「よしよし、うまいことシャーレに近づけてはいる。」
向こうはヒャッハーな表情を浮かべていたからチンピラかそこらの類程度練度しかないと踏んでいたが、どうやらそれは大当たりだったようで、自由に動けるようになったユウカちゃんたちの前には文字通り蹴散らされる程度の実力だったのが幸いだった。
陣形はそのまま、ユウカちゃんを先頭にしたまま、援護に回っていたスズミちゃんを背後からの警戒としてハスミちゃんの周辺に置いた布陣にしていた。
ようやく建物の入り口が見えてきたところ、先頭のユウカちゃんが何かに気づいた。
「まずっ────下がってッ!!!」
有無を言わない雰囲気。たまらず飛び退いたようにこっちに転がり込んできた彼女を見て、そばにいた2人が自分を庇うように体を前に割り込ませた。
瞬間、耳が痛くなるような爆発音と風圧に襲われる。幸い2人に守ってもらったため、被害はない。ユウカちゃんとチナツちゃんも今の砲撃によるダメージは見受けられない。
「守ってくれてありがとう。でも大丈夫?」
「この程度なら全くの無問題です。」
「先生は気にしないでください。」
守ってくれた2人がそう言うのであれば、わたしからとやかく言うつもりはない。下手な気遣いは彼女の行動を逆に貶めることになる。
「……………戦車かな?」
ホログラムの彼女が言っていたこととさっきの砲撃から会話の中にあった巡航戦車を出してきたのだろう。
「ユウカちゃん、車輌はいくつ?」
「今のところ一台だけでしたけど…………なんで不良なんかがトリニティのところの戦車を持っているのよ!」
「まさか、クルセイダー1型ですか!?」
車輌は一台だけ。ただユウカちゃん的にはその戦車の種類についてハスミちゃんに言いたいことがあるそうだ。
驚いている彼女に聞いてみると、どうやら不良が使っている戦車はハスミちゃんとスズミちゃんの学校で使われているのと同じタイプらしい。
「一体どこでそんなものを…………」
「どうせそこらのPMCとかから買い付けたんでしょ!?ブラックマーケットすらあるんだし!!」
「とりあえず出所を気にするより先にあれを倒せるかどうかじゃない?ハスミちゃん、君たちの使っている戦車だそうだけど性能的にはこの人数でなんとかなるレベル?」
「私の持っている貫通弾であればクルセイダーの装甲を破ることは可能です。」
ハスミちゃんからの言葉を聞いたわたしは無言で頷く。
倒せるならやることは変わらない。とは言えなるべく素早く制圧したい。
なら─────
「スズミちゃん閃光手榴弾!相手の目をつぶして!!」
わたしの指示にスズミちゃんは即座に手榴弾のピンを引き抜き、思い切り戦車にむけて投げつける。
「ハスミちゃん。」
「?・・・はい?」
「────何が起きても絶対に驚いちゃだめだよ?」
わたしの意味深な言葉に怪訝な表情を見せるハスミちゃん。
それと同時に投げられた手榴弾が炸裂し、あたりに大きな光と音をまき散らした。
「なっ────」
先生の言葉を不思議に思おうとした瞬間、突然の出来事に思考が止まる。
スズミの投げた閃光手榴弾が爆ぜたまさにその一瞬。目の前にいたはずの先生の小柄な体が消えてなくなった。
「えっ、ちょ、なんで!?」
前にいたユウカが狼狽した様子で私と戦車の方向を何度も見る。
「なんで先生が戦車の上に移動しているのよ!?」
「は、はいッ!?」
「そんな!?だってさっきまで先生は私たちのそばに────」
「ッ!!」
先生が突然移動したことにうろたえているなか、私は反射的に隠れていた物陰から飛び出し、手にしていたライフルに厚い装甲を打ち破るための貫通弾を装填する。
「先生………そういうことですか。」
(お、出てきてくれた。察しの早い子で助かるよ)
ハスミちゃんの様子を視界の端でとらえながら、おそらくスズミちゃんの投げた手榴弾で運転手がやられたのかその場から微動だにしない戦車を見下ろす。
ワープで頭上をとったとはいえ、特に空を飛べるわけではないわたしの体はキヴォトスの重力に従って墜ちていく。
そのままの速度でいけば死にはしないとはいえ普通の人間なら大けがは必至だ。
「御神渡り 」
着地したと同時に、割れるような音と一緒に周囲の地面に光り輝く亀裂が生まれる。
その亀裂から鋭くとがった氷柱が勢いよく飛び出し、範囲にいた戦車を大きく弾き飛ばした。
ん、あとは大丈夫かな。
そう思ったのもつかの間、大きく打ち上げられた戦車はハスミちゃんの撃った貫通弾に撃ち抜かれ、大きな爆発と共に炎上しながら派手に転がっていった。
まぁ、派手に爆発したから鎮火もかねて少し様子を見ていたが、中から煤にまみれながらも五体満足な様子でやんややんやと蜘蛛の子を散らすように中に乗っていた子たちが出てきた。
…………あんな爆発でも特にこれといったケガをしないっていうのもすごいよね。頑丈すぎでしょキヴォトスの生徒って。
「先生!!」
何もしなくても良さそうと思っていたところに後を追ってきたユウカちゃんたちの方を振り向いた。
「あ、おつかれー。とりあえずこれで鎮圧完了かな?」
「それは!そうですけど!!そういうことができるなら最初から言ってください!!こちらの肝がキンキンに冷えますので!!!」
「いやー、やっぱりそうなるよねぇ。」
ユウカちゃんからの段々語気が強まってくる非難に参ったように頭の後ろに手を回す。
守らないといけない人物が突然前に出たらそりゃ肝が冷えちゃうよね。
「しかし……今の力は一体……………?」
「んー…………まぁ、所謂魔法とかそんな感じでいいと思うよ?実際『大魔法』なんて言われてる時あるし。」
「す、すごい適当ですね……………」
わたしの見せた力に気になっているような様子を見せるチナツちゃんに適当に返しているとスズミちゃんにそれを指摘されてしまう。
ともかくこれでシャーレの部室周辺は片付いた。
『皆さん、たった今この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました。」
ちょうどそのタイミングで遅れてやってくることになっていたリンちゃんから通信が入る。
あー、やっぱりいたか首謀者。
どれどれ、どんな人物か拝見させてもらおうじゃないか。
そんなことを思いながらホログラムに映ったのは、狐のお面を被った和服姿の女の子だった。
……………顔が拝めない!!
そんな野暮ったいことはともかくリンちゃんからの報告で今回の暴動の首謀者が「ワカモ』という生徒が起こしたことが判明した。
矯正局とやらを脱走した生徒の1人で、百鬼夜行連合学院の所属だが、何かやらかしたのか停学中らしい。
「この子がかぁ…………わたしは道中見かけなかったけど姿かたちでも見た人いる?」
「いたらすぐに報告しています。彼女はキヴォトス中で知れ渡っている危険人物、『災厄の狐』なんですから。」
ユウカちゃんの言葉に同意するように頷くみんな。
まぁ、見かけなかったということはまだこちらなら辿り着いていないか、もしくはもう中に入り込んでいるかの二択だろう。
「んー……………わたしはシャーレの地下に行ってくるけど、みんなはこれ以上不良たちが中に入ってこないように入り口前で待ってて。」
「一人で大丈夫なんですか?」
少し悩みながらユウカちゃんたち全員に入り口前での待機をお願いすると、チナツちゃんから心配そうな目を向けられる。
彼女もすでに中に入られている可能性を危惧しているようだ。
「心配はごもっとも。でも大丈夫大丈夫、わたしそう簡単には倒されないから。」
それにサンクトゥムタワーの制御権をが復旧されることでこの騒動が治るのがわかっているのなら少しでも早くこなした方がいい。
わたしはそれ以上チナツちゃんから引き止められる前にシャーレの建物に駆け足気味で入っていく。
「うーん、中は綺麗、というより使った痕跡がないかな………ホコリかぶってるし。使わせてもらうのならこれはまず掃除からかなぁ〜…………」
呑気にそんなことを思いながら地下へと続く階段を見つけると階層を降りていく。
「うーん……これが一体なんなのか、まったくわかりませんね。これでは壊そうにも……」
降りた階層を道なりに進んでいくと誰かの話声が聞こえてくる。
何もないことを期待したいが、多分そこにいるのは例の彼女だろう。
(なるべく荒事にならないようにしよ…………)
気配を悟られないようにゆっくりと進んでいくと、開けた部屋に出る。
そこにはホログラムに映し出されていた黒髪に和服と狐のお面で着飾った、今回の首謀者、『ワカモ』の姿があった。
(やっぱりいるよねぇ。それで彼女の手には何か端末みたいなのが………)
まさかあれがリンちゃんの言っていたモノなのだろうか。
だとすると結構不味い。さっき彼女はそれを壊そうとしていることを仄めかしていた。
彼女本人も持っているものがなんなのかが理解できていないから不思議そうに首を傾げているだけで済んでいるが。
「…………あら?」
どうしようかなと思っていると相手がわたしのことに気づいたのかこちらに振り向いた。
「どうも和服のお姉さん。わたしはここで先生を任された諏訪子って言うんだけど…………こんなホコリっぽいところでどうしたの?」
とりあえず彼女が手にしてる端末に関しては知らないていで行っておこ。
変に察知されて破壊に動かれるよりは全然マシだしね。
「…………………」
あれ、名乗ったのになにも反応がない。
わたしを見たまま固まっているというかなんと言うか……………
「あら、あらあら……………」
何か言ったかと思えばうわごとのようなことしか返ってこない。
困ったなぁ…………わたし何かしたかなぁ…………
「し、し、失礼いたしましたー!!」
「ええっ!?」
彼女がとった行動に思わず驚きに声をあげる。
突然悲鳴に近いような声でそう断りを入れた彼女は一目散に逃げ出した。
なんで!?正直その持ってるライフルで撃たれるくらいは覚悟していたのに!!
ともかく反応が遅れたわたしは逃げ出す彼女に対して、その背中を眺めることしかできなかった。
「ええ…………嘘でしょ…………わたしが何したって言うのさ」
狐なのに脱兎の如く逃げ出した彼女に行き場の失った手は虚空を切る。
どうしようかと思っていたが、ちょうどそのタイミングで入れ違いのようにリンちゃんが部屋に入ってきた。
逃げ出した彼女も同じとこから出ていったはずだが、やってきたリンちゃんはわたしを見て不思議そうな顔を浮かべるだけで鉢合わせたようには見えない。
(ということは別のとこから出ていったのかな?)
それなら入り口先で待っているユウカちゃんたちが襲われる可能性が低いのかな。
「何かありましたか?」
「……………なんでもない。ところで連邦生徒会長さんが残していったモノってなに?この部屋、珍妙な置き物はあるけどそれ以外にはこんなのしかないんだけど。」
なんだろうね、この中途半端に砕けた石が浮かされた状態で光に照らされてる置き物。
それはさておきリンちゃんにそう言いながらわたしはワカモが落としていったタブレットを手にとった。見た感じはリンちゃんの持っているものと同じようだけど………
「はい。それが連邦生徒会長が先生に残していったもの。『シッテムの箱』です。」
「これが?リンちゃんが持ってるものと大差なさそうだけど?」
どうやらこのタブレットが例のものらしい。リンちゃんの言葉を確かめるようにそのタブレットをいろんな角度で見てみるが、これと言って特に変哲なところとかはない。
「普通のタブレット端末に見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。」
「つまるところこれってオーパーツとか言うやつ?」
うちにもいるなぁ………わたしより以前からいたって言うのに今なお大会とかの最前線にいるオーパーツとか呼ばれてる存在*1が。
「端的に言うのであればそれが一番適切でしょう。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……」
そう言ってきたリンちゃんの表情に思わずわたしは持っている端末を見つめる。
シッテムの箱。どうやら自分の所有物っぽいが正直こんなものを持っていた覚えはまるでない。そもそもとしてわたしはこの世界の存在ではない。
そんな自分にすら助けのようなものを求めなければならないほど、このキヴォトスにはとんでもないことが待ち受けているというのか。
まぁ、銃の携帯が基本となっている時点でもう何が起きてもおかしくは無いか……
「……では、私はここまでです。ここから先は、全て先生にかかっています。」
じっと端末を見つめていたわたしを他所にリンちゃんは部屋の隅に移動してしまった。
うへぇー………責任が重いよぉー。とはいえ呼ばれてしまった以上腹をくくるしかないかねぇ。
うん、ランセレに選ばれてしまった程度と思っておこう。あくまで表面的なところまでだが。
(さて…………さっき見まわしたときにそれっぽいボタンがなかったんだけどどうやって電源入れるのかな?)
ない……ないよね………うん、やっぱりないね。
とりあえず適当に画面でもつついて────あ、点いた。
やった、と思ったのも束の間。今度は何かを入力するような画面が。
(あー………パスワードってやつだっけ?なんかあったかなぁ)
一つだけあった。
ここにきてから妙に記憶に残っているあの言葉。
──我々は望む、七つの嘆きを。
──我々は覚えている、ジェリコの古則を。
………っていうかこの言葉、ホントになに?
パスワードがあっていたのか勝手に動いているシッテムの箱を見ながらそんなことを思うのだった。