『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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西美濃の地理関係について情報をくださった皆様、誠にありがとうございます。
恐らく私が墨俣の時点から位置を誤解しておりまして、その上史実の中美濃攻略戦を中途半端に齧ったせいで意味の分からない位置関係となっておりました。
つきましては、当該部分について順次修正させていただきます。

申し訳ありませんが、何卒ご理解の程よろしくお願いいたします。


02

 

大沢残党の蜂起に遅れること2日。自家勢力300を引き連れて鵜沼へと着陣した詩乃が最初に感じたのは、予想外の戦意の低さだった。

 

「これは竹中殿。救援感謝いたします」

 

出迎えの正秀の家老だった妙齢の女性に案内され、陣幕をくぐった先で詩乃はその原因を知ることになる。

 

「戦況は…芳しくないようですね」

 

「えぇ。情けない話ですが、我らの兵力ではいくら不意打ちとは言えあの島津を討ち取ることは不可能。昨夜には城門が開き、これ幸いと乗り込んだところ…」

 

「返り討ちにあった、と」

 

「汗顔の至りです。…大局で見れば我らが有利、分かってはいる。分かってはいるのです。兵達にも言い聞かせている。されど、あの影がチラつくとその理屈が頭から飛んでしまう。攻め立てているのは我らの筈なのに、あの十字紋が翻ると仇討ちの気勢も挫かれてしまう。我らは本当に生きて帰れるのかと、背筋が凍るのです」

 

刀の柄を握り、必死に震えを抑えるその様を見て、詩乃は自身の見立てが甘かったことを思い知る。島津豊久が与えた恐怖は、その傷跡は己の想定よりも遥かに大きかったのだ。

 

加えて、長井勢の姿が見えない。

 

「長井さまの軍は、まだ到着されていないようですが…」

 

「伝令より、出立の報は受けております。恐らく本日中には着陣なされるでしょう。数の差もある故、ここは長井様のご到着を待ちながら包囲を続けるが吉と見ますが…如何」

 

言葉の端に、下手に島津を刺激して反撃を食らいたくないという思考が透けて見える。

だがそれを責めるのは酷である。

 

脳裏にちらつくのは、軍波を立ち割る緋い影。

崩すべき点を瞬時に見抜くあの判断力、そしてそれを成さしめる技量……敵は杓子定規の謀将ではない。前線で戦の風を読み、最善手を叩き付けてくる驍将なのだ。

 

「それに、占領された地の味方の蜂起を待ち、島津めを立ち枯れにするのもよろしかろう」

 

「今のうちに、対織田…いえ、対島津豊久の手筈を整えましょう。私はあの男の吶喊力を、墨俣で間近で見ています。偽装撤退に乗らないことを全軍に徹底し、かつ前提としてあの勢いを殺し切らぬことにはあれを討つことは不可能です」

 

(墨俣での伏兵の配置場所、展開機を見るに、彼は立派な…いえ、類稀なる戦術家と言って良いでしょう。……しかも手ずから大将を討ち取るあの武者ぶり。思い通りには行きませんか…)

 

城の櫓に立てられた、白抜きに黒字の十字紋。

畏怖とも期待とも付かぬ感覚に身を焼かれながら、詩乃がその旗を見つめた時──それが墨俣での光景と重なった。

 

「昨夜の討ち入りにて、島津豊久本人の姿を見た者は!?」

 

「は、はぁ?いえ、なにぶん闇の中でした故、はっきりとは…緋い影が見えたとは、兵の中でも伝播していましたが…」

 

「では猿叫は!あの独特な鬨の声は聞こえませんでしたか!?」

 

「はて、そのような異音は聞き覚えありませぬ」

 

ぞくり、と肌が粟立った。

思考が、言葉が、頭の中で廻りだす。現状の把握。向こうの狙い。まだ間に合うか。建て直せるか。場合によっては…いや、早計だ。こちらの深読みを突き、裏をかく算段やも。第一もし本当に()()であるならば、織田の情報力はどうなっている。分からない、これだけでは判断出来ない。いや、そうか。

それこそが狙いか。

 

「っ……どうにか長井さまと連絡を付けてください!今すぐに、一刻も早く!確かめぬことには迂闊に動くことも引くこともできません!」

 

「いかがなされた竹中殿!?」

 

「やられました。向こうを封じ込めたつもりが、我らがここに張り付けられたのです。柴田の次は、己を見せ餌に…!」

 

臍を噛むがどうしようもない。いや、どうしようもできぬよう()()()()()

 

「我らの…いえ、私の意識が自身に集中することを分かった上で、はったりを仕掛けられました。より正確に言うならば、はったりかどうかの選択を強いられた。まさか織田家の情報網がこれ程のものとは」

 

今詩乃にできるのは、長井勢の無事を確認して迂闊な動きをせぬよう四方の守りを固めることのみ。

先手を打ったつもりが、出鼻をくじかれていた。

その事実に気付いた詩乃は、強く拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること3日。

 

とある人物から、関城城主長井道利に出陣の動きありとの報せを受けた豊久は鵜沼城本丸に主だった面々を集め、評定を開いていた。

 

「なんがぁ、美濃侍ば腰砕けばかいかと思うちょったが、えらか兵子もおるもんじゃ」

 

「言ってる場合じゃないですよぉ!こ、このままだと鵜沼城は長井と大沢の残党に囲まれて各城との連絡が途絶しちゃいますぅ〜…」

 

「城主の首を差し出しておいて騙し討ちなど……武士の風上にもおけん。しかもご丁寧に娘の仕官を頼み込んで、恭順したとこちらに思わせるとはな。……捨て駒か。望み通りにしてくれる。大沢の娘は斬れ、首を晒す」

 

慌てふためくひよ子に、怒髪天といった様子の壬月。まさに蜂の巣をつついた混乱と言って良い。

 

「女子首は恥ぞ。そいに、人質ば斬って敵ん士気上げる龍造寺ん二の舞はごめんじゃ。斬らんでよか」

 

だが当の豊久はおおらかに笑い、とっとと立ち上がって大太刀を腰へぶち込んだ。

 

「長井ん軍はまだ出発しとらんち言ったの」

 

「うん、そだよー。見た感じ明日には出発、2日後にはここに着陣てカンジかなー」

 

豊久の呼びかけに応えたのは、長井軍の動きを伝えた張本人。織田家三若の1人、滝川雛一益である。

何故尾張にいる筈の彼女がこの戦に加わっているのか。それは移動速度の向上と隠密性に特化した彼女の御家流、《蒼燕瞬歩》が伝令として重宝されたためだ。

雛は桶狭間で受けた傷の治療もそこそこに長距離の伝令に駆り出され、豊久・久遠間の連絡を繋いでいた。その途上、長井道利に出陣の気配ありという情報を掴み、豊久へと知らせたのだ。

 

「で、トヨさんはどこか出かけるの?お使いなら雛が行くけど?」

 

「ちくと、長井ん首ば奪りに行く」

 

「「「はい?」」」

 

豊久の考えはこうだ。

鵜沼城を囲まれる前に、兵500を率いて豊久が関城へ向けて進発。その間、鵜沼城では今や恐怖の象徴となった島津十字を掲げて敵の主力を引き寄せる。長井を打ち破り次第、豊久が鵜沼を包囲する敵へ襲いかかり、同時に城側も討って出て齋藤勢を逆に挟撃する。

 

つまるところ、今度は壬月ではなく豊久を見せ餌にするのだ。

 

「また無茶苦茶な……」

 

「こげん図面を引くっ程頭ば良かもんならおいん考えなぞ簡単に見抜っじゃろ。じゃっどんそいで良か」

 

敵は必ず豊久不在の可能性に思い当たるだろう。あの九枚笹の将…長良川の対岸から無傷で引き上げた将が来るならば、必ず露見する。豊久の自己評価としては、自身の知恵は良いところ二流。一流の武将、軍師には逆立ちしても通用しない。

だがそれで良い。むしろその方が都合がいい。

頭が回るからこそ様々な可能性が浮かび、その為に行動を縛られる。豊久が本当に城外に出たのか、それともそのフリをして隙を突く為に城内で息を潜めているのか…可能性に思い当たれば敵将の思考は泥沼にハマっていく。そうして動きを封じ、主導権を渡さずこちらの土俵、こちらの(タイミング)でぶん殴る。

 

「お考えは分かりましたけど、危険です!」

 

豊久は簡単に言ってのけるが、乱暴極まりない。転子が声を荒らげるのも無理はなかった。

なにせ、豊久が長井に敗れれば鵜沼城の陥落は必至となり、鵜沼城が落ちれば豊久の帰る場所がなくなるという背水どころではない超強行策である。

加えて言わずもがな、最も危険なのは長井へ急襲をかける役目だ。仕損じれば全軍の敗北に繋がる上、いつ長井軍と遭遇するか分からない。上手く奇襲が成功すれば良いが、兵力差がある相手と真正面から遭遇戦など目も当てられない。いくら豊久の腕が確かでも、危険度が高すぎた。

 

「出掛けるうちに城が落ちれば、お前は立ち枯れだぞ。寄る辺もなく嬲り殺されるだけだ。無論落城などさせるつもりはないが、外に出る役が危険すぎる。お前の在所がどこか、相手に悟らせなければ良いのだろう?ならば私が別働隊として出ればそれでよかろう」

 

壬月が呼びかけるが、しかし豊久の戦支度の手は止まらない。淡々と篭手や脛当を検めて陣幕をくぐる。

堪らず追い掛けてきた転子、ひよ子、壬月を振り返りながら肩越しに一言。

 

「かかれ柴田は落ちんじゃろ。川並衆も折れんじゃろ。おいも負けん。なんぞ難儀あっかの」

 

何か変なことを言ったかとばかりに小首を傾げる姿に、最早全員が閉口せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

 

鵜沼城の物見櫓から、ばたばたと慌てた様子の敵陣を眺めて雛が呟いた。

 

「あーあ、可哀想に。そりゃこっちが振り回されるんだもん。向こうはたまったもんじゃないよねー」

 

最後に尾張を発つ前に見た、久遠と麦穂の姿が瞼の裏に浮かぶ。

そしてついでに、()()()()()()()()()()()()()結菜の形相も。

 

「それにしてもトヨさん、中々のたらしっぷりでしたねー。むふ、あんな顔した壬月さま初めて見たかも…あだっ」

 

「阿呆、陣中だぞ」

 

拳骨を振り下ろしてきた上司に無言の抗議を送るが、悲しいかなこの手の文句が黙殺されなかった試しがない。諦めて再び視線を前にやると、物見と思しき数騎が駆けていくのが目に入った。

 

「やっぱり気づいたっぽいですね。流石は今孔明、先手を打てなかったらと思うと冷や汗ですよー」

 

「豊久の読み通りか。やはり戦場で向かい合うと何か通じる所が出てくるものか」

 

「?壬月さまだって田楽狭間以降ずっと同陣してるじゃないですか」

 

「隣に立つか、矛を交えるかで違うだろう。……なんというか、あれだ。妙な信頼感というか、こやつならばあぁするこうするというのが分かる、そういうものが芽生えてくるのかとな。打てば響くというやつか」

 

「え、もしかして嫉妬とかしちゃって……んひぃ!?」

 

「尻の青い小娘が生意気を言うでないわ。そら、とっとと降りろ。いつでも打って出れるようぬかるなよ」

 

足早に立ち去る壬月の耳が僅かに赤みがかっていたのを、雛は見逃していない。

 

「あたた…罪な男だなー、トヨさん」

 

豊久率いる別働隊に最後まで着いていこうと粘っていた自分をすっかり棚にあげ、雛は頭を擦る。

 

戦場を切り裂く猿叫、鬨の声が響いたのは、それからすぐ後のことだった。





龍造寺の二の舞……沖田畷の戦い直前、龍造寺隆信が離反の疑いがあった赤星統家の人質を処刑した件を指す。この時点で明確に赤星氏が島津氏と繋がっていたかは不明だが(疑われても文句言えない行動はだいぶしてる)、結果的に統家は島津へと走り、隆信の苛烈さに恐れを成した諸勢力が島津へとなびいた一因になったとも。まぁ隆信的には当然っちゃ当然の措置なのだが。3回くらい統家に詰問の使者出てるし。

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