主従の間に芽生えてしまった歯止めの効かない愛情は光をも割断する   作:てりのとりやき

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10分と49秒後である

 

 

 視界全体で捉えきれないほど大きな星。青と、雲の白が揺蕩いうねりながら自転する惑星を、私は高度400kmから見下ろしている。

 翡翠の粒子が星の大気を舞っていた。

 それらが宇宙へと散っていくのを、衛星軌道を周回する他ない私はただ眺めることしか出来なかった。

 

「アル。後輩よ。君は本当に……」

 

 恒星の何十倍だろうかという超巨大恒星が突如として出現し、突如として崩壊し、突如として私が見つめる世界のすべては極光で満ち満ちた。ただの人間でしかない私では推し量ることもできないが――恐らくすべてはマギアニクス・ファウストの計略なのだろう。

 星を、その憎悪で燃やそうとした女の行いに、月を起点に何らかの防衛魔法が発動した。

 唯一月に残ったアル・ルールによるものだとは……想像に難くない。その行いが示した想いの強さも。

 

「後輩。君は本当に強い女だった。……後は任せてくれ」

 

 アル・ルールは最後まで愛を貫き通したのだ。

 だが、目下の所、まだ脅威が過ぎ去ったわけじゃない。

 

「――メフト! 聞こえているんだろ! 私にも状況を教えろ!!」

 

 吼えたのと同時、私の視界には突如としてどこかの惑星地表面での出来事が鮮明に浮かび上がる。

 地に膝を突き項垂れ、ぴくりともしない銀髪の少女。

 赤く染まった腹部に手を当てながらも地へと降り立とうとしている女。

 これは……網膜投影か。状況を把握しているだろうメフトによる観測魔法支援だ。であれば映し出された現状は、私が考える中で最悪の部類にあることになる。

 

「ローロ……!」

 

 少女は完全に沈黙していた。マギアニクス・ファウストによる何らかの魔法的影響を受けているのだ。

 女の頭上で踊り狂う三つの円環……魔法の物理的顕現か。  

 だが、とも私は頭を振る。

 

「まだ私が星に落ちていない――周囲の大気生成も維持されたままだ」

 

 単身で高度400km地点にいられるほど私は頑丈な人間ではない。私を宇宙と星との境目でそれでも生かしているのは、周囲で生成され続ける大気層のおかげだ。そしてこれは私自身の魔法による結果ではない。ローロの願いによる奇跡の具象だ。

 私が生きていられる……つまりローロの願いはまだ有効だということだ。

 恐らくメフトはメルツェル妨害魔法によって無抵抗状態にあるのだろう。ローロは機能停止に陥り、アルは……翡翠の粒子に溶けた。

 今この時状況を変えられるのは私だけだ。

 だが――どうする。今も衛星軌道を星の重力に引っ張られている私は、秒速8000mで惑星を周回している。

 

「ローロの元へたどり着くのに周回軌道に任せていたらあと一時間もかかる……!」

 

 今すぐローロの元へ行かなければならない。いや、だめだ。マギアニクス・ファウストには通常の魔法への絶対的カウンタ―魔法が、【対消滅反応(フェイルアウト)】がある。肉弾戦をする他ない私とは致命的に相性が悪い。

 あと数十秒で決してしまう敗北を覆すには、まっとうな手段では不可能だ。

 つくづくマギアニクス・ファウストの憎悪が完全で完璧な復讐を叶えるためにあったのだと、いっそ私は感心してしまった。

 そんなに憎いのか――そんなにも許せなかったのか……?

 

「マギアニクス・ファウスト。あなたはかつての私なんだな」

 

 あなたを見ていると、私はまるで自分の写し鏡のようだと感じてしまうよ。

 ――憎まないと、やっていられなかった。

 ――恨まないと、前に進めない気がしたんだ。

 生まれた瞬間に死ぬ他なかったメルツェル。

 自分の娘を、産声を上げたばかりの存在を手にかけたメフト。へその緒で首を絞められた赤子――へその緒で縊り殺すしかなかった母親。あいつの決断はそれこそ人の目には一瞬よりも速くて、私はただ茫然と見ることしか出来なかった。

 メフト……お前の両手は、あの時、黄金に輝いていたな。

 あれはきっと、メルツェルの血であり、臓腑であり、脳であり、肉であり皮であり筋だった。 

 嬰児殺し――そうせざるを得ないほどの“何か”。

 きっとメフトは、人間には認知できない時間流の中でメルツェルの真意を知った。そしてそれを独りで否定した。

 

 

 

『なぜ……憎むのだろう』

 

 お前の淡々とした言葉に、どれだけの慟哭が混じっていた?

 

 

 

『なぜ、祈ったのだろう』

 

 お前の、一度だって震えることなどなかった細い背中に、どれだけの悲しみが乗っていた?

 

 

 

『なぜ――歌ったの?』

 

 お前の疑問に応えられるほど出来た人間だったなら……私が強くなれていたなら、何かが違っていたのか?

 

 

 

 

 やがて黄金に汚れた両手のまま立ち上がったお前は、そのままふらふらと振り向き……私が居たことにようやく気付いて。

 唇をかみしめて、震える瞳をそれでも瞼の奥に隠すことなく前を向いた、強く気高い女の顔。

 あの時のお前の表情(かお)

 

『正しいと思ったことを、ただ、ひたすらに行うことができたなら』

 

 今でも鮮明に覚えている。

 忘れてなんかない。

 転んで、膝を擦りむいて、だけど泣くのを我慢している子供みたいだった――痛みを初めて知った幼子が、8年前のあの場所には居たんだ。

 

『……きっと、きっときっと、わかる気がする』

 

 私は何も、何一つ言葉を掛けることができなかったな。

 

「メフト……。答えは、あったのかよ?」

 

 あの頃の私には、すべての意味が理解できなかった。メフトの行いが私の希望や夢といったものを否定したようにしか見えなかったんだ。

 はン……言い訳がましい話だな。

 わが身可愛さの自己防衛の結果が、こうまで拗れた現在だろうに。

 

「言えればよかったなあ」

 

 ……なあ、メフト。

 お前、一人で背負うなよ。独りで生きてるわけじゃないだろ。

 

「まあ――今更か。今更すぎるよな」

 

 メフト一人が始めたわけじゃない。

 お前と……私が、始めてしまったんだ。

 一度始まってしまったものを、途中で止めることは出来ない。振り上げた剣は空振ろうが何を斬ろうが叩き落すしかないのと一緒だ。

 

「ローロ。終わりじゃないぞ。諦めるな」

 

 メフト、まだ私は振り上げたままのつもりでいるよ。

 ずっと振り下ろす先が分からなかったんだ。

 八年前にメルツェルが死んでから今の今まで。

 だから。……わかってる、振り下ろすのはきっと今なんだろう。

 

「――すまない」

 

 覚悟はとっくの昔に出来ている。

 決意だって既にある。

 だけど――――そうだな。

 

「誰との約束も……守れそうにないな」

 

 ローロ。

 君と、おそろいの侍女姿をしてみたかったな。

 アル。

 君ともっと一緒に酒を飲み交わしたかった。

 メフト。

 私は……、

 お前に謝――

 

 

 

 

 

 

【生涯の、初めての、最高の友】

【あなたに武運を】

 

 

 

 

 

 ……。

 はは。

 まったく、相変わらず憎い女め。

 だけど……そうだな、腐れ縁の親友に頭を下げるなんて、私らしくないよな。

 ああ。

 うん。

 もう――――十分だ。

 

「案ずるな。道は私が切り開くよ」

 

 口元を確かな笑みで緩めながら、私は眼下の青い星を見つめる。

 陽光を受けて淡く輝く、宝石よりも美しい青。

 アル。後輩よ。君の守った星は間違いなくこの世で最も綺麗な世界だ。

 

「聞けェッッッ!!!!」

 

 私が生涯最後に振るう剣に、特別な手順や工程は不要だ。

 私という女へと継がれ続けた魔法は、私が念じればそれだけで発動する。

 

「我が一族の宿願は今、絶える血統の末に紡がれる!!!!」

 

 ……“私”、か。

 なあメフト。お前昔言ってたな。人間の神経電位信号は平均すると秒速100メートル程度で体内を駆け巡り情報を伝達するって。魂とか自我だとか呼べるものは、その信号のやり取りの間で発火し続ける微かな炎のようなものだって。

 騎士として【強化】を手繰る私はその理屈に納得ができるんだ。

 だってそうだろ?

 もしも魂なんて呼べるものがこの世の法則に従う存在なら、人間の動体視力を超えて戦闘行動可能な“騎士”が存在できるはずもない。……私の、“騎士”の自我が――神経電位信号の送受信速度そのものが【強化】で加速されでもしない限りはな。

 

「私の名はティアレス、ティアレス・ティアラ・ホルル」

 

 ――発動時点で私に先は無い。だから、これは一世一代の賭けになる。

 だけど構わないさ。

 

「とある少女の………………はは、自称なんだが――」

 

 メルツェル。

 君はホルル家が相伝し続けたこの魔法に別の名を与えた。

 人の手による未完成な魔法を君が昇華するつもりの名を。

 

「ローロ・ワンの騎士(オヴィディエンス)だ」

 

 最後に名乗ろう。

 絶対の零を。

 無双の神剣――究極無比の魔法使いさえ殺しうる一振りを。

 

 

 

 

 

 

 ローロ。

 君は私の願いと祈り。

 君が私の背中を見続けるから。

 君のためにも私は私であれた。

 

「終末魔法第零凍結体、時空無効(ヘプスバニハル)、展開開始」

 

 ありがとう。

 君と出会い、君に仕えられた時間は私の幸福そのものだ。

 救うさ。君の夢なら幾らでも。

 君は、だから、――ここから先は君の道を行け。

 

 

 

 

 

 

 

 1921年2月12日14時45分2秒。

 

「拓け――【究極魔法(グスタフ)】」

 

 魔法発動の対価として女の脳幹並びに心臓は確かに破壊され。

 0.51秒後、ティアレス・ティアラ・ホルルの生命反応は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲ひとつない青空に向かって、ひと際小さな流星が降る。

 微かな光は瞬く間に燃えて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「――な ッ、」

 

 女、マギアニクス・ファウストがローロ・ワンへと伸ばした右腕は、突如として出現した特異な無色透明の攻性魔法――軌跡再現の斬撃によって、根元から切断された。

 滑らかな断面から溢れる血に、痛覚の萌芽に、ようやく女が攻撃を受けている事実を察知し。

 だが(・・)更に(・・)

 マギアニクス・ファウストの頭上を横凪ぎの一閃が奔った。

 

「――」

 

 それは女の首を斬り飛ばすための斬撃ではなく、女の頭上に顕現していた三つの円環を破壊するためのもので。

 三つの円環……物理的顕現状態にあった魔法は音をなくして破砕。ローロ・ワンを機能停止に陥らせていた【不具領域】が強制終了した。

 

「な……何が、起きた――!?」

 

 ――女には、分かる由もない。自身を襲う攻性魔法の発動地点も、発動者も、その性質も。

 ティアレス・ティアラ・ホルルは【究極魔法】発動の時点で確かに心臓と脳幹を破壊され、発動から0.51秒後には生命反応を自ら終絶させた。

 自らの基幹を破壊することでのみ発動する魔法。

 だが……0.51秒だけならば発動後も生きていたのだ。

 その、1秒にさえ満たない極限の時間流の中で。0と1の狭間にあって――例えば0.52秒を迎えるまで、光速の51%まで加速させた自意識によって【究極魔法】を連発したとしたら?

 絶対の零。

 それは単方向時間跳躍魔法を指す。

 言い換えるなら、過去という確定時間から発動されるからこそ回避不可能な、疑似的超光速未来干渉――。

 

 

 

 

 

 つまりは、0.51秒間に実行された489万8569回の時空間改変斬撃である。

 

 

 

 

 

 その剣が鞘から抜かれた瞬間を誰も知らない。

 ――だから、未来にいる仮想の敵を斬るだろう。

 その剣が振るわれた先がどこであるか、誰にも分からない。

 ――だから、未来にいる仮想の王を貫くだろう。

 その剣がどこまで届く切れ味なのか、知る由はない。

 ――だから、未来にいる仮想の神を殺すだろう。

 ありとあらゆる摂理を超越した無双にして夢想の神剣。

 故に、それを、こう呼ぶ。

 【究極魔法(グスタフ)】。

 

 

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