主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

62 / 82
16日と6時間32秒後である

 

 

 

 

 

 その日の目覚めは、頬に硬いものが押し付けられることから始まった。

 

「んん」

 

 銀の髪と淡紫の瞳を持つ少女――ローロが小さく呻きながら目を開けると、誰かしらの衣服だろう布地が視界いっぱいに広がっている。着古した長衣、その奥にあるややがっちりした感触がローロには分かった。──なぜならたった今、少女は彼女によって抱き枕にされている。自身の後頭部に回された片手はごつごつしていて、安心感を覚えてしまう。

 それに何より。

 

「なんて腹直筋なんだ……」

 

 信じられない。六つの山がここにある……! 

 頬にぎゅむぎゅむと当てられる、みっちりした筋の塊。圧倒的に引き締まった筋肉の感触は硬いというのに不快がない。ローロは惚れ惚れと息を吐いてしまう。

 

「くふふ……うにゃうにゃ…………」

 

 そんなローロの吐息に、頭上からくすぐったそうな声が聞こえてきた。起きているのだろうか? いや、聞こえてくる安定した寝息からは当の本人がいまだ熟睡中であることを示唆していた。ローロの脳内には幸せそうに眠りこける、金の髪と青の瞳を持った女の顔が鮮明に思い描けた。

 とにもかくにも視界を塞ぐ形で抱き枕にしている女の名を、ティアレス・ティアラ・ホルルと呼ぶ。世界最高峰の“騎士”であり、2年程前から同じ家で暮らす同居人だった。

 

「ティアレスさまは前……」

「ん゛ー…………」

 

 どうやってティアレスの寝相の結果から抜け出そうか考えていたローロの背後から、喉奥から絞り出すようなダミ声。その唸り声の主がもぞもぞと身動きしたかと思うと──『ぴと』、と。少女の丸いお尻の上、尾てい骨あたりに柔らかい感触が。

 

「……メフトさまは、お尻、と」

 

 ローロ・ワンには今自分の腰に触れるものが、大好きな人──メフトの頬だという確信があった。のっそりと持ちあがった彼女の腕が今しがた足に絡みついたことも含めて、少女は彼女の肌に触れた時の感触を二年も前から知り尽くしている。

 今頃メフトはすとんと緊張の落ちた寝顔をしているのだろう。

 

「アルは……」

 

 視界を塞がれている状況でも、ローロはそれ以外の手段で室内の状況を把握する手段があった。

 それによるとローロ・ワンの幼馴染であり、四人の中でもっとも年長のアル・ルールは既に部屋には居ないようだった。

 アルの朝は二年前からかなり早い。今頃は朝食の準備を進めてくれているか、付近を散歩しているはずだ。

 

「どうしようかな。二人を起こさずに私も起きたいけど……」

 

 それっぽく独り言をつぶやいてみても前後の女ふたりが目を覚ます気配はない。

 ダブルベッドを二つ並べて作った、四人で寝られるキングサイズのベッド。この家に住む四人で共に眠り、共に生きようと二年前に決めてから、私達は必ず四人で眠りに就く。それは予期せぬ災厄から身を寄せ合うことで守り合うためであり、それぞれが欠けてはならないという思いの表れだ。

 だが、こうも密着しあっていると少し広すぎるかもしれない。

 前からの『みちみち』と後ろからの『もにゅもにゅ』。

 甲乙つけがたい時間だったが、とはいえ同じようにうたた寝しているわけにもいかない。ローロ・ワン達には今日もすべき日課があり、生きていくための糧を得ることが必要不可欠だ。

 しかし──しかしどうせなら、二人の寝顔を想像上だけでなく拝んでみたい。

 

「ティアレスさまとメフトさまは……私から離れる……」

 

 そんな思いに駆られたローロ・ワンは確かな意志をもってそう呟いた。が、現実はローロの言葉通りに進まない。

 

「間違えた……」

 

 寝起きで頭が働いていないのだろう。

 ローロが二年前から得た力は、決して外界に直接影響を及ぼせる訳では無かった。

 だから、言い換えるなら──願うべきは──。

 

「私は……二人(・・)を起(・・)こさ(・・)ずに(・・)抜け(・・)出る(・・)こと(・・)がで(・・)きる(・・)

 

 言葉に、現実が衝き動かされていく。

 ローロ・ワンはまず一切の抵抗なくティアレスの抱擁からするりと抜けることが出来た。摩擦という言葉、概念を失ったかのように滑らかな動きだった。更に次いで腰に抱き着きぴとりと密着するメフトでさえ、彼女を目覚めさせることなくするすると体を抜くことが出来てしまう。

 それは、外界との物理的接触による音と擦過と震動という、あっ(・・)て当(・・)然の(・・)物理(・・)法則(・・)を無(・・)視し(・・)た現象(・・・)

 

「うん、できた」

 

 ローロがベッドの後部でそっと立つ。小さく頷いた彼女の背は二年前と比べて少しだけ伸び、また、うなじが見えるほど短かった銀髪は肩甲骨に触れる程度まで長くなった。

 去年の暮れで19歳になり、肉体的には女と少女の狭間にあるローロは、長いまつ毛の奥から二人の様子をじっと見つめる。

 あまり人の寝顔をじろじろ見るべきではないとわかっていたが、それ以上に好奇心が勝った。

 それに。

 

「お二人の寝顔をじっくりと観られる機会も、残り少ないし……」

 

 刻限は近いのだから。

 さて。そのようにしてローロが普段より少しだけ鼻息荒く見つめる先、それぞれが少女を抱きしめる格好で身を寄せ合っていた二人の女は、唐突に損なわれた温もりを追い求めるように身じろぎをする。

 

「ん゛ー……ローロ……?」

「あれ、あれ……?」

 

 もそもそ動いた二人が近寄っていく。

 

「おお」

 

 滅多にみられるものじゃないぞとローロは目を輝かせる。

 

「おー……」

 

 元々少女を挟んでいる程度の距離感だったからか、メフトとティアレスはすぐに近くに求めていた(と思いこんでいる)熱源があると分かったらしい。寝相としては実に見事な流れで女達はひしと抱きしめ合う。

 

「おお……」

 

 ティアレスが自身の腹部にメフトの小さな頭を抱き寄せ、メフトもティアレスの腹部に頬を摺り寄せている……! 

 ローロは、寝起きという言い訳が通用しない程に顔が赤い。

 

「んん……」

「ん……」

「おお!」

 

 シンプルに言ってローロは発奮していた。

 がしかし(本当に残念なことに……)二人は、如実に違和感を覚えてしまったのだろう。

 

「ローロ、君、痩せたか?」

「ローロ……なんだかムキムキしてない?」

 

 ぱちっと二人は目を開けた。

 

「あ、おはようございます。メフトさま。ティアレスさま」

 

 言葉が何故かベッドの外から聞こえる事実と、自分が今何を抱きしめていたのかを即座に理解した二人は──

 

「ぎゃぁぁあああああ!」

「イヤ────────ッ!」

 

 盛大な悲鳴が輻輳して鳴り響き、室内をキンキンと揺らす。

 ローロ・ワンはやや火照った頬のまま満面の笑みを浮かべた。

 

「メフトさま。ティアレスさま。おはようございます」

 

 そして真っ青な顔で硬直したままでいる二人を……敬愛と最愛である彼女達の姿に、見てはいけないものを見てしまったと大興奮のまま両の手を握りこぶしに変えた。

 

「朝からとても仲良しですね!」

「そうね……仲良しね……」

「は、ははは……二人はとっても仲良し……」

「ちょっと! 離れなさいよ……!」

「お前が腰に手を回してるから離れられないんだよ……!」

「なんですってこの……!」

「やめろ、蹴るなっ、ベッドから落ちるだろが……!」

「ちょ──首を掴まないでよ!」

「んぎぎぎ落ちるなら貴様諸共だぞメフトォ!」

「んぐぐぐあなただけ落ちればいいでしょティアレスッ!」

「きー!」

「んー!」

「……本当にお二人は仲良しですね」

 

 ローロ・ワンが感慨深く胸の前で重ね合わせた、その両手。

 右手には、中指と小指が根元から無かった。

 そして左手は──左肩から先の左腕全てが、艶と光沢のない、鈍色の物体。手指から肩に至る全ての関節部にあるのは精巧で接合面など一つもない、大小さまざまな球体。そんな関節部と繋がるフレームすべては人の骨を模した細身の形状であり、少女の身振り手振りをまるで本物の肉体であるかのように振舞ってみせる。

 

 

 

 それは一切の動力源を持たない、しかし少女の意志を精密に反映する、とある物質で出来た義腕である。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。