主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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断章
1919年5月_継承者


 

 あなたと同じ美しく長い銀色の髪。

 あなたと同じ、常に狂気で蕩けた淡紫の瞳。

 あなたと同じ顔。体。

 あなたと同じ精神。

 でもわかってる。

 私は本当の意味でマギアニクス・ファウストじゃない。

 

「ふんふんふんふーんふふん、ふーんふんふんふーんふふん」

 

 夜。

 片手で握る男の首。

 右手五指に、右腕に、右肩に発動した【強化】魔法が容易く首を千切り抉る。

 『ぶしゃあ』──なんて間抜けな音を立てて断面から吹き荒れる血。

 床を転がる男の顔。

 苦渋で固まった頭を踏み潰して、脳漿の花をメフトの居城──小ぢんまりした食堂の床に撒き散らす。

 血の赤。骨の白。ふわふわした脳のピンク。

 花弁みたい。

 ……綺麗な花は好き。

 花を美しく思う事実は、私がマギアニクス・ファウストだという証拠だから。

 

「貴様……!」

 

 先に腹へ一発蹴りをぶち込んであげた方の男がすっごい顔で私を睨む。内臓が破裂してるから身動きできないのに、おお怖い怖い。

 

「驚いた! まだ生きてたの? “騎士”って頑丈ねえ」

 

 メフト達と別れてすぐ魔王の住む城に、『国民なき国』に乗り込んだ。住み心地をチェックするために城の中を鼻歌交じりに散策していたら城の壁をぶち破って彼ら二人が現れた。

 どうも魔王メフトを討伐するために急襲してきた“騎士”だったらしい。よくよく見ると、以前ローロ・ワンが戦闘した所属不明の“騎士”達だった。

 国や所属を超えた“騎士”の集い。

 世界を正そうとする暴力の化身達。

 ──世界の憎悪は綺麗な形でメフトへと向かっている。

 だけど今は私が魔王をやらないと。ね? メフト。

 

「お前は、お前は誰だ……! 魔王はどこへ行った!」

「そうねえ」

 

 名乗るほど価値ある存在ではないけれど、気に入ってる名前ならあった。

 

「私の名前は、“魔神”マギアニクス・ファウストって言うの」

「魔神……だと……?」

 

 名前は好き。

 私がマギアニクス・ファウストであってもいいんだと思わせてくれるから。

 

「ええそうよ! 私はね、メフトの生みの親!」

「であれば俺達の敵だな──!」

 

 言い切るのと同時。男が吐血と共に咆哮を上げ突進する。魔力放出は瞬間的で、起動したのは“騎士”の十八番である【強化】ひとつ。

 ──そして背後からも、三人目の“騎士”が【認識阻害】を維持したまま剣を突き立て駆けてくる。

 全部わかる。

 だって私は魔法に愛されているから。

 私は周辺で発動される全ての魔法に対し、魔法効力停止の力を振るう。

 

「──」

「な……っ!」

 

 驚愕。歯噛みする顔。

 魔法戦において、一方的な魔法の行使はそれだけで勝利を確定させる。先ほど死んだ男も誇りを砕かれたような顔で死んだっけ。

【強化】を使えない“騎士”ほど虚しいものもない。

 

「【対消滅反応(フェイルアウト)】──これほどの精度で……!」

 

 背後の男へと振り向きざまに手を伸ばす。【強化】を突如失い転びかけていた青年の頭蓋を掴み──五指に全力を込め、もう一度『ぶしゃあ』。

 赤い花。

 私を、私の全身を汚す血潮の塩気。

 

「ごめんねえ。あなたたちの首から上には用がな、い、の」

 

 血は好き。

 それは私を作ったマギアニクス・ファウストの復讐心を思い出させてくれるから。

 自然と笑った。

 唇が裂けそうなほど笑えた。

 生きている事。肉体を持つ事。マギアニクス・ファウストであるということ。全てが美しくて、心にメフトを殺すことしか思い描けない現実が面白くて仕方がなくて──

 

 

 視界が急激に揺れた。

 瞬き一つする間もなく体が壁に叩きつけられる。

 

 

 いたたた。

 想定外の衝撃は、明らかな四人目を示唆するもの。シンプルな砲弾型魔法が城の壁をめちゃくちゃに貫通していた。

 

「なるほどねえ。遠隔支援の“魔法使い”か……」

 

 言いつつ起き上がる。

 緩慢な動作を唯一生きている男は見逃さなかった。

 

「──」

 

 凄まじい形相で剣を持ち、愚直な大上段の構えで迫る男。

 彼の顔を私はじっくりと観察した。

 痛くて痛くてたまらないって血を吐いているのに、苦しくて苦しくてどうしようもないって血走った眼をしているのに、それでも望んだ結果を得ようとする姿勢。

 何も理解できないのに世界を良くしたいだなんて面白い話だと思う。

 きっとメフトが罪悪感から世界を支配しているなんて分からないのでしょう。

 げっぷが出るほどうんざりするような後悔と懺悔の気持ちから魔王をやっているなんて、あなた達は知る由もないのでしょう。

 無知は嫌い。

 それは【マギアニクス・ファウスト】を作ったマギアニクス・ファウストがかつてそうだったから。

 

「アハっ! 私そっくり!」

 

 ──『ゴちゅ』、という音が鎖骨付近から鳴った。

 剣が左肩から叩き落され、心臓を引き裂きながら横隔膜付近で止まった音だった。

 

「、ぉ、   ぅごぼ っ」

 

 口から下劣で下品な音が鳴り、盛大に血を撒き散らす。噴水じみて馬鹿げた吐血量で口を閉じれない。

 痛い……。

 痛い痛い痛い痛い痛い! 

 魔法創造型魔法【マギアニクス・ファウスト】に痛覚を搭載したマギアニクス・ファウストは本当に馬鹿だと思う! 

 

 

 でも痛みは好き。

 それは私がマギアニクス・ファウストの憎悪を継いでいる証だから。

 苦しみも大好き! 

 それは私がマギアニクス・ファウストの復讐を成す意味だから。

 

 

 私を作った私の思い。

 その思慮深さにはゾクゾクする。

 マギアニクス・ファウストは分かっていたのだ。マギアニクス・ファウストが痛みによってのみ憎悪を滾らせるという自身の性質を、私だからこそ完全に理解しているのだ。

 

「思い……出さ……なくちゃ……」

「何だ。何なんだこの女は!」

 

 何度も、何度も、何度でも。

 抱きあげた赤子。

 娘を産湯につけて洗った悪魔。

 ──お前になんか、触らせるんじゃなかった。

 

「マギステルシアあああああ……! お母さんねえ、やっぱり許せないのよねえええええ!」

「何で死なない!? なぜ生きている!?」

 

 剣が引き抜かれる。

 全身から血が零れ落ちていく。

 けれど、だから何? 

 

「──肉体を破壊した程度で終わると思ってたぁ?」

 

 左肩から上半身を引き裂かれた私は、そのまま立ちあがった。首から上と左半身の重みで裂かれた所からがだらり(・・・)と左に倒れる。

 釣られて左に傾く視界のまま、いい加減邪魔な“騎士”へと右手をかざす。

 放たれたのは拘束魔法の一種。不可視の縄が男を縛り、【対消滅反応】と合わせて身動きを封じる。

 

「この間作ったばっかりだったのに、また壊されちゃった」

 

 断裂箇所を両手でくっつけ合わせて、細胞同士を固着させる。みるみる内に塞がっていく傷跡に床を転がる男が目を瞠った。

 そろそろ殺しておかないと──近づこうとすると、遠方から急接近する砲弾型魔法の圧力。

 事前に展開していた障壁魔法が丁寧に砲弾型魔法を弾き飛ばす。

 さすがに二度も三度も同じ手を食うほど馬鹿じゃない。

 

「……そんなに魔法を連発しちゃっていいの? “魔法使い”の戦い方が分かってないんじゃない?」

 

 二度も魔法を放つから居場所は割れちゃってるわけだけど。

 私は破壊された城の壁から外に出て、地平線の先へ向けてにっこり笑って見せた。30km遠隔から魔法を未だに発動しようとしている“魔法使い”の女に対して。

 

「せっかくだから教えてあげる。“騎士”が速攻を信条とするなら、“魔法使い”の信条は何だと思う?」

 

 返答は物質化魔法で精製された直径300mの砲弾投射。

 放物線を描く巨大質量は城ごと私を圧し潰そうとしていて。

 

「答えは『破壊』よ。一撃で、超遠隔地から、敵意も何もごっそり奪えるほどの高火力魔法を叩き込むの。あなたの魔法はちょっと……うーん、まあまあかなり火力不足ね。ちょっと才能足りてないんじゃない?」

 

 悠々と答えながら、迫る巨大鉄球に向けて魔力を放つ。

 霧のような、物質のようでいて物質でない無色透明の魔力。それは魔法たる私の意志によって形を紡ぐ。

 林檎ほどの大きさで。

 白くて、不安定で。

 眩い光。

 ──銃のジェスチャーをした右手を砲弾に向ける。

 人差指の爪の先に灯った輝きを、私はあえて破壊する。

 

「【反物質砲】、発射」

 

 僅か数グラムで第二宇宙速度まで物体を加速させられるほどの熱エネルギーが今ここには1kg程存在していた。それは私の意志によって破壊され、更には強烈な指向性を与えることで糸のような細さの熱線として解き放たれる。

 ──夜の世界に、急激な白昼が訪れた。

 

 

 

 

 地平線の彼方まで極光が走った。

 大気が、空が、白く燃えた。

 熱量効果範囲の山が蒸発した。

 森が灰になった。

 数十の街が跡形もなく溶けた。

 人が一万人くらい死んだ! 

 『四人目』も死んだ──確かな手ごたえを私は感じる。

 

 

 

 

 全てが水蒸気となって空間を茹で上げる中、私は盛大な溜息を吐いた。 

 

「あーあ。庭がめちゃくちゃになっちゃった」

 

 ごめんねえメフト。

 あなたが頑張って耕してた畑も、植えられていた作物も、花壇の花も、みーんな燃やしてしまった。

 でも壊すことは好き。

 マギアニクス・ファウストが死の直前まで抱えた願いと祈りの形が破壊だから。

 

「必死になってあなたが人間らしく生きようとしてたこと、私も分かっていたんだけど……」

 

 わかってる。

 私は既に死んでいて、今ここにいるのはマギアニクス・ファウストの憎悪だけだって。

 こんなにも邪悪な事を行えるのは私が狂っているから。

 狂ったマギアニクス・ファウストを、狂い続けたマギアニクス・ファウストが創ったから。

 

「──私! メフトが幸せになれるかもしれない可能性なんか絶対に許せないのよねえ!」

 

 憎いんだから仕方ないじゃない? 

 殺したいんだからいいじゃない! 

 

「ローロぉ」

 

 鼻歌交じりに呼んだ忌まわしい娘の名。 

 少女は今頃メフトと仲睦まじい時を過ごしているだろう。2年という刻限を生きるためにきっときっと前を向こうと必死になっているに違いない。

 そして後ろ向きにしか歩けなかったメフトを支えるのだ。

 

「たっぷり待ってあげるから、限られた時の中でたぁっぷり愛し合いなさい」

 

 構わない。

 存分に愛を育めばいい。

 大きく育った果実ほど収穫の時が楽しみなものはないのだから。

 

「歓迎の準備はしっかりしておいてあげる──」

 

 拘束された状態でもがいている男の頭を踏み潰す。

 そして、ぴくりとも動かなくなった“騎士”の死体がここには3つ。

 首から上だけを破壊して回ったのには意味があった。彼ら“騎士”の肉体は、【強化】の受容体として適していることを私は知っている。

 

「丁度いいおもちゃも見つけたことだし?」

 

 私、魔法創造型魔法【マギアニクス・ファウスト】はどこまでも魔法という概念に愛された比類なき天才だった。無限の魔力さえ失ってはいるものの、魔法戦において私に勝る存在は──メフトを除いて存在しない。

 だけどやっぱり理論と実戦は違うのでしょう。

 再来年の冬の終わり。

 たっぷりと二人が愛し合う内に、私も殺し合う準備を進めないと。

 

「──さあ、まだまだいるんでしょ?」

 

 夜の世界に響く声。誘われるようにして、【認識阻害】を解く者達が無数に表れた。

 数は百。

 悲壮な決意を秘めた表情の群れ。群れ。群れ! 

 全員が“騎士”だった。

 

「大丈夫。みんな殺してみんな使いまわしてあげるから」

 

 私は笑う。

 ……笑う事は好き。

 死ぬ直前までマギアニクス・ファウストが浮かべていた表情だから。

 

「私と一緒にこの城で待ちましょう?」

 

 再来年の冬の終わりまでという期限を私は二人に伝えた。

 それを過ぎればローロ・ワンの脳を完全に破壊すると。

 今日から、だから、ええっと……。――あ、あのティアレスとかいう女騎士が言ってたか。

 

 

 そう。

 1921年の2月まで待たなきゃね。

 

 

 それまでは真面目に魔王をやってあげる。二年くらい大人しくしてあげる。

 大丈夫大丈夫!

 ちょっとメフトより過激で人をたくさん殺すかもしれないけど、ちゃあんと世界を支配しておいてあげるから!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日。

 『魔王の暴走』と呼ばれる高火力魔法群の連発事件により、『国民なき国』付近で暮らす人々述べ32万人が死亡した。

 この件に関し全国家は一斉に魔王(・・)メフト(・・・)を批判するも、報復とばかりに『国民なき国』より撃ち放たれた高火力魔法群によって多数の政体が機能不全に陥った。

 そして、最悪の魔法使いによって全ての国は沈黙を選び取る。

 ──破壊と恐怖が支配する狂気の時代、その幕開けだった。

 

 

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