主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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「呼び捨てでいいよ! 魔王さま!」

 

 治癒士。それは魔法によって怪我や病から人を救う職業のことだ。治癒系魔法は魔法の中でも非常に特殊で、非常に稀有な才能が要求されるがためにその使い手の絶対数はあまりに少なく、治癒系魔法の中でも初歩的と言われる【再生力強化】を扱えるだけでも一生の職に困らないとさえ言われる。

 アル・ルールはその点、治癒系魔法の天才だった。

 ローロが負っていた重傷を全て瞬時に復元してみせたことが、その才能の凄まじさを証明している。

 

「へえ、治癒士を」

 

 ローロはおおまかなアル・ルールの経歴をメフトに伝えた。

 現在23歳。ローロとは13年前からの付き合いで、歳の差こそあるものの幼馴染。世界を股にかける著名な治癒士として活躍中。

 

「すごく才能があるので、あちこちに出張する事が多くて。アル、今は仕事の途中なの?」

「休暇中! ちょっと遅めのバカンスってやつ」

 

 三人は未だ襲撃のあった裏路地にいた。仮面の男たちだった残骸をメフトが調査しているからだ。ローロは主君が容赦なく殺傷性魔法を連発したことに思うところがないわけではないが、男たちの遺体を見てなるほどとも納得した。

 鉄製の槍が数本突き刺さったままぴくりとも動かない男の一体は、肉体を貫通されているというのに血の一滴も零していない。

 

「見た感じこれって魔法で作られた人形だよね? それもけっこー高度なやつ!」

「……わかるの?」

「うん。なんとなくだけど、そんな感じがする」

「その指摘通り人形ね。【物質化】によって作られた人形」

 

 男の体をひっくり返したメフトが、その顔に未だ着いている仮面をはぎ取る──素顔というものが、そこにはなにも無かった。眼も鼻も口もない人形。のっぺりとした顔を隠すために仮面を着けていたということか。また、メフトは別の男の状態も確認した。【圧縮】によって平坦な円形になるまで圧し潰された残骸には、人間由来の肉や骨というものがなかった。ほとんどは土気色の濃い砂で構成されている。

 

「……どこかでこれを作り、仕向けた者がいる」

「なんかヤバめな感じだよねこれ。こ、こわー」

 

 メフトの出した結論に、アルも同調するように頷いていた。

 

「首謀者がこの街にまだ居るのでしょうか」

「どうかしらね。あれだけ流暢に会話ができる人形なんてもの、よほどの高位にある魔法使いでないと出来ない芸当よ。大抵こういった人形は常時魔法を展開されることで動くから、魔力の流路を操作元と繋げているものだけど、その様子もなかった」

「つまり──」

「遠隔操作ではなく、自律稼働をしていた。これでは首謀者とやらが遠方にいるかも分からない」

 

 命令に従って一様の動作を繰り返すのではなく、自律行動可能な程度の判断機能が組み込まれていた可能性が高い、とメフトは付け加える。

 ローロは言いようのない不安を覚えた。

 自律行動可能な判断機能──それは、より高次に昇華すれば自分と同じものになるのだ。

 ローロ・ワンの生体脳(スレーブ)とは別の判断機能を持った【シナプス代替魔法】群によるローロ・ワン。生まれた瞬間から何故か持っていた【シナプス代替魔法】は、やがて『空白だらけの生体脳』以上の機能を受け持つようになった。

 

 ・──『私は』『私』『私たち』

 

 自我の発生というものがいつだったのか、ローロは自覚していない。少なくとも、ローロ・ワンとは生体脳(スレーブ)主制御(セカンダリ)絶対制御部(マスターコントロール)の三つが合わさることで生まれた『自分』だとは自認している。

 魔法はあくまで魔力放出者の意思によって具現する力学だ。

 力は力でしかなく、魂にはなり得ない。

 生体・魔法複合人格を自称するローロ・ワンでさえ生体脳をベースに自我を獲得したと把握している。単体で自我を獲得可能な魔法が、そう簡単に生まれるとは──いやそれ以上にだ。

 あれらの人形は皆、【気配遮断】の魔法を展開していた。つまりは……。

 

「ねえね、ローロ、何があったの?」

 

 際限のない思考が隣のアルによってかき消された。

 見れば、彼女の翡翠にも似た濃青の瞳は心配そうに揺れている。やや垂れ目ぎみの丸い眼差しには少女への純粋な情が溢れていた。

 

「あんな怪我するなんて普通じゃないよ。教えて。わたしローロの力になりたい」

「…………ローロ、全部教えてあげて」

 

 ローロが自身の事情を伝えるということはつまり、共に居るメフトの正体まで明かす必要がある。それはローロ一人の考えで決められる決断ではない──そんな少女の逡巡を見抜いているかのように、メフトは静かにそう言った。

 

「いいのですか?」

「ここまで見られた以上、どうしようもない。私はあなたの友人に【記憶操作】なんかを使いたくない」

 

 メフトがアルへと向ける表情は、自身の素性を知られることへの苦渋などはなかった。普段の彼女がする穏やかな顔つきだが、強いて上げるとすれば、そこには小さな感謝の念が浮かんでいた。

 ローロはアルに大まかな事情を説明する。半年前、士官学校を卒業したこと。騎士団選抜試験に落ちたが、紆余曲折を経て『例の国』へ赴いたこと。そこで魔王──メフトと共に暮らしていること。

 

「うっそー。ローロ、魔王さまのとこで働いてんの?」

「うん。一応、その……」

 

 幼馴染の同じ高さにある視線から一瞬目を逸らす。何故か、少し離れた位置で佇むメフトを見てしまい……目が合った瞬間、ローロは俯いてしまった。

 

「……騎士見習い(・・・・・)だよ」

「んへー……」

 

 ぼんやりと意味のない相槌を打ったアルが、ローロと、メフトを交互に見つめる。ややあってから彼女は大きく頷いた。 

 

「わたしもついてっていい?」

「え。だめ」

「え。なんで?」

「……だって、アルは治癒士だよ。引く手あまたで、忙しくて、世界中あちこち駆けまわってて……」

 

 アルにはアルにしか出来ないことがあるでしょ。

 そう返すと、女ははっきりと分かる様子で拗ねた。唇を尖らせて言い募る。

 

「──じゃあ治癒士やめる!」

「え?」

「そんでローロと一緒に働く!」

「……だめだよ、そんな勢いで決めたら」

「やだやだやだやだやだー! わたしローロと一緒にいたい!」

「や、やめてよアル。私より年上なのにどうして駄々をこねるの? ……ほら、そうやって地面に寝転がるのはやめよう? 服が汚れるよアル。もう23歳でしょ、恥じらいを持とうよ」

「ないよそんなん!」

 

 欲しいものを買ってくれない母親に抵抗するかの如く、アルは地面に寝っ転がってじたばたと暴れていた。容赦ない駄々のこね方にローロは困惑してしまうが、同時にアルは昔から言い出したら聞かない()だったなあとも思い直していた。 

 

「私より7歳も年上なのにどうして言う事を聞いてくれないの?」

「好きで年取ったわけじゃないし」

 

 未だ立ち上がる気配のない幼馴染に対して、ローロの物言いは柔らかい。

 歳の差などないどころか年少の者に向けた物言いをされていてもアルに気にした様子はなく、だからこれが二人の関係性なのだろう。──メフトは自分に対してとはまるで違うローロの態度でか、ふうん、と意味のない声を出していた。

 

「それにさ。あんな怪我したローロを放っておけないよわたし。ローロはきっとまた無茶するよね、そういう時にわたしみたいな超天才で超偉大な治癒系魔法使いの権威が居た方がきっといいと思う!」

「……」

 

 反論のしようがないアルの指摘にローロは押し黙る。押し黙るしかなかった。

 事実としてローロは成すべきことのためなら自身の肉体を酷使するきらいがあった。ティアレスによる手錠を外すために左手の親指をへし折るなんて手法を取ったこともある──今だってそうだ。アルがいなければ一か月はまともに活動できないほどの重傷だった。

 ……もっと力があれば、そんな無茶をする必要なんかないんだ。

 ティアレスのように圧倒的な“騎士”としての強さがあったなら、ローロは難なく仮面の男たちを撃破していた。メフトを悲しませることなどなかった。──全ては、己の弱さが原因で。

 それを的確に言われるのは、どうしても……辛い。

 

「アルさん、でいい?」

 

 何も言えなくなってしまったローロの代わりに、彼女達へとメフトが近寄る。よそ行きの柔和な微笑みは警戒心を隠すためのものではないのだろう。ローロには何となくわかった。

 

「呼び捨てでいいよ! 魔王さま!」

「……じゃあアル。あなたにはお礼をしたいの。アルさえよければ、是非城に来てほしい。働くとかはともかくね」

「で、ですが」

「ローロの怪我を一瞬で治したのは事実よ。私には出来ないことを、彼女は成した。その事実を無碍には出来ない、したくない」

「……」

 

 もはやローロには何故ここまでアルを城に迎え入れたくないのかが自分でも分からなかった。

 自身の行いに論理の結びつきなど一切ない。

 ただただ、己の弱さを見せつけられているような気が、していた。

 

「本当に」

 

 メフトがアルの手を取る。両手で、恭しく。 

 

「本当に……ありがとう……」

 

 心の底からの感謝を込めた声音を、メフトがする。それを聞くことがローロには苦痛だった。耐え切れず俯いた。

 胸が苦しい。肉体的な痛みではない──もっと深部から来るもの。

 分からない。 

 分からない。

 分からない! 

 自分の情動がどのような形に今なっているのかまるで理解できなかった。一体何を感じているのだろう。どうしてメフトが幼馴染の手に触れただけで心がささくれ立つ? 

 

「大したもてなしは出来ないけど、私たちの城に来てくれると嬉しい」

 

 主君であってほしい人がその美しい笑顔を他人に向けている事実。それが、自分にはない力を持った者への行いだという事実。ローロには受け入れがたい事実。

 どうしようもない現実を……ローロは、呑み込む方法も分からなかった。

 それでも主君がそうと決めたことについていくしかない。ローロが目指すものは、そういう存在だったから。

 そうしてローロは、アルと共に城へと帰ることになった。

 ……帰り道。どのような会話をしていたかを、何一つ覚えていなかった。 

 

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