そんなこんなで先生として働くことになったわたしだが、今はリンちゃんの案内で建物のエレベーターに乗っている。
外に目線を向けるとエレベーター自体の速度もゆったりなのか下につくまでに時間がありそうだ。
「そう言えばリンちゃん、少し質問してもいいかい?」
「構いませんが…………苗字でなくとも呼び捨てで結構です。リン、とお呼びください。」
むむ、先生と生徒の関係だからちゃん付けで呼んだ方がいいと思っていたけど彼女はあまり可愛く呼ばれるのは好きではないらしい。
無理して続ける必要がない以上、これから話す時には普通に呼ぼう。
「その君の頭の上で浮いてる輪っかはなに?このキヴォトスの空にもそれっぽいのがあるんだけど。」
「ヘイローのことですね。と言われても具体的にこれがなんなのかと実際問われると少々説明に難が生じてしまいます。強いて言うのであれば意識が具現化したものかと。」
それだけここでは当たり前の物、と言うわけか。
そしてリンちゃんの言葉通りならそれがない状態というのはつまるところ意識がないということでいいのだろう。
っていうか、あの空のリングもヘイローなんだ。
「狸寝入りとかできなさそうだね。多分起きてる間はずっとあるんでしょ?」
「まぁ…………言われてみればその通りですね。」
「あと一つ質問。わたしこんなナリだけど先生として務まりそう?」
そう言ってわたしはリンちゃんに見せつけるようにその場でクルッと一回転する。
まぁ、ぶっちゃけるとわたしは外見はほとんど人間の子供と同じと言ってもいい。
なんなら身長とかはリンちゃんより低い。
先生といえばやっぱり大の大人がやるのだろうが、威厳的な意味でほぼ子供の体躯なわたしにそれが出せるのかどうかがイマイチだ。
そんなわたしの言葉にリンちゃんは、微妙な顔をしながら顔を横に逸らした。
「大丈夫だと思いますよ?ええ、何せ連邦生徒会長がお選びなった方ですから。」
「いない人に責任押し付けるの良くないと思う。」
そんな話をしているとエレベーターが目的地についたことを知らせるベルが鳴った。
「こちらへどうぞ、先生。先ほどあなたの言っていたやっていただきたいことをご説明します。迅速な対応が必要ですので歩きながらになってしまいますが、そこはご理解をいただければ。」
リンちゃんの案内で建物のフロントと思われる空間を進む。
彼女の後ろをついていく形だったが、不意にリンちゃんが何か気づいたように歩くのをやめると露骨に嫌そうなため息をついた。
そんな彼女が向いている方向を見てみると4人くらいの女子生徒がこちらを見つけるやいなや物凄い剣幕と勢いで走ってきた。
(うーん、見た感じそれぞれ違う学校の生徒かな?)
彼女らの着ている制服を見てそんなことを思う。
エレベーターに乗る前にリンちゃんからキヴォトスについての簡単な説明があったが、要するにここは様々な学校同士で形成され、さらにその運営を生徒たちで行なっている都市とのこと。
学校それぞれにも特徴や風土があり、さらにはそれぞれにいわゆる政治じみたことを行うグループもあるらしい。
もはややってることは学校ではなく国のそれだ。
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ────あ、かわいい………じゃなくて!!連邦生徒会長を呼んできて!!」
先頭を走っていた濃紺の制服を着たツインテールの女の子が掴み掛かりそうな勢いでリンちゃんに詰め寄ってくる。
隣にいたわたしにも気づいたようだが、一瞬だけ向けられた変な目線と言葉を残されたことに思わず微妙な顔を浮かべる。
黒髪に長身、黒いシンプルな制服。
ブロンド髪にメガネ、そして赤を基調とした制服
薄い水色の髪のサイドテール、灰色の制服
ざっと後から来た人たちの特徴を挙げるとこんな感じだろうか。
なんなら最初にあげた黒い制服の生徒には翼が生えていた。
が、わたしの目線は彼女たちが手にしていたり、肩にかけていた代物に釘付けになっていた。
銃だ。およそ可憐な印象を受ける彼女たちに似つかわしくない無骨な鉄の筒。
(あれ、ここってわたしが思っている以上に物騒?)
「主席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の現状について納得のいく説明を求めています。」
少女と銃という対極にあるようなものたちが同居しているギャップになんとなく不安に感じている間に黒髪の生徒とブロンド髪の生徒が加わった。少し後ろにいるサイドテールの子は特に何も言ってないが、表情からして同じ要件なのだろう。
「ああ…………面倒な人たち捕まってしまいましたね。」
その彼女らの追求をリンちゃんははっきりと面倒だと断じた。小声っぽい声量だったとはいえ近くにいた自分には丸聞こえなため、思わず目が点になりながらリンちゃんを見上げる。
「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。」
これはひどい。
明らかにやってきた4人に対して毒吐いてるよ、この子。
よっぽど頭に来ているのだろう。エレベーターを出る直前、迅速になんて言葉を出していたから本心だと彼女らの対応に時間を割きたくないんだろう。
「こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」
うーん、スリーアウト!
言葉の端に罵倒が混じってる!言い直してるけど多分手遅れ!
「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために、でしょう?」
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ! 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
目元が笑ってないが、表面上にこやかな笑みを見せてるリンちゃんにツインテールの子が語気を強めて突っかかる。
風力発電とかよくわからないが、とりあえずかなり困ってるらしいのは明白だ。
その後も他の3人から堰を切ったかのようにどのような状況なのかが伝えられた。
やれ矯正局とかいう場所から生徒が脱走したとか不良が生徒を襲う事例が爆増したとか、挙げ句の果てには戦車とかヘリコプターといった兵器の流通が増えたとか。
………………それ一般的に戦争状態って言わない?特に最後とかさ。もろ戦争で利益出し始めてるのと同じじゃん。気のせい?
っていうかリンちゃんが連邦生徒会長の失踪とこのキヴォトス中の混乱が繋がるみたいなこと言ってたけど、人ひとりいなくなっただけでこのありさまってこと?
(……………ここ、かなり薄氷の上で成り立っているみたい。)
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」
「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました。」
少し前のリンちゃんの言葉と混乱の規模の大きさにキヴォトスそのものの脆弱性に危機感を抱いているとツインテールの子に急かされるような形で連邦生徒会長の不在を明かした。
それを聞いた四人の反応は様々。純粋に驚いたり、失踪してからそれなりの時間が過ぎていたのもあってある程度予測ができていたのか。
とはいえやっぱり変だよね。その連邦生徒会長がわたしを選んだとか言っていたけど、肝心の本人が姿かたちもいなくなってるとかさ。
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした。」
「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」
リンちゃんと黒髪の生徒との会話を聞いているとようやくリンちゃんのやってほしいことが見えてきた気がする。
「この先生こそが、フィクサーとなってくれるはずです。」
そういって蚊帳の外にいたわたしをついに先生として紹介するリンちゃん。
それにわたしは軽く手を振ってみたりしてみるが、四人の反応はいまひとつだ。まぁ、気持ちはよくわかる。突然知らない人が君たちの先生だとか紹介されても飲み込むまでには時間がかかるだろう。
「こ、この子が、ですか?」
「ちょっと待って。この子はいったいどこの子?どうしてここにいるの?」
それはわたしも問いただしたいね。
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね。ですが………」
どうみても同年代、もしくは年齢の低い子供だからね。ブロンド髪の生徒の怪訝な表情はまさに是非もなし。
「はい。こちらの諏訪子先生は、これからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「どういうわけか知らないけど件の生徒会長さんに指名を受けたんだ。威厳なし、土地勘なし、生徒会長さんと面識もなければ正直今から何をするのかもよくわかってない。ないないづくしだよまったく。」
「先生、お願いですからこれ以上話をめんどくさくするようなことを言うのはやめてください。あと今から何をするかはご説明しますっていいましたよね?」
困り果てた顔を浮かべながらお手上げポーズをとっているとリンちゃんのドスの効いた声が飛んでくる。
うーん、これ以上はリンちゃんの堪忍袋の緒が切れそうだ。手早くわたしの言いたいことを言ってしまおう。
「とりあえず、まずは君たちの名前を教えてくれないかい。先生としての第一歩は生徒の名前を覚えることだと思うからね。」
こんなニッチなネタ使ってる小説に評価をつけてくれた人が二人もいる……
この場を借りてお礼申し上げます