主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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「匂い。形。色。声。仕草……」

 

 

 ローロ・ワンが自我を持つ魔法に乗っ取られた。

 

 

 真っ先に反応したのはティアレスだった。

 彼女の内にある獣じみた本能は剥きだしの殺意の表れとして魔力放出を瞬時に行い、そして放出とほぼ同一のタイミングで魔法へと変換する。

 展開された【強化】魔法。ティアレスの長身を即座に極超音速まで加速させ、マッハ9の領域で剣を振り上げ──振り上げようとして、

 

「な──に」

「単純な【強化】なんて私の敵じゃないわ」

 

 現象は発声よりも尚遅い。秒以下でローロ、否、少女の肉体を乗っ取った【マギアニクス・ファウスト】へと叩き落とされるはずだった長剣は未だ振り上げる最中にある──つまり【強化】による加速が行われていない。

 意味するところを、ティアレスが驚愕を露わに言葉にする。

 

「【対消滅反応(フェイルアウト)】……!」

 

 個々様々な魔法に対して、その魔法の展開を強制終了させるに至る魔法を展開・衝突させることで、魔法の発動を停止させられる絶対的カウンター魔法【対消滅反応】。それは単一の魔法名を指すのではなく、世に実行される魔法全てには強制停止させられるだけのカウンター的魔法が対として存在するという、あくまでも机上の空論でしかないものだった。

【強化】魔法という、比較的簡易に発動可能な部類の魔法であっても、その実は複数の小規模魔法群によって構成される複合魔法だ。その展開・実行までには計92の小規模魔法群が展開されていると言われている。

【強化】に対する【対消滅反応】とは、端的に言い表すならその92の魔法全てを強制停止させる代物である。それは魔法という力学を完全に把握しかつ尋常でない魔力操作技術がなければ成し得ない。だからこその『机上の空論』だというのに。

 

「そして私だけが魔法を使えるのよ」

 

 しかしここには、そんな机上の空論を現実の効力ある剣として扱える、魔法における異次元的才能の持ち主が居た。

 ローロ・ワンの滑らかな喉で、尖りのない声音で、決して少女がしないだろう柔和で華やかで艶やかな笑顔で──【強化】魔法を即座に展開実行し、間合いを詰め、一切の魔法的防御反応を“騎士”に許さず蹴り飛ばした者が。

 マギアニクス・ファウストは世界最高峰の“騎士”ティアレス・ティアラ・ホルルを一瞬で無力化して見せた。

 

「──」

「先輩!」

 

 地下室の壁を揺らす轟音。叩きつけられたティアレスはその衝撃で意識を失い、床に倒れ込んだまま起き上がらない。悲壮な顔をしたアルが女の下へと駆け寄り治癒系魔法を展開しようとするが──。

 

「アルちゃん」

 

 柔らかな声音に、びく、と肩を震わせる。子猫が熊と出会ってしまったかのような硬直。アルの緑色をした眼が、ぎこちない動きでローロ・ワンの肉体をした【マギアニクス・ファウスト】へと向かう。

 

「本当に……マギアニクスおば様、なの?」

「ええそうよ。ごめんなさいね、こんな形での挨拶になっちゃって」

「ならそこにある死体は……」

「ああこれ? 私の、生きていた頃の脳を完全模倣した演算機構型魔法群が完成した時点で、容れ物に意味はなかったから。どうせだし利用しただけよ」

 

 なんてことはない様子で【マギアニクス・ファウスト】が背後の死体を……かつて自分であったものを振り向き、そして大した興味も向けずに視線を戻した。

 そしてアル・ルールの幼さが残る顔立ちに向けて、美しい笑顔を見せた。

 

「アルちゃん。あなたは本当によくやってくれたわ。私の代わりにローロを監視し続けてくれてありがとう。ローロがメフトを愛するよう仕向けてくれてありがとう。ローロを愛してくれて、オーバーライド魔法を──私の展開をしてくれて本当にありがとう」 

「な……何が言いたいの?」

「そうね、アルちゃんの天才肌な魔法の使い方は、そこで伸びてる騎士より厄介なのよ。……というよりこの中で一番無視できないのがあなたなの」

 

 言葉にいよいよ警戒心を剝き出しにしたアル・ルールへと、慌てた様子で【マギアニクス・ファウスト】は両手を振った。

 

「大丈夫大丈夫! さすがに私だってアルちゃんを殺すつもりはないわ。あなたには本当に感謝してるのよ?」

 

 だからね。

 

「お礼というほどのものじゃないけど──」

 

【マギアニクス・ファウスト】が魔力を放出する。ローロ・ワンの肉体から放たれた極めて微量の魔力は何らかの魔法へと変換し、不可視の『何か』として放たれた。攻性魔法ではないそれをアルは真正面から受ける形となり、

 

「──はい終わり。たった今、アルちゃんがローロ・ワンに好意を抱くよう強制していた魔法は消しておいたから」

 

 今度こそアルという女の思考は停止した。

 

「なに、それ」

「あとねアルちゃん。あなたのご両親、ずいぶん昔に亡くなっているのよ」

「────」

「正確には1903年の頃ね。紛争地で怪我を負ったあなたのご両親は、私にアルちゃんを託して死んだの」

「……そんなわけない。そんなわけない、そんなわけないよっ!! だってわたしはローロと一緒にいて、両親もそこに……あの家に……!」

「アルちゃんが可哀想だったから私が植え付けた記憶なのよ、それ」

「──」

 

 にこりとした顔で語る【マギアニクス・ファウスト】の言葉全てがアルの心を粉々に打ち砕いていった。

 膝が笑い、腰から力が抜け、自然とアル・ルールはその場に崩れ落ちる。

 

「ローロ・ワンにね、メフトに対してどんな時でも好意的反応を返す【シナプス代替魔法】を付与したかったの。でも実証実験というものは何事にも必要でしょう? 脳機能をいくら弄っても問題ないサンプルとしてアルちゃんの存在は本当にありがたかった」

「脳を……いくら弄っても…………サンプル……?」

「ええ。だって戦争孤児なんて身元も明らかじゃない子供、どうにでも扱えるでしょ?」

 

 アルにとって、彼女の言葉が真実か否かは問題ではなかった。

 喘ぐように見上げた先。アル・ルールは祈りと願いを持って少女を見つめる。少女に──それ(・・)を動かす人格が『ローロ・ワン』か【マギアニクス・ファウスト】かなど些事で、とにかく──彼女に対しかつて抱いていた情動というものが、アルにはあったはずだった。

 愛していた。

 可愛らしいと思った。

 隙あらば抱き着いて、抱きしめて、自分のものにしたかったのに。

 

「アルちゃん、あなたローロ・ワンの何もかもを愛するように脳が出来ていたのよ」

 

 何も(・・)感じ(・・)なか(・・)った(・・)

 ただ少女がひとつ、実体として存在する以上の思いが、湧かなかった。

 

「匂い。形。色。声。仕草……」

 

 見ていると近寄りたくてたまらなくなったでしょう? 

 話していると愛情があふれて仕方がなかったでしょう? 

 抱きしめたくて、触れたくて、話しているだけで嬉しくなれたでしょう? 

 

「愛するよう定められ、だから愛する事しか出来ない哀れで愚かで可愛いアルちゃん。あなたは本当に本当によく働いてくれたわ。だから、もう好きにしていいのよ。

 ──自由に生きて勝手に死んでね」

 

『べきり』と。

 肉体ではなく、精神が完膚なきまでにへし折れる幻想の音が地下室に響き渡る。アル・ルールは俯き、……俯いたまま、立ち上がることはなかった。

 

「さて」

 

 最強クラスの“騎士”を物理的に無力化し、天才的治癒系魔法使いの精神を粉々にして。

 ようやく落ち着いて話ができると、小さな吐息と共に【マギアニクス・ファウスト】は視線を残った女へと向ける。

 

「久しぶり、メフト。全然変わらないのねあなた」

 

 先ほどアルに向けたものとは明らかに異質な、作り物の笑み。丁寧に折り重ねた殺意と憎悪が、醸成された感情をもって生み出した、末恐ろしいほど完璧な笑顔……。

 そんなものを差し向けられた女は──メフトは、凍えたような顔で硬直していた。

 

「……マ、ギア」

「そう呼ばれるのも久しぶりね」

 

 掠れた声音でようやく呟かれた一言に、【マギアニクス・ファウスト】──マギアは鼻を鳴らす。メフトの反応を実につまらないと切り捨てる。

 そして、唐突に。

 

「──ああそうだっ。あなた、魔王を名乗っているのねえメフト」

 

 両手を叩き合わせてわざとらしい音を鳴らしたマギアが、ローロ・ワンの肉体を丁寧に動かして、またもわざとらしく細いあごに人差し指を添える。

 

「だったらそうね。あなたを創った私は魔王の生みの親……いえ、神といったところ?」

 

 考え込むようでいて、しかし答えなど決まりきったように。

 

「“魔神”と名乗っておきましょうか」

 

 マギアはまたも魔力を放出し──何らかの魔法を発動する。メフトの反応は鈍く、それを止められなかった。

 そして、不可視の魔法が効力を示した瞬間……メフトの表情が明確に変化した。

 

「メルツェル──!」

 

 悲壮な声音。呼んだ名は、かつて彼女が作ったという魔法創造型魔法【メルツェル・カルテル】の事だろう。

 一瞬で悲しみと絶望に落ちてしまったメフトの表情に、マギアは嬉しくてたまらないと大きく口を開けて笑い出した。

 

「アッハハハハハハ! そうよねそうでしょうねえ! だってあなたはそれが大事だもんねえ! ただでさえ常時無限の魔力を消費する魔法創造型魔法【メルツェル・カルテル】! あなたが作り、あなたが自我を殺したその魔法は、自我を殺された時点で魔法創造型魔法の最たる特徴を発揮できていない!」

 

 魔法創造型魔法……。

 マギアの語る、そのような区分の魔法の最たる特徴。それは恐らく『自分で自分たる魔法を展開・実行し続けられる』というものだ。どのような手段であれ魔力を生み続け、それを元に魔法(じぶん)を維持し続けられること。魔法発動者たる人間を不要とした自律行動存在──それこそが魔法創造型魔法。 

 この肉体に【シナプス代替魔法】が刻み込まれ、心臓の鼓動と同等レベルの生理的行いとして展開維持を行わせているように。【メルツェル・カルテル】はメフトが常時放出している無限の魔力によって維持され続けているということ。

 

「【対消滅反応】で少し魔法展開を邪魔するだけであなたは簡単に無抵抗になっちゃう! こんな弱い女が魔王だなんて笑えてきちゃう!」

「やめて……やめてマギア! メルツェルを殺さないで!」

「嫌よ。おまえが苦しむ姿を見たいからしているのに、なんでやめなきゃいけないの?」

 

 しか(・・)し私(・・)には(・・)疑問(・・)が残(・・)った(・・)

【メルツェル・カルテル】展開維持を多少妨害したところで、メフトが【メルツェル・カルテル】の展開維持をそもそも諦めてしまえばそれで解決する問題だ。事実として無限の魔力を持つメフトならば、『ローロ・ワン』の肉体に寄生する形で顕現を果たした【マギアニクス・ファウスト】など敵ではない。絶対的な魔力総量の差があるのだから、【質量転換】など発動する暇も与えず瞬殺できるはずだ。

 だが、メフトは必死になって【メルツェル・カルテル】を維持しようとしている。あまつさえマギアに懇願さえして、殺すことなど思いつかないと。

 マギアは……知っているのだ。

 

「どう? 大事な存在を壊される苦しみが理解できる? 

 ──全部おまえが私にしたことよ」

「……っ!」

 

 メフトにとってメルツェルという魔法が、どれほど大事な存在か。その重みが。

 魔王とまで呼ばれ世界を支配するに至った女がどれだけ脆くて、守りたい存在を失うことを恐れているかを。

 マギアニクス・ファウストは──私を経由してすべてを見ていた。

 

「愛しているからおまえは何もできない。馬鹿な女ね、その優しさが全ての元凶でしょうに」

 

 少女の肉体は失神したきり動くこともないティアレスから剣を奪い取ると、その切っ先をメフトへと向け。

 涙を。

 大粒の涙を浮かべて、震えることしか出来ない、弱いばかりの女に向けて。

【強化】魔法が展開される。

 少女の肉体は、刺突の構えと共に突進を開始し──向かう先はメフトの心臓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は。

【MOS】を……【マギアニクス・ファウスト】の強制命令を拒めないまま、肉体を動かすしかない私は。

『ローロ・ワン』は。

 自分の意志でないところで動く脚を。手を。指を。握る剣を。

 ただぼんやりと見つめることしか出来なくて。

 

 

 何もかもが希薄だった。

 何もかもに、意味を見出せなかった。

 動くべき情動が強烈な命令で塗り潰されていた。

 ──枷だ。解くことなど絶対に出来ない鍵が、私を私として構成する主制御(セカンダリ)に掛けられている。

 

 

 母は言う。

 メフトを殺せ、と。

 騎士になれ、と。

 言いつけを破ったのだから、と。

 ──そうだね。わかったよ、母さん。

 母さんがそう言うなら、私はメフトさまを殺す騎士でないといけない。 

 

 

 ……ふと、私は気付く。

 この肉体が向かう先、メフトさまが一切の抵抗をしていないことを。

 涙を零すばかりで抗う事を止めてしまった彼女の姿。

 私は何故か思い出す。  

 

『……誰かに情けをかけると、それは憎悪となって数万倍にもなって帰ってくるの。思いがけない時に、思いがけない恩讐は現れる。例え果てにあるのがよりよい未来なのだとしても、私にはもう……堪えきれるものじゃない』

 

 彼女の言葉には諦観が滲んでいた。 

 

『いつか後悔するときがくる。ティアレスのことだけじゃない。……誰かの憎悪を許すという行いが、その甘えが、苦しみを伴ってとりかえしのつかない間違いだったと気づかされる時が必ず来る』

 

 彼女はきっと、いつかこうして殺される日が来るのだと、分かっていた。

 

『ほんの一時の悲しみで終わらせられる絶望があるなら、私は──抗いたくなんか、ない』

 

 ──死ぬことを、だから受け入れるのですか? 

 小さな疑問が私の、これっぽっちもない自由意志の中で芽生える。

【マギアニクス・ファウスト】の命令の中に生まれた微かな疑問。

 しかしそれは瞬く間に膨れ上がった。

 

 

 

『“私の騎士(オヴィディエンス)”ローロ・ワン』

『ローロ。私のローロ。今からあなたは私の騎士よ』

『その道は修羅で満ちている。その道が行く先は私と同じ地獄』

 

 ──あの時の言葉はなんだったのですか? 

 共に地獄へ行くのではなかったのですか? 

 どうしてメフトさま一人が先に行こうとするのですか? 

 

 

 

『ローロがティアレスをかいがいしく世話するのを見てると、……というか世話をしてると知った時点でとてつもなく面白くなかった』

 

 ──私達の間にあった感情は作為でしたか? 

 

『行きとは違う街へ寄ってみて、そうね、城では食べられないような料理でもあるといいわね』

 

 ──用事を済ませて、城に戻るまでの旅をしようと言ったのは嘘ですか? 

 

『……大丈夫。急なことで驚いただけだから』

 

 ──繋いだ手の感触は幻想ですか? 

 

『ほら。雨でローロが濡れてしまうか、もっと寄って』

 

 ──二人きりだった雨の最中、一つの傘の中にあった世界は、嘘ですか? 

 

 

 ………………まだ、彼方には、果てには、至りたくなんかない。

 旅をしたいです。

 また手を繋ぎたい。

 一緒に眠って、城で生きて、私達は私達の日常に帰るのだから。

 まだ──最後なんて! 

 私は何も知らない。

 私を何も知らない。

 母の憎悪。

 魔王の宿業。

 それでも、それでも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恩讐の彼方に。

 果てに至るまでの旅路に。

 

『私が迎える最後まで、あなたは傍にいてくれる?』

 

 そこに、致命的なほど憎悪しかなくても。 

 きっとより良い世界を得られるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終はまだここではない。

 だから!!!! 

 

「────な」

 

 私の意思が、この肉体を衝き動かす。出来たのは左腕の操作権を瞬間的に主制御(セカンダリ)側へ取り戻した程度。瞬きの後には【マギアニクス・ファウスト】の強烈な操作命令によって失われる、一瞬の空白──だけどそれだけで十分だ。

 空いている左手五指を全力で広げ、剣を握る右の手首を掴み(・・)

 そして迷わずやった。

 

 

 

『ぐちゅ

 り』

 

 

 

 

 嫌な音。肉が潰れて、骨が砕けて、手首を粉砕された右手は剣を落とす──痛覚のフィードバックに、【マギアニクス・ファウスト】の判断機能が一時的に混乱したのを把握した。

 ぶらぶらと揺れる右腕をそのままに、私はどうにか口を動かした。

 僅か数歩先の距離に居るメフトさまにではなく。 

 

「……ティア、レ、ス、さま」

 

 常に私の理想であってくれた、世界で一番強い騎士さまに。 

 私が私を止められる時間はあと幾ばくもない。

 伝え、ないと、いけない。

 

「私を、……お願いします……」

 

【マギアニクス・ファウスト】のけたたましい笑い声が肉体の中で木霊する。反響する。その度に私は……【シナプス代替魔法】群は肉体の操作権を失ってしまう。

 呑み込まれる。

 もう二度とこんな奇跡は起こせない。

 これ以上の抵抗は──だから。

 

「私を、私を────殺してください!!!!」

「悪いがそんな願いを叶えるため君の傍にいるわけじゃない」

 

 背後から、力強い、声音があった。

 泣きそうになった。震えあがる情動を抑えられる手段がわからなくなった。

 滲む視界はしかし【マギアニクス・ファウスト】の命令により、徐々に徐々に情動を殺されていく。必死の抵抗をする【シナプス代替魔法】は【マギアニクス・ファウスト】の言いつけを守る人形に落ち戻されていく。

 それでも、例えあと十秒も保たない時間しかなくとも。

 壊れかけの人形のようであっても。

 ──振り向く。

 そこには。

 

「ローロ。君は今、何を望む?」

「……!」

 

 その背が折れ曲がることは無い。

 

「お願い……します……」

 

 その脚が屈する瞬間はあり得ない。

 

「お願い、だから、どうか、どうか……」

 

 その青い瞳が意志を砕く瞬間は、ない。 

 

「私の、大切な主君を、守りたい人を」

 

 “騎士”ティアレス・ティアラ・ホルルが常変わらず明朗な笑みをして立っている──! 

 

「メフトさまを……助けて────!!!!」

「────その願い、確かに聞き届けた」

 

 強い首肯を見届けて、ついに私の意思は『落ちる』。

 

 ──・アハハハハハ! 

 ──・不愉快な子ね、あなた。

 ──・躾がなってない子供には罰を与えないと。

 ──・眠っていなさい、ローロ・ワン。

 ──・二度と目覚めることなんてない深い眠りに。

 

 最後に聞いたのは母親の模倣体、その笑い声。

 私は徐々に徐々に薄れていく自己意識の中で祈った。願った。

 

 

 

 

 大丈夫。大丈夫、大丈夫……。

 私の祈りが、彼女の剣が、きっときっと何もかもを叩き斬るから──。

 

 

 

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