『「シッテムの箱」へようこそ、諏訪子先生』
ありゃりゃ、機械にすら名前知られちゃってるよ。あとこの声…………あんまり覚えてないけどここにくる直前に見ていた夢で聞いたような。
『生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステムのA.R.O.N.Aに変換します』
「おー…………こりゃすご────ん?」
なんか勝手に動き出したシッテムの箱の画面だが、少しするとどこかの風景のような画面を出した。
それはまさに透き通っているという表現が一番ふさわしいと思えるほど一面が水のようなもので揺れている空間。
あとは崩れた建物のようなものも見えるが一緒に机も見えているからおそらく学校、もしくは教室を映しているのだろう。
「………なんか寝てる子がいる。」
思わずつぶやいてしまったが、机の一つに突っ伏して寝ている子供が一人いた。
こちらまで聞こえてくるくらい安らかな寝息を立てている姿を見せているが、この子はいったい何だろうか?
「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」
うーん、可愛い。
どうやらお菓子に合う飲み物を夢の中で模索しているようだ。
そのまま眺めていても良かったが、今は時間が惜しい。起こすのは忍びないが、この子には起きてもらわないと。
「えっと操作の仕方は………リンちゃーん!!君の持ってた端末の画面ってどうやって動かすの!?」
「えっ?タブレットの画面を、ですか?それは………指でなぞったり、このようにつまんだ形の指を広げたりすれば動かせますよ。」
機械に疎いわたしは操作方法がわからず、速攻でリンちゃんに泣きついた。
そして彼女から教えられた通り、画面をなぞったりしてみるとその方向に画面が動いてくれた。
おお、こういうことか!!操作方法を理解したわたしは水を得た魚のように画面を動かし、寝ている女の子の全身が画面ギリギリに映るまで拡大する。
「寝ているところ申し訳ないけど………」
そう謝罪の言葉を言いながらわたしは寝ている彼女の頬をつつくように画面に触れる。
「うへ……うへ……ひへ!?」
一回ではさすがに起きなかったが、何回も触っていると煩わしさを感じたのか画面の中の女の子がむくりと起き上がった。
ただ、寝ぼけているのかぼーっとした顔で何回か見渡したあと、ようやく画面の外のわたしと目が合った。
「ありゃ、ありゃりゃ……!?え?あれ?あれれ?す、諏訪子先生!?」
わたしのことを認識してくれたのか、女の子はアワアワと忙しなく視線を右往左往させながらも初対面であるはずのわたしの名前を出した。
そろそろどうしてわたしのことを知っているのかご説明願いたいところだけど、今のこの子に聞いてもまともに返ってくることはなさそうだ。
「どうも、箱の中の妖精さん。君が知っての通りだけどわたしが諏訪子、GM諏訪子先生だよ。ただ残念なことにわたしは君の名前を知らない。もしあるのなら悪いけど自己紹介を頼めるかな?」
「は、はい!!お、落ち着いて、落ち着いて………ふぅ……私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから諏訪子先生をアシストする秘書です!」
ふむ、どうやらこのアロナという子は要するにプログラムが擬人化したAIような感じらしい。まぁウチにも似たような存在はいる。AIを模倣する────あれ、それだと一応彼女はまねごとをしているだけか。ともかく時折大会で同じ陣営にいたこともあった気がする。
「やっと会うことができました! 私はここで諏訪子先生をずっと、ずーっと待っていました!」
「ええっ?そんなにかい。だとしたら君には謝らないといけない。何せこのキヴォトスに突然右も左も知らない状態で連れて来させられたもんだからね。」
「そ、そうなんですか?」
「そりゃね。別のところで寝ていたと思ったら気づけばキヴォトスのどこかの建物のなかさ。」
わたしの言葉にどこか気まずそうな表情を浮かべるアロナちゃん。
この子大分表情と感情豊かだね?強いて言えば少しばかり舌足らずというかところどころ言葉の発声が変になっているところくらいか。
「ま、それはさておき、君にやってもらいことがあるんだけどできそう?」
「はい!! と言いたいところなのですがその前に先生に形式的ではありますが生体認証を行います!」
はて?生体認証とは?
「うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください。」
生体認証という言葉に首をかしげていたが、アロナはどうやらわたしがからかっていると感じたのか気恥ずかしそうにしながら来てほしいと言ってくる。
一瞬何をすればいいのかと思ったが、来てほしいというのなら近づいてほしいのだろうと判断し、画面をさらにアロナちゃんの方に拡大させる。
「あ、もう少しです。うん、その辺りで。さあ、この私の指に、諏訪子先生の指を当ててください。」
画面の中のアロナちゃんがわたしに向けて人差し指を向ける。
言われるがままに画面越しに彼女の指に自分の指を重ねた。
「えへへ、実はこれで生体情報の指紋を確認するんです!画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります!こう見えて目は良いので!」
指紋か…………わたしって指紋あるのかな。
そう思っていたが、そのかすかな不安が的中したようにじっと画面を見つめていたアロナちゃんがわずかにだが首をひねった。
「うう……うーん……よく見えないかも……まあ、これでいいですかね?」
それでいいのか。わたしもまぁまぁ適当な自覚はあるが、君も大概だな。
「……はい! 確認終わりました!」
うーん、突っ込みどころがないわけじゃないけど流石にそれを指摘するのは野暮か。
いうなれば時間の無駄。出かけた言葉を飲み込みつつわたしはアロナちゃんに事情を説明する。
「……なるほど……諏訪子先生の事情は大体わかりました。連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……」
「ところで君って連邦生徒会長についてはなにか知ってる?」
ふと思いついた質問をアロナちゃんに聞いてみる。
返ってきたのは、申し訳なさそうにしながらの否定。残念、もしかしたらという一縷の望みはあったが外れてしまったようだ。
「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女がどうしていなくなったのかも……。お役に立てず、すみません。」
「いや、アロナちゃんが気に掛けることじゃないよ。それで本題だけどサンクトゥムタワーの制御権はどうにかできそう?」
「勿論です!そちらに関しては先生が指示してくれればいつでも!」
お、それは頼もしい。なら手早くお願いしようかな。
わたしはアロナちゃんに実行をお願いすると瞳を閉じ、何かに集中し始める。
わたしはその様子を見ていたが、少し経つとそれまで暗かった部屋の照明に明かりが灯り始める。
これはもしかしなくても………
「……サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……」
どうやら本当にサンクトゥムタワーの問題がどうにかなったようだ。
「諏訪子先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは、諏訪子先生の支配下にあるも同然です!」
「………流石にそれは比喩だよね?」
アロナちゃんの言葉に思わず冷や汗のようなものを流す。
いやいや、さすがに建物一戸制御できるようになったからって話聞いている限りとても広いキヴォトスをどうこうなんて────あ、これマジだ。アロナちゃんの反応が鈍い。それはつまり彼女は自分が言ったことを冗談のつもりだ言っていないうことだ。
「そんな御大層なもんいらないからさっさと連邦生徒会の方にあげちゃってよ。身に余る権力は自分の身を亡ぼすだけ。だったらもともとあったところに戻すのが一番平和だ。」
「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても……」
個人的にはそうしてもらいたいが、アロナちゃんの反応も少し気になる。まるでそれは連邦生徒会を信頼していないかのような反応だ。
(………まぁ、連邦生徒会も組織である以上いろんな考えの人がいるってことか。)
アロナちゃんの口ぶりからそう判断したが、わたしにはそれ以上を知りうることはできない。
今はリンちゃん以外の連邦生徒会のメンバーを知らない。この先どこかで会う機会はあるかもしれないが、それはその時になってからじゃないとその人間を推し量ることは不可能だ。
わたしはそのままアロナちゃんに連邦生徒会にサンクトゥムタワーの制御権を譲ることを頼んだ。
「はい……はい……分かりました」
アロナちゃんにお願いしたあとわたしはリンちゃんがどこかへ電話してるのが終わるまで待っていた。
その間、わたしはアロナちゃんにさっきサンクトゥムタワーの制御権を復旧させる為にやっていたこと───ハッキングというらしいが、そのほかにもどのようなことができるかを聞いてみた。
結論、なんか色々できるらしい。先のハッキングはもちろん、通信の傍受や生徒の持っている携帯から位置情報を得たり、果てにはバリアも展開できるらしい。
最後のはともかく情報は戦うにあたってはかなり大事、だと言うくらいは理解している。
この先かなりお世話になることは間違いなしだろう。
バリアは……………バルバトス*1の持ってるペネトレイト程度だと思っておこう。
そうそう倒されないとはいえ痛い物は痛いからね。あって損はない。
「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね。」
「お、これではじめてのおつかいは完遂ってところかな?」
「ええ、改めてお疲れさまでした、先生。ほとんど成り行きに近い形でしたでしょうがキヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。」
「気にしないでいいよ。頼られて気を悪くする存在なんてそうそういないから。」
わたしがそう言うと下げていた頭をあげるリンちゃん。その表情は笑みを浮かべているのか穏やかな雰囲気を感じさせるものだった。
さて、あとは特に考えることはないと思うが…………無理に捻り出すなら逃げ出したワカモの行方くらいか。
「ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」
「物騒だねぇ…………」
討伐なんて物騒な言葉を使っていることに苦笑いを見せていると、リンちゃんがメガネを光らせながらそれが仕事ですので、と言われてしまう。
仕事ねぇ…………個人的にはほどほどでいいと思うんだけど…………
「ま、とりあえずこのシャーレの建物について教えてよ。これから使わせてくれるんでしょ?それくらいの説明は欲しい。」
「ああ、そうでしたね。ではこちらへ。連邦捜査部シャーレについて説明いたします。」