主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する 作:てりのとりやき
銀河を燃やす炎だった。
宇宙の全てが。月面から見上げる世界の何もかもが白く輝いていた。
「距離が近すぎる……」
戦場が惑星に移ったために独り月面に立つアル・ルールは、その濃い青をした翡翠色の瞳で宇宙を見上げ続ける。
天体の破壊反応を利用した、まさに神の一撃。
だが、あまりにも到達速度が速すぎる。
光という物理限界に付き従う以上光速を超えることがないというのに、今、天蓋の全域が光り輝いていた。
恐らくマギアニクス・ファウストは極超新星爆発を発動した宙域から、砲撃そのものを星系近傍に
「マギアニクスおば様、あなたはどこまで……」
さっさと燃やしたかったのだろう。星ごと、忌々しい過去のすべてを。
星が一人の女の憎悪で燃え尽きようとしている。
ローロが帰りたがっていた世界がなくなろうとしている。
「このままじゃ……」
アルは、自前の栗毛を揺らしながら振り返る。
背後にあるのは自身の生家。
面白みのない、煉瓦の壁。──数時間前の会話を思い出す。
◇
二年が経ち、私は小さな決意を実行に移す時が来たと感じていた。
玄関口。
靴紐を結ぶ。身支度に不足がないかを確認する。鞄につめた道具に不備がないかも、一応再確認。
先輩と魔王さまは先に家を出た。ローロだけはこの家で待つ必要がある。
……私はといえば、特別これといった役割もない。けれど戦闘に巻き込まれてはいけないからと家の地下室にこもっているように言われていた。
そんな私がこそこそと旅支度を進めている。ローロが見たらなんて言うかな、なんて考えていると。
「アル」
言葉は背後から。
動きを止めて、振り返った。
「……ローロ」
まじめな表情で私を見る幼馴染が廊下に立っていた。
まるで私が何をしようとしているのか、わかっているみたい。
「私は二年前に言った通り、戦えないから」
それでもずいぶん前から決めていた台詞を口から流す。
心は痛まないように壁を作った。
「少し遠くで、皆の無事を祈ってるね」
小さく笑う表情もきっと完璧なもの。
ローロの心残りにならないよう、当たり障りない言葉だけを選びたかった。
無事に戦いを終えたみんなが私のことを奇麗さっぱり諦められるように。忘れてくれるように。
……なのに。
ローロは私の言葉を聞いて、表情を曇らせる。なぜだか悲しそうな顔で眉根を詰める。
ややあってから、首を横に小さく振った。
「祈るだけじゃ、嫌だ。……待っててほしい」
「……!」
言葉は、私の真意を分かっているものだった。
思わず目を瞠る──そんな仕草でさえローロはきっと察するのだろう。
「に、逃げだりなんか、しないよ?」
「嘘だよ。アルの嘘はすぐわかるよ」
「……」
「アルは……一人で、独りきりになろうとしてるね?」
「…………まいったなあ」
私の幼馴染はいつも鋭い。
こんなにも私が何を考えているのかを分かってしまう。
そこに、嬉しさを感じていた時期は確かにあって。今も……心臓はトクトクと喜びから鼓動を高めている。
だけど自身が抱える喜びに、私はもう確信が持てない。
嬉しいと表現することも許されていない。
「出来ることなら何も話さずに消えたかったな。でも、まあこうなったなら仕方ないか」
逃げようとすることを、ローロは詰るだろうか。
責めるかな。怒るかな。
……先輩はたぶん怒るだろうな。あれだけ言われても失踪しようとしていたんだから。
誰に、どんなことを言われても構わなかった。
「私は…………ローロにひどいことをした。ごめんなさい。許されたいなんて思わない、許してくれなくていい」
たぶんだけど、私が今頭を下げているのはローロのためではなかった。私が、私自身が楽になりたいがために頭を下げている。
マギアニクスおば様に言われるがまま、指示のあった通りに生きてきた。
その結果がこれだ。
ローロは左腕を失った。先輩は本来なら両腕が動かない。大事なものを、たくさんの人が失った。
償うことで気が楽になるのであれば、それもいいのかもしれない。
「私──私は……」
「ちょっと待ってアル」
──そんな考えからの行いを、ローロは静止する。
言葉を遮った少女がどんな表情を刻んでいるのか、恐る恐る顔を上げて。
「ちょっと……待ってよ」
ひたすらの困惑。
ローロは、ただただ困惑した様子で、
「許すもなにも……アルは、私に酷いことをしてたの?」
「────」
ああ。
うん。
……そうだね。
あなたが──そういうあなただったから。
◇
誰かを愛し、尽くし、何かを成そうとする。
そんな行いの根源はどこにあるのだろう。
真に愛するとは何だろう。
アル・ルールはこの二年を、自問を重ねることだけに費やした。
「……マギアニクスおば様。あなたは最後の最後まで、何もかもを憎んで、憎み続けて終わるつもりなんですね」
体の向きを正す。
真正面から、宇宙の全てを見つめた。世界を覆う破滅の光輝を。
決意を新たに。
アル・ルールは覚悟した。そして決めた。
「──私には、大好きな世界があります」
世界を、守ろう。
そのためには大量の魔力がいる。
分不相応な願いだとしても──それでもやるしかない。
……大丈夫、手段はもう、ローロが示してくれた。
「【
得意なことではなかった。
アル・ルールという女は治癒系魔法においては天賦の才を発揮したが、他の魔法はからっきしだ。
「
それでも秘匿魔法だったはずの【質量転換】を、アル・ルールなりの解釈を加えた近似の魔法として発動することは『出来る気がした』。
「──
凄まじい集中力が。
二年という、内省だけを許された精神統一の時間が。
そして何より強大な決意が。
マギアニクス・ファウストをして『同等』とさえ言わしめた天才的魔法使いが、己の全てを賭して、その才能を新たに開花させる──。
「魔力放出……………………──開始」
工程が完了すれば、即座に代償の支払いは執行された。
アル・ルールの左腕が瞬時に消し飛んだ。一直線の断面からは止めどなく血が溢れだし、剥き出しになった神経が痛覚という痛覚に破滅的情報量を押し付け始める。
また、同時に女の心臓と肺も消滅した。
鼓動と循環器を失った女は、胸郭の内に突如あらわれた異様な喪失感に残る右手で服の胸元を強く握りしめた。
「────ッ、ぐ、ぅうううううう……!」
……痛い。
痛いという言葉すら生ぬるいほどに、ひたすらに。
生理現象としての涙がこぼれる。それさえ許されていないはずなのに、この程度で泣いてしまう自分をアル・ルールはひたすらに呪う。
──ローロはもっと痛かった。あの子はもっともっと苦しんだ!
「心臓のひとつやふたつで……! 肺がない程度で! この私が死ぬとでも──!」
激痛の代価として、アル・ルールは膨大な量の放出魔力を獲得する。直径にして既に80万kmを超え、アル・ルールが立つ衛星と共に惑星宙域すべてを覆っているほどの魔力量。
アル・ルールは、一切の理論だった工程を無視して、膨大な魔力の一部を用いて物質化魔法を発動した。
──消し飛んだはずの左腕が、治るのではなく新たに造られた。
──消滅したはずの心臓と肺が、治るのではなく新たに造られた。
女は同時にもう一つの魔法を発動する。
それは治癒系魔法であり、効力を発揮した対象はアル・ルール本人の脳だった。
「【質量転換】、これは確かに代償部位の魔法的治癒を拒絶する──だったら代わりのものを
二年間、アル・ルールはマギアニクス・ファウストがかけた呪いを……自身の脳に対して行われた魔法的改造をくまなく検査し続けた。その中で把握した自身の脳内構造に、今、アル・ルール自身が魔法的改造を掛けていた。
『治す』ことで肉体を取り戻すことができないなら、『作り直した』あとで『自分の体』だと強制的に思い込むことが出来ればいいだけだ。
そして、失った部位を強引なやり方であっても再生することが可能になったのであれば──。
「【
アル・ルールは、笑う。
笑って自分を道具にしていく。
そこに暗い喜びを覚えている自分を、だけど女は誇らしく思う。
『だっ、て』
『私……
『腕なくなっちゃったんだよ!?』
『わたしでも治せない! 先輩だってローロがいなかったら腕が使えなくなってた!』
二年間抱えた後悔。それを、ローロはそもそも許しを請うべきものだとさえ思っていなかった。
ローロ・ワンにとってアル・ルールは──どこまでいっても大事な幼馴染だったのだ。
数刻前に吐き出せた苦しみも、胸の内にあった澱も、すべては罪悪感から来るものだったというのに。
許されたかった?
詰ってほしかった?
責めてほしかった?
「罪滅ぼしなんかじゃ、ないよ、ローロ」
……だけど今、想いは少しだけ形を変えている。
目を逸らすことはしない。
そうしなくてもいいと教えてくれた、世界で一番大事な幼馴染がいるから──!
「
アル・ルールの体の大部分が消失し、直後には消失分全てが複製された。
「まだ、まだ……!」
女は自分の何もかもを利用した。
「──は、ぁッ! い、だい……! でも……まだ、足゛りないッ!」
消失を繰り返すたびに吹き出した血が周囲を汚した。
月面の一部を、白いばかりの大地を、夥しい量の血が少しずつ汚していく。だがその度に放出される魔力量は段階的に、異常な量を増やし続けていった。
「これ、ッ、だけ……あれば……!」
そうして吐き出されたのは星系全域を覆う規模の魔力──直径、
女の意志に付き従う『物質でないもの』『霧らしきもの』は、全力でアル・ルールが願う形へと変貌していく。
それは一種の防護障壁だった。
星系を球状に覆いつくす、熱量と電磁波から内部を守るための巨大な壁。
「────来る」
完成した直後、アル・ルールは防護障壁に紐付けた観測魔法の情報から破滅の到来を察知する。
顔を上げ、女は見た。
直径10万光年の極光。
既に月面から見上げる宇宙……天蓋の全ては白く光り輝いていた。星系級防護障壁の内にいてもどれほど死滅的で、どれほど破滅的なエネルギーの奔流なのかが嫌でも分かる。
女が固唾を飲んで見守る中、展開されきった防護障壁へと極超新星爆発が衝突し。
「────!!!!」
言葉を、悲鳴を発することさえ不可能だった。そんな時間的猶予さえないとアル・ルールは悟った。
「足りない……! だめだ、だめだだめだだめだっ!」
考えろ。
どうすれば耐えられる? どうすれば凌げる……!
もっと『硬い』防護障壁──無理だ。これ以上の強度をした星系級防護障壁など、アル・ルールの人生の全てをつぎ込んだとしても
治癒系魔法の使い手でしかないアル・ルールに、自身の人間性を超えるほどの発想も、そしてそれを叶えられる技術もない。
だからこそ、当然の帰結として。
「もっと、もっと沢山の防護障壁がいる……!」
壊れたなら、治そう。
病んだのなら、癒そう。
それだけを繰り返してきた。それだけが出来ることだった。
「皆を、皆が帰るための場所を、私が……私が守るんだ──!!」
自分にある才能を、能力を、余すことなく使い込める人生は幸福だ。……幸福なものだと思えるように回路を捻じ曲げられた脳だったとしても。
誰かに必要とされること。
誰かに認められること。──大好きな人に、すごいと褒められること。
どのような悪意で裏打ちされた人生だったとしても、……断言できる。
アル・ルールという女は、幸福な人生を歩んできたと。
『失敗して、失敗して、間違えて! 間違えることしかできないのに正解だって思いこんで!』
『ここにいる意味なんかないのに! いてもいいなんて許されたくなんかなかったのに……!!』
『先輩も! 魔王さまも! ローロだって!』
『や──優しいから……!』
二年前、そんな生き方が否定された気になった。
暗転し逆転した感情を、だけど吐き出す場所はどこにもなかった。
何故って周りにいたのは全員が被害者だったのだから。アル・ルールと、アル・ルールを利用していたマギアニクス・ファウストの……全員が被害者だ。
許されているとは、到底思えなかった。罪を償う場所があればよかったのに。
「ず、っと。二年間ずっと……いなくなりたかった……」
肉体が破壊される。
肉体が作り直される。
魔力が放出され、それが星系級の防護障壁へと変じていく。
──アル・ルールは、それらを自動的に繰り返していった。
もはや【質量転換】が必要とする口頭での代償部位選択さえ必要としていない。そんな時間的猶予はなかったから、アル・ルールは、それら一連の動作を自動的に繰り返す魔法を気づけば生み出していた。
「本当に痛くて苦しいのは皆だったのに、私なんかに泣く資格はないのに」
女の背後には、人ほどの大きさをした翡翠色の円環が鎮座している。
魔法の物理的顕現状態──アル・ルールという質量体を壊し、作り、脳を弄り、魔力を生み出し、障壁を作るためだけの、
「消えたくて仕方がなくて……」
極光が、白炎が、宇宙の全てを占める中。
月の大地に赤が広がっていく。ごく一部でしかなかった血染めの場所は、目に見えて紅の敷地を広げていった。
灰色をした星は数十秒の内にその四分の一を紅で染め上げた。
惑星からでさえはっきりと視認できる赤への変遷──中心地にて、アル・ルールは祈りを捧げるように両膝を突き、両手をくみ上げ目を瞑っている。
「『わたし』なんかが……生きてていいわけないって、そう思うことすら許されていいはずないのに……」
痛覚は既に飽和していた。
神経系は破壊と再生の中で情報量がパンクし、既に機能を果たしていなかった。
それでも理性を絶やす訳にはいかないからと、アル・ルールが本能から生み出した魔法創造型魔法は、女が発狂することを許さない。肉体という肉体を即死しないように消費し続けながら、女に冷静であることを強要し続ける。
だから、女は、数時間前に吐き出した言葉の全てを思い出すことができた。
『ねえアル、私たちは生きてたよ』
『思い出が嘘を吐くわけじゃない』
『私はちゃんとアルの居るところに帰るよ』
『絶対に死んだりなんかしない』
そして……二年間抱えた苦しみを吐き出した末に、向かい合う少女が浮かべた微笑みをも。
「ローロ……」
綺麗な、淡い紫色の瞳。
すてきな銀色の髪。
まるで絵本から飛び出してきたお姫様みたい。
あなたの瞳に映ることが、最初から喜びだった。
「あなたがいるだけで良かった」
物心ついた時から、ずっと少女は傍にいた。
危なっかしくて。なんにでも興味を持っていて。目を離すとどこへでも行って。
魔法の才能が、凄くて──暴発した魔法で指を切り落としたことだって。
守らないといけないと思った。
この子を、守り通すのは自分の役目だと。
……いつから愛情に変わったのだろう。それがマギアニクス・ファウストの悪意による呪いだとしても、たぶん、関係なかった。
「報われなくて、よかったんだ」
二年前、ローロはメフトを選択した。
失恋と呼べるほどまっとうな恋だったとは思わない。二人が並んで歩いている様子は自然の摂理のようにしっくりと来る光景で、そんなことは二年以上前から分かっていたことだったろうに。
「選ばれなくたって……わたしには、ある、から」
瞳から溢れた涙が、惑星よりも軽い重力に従ってふわふわと宙を浮く。
それが涙であるとアル・ルールには分かるための肉体がもう無かった。
『だから待ってて』
『私はアルのいるところへ必ず戻るから』
『だから──ねえ、約束だよ』
防護障壁と極超新星爆発が衝突して一体どれだけの時間が流れているのか。あとどれだけ耐え凌げばいいのか。女にはもう分からなかった。思考はすべて余すことなく星系規模の防護障壁を展開することにだけ向いていた。他を考えることが既に出来ない脳に変わり果てていた。
宇宙を覆う爆光の全てが、アル・ルールの視覚では認識できない。
女の脳は眼球との直結神経系をこの数十秒で退化させてしまった。
──あなたが、帰る場所だと思ってくれた
──たったそれだけで私には世界が光り輝いて見えたよ
自分の喉から発声することさえ出来ない現実を、アル・ルールは、もはやどうとも思っていない。
アル・ルールという個の肉体の境界線はかつてその精神を収めていた肉体から拡張されていた。肉体のみでは防護障壁の展開が追い付かないからだ。
その思考は端的な結論を瞬時に得ていた。
肉体が足りないのなら、
【私がどうなってもいい!】
気づけばアル・ルールは宇宙にその身一つで立っていた。
彼女の両腕は長さという単位が当てはまらなかった。その肉体はもはや『物質ではない』。
『物質ではないもの』『霧のようなもの』──自分が放出した魔力そのものを、アル・ルールは自己であると認識を改変していた。
【守るよ】
視覚など存在しない中、それでも『アル・ルール』は把握する。
未だに星系全域を焼き尽くさんがために吐き出され続ける砲撃を。その、膨大なまでの死滅的熱量を。
防護障壁の破壊と再生は、徐々に徐々に破壊速度の方が増していく。今の展開速度ではまるで足りない──原資となる魔力も。
【ローロが帰る場所を、私が守り通す!】
【だからッ!!!!】
全長という概念は今の『アル・ルール』には適さないが、それでも無理やり当てはめるなら、女の全身は1光年にも達していた。
──その全てを彼女は最後にして最大規模の魔力に変換するつもりでいる。
【
【
【
女は、もう、わかっていた。
自分にはこれ以上の先が無いことを。
ここから先の展望も。この先にある未来も。見届けることはできないと。
それでも女は願っている。
祈っている。
魔力となって謳っている。
【私は……それでも、あなたが笑う今が欲しい──】
そうして、魔力を──自分という自分の全てを消費して、アル・ルールは魔力から魔力を生み出してみせた。
創出された魔力総量は直径10億光年にまで達した。
その全てを、女の自我のひと欠片は最後の力を振り絞って一つの魔法へと昇華させ。
カウントは もう
いらない …… …… よね
──星系に。
その内で回る惑星に、付き従う衛星を起点として。
翡翠の粒子が拡散していった。
美しい硝子細工が砕け散っていくように。
粉々になった何か大事なものが水に流されていくように。
宇宙を飛散する。速度という概念を超えて、青よりも碧い翡翠の腕が、最後に残された防護障壁に到達し──破壊されかかっていた障壁が、その耐久性を瞬時に回復した。
治されていく。
星系内に浸潤しかかっていた破滅そのものが否定される。
膨大な熱量。
放射能汚染も。
死滅的出力の電磁波も。
極超新星爆発によるすべての影響を──たった一枚の防護障壁が、弾き続けた。
ひとえにそれは、死と孤独ばかりがある宇宙において、奇跡と呼ばれる行いだった。
ローロ
あなたは、 あなたの、 ほしいせかいを、
……永劫に近い数分間が終わりを告げる。
ついに極超新星爆発の波及的影響は星系を過ぎ去り。
それを見届けた彼女は、口のない体で、喉のない体で、ちいさく笑った。
うたっていいんだよ ローロ
そして。
アル・ルールは。
魔力と共に溶け──消えた。
◇
星に。
宇宙に。
暗黒ばかりの世界に、翡翠の粒子が拡散していく。
大気層破壊、放射能汚染、死滅的熱量、重力過重変動、致命的惑星環境崩壊……それらすべてが、抑えられていた。
「あ────ありえ、ないわ」
腹部に負った致命的損傷。メルツェル妨害魔法の展開維持と、ローロへの魔力放出停止命令を実行する【
狼狽えるように思わず一歩、後ろに下がった。
見上げる先の天には誰一人として敵などいないというのに。青く正常な空があり続けるという事実に、一人の女の意地と祈りの強さを感じていた。
「銀河規模の、
アル・ルールを最後まで放置した自身の失敗をマギアニクス・ファウストは舌打ちする。
やはり四人の中で最も危険だったのはローロでもメフトでもましてティアレスでもなかったのだ。最も潜在能力を秘めた、何を起こすか想像がつかない“魔法使い”──アル・ルールこそを真っ先に殺すべきだった。
「……だとしても! 私の優位は崩れない!!!!」
自身が誇る最大火力の魔法はたった一人の犠牲で防がれた。無限の魔力を持つことが出来ない以上、同規模の砲撃はこれ以上行えない。そんな焦りを抱えながらもマギアニクス・ファウストは唇を歪めて見せる。
そうとも。
決して不利に追い込まれているわけではないのだ。
未だに【不具領域】は展開され続けている。たった20メートル先には地に膝を突き項垂れたまま微動だにしないローロ・ワンがいるのだから。
「さあローロ、お前に【MOS】を上書きしてあげる」
女は、悠々と歩き始めた。
ローロ・ワンの自我を破壊し、自身の娘を復讐の道具として完成させるために。
「メフトを殺しに行くのよ……! おまえと! 私で!! ──あの悪魔を殺しましょう!?」
そして。あと、10メートルを切った瞬間。
マギアニクス・ファウストが少女へと手を伸ばし。
◇
「拓け──【
◇
虚空から、突如として現れたものがある。
それは斬撃の軌跡そのもの。剣や物質化した兵器の一切をなくした、極めて特異な攻性魔法──
常時膨大な量の観測魔法を展開しているはずのマギアニクス・ファウストが、反応することさえ出来なかった。
「────」
女の右腕が、根元から叩き斬られる。