についてかなり不透明な事が多過ぎると考えた私は、黒服との会話で挙がった事について調べる事にしていた。
キヴォトスにある……或いは、
連邦生徒会の長が失踪してから、SRTという学園が解体されるであろうという噂を思い出した私は、前例があるのでは無いかという仮説に行き着いた。
そして文献を漁り、結果見つかった。
「
見つけたのは四守神護という地区。その中にあったとされる、
アビドスの例に似通っており、未曾有の大火災によって学園が消失。鎮火を試みたものの、その火は終ぞ消えなかったとされているようだ。
私の知るところでは、このような学園について話題が挙がった事は無い。時折キヴォトスを散策する事もあるが、こんな話を聞いた事も無かった。
……世界に消された歴史、なのでしょうか。
幸いにも、現在の地図を見るとその場所は残っている模様。今では、心霊の場として少しの知名度があるだけのようだ。
「となると……一般的な情報収集では期待出来そうにありませんね」
まだこの学園所属という確証は無い。しかし、調べてみる価値はありそうだ。しかし、普通の方法では碌な情報は集まりそうにないでしょう。
黒服に、共有すべきでしょうね。
────────
「情報が掴めそう、と?」
「えぇ。ただ、情報を得る難易度が非常に高そうだと思ったので、共有しておこうかと」
何という事か、ゴルコンダが既に情報を掴みかけていたらしく、その旨の話を持ち掛けてきた。
先生と話をして帰ってくるまで、そこまで多くの時間をかけていないというのに。流石はゴルコンダ、といったところでしょうか。研究者という職柄、分析や収集は得意なのは知っていましたが……。
私も見習いたいものです。
「それで、情報を得る為に動くつもりだと思うのですが……何処に向かうので?」
「…妙に表に出ない地区がありまして。かつてはそこに学園もあったようなので、そこに向かってみようかと」
「そういうこった!」
デカルコマニーの声が、僅かに反響する。いつも突然反応するので、いつもこのような雰囲気になってしまう。当人がそれを全く気にしていないのが、これまた。
それはいいとして。
聞けば、かつて栄えていた四守神護というエリアが文献に記載されており、アビドスの様な天災で学園が消失。その後、忽然とキヴォトス中の認識が薄れていったという。
…確かに、きな臭いですね。えぇ、私よりずっと。
地図と照合すると、どうやらまだその区域自体は残っているとも。今では、謎のマイナー心霊地とされているとか。
「……それ程の事件であれば、少人数の記憶にくらいは残りそうなものですが?」
「そこなのです。キヴォトス人が欠落した記憶力を持ち合わせているのであれば納得出来るのですが……どうにもおかしい気がしたもので」
キヴォトス人の記憶力が悪い、などの話は聞きません。となると、これ程大規模な認識災害を偶発的と見るのは非現実的でしょうね。
……ただ、そうなると新たな問題が1つ。
少なくとも私は、それ程の影響力を持った団体や個人を知りません。それに、認識災害を人為的に起こすのは、凡そ現実的では無いでしょう。それこそ、あの摩訶不思議な"色彩"でもない限り。
我々の調査では、過去にこの世界に色彩が飛来した記録は無かった訳ですし。人為的と決めるには、あまりにも不確定要素が多過ぎますね。
「天災や認識災害が人為的なのか偶発的なのか……我々が重要な事を見落としている可能性はありそうですね」
四守神護。一体、どんな秘密があるのでしょうか。