主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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8日と20時間19分後である

 

 手間を掛けて加工した葉っぱを薄い紙で巻く。くるくるくる。

 口に咥える。んむ。

 火を付ける。ぼぼぼ。

 燃やす。じゅっ。

 吸う。

 煙を肺に押し込める。煙に交じる鎮痛作用が血液に乗っていくイメージを持つ。

 で…………吐く。

 ぷー。

 

「メフトもローロも、今日は遅くなるようだなあ……」

 

 もくもくと煙を吐きながら、小ぢんまりとした庭をぼんやり眺める。納屋から取り出してきた木製の椅子に腰かけながら過ごす時間はひどく静かで穏やかだ。

 時刻はそろそろ夕暮れが沈み切るかといった頃合い。斜陽が夕闇から溶けて引いていくのと同時に、副作用で軽い酩酊作用も始まる。

 うーん……心臓と頭がぽわぽわする。けれどラリってると言うほど酔えるかといえば私の体はそこまでまともじゃない。

 神経が壊れすぎて麻酔も効かないような体だ。メフトが調合したこの葉っぱは実によくできているらしい。程よく効き、程よく騙す。

 

「またそれー? 体に良くないよ先輩」

「んむ」

 

 投げかけられた声は玄関の方から。振り向くと栗毛と緑がかった青い瞳の若い女が一人。アルだ。アル・ルール。二年前から共に暮らす、二つ年上の『後輩』。

 手が空いて暇だったのだろう。私が椅子に深々と背もたれて座っているのを認めると、アルは私と同じように納屋から椅子を持ってきて、並んで腰かけた。

 アルは私がぷかぷか白煙を吐くのを怪訝そうに見てくる。

 

「それ、ここ数年問題視されてるバングでしょ。医療目的以外で使うのを禁止する国も増えてきてるって2年前に聞いたよ? 今どうなってるかここからじゃわかんないけど……」

「そうは言ってもこれがないと保たない体なもんでね」

 

 私が幼少期からの薬物中毒であることをすでにアルもローロも知っている。これを必要とする理由も。

 

「そういえば先輩ってお酒とかもぜんぜん平気だよね」

「毒物全般への耐性を付けさせられてるから、どこまでいってもすぐ酔いが覚めるんだ」

「そんなすごい訓練あるの?」

「要はね、毒や劇物で破壊するまでもなく壊れていればいいんだよ」

 

 神経の破壊。内臓の、限界スレスレまでの機能低下。

 私の不出来な制御であろうと各細胞の抱える魔法展開細胞小器官(マジカルオルガネラ)が自動発動する【強化】は私を生かす。

 この、バカみたいに頑丈な体が私の取り柄だ。

 

「魔王さまもローロもまだ帰ってこないねー」

「たぶん遅くなるんだろう。二年前から四人でずっと暮らしていて、片時も離れなかったわけだしな。恋仲なんだ、二人きりになれる時間が欲しくもなるさ」

 

 なんて言う私はまあ、恋人なんて作ったことがないわけだけど。知った風な口を利く私にアルは「そういうもんかぁ」と納得した様子でいる。

 しかしメフトのやつ、ローロをよほど遠くに連れて行ったらしい。ひょっとすると今日のうちには帰ってこないんじゃないのか。そうなるとこちらはこちらで二人きりというわけだ。

 ふむ。

 

「うるさい奴もいないし、せっかくだから酒でも飲むか!」

「お、いいね。飲もう飲もう!」

 

 私もアルも人並みに酒が好きで、この家にはまだ幾つか酒の蓄えがあった。ここで過ごせる時間はもう幾ばくもないのだ。飲み切ってしまえるならそれがいいだろう。

 立ち上がったアルが、備蓄を思い浮かべているのだろう宙を見ながら指折り数えだす。

 

「ワインとウイスキーどっち飲む?」

「せっかくだ、キツい酒でいこう」

「じゃあウイスキー、ストレートでいこう!」

 

 ニコニコ顔のアルがささっと琥珀色をした液体でちゃぷちゃぷ揺れる酒瓶を一本手に持っている。そしてなぜか驚愕で満ち満ちた、瞠った双眸。

 

「せ、先輩……チョコレートがあったよ……」

「おお」

 

『ここ』での生活において菓子はとても貴重だ。付近の山や森から蜂蜜なんかは取れても、チョコはさすがに作ることができない。包みの銀紙を破いたアルが形の良い鼻を近づけてくんくん匂いを嗅ぐ。

 

「あ、でもちょっと変なニオイするな……古いバターと一緒のニオイ」

「2年も放置されてたらそうなるかあ」

 

 残念。きつい蒸留酒に甘い菓子はよく合うのだが。

 しかしアルは諦めがつかなかったらしい。

 

「ちょい待ち先輩……むむむっ」

 

 隣のアルから瞬間的な魔力放出が起きる。魔力……透明な『霧らしきもの』、『物質でないもの』。なんらかの魔法が起動し、それは彼女の手の中にあるチョコを包んだ。無色無形ゆえに効果のわからない魔法はやがて霧散する。

 

「はい、食べてもいいと思うよ」

 

 一枚の板切れを半分に割ったアルが片割れをこちらによこす。先にもぐもぐ切れ端を口に含んだアルにならって私も一口放り込んだ。

 甘い、甘すぎる砂糖の味。体を壊しそうな風味はどこにもない。……真新しいチョコにしか思えないが、二年は眠っていたものなんだよなこれ。

 

「……何をやったんだ一体」

「さあ? 治したんじゃないかな」

 

 グラスに注いだ度数の強い酒を常温で喉奥まで流し込む。強烈な刺激が舌の上で踊り、錆びつくような甘さが溶けてなくなる。そのまま紙巻の葉を再度くわえて、煙を吸って、また吐く。

 ぷー。

 

「後輩よ、君は天才だなあ」

「言われるほどはあるかもねー」

 

 アル・ルールは高名な治癒系魔法の使い手だ。センスで魔法を使う彼女は自分が発動させている魔法が具体的にどのようなものであるのか、よくわかっていないらしい。

 今のも『古くなったチョコを新鮮なものに治す』……みたいな魔法を発動したのだろう。

 

「二年ものの味にしてはなかなかイケる」

「二年。二年ねー。なんか、あっという間だったよねえ」

 

 アルの発言にはまったく同意だ。

『ここ』で過ごした二年間は本当にあっという間だった。それはおそらく、この土地に敵も何も存在しなかったからだろう。外敵のない、私たち四人しか存在しない空間。平穏を確約されていたからこそ日々はつつがなく、時の流れを加速させていった。

 ──よくよく思い出す光景がある。

 二年前。

 あれは、まだ私達が星にいた頃(・・・・・)の出来事だ。

 

『私は戦えない』

 

 アル・ルールの生家。リビングに集まった私たち四人は今後のことを話し合っていた。マギアニクス・ファウストとの戦いを選んだ私、メフト、ローロに対し……アルはそう切り出した。

 

『アルにまで一緒に戦うことは望まないよ、私』

『ううん。そうじゃないの。力になりたいとか私が弱いからなれないとかそういう問題じゃない。私は(・・)戦え(・・)ない(・・)

 

 アル・ルールは幼少期をマギアニクス・ファウストの保護下で過ごした。その生活の中で彼女はマギアニクスによる脳構造の魔法的改造を受けていたらしい。そのうちの呪いの一つが『ローロ・ワンを好ましく思う』というもの。指向性を強制されたアルはマギアニクスの意図する形で活動し、果てには故人だったはずのマギアニクス・ファウストの受肉を引き起こす。

 

『私の頭の中にはたぶん、まだたくさんの呪いがある。いつ発動するかもわからない魔法が、きっとたくさん……だから(・・・)このままみんなと別れるわけにもいかない』

 

 怯えの混じった声音でそう告白したアルの顔がいまだに忘れられない。

 

『マギアニクスおば様が私を攫って、脳をもう一度弄り直して、どんなふうに悪用するのか……ローロ達の障害として利用するのか、私にも分からない、から』

 

 前にも後ろにも勧めなくなって八方塞がりに至った、どうしようもない状態。雁字搦めで、塞ぎこむこともできない悪循環。──昔の、メルツェルがメフトによって殺されてからの私そっくりで。

 

『だから──ローロ、先輩、魔王さま。私は、戦えないし、いつみんなを裏切るかもわからないけど……わからない、からこそ……』

 

 昔の私と、二年前のアルの違いがあるとすればそれは……アル・ルールはひどく冷静だったことだろう。

 自暴自棄になって復讐を選んだ私と違って、アルは理知と先を見据えた選択ができる賢い女だった。

 

『私を……傍に、置いてください……』

 

 合理的な結論として彼女が選んだのは、無力である自分を私たちに監視させることだった。

 自分の存在が苦しいだろうに。

 自分の行いが許せないだろうに。 

 彼女の決断までにあった過程とその心理が遠因となって、それがローロとの関係に亀裂を生んでいるのも……仕方がないことなのかもしれない。

 

「ねえ、私達ってさ……」

「うん?」

「私達はこうやって暮らしているけど、意外と一緒に暮らしてる人のことを知らないよね」

 

 背を曲げ、下から覗きこんでくるアルの瞳。興味心をちらつかせた丸みがかった眦。──どうもアルは酒にあまり強くないらしい。

 

「先輩は今まで何をしてきた人なの?」

「あまり面白い話じゃないけどなあ」

 

 特に隠し事としているわけでもない。

 私は話した。

 幼少期のこと。メフトと出会ったこと。壊れかけた肉体。メルツェルについてのあれこれ。初めて酒を飲んだ日。

 メルツェルが破壊された時のことだけは省いて、おおまかにすべて伝えた。──私の、どうしようもない内臓についても。

 

「……とまあこんな感じだな。ってうぉ」

 

 ぺらぺらと喋り終えた私がふと横を見ると──アルが泣いていた。大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちている。俯いて、肩を震わせて。

 思わず頭を掻いた。まずいな。 

 

「あー。すまない。別に君を泣かせるつもりはなかったんだ。アル? 後輩? 本当に、なんか、ごめん……」

「いいの。ごめんなさい。先輩がそんなこと抱えてたなんて知らなかったから。軽はずみに聞いていいことじゃなかった」

 

 くしくしっと目元を拭うアルを見て、……なんだかな。

 最近私の周りは泣いてばかりじゃないか? メフトもアルも。 

 ……最近、私、泣いてないなあ。

 

「つまらない話を聞かせてしまった上で、なんだけどな……」

 

 肉体の痛みで泣けたのもずいぶん昔の話だ。

 結局私はメルツェルが殺されても涙一つ流れなかった。

 私の希望、私を託した私の夢が壊されても──壊した本人が泣いていたから。泣きながら、すべての責任を負うと決めた馬鹿な女を見たら涙なんて流せなかった。

 

「ローロにもう一度だけでいいから向き合ってあげてほしいんだ」

 

 心残りなんてない方がいいに決まってる。あったとしても、そんなもの、捨ててしまう他ないほどに両手が壊れていればいい。

 掴むことさえ最初からしなければ痛みも後悔も存在しないのだ。

 

「私に……そんな資格ないよ、先輩」

「誰かと話すことに資格がいるのかい? そんな風にケチなことを言う輩がいるなら私がすべて切り倒してみせるよ」

「私……先輩にもほんとは謝らなくちゃいけないんだよ?」

「謝る? 私に? なぜ」

「その腕。元を辿れば私が悪いから」

 

 そんなことはないだろう。

 私の右腕がマギアニクスとの戦闘の結果として崩れ落ち、その後に復元されても使い物にならなかったのは他でもない私の未熟さ故だ。何ならアルは挽き肉みたいだった私の右腕を奇麗な形に戻してくれたのだから、感謝こそすれ怒るだなんて大間違いだ。

 だというのに当のアル・ルールはぐずぐずと鼻を鳴らしている。 

 

「なのに、本当にいちばんに謝らないといけなかったローロに何も言えないままずるずるここまで来て、もうすぐ終わるかもしれないのに、もう二度と会えなくなるかもしれないのに……。ぐちゃぐちゃなんだ。順番が狂ってる。何から手を付けたらいいのか私にもわかんないよ……」

 

 うーん。

 参ったな。湿っぽいのは苦手だ。気分を紛らわせるような面白い話もできないし、心の強張りを解くほど話し上手でもない。

 昔から、前を向くことしかできなかった。

 生きるためには振り向いている暇なんて与えられなかったから。

 とはいえそんな生き方をアルに強いるのもおかしな話だろう。

 ……うん。そうだな。よし。

 

「アル。二つ年上の後輩よ。私の手を取ってくれるかい」

 

 グラスを置き、立ち上がる。肩を落として俯いてばかりいる年上の後輩に手を差し出す。涙ぐむ瞳に疑問を浮かべながらも、素直にアルは私の手を取った。

 小さな手だ。

 背も低くて、肩も丸くて、柔らかい。

 私とは違う女らしい体。顔つき。私は君が笑えば本当に年上なのかと思うくらい可愛らしいことを知っているし、君には笑顔が一番似合うとも思っている。

 

「……うん」

「よし。しっかり握っているんだぞ──!」

「えっ、わ、きゃあ!」

 

 私は跳んだ。

 一切の助走なしに、足首の動きだけで上空へ。およそ高度500メートルほどまで一直線に。

 瞬間的な上昇はもちろん【強化】によるものだ。衝撃で庭や家屋を破壊しない程度にコントロールしていたとはいえ、その強い推力でアルの肩を破壊しないよう、私は動き出した直後には彼女を両腕で抱え込んでいた。

 地表面よりも遥かに強い風。吹き曝しの宙。空も地も黒く、地平線は溶けてしまったかのように果てがない。

 

「うっ浮いて?! いや飛んでる?!」

 

 瞬きをするよりも速く生まれた浮遊感にアルは目を白黒させている。

 

「ははは。すごいだろう? 私くらいになるとこういうこともできるんだ」

「こ、これ、【強化】だけでやってるの?」

「踵を付けたまま足を浮かせて、こう、パタンとやるだろう? あれの勢いでね」

「いやいやいや……ってあの、このままだとまっすぐ落ちるだけじゃない……?」

「ほーら錐揉み回転高速落下〜」

「ぎゃあああああああああ!」

「からの着地再跳躍ぅ──」

「わー! わー! あああああああああ!」

「今度は縦回転でもしてみるか!」

「────。──! ──、──」

「……君、女がしちゃいけないようなすごい顔してるぞ」

「先輩がさせてるんでしょお?! 今すぐ地面に下ろしてよお!!」

「ふむ」

 

 私は上空1000メートルあたりで落下を止めて立ち(・・)止ま(・・)った(・・)

【強化】に含まれる魔法の一つの【反作用点生成】というものがある。平たく言えばどこにでも足場を作るようなものだ。

 

「まあせっかくだ。空中散歩でもしようじゃないか!」

「う、浮いてるよぅ……どうなってるの?」

「知らないのか? 【強化】をはちゃめちゃに極めるとね、人は空を歩けるようになるんだ」

「“騎士”ってやっぱなんかおかしいよ……」

 

 そうかなあ。世界で見て十本の指に入るような“騎士”なら当たり前にやってることだけど。

 

「なあ後輩よ、どうかな」

 

 何が? と腕の中おとなしく抱かれたままの涙目なアルがこちらを上目に見る──というか睨む。

 私は全身を叩く風に包まれながら笑って見せた。

 

「アル。君の目には今なにが映る?」

「……空と、大地と、限られた世界」

 

 そうだね。

 ここには空がある。地上がある。四方50kmで区切られ、その先にはただただ冷徹無慈悲な真空しかない世界が『ここ』だ。

 

「『ここ』をローロが望んだ理由はなんだと思う?」

「……。……」

 

 地上での話の続きだった。

 強引な気分転換をさせるくらいしか私には出来ないから、昔はさんざんメフトに馬鹿にされたな。『あなたは情緒の欠片もないのね』ってあいつ真顔で言うんだよな。けど、まあ、今回は少しばかり成功だったんじゃないか。

 

「わかってる。わかってるよ、そんなの。……ぜんぶ私のためなんだって」

 

 呻くような言葉は真実その通りだ。

 2年前。

 アルの苦痛に満ちた懇願を聞いて、真っ先に反応したのは……怒り狂ったのがローロだった。

 

『そんな理由で……そんな理由で! ずっと悲しい思いをアルがするくらいなんて間違ってる!』

『わ、わたしが悲しいとか……そんなの関係ないよ。悪いのはわた……私で、だからっ』

『──悪いのは母さんだよ!』

 

 あの時のローロは誰にも止められない気迫があった。淡い紫の瞳の奥には、激しく燃える炎があったんだ。

 それはアル・ルールに対しての怒りでは勿論なく──不思議なことに、元凶たるマギアニクス・ファウストに対しての怨嗟でもないように見えた。

 

『母さんがアルの人生をめちゃくちゃにして! なのに今もこうやって苦しめてるなんておかしい! 変だよ!』

 

 その時、ふと気づいたんだ。

 

『そんなに母さんの存在がアルを苦しめるなら……私は──私が!!』

 

 ローロが、めったなことでは怒ることのない心優しい少女が怒る対象が何なのか。他人の痛みで涙を流せる少女が顔を真っ赤にして吼える先に何があったのか。

 それは恐らく……現実そのものだ。

 ローロ・ワンは歯がゆい現実を、受け入れたくなくとも受け入れるしかないと誰もが諦念の内に沈む失意の現在を──それ自身を否定している。

 そして。

 

 

 

『2年間だけでいい! 誰にも邪魔されない世界を作る!』

 

 

 

 言葉は既に奇跡の起動条件に組み込まれていて、だから私たちは今、ここにいる。

 

「ローロは真摯に君を思い続けているよ」

「……」

「その願い、その祈り、すべて未だに堅く保たれ続けているからこそこの空間がまだあるんだ」

 

 後になって知ったことだが、今のローロは意識しなければ()を発動し続けられないらしい。時折ローロの義手が根元から崩れ落ちるのは、腕の形に押し留めていることをふとした時に忘れてしまうことによる。

 であれば私たちが2年という時間をこの世界でつつがなく生活できている時点で、ローロ・ワンは未だに祈り(・・)続け(・・)ている(・・・)ということになる。

 どうか壊れてくれるな、と。

 どうか苦しまないでほしいと。

 それが誰に向けての願いと祈りであるのか、分からない幼馴染ではないだろう。

 

「アル。君を、あの子は……」

「言わないで先輩」

 

 ──耳元でごうごうと鳴り響く強風にも負けないほど、はっきりとした声音。

 

「うん。そうだね、先輩の言う通りだと思う」

 

 いつの間にかアルは前を向いていた。私の腕の中に納まる程度に小さな体躯の彼女は、今は芯の通った存在に思える。

 

「だからその言葉の続きはローロから直接聞くね。でないと自分が情けなくて仕方がなくなっちゃう」

「……ああ、それが一番だね」

 

 なあローロ。アルは君が思うほどか弱くはないんじゃないかな。触れてしまえば折れてしまうほど繊細な花に見えても、確かに実在する硬さが彼女にはあるよ。……そしてアルにも同じことが言えるのだろう。

 不思議な話だ。 

 幼馴染というだけなら私とメフトでさえそういった間柄だというのに、彼女たちには私とメフトの間にはなかったものがある。 

 

「さ、帰ったら飲みなおそう。今日はまだまだ飲み足りないんだ」

 

 頷くアルを抱えて、私はゆっくりと地表に向けて歩きだした。一歩一歩空を降りていく経験が珍しいのだろう、辺りを見回してはこちらに体を押し付けるように預けてくるアルの体温に、私はこそばゆさを覚えて小さく笑う。

 風の鳴き声と、月なんてあるはずのない夜空だけが世界にはあった。

 

「ねえ先輩」

「ん?」

「ローロと仲直りできて、マギアニクスおば様のことも片付いて、みんなであの城に帰れたら……そしたら」

 

 服をきゅっと掴まれる。上目の視線に走る緊張。震え。怯え。

 

「その時こそ先輩に謝ってもいい……?」

「もちろんだ」

 

 笑って私は頷いた。嬉しそうにアルもまた頷き返す。

 安請け合いしすぎだろうか。

 頼まれたなら応じるしかない。

 しかし困ったな。

 ……死んでも死にきれない約束ができてしまった。

 

 

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