主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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「おまえは全てを燃やし尽くしてでも、騎士でなければいけない」

 

 ローロ・ワンには約束がある。

 死に際の母親との約束だ。

 だからローロは絶対に彼女の遺言を守り通さなければならない。

 

「おまえは必ず毎日編み物をしなければいけないよ。おまえの手指はおまえだけのものではないのだからね」

「うん、わかったよ、母さん」

「おまえの髪は決して切ってはいけないよ。毎日ブラシで梳くことを忘れてはいけないよ。私譲りの、美しい銀髪なのだからね」

「うん。わかってるよ、母さん」

「おまえは決して挫けてはいけないよ。おまえの父親が最期まで諦めなかったように、誇りを持って死になさい」

「うん。そうするよ、母さん」

「…………ああローロ。私のかわいいぬいぐるみ(ラグドール)。おまえの晴れ姿を見ることなく死ぬだなんて本当に悔しい。だけどねローロ、覚えておくんだよ」

「うん」

 

 いいかい。

 おまえは騎士になるんだよ。

 

 

 

 

「おまえは全てを燃やし尽くしてでも、騎士でなければいけない」

 

 

 

 

 

 ひとつ。 

 毎日編み物をすること。

 ふたつ。

 髪を丁寧に丁寧に梳くこと。決して切らないでいること。

 みっつ。

 何ものにも挫けないこと。父がそうだったらしいから。

 

「わかった。私、騎士になるよ、母さん」

 

 よっつ。

 ――私は、騎士にならなければならない。

 それが母さんが毎日私に言っていたことで、遺言で、だから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『厳正なる騎士団選抜試験の結果、貴君を不合格とする。』

 

 士官学校に入る直前、母は死に、こうして不合格通知を手に卒業を迎えたローロは流れた年月の数をふと思い出す。

 そうだ。騎士になることを決めてから五年が経ったんだ。

 

「騎士、なれなかったよ、母さん……」

 

 まだ16歳になったばかりの少女が呟いた声音は、鈴が鳴るように尖りがなく、滑らかだった。

 少女は一人だけの部屋でぼんやりと考えを巡らせる。士官学校に所属する学生向けの寮、その一部屋。……正確には所属していた、だ。

 二人用の部屋だが同居人は既に荷物をまとめて自身の配属先に向かってしまった。少女はと言うと、元々大した荷物もなかったので鞄一つで荷造りは終えてしまったが、思案に耽ってしまい身動きが出来ずにいた。

 少女が生まれた国では、軍に籍を置く者を幼少の頃から育成する機関があった。それがたった今卒業した士官学校だ。

 勿論、騎士団の選抜試験に落ちたからといって時間をかけて教育した人員を放り捨てるなんて無駄なことを国はしない。少女には適正に従い推薦される配属先が幾つかあった。本人の希望がなければ第一推薦先――事務官の席が与えられる。

 

「じむかん……」

 

 なんて無意味な響きだろう、と少女はため息と共に頭を下げる。がっくりと落ちた小ぶりの頭に従い、さらさらと流れ落ちる色素の薄い銀髪、その中で少女は更に呻く。私は騎士にならなきゃいけないのに。

 騎士団というのは、世の大抵の国家がそうであるように、この国においても同様の意味を持っていた。――つまり“魔法使い”への絶対的カウンターにして、強力無比な魔法兵器として運用される“騎士”の管理組織である。

 騎士団の規模はその国が持つ戦略兵器(・・・・)の数に等しい。

 だから個々の騎士は極めて高い能力を要求される。

 そんな騎士になることを故人の母に誓って士官学校に入学したのだ。卒業時の選抜試験に受かるための努力はしてきたつもりだった。しかし結果は目の前にある不合格通知だ。少女は再三ため息を吐いた。

 これからどうしよう。騎士になれないなら、何をすればいいのだろう。何も考えてなかった……。――どれだけ頭を使っても答えの出ない問いに悩み、少女は何ひとつ手が付かない。

 ……と。

 部屋の扉を叩く音。こつ、こつ、こつ。三回。

 少女が扉を開けると、そこには士官学校の職員が居た。

 

「三等従兵ローロ・ワン」

 

 事務的に名を呼ばれ、少女――ローロは頷く。三等従兵というのは士官学校卒業によるローロの階級だ。

 淡い紫色をした瞳が見つめる先で、職員の男はあくまで事務的な口調を崩さず続けた。

 

「騎士団長がお呼びだ。即刻貴賓室へ行くように」

「あ、…………はい」

 

 騎士団長。この国の、騎士を束ねる組織の、長。

 そんな人物がわざわざ自分を呼んでいるという。それに職員は貴賓室へ行けと言った。貴賓室。客人をもてなすための部屋だ。客人……この場合は騎士団長のことか。

 ローロの思考は反射的な論理の筋道を立て、結論を出す。

 

 

 

・――『騎士団長は』『ローロ・ワンに』『会おうとしている』

・――『そのために』『士官学校に』『来た』。

 

 

 

 よっぽどの用事なのだろう。ローロは職員にぺこりと頭を下げ、貴賓室を目指す。

 

 

 ◇

 

 

 貴賓室へ行くと、勇ましい顔つきをした男がソファーに座っていた。眉間に刻まれた皺の深さは苦悩の表れなのか、激しい戦闘を経験したからなのか。

 部屋へ入るなり壮年の男の突き刺すような視線がローロの全身に浴びせられた。ローロはというと、高級そうな絨毯の、厚みのある柔らかさがどうにも落ち着けないでいた。

 鋭い眼光と共に男は言う。

 

「ローロ・ワン、16歳」

 

 見れば、ソファーの前にある机の上に、いくつかの書類が広げられていた。さっと視線を向けてローロは内容を把握する。

 自分に関する書類だ。成績から出自から、何から何まで書いてあるのだろうとローロは思った。

 

「士官学校での学科成績は主席。特待生待遇で学費は全額免除。特待生待遇は毎年厳しい査定があるはずだが、入学から卒業まで毎年基準を『秀』の判定で合格。実に素晴らしい」

 

 男――まず間違いなく騎士団長だろう。騎士団長の男は、ローロに向かいのソファーに座ることも許さないまま、尚も続ける。

 

「……だが致命的なまでに魔力総量が不足しており、魔法実技の成績は常に最下位。先の選抜試験でもその魔力総量の不足から実技試験にて不合格となる……か。三等従兵ローロ・ワン。君は文官になるべきではないか?」

「……」

 

 そうは思いませんけど。

 

「騎士団希望の理由は、『夢は騎士になること。母の遺言だから』。実に率直な夢で大変よろしい。しかし残念だが、わが国は君のような非力な騎士の誕生を望んでいない。また、君は面接でも愛国心に欠けると評価されているようだな」

「……」

 

 男の並べた言葉は客観的な事実ばかりを含んでいたので、ローロには言い返す言葉が何もなかった。 

 魔法。

 人体が持つ“存在(・・)を確(・・)認で(・・)きな(・・)い臓器(・・・)”からのみ生成される無色透明の物質(・・)らし(・・)きもの(・・・)――魔力を、生成した本人が特定の変化を加えることで起動する超常の力学にして法則。

 

 例えば魔力を別の物質として再生成することが出来た。

 例えば魔力を人体強化に当てることもできた。

 例えば魔力を兵器として運用することはとても簡単だった。

 

 魔法全盛の時代、軍務における最高戦力……つまり“騎士”を目指すのなら、魔法を発動させるのに必要な魔力は多ければ多いほど良い。逆に少なければ少ないほど騎士への道は遠のく。

 そして魔力総量は“存在を確認できない臓器”によって生成されるので、人間の肉体が成長するにつれて同じく増えるものの、その量は個人によってまるで違う。

 ローロの場合、魔力総量が平均的な値の千分の一ほどしか無かった。これは世間一般では『魔力をほぼ持っていない』と断定される。

 

「これからどうするつもりだね。学科成績の優秀さから、推薦先は幾つかあるようだが」

 

 これまで淡々とローロの落第要因を言い続けていた男から、初めてローロは意見を求められた。なので率直に答える。

 

「今考えてる最中です」

「あくまで騎士になりたいのか?」

 

 迷わず首肯。

 ローロには騎士団の長が自分に会いに来たところまでは汲めても、その理由までは判断が付いていない。判断理由が少ないからだ。だから、男が何を考えているのかなど見当もつかないし、ここでの会話がローロを騎士に足る人物か見定めるためのものか……なんて事は分からない。

 ローロはそこまで楽観的なことは考えられない。

 

「騎士になる道は狭い。まず第一に、どの国も自国民であることを騎士の絶対条件とする。強大な能力を持つ者に国防や軍事を任せることになるのだから、愛国心や忠誠心は重要な要素足り得るからだ。そして第二に、才能が重要視される。……この点について説明する必要はないな」

 

 この国で騎士になれなかったローロ・ワンが、他の国で騎士になることは出来ないと言われている。ローロはそこまで男の言葉を噛み砕いてからふいに思った。

 嫌味を言うために呼ばれたのかな。

 

「それでも万に一つの可能性に賭けると」

「やらないよりはいいはずです」

 

 ぴしゃりと言い返すと、男は少しだけ目を丸くした……ような気がした。

 その後も騎士団長は意図のよくわからない質問を続けた。

 

「家族は?」

「いません」

「友は?」

「一人だけです」

「資産は?」

「ありません」

「家柄は?」

「わかりません」

「親戚は?」

「いません」

 

 ……特に最後の質問は本当に意味が分からなかった。

 

「自分が死んだら悲しむ者はいるか?」

「――いえ、誰もいないと思います」

 

 唯一の家族である母は五年も前に死んだ。

 友と呼べる者は今、随分遠いところに居る。

 親戚はいるのかさえ知らないし、家柄も資産も無い。

 ローロにあったのは母の遺言だけだ。騎士になること、それだけ。 

 

「……」

「……」

 

 しばらく、無言の時間があった。騎士団長の男は考え込むように腕を組んでいたし、未だに着席の許可が出ない以上ローロは扉の前で身動きも取れない。 

 やがて男が言った。

 

「そこまでして騎士になりたいと言うのなら、私の権限で推薦できる騎士団がある」

「え」

 

 思わずといった様子で目を丸くするローロ。少女の脳内で男の言葉が反芻される。

 

 

 

・――『推薦できる』『騎士団が』『ある!?』。

 

 

 

 言葉の意味は合っているのだろうか。自分は今、何を提案されている?

 

「……この国の騎士団ではない。他国の、それも非常に特殊な騎士団だ。業務の内容は雑多であり、また命の危険は非常に高いだろう。推薦先の騎士団が仕える主君は常に命の危機に晒されている。守るべき剣たる騎士にも等しく危険はある。そして推薦するにあたっておよそ人道的とは言えない契約を結ぶ必要がある」

 

 ローロは黙りこくる。男の言葉をすべて頭に入れ、一つ一つの要素に解いて、再構築する。……何度繰り返しても同じだった。

 今、騎士へ推薦できると言われている!

 

「それでも――聞くまでもなさそうだな」

「やります。やりますやります」

「では、この契約書にサインしたまえ。……ああ、こちらへ来て座ると良い」

 

 ローロには悩む必要などなかった。ようやく着席を認められた少女が向かいのソファーに座ると、騎士団長は一枚の書類を差し出す。

 ちらりと内容を読んで――――書かれている誓約(・・)内容(・・)を全て把握した上で、

 

「ありがとうございます。おかげで母の願いを叶えてあげられそうです」

 

 愛おしそうに契約書を抱きかかえ、16歳の少女はこぼれ落ちるような柔らかい笑顔を男に向けた。

 少女の背丈を優に超す銀の長髪が、白磁の陶器を思わせる白い頬が、鮮やかな淡紫色をした瞳が、特徴的な長いまつ毛が、――およそ騎士には不向きだろう可憐な少女がする笑顔に、初めて男が表情を見せる。

 苦虫を嚙み潰したような苦渋を。

 

「? どうかしましたか?」

「いや。気にする必要はない。内容を理解できているなら、サインをし、早急にかの国へ向かいたまえ。行きの交通費は支給される上、到着までは完全な警護が付く」

 

ローロ・ワンはひとつ頷き、一枚の紙にさらさらと名前を書いた。そして騎士団長に契約書を差し出すと、男に促される形で貴賓室を後にする。 

少女が深く頭を下げてから部屋を後にして数分後。男の独り言が部屋の中だけで響いた。

 

「酷い話だ。各国が次の大戦を見据え戦力増強を図る時代では、子供さえ使い捨ての駒扱いか……」

 

 男は何かを思い出しているのだろう。恐らく、ローロが最後に見せた美しい笑顔を。

 組織の頂点に立とうと国という枠組みからは逃れられない。候補者(・・・)として選抜された中で、最も適任とされたのが16歳の少女というのは、些か非情が過ぎると男は感じていた。

 

「似た年頃の娘を持つ親の身としては、ああいった少女を死地へ行かせたくはないものだな」

 

 なんにせよ自身の仕事は終わった。各国が持ち回りで用意する生贄の選定と出荷という、やりたくもない仕事は。

 『ローロ・ワン』というサインが記された一枚の紙を、それこそ機密文書でも扱うかのように堅牢な鞄に入れた騎士団長は、重いため息と共に立ち上がる。

 ――そして、ぽつりと。

 

「騎士などせずとも、いくらでも道はあるだろうに」

 

 

 

 

 

 

男の鞄の中で、一枚の紙はただ揺れる。

そこに記された内容はこうだった。

 

 

 

 

 

 

 

本契約はその効力をメフィストフェレス条約締結国すべてが批准する。

契約者は以下に記す処理を受けた後、『例の国』へ護送される。

 

 

・国籍の喪失

・身分の剥奪

・経歴の抹消

・資産の没収

 

 

尚、契約者は『例の国』到着後、全てのメフィストフェレス条約締結国から絶対殺害対象として扱われることを覚悟せよ。

本契約が契約者に与えられるものはメフィストフェレス条約締結国、つまり現存する全国家からの敵意のみである。

それでも本契約を結ぶのであれば、契約者は世界を支配する魔王より直属の『騎士』に叙任される。

 

 

 

 

――――全てを理解した上で、迷うことなく、ローロ・ワンは直筆の名前を書き記した。

 

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