主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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24分後である

 

 ──二年前。

 ローロの強烈な『願望』に基づいた奇跡の結果として、ローロとアルの故郷周辺一帯ごと月面へ(・・・)空間(・・)転移(・・)を果たしてから。

 アル・ルールの生家に保存されていた食糧をつつきながら、三人は二年後に控えているだろうマギアニクス・ファウストとの決戦について話し合っていた。

 

「じゃあつまり……敗北条件はローロの無力化と洗脳、か?」

「マギアが心の底から私への復讐に固執しているのなら、間違いなく」

 

 ティアレスの問いかけに対するメフトの返答は、ぼそぼそとした小さな声音だった。

 月面へと移動を終えた直後にローロが眠ってしまったからだ。それが『願望』の成就による代償なのかさえ判別しない状況では、下手に少女を刺激すべきでないと三人は判断した。

 リビングで顔を向かい合わせる女たちの顔を、小さなランプの灯り一つが照らしている。

 

「今までの話を統合すると、どうにもマギアニクス・ファウストの最終目標はお前の殺害だと思うんだがな」

「マギアは確かに私を殺したがってる。でも、マギアの中では復讐を成すのがローロでないといけないみたい」

「メフトを一直線に狙おうと思えば()れるだけの実力があるのに──か」

 

 食事の手を止めて腕を組むティアレスが、かつての激戦を思い浮かべるように目をつむる。 月面への逃避が済むまでぴくりとも動かなかったはずの両腕はなぜか今、正しく機能していた。それもまた非情な現実を否定したローロの『願望』によるものだった。

 マギアニクスとの直接戦闘を主に担った女の全身は包帯があちこりに巻かれているが、傷から滲む血の跡が生々しく痛々しい。ティアレスの隣で缶詰の中身──加熱処理済みの豚肉を頬張りながらも、アルは背の高い女を心配そうに見つめている。

 

「──マギアの持つ最強の力は何だと思う?」

「まあ、……順当に考えるなら【対消滅反応(フェイルアウト)】だろうよ」

 

【対消滅反応】。それは単一の魔法名ではなく、『すべての魔法には効力発動を強制停止させられるカウンター的魔法が存在するはずだ』という仮説に基づいた、あるかもしれないというレベルの机上の空論に近い概念だった。

 しかしそんな空想でしかない魔法を実用化させた、魔法という魔法に愛されし人類史上最高峰の“魔法使い”が居た。──ローロ・ワンの生物学上の母、マギアニクス・ファウストである。

 

「あれの前じゃすべての魔法が無意味になる」

 

 ありとあらゆる魔法の発動を否定し、自分だけが自由に魔法を振る舞うことが可能な環境支配者。ローロ・ワンがそのまま美しく成熟させたような容姿をしかし歪ませていた、狂ったような笑み。

 ティアレスもアルも、強烈な悪意の哄笑を思い出してしまったのだろう。顔を曇らせてしまう。そんな二人に対しメフトはあくまで冷静に諭すような口調で返した。

 

「半分当たり。でも半分外れ」

「なんだそれ。どういうことだ?」

「あのねティアレス、あなたも先の戦闘で分かっているはずよ。【対消滅反応】は間違いなく非常に強力なカウンター的魔法だけど、万能の矛にはなり得ない」

「ああ……そうか。確かに対策は極僅かだが、あるにはあるな」

 

 例えばそれは、マギアの処理能力を超えて発動される膨大な数の魔法──肉体を構成する全細胞60兆に対し、一斉に【強化】を発動させられるティアレス・ティアラ・ホルルであったり。

 例えばそれは、魔法発動の結果として振るわれる安定したエネルギー体、質量兵器や熱量兵器であったり。

 例えば……。

 

「魔力放出を経由しない魔法の発動…………か」

 

 ティアレスは向かい側に座るメフトをまっすぐに見つめ、メフトもまた頷いた。そして、アルは静かに寝室へと続く扉へ目を向けた。

 今この場には、魔力放出無しで魔法を発動可能な存在が二つある。

 一つは『願望』を形にする力を得たローロ・ワンであり、もう一つは神域到達魔法【M.L.T.Z.E.L.=KC.United(メルツェル・カルテル)】を擁するメフトだ。

 

「マギア最大の脅威っていうのはね、私を星系規模で無力化できるメルツェル妨害魔法なのよ」

「星系規模で……メルツェルを妨害」

「──マギアニクスおば様は、魔王さまにね、放出できる魔力を減らさせることができるんだよ」

 

 寝室で眠っているだろうローロへと向いていた視線を、アルは二人へと戻す。

 翡翠にも似た緑青の丸い瞳に、今や無邪気な輝きはない。幼馴染であるローロ・ワンを慮ることさえ許されていいのかを自問する陰りのある表情だけが残る。

 

「放出魔力の総量を減らす……?」

「魔王さまの根源たる魔法に……マギアニクスおば様は、干渉できるんだよね?」

「そうよ」

「でもお前、自分で魔力を無限に放出できるって言ってるじゃないか。“無限”を『減らす』って、無限が有限になるわけで……無限が……有限の無限……」

 

 むむむ、む、む……? 

 などとティアレスが腕を組んだまま首を傾げた。

 

「……。無限って無限?」

「……、無限って無限」

「無限かあ……」

「無限よ」

 

 ──「なあ後輩、無限ってなんだ……?」「うーん。無限は無限なんじゃないかなあ……?」。頭の悪い質問に、雑な返し。メフトは眉間に出来た皺を手で揉みながら、ため息を吐いた。

 

「おバカなティアレスのために説明しておくとね、そもそも人が放出する魔力には加工前の状態があるのよ。人が作り放出しているのではなくて、人が加工し放出しているのが魔力。この宇宙に遍在する原始魔力──そう呼べるだけのものを、一度に加工できる上限こそが魔力総量ってわけ」

「おバカってなんだおバカって」

「私は……自分でも定義が難しい話なんだけど。……本質が魔力であり魔法であり……原始魔力そのものなの」

 

 だからね、

 

魔力(わたし)原始魔力(わたし)を加工できる上限っていうのは、原始魔力が遍在する空間全域と同義であって──それって言い換えると宇宙総領域なのよ」

「つまり……事実上の無限……ってことか……?」

 

 メフトは首肯する。

 あまりに規模の巨大な話にティアレスもアルもぼんやりとしか理解できていないような顔だった。──それを敢えて放っておいて、メフトは尚も続ける。

 

「マギアにも私にも、譲れないものがある。……メルツェルはね、その維持に常時無限の魔力を必要とするの」

「なるほど。それでメルツェル妨害魔法になるということか」

 

 究極無比の神域到達魔法メルツェルは、発動者であるメフトに対し無限の魔力を要求する。

 事実上の無限だとしてもその魔力放出が一部でも削られてしまうと、メフトはメルツェルの維持に全神経を注がなければならない──つまり、戦闘行動をすることができなくなる。

 

「私は……私の娘を捨てきれない。マギアもまた、ローロによる私の殺害という過程を諦めきれない」

 

 環境支配級の“魔法使い”マギアニクス・ファウストが持つ最強の力が何か、というメフトの質問に彼女は既に答えを持っていたのだ。そして、その結論を覆すことができない自身の弱さをも隠さなかった。

 

「……既に惑星への小惑星群誘因推進を済ませてある。軌道計算によると2年後には降下軌道に──あの城へと、98万弱の隕石が落ちるわ」

「【対消滅反応】で対応しきれない質量兵器……だが、ただの小惑星程度で倒せる相手なのか?」

「所詮は陽動よ。その程度で倒せる女だとは思ってないわ」

 

 小惑星群による質量爆撃98万弱──その気になれば惑星を一つ更地に出来るだけの攻撃でも止められるはずがないとメフトは浅く笑う。その不敵な笑みはしかし、自身の作戦に勝利を確信している者が見せるものだ。

 

「──だけど、陽動に続く初撃はその後の命運を分けるものになるわ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ──そして二年後、現在。

 月面を覆っていた空間偽装が解かれ、決戦が開始してから3分後。

 

『……さすがね、マギア』

 

 メフトがローロに対し十数秒だけ【M.L.T.Z.E.L.=KC.United(メルツェル・カルテル)】を起動して見せた時、メフトはメルツェルが持つ膨大な計算能力を用いて星系規模の魔法発動を指示していた。その結果は二年という歳月を経た今、秒間58000発の小惑星重力落下爆撃という質量兵器の連続投射となってマギアニクス・ファウストを急襲している。

 その驚異的な物量作戦はしかし、秒間59000発を超える白条の熱線によって全てが大気圏到達さえ許されないまま撃ち落されていた。

 

『この程度ではやはりかすり傷も負わせられないってわけ』

 

 発射地点は惑星地表面、『国民なき国』の領土たる城から。そこから、惑星高度800kmにまで到達するほどの爆発的熱量が、指向性を与えられた放射として連続発射されているのだ。

 マギアニクス・ファウストが二年前に自慢するかの如く空を焼いてみせた、反物質による砲撃だろう。

 異常なまでの精密砲撃により次々と小惑星が消滅するのを、メフトは月と惑星の間──星間距離1億5千mの位置から静かに観察していた。

 そもそもが魔法存在であるメフトは、大気による放射能汚染からの保護を不要とする。単体での真空空間活動可能な女が、宇宙の黒よりも濃い黒髪を漂わせている。

 ──と。

 

『──っ』

 

 宇宙空間に静止するメフトは、その全身へと叩きつけられた強烈な悪意に目を瞠る。

 来た(・・)

 放出される魔力総量を、極僅かだけ減らす事が可能な対メフト特化の星系級特殊魔法領域。

 

『やはり私を放置するほどマギアは甘くない……』

 

 メフトがメルツェルを諦めきれない以上、無限の魔力を必要とするメルツェル維持に全力を注がなければならなくなる。これは二年前、マギアがメフトを無力化させたのとまったく同じ状況だ。

 マギアニクス・ファウストとの最終決戦において、メフトは一時(・・)的な(・・)戦闘脱落を自覚する。 

 

『でもねマギア。私……本気なの』

 

 メフトはメルツェル維持に全神経を集中させながらも、観察魔法群の展開を止めない。

 惑星地表面にて狂ったように笑っている女を──その懐かしい顔を見ながらも、彼女が二年かけて用意して見せた戦力をその目で見ていた。

 

『本気であなたを殺すつもり』

 

 未だに連発され続ける反物質砲撃を繰り返しているのは、メフトの周囲に立つ首なしの男達だ。──百の死体、その首から上には何らかの魔法が物理的現象として顕現している。超遠方からの観測精度であってもメフトにはそれ(・・)が何であるか理解できた。

 

『……魔法創造型魔法百基か』

 

 恐らく、かつてローロ・ワンが持ち得ていた絶対演算魔法【MOS(マギマ)】のコピー魔法だろう。

 たった一基でさえ少女を世界最強の“騎士”に押し上げた驚異の演算魔法を、メフトは百も用意してみせたのだ。その演算能力の高さは現に小惑星全ての超精密迎撃という形で発揮されている。

 マギアニクス・ファウストと【MOS】百体を相手取る絶望的脅威を前に、だが、メフトは二年前と変わらず不敵に笑って見せた。

 

『──でも、私達の勝ちよ』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 同時刻。

 惑星周回軌道──高度400km地点にて、ティアレス・ティアラ・ホルルは惑星が魅せる広大な青さに目を奪われていた。

 

「やれやれ。戦闘中でなければ最高の宇宙旅行になるんだが……」

 

 メフトと違いただの人間であるティアレスは、その周囲に真空空間から肉体を保護する防護層を展開(・・)させ(・・)られ(・・)ていた(・・・)。物質化魔法によって生成される惑星大気と同等の防護層内では、真空である宇宙空間とは違い肉声が音となって木霊できる。

 独りで宇宙に立つ寂寞も相まって、つい独り言が増えてしまうことに、いかんいかんとティアレスは首を横に振った。惑星から発せられる薄い重力によりティアレスの金髪はゆらゆらと揺れている。

 

「役目を忘れるなよ、ティアレス・ティアラ・ホルル」

 

 二年前、メフトから言い渡された作戦の第二段階をティアレスは思い返す。

 

 

 ──質量兵器による陽動が時間を稼いでいるうちに、ティアレス、あなたに初撃を任せたい。

 

 

 

 小惑星98万弱による断続的攻勢は、その目的をティアレスの目標軌道到達としていた。そういう意味でいけば今のところ作戦は順調に推移している。

 

「しかし自分の体が本当に正しい位置にいるのかわからないのは、正直不安だな」

 

 ティアレス自身は、具体的に自分自身がどの軌道に到達したかを知る術がない。

 

【大丈夫ですティアレスさま。惑星周回軌道には正しく乗っています】

 

 それを知っているだろう少女の、少しだけ微笑み交じりの声音が──魔力(・・)の振(・・)幅に(・・)よる(・・)脳直(・・)結の(・・)言語(・・)情報(・・)が、ティアレスにも淡い笑みを浮かべさせた。

 

「よろしく頼むよ。あと何秒で始まるんだ?」

【もう間もなくです──】

 

 高度400kmで周回軌道を移動するティアレスは、惑星重力によって現在秒速8kmで星を回っている。実に音速の23倍に達する中でも、巨大な惑星を前にしては感覚は鈍る。ティアレス自身に第二作戦の開始時刻がわからない以上、ただ眼前の青き惑星と、そこへ落ち続ける小惑星たちと、地表面からの迎撃砲撃を眺める他なかった。

 だが。

 

【ティアレスさま】

【準備は……良いですか?】

 

 ティアレスの脳に直結されている魔力流路から響くローロの声に、女はついに来たかと笑みを浮かべる。

 

「ああ、頼む」

 

 頷いた直後だ。

 

 

【両腕の操作を停止】

 

 

 ──一斉に。

 右と左の腕が、肩から先が、糸が切れたかのようにだらりと脱力した。

 更に。

 

 

【同時に神経系全接続……完了】 

 

【神経電位信号変換魔力反応……正常値範囲内】

 

 

 ティアレスの顔から笑みが消えた。表情筋の操作さえ、心臓の脈動さえ、己の意思ではなくなる感覚──酷く歪で。だけど。

 

 

 

 

 

 

肉体操作権の完全支配を完了( I h a v e c o n t r o l)

 

 

 

 

 

 

 だが、それを不快だとティアレスは思わない。 

 

 

【魔力放出、開始──】

 

 

 ティアレス・ティアラ・ホルルの全身から、強制(・・)的な(・・)魔力(・・)放出(・・)が始まった。

 直径50mを超す、尋常の人間の中にあっては膨大な魔力の放出。──地表からであってもマギアニクス・ファウストが見逃すはずもない。

 女が、自身の意思で瞬きさえ出来なくなる中、小惑星蒸発を繰り返す砲撃の一部が向きを変えた。狙いは一直線にこちらへと。熱量による白き光条が幾筋も、ティアレス・ティアラ・ホルルを焼き払おうと撃ち放たれ──。

 

 

【大丈夫です】

 

 

 ──その全てが、放出され続ける魔力が変じた防護障壁によって弾かれた。

 究極的魔力変換効率……ローロ・ワンの、最も得意とする分野。

 

 

【私が絶対にティアレスさまを守ります。もう二度と、傷つけさせません】

 

 

 絶対の意志を持った魔力の流動が全身を包んでいた。ティアレスは唯一自由な心でもって笑みを深くする。

 ……ローロ。ローロ・ワン。

 現状を、憂うな。

 悲しむな。

 私に構わず、私を使え。

 

 

【──始めます】

 

 

 ティアレス・ティアラ・ホルルの両腕が動く。惑星周回軌道を移動しながら、秒速8kmという凄まじい速度の中でも的確なタイミングで。

 女の両腕が作った構えは、剣の形を幻視できるほどに立派な大上段。剣がなくとも誰であろうと業物を形象せずにはいられない、それほどに美しい構え──そして、構えるのと同時。

 物質化魔法がひとつ、即座に起動した。

 

 

 ──女の両手にすっぽりと収まるように、柄が生まれた。

 最適な握りの形は、ティアレスが想う最も馴染みある太さ。

 ──刃が、魔力によって構築されていった。

 鈍く光る剣身は伸びて、伸びて、伸び続けていき──。

 

 

【武装の生成が完了しました】

【ティアレスさま、私にできるのはここまでです】

【どうか……どうかご無事で──】 

 

 

 そして、肉体の支配が終わった時、ティアレスはその手に長大な剣を一つ握りしめていた。

 構える大上段の腕の先──切っ先は宇宙空間に向けて伸び、果ては遥か先に。

 

 

 

 

 

 

 

 ──刃渡り13,000km。

 

騎士の誇りを、あなたに返します( Y o u h a v e c o n t r o l)】 

 

 それは、惑星直径同等の長さを誇る、星斬の片刃剣である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恒星の(あら)たかな光によって刃の鋭さを誇示する剣。重さは、惑星重力下でないから左程感じない。

 異常なまでの反物質砲撃に晒され、それら全てが『ローロの願い』による防護障壁で弾かれる中、ティアレスは今度こそ奥歯まで剝き出しにして笑う。

 

『なあ、そこまで巨大な武装生成が必要なのか?』

 

 思い出すのは二年前の会話の一幕。

 メフトがティアレスに求めたのは、陽動作戦に続く電撃的攻勢……作戦の第二段階だった。

 

『要るのよ。私の陽動が効果を発揮する間に、電撃的攻勢をかけないといけない。マギアは恐らく、魔法創造型魔法を数十……いいえ百体近くは用意している。それは間違いなく私たちに覆しようのない絶望的戦力差を叩きつけるものよ』

 

 メフトの読みは正しかったのだろう。

 今なお止むことのない砲撃。撃ち落され続ける小惑星群。あと一体何個、小惑星が残っているのか。質量兵器全てが蒸発すれば、今とは比較にならない砲塔がこちらを向く。その時、今自分を守る防護障壁が耐えられる保証はない。

 

『ティアレス。あなたの役割は、マギアの配下を一瞬で全滅させること』 

 

 ――そのための条件は主に三つ。

 

『一つ。【対消滅反応】対策として、遠隔地からの一撃離脱であること。

 二つ。使用される兵器は一つ目と同様の理由で、物質化を果たし質量体として安定していること。

 三つ。マギアを直接下すことができなくとも、周辺の配下を全滅させられる威力を持つこと』

『……』

『この条件を満たせるものが何かと考えた時、私は現状を……私たちが月面にいるという事実を最大限に利用すべきだと思った』

『つまりそれが、衛星軌道からの超長距離斬撃か』

『ええ。そのためには膨大な【強化】による膂力補助、そして瞬間的かつ精密な攻撃行動が可能な精神力を必要とする。……それは、直接戦闘に参加できない私や、本命であり最前線に立つ必要のあるローロにもできない』

『……なるほどね』

『ティアレス・ティアラ・ホルル。騎士である貴女にしか出来ない』

 

 “騎士”による急襲を叶えるための小惑星誘因落下であり、そして、敵地瞬間攻撃の後に瞬時撤退を叶えるための惑星周回軌道。合理的な選択に当時のティアレスとて異論はなかった。

 

『まあ、つまり私はローロが戦うための露払いをしろってわけだな?』

『ええ』

『理屈は分かったが。──それで? 私が攻撃可能な猶予はどれくらいあるんだ?』

『星を、私たちが帰る惑星を叩き切るわけにもいかない。あなたには城のみを……惑星表面をピンポイントに摩り下ろしてもらう必要がある。それはつまりね、衛星軌道を周回するあなたの視点から見て、軌道惑星端を長大な剣で撫で下ろすことよ』

 

 『国民なき国』、その領土たる城を軌道上から急襲するということは、秒速8kmの最中にあって地表面50㎡ばかりを的確に狙い撃つということだ。

 つまり。

 

 

 

 

『有効斬撃位置に滞留可能な時間は0.006秒程度ね』

 

 

 

 

 ティアレスは、途方もない無理難題を、真正面から要求されている。

 

『おいおい。1秒以下でお前みたいな奴らを瞬殺しろって? 無茶言うなあ』

 

 あの時苦笑いをつい浮かべてしまった。如何に“騎士”が極超音速域での戦闘行動が可能でも、そこまでの精密性を持つことは非常に難しい。

 

『そーお? あなたなら出来ると私は確信している』

『……本気か?』

 

 しかしその後には、そんな笑みも引っ込んだのをティアレスは忘れていない。

 

『だってあなたは私が知る中で最高の“騎士”だもの』

 

 ──殺し文句だな……ッ! あれはッ!! 

 ティアレスの笑みは更に深く、濃いものへと変貌していく。剥き出しの戦意に、殺意に、剣を持つ両腕は震えを帯びる。

 

 

 

 二年前。

 両腕が、もう、動かないと言われた。 

 

 

 

 騎士でさえなくなるのだと、ぼんやりとした実感しかなかった。

 だが……どうであれ肉体は動いたのだ。

 幾たびも破壊された両腕は未だに動くのだ。

 かつて【MOS】から支配を受けたことから着想を得た、ローロ・ワンによる神経系部分支配という形であっても。

 であれば一体何を悩む? 

 であれば一体何を臆する!? 

 ティアレス・ティアラ・ホルルは“騎士”として生まれた。痛苦しかない人生だった。

 祝福を間違え、憎悪と復讐しか人生には残っていないと勘違いした。そんな自分を死の淵から救った少女がいて、彼女の願いのための道筋となれる──。 

 

()き、

 ()ち、

 (ふる)い、

 (はし)()る」

 

 ──ならばそれ以上に騎士の本懐を遂げられる時間は、ここを置いて他には無い。

 眼下。

 青き惑星の、ただ一点を睨み上げる。眼光のみで人を殺せるほどの剣幕で全身に鞭を打つ。細胞が意思をくみ取り、個々の細胞内に抱えた魔法発動細胞小器官(マジカルオルガネラ)は自動的に、ローロ(・・・)ワン(・・)によ(・・)って完(・・・)全精(・・)度の(・・)魔法(・・)発動(・・)を許(・・)される(・・・)。 

 

「────────―」

 

 ──星を断つ剣は振り降ろされ。

 全細胞60兆による【強化】が一斉に発動し、その速度はティアレス・ティアラ・ホルルを限界の先へと導く。

 

 

 

 

 

 ティアレスの魔力放出から3秒後。

 光速の51%で、マギアニクス・ファウストへと“騎士”の極致が叩き落された。

 

 

 

 

 

 ──!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 

 言葉さえ発することを許されない時間流。

 心の衝動だけで吼える中、ティアレスは“視”た。

 遥かな地上。こちらから見て左90度の直角位置。

 大地に立つ女が歪み切った笑みを浮かべる。張り裂けそうなほど薄く、口の端。

 

 

 

 

 女の淡い紫色をした瞳が、こちらを真っすぐに見つめている。

 

 

 

 

 背筋の震えを自覚するより先に──ひとつの魔法が地表面で発動した。

 それは周回軌道に乗るティアレスからは、極めてシンプルな防護障壁に見えた。

 

 ──馬鹿な。光の二分の一に追従してきた!? いや……策を読まれ事前準備を許したか!! 

 ──だが! 防護障壁が何枚あろうと叩き切るまでだ……! 

 

 惑星端を的確に撫でる剣の軌跡は先端速度時点で光速の50%を超えているのだ。大気の中にあっては惑星表面に触れなくとも致命的損傷を与えられる。斬撃通過さえ叶えば、魔法創造型魔法百基は塵さえ残すことなく全滅する。

 思考に刹那だけ浮いた迷いを断ち切り、ティアレスは全身にすべての力を込める。

 敵うならマギアニクス・ファウストごと叩き切るつもりで、剣を更に振────

 

 

 

 

 

 腕が、がちりと、止まる感覚。

 

 

 

 

 

 ──なんだこの硬度は!!!! 

 

 異常なまでの負荷により斬撃が速度を殺されていく感覚。否、幻覚(・・)。だが瞬きの後にはティアレスが抱えた“騎士”としての勘でなく、現実の光景として剣は止められるという予感があった。

 

 ──ただの防護障壁じゃない……?! 

 

 これほどの膂力を。

 これほどの一撃を。

 これほどの精度を。

 ……私の全盛を。

 それでも防ぎきるほどの怪物、異常性。──魔法創造型魔法百基、そして“魔神”マギアニクス・ファウストがこれほどとは! 

 

「────」

 

 急速に止まりつつある斬撃を前に、脳裏を過ぎる光景があった。

 ……唐突に支配されたローロ。

 

『……ティア、レ、ス、さま』

 

 ……泣いて、泣くことしか出来なかった馬鹿な女。

 

『私を、……お願いします……』

 

 ……その胸を貫こうとした、少女の剣。

 

『私を、私を────殺してください!!!!』

 

 思い出せ。

 あの時の不甲斐なさを。

 忘れてなるものか。

 あの時流れた少女の涙を!!!! 

 

 

 

 

 

 剣を、握れ。

 

 

 

 

 

『ブ   チ ブ、チ ブ チブチブチィィィィィイイイ────』。

 そんな幻聴をティアレスは聴いた。

 両腕の皮下から、血管、筋肉、骨、肉、全てが引き千切れつつある生命限界の咆哮だった。

 だが、だったら何だと言うのか。

 

 ────私、ッ、をォオ……!! 

 

 ここを抜けられなければ、

 ローロがたどり着く道を切り拓かなければ、

 未来などどこにも無い。

 帰る場所を失ってしまう。

 ……見せなければ、ならない。

 限界を。

 限界を超えた更に果ての限界を。

 その限界の、更に更に更に更に更に……どこにも果てがなくとも。

 

 ────騎士を!!!! 

 

 この背中を。

 こんな背中でも……! 

 ローロが私を指針とするなら、理想だと言うのであれば! 

 ティアレス・ティアラ・ホルルはホルル家の最低愚作などでは決して無く!!!! 

 “騎士”をただの戦略兵器として見るだけでなくッ! 

 少女が追い求める“騎士(ねがい)”はここにあると示す必要があるッ! 

 

「舐めるなァァアアアアアア────────ッッッ!!!!!!!!」

 

 ──強大な想いが限界以上の力を発揮させるというなら、それはまさに今この時だろう。

 ティアレス・ティアラ・ホルルの両腕は更なる力を発揮した。実にシンプルな膂力という形で。

 その全速域は速さという概念をかなぐり捨てて、異常なまでの圧に満ちていた。

 速度ではない。

 膂力だけでもない。

 執念が、激情が、咆哮が、──それら全てが明確化し難い一種の攻性魔法へと変じたのだ。

 

「────」 

 

 異常な防護障壁が破られることはなかった。

 しかし──防護障壁を貫通して、騎士百基の肉体が分子にまで破壊されたのを、ティアレスは把握し。 

 

「行けェッ! ローロッッッ!!!!」

 

 惑星直径同等の剣が役目を終え、塵となって消滅する。女の両腕のあちこちが引き裂かれ、夥しい量の血が溢れる。急速に女の体は戦域を離れていく。周回軌道が再度『国民なき国』の上を通るためには、あと1時間以上を要する。遠のく視界の中にあってもティアレスは、口から血を吐きながらも万感の想いを込めて笑うことができた。

 勝利への道筋は繋がった──ローロ、君のための道は、今ここに完成した。

 

 

 

 

 

 

 そして、月面。

 

 

 

 

 

 

 

 恒星からの輻射熱という祝福を、少女が後頭部でまとめ上げた銀色の髪が美しく照り返していた。

 淡い紫色をした双眸に戦闘開始から今までの全てを認めた、精緻な造りの顔は静かにその瞼を下ろす。

 ローロは何もかもを忘れないよう努めた。

 

「──ここから先、私の願いはすべてが有効となります」

 

 青い惑星の煌々とした色の全てを。

 大地に立つ自らが母の狂気を。

 震える胸を、鼓動を、自らを想い振るわれた一太刀の美しさを瞼の裏に焼き付ける。

 

「──ここより先、私の祈りは現実を超過します」

 

 生身の右手に、そこに象る拳の内に、すべてへの想いを手繰り寄せる。

 そして肩から先で人の腕を象る義手には形態の解除を『願った』。 

 

「──すべては私の願いと祈りの集積」

 

 鈍い光沢に包まれた、球体関節と骨にも似たフレームの構造は一斉に形を失う。泥のように水のように流動的になったかつての左腕は、すぐさま別の形状へと変化した。

 現れたのは一本の剣だ。

 月面という低重力空間にあって尚、宙に浮く無機質な剣。

 

「──私が信じ、私が歩み続ける限りそこには道が生まれます」

 

 なんの変哲もない直剣は、華美な装飾も、壮麗な刻印さえもない。市場で吊るし売りされていたっておかしくないほどにありふれた形状で、どこにでもある両刃の剣。

 だけどその無骨さをローロは気に入っていた。

 武器とは、力だ。

 剣は──振るわれるためにある。

 

「魔法という現象のみを、魔力放出なしで取り出す私には……」

 

 あらゆる願いを持った。

 すべてを叶えるための意志を磨いた。

 砥いで。

 積み重ね。

 ──勝利を。

 祈りを。より良い未来を、世界を欲し。

 その末に、無限の願望成就機構をローロは得たのだ。

 

「叶わない夢想などない」

 

 一歩、剣へと進み。

 その柄を……物質(・・)化した(・・・)魔力(・・)であり、物質(・・)化した(・・・)終末(・・)魔法(・・)】そのものを、少女は唯一の手で掴む。

 

 

 

 

「終末魔法第四被展開体、理外無効(ミリトゥム・オーバーロード)、実行状態へ移行完了」

 

 

 

 

 そして見た。月面から──真っ直ぐに、惑星に立つ母を。

 狙うはただ一人。

 マギアニクス・ファウスト。

 ローロは宣告を言葉へと変えた。

 ──ぽつりと。ただ一言。

 

 

 

 ◇

 

 

「光速の80%で叩き切る」

 

 

 ◇

 

 

 

 言葉の直後、ローロは星間距離3億mを1.24秒で吶喊した。

 つまりは加速時間無しの秒速2.33億m。

 

 

 

 それは、星系制圧兵器の領域にある一閃。

 

 

 

 光速の……79.99%だった。

 魔王の騎士は星という制限をすでに超えている──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり……ただの防護障壁じゃないね、それ」

「光速並みの突進。単純で強烈で明快な力。

 なるほどおまえは確かに恒星系内最強の“騎士”でしょう」

 

 ──だが、母もまた遥か天上の怪物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣の、刃の、その数cm奥。たった僅かな距離が……詰められない。進めない。

 薄く笑う母親の顔があった。

 二年前から変化のない、美しい女の笑い顔。にたりとしていて人間味のない表情。母親らしからぬマギアニクス・ファウストを──自分より5歳ほど年上にしか見えない美女を、相手の呼気さえ感じ取れる至近距離で見つめ──。

 女が舌が、ぺろりと唇を舐める動き。

 

「──」

 

 即座にローロは後方へと跳び、その勢いに任せて右腕を横に振るった。

 至極単純な横薙ぎの動作。

 しかしそれを光速の1/2で、大気圏内で行えばどうなるか。

 更に付け加えるなら、ローロは物理法則の不適用範囲縮小を剣に許していた。

 ──瞬間的に発生したのは、亜光速下で衝突した分子同士の核融合反応、並びに空間のプラズマ化による膨大な熱量。

 それを、更にローロは魔力放出無しの魔法発動により指向性を与えることで、極大の熱線に変じて見せた。

 

【──溶けろ】

 

 母が振るう反物質砲撃に倣って言うなれば、それは核融合反応砲撃。

 言葉は音の振幅よりも速く、意思を乗せた魔力として解き放たれる。

 大気圏内にあって破滅的な一撃は世界を光の白よりも濃密な白光で塗りつぶし、マギアニクス・ファウストへと突き進んだ。

 しかし、先の一閃を防いだのと同じ、無色無形の防護障壁によってマギアニクス・ファウストの周辺空間を歪曲して弾かれる。

 

「!」

 

 その、熱量や質量に関係なく強制的に捻じ曲がる歪曲軌道に、ローロはついに圧倒的なまでの硬さの理屈を把握した。

 

「──反重力防護……!?」

「光速並みの突進であっても周辺地形への影響の一切を無効化し、核融合反応とプラズマ化による膨大な熱量の放出があっても、あなたたちの城は無傷……ねえ? 無限の願望成就機構……“理外無効”が聞いて呆れるわ」

 

 しかしマギアニクス・ファウストは、娘と似た顔から笑みを絶やさず、また会話の応酬にも付き合わない。

 まるで目の前に娘など存在しないかのように、一人遊びのおままごとに興じるように、独り言じみた呟きを漏らすだけだ。

 

「でもそうね、もうわかっちゃった」

「……」

「現実と地続きの奇跡しか起こせないのね、その剣」

 

 ローロもまた母の言葉に応じない。

 必要以上に弱点を晒す必要もないと、少女の沈黙は語っている。

 

「フフフ……二年ぶりに愛しい愛しいお母さんとお話ができるのに、無視ぃ? 酷い女に育ったわねえローロ」

 

 隻腕で中段の構えを取り静止したローロに、開き切った瞳孔でもってマギアは笑い続ける。

 穏やかに。静寂のままに。

 狂気を孕んだ笑い声が草原一帯に響き渡る。光速の80%による衝突の余波など一切存在しない、物理法則が部分的に適用されていない空間──ローロは母と同様に独り言のつもりでつぶやいた。

 

「さっきの防護障壁、重力の指向性改変……ううん、重力創造(・・・・)? いったい幾つ法則を飛ばしたのかわからないけど……さすがだね、母さん」

「ここは全て私の妄執が形を作れる場所。私の支配領域」

 

 女の足が──今更だが、マギアは戦闘には似つかわしくない深紅のドレスを着ている──踊り始める。ゆっくりとつま先で地をなぞっていく。

 

「おまえが物理の世界で生きる騎士なら、

 私は魔法の世界を支配する魔なる神」

 

 魔法という概念に愛され続ける狂った天才が、今ここにどれだけの罠を仕掛け、どれほどの悪意を魔法に変えているのか、ローロには想像さえできない。

 百の意志も、千の戦略も、万の戦術も、その全てが通じるのかさえ不透明な“魔神”。

 相対する少女が月から持ってきたのはただ一つ。

 強大で、絶対的な、魂だけ。

 

 

 

 

 

 

「母さん」

 

 星系制圧兵器と化した“騎士”が、磨きに磨ききった決意を以て、構える。

 

 

 

「ローロぉ」

 

 星系支配者たる“魔法使い”が、砥ぎに砥いで原型を失った憎悪と復讐心を以て、嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 ──同じ、淡い紫色をした瞳が、殺意と殺意を漲らせて視線を交わした。

 

「おまえを……潰すわ」

「あなたを、殺します」

 

  

 

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