主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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「貴様の性根がとてつもなく捻くれていてドケチで陰険でせせこましくてネチネチしてて性悪ですぐうじうじ悩んで大事なことは勝手に決めるはっきり言ってクソ面倒くさい女だというのはこの際どうでもいい」

 

 

 年上の後輩(アル・ルール)の歓迎会をするというので、特製のシチューを拵えた。煮込んだあとに少し冷ますのが大事だ。

 というわけで待ち時間は休憩ということになる。

 ローロはアル・ルール……自身の幼馴染を連れて城内を案内しているらしい。同行してもよかったが、聞けば十年以上の付き合いだという話だから、二人きりにすべきだと思った。

 手ぶらな時間は大抵城の裏手で過ごすことにしている。

 日の当たらない、森のすぐ傍。年季の入った城壁にもたれかかり、薬草を乾燥させたものを紙巻にして燻して吸うのが時間つぶしの常套手段だった。

 ……と。

 わざわざ近づいてくる足音が一人分。

 足音とその間隔だけで、歩いている者のおおよその体重・性別・身長は把握できるよう実家で訓練させられた。身に染みた本能が導く──というかその必要もない。消去法として考えればメフトしかいないのだ。

 音源に目線だけ寄こした。黒髪の女は普段より背筋を曲げながらこちらに近寄ってくる。顔には陰鬱という言葉がべったり染み付いている。

 

「なんだ。料理ならきっちり作ったぞ。今は休憩中なんだが」

「…………あの子を守れなかった」

「……」

 

 この女から話しかけてくるということは、大抵は禄でもなくてくだらない話だということ。

 他者に理解させるつもりのない言動も、いつものことだ。

 どうせ事情を説明する気もないのだろう。俯いてばかりの女には先手を打っておく。

 

「大体の事情はローロが教えてくれたよ。街じゃあの子が酷い目にあったらしいな」

「ローロが? ……あなたに、言ったんだ」

 

 メフトが右の眉をぴくりと持ち上げる。相変わらず器用な奴。

 

「あの子は私を信頼してくれているからな。どこかの誰かさんとは違って良好な関係があるのさ」

 

 同じように壁にもたれかかるメフトにわざとらしい嫌味を言ってやった。大抵こういった売り言葉に買い言葉でメフトはキレる。

 はずなのだが。

 

「そうね。そう……なんだと思う」

 

 ……。

 俯きがちの横顔はあまつさえ下唇を噛むなどしている。

 どういう心境かは知らないが、──おいおい。重症だなこれは。

 正直、勘弁してもらいたい。

 

「私は貴様の人生お悩み相談所じゃないぞ。そういうのは他所でやれ」

「うるさい。黙ってて」

「……」

 

 自分から話しかけてきたくせに、なんなんだこの女。

 手元で赤く燃える紙巻の薬草を吸う。肺を満たす煙をゆっくりと空に向かって吐き終わってから、渋々、本当に本当に本当に渋々で言ってやった。

 

「お前、自分が何でもできるとでも思ってたのか? それは驕りだろ」

 

 メフトは黙っている。

 空は青いがここは日陰になっている。だから余計に青色の濃さがよくわかった。

 

「それにお前はローロをどうしたいんだ」

「どう、って」

「あの子はお前の騎士になりたいと願っているんだぞ。対してメフト、貴様はローロをどうするつもりでいるんだと聞いている」

「それは……あと二年もしたら騎士に叙任して」

「役職の話じゃないし将来のことではない。今現在の話をしている」

 

 どうもローロとメフトの間には何かがあるらしい。

 五年前にこの女が時折呟いていた『マギアニクス・ファウスト』という名が、ローロの母親の名だというのはあの子から聞いて知った。そしてローロの母親……マギアニクス・ファウストは五年前に死亡している。

 知っているのはそこまでだ。

 それ以上の『何』がこうまでメフトを暗く沈ませるのか、理解はしていない。

 

「お前とローロの間に何があるのかは分からない。お前が言わないからな」

 

 あまり他人の人間関係にとやかく言う気はないが、どうもメフトはローロを猫可愛がりしているようだった。

 そんな気安い言葉で済ますのも難しいか。

 ……溺愛、うん、そういう言葉が近い。

 

「私には貴様がローロを飴細工みたいに扱っているようにしか見えないよ」

「な──」

 

 図星らしい。ようやく女はこちらを向いた。

 黒い髪。黒い瞳。病んだような白い肌。細い四肢に細い首。もっと肉を食うべきだと常々思う。

 そんな細い体だから他人に触れるのを怖がってしまうのだ。同じように、触れられるのを恐れている。肉体的にも精神的にも。

 

「触れるのが怖いのか。少し加減を間違えたら簡単に折れてしまうから?」

「そんなことない」

「あるだろ」

「ない!」

「……簡単にローロの首の骨を折ってしまえるからか?」

 

 少なくともメルツェルはやるだろう。

 あの娘は、母親であるメフトの意志を拡大解釈してしまうきらいがあった。──あの自由な意志は、もうメフトに殺されてしまったが。

 

「だから常に恐々と、だけど丁寧に扱うのか。全力で『あなたを大事に思っている』と伝えようとするのはお前の、他者への恐怖心が由来だろ。根本的なところでお前の精神構造は人間のそれとは別種だからな」

「──っ」

 

 また図星。

 言い負かされたと思ったら目を逸らす癖は十五年前から変わらない。

 この女は心のどこかでローロ・ワンの強さを見くびっている。

 あの子ほど鋼鉄の精神をした者はそういないというのに。

 

「貴様の性根がとてつもなく捻くれていてドケチで陰険でせせこましくてネチネチしてて性悪ですぐうじうじ悩んで大事なことは勝手に決めるはっきり言ってクソ面倒くさい女だというのはこの際どうでもいい」

「いやそれどうでもよくないでしょ」

「せめてローロの気持ちを汲んでやれ。一方通行な愛情は碌な結果を生まないって、お前は身をもって知ってるだろ」

「……そうね」

 

 頑なに騎士でありたいと願う少女がいて。

 そんな少女が、自身の主君と見定めてしまったのがこんな女だという事実。

 それこそが呪いだと思った。

 

「……わかった。やってみる」

 

 十五年の付き合いになるメフトが何やら納得した様子で頷いている。

 用事もこれで終わりだろう。さっさと帰れ。──などと思いながら煙をふかしていると、「ん」、と。

 いきなりメフトが私の肩に何らかの物体を押し付けてきた。

 なんだこいつ。 

 

「これ、留守番してくれた礼代わりのお土産」

 

『それ』というのは、どうやらたった今肩に押し付けられている物体を指しているらしい。

 街に行った土産物か。相変わらず丁寧な奴。見れば洒落た容器に入った砂糖菓子のようだった。

 菓子か……。

 

「……こんなものより肉くれないか。ドライソーセージとか、そういうの」

「は? あなたのために買ったんだけど?」

「人に贈り物を買う時はその人がもらって喜ぶものを買うって教わらなかったのか?」

「……」

「なんだ、はは、また図星か?」

「……不器用アホアホ肉食メイドの癖に生意気なのよ」

「……面倒くさくさ魔王が。自分の好みばかり押し付けるな」

「は?」

「は?」

 

 けっ。

 無理くり押し付けられた砂糖菓子を渋々受け取ってやると、メフトもメフトでふん! と鼻を鳴らして踵を返した。

 さっさと帰れ。しっし! 

 ……とは思うものの、一応釘だけは指しておこうと思い直した。

 

「──忘れるなよ」

 

 女の細い足が動きを止める。首だけ巡らせた、痩せた背中。黒い横目。

 手負いの獣じみた眼光。

 お前はいつもそういう目をしている。

 傷つけられて、失って、なのにまた同じ過ちを繰り返そうとする。馬鹿な女。そんな女には私みたいな出来損ないがお似合いだろうよ。

 

「私も貴様も、あの子がいるから殺し合いをしないだけだ。ローロがいるのでもなければ変に馴れ合いたいわけじゃない。まあ私は考えなしだからな、たまには貴様に張り手を食らうようなことをするかもしれないが……」

 

 メフトがうんざりした様子で振り向く。

 真っ直ぐに女を睨んだ。黒の瞳と視線がかち合う──思い出す。思い出していく。

 十五年前に出会った時からこの女は何も変わらない。

 強くて、理不尽で、本質的に他者を理解していなくて、その癖痛みに脆い。

 だけど私の家族を皆殺しにした原因はこの女だ。

 メルツェルを殺したのも、この女だ。

 ……どれだけの憎悪もいずれは枯れる。

 今の私のように。

 だが、研ぎ澄まされた剣じみた殺意だけは残った。

 

「──憎悪が由来でない殺意だけは、忘れてない」

 

 メフト。 

 メフィストフェレス。

 メフィストフェレスラフレシアディアレシオディファレンスディファレンシアバレルロードカルテル・ファーストラグドール。──はは、まだお前の名前を暗唱できる。

 お前を殺せる者がどこかに一人はいないと、お前の死に場所はこの世のどこにもなくなる。

 そんな孤独、嫌だろ。

 

 

 

 

 

「貴様が弱気ならいつでも殺してやるよ。

 ホルル家の秘匿魔法【究極魔法(グスタフ)】は私の脳幹にある」

 

 

 

 

 

 隙を見せたら喜んで殺そう。

 報復として【終末魔法】の三重解放が即座に実行され、まず間違いなく私も死ぬ。しかし相討ちには持っていけるだけの神剣がこの不出来な脳漿には刻まれている。

 ホルル家の宿願は──神殺しの剣は、不格好ではあるものの、この体に残っているのだから。

 

「私達にはそれだけの恩讐がある。そうだろ、メフト」

「…………」

 

 押し黙ってしまった女は何を考えているのか。光さえ吸い込むような黒い眼は、ふいに、──くすりと。

 華やかな笑顔を浮かべやがる。

 

「……ありがとう」

「はあ? なんだよ急に」

「あなたが変わらずティアレス・ティアラ・ホルルで居てくれることに安心しているの」

 

 意味が分からない。

 何を言うべきかも分からないまま黙っていると、やがてメフトは肩をすくめてから改めて背を向けた。

 今度こそ帰るつもりだろう。去り際にぽつりと呟いたのが聞こえた。

 

「……誰かに恨まれている方が、気が楽でいいでしょ」

 

 よほどローロが怪我を負った件に堪えているらしい。

 ふん。勝手に落ち込んでいればいいさ。

 慰めるのは私の仕事じゃない。 

 

「あいつ本当に面倒くさい女だな。ローロはあんな女のどこがいいんだ、本当に」

 

 私だったら毎日うまい肉を食わせてやれるのに。

 メフトの、とぼとぼした背中を見ながら、ため息を吐く。……休憩時間がくだらん会話で終わってしまった。

 そろそろシチューの具合を見に行かないといけない。

 

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