飛将、戦禍の轍をゆく   作:Cross Alcanna

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第2章 裏側の憐憫
異なる歯車は回りだす


 

「……いよいよ、ね」

 

「リオ様、そろそろ休憩した方がよろしいかと」

 

 

カタカタと、私が出しているパソコンの音とトキの足音だけが響く空間。トキにそう言われて時間を確認すると、作業を始めてからかなりの時間が経っていた。……これ以上詰め込み過ぎるのは、流石に作業効率が落ちかねないわね。そう感じた私は、いつの間にか淹れられたコーヒーを口にする。

 

要塞都市エリドゥ。ミレニアムの予算等を横領して作成した、キヴォトスに訪れ得る厄災に備えた設備。

 

名もなき神々の王女(無名の司祭らの遺産)然り、それが引き起こす未曽有の事態然り……或いは、私ですら観測できない最悪。キヴォトスの安寧を願う身としては、常日頃緊張が抜けない。セミナーの会長として業務をこなしながら秘密裏に動いているものの、この緊張がいつ限界に達してしまうのかは私にも分からない。

 

 

「…トキ、先生達の動きは?」

 

「はい。"鏡"を保管室から強奪したようです」

 

「…そう」

 

 

"鏡"。いつ見つけた物だったかは忘れたソレは、端的に換言するなら、いわゆるハッキングの為の万能なシステムを備え持つ道具。しかし、ソレが万物に通用するかと言われれば、そうではない。だからこそ私は、()()()()()()()()。G.Bibleのパスワードを強引に突破する為だと聞いているけれど、恐らくそれ以外にまともに使える方法など、常人には見当もつかないでしょう。

 

それに、この一連の騒動でアリスの身体能力が把握できた。それだけで、あのツールを明け渡した分のお釣りはくるでしょう。その算段から、私は"鏡"を明け渡す事にした。

 

……恐らく、アリスは暴走するでしょう。あの様子だと、自身について詳しく理解出来ているとは思えないし、制御下に置いている訳でもないと考えるのが妥当。

 

やはり、アリスは破壊すべきだ。

 

 

「……随分とザルな体制だな?」

 

「…ッ!?」

 

 

あまりにも、突然だった。私は無意識のうちに、身体を声の方向へと向けて後ろへと下がる。それに合わせるように、トキが私の前に出る。ここまでの時間は、数瞬もないように感じる。

 

有り得ない。ここの警備体制はキヴォトス基準で…もっと言うのであれば、その中でも特に強固な警備を誇るミレニアム基準で考えても最高峰の警備。たまたま警備の機械が誤作動や誤停止を起こした、等という事は無い。この部屋の最奥にあるいくつものモニターに映るカメラ映像が、それを物語っている。そうであるにも関わらず、目の前の人間は、それを易々と突破したという。

 

警戒心は、時が経つに連れて増す一方。

 

 

「そう警戒するな……と言うにも、無理があるか」

 

「……アナタの目的は何かしら。場合によっては、ここで排除しなければならないけれど」

 

 

強めな口調で、私は淡々と言い放つ。この感じ、隙を見せてはいけない類いの相手ね。それも、その隙がどれだけ僅かであれ、盛大に寝首を搔かれる系統の。ヒマリとは違う方向の、敵対したくない存在。

 

そんな私達とは対照的に、その人物は何食わぬという雰囲気のまま言葉を放り続ける。

 

 

「そもそも、私は刃を交えに来たのではない」

 

「…では、一体何の用で?」

 

「……商談だ。強いて言えば、『私を雇わないか』という類いのな」

 

 

何が目的かと聞いてみれば、返って来たのは雇用について。

 

……この人物について、私は少しだけ知識を有している。ただ、そこらの生徒が知る程度の知識止まりではあるけれど。神出鬼没な戦闘狂。主に強者がいる戦場に突如として乱入しては場をかき乱す存在。クロノスの報道で何度も見た、鎌の様なナニカを携えた人間。名前は、未だ分からないとされている。

 

最近では、七囚人に加えて新たに指名手配するかという検討もされているという。そんな人間が、私に雇われに?

 

正直、怪しさしかない。裏切るつもりで話を持ち掛けてきたと言われた方が、信ずるに値するまである。

 

 

「……いいわ、話だけでも聞きましょう」

 

「リオ様、よろしいのですか?」

 

「えぇ。あの様子だと、話を聞くまでは大人しくするつもりみたいだし。……そうでしょう?」

 

「……私が闘いたいと願うのは、強者のみ。倒して面倒事になりかねない弱者など、刃を向ける手間すら惜しい」

 

 

私の問いかけに、かなり辛辣な言葉が返される。ヒマリとのやり取りもあってか、そこまで怒りを感じなくなっていた。

 

私はトキに警戒態勢を解くように促し、もう1つコーヒーを淹れるよう言った。トキが部屋を出たのを確認して、私は彼?を近くの椅子に座るよう指示した。特に反抗する気配もなく、私の指定する場所に座る。

 

 

「まず確認したいのだけれど、アナタを雇用する事について……条件とこちらのメリットは?」

 

「大それた条件は無い。強いて言うならば、個別戦力としての運用を推奨する、とだけだな」

 

「戦力として……傭兵のような雇用体制を望んでいる、という認識でいいのかしら」

 

「その認識で構わない」

 

 

どうやら、傭兵としての雇用を望んでいるようね。それ自体は私としても嬉しいのだけれど……何故私を選んだのか。そこには、引っ掛かりを覚えるわね。

 

 

「どうして、私の元に雇われようと思ったのかしら?」

 

「風の噂で、ミレニアムで起きているアレコレを聞く機会があった。こっちに味方すれば、ミレニアムの強者と闘えるだろう?」

 

 

…これは、筋金入りの戦闘狂ね。ミレニアムでは珍しいタイプの。彼?のいうミレニアムの強者は、恐らく美甘ネルの事でしょうね。この感じだと、各学園の強者についての目途はついているのでしょうね。

 

 

「……それで、そっちのメリットだったな。単純だ、戦力の上昇に尽きるだろう。見た所、人の戦力はあのメイド位だろう?」

 

 

まるで、こちらの事情を見透かしているかの様な物言いだ。が、図星なので何も言い返せない。

 

それを察知したのか、続けて言う。

 

 

「そっちにどれ程の切り札があるかは知らん。だが……私の実力であれば、C&Cとやらはねじ伏せれる」

 

 

その発言を、信じる事は出来ない。

 

何故か。C&Cがミレニアムの純粋な人的戦力として最高峰だから。それを1人でねじ伏せるなど、人が人であれば世迷言と言わざるを得ない。

 

報道では、確かに、折り紙付きの実力を持ち合わせているといった旨の報道があったのも記憶している。しかし、私はその目でソレを見た事は無い。信じるには、後1歩足りない。

 

 

「……貴方の実力を見てから判断する、のは出来るかしら?」

 

「構わん。合理的主義な貴様の事だ、その目で見ん限りは信用出来んのだろう」

 

 

……本当に、どこまで私の事を知っているのか。ミレニアムに精通した知人でもいるのかしら。そうでもない限り知り得ない情報をつらつらと述べるから、私としては妙な緊張が抜けない。

 

そうしていると、トキがコーヒーを彼の元に置く。

 

「…………どうぞ」と、まだ疑いきっている態度がハッキリと表れている。

 

 

「そういえば、報酬についても聞いておきたいわ」

 

 

話が少し逸れてしまったので、軌道修正。

 

雇用と来れば、報酬についても明確にする必要がある。何せ、報酬のトラブルは裏切りに直結するケースが多い。

 

実力にもよるけれど、金銭を惜しむつもりはあまりない。ここで変に線引きをしてしまうと、思わぬ見落としや損失を招く事にもなる。

 

それに幸い、資金自体はそこまで枯渇している訳では無い。

 

 

「……()()()

 

「…………え?」

 

 

…………疲れているのかしら、私。

 

今……彼の口から”要らない”と聞こえたのだけれど。

 

 

「貴様の想像する金銭等の報酬は不要だ。……代わりに、私に戦場を提供しろ。それだけでいい」

 

 

要は、”誰かと闘えるならば金銭等の報酬は要らない”という事?……タダ働きをしたいと?

 

そんな者、聞いた事も見た事も無いわ。そんな事を言われるとは毛ほども思わなかった私は、動揺が隠せない。

 

 

「……タダ働きで良いと言うの?」

 

「私は……戦場に身を置き、強者と刃を交わす事を生き甲斐としている。それがあれば、他は要らん」

 

 

……これは、想像以上に変わり者ね。私に、御しきれるかしら。まだ何も始まってもいないというのに、複雑な気持ちが私を支配する。

 

いえ、逆に捉えましょう。思わぬ戦力が手に入る、そう考える事にしましょう。

 

それなら後は。

 

 

「なら、貴方の実力を見せてもらうわ。……それと、名前位は教えてくれないかしら」

 

「……名前か。…………雇用主に隠し通すのも不義理か」

 

 

呂奉(ろほう)シュラ。それが、私の名だ。

 

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