『首置いてけ!大将首……また女子か!!!!!』   作:三途リバー

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戦国恋姫オンライン始めました。幽さんの棒読み魔法少女、ツボです


(あか)い果実

 

島津豊久を間近で見た第一印象は、『これが()()か』というものだった。

 

はっきりとした目鼻立ちに、すらりと伸びた上背。戦羽織の隙間から覗く肌は健康的で若々しく、生命力に満ち溢れている。

 

荒武者と言うよりかはどこぞの御曹司と言われた方がまだ得心がいく。それほどの涼しさだった。大太刀を振り回し、戦場のど真ん中で返り血を浴びながら破顔していた男とは到底信じられない。

 

「傷はどげんか」

 

「…………はっ!あ、いえ、あの、快調、です…?」

 

阿呆だ猪だ戦馬鹿だと散々に言われる豊久だが、実の所顔は良い。彼自身は到底預かり知らぬことだが、遠く時を経た島津家中でもその美男子ぶりが伝わり、無双の美童と持て囃される程度には整った顔立ちなのだ。喋りさえしなければ、という枕詞は付くが。

 

とまれ、そんな豊久に元より好意…と言うには些か物騒に過ぎる感情を抱いていた詩乃が思わず言葉に詰まったのも、無理はない。

 

「ほぉ、豪気なもんじゃ。こん御世ん女子は皆肝ば座っちょる。お前も武士か?」

 

笑いながら腰を下ろした豊久の言葉に、寝起きと衝撃で固まっていた詩乃の頭脳が回転を始めた。

 

(身分や素性を隠すべきか…いえ、論外ですね。大沢どのの命を贄にしてまで仕掛けた策も及ばず、臣と主家にも見切られた愚かな私にとって、これは最期の機。武士としての最期を穢さず、剰え今際に願った島津豊久の手で死ねる…僥倖と言わずなんと言いましょう)

 

そんなことを考えていると、豊久は傍らに大太刀を置いて詩乃を見下ろす形となった。その瞳を、詩乃は恐れも怯みもせず見上げる。

 

瞬間、先程までの意外さと違和感が氷解した。

 

島津豊久の双眸は、あの日詩乃が墨俣で見たそのままであった。意志の強さがそのまま形を取ったかのような…夜天で煌々と輝く星の如く強い光を放つ瞳。

 

(あぁ……()()だ)

 

その光にあてられたか、詩乃の中でひとつの欲求が鎌首をもたげた。

 

「ご明察です。そしてそう言うあなたは島津豊久公であらせられる」

 

「おいの名ば知っちょるんか」

 

「半月で美濃の半分を平らげた緋染の鬼神…齋藤家中であなたの武名を知らぬ者など最早おりません。此度の戦でも、あなたの動きが勝敗を左右すると皆が読んでおりました。読んで、策を積んで、時を見計らい押して流して、それで尚敗れた。御美事な戦でした」

 

その言葉に嘘はない。詩乃の本心である。この男をいかに止めるか、いかに封じるかが鵜沼の戦いの…ひいては齋藤と織田の濃尾戦争の分水嶺だったのだ。

 

「平らげたち言うてん、城ば()いて突っ走っただけぞ。治めちょらん。半兵衛に絞め殺されかけたしの」

 

「で、では竹中半兵衛は強敵であったと?」

 

詩乃の欲求。

それは、最期に忌憚なき己への感想を聞きたい、というものだった。死を前にした者への憐憫や情けから来る賞賛ではなく、島津豊久という武人からの純粋な評価を聞きたい。及ばなかったと言え、己は爪痕を残せたのか。竹中詩乃重治は生きた証を示せたのか、知ってから逝きたい。

 

「そげなもん言うまでもなかど。じゃっでこそ首ば奪り損ねち、不甲斐なか。城より美濃よりあん首ひとつの方が重かぞ!」

 

「っ……!」

 

果たして、御敵の言は詩乃が求めたそのままだった。いや、それ以上と言っても良い。詩乃の満身に喜びが溢れ、鼓動は早くなっていく。今の彼女には、顔の赤さを誤魔化すように矢継ぎ早に質問を繰り出すことしかできなかった。

 

「降伏した味方に腹を切らせ、騙し討ち同然の攻勢だとしても?武士の誇りを汚したとはお考えにならないのですか?」

 

「大沢ん首と引き換えでん、おいを討ちたかち(こっ)じゃろ。誉ぞ。使える手ばなんでん叩っ込むんは戦場ん礼儀じゃろうが」

 

(あぁ…まさか私が、このような…)

 

最早詩乃は、込み上げる喜悦を抑えることができない。

島津豊久のその言葉こそ、己が生きた何よりの証。何よりの賞賛。

無感動に采配を振るうだけだった己の生は、ここでこの男と戦う為にあった。そう言い切れるほどの満足感が心の奥底に広がっていく。

 

「あなたほどの武士にそうまで言われるとは…果報者ですね、()は」

 

「まぁ逃げ延びたならまた美濃攻めで鉾ば交えっこつも………あ"?」

 

「ふふ、申し遅れました。私は竹中半兵衛重治、通称を詩乃。このような格好で失礼いたします、島津どの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ〜〜ん♪勝った〜勝った〜また勝った〜♪これで少しは俸給も上がるかな!おっ母への仕送りも増やせるし、もっと出世すればちいちゃんの推挙もできる!戦は増えたけど、豊久さまの下に付けていただいて良いことづくめだよ〜♪」

 

鼻歌混じりに夕餉を運んでいるのはひよ子である。荒事は苦手で首級を挙げるのには向いていないと自覚しているひ弱な彼女だが、意外にも豊久へ仕えることは前向きに捉えていた。

 

こき使ってくる某三若の佐々何某とは違って豊久は行軍における兵站の重要性を深く理解している。理解した上で、自分には出来ぬとぶん投げてくるのだ。普通ならばふざけるなと不満が噴出するところだが、ひよ子自身が仕事に貪欲(ワーカホリック気味)なのと、豊久の性格から軋轢は全く生じていない。彼は任せた以上は口出ししないということを徹底している。あれこれと手配したものを、後からやって来てあぁでもないこうでもないと文句を垂れることは絶対にない。

 

『良か!』

 

の一言で全てを済ませ、働きに見合った対価を用意する。これがひよ子の戦であると言わんばかりに働きぶりを認められては、より一層仕事に身が入るというものだ。

 

なお、道中で

 

『ぬしゃほんのこつ頭ば良かの。見事なもんじゃ』

 

『でへへへ、そんなぁ、褒めたってなんにも出ないですよぅ。人よりちょっと計算が得意なだけです!』

 

『ないごてそげに計算出来っのにわいらは朝鮮まで行かされたんじゃろの…兵子も飯も足りっわけなかじゃろヒヒジジイ…』

 

『はぇ?』

 

『なんでんなか。ひよ、性根ばひん曲がっでなかぞ。女…いや、男遊びも程々にの』

 

『わ、わたしまだ()()()ですけど!?!?!?』

 

という会話が繰り広げられ、豊久が壬月に殴られていた。全く訳が分からない。

 

それはさておき、ひよ子は現在、齋藤本陣で倒れていたという女性の部屋に夕餉を運び込んでいるところである。金創医の見立てによれば、命に別状はなく、一度に血を失い過ぎたことから気を失ったのであろうということだった。

そんな彼女が目覚めたとあっては、しっかりと精のつくものを食べてもらわねばなるまい。騙し討ちしてきた齋藤の者を助ける義理はないと唱える者もいたが、彼女が本当に齋藤家中の者か、そもそも武士かどうかも分からないのだ。第一、戦は既に終わった。救える命ならば救いたい。

 

「失礼します!お食事をお持ちしました」

 

そんな気持ちと共に部屋の襖に手をかけ、声をかけると……

 

「良いですか島津どの。あなた様の法度も分かります。えぇ、重々承知しましたとも。ですがこれは私の、竹中半兵衛の武士としての晩節なのですよ。法度を貫く意志の強さはお見事、されどそれを以て他者の最期を見苦しく、みすぼらしくするのは如何かなものかと、私は問うておるのです」

 

「じゃから首は要らん言うとるじゃろ。最期もなんも…」

 

「武士がここを死場と定めたのです。それを否定する権利が、当人以外の誰にありましょうや」

 

「そいなら生殺与奪はおいが握っとるじゃろうが。生かす殺すはおいが決めてん文句言えんじゃろ」

 

「生かされたとて、女子だから見逃されたなど生涯の恥。あなた様は私に、美濃よりも価値があると仰って下さったこの半兵衛に、その恥を背負ったまま惨めに生きよと仰せなのですか?男女の別を理由に前言を翻すなど、それが薩摩武士の為様なのですか?」

 

そこには布団に寝た少女に懇々と説教される大の男の姿があった。心做しか、その背中がいつもより小さく丸く見える。

しかも説教の議題がとんでもなく物騒なのに加え、普通主張が逆である。

 

「あ、あのぅ……お食事をお持ちしたのですが…」

 

「これはご丁寧にどうも。さて島津どの、話の続きですが──」

 

「いや取り敢えず一旦ご飯にしましょう、ご飯!!」

 

夕暮れ時の鵜沼城に、ひよ子の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

沈黙の食卓である。布団から身を起こし、粥を口に運ぶ詩乃とバクバクと握り飯をかっ食らう豊久。双方、全く会話の気配がない。

だが不思議と、詩乃に不快感や居心地の悪さはなかった。

 

「ふぅ……ご馳走様でした。ありがとうございます」

 

「そいだけで足りっどか。ぬしゃ病弱じゃろ、肉食わんと精がつかんど」

 

「非運の天才病弱軍師、でしたか?()()()では体が弱かったのかもしれませんが、私は人並みには丈夫なつもりです。…些か、体力に不安はありますが……いえ、そも果てることが決まった身。ありもしない将来のことなど考えても意味がありません」

 

「まだ言っとったんか。ははぁ、さては獣肉ば苦手じゃな。好き嫌いとは今孔明も大概餓鬼だの」

 

「なっ、言いがかりですよ!獣肉が嫌いなのではなく、魚が好みなだけです!」

 

「そや同じじゃねぇか」

 

ぺろり、と口の端に付いた米粒を舐め取りながら豊久が笑った。そんな一々の動作に目を奪われてしまう自分の単純さに、詩乃はほとほと呆れ返るばかり。

 

「はぁ…我ながら…」

 

島津豊久に認められた。ならばその手で討たれるが本望。納得した筈だ、満足した筈だ。未練などあろう筈がない。

だというのに、彼と一秒同じ時を過ごす毎に新たな望みが際限なく湧いてくる。

 

(我ながら厚かましい。愚かしい)

 

その望みを、詩乃は必死に押し殺す。自分にそんな資格はない。新たな道を選べるほど、清廉な身ではない。償いはしなければならないのだ。

 

「……死なせてくれないのですか」

 

だから詩乃は願う。望みが溢れ、詩乃の全てを蕩け落ちさせる前に斬ってほしい。今ならまだ、満足できる。充足感と幸せの中で死ぬことが出来る。不相応な、恥知らずなこの望みを口にしてしまったら、認めてしまったらもう止まることはできない。そうなる前に、武士として殺してほしい。

 

「女子首は恥じゃ」

 

「あなたは恥かもしれませんが、こちらはそれより酷い生き恥ですよ。女の我儘を叶えるのが男の甲斐性というものではないのですか?」

 

冗談交じりに言ってみせるが、豊久の表情は動かない。先程までの笑顔が嘘のように、静かに詩乃の目を覗き込んでいる。

その眩しい光に耐えられず、詩乃は目を逸らした。

 

「本のこつそいで良かが」

 

しかし、頭を殴り付けられたかのような衝撃によって、その視線は再び無理矢理に合わせられた。

 

「っ……あなたは、どうしてこうも…!!」

 

人の欲しい言葉を投げるのか。どうして人の心を見抜くのか。

 

「諦めて燃え尽きたなら良か。首は要らん、勝手に死ね。舌でん噛んでさぱっと死せい。じゃっどんぬしゃん眼ば死んどらん」

 

突き放すように放たれたその言葉は、詩乃の中の欲望に…竹中半兵衛の余燼に再び火を灯す。

 

()()()()足りんち書いてあっど。死に損ねたち思うてはおらん眼じゃ。じゃっでそいを諦めっために腹切って死ぬるか。腹ば召すんを逃げ道に使うなぞ、そいこそ恥ではなかが。道理に合わんではなかが」

 

一度付いた火は止まらない。より一層の勢いをもって、心中の全てを焼き尽くし、生まれ変わらせていく。気が付けば詩乃は、泣き笑いのような顔で豊久へと問いかけていた。

 

「異なる御世からの漂流者様は、読心の妖術をお持ちなのですか?」

 

「そげな訳なかじゃろ。じゃっどん、ぬしゃあ似とるからの」

 

「似てる?誰にです?」

 

薩摩兵子(おい)に。一緒に来っが」

 

言葉と共に差し出された手を払い除ける力は、彼の言葉を否定する強さはもう残っていなかった。

 

「やはり読まれておいでではないですか。ずるい御方です、豊久さま。………竹中半兵衛詩乃重治。我が才の全てを以て、我が身命が尽きるまで。島津中務少輔豊久様のお傍にお仕えしとうございます」

 

「稲葉山に帰るち言ってん、もう帰さんど。逃げるち言っても放さんど。そいでん良かならおいと()い。どえらか戦ばやらかすど!」

 

大きく暖かいその手を握った時、詩乃の中で何かが壊れ、そして新たに産声を上げた。()()が一体何なのかは、詩乃と豊久の、2人だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいん軍師じゃ!今孔明じゃぞ今孔明!」

 

「竹中詩乃と申します。織田家…島津衆の皆様、ご指導ご鞭撻のほど、よしなに」

 

「」

 

「壬月様ーーーーーッ!?」

 

「にゃははははははは!トヨさん幾らなんでも手が早すぎるよ〜!」

 

「あの流れから!?あの流れからですかお頭!?なんで!?分からない!全然分からない!!私武士の世界でやっていく自信なくなってきたんですけど!?!?」

 

 

 





島津豊久の顔………複数の史料に『世に類稀なる容顔美麗』『無双の美童』等、顔の良さを示す記述が残っている。その殆どは後世に編纂されたものだが、薩摩藩の公式文書集の中にも豊久の顔の良さとモテエピソードが収録されている。明治に至るまで、島津家中で豊久はハイスペックイケメン御曹司という認識で統一されていたらしく、南方熊楠が薩摩藩の人間から豊久のイケメンっぷりを聞かされたと記録に残している。


竹中詩乃(本作)……軍師ではなく、ひとりの武将として豊久の戦を目の当たりにした結果、原作と若干違う方向に(色んな意味で)開花した激重執着メカクレガール。豊久と実際に言葉を交わし、脳を焼かれて…と言うか焼かれていたことを認めて臣下の礼を取った。豊久とは実は似た者同士。
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