『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』 作:三途リバー
12話につきまして、地理関係について重大な矛盾があったため一部内容を変更しました。大変失礼いたしました。
(む)
行く手を阻む騎馬武者をその乗騎ごと両断しながら、豊久は違和感に行き当たる。
(後ろからぶん殴っち割りに、立て直しが早か)
鵜沼城への敵主力の引き付けは成功し、長井道利も豊久手ずから討ち取った。万事手筈通りに進み、鵜沼包囲軍を急襲したところまでは良かった。
だが、その軍への
「前方に丸に雁金の旗印を確認!壬月様です!」
鵜沼城を守る壬月も、豊久の着到を察して間髪入れずに攻勢に出た。並の軍なら衝突前に心を折られ、戦にもならないほど完璧な挟撃態勢である。それを受けて尚、敵は豊久の本陣到達を防ごうと立ち塞がっている。いや、
それは即ち、豊久の乱入経路を予測した上で精兵を配置していたことを意味する。現に敵兵は皆、恐怖の色を浮かべつつもこちらをしかと見据えている。しかも敵の動きは統率され、あからさまに豊久と後続を分断しようという動きが見て取れる。陣屋に籠る軍師気取りには到底成せぬ、即時即応の采配である。
豊久の口角は、否が応にも上がっていった。
「天下二兵衛は伊達ではなかの!」
端から欺ききれるとは思っていない。完全なる虚を突けると驕ってもいない。可能性を読んだ上で、策を講じてくるのは分かっていた。だがその想定を差し引いても、見事と認めざるを得ない。
だからこそ、その首級が欲しい。だからこそ豊久の心は跳ね踊る。
「根白坂でん、片割れん首ば奪り損ねたでの!代わりにそん首掻き奪っち、忠隣に供えてやっど!」
馬腹を蹴り上げ、豊久は速度を上げる。続く兵子達も引き離されぬよう必死に喰らいついて駆けていく。その勢いは止まることなく、むしろ破壊力を増して齋藤勢を喰い破っていった。
■
崩れたら終わり、逃げも隠れもできぬ最後の一線を死守しなければならない極限の戦の中で、詩乃の軍才は冴えに冴え渡った。
「速度から見て島津勢の軍容は騎兵!豊久本人を相手にしてはなりません!左右から後続を挟撃!玉突きで速度を鈍らせ、豊久だけを突出させるのです!いかな荒武者と言えど、八方からの包囲で仕留められぬ道理はない!」
「し、城からの柴田勢は!?」
「とかく近付かせないこと!礫と矢を放って木盾の防御を上に集中させた所に、種子島で斉射!足を鈍らせる!この土壇場、速攻が求められる場面で悠長に竹束などそう揃えて来ない筈…!」
指示を受けた将兵達が陣を飛び出し、持ち場へと駆けていく。霰の如く続々と湧いてくる詩乃の策に、とうとう本陣はもぬけの殻一歩手前である。
だが、まだ足りない。このような後手後手で勝てる訳がない。
新加納の攻防は、攻め寄せる織田軍を勝手知ったる地で迎え撃つ形だった。策を弄する時間もあったし、最初から最後まで想定通りの戦運びで勝ちを収めた。
だが此度は違う。策を練り、網を張り、満を持して自ら出陣した所でそれら全てを横合いから破り捨てられ殴りかかられた。今孔明と謳われた智謀をもってしても……否、智謀のみでは切り抜けられない土俵での戦を強いられているのだ。
「戦を楽しむ性質ではないと自覚していたのですが…」
故にこそ、詩乃は歓びを感じる。冷汗をかきながらも目を輝かせる。
ひとつ指示を出す度、机上で、絵図の前で頭を捻るばかりでは辿り着けない境地へと足をかける感覚。己の知らない領域へ踏み入っていく興奮が詩乃の全身を包んでいく。
もっとこの将と向き合っていたい。もっと多くの軍法を見せて欲しい。もっと私の戦術を見て欲しい。もっと、もっと、もっと、もっと────!
しかし、幕切れは唐突にやって来る。
「っ!?」
背に冷たいものを感じた瞬間、詩乃はつんのめるように前へと転げた。躱しきれなかった殺意が形となって背中に灼熱を走らせる。斬られた、と気付いた時には既に鮮血が装束を染めていた。
「竹中重治。上意である」
地に倒れ伏す瞬間、目の端に映ったのは無表情で血濡れの刀を持つ側近の1人。義龍の死に際し、名代として稲葉山に弔問させた男だった。齋藤家中枢に出入りするうち、すっかり丸め込まれたらしい。
「墨俣にて敗走する織田軍を追撃中、流れ弾にあたり不運にも討死…それが本来の筋書きだった。まさか一戦もせずに遁走とはな」
咄嗟に周囲へ目を走らせるが、陣内はもぬけの殻。元より部隊を任せられる組頭の数が足りていない竹中軍は、主要な家臣を戦場各地へ配置してしまっている。詩乃の身辺ががら空きとなる瞬間を狙った計画的な暗殺である。
「だとしてもっ…今更、と言わざるを得ませんね…。ここで指揮系統が乱れれば、我らの敗北は必至…ぐッ……我が傍に侍りながら、それすらも理解出来ぬのですか?いえ、自ら思考を放棄し、その是非も考えず諾として主の命に従うだけの傀儡には似合いの愚行か…」
ジクジクとした背中の痛みに必死に耐え、脂汗を浮かべながらも詩乃は言葉を止めない。そうすることが主家…いや、元主家に対する最期の抗議であり、抵抗だった。
「傀儡には傀儡の守るべきものがあるのだ。私は貴様と、竹中家と心中しても構わん。貴様の死さえ確認出来れば、娘に家名を継がせると飛騨様は仰られた。そして陪臣から直臣の身分へと引き立てるとな」
「その飛騨も、既にこの世にないと言うに…。それに、ここで島津豊久を討たねば齋藤家に未来はない。ぐっ……3000にも満たぬ兵力で中美濃まで攻め込まれ、ここからどう大勢をひっくり返すのです?あの将が織田の本軍を率い、稲葉山に攻めかかったなら……はぁ、うっ……齋藤家直臣のあなたは、いかな神算鬼謀を以てそれを撃退するのか、お聞かせ願いたいものです…」
「チッ、減らず口を!」
激昂する男を見ながらも、詩乃の心中を支配するのは自嘲であった。
詩乃が忠誠に寄らずただ己の為に歩み始めた時には、既に齋藤家も詩乃を切り捨てていた。どころか憎み、排除しようとしていた。
己が美濃齋藤氏を見切ったと思っていたが、その実は逆。これを滑稽と言わずなんと言おう。
(策と称し、己の欲を満たすために人の命すら駒のように弄んだ私には似合の末路やもしれません。ですが…)
「ふふっ…叶うことならば、島津豊久に斬られたかった…才の全てを出し尽くし、それで尚及ばなければその手で我が命脈を断ってほしかった……。この期に及んで、斯様に身勝手な…」
どうやら己は、思っていた以上に浅ましく、自己中心的で、そして救い難い程に"武士"であったらしい。
最早手足の感覚もなく、自裁するための脇差を抜き放つ体力すら残っていない。次第に薄暗くなっていく視界と遠くなる音の中、詩乃は最期に敵将を……生涯唯一、自身を夢中にさせた
(あぁ…嫌だなぁ。名も存在も知られず、ただの死体として見下ろされるのは……。せめて、この首級だけでも…あなたと相対した武将の…竹中半兵衛の首級として、あなたに……)
そこで、詩乃の意識は途切れた。
故に彼女は知らない。とどめを刺さんと近付いた男の顔が、弾丸を受けて吹き飛んだことを。馬上筒を構えたその射手こそ、詩乃が求めた御敵だったことも。
「戦場で女子ば嬲っ
「豊久様は?」
「竹中半兵衛ば探す。女子に気ば取られて敵に気付かん
「いや切り崩して敗走させればもう勝ちじゃないですかね…」
「シッ!そんな常識通じるかよ、この人に」
「聞こえちょっぞ
■
鵜沼城の戦いは終結した。大沢残党は怒りに燃える柴田衆の正面突撃を喰らい、潰滅。主将を始め、主だった面々は皆討死を遂げた。援軍として参陣した竹中勢も大将からの指示が途切れたことで動きが鈍り、柴田・島津の挟撃阻止に失敗。大部分は武器を捨て降伏した。この降伏に際し、織田軍内部では二度同じ手は食わぬとばかりに撫で斬り案が持ち上がったが、総大将豊久の鶴の一声で沈められている。
絶体絶命の危機を乗り越え、逆にこれまで散々苦渋を舐めさせられた新加納の今孔明を打ち破ったことで織田勢の歓喜は爆発していた。加えて、形勢を完全に見てとった近隣の村々から祝いの品が届けられたことで鵜沼城の将兵皆が騒ぎ、浮かれている。
「………」
そんな中、むすりとした顔を隠そうともしない男が一人。
「何をそんなに不機嫌そうな顔をしている。ひとまずは切所を乗り切ったのだ、もう少し嬉しそうにしたらどうだ」
「竹中ん大将首ば奪り損ねた」
言わずもがな、目当ての大将首を奪り損ねた豊久である。あの後片っ端から敵兵を斬り倒して半兵衛を探したが、ついぞそれらしき大将は見つからなかった。眉間を撃ち抜いた男の死体を引っ張り出して捕虜に尋ねたが、皆『何言ってんだこいつ』と言わんばかりの表情で首を横に振るのみ。乱戦の最中まんまと逃げおおせられたと、豊久はひとり地団駄を踏んでいた訳である。
「あー……まぁ、なんだ、長井道利は討ち取ったのだろう?充分すぎる手柄ではないか。道三殿が義龍に討たれるきっかけを作った男だからな、殿もお喜びになられるだろう」
「じゃっどん天下二兵衛じゃぞ!そん首が指呼ん間合いにおったに…親父っどと忠隣に顔向けできん!」
そんな文句を聞く傍らの壬月は、密かに冷汗をかいていた。理由は単純、竹中半兵衛の性別をわざと豊久に伝えていなかったからである。
(女子首は恥とかまた意味の分からんことを言われて、豊久の攻勢が鈍ってはな…いやそんな半端な手加減をする男ではない。ではないと思うが、それでもやはり分からん!竹中という人参…は言い過ぎか、ともかく功名をチラつかせて士気を上げる必要があったのだ…)
久遠とは互いに何か分かりあったものがあったようだが、これまで現場で男女問わず斬りまくってきた壬月は、まだ豊久の法度とやらを完全に理解するに至っていない。こればかりは仕方の無いことである。
「そ、そう言えば敵陣で女を助けたそうだな」
「おぉ。ないごてか知らんが、齋藤ん将に斬られちょった」
「長期の城攻めになると見越して、敵方が呼んだ
「そいにしては身なりも
この時代、戦場に遊女を呼び寄せることは特段不思議ではない。特に豊久は、遊女どころか自身や配下の奥方すら戦場に呼び寄せ、花見や茶会を開いた
「……」
「な、何ぞ」
「いや……先程目を覚ましたようだと報せを受けたのだが。どちらにせよ、検分の時に手を出すなよ」
「
「まぁ流石にあやつも猿ではないか……うん?ん??……奥?奥に殺される?……………………………………妻帯者かあやつ!?!?!?」
■
「こ、こ…は………」
鈍痛と共に覚醒した詩乃がまず感じたのは、身体の不自由だった。
(縛られている…?いや、違う…そもそもここは……)
寝惚けた頭を回転させ、状況を把握する。
側近に斬られて死んだと思ったが、今の詩乃には確と意識がある。景色も、あの世とやらにしてはだいぶ鮮明である。上等な布団に寝かせられ、恐らく傷を負った背中に負担をかけないよう、身体が横向きに固定されていた。
あの状況から齋藤勢の勝利はほぼ不可能。加えて、万が一勝ちを拾ったとして龍興の命を受けた者はあの一人だけではあるまい。寝てる間に始末されないのは不自然である。
「となれば、ここは鵜沼城…織田勢に囚われ…いえ、助けられたのですか、私は」
尋問のため命を救われたのだろう。恐らく尾張の者は竹中半兵衛の顔を知らない。もし知っていれば、このような手当など受けられよう筈がない。なにせ、これまでの戦に加えて卑劣極まりない騙し討ちで自分達を窮地に追いやったのだ。八つ裂きにしてもし足りないほど憎い敵だろう。
状況を整理していると、足音が近付いていることに気が付いた。足音は詩乃が横たわる部屋の前で止まると、襖が勢いよく開け放たれる。
「ッ……!?」
「目ぇば覚めよったか」
そこにいたのは、真っ赤な装束に身を包んだ武者。自身が焦がれ、超えるべき宿命とまで思い定めた男が…島津豊久が、光を背に立っている。
己の心の臓が跳ねる音を聞いたのは、これで2回目だった。
忠隣……豊久の従兄弟、島津三郎次郎忠隣。男児がいなかった歳久の婿養子として祁答院島津氏の跡取りとなったが、根白坂の戦いで夜襲に失敗し討死。本作で豊久は敵方として参陣した黒田官兵衛に言及しているが、実際に根白坂の戦いで主力となった豊臣方の武将は宮部継潤。本作はふんわり史実リスペクトなんちゃって恋姫ワールドを標榜しております。