『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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ぎらぎら武士

 

「なん……なに、が……」

 

炎と煙、怒号と剣戟。音を立ててにじり寄る死の気配を前に、齋藤飛騨守は現実を受け入れる事ができなかった。

 

ほんの一瞬前まで、自分達が勝っていた筈だ。柵を引き倒し、空堀を越え、織田の陣内への侵入を成功させた。防ごうと飛び出してきた一団も軽くあしらい、逆に追い立て城へ向かって進んでいた筈だ。

 

それがなぜ、我々が包囲されている?

なぜあの武者が、あの緋い男がこちらを見て破顔(わら)っている?

 

「首置いてけ、なぁ」

 

やめろ、来るな。止めろ、あれを止めろ、黙らせろ!

 

「大将首だ。大将首だろう…」

 

なんで止まらない。なんで死なない。なんで、なんで…

 

「なぁ、大将首だろうお前!!」

 

なんでこちらだけを狙ってくる!

 

「あ、あぁ、ぁぁあぁぁぁっっ…!?」

 

恥も外聞も誉れもなく、飛騨守は地べたを這いずり逃げ惑う。

後方へ。唯一敵がいない、河岸の向こうへ。

 

「お、御大将をお守りしろっ!逃げるな貴様ら!陣形を固めれば数は我らが圧倒的……ぎゃぁッ!?」

 

「駄目だ、どこもかしこも敵だ!火の手が回る!お、終わりだ!死にたくねぇ、死にたくねぇよ!」

 

悲痛な叫びと、命が散る音があちらこちらで響き渡る。飛騨守を守らんとした旗本達も、1人、また1人と数を減らしていく。

 

「か、かわッ、川さえ、川さえ渡ればっ…!」

 

恐怖を振り切るように、一心不乱に元来た道を走り戻る。後ろからは響く断末魔の声は途切れることなく、飛騨守は足をもつれさせながら必死に走った。

 

「……ぁ?」

 

しかし、待ち受けていたのは非情な現実。

 

「なん、で……貴様が、そこにいる…?」

 

長良川へと至る岸を遮るように展開していたのは、丸に二つ雁金の旗を掲げる騎兵の一団……いる筈のない()()()

 

「柴田権六勝家、推参!さぁ……蹂躙だッ!!」

 

飛騨守は折れた。いや、とうに折れていたのを誤魔化しながら、一縷の希望に縋っていたのを完膚無きまで踏み潰された。

最早、彼に出来ることは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

趨勢は決した。

対岸で繰り広げられる一方的な戦闘…否、虐殺を目にして、詩乃は知らずのうちに拳を握り締めていた。

 

「最初からこのために…最奥の本陣に柴田の旗を立てたのも……柵を越えさせたのも…そして今、飛騨をあそこに追いやったのも…!」

 

敗走に見せ掛けた虎穴への誘導。これ以上ない潮での伏兵の展開と囮部隊の反転。そして隠していた火薬(たまぐすり)での放火。

充分過ぎるほど効果的な三面包囲だが、敵将はそれだけでは満足しなかった。

 

三段構えの伏兵。

しかもその最後の一手を担うのは、思考の埒外に置かれていた最強戦力(かかれ柴田)である。

 

本陣最奥に掲げていた旗は、勝家本人が後方で指揮を執っているとこちらに思わせる為の見せ餌であろう。

三方を包囲され、織田軍の中でも豪勇で知られる女傑から逃げようと唯一の逃げ道に向かった先にこそかかれ柴田が待ち受け、その一手をもって完全包囲と成す。

まさに敵を殺し尽くすための戦術である。

行動の全てに意味があり、思考の全てに殺意が込められた軍法…包囲()()策。織田勢は端から、墨俣に城など築くつもりはなかった。美濃攻めの橋頭堡など欲していなかったのだ。

 

「罠だった…!あの城も陣も、丸ごと全て罠だった…!我らを皆殺すための……ここで片をつけるための!」

 

美濃八千騎と謳われた精兵を、この一戦で叩く。

二度と立ち上がれぬよう()()潰す。

 

稲葉山の防衛など、織田軍本隊の迎撃など考えられぬ程の致命傷を喰らわせることこそ敵の本命。敵将は、濃尾戦争をここで終わらせる心算だったのだ。

 

「思い付いてもやりますか、普通…!やるとなっても応えますか、それに!」

 

その発想も、実行に移すだけの能力も尋常のものでは無い。

誰だ。誰が考えた。信長か。桶狭間の番狂わせを成したあのうつけならば或いは…いや、違う。あの女の本質は虚を突く意外性ではない。政戦のみならず経済など多角的な視点から幾重もの計算と確とした勝算を弾き出し、それを決して逃さない安定さこそ最大の武器。

このような、一心に敵を叩くような…ただひたすらに敵を殺す事に特化した戦は、彼女のものではない。

 

「丹羽は論外。柴田もここまで前傾的な策を取る将では無いはず…森可成…?いや、彼女ならばそもそも偽装撤退などと手間はかけず、遮二無二突撃してくる…」

 

「し、詩乃様!このままでは御味方は全滅!我ら竹中勢のみ一戦も交えず総大将を見殺しなど、君はお許しになりませぬ!何卒お下知を!」

 

必死に注進する側近の声も耳に入らないほど、既に詩乃の興味は目の前の戦から離れている。最早何をしても無駄という所まで来ているのだ、それも仕方の無いことであった。

 

「一体誰が…」

 

 

「オォオォォオオオオッッッ!!!!」

 

 

詩乃の思考を断ち切ったのは、雷鳴の如き猿叫だった。

戦場の中心から遥かに離れた対岸にまで届く鬨の声。それは否応なしに戦場に存する全ての将兵の耳目を独占する。

 

「…!」

 

それは詩乃とて例外ではない。思わず身を乗り出し、その雷鳴の中心へと目を凝らす。そこにいたのは、1人の男。

火よりも赤く血よりも緋い、ぎらぎらとした笑顔を浮かべた武者だった。

 

(()()だ)

 

詩乃の疑問が氷解するのをよそに、男は益々笑みを深めて大太刀を担ぐ。その視線の先にいた飛騨がなおも逃げようと背を向けたが、遅い。

 

一瞬で距離を潰した武者の斬撃がその首を刎ね飛ばすのを、詩乃はどこか上の空で眺めていた。

 

(間違いない。あの男。あの、丸に十字紋の武者。あれが真の大将。この戦を企てた張本人)

 

言いようの無い感覚が背筋を撫ぜ、詩乃は己の顔が、心の臓が熱くなっていくのを自覚した。

それは本能。兵を率い、策を練り、軍を動かす武将としての根源的な欲望。

 

「撤退の準備を。菩提山城へ退きます。稲葉山には急使を出し、齋藤飛騨守殿お討死と御味方全滅の由お伝えを」

 

「んなっ!?勝手に自領へと引き揚げるのですか!?そんなことをすればご謀反と捉えられまする!」

 

「我に一計あり。心配は無用です。早くしないとあの将が追撃戦を仕掛けてきます。無駄な死傷者を出さぬうちに退きますよ」

 

言う間に、既に詩乃は馬首を返している。その顔を見た供回り達がぎょっとして振り返るが、当の本人は気付かない。

 

「見つけました。我が才を向ける()()

 

下ろした前髪の隙間から覗く瞳に映るのは、失望でも諦めでもなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

敵手を得た今孔明は静かに笑う。伏龍は今や、天へと羽ばたく時を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将首、もろうてっくど。おいの手柄ちなってくいや──の?」

 

言った時には、豊久は跳んでいた。

その踏み込みは大地を蹴り砕き、緋い影が兵の間隙を縫って疾走る。

 

「ひ、ひッ…!?」

 

誰も止められない。近付くことすら出来ない。

炎すら切り裂く猿叫は完全に齋藤兵の心をへし折り、戦場の全てを支配していた。

 

そして大太刀が、大将の首を捉える。

 

「奪ったど!!」

 

血の雨の中、炎に照らされるその姿はまさに鬼神。

味方である壬月が思わず身震いしてしまうほどに、島津豊久の戦は苛烈だった。

 

(絶好の時に伏兵を展開し、絶好の時に大将首を狩り取って軍を崩す。一心に戦をするために生まれてきた男か、こやつ)

 

長年戦場に身を置いてきたが、これ程までに鮮やかな偽装撤退戦術は敵にも味方にも覚えがない。しかもそれだけに飽き足らず、完全包囲の上大将を狙い撃ちにすることで敵兵全員の反抗心を根こそぎ奪う。兵としても将としても、文句の付けようがない手腕であった。

 

「敵んがぁ崩れに崩れちょる!好機ぞ!値千金ぞ!奪れや!功名ん奪り得ど!奪れやぁ!!」

 

大将を失い、混乱の極地に叩き落とされた齋藤兵を待つのは一方的な殺戮である。四方からの包囲が狭まり、火勢は強まり、最早逃げ道はどこにもない。

 

 

 

 

そして夜が明ける頃には、完全に決着が付いた。

結局、川並衆を含んだ織田軍2500名のうち死傷者は30名弱。齋藤軍は4000名のうち、静観を決め込んだ竹中勢を除いた3800余りがほぼ全て討死と、凄惨な結果となった。尚、齋藤兵の死因の大半は焼死、追い立てられての溺死である。

 

「や、やりました!やりましたよお頭!完勝です!」

 

焼け野原となった陣跡地で、ひよ子がぴょんぴょんと飛び跳ねる。疲労も緊張も吹き飛んだといった風にはしゃぎ回っているが、無理もない。

 

『親父っどは大口でん、兵糧ば餌に菱刈を釣り上げた。戸次川で鶴賀城ば餌に上方者を平らげた。おいはこん陣、こん城ば生き餌にすっど。こん戦で齋藤を折る。美濃ん兵子どもの意気ば挫く』

 

開戦前の言を現実とした類稀なる大勝利である。兵子らが口々に雄叫びを挙げて勝利に酔う中、転子も壬月も満足気に豊久を仰ぎ見た。

 

「本当に、本当にっ……お見事です、豊久さま!」

 

「うむ。これで貴様を認めぬ輩など尾張には…いや、海道に一人もおらぬようになるわ」

 

やんやと戦勝を祝う声が溢れ、清須へ伝令が走らんと馬を用意する──が。

 

「まだぞ」

 

「へ?」

 

「はい?」

 

「む?」

 

田楽狭間はまぐれに非ず。そして墨俣もまた、まぐれに非ず。

 

後の世にいう墨俣合戦…《鬼島津》豊久が名を挙げることとなった織田と齋藤の決戦は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指す。

 

「齋藤ば折るち言ったろ。川ば渡っち、こいまま稲葉山目掛けて軍を進める」

 

この後15日ほどかけ、豊久が陥とした城は5つ。挙げた大将首3。切らせた腹は2。

尾張と美濃の勢力図(パワーバランス)を完全に崩した報せに、久遠は白目を剥き、麦穂は表情を失い結菜は蒼い顔をしたという。





大口城の戦い……パパ久こと家久が活躍した、島津氏と菱刈氏(および相良氏の援兵)の戦い。島津軍が城を攻めあぐねるのを見て、パパ久は兵糧を載せた荷駄を囮に城兵を釣り出す作戦を実行。釣り野伏せアタック。相手は死んだ。
尚、この時釣られたのが豊久も納めているタイ捨流の開祖、丸目蔵人だったりする。というかパパ久に釣られ敗戦のきっかけとなった上捕虜となったせいで主家の相良氏にバチボコに怒られ、武将としての出世が絶望的になったので剣客にならざるを得なかった。

戸次川の戦い……パパ久に攻められる鶴賀城を救援しようと、仙石秀久率いる豊臣軍先遣隊が戦いを挑んだ。パパ久、釣り野伏せアタック。相手は死んだ。
この戦いで大名の当主一人、跡取り一人、当主の娘婿一人、重臣一人が少なくとも戦死している。パパ久が大将キラー、釣りキチの名を不動の物にした一戦である。
既に城主が討死していた鶴賀城が頑張って粘っていたことが有名だが、本作では家久がわざとトドメを刺さず上方勢を釣り出す生き餌にしていたという裏設定。利光家の皆さん、すみません。
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