真・恋姫†無双~神獣と黒き御遣い~   作:ポチ&タマ

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【回想】サーナイトとの出会い その2

 極一部の人間しか知らない地下闘技場。

 仮面で顔を隠した観客たちが見つめる先には、一人の人間とポケモン。

「殺せ! 殺せー!」と興奮した様子で野次を飛ばす観客たちを意識の外に追いやりながら、人間──ユウジは組み付したボケモン、ヘルガーに視線を落した。

 

「お前さんは、もう駄目みたいだな……」

 

「ガルルルルッ! バウバウッ!」

 

 涎を撒き散らしながら腕の中で暴れるヘルガー。爪や牙などが当たらないように背後を取り、伸し掛かるような体制で剣の峰側で首を押えていた。

 成体のヘルガーの体長は約1.4メートルほどで体重もおよそ35キロほど。このヘルガーも大凡その範疇にある。

 通常であれば暴れ回るヘルガーを抑え込むのは至難の業だろうが、ユウジは上手く重心移動で制している。

 

「人の味をすっかり覚えちまった奴に情けは掛けられねえ。あの世で俺を恨め」

 

 そう言うとユウジは刃を反し、一気に剣を引き抜いた。

 ヘルガーの首元が大きく切り裂かれ、鮮血が吹き出る。

 首は生物共通の弱点。急所に致命的なダメージを受けたヘルガーは、空気の漏れる音ととも弱々しい悲鳴を上げた。

 人の血肉の味を覚えて以来、血走っていた目がゆっくりと閉ざされていく。

 

 もう二度と起きることのない対戦相手に黙祷を捧げるユウジ。

 司会者の高らかな声と周囲の歓声を他所に踵を返す。係員がいつものように枷を付けようとやって来るが──。

 

「近づくんじゃねえ。一々案内されんでも戻れるわ」

 

 鋭い殺気を孕んだ目で睥睨され、体を強張らせた。

 睨まれたその瞬間、首と胴が泣き別れるイメージが鮮明に浮かんだのだ。

 濃厚な死の香りを前に冷や汗が止まらない係員。

 そんな彼の心境など知らぬユウジは視線を切ると剣を地面に突き刺し、さっさと出口へ向かっていく。

 

「放っておきたまえ。彼は馬鹿な奴ではない。このタイミングで脱獄などせんさ」

 

「は、はぁ」

 

 無益な殺生はしたくないとこれまで善人面をしていたユウジが珍しく殺めた。観客たちも大いに盛り上がり大満足の司会者だが、殺気を向けられた係員の胸には言い知れない不安があった。

 

(トレーナーがいないとはいえ、人間じゃ絶対に勝てないと言われているポケモンを相手に何連勝もしているんだぞ。ましてや三対一でも勝ち上がってきたのに……)

 

 ユウジの首には爆弾付きの首輪がある。そのスイッチは司会者が常に手にしているため、大丈夫だと理性は囁いているが。

 

「本当に大丈夫なのか……?」

 

 あの人外なら、爆弾もどうにか出来てしまうのではないかと、本能は囁いていた。

 

 

 

 1

 

 

 

 水洗場で体の汚れを拭い、返り血をしっかりと落したユウジは、いつのもように部屋へ戻った。

 

「……ただいま」

 

「ラルー!」

 

 本来であれば返事が帰ってこないはずだが、この日は違った。可愛らしい鳴き声とともに小さな影が部屋の主を出迎える。

 そう。アルセウスの悪戯か、あの日ひょんなことから出逢ったラルトスである。

 顔を輝かせ、走り寄ってはヒシッと足に抱きついてくるラルトスに、さしものユウジも顔を綻ばせた。

 

「おぉ、ラルトス。ただいま。良い子にして待ってたか?」

 

「ラル!」

 

 顔を綻ばせたユウジは膝を折り、ラルトスを持ち上げる。

 ラルトスを発見した時の、今にも凍死しそうだった体は赤子のようにポカポカしており、体重も心なしか増えているように思う。

 しっかりと食事が出来ている証だった。

 

「ラル〜?」

 

 その特徴的な赤い角で何かを感じ取ったのか、不安気な目でユウジを見上げるラルトス。

 小さな手で頬を撫でてくるその様子から、彼への気遣いと信頼が感じられた。

 

「流石ラルトス、分かっちまうか……。ちと嫌なことがあってな。少し気が立ってたみたいだ」

 

 俺もまだまだだな、と苦笑したユウジは大きく深呼吸を一つ。気持ちを切り替えた。

 

「それにしても、すっかり懐いちまったなぁ」

 

 ラルトスを保護してから早くも五日が経とうとしている。

 翌日、目を覚ましたラルトスはユウジの姿に大きく動揺し、低体温であったことも含めて卒倒しそうであったが、すぐにユウジの人柄を理解した。

 誰もが冷たい殺意とコールタールのような悪意を抱く中で、陽だまりのような心に初めて触れた瞬間であったのだ。

 それから三日間、付きっきりでラルトスの看護をしたおかけで体温は正常に戻り、体重もユウジの食事を分け与えることで、五日経った今ではすっかり元気な姿を取り戻していた。

 余談であるが、メスである。

 

「ラル……」

 

 人の気配を感じたラルトスはユウジの腕の中から抜け出すと、シーツの中へと潜り込み息をひそめる。

 定期巡回だ。

 

「次は、十八番か」

 

 扉の前で立ち止まった看守は、鉄格子から中の様子を伺う。

 鉄格子の向こうでは上半身裸のユウジが腹筋を鍛えていた。

 看守の存在など無視し、黙々と数を数えながら筋トレを熟すユウジ。

 藁の布団の上にはシーツが包んでおいてあり、よくよく観察してみると小さく上下しているのが見て取れるが。

 

「十八番、異常なし」

 

 看守はザッと室内を見回すだけで違和感の一つも感じることなく、次の部屋へと向うのであった。

 

「……行ったか」

 

 看守の気配が離れていくのを感じたユウジは筋トレを止めると、シーツを持ち上げた。

 

「いい感じだったぞラルトス」

 

「ラル!」

 

 シーツの中から笑顔のラルトスがひょこっと顔を出す。

 その愛らしさに頬を緩めながらも、伝えるべき点は伝える。

 

「ただ、少し呼吸が分かりやすいな。勘の良い奴だとバレちまうかもしれん。細く長く呼吸をするといいぞ」

 

「ラル」

 

 ユウジの言葉に神妙に頷くラルトス。

 ラルトスを保護したユウジは、彼女に様々な知識や技術を伝授していた。

 どのような経緯でユウジの部屋に入り込んだのかは分からないが、今のラルトスではこの施設から脱出するのは不可能だろう。

 単純にレベルが低いこともそうであるが、現在の彼女には一人で生きる術を知らないのだ。

 人の悪意は生来の力で見抜くことができるが、実力者から逃げること、自身の身の守り方、食べられる木の実や果物など一人で生きのびる技術がない。

 故にユウジは暇さえあれば教えていた。

 外の世界に出ても生きていける、知識と技術を。

 

 

 

 2

 

 

 

 それから数日。体調を崩したのか、最近のユウジの調子は目に見えて悪かった。

 昨日はゴローンに苦戦を強いられる羽目に。別の個体だが一度は完封したポケモンを相手に防戦の一方で、なんとか辛勝を掴んだ。

 そして今日の対戦相手はカイリキー。対人戦を得意とするユウジにとって相性の良い相手であるはずが、今回も防戦を強いられる。

 カイリキーの放つパンチも、普段であれば柳に風と受け流してカウンターを叩き込んでいただろう。

 しかし、カイリキーの膂力を完全に受け流すことが出来ず、数発打撃を食らってしまう始末。

 不幸にも左肘を壊してしまったが、会心の一撃が急所に当たり、運良く生き延びたのだった。

 体のいたる所に青痣を作り、左腕を庇いながら戻ってきたユウジの姿に、ラルトスも顔を青ざめた。

 

「ラル〜〜!」

 

 ヒシッと足に抱きつくラルトス。その翡翠色の双瞼から透明な雫がポロポロと溢れる落ち、不安げな眼差しを向けてくる。

 

「大丈夫だって。このくらいじゃ死にゃせんよ」

 

 動かない左手の代わりに右手で頭を撫でたユウジは、ラルトスをシーツに包むと藁の布団の上に寝かせる。

 それから程なくして、カンッと扉を棒で叩く音。

 

「飯の時間だ」

 

「あぁ」

 

 痛む体に鞭を打ち、食事を貰いに行く。

 扉の一部が蝶番状に開き、食事が差し出された。

 

「お前にしては珍しく傷だらけだな」

 

「たまたまだ」

 

「……お前、痩せてんのか? はっ、もしかしなくても筋トレのしすぎだろ絶対! 筋トレが原因で死にましたとか馬鹿みたいだな!」

 

「ふん、言ってろ」

 

「明日にもくたばりそうだな。不敗伝説もこれまでかー」

 

 嘲笑の笑みを浮かべる係員から食事を奪うように受け取るユウジ。

 係員が遠ざかるのを確認したユウジは溜息を一つ吐くと、ラルトスの元へ食事を持っていく。

 

「ほら飯だぞ。食べよう食べよう」

 

 食事のメニューは毎回同じだ。

 ボソボソとした黒パンに、しょっぱい澄まし汁、異様に硬い干し肉が一枚。

 一人前にしては明らかに足りない量のそれを、ユウジは更に二つに分ける。

 

「ほら、ラルトスの分だぞ」

 

 半分に千切った黒パンを一口で食べると、それ以外は全てラルトスに渡すのだった。

 

「ラル……」

 

「だから俺は大丈夫だって。こう見えて結構凄いんだぜ俺。なにせ戦闘奴隷の中で唯一の負け無しだからな」

 

 今日も獰猛なポケモンを真っ向からねじ伏せたんだぜ。帰る前に報酬としてメシもたらふく食ってるから、俺は大丈夫だ。

 そう言ってムキッと上腕二頭筋を隆起させて見せるユウジ。ニカッと笑うその様子からは、とても嘘を付いているようには見えない。

 念のため赤い角の力を使いユウジの心に触れてみるラルトスだが、自身に向けた愛情の念が一杯に伝わり、多幸感に包まれ撃沈した。

 

「ラル〜」

 

 幸せそうな顔で抱き着き、頬ずりしてくるラルトスに相好を崩すユウジ。シーツを引っ張ってラルトスを隠すようにしながら彼女の食事を見守っていると、誰かが部屋に向かって来ていることに気付いた。

 コツコツと響かせていた硬い音が扉の前で止まる。

 

「随分とボロボロになったものだな」

 

 ユウジたち戦闘奴隷の主にして、地下施設の持ち主。

 闘技場の司会者にして開催者でもある男だった。

 

「……何の用だ」

 

 藁の布団に寝そべりシーツでラルトスを隠しながら、視線を向けることなく問いかける。

 

「なに。明日がキミの最期かもしれないのでね。私の懐を温めてくれた恩人の顔を一目見ておこうと思ったまでだよ」

 

「そうかい。なら用は済んだろ」

 

「そう邪険にしなくても良いではないか。キミと私の仲だろう?」

 

「吐き気がするな。剣が手元にあったら、今すぐそんなモンぶった斬ってやるのによ」

 

「やれやれ、相も変わらず物騒なことを言うなキミは。それにしても、近頃不調続きではないか。日に日に衰えているように見えるのは私だけかね?」

 

「さあな、たまたまじゃねえの? 運悪く不調が続いてるだけだろ」 

 

「ふむ。キミの身に何が起きているかは分からないが、かといって試合のカードの変更は無い。温情を受けられるとは思わないことだね」

 

「ご忠告どうも。いい加減さっさと失せな。寝れねえじゃねえか」

 

「……明日の試合、楽しみにしているよ」

 

 そう言うと男は靴音を響かせながら去っていく。

 完全に気配が消えたことを悟ったユウジは、ラルトスに微笑み掛けた。

 

「よく耐えたな。偉いぞラルトス」

 

「ラル〜……」

 

 男との会話中、シーツの中で食事を続けていたラルとだが、ユウジを侮辱する言葉に激高し、言い返そうとする場面があった。

 ユウジに頭を撫でられながら「少しの辛抱だ、我慢してくれ」と諭されていなければ今頃ラルトスの存在は割れていたことだろう。

 偉いと口にしながら頭を撫でるユウジだが、ラルトスはどこか不満気だ。頭を撫でれば条件反射のように笑顔を見せる彼女にしては珍しい。

 それほどユウジを馬鹿にされたことに腹を立てているのだろう。

 挑発の流し方や感情のコントロールの方法なども教えていかないといけないな、と思いながらも自分のことのように怒ってくれるラルトスに嬉しさを覚えるユウジであった。

 

「お前さんだけは、逃してみせる。こんなクソッタレた世界なんかより、日の当たる世界がお前さんには似合うからな」

 

「ラルー?」

 

「そのためにも、もっと食べるんだぞ。お前さんは育ち盛りなんだからな。そして強くなれ。」

 

 ユウジの言葉を上手く噛み砕けていないのか、キョトンとした顔で見上げてくるラルトス。

 そんな彼女に微笑みを返しながら優しい手つきで頭を撫で続けた。

 

 

 

 3

 

 

 

 それから一週間が経ち、ユウジの姿は見るも無惨な状態であった。

 引き締まった肉体は肋が浮き出るほどガリガリに痩せこけ、擦り傷や切り傷でボロボロな状態に。

 特に左肘の状態は最悪と言っても過言ではなく、壊死を起こして肘から先は黒く腐敗している。

 とても戦える状態ではないが、それでもユウジの瞳から光が消えることはなかった。

 

「……そろそろ、か」

 

 人の気配が複数近づいてくるのを感じたユウジは、ゆっくりと立ち上がった。

 フラフラな状態だが、しっかりと地に足をつけ踏ん張るユウジ。立つだけでも精一杯なその姿にラルトスの不安が膨れ上がる。

 

「ラルラル〜!」

 

「まったく、心配性だなラルトスは。大丈夫だって。必ず勝って戻ってくるから、いい子にして待ってるんだぞ」

 

 足にしがみつくラルトスを優しく引き剥がしたユウジは、シーツで包むと藁の布団の上にそっと寝かせた。

 それと同時に扉の鍵が解錠される。

 

「十八番、出ろ」

 

「……あいよ」

 

 係員たちに手枷を嵌められ、両脇を抑えられながら連行されるユウジ。

 

「ラル……」

 

 シーツの隙間からその様子を見つめていたラルトスは、主人の帰りを祈る。

 何もできず、主人の足枷にしかならない自分が恨めしかった。

 

「今度の相手はクチートか……」

 

 闘技場へ再びやってきたユウジは、対戦相手の姿に小さく眉を顰めた。

 通称ヌシと呼ばれる特殊個体。体長は通常のクチートの三倍近くあり、一八〇センチのユウジとほぼ同じ身長だ。

 体格ももちろん、それに見合った大きさで、何よりも警戒しないといけないのはあの特徴的な角だろう。

 頭部にくっついた大きな口はユウジの胴体までなら丸々咥えることが出来そうだ。もちろん咬力も図りしれず、捕捉されたら噛み千切られるのは間違いない。

 

「レディース&ジェントルマン! 皆様、ようこそおいで下さいました!」 

 

 ステッキを手に大仰な振る舞いで観客の視線を集める司会者の男。

 今日も例に漏れず満員御礼のようで、腐った人間がゴミのように詰めかけているその様に辟易とするユウジ。

 

「本日のカードは中々見物ですぞ! 満身創痍の姿からは想像もつかないほどの激闘を繰り広げ、勝利をその手で掴む! もはやその戦績は伝説! 常勝不敗の戦士、ユウジ!」

 

 ステッキを向けられ紹介されるが、ユウジは特に反応を示さない。

 ジッと視線をクチートに向けたまま、挙動を観察している。

 

「対するは今シーズン初出場、ヌシポケモン! 多くの人やポケモンを噛み砕いてきたその大口は健在! 今宵もそのアギトで噛み砕くのだろうか! あざむきポケモンのクチート!」

 

 ヌシポケモンを見るのが初めてなのか、ざわめきの声が闘技場を包む。

 多くの視線に晒されたクチートは俯き、縮こまった。

 

(このクチート、まだ己を保ってやがる。ここまで生き抜いてきたポケモンにしては珍しい……)

 

 一瞬垣間見えた表情は、苦痛と苦悩。クチート本人ではないため何に対する苦悩かは分からないが、それでもこの狂った日常に染まりきっていないのだけは理解出来る。

 それが分かり小さく安堵するユウジ。あの子本人でないことは理解しているが、それでも思い出の中のクチートと重ねて見てしまう。

 これは、覚悟を決めないといけねぇな。そう胸中で呟いたユウジは、ぶら下げるように持っていた片手剣を肩に担ぐように乗せた。

 臨戦態勢を取るユウジに倣い、クチートも慌ててアギトを向けて威嚇してくる。

 

「……気が乗らんが、始めるか」

 

 ユウジの傷は癒えておらず体力の消耗も著しい。万全とは言い難い状態だが、それならそれなりの戦い方というものがある。

 ユウジは肩に剣を乗せたまま、クチートに歩み寄った。

 相手の間合いを徐々に潰すような、または出方を伺うような武術的駆け引きはそこになく、散歩にでも出かけるような気軽な足取りで平然とクチートに近づいていく。

 

「ク、クト〜っ!」

 

 間合いに入った途端、クチートの後顎が大きく開口。クチートの“かみくだく”だ。

 それに合わせる形で外側に踏み込みながら剣を振り下ろす。

 刃は後顎の側面に当たり、上手く軌道を逸らすことに成功するが、勢いに負けてクチートの体が泳いだ。

 

「んん?」

 

 その手応えに怪訝な表情を浮かべるユウジ。

 膝の力を抜き、剣の重みに脱力の力を加えているとはいえ、今の振り下ろしにそこまでの威力はない。剣速もユウジ基準では遅い速度だ。

 クチートの体格からして体重は三十キロ前後と推測できる。重心の位置を考えても、どっしりと構えた姿勢からであれば体が流されるようなことは無いはずだが。

 一つの懸念点が生まれたユウジは、クチートの後ろから密着する形で接近すると、脇の下に手を入れて持ち上げてみた。

 

「クト!」

 

「おっとと」

 

 身をよじりユウジの手から離れるクチート。

 少し距離を取ったユウジは手のひらに残った感覚から確信した。

 

「……お前さん、もしかして腹を空かせてんのかい?」

 

「クト……」

 

 その言葉に俯くクチート。どうやら満足に飯を食べていないようだ。

 通常のクチートと同レベルの重さで、とてもヌシポケモンの体重ではなかった。

 

「……腹が減るのは辛いよな」

 

 少しだけ逡巡するユウジは「まあ、仕方ないわな」と小さく苦笑。

 体を前傾させると、滑るようにクチートの懐に潜り込んだ。

 

「クト……ッ!?」

 

 気付いたら目と鼻の先の距離にユウジの顔が。

 驚いたクチートが反射的にのけ反ると、ユウジの腕がクチートの首に絡みつき、そのまま倒れ込みながら両足で胴体を挟む。

 一見、寝技のように見えるが、その意味をなさない構造。特に痛みや苦しさも感じないクチートはユウジの拘束から逃れようとするが、彼の囁き声に思わず体を硬直させた。

 

「俺の腕を食え」

 

「クト!?」

 

「腹、減ってるんだろ? 俺の左腕、やるよ。どうせもう治らないしな」

 

 突然の言葉に驚くクチート。

 確かにここ最近は満足に食事が出来ていない。厳密に言うと食事は与えられてはいるがそれをクチート本人が拒否しているのだ。

 なぜなら、その食事というのが生きた人間やポケモンだから。

 ニヤニヤしながら「いい加減意地を張るのはやめなよ?、きっと美味しいよ」と声を掛けてくる施設の人間たち。

 食材となった人間は涙を流しながら「食べないでくれ」と懇願し、ポケモンたちは事前に弱られた状態で提供される。

 クチートは、その尽くを拒否した。

 翌朝になって食材に手がつけられていないのが分かると、施設の人間たちは大きく舌打ちし、後何日持つかなんて名目で賭けをする。

 いくら腹を空かせていようとクチートは頑なに、人間やポケモンを食べようとしない。

 何故なら彼女もまた、人間たちが嫌いだから。

 嫌いな相手の言うことを聞くなら、このまま餓死した方がまだマシだと。プライドも高い彼女は真剣にそう思っていた。

 だが──。

 

「腹が減るのは、辛いよなぁ。その辛さは俺もよく知っている」

 

 この人は、これまでの人間たちとはどこか違った。

 自分のように捕まったポケモンたちは皆、不安と恐怖に怯え、中には正気を失った者もいた。

 自分のように捕まった人間たちは皆、絶望に満ちた顔をしていた。

 なのにこの人間は、絶望していない。表情や仕草からは不安や恐怖といったものも感じられない。

 信じるに値する人かどうかは分からない。

 だけど、彼の向ける暖かい眼差しが何故か気になった。

 

「クトっ、クトっ」

 

 腹が空いているからといって人を食べるのは、到底受け入れられない。

 人間嫌いから生じる意地ではなく、ソレをすると戻れなくなる。

 そんな予感がしたクチートは、ユウジに組み伏せられながらもイヤイヤと首を振った。

 

「なんだ俺の心配でもしてくれてんのか? 優しいねぇ。でも心配いらんよ。もうこの腕はダメだし、すぐに処置すれば出血死も大丈夫だろ。それともお前さん、生きたくないのかい?」

 

「……ッ」

 

「もう時間もない。すまんが今ここで決めてくれ。生きるために食うか、それとも死ぬか」

 

「…………」

 

 観客席から「絞め殺せー!」やら「噛み殺せー!」などの野次が飛んでいる。

 このまま膠着状態が続けば観客たちも不審に思い始めるだろう。

 猶予は残されていない。それを肌で感じたクチートは、ついに決断を下した。

 

「クトォ……クトォ……」

 

 後顎が勢いよく閉じ、ユウジの腕を噛み千切られる。

 神経も壊死しているため痛みは感じられなかった。

 

『おぉおおおおお!』

 

 この日一番の盛り上がりを見せる客たち。

 ユウジは涙を流しながら咀嚼するクチートに優しく声を書けた。

 

「よく、決断したな。偉いぞ、頑張った」

 

 そんなことないと訴えるように頭を振るうクチートだが、構っている余裕はもうない。

 試合が動いてしまったのだ。

 

「この試合、俺に預けてほしい。悪いようにはしない。上手くいけば、俺もお前さんも生き残れる」

 

「クト……?」

 

「ああ、本当た。今だけ俺を信じてくれ」

 

 真剣な目で見つめるユウジ。一瞬躊躇ったクチートだが、すぐに頷き返した。

 信じてみようと思ったのだ、この優しい人間を。

 

「隙を見せたな……! これで落ちやがれっ!」

 

 体勢を入れ替えたユウジは両足をクチートの首に絡め、締め上げる素振りをする。

 傍からは力一杯締め上げているような形相だが、実際は足の筋肉に力を入れているだけで、一ミリも締まっていなかった。

 ユウジの意図が分かったクチートも抵抗する素振りを見せる。

 やがて、ユウジの「ここで気絶だ」という囁き声に合わせ、体中の力を抜き瞼を閉じた。

 フラフラと立ち上がるユウジ。左腕は壊死した肘から先が無くなっている。

 やがて剣を地面に突き立てたユウジは、剣にもたれ掛かるように身を預けた。

 

「勝者、ユウジォォォオ! 今宵も生き残ったのは常勝不敗のこと男! 不敗伝説はまだまだ続くようです!」

 

 司会者の声高な言葉に、観客も大きな拍手で功績を称える。

 

「では、皆様お待ちかね! 敗者のクチートには凄惨な死を与えましょう!」

 

「やらせると思うか?」

 

 剣を再び握り、クチートの前に立つユウジ。

 満身創痍の姿だが眼光は未だに鋭い。

 

「はぁ……いい加減にしたまえ。毎回キミの我が儘が通ると思わないことだ。そろそろ立場と言うものを弁えたまえ」

 

 司会者の男が指を鳴らすと、黒服に身を包んだ男が姿を表す。数にして四人。

 服の上からでも分かるほど、がたいが良く荒事に慣れている風貌を呈している。

 各々の手にはモンスターボールが握られていた。

 

「死なない程度に懲らしめなさい」

 

 男たちが一斉にモンスターボールを投げようとするが、それよりも早くユウジは動いていた。

 逆手に持ち直した剣を投擲。一人の男の腹に突き刺さった剣は勢いを殺さず、そのまま背後の壁に突き刺さった。

 

「ぎっ──がああああああぁぁぁっ!!」

 

 投擲と同時に駆け出したユウジは剣の柄を掴むと、そのまま真横に切り裂く。男ははらわたから腸が零れ、崩れ落ちた。

 本来は突きからの横薙ぎという突技、【如月流剣術・刺突斬り】。

 真横に薙いだ剣を頭上で一回転させて軌道を修正。

 滑らかな動きで上段の構えになったユウジは、隣にいる男に視線を向けた。

 

「や、殺れブラッ──」

 

 モンスターボールを投げようとする男の右腕を肩口から斬り落とし、再び剣先が跳ね上がると今度は脳天から鳩尾まで叩き斬る。

 大上段からの振り下ろし。無骨に、正面から叩き斬ることのみ専心した技。【如月流剣術・兜斬り二連】

 

 残り、二人。

 

「くそっ! 行けゴーリキー!」

 

「ぶっ殺せリザードン!」

 

 なんとかボールを放りポケモンを繰り出す男たち。

 ポケモンさえ出してしまえばこっちのものだ。幾分か気が楽になった男たちは、それぞれの相棒に命令を下す。

 

「ゴーリキー、メガトンパンチ!」

 

「リザードン、タイミングをズラしてかえんほうしゃだ!」

 

 再び雄叫びを上げたゴーリキーが力強く地面を蹴った。意外な瞬発力で瞬く間に距離を縮めると、右手を大きく引き絞る。

 その後方では空に舞い上がったリザードンが、口内で炎を溜めながら放射するタイミングを見計らっている。

 対するユウジは剣を地面に突き刺すと、柄から手を離した。

 

「──如月流合気体術・火の型」

 

 どっしりと腰を落とし、臍下丹田に気を集めながら右手を腰溜めに引く。五指はピンと揃えた貫手の形。

 予備動作からメガトンパンチのタイミングを見切ったユウジは、大きく踏み込んで真半身になると同時に突きを放つ。

 

正貫弾道貫手(せいかんだんどうぬきて)

 

 ゴーリキーのメガトンパンチを薄皮一枚で回避しながら、カウンターの貫手が彼の分厚い胸板を貫いた。

 

「ゴ、リッ……」

 

 目を見開いたゴーリキーの口から血が滴り落ちる。

 コホォォォォォォォォ、と独特な呼吸音を響かせるユウジ。

 そして、ゴーリキーを貫いた右手でそのまま肩を掴み足払いを掛けると、彼の体を右腕一本で持ち上げた。

 頭が逆さになった状態で。

 

「天蓋砕き」

 

 垂直にゴーリキーを落としながら、その頭を膝で蹴り上げた。

 鈍い音を立てながらゴーリキーの首が埋まり、鼻から膨大な血が流れる。

 

「ご、ゴーリキー!」

 

「く、くそ! やれ、リザードン!」

 

「ギャォオオオオオオオッ!」

 

 空から狙いを定め、口内に溜めていた炎を吐き出し、ユウジのいる場所を焼き払う。

 リザードンもユウジが脅威であると分かっているのだろう。骨の髄まで焼き尽くすと言わんばかりに執拗にブレスを放射する。

 十秒ほど経ち、ようやく炎を収めるリザードン。

 焦土と化した地面から幾筋もの煙が立ち上る中、黒焦げた人影の姿が見えた。

 仕留めた、そう確信したリザードンだったが、突如背中に小さな衝撃と重みが加わる。

 

「ば、バカな! なんで生きてやがるんだ!?」

 

 火傷すら負っていないユウジの姿がそこにあった。

 では、あそこにいる黒焦げた人影は何だ? と目を凝らすリザードン。

 やがて煙が晴れて、その人型の正体が判明する。

 

「なっ、ご、ゴーリキー!?」

 

 そこにいたのは黒焦げとなったゴーリキー。そう、ユウジはゴーリキーを盾にしてかえんほうしゃを防いだのだった。

 息絶えた彼の体を、剣がつっかえ棒のように支えていた。どうやらゴーリキーを盾代わりに利用した後に、剣で支えてダミーにしたらしい。

 炎を隠れ蓑にリザードンの真下を抜けて、背後を取るとそのまま跳躍。見事リザードンの背に飛び乗ったのだった。

 

「ふんっ」

 

 片腕で両翼の付け根を抱えるようにロックを掛けて機動力を奪う。

 瘦せこけた体のどこからそんな力が出ているのだろうか。翼に力を入れて振りほどこうとするリザードンだが、ユウジの腕はまるで鋼鉄のように固くロックを外せない。

 鍛え上げた指の力で翼の被膜を突き破り、骨を握り砕くユウジ。

 激痛のあまり墜落するリザードン。ロックを外したユウジは、やや位置を変えてリザードンの首筋に膝を押しあて、頭部が動かないように反対の足を巻き付けて首を固定する。

 対飛行ポケモン用関節技。その名も、如月流合気体術──。

 

「星落とし」

 

 地面に頭から衝突し、鈍い音とともに首が直角に曲がる。

 肉が裂け、首の骨が一部飛び出た。

 ビクンビクンと痙攣を繰り返すリザードンの背から転がり落ちたユウジが、ノロノロと立ち上がる。

 渾身の力を振り絞ったのだろう。今にも倒れそうな足取りだが、それでも再び剣を掴んだ。

 

「なんなんだよ……何なんだよコイツ……! 完全にイカれて──」

 

 尻もちをつき後退る男の首を無造作に刎ねたユウジは、いつの間にか静まり返っている観客たちを見回し、司会者の男に視線を向けた。

 常に余裕の表情を見せていた司会者は、珍しく口を開けたまま固まっている。

 

「どうした、もう終わりか……? 俺はまだ生きてるぜ……?」

 

 剣で体を支えながら、一歩一歩司会者に近づいていくユウジ。

 男は慌ててステッキの先端に親指を乗せた。

 

「う、動くな! これ以上暴れるようなら爆弾を起動させるぞ!」

 

 司会者のステッキに仕込まれたスイッチは、ユウジの首輪に仕掛けられた爆弾を起動するもの。

 男とユウジとの距離は十メートルほど離れており、彼の方が早くスイッチを押せるだろう。

 抑止力として、これまでも散々使ってきた手だ。

 たが──。

 

「いいぜ、押したきゃ押せよ。だけどお前さん、既に俺の間合いの中にいるんだぜ……?」

 

 ボロボロな姿でありながらも不敵な笑みを浮かべるユウジ。

 ギラギラとした鋭い眼光が司会者を射抜く。

 

「俺の剣がお前さんの首を落とすのが先か、お前さんがスイッチを押すのが先か。勝負するかい?」

 

 その言葉に思わずつばを飲み込む男。

 冷静に考えれば十中八九ハッタリだろう。なにせ彼我の距離は十メートルを超えているのだ。

 しかし、今のユウジからは言いしれない凄味が感じられ、もしかしたらという考えが拭いきれない。

 幾度も男の予想を上回る結果を残してきたのだ。ハッタリてはないのでは、と頭の片隅で警鐘が鳴り響き、額から汗が流れる。

 

「俺からまた、大切なものを奪おうってんなら──」

 

 決死の覚悟でかかってこい。

 

 そう言い凍てつくような殺気を放つユウジ。

 その濃密な殺気を浴び、逆らってはダメだと本能が訴えかけ、しぶしぶ男はステッキを下ろした。

 よくよく考えれば今のユウジは片腕を無くし、全身傷だらけな上にガリガリに痩せ細っているのだ。ここで手を下さなくても後数日もあれば勝手にくたばることだろう。

 そう自分に言い聞かせた男は、ユウジの言葉を聞き入れるのだった。

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